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北朝鮮の住民たちと北朝鮮の軍人たちの動きに関心が集まっている。飢えに耐えられなくなって、命掛けで北朝鮮を脱出したある北朝鮮軍人は、身長が154cm、体重が47kgしかなかった。金正日は北朝鮮のデモが全域に拡散することを憂慮して、下着まで検査するようにという指示を下した。しかし、軍人たちの反乱が各地で目撃されることを受けて、既に北朝鮮もエジプトやリビアの前轍を踏むのではないだろうかという憶測が提起されている。実際、中国では北朝鮮の体制転覆に備えて、準備をしていると知られている。今月初め、咸鏡北道清津(チョンジン)市で、悪名高かった前保安署長が住民の投げた石に当たり死亡した。また、北朝鮮に外部からの情報が入って来る通路である平安北道地域を中心に、暴動が起きる兆しが見られる。今月14日頃、平安北道定州(ジョンジュ)・龍川(ヨンチョン)一帯で、住民数十人が夜陰に紛れて「火(電気)とコメをくれ」と訴える騷動を起こしたのに続き、18日には新義州(シンウィジュ)で市場の取り締まりをしていたところ、住民数百人と北朝鮮当局が衝突したと、23日に報じられた。◆新義州は北朝鮮と中国を繋ぐ第1次関門新義州は、外部からの情報と物流が北朝鮮に入って行く第1次関門である。北朝鮮の消息筋は、「新義州では中国のテレビを視聴することができるし、脱北者たちが北に残して来た家族と携帯電話で通話することができる」としながら、「中東デモのニュースを新義州の住民たちは大部分知っているだろう」と言った。北朝鮮政府が新義州市場に対する統制を強化したのも、中東の独裁政権を崩壊させたデモのニュースが、市場を通じて全国に急速に拡散することを阻止するための措置という憶測もある。北朝鮮政府は最近、毎日のように新義州と中国の丹東を往来する住民たちの検閲を強化していると知られた。中東デモの動画が記録されたUSB(小型移動式保存装置)やDVDが流入したり、北朝鮮で発生したデモの写真や住民生活を撮影した動画が流出するのを遮断するために、下着まで徹底的に検閲すると言う。新義州の消息筋は、「住民の不満だけが相変わらず高い状況」と伝えた。◆咸鏡道清津では保安署長が殺害されるアメリカ自由アジア放送(RFA)はこの日、「今月初め、咸鏡北道清津(チョンジン)市で前職保安署長(韓国の警察署長に相当)の殺害事件が発生するなど、公権力に抵抗する事件が各地で発生している」と報道した。RFAは清津市の住民の言葉を引用しながら、「日が沈んでから、自転車に乗って帰宅しようとしていた清津市スナム区域の前保安署長が、沢山の住民が投げた石に当たって死亡した。これは復讐と推定される」と伝えた。被害者は14年間、清津市の保安署(警察署)に勤務しながら、住民の事情を考慮しないで、摘発されたら無条件に教化所に送るなど、悪名が高かったとのことである。
2011年02月28日
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北朝鮮の咸鏡(ハムギョン)北道キルジュ郡プンゲリ里にある幾つかの核実験場に、地下坑道を追加掘削していることが確認…核、長距離ミサイルの同時多発的実験の可能性も北朝鮮が咸鏡(ハムギョン)道キルジュ郡プンゲ里の核実験場で、幾つかの地下坑道を追加掘削していると、20日に報じられた。韓国政府のある消息通はこの日、「北朝鮮が2回の核実験を実施したプンゲ里で、幾つかの地下坑道を追加掘削していた事実を、韓米情報当局が確認した」としながら、「3回目の核実験を準備する明白な証拠と分析される」と明らかにした。この情報からは、具体的に幾つの坑道を掘削しているかどうかについては確認できなかったが、対北朝鮮専門家たちは少なくとも2~3個だろうと推正している。また、「特に、掘削した坑道で核実験を1回実施したら、再度使うのは難しい」としながら、「追加坑道を幾つか掘削するのは、核実験の可能性を高めようとする意図と分析される」としながら、3回目の核実験の可能性について言及した。 今回確認された核実験用の坑道は、核実験に必要な最適の坑道を選択するために幾つかの坑道を掘削しているものだと、消息通は説明した。但し、北朝鮮がプルトニウムとウラニウムのどちらかを実験するのかについては、把握するのが難しい状況である。しかし一部では、中国の反発を意識して、北朝鮮がプルトニウムで核実験をする可能性が高いと見ている。 このように、韓国軍政府は北朝鮮が今年、3回目の核実験と長距離ミサイル発射などで、同時に脅威する可能性を注視していると報じられた。韓国軍の消息通は、「合同参謀は、第3回核実験や長距離ミサイル発射、エア・クッション型揚陸艇などの北朝鮮の多発的な威嚇状況に対備して計画している」としながら、「平安北道ドンチャン里にあるミサイル基地とプッゲ里にある核実験場の動向を詳しく見張っている」と伝えた。これ以外にも韓国軍は、北朝鮮が冬季にアメリカの偵察衛星に露出するほど、核実験場で活発に人材と装備を移動させた点に関して、意図的に韓半島の安保危機を高めようとする戦略を駆使しているのではないかとの分析もしている。 同時に、北朝鮮の平安北道チョルサン郡ドンチャン里のミサイル基地の動きも注目されている。咸鏡北道ファデ郡ムスタン里のミサイル基地に比べて3倍程度の規模があるドンチャン里基地では、建物10階建ての高さ(30~34m)相当する発射塔が登場した。同基地では人工衛星だけではなく、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射も可能だとされている。
2011年02月23日
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1月半ば、北朝鮮軍部の消息通は北朝鮮に偽りの報告が蔓延していて、金正日が正確な判断を出来ないでいると伝えた。今、北朝鮮軍隊内には幹部たちによる食糧横領が深刻で、兵士らに支給する食糧が不足しているのに、幹部たちは食糧が充分にあると報告しているとのことである。 しかし、韓国の延坪島攻撃直後、北朝鮮が強行した訓練で脱営者が続出する現象を報告したことを受けた金正日が、その原因を調査するようにという指示を12月初めに下した。そして、この件で保衛司令部が全国の軍糧米の倉庫を調査したところ、深刻な食糧横領が発見されたとのことである。これを聞いて怒った金正日は、銃殺刑も躊躇しないという指示を下したという。一方、2月初めに北朝鮮外務省の消息通も、北朝鮮外務省にも偽りの報告が蔓延していると伝えた。最近、ロシア-北朝鮮間に起きた真相攻防戦が、その端的な証拠と言った。 北朝鮮のパク・ウィチュン外務相は、延坪島攻撃直後の去年12月12日から15日までロシアを訪問し、ラブロフ・ロシア外相と会談を行った。この会談で両国は、政治、経済の協力、及び韓半島情勢、北朝鮮の核問題などの国際的イシューについて意見交換をした。しかし、会談結果について双方が異なる発表をしたので、どちらかが嘘をついているのかどうかという「真相ゲーム」の様相を見せた。このような中で、最近、北朝鮮のウラン濃縮プログラム(UEP)に対するUN安保理の議論に関して、ロシア外交政府の発表と官営メディアである中央通信の報道が全く異なっており、論争の的になっている。 1)お互いに違う発表、誰の言葉が真実なのか? ロシア外務省は12月13日、閣僚級会談直後の言論発表文を通じて、会談の結果を公開した。北朝鮮も次の日の12月14日に外務省報道官が中央通信の記者の質問に答える形で会談の結果を発表した。しかし発表を比較して見ると、大きく2つの部分で明らかな違いが見られた。 a.延坪島砲撃に対する立場の違いロシアは延坪島砲撃の当日である11月23日、異例にもラブロフ外相の記者会見を通じて、北朝鮮の延坪島攻撃を公式的に非難した。これを反映したかのように、ロシア側は「人命被害を招いた南韓領土に対する砲撃は、非難を浴びて当然」と北朝鮮の延坪島武力攻撃に対する非難の立場を明確にした。しかし北朝鮮は、「ロシアが最近、朝鮮半島に造成された厳重な情勢に対して、我々(北朝鮮)の立場に十分な理解と共に、南韓の挑発で発生した延坪島砲撃に大きな憂慮を表明した」と、ロシア側とは正反対の発表をした。特に北朝鮮は、あまりも明白な延坪島攻撃に対する自らの責任を韓国に押し付けただけではなく、ロシア側もまるで韓国に責任があると発言したかのように報道した。 *ロシア外務省-「人命の被害をもたらした韓国領土に対する砲撃は、非難を浴びて当然だ」 *北朝鮮外務省報道官-「ロシアが最近、朝鮮半島に造成された厳重な情勢に対して、我々(北朝鮮)の立場に十分な理解と共に、韓国の挑発で発生した延坪島砲撃に大きな憂慮を表明した」 b.濃縮ウランなど北朝鮮の核開発問題に対する違い第2番目は、濃縮ウランなど北朝鮮の核開発問題に対する部分である。ロシア外務省発表によると、ラブロフ長官は、「寧辺ウラン濃縮施設に対して深い憂慮を表明し、北朝鮮に対してUN安保理決議履行を促求」した。一方、北朝鮮の外務省報道官は、「我々(北朝鮮)の軽水炉建設とその燃料保障のための濃縮ウランの生産に関して、ロシア側は平和的核活動が媒介国の自主的権利という我々の立場に同意した」と発表した。北朝鮮の発表をそのまま受け入れたら、ロシアは北朝鮮の核開発を認めたことになる。また、プーチン総理も12月14日に、「北朝鮮がUN安保理決議1718号と1874号を無条件に履行することを要求する」と北朝鮮の濃縮ウラン施設公開など極端な行動に対して憂慮を表示した。これはロシア外務省の言論発表文を通じて、再確認されている。 *ロシア外務省-「寧辺ウラン濃縮施設に対して深い憂慮を表明しながら、北朝鮮に対してUN安保理決議の履行を促求」*北朝鮮の外務省報道官-「我々(北朝鮮)の軽水炉建設とその燃料保障のための濃縮ウラン生産に関して、ロシア側は平和的核活動が媒介国の自主的権利という我々の立場に同意した」 2)最近の北朝鮮UEPと関連して、ロシアが安保理議論に賛成したのかという部分また、最近の北朝鮮UEPの安保理議論に関した論争の焦点は、ロシアが果して安保理議論に賛成したかどうかである。今年1月28日、韓国を訪問したロシアのバラダブキン外務次官はウィ・ソンラク韓半島平和交渉本部長との6カ国協議首席代表会談を通じて、「ロシアが北朝鮮UEPを安保理で議論するのに反対しない」とする立場を明らかにしたと伝えられた。 しかし、北朝鮮の中央通信はロシア外務次官の発言から5日後の2月2日、駐ロシア北朝鮮公館職員とロシア外務省政府者間の面談内容としながら、「ロシア側は朝鮮の平和的核活動権利を認めた。従って、朝鮮の濃縮ウラン生産問題をUN安保理で審議することに反対しないという一部報道は、ロシアの公式立場ではないと確認した」とロシア外務次官の発言と全面的に対峙する内容を報道した。 このように論難が大きくなったので、ロシアは2月4日に外務省論評を通じて、「北朝鮮のUEPに対する情報が事実と確認された場合、これは安保理決議1718号と1874号に対する違反なので、従ってこの試案を安保理で議論するのに反対する根拠はない」と公式的な立場を明らかにした。またイワノフ副総理は2月5日、ミュンヘン国際安保会議で「北朝鮮はNPTに復帰して、IAEAの査察を受けなければならない」と強調した。 -最近の北朝鮮UEPと関連して、ロシアが安保理議論に賛成したのかという部分に対する発言日誌。*ロシア・バラダブキン外務次官(2011.1.28) - 「ロシアは北朝鮮UEPを安保理で議論することについて反対しない」 *北朝鮮中央通信(2011.2.2) ?「ロシア側は朝鮮の平和的核活動権利を認めて、朝鮮の濃縮ウラン生産問題をUN安保理で審議することに反対しないという一部報道は、ロシアの公式の立場ではないと確認した」 *ロシア外務省論評(2011.2.4) -「北朝鮮のUEPに対する情報が事実と確認された場合、これは安保理決議1718号と1874号への違反なので、従ってこの試案を安保理で議論することに反対する根拠がない」 *ロシア・イワノフ副総理(2011.2.5) -「北朝鮮はNPTに復帰してIAEAの査察を受けなければならない」 このような前後の事情を総合して見ると、北朝鮮が会談結果で自らに不利な内容を徹底的に排除して歪曲したという結論に達することができる。 3)会談成果に対する責任追及が恐ろしくて、歪曲の可能性が濃厚しかし、なぜ北朝鮮が歪曲された内容を発表したのかに対する疑惑を解決することができない。北朝鮮外交問題に精通したある脱北者は、その原因が北朝鮮社会内にはびこった「偽りの報告」に起因した可能性を提起した。去年の下半期、北朝鮮の韓国海軍チョナン号攻撃に対するUN安保理議論が提起されたのは、ロシアによる「北朝鮮の肩を持ち」により、北朝鮮が非常に元気付けられた時期である。 彼は、北朝鮮が都合よく計画されたパク・ウィチュン外務相のロシア訪問を契機に、ロシアを明確な北朝鮮の後援勢力として確保して置こうと思ったはずだと推定した。また、UEP問題の安保理議論に関しても、バラダフキン次官の発言に驚いた北朝鮮外務省がモスクワ大使館に緊急訓令を下して、事実の確認をしたはずだと推測した。ところで、ロシア側の支持を得るどころか、却って非難と憂慮に直面したのである。 状況がこのようになったので、パク・ウィチュン外務相や駐ロシア北朝鮮大使館としては、会談結果に非常に期待を掛けていた金正日に、ありのままの報告をするのが非常に難しかったはずである。従って、北朝鮮には金正日の好みに合わせて偽りの報告して、この内容が外務省を通じて発表されたのである。 4)偽り、誇張報告が日常化された北朝鮮の社会実際、北朝鮮社会では上部からの問責を避けようとして、「偽り、誇張報告」が日常化しているという例を捜すのは難しくない。実例として、2009年2月に金正日が咸興市にある興南(フンナム)肥料工場を視察した時のエピソードは有名である。幹部たちが6月までに60万トンの肥料を生産できると報告したが、金正日が直接工場労働者に会って確認する過程で、幹部たちの報告が嘘りだという事が分かってしまった。この件で金正日が大変怒り、「偽りの報告は国を滅ぼす売国行為」と批判したというのである。 このような形態は、国際関係でも例外ではない。北朝鮮が外国との会談結果を必要に応じて恣意的に歪曲して来たことは、広く知られた事実である。2002年10月にアメリカ・ケリー国務次官が北朝鮮を訪問した時、北朝鮮はウラン濃縮を是認した。この問題によって、いわゆる第2次北朝鮮核危機が起こり、以降、北朝鮮はこれを否認するなど、何回も変更をした。結局、去年ハッカー博士が北朝鮮を訪問した時、濃縮ウラン施設を公開して、事実と確認された。 理由がどうであれ、北朝鮮が国家間の公式的な会談結果を全て歪曲するのは、自らの国際的な信頼を失墜させる行為に違いない。このような現実を「人の幕」に囲まれた金正日だけが、知らないのではないだろうか。
2011年02月22日
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北朝鮮金正日は今度2月16日、公式的に69歳誕生日を迎える。しかし彼の実際年は41年生に今年70歳である。元元41年生なのに自分のお父さん金日成の誕生日である1912年と終り席を合わせるために42生で操作したからである。生物学的年で70を控えた金正日の健康状態は北朝鮮内外を問わず焦眉の関心事である。金正日の生物学的寿命によってこれから義北朝鮮の統治方向と金丁銀での後継ぎ区も安着、対内の外の政治勢力変化が予想されるだからである。 その間ニュースを通じて報道された金正日の健康状態を綜合して見れば現在状態何種類を予想して見られる。 一番目、糖尿病による晩成腎不全である。専門医たちは最近金正日の手が真黒く日焼けさしたのが金委員長の新臓機能に深刻な問題があるという所見を提示した。糖尿病による万星辰不戦は血液投石と腹膜投石で分けられるのに情報を綜合して見れば金委員長は現在ボックマックト石していることが有力である。 金正日の年を考慮した時晩成腎不全で判明されて投石を始めるようになれば完治は不可上手い。消息筋によれば金正日が投石を始めたことは2009年5月である。最近金正日は食あたりお坊さんが減少して顔と損徒特に真黒いそうなのにこれはこれは腎不全症で血液循環がよくできないから現われる現象である。 70歳の年寄り、その中でも金正日のように身の機能この弱化された年寄りが身の丈投石をするようになれば5年以上暮しやすくないそうである。しかしギムゾング仕事は脳卒中まで重なっているからあれほど暮しにくいだろう。 二番目は脳卒中再発と痴ほう可能性である。金正日は2008年脳卒中を病んである。消息筋によればこの脳卒中が最小限二番目だと言う。それはこれからも脳卒中が充分に再発することがあることを示唆する。 もちろん最近にはヌェズルズング増税はかなり好きになったと言う。しかし歯科専門医によれば写真で報道された最近金正日の打って状態を見た時痴ほう悪化可能性が充分にあると言う。寸科専門医によれば脳卒中にかかった人の中に歯牙が元気ではなければ痴ほう症状を悪化の時つけると言う。元気ではない歯牙は脳をずっと刺激する效果があるかむ機能がずっと震える御旨期のため歯牙が元気な時より痴ほうのかかる確率が三倍位高いそうである。 金正日は2010年に入って精神がよくおかしくなるという消息も聞こえて来る。また脳卒中後遺症の右鬱症で感情の起伏もひどくなってよく泣くという話もある。一種の初期痴ほう症状なのである。金正日の最近歯牙状態を見ればこんな痴ほう症状がもっと悪くなることができるというのである。 もう2008年度に脳卒中を経験した金正日はもしこれから死亡したら脳卒中再発でよる死亡可能性が一番高く見える。その理由は二つの種類である。第一、晩成腎不全のためである。万星辰不戦証は血液内に老廃物除去をまともにできなくて血管の中の血戦を積もるようにする。これだから晩成腎不全症は脳卒中可能性を高める。第二、知られたところどおり金正日の統治スター仕事は全ての権力を握って行史するからそのストレスが甘くない。また気持ちによって易しく興奮して憂鬱になったりする。このために感情の起伏が甚だしい。このような業務ストレスが金正日の脳卒中可能性を高めるもう一つの理由である。 次は歴代過多な業務、それによるストレスで脳卒中がかかって急死するとか植物人間になった世界トップたちの事例である。金正日も彼らの電車に付いて急に死亡する可能性が高くて見える。 [アメリカルージュベルト大統領] ルージュベルトが血圧が急激の上昇するなど健康が悪くなり始めたことは1943年からだったし、主治医だった耳鼻咽喉科専門医メキタで博士と海軍病院心臓専門のブルン博士から心臓薬と食餌療法を処方受けて絶対安定を長続き勧告受けた。 ルージュベルトは1945年2月ロシア皇帝の夏別荘で開かれたヤルタ会談の時疲れ感と会談の後の科屠漢飲酒などで健康状態が急激に悪くなったし、結局1945年4月執務室机で書類を見ている中急な脳卒中を起こして後頭部に激甚な痛症を感じながら倒れて死亡した。世界最強国の正常として最高の医療恵沢を受けたルージュベルトだったが血圧と過労による突然死を避けることができなかったこと[旧ソ連レーニン] 1917年11月ロシア革命で政権を取ったレーニンは1922年5月25日脳卒中に倒れてからすなわち回復した。しかしその年秋二番目脳卒中が起きたし翌年である1923年3月三度目脳卒中に倒れた後半身不寧になって車寄子に寄り掛かったままモスクワ南側約30km震えてジン村であるゴリキで療養をする脳卒中発病満2年も越すことができなかった1924年1月21日54世医年で死亡したら[旧ソ連スターリン] 1953年2月28日スターリンは側近たちと一緒にクレムリングングで映画を見た後自分の別荘で定木里を移して翌日夜明け4時までパーティーを開催した以後寝床に入ったが当日18時30分頃脳卒中が発病して意識不明状態に陷った。用心棒たちが彼を見付けたことは夕方10時がすごくオソだったし、ちょうど彼の主治医たちが国家安全部で要因暗殺疑いで調査を受けた出なさい適切一治療を受けることもできなかったまま12時間が経過された後には応急措置を受けた。結局スターリンは1953年3月5日発病一週間ぶりに“顔模様が変わって顔色と唇色が黒くなった後甲子期目をぴかっと開いた後死亡した”と伝わっている。当時彼の死亡は脳卒中と一緒に主治医野の応急境遇を邪魔した秘密警察総帥ベリアの陰謀だったということが現在定説。 [イスラエルアリエルシャでは総理] シャロンチォングリは2005年12月18日夜脳慶色増税で一度倒れて病院に二日の間入院した後退院したし2005年7月にも心臓発作が発生したといううわさがあるなど心血関係疾患をアルそのある状態だったこと。シャでは総理は退院の後半月余後である2006年1月4日夜イスラエルネゲブ死幕の個人農場で多量の脳出血が発生して、エルサレム下賜だ病院に急に移送されたし、 1月5日夜明け脳の血液を抜き取るために6時間にわたった手術を受けたが続く追加出血路当日昼と翌日まで皆3回の大手術を受けるようになった。 彼は脳出血当時77歳の高令に普段油っこい食べ物が好きだったし170cmがならない背に体重は120~30kgに肉薄するなど高度費だけ状態で心血官疾患故危険君に当たって医療陣から体重減量を長続き勧告受けたことと知られた。彼はたとえ手術の後死亡したのではないが回復することができなかったまま現在まで植物人間で病院で病と闘っている
2011年02月21日
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2月16日は北朝鮮の金正日の69回目の誕生日である。70歳の金正日の健康問題は、後継問題と絡まって、関心の的になっている。金正日は2008年8月に脳卒中で倒れたが、現在、金正日は業務の遂行に問題がないレベルまで回復したと報道されている。しかし、後遺症で判断力が鈍っているという主張が、提起され続けている。 この件と関連して北朝鮮に精通した中国の対北朝鮮消息通は、「金正日が2008年8月に脳卒中で倒れてから、肉体的な健康はある程度回復したが、時々精神的に異常をきたしたり、判断力に問題が生じると聞く」としながら、北朝鮮の内部で集めた幾つかの情報を紹介した。そして、金正日が2009年10月に慈江道にある「ヒチョン逓信大学」を訪問した時のエピソードを伝えた。北朝鮮では2003年にヒチョン工業大学を逓信大学と改名し、2009年には工業大学に再び名前を変えた。 この件に関して同消息通は、「金正日が2003年にヒチョン工業大学をヒチョン逓信大学と名称を変えるようにと指示したのに、2009年に訪問した時、この事実を憶えていなかった」としながら、「誰が首領様が命名した工業大学という名前を、時代遅れの逓信大学に直したのか」と怒り、「今すぐに工業大学と、また名前を変えるように指示を下した」と伝えた。また、2009年12月に咸鏡道金策市にあるソンジン製鋼連合企業所を訪問した時、所謂、主体鉄による製鋼法公正施設の完成報告を受けた席で、「首領様に早くこの事実を伝えるように」と言って、周囲の人々を荒てさせたと伝えた。 引き続き同消息通は、金正日の喫煙事実が報道されたのも、金正日の認知能力不足のためだと解釈した。金正日は2001年の中国訪問当時、禁煙の事実を公開した。北朝鮮のマスコミはそれ以降、「喫煙は心臓を狙った鉄砲のようだ」という表現を使って、禁煙キャンペーンを続けた。しかし金正日は2009年2月に会寧煙草工場を8年ぶりに訪問した時、工場でタバコの煙を吹きながら笑う姿を労働新聞に公開した。当時、この喫煙する場面は、金正日の健康を誇示するために公開されたものだと解釈されたが、これに対して同消息通は事実は違うと反論した。そして、「それまで自分が禁煙しているという事実を自慢したくて、マスコミを通じて禁煙を強調して来たという事実を忘れたから」と説明した。当時、金正日の側近たちは煙草工場を視察しに行くという金正日の言葉を聞いて、煙草工場を掃除したり、隣の煙草工場に保管されていたタバコを運んで来るなど大騒ぎをしたと、付け加えた。 同消息通は、去年8月に自由アジア放送(RFA)が報道したチャ・スンス北朝鮮中央放送委員長の解任事件についても説明した。チャ委員長はテレビで平壌大同江ビールを広告するなど、資本主義方式の商品広告をしたという理由で、2009年8月に解任された。同消息通は「金正日が2010年5月半ばに中国を訪問した直後、直接に電話を掛けてチャ・スンスを捜したが、既に解任されていたと聞いて非常に怒った後、復職命令を下した」としながら、「金正日の予測できない行動に、平壌の幹部たちは不安に思っている」と言った。 続けて、「金正日の精神疾患悪化の情報が北朝鮮内部でも広がっているということは、北朝鮮政府の徹底的な情報遮断にも関わらず、金正日を直接目撃した幹部たちが周辺の人たちにだけ伝えるという形で秘密を漏らすので、拡散し続けるから」と説明した。
2011年02月21日
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1カ月にコメ代2倍に上がる…「90年代の状況を連想」北朝鮮が、政権存続の脅威になるほどの深刻なインフレーションに苦しんでいると、ファイナンシャル・タイムス(FT)ドイツ語版が2月11日に報道した。FTは日本の大阪にある北朝鮮内部の情報誌の「イムジンガン」と、対北朝鮮短波ラジオの「開かれた北朝鮮放送」を引用しながら、コメ1Kgの価格が1カ月に1千200ウォンから2千500ウォンに高騰したと伝えた。「イムジンガン」は同時に、北朝鮮は兵士の食糧調達も難しい状況と伝えながら、現在、兵士1人当りの配給量は300gに減り、それさえも大部分がトウモロコシだと明らかにした。FTは「北朝鮮は金正日政権の最も重要な大黒柱である軍を、いつも優先視してきた」としながら、「今回の報道は、約200万人が餓死して体制が崩壊直前まで陥った1990年代の食糧不足を連想させる」と評価した。FTは「閉鎖された北朝鮮から出た情報なので、真偽を確認することはできないが、2つのメディアの報道は信頼できるだろう」としながら、「アメリカのワシントンにあるピーターソン国際経済研究所(PIIE)の対北朝鮮専門家であるマーカス・ノーランド専任研究員とスチーブン・ハガード教授は、イムジンガンの報道は信頼できる情報ソースとしている」と説明した。 同新聞はまた、「北朝鮮政権の宣伝にも関わらず、北朝鮮経済はかなり以前から社会主義的原則に基盤を置いていない」としながら、「ノーランド研究員によると、現在の食糧供給と単純なサービスは、殆ど市場経済によって動いている」と付け加えた。
2011年02月16日
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2月1日の「自由北朝鮮放送」の『北朝鮮の女性が自転車に乗れない理由』というタイトルの報道は、「現在、北朝鮮の国防委員会副委員長を務めるオ・クックリョルの一人娘のオ・ヘヨンが、1990年代末に自転車に乗って平壌市内を走っていたところ、朝鮮人民軍7総局の10t級車に惹かれて死んでしまった事件があった。当時、金正日が、女が自転車に乗るとは何事か?女は自転車に乗れないようにしろと指示し、その指示が法になった」と伝えた。 別のニュースによれば、金正日が乗用車に乗っていた時、スカートを履いて自転車に乗っている女性を見かけて、「良くない」と言った言葉が法になったという話もある。 これ以外にも多数の北朝鮮関連ニュースが、北朝鮮は女性が自転車に乗れないように法で規定していると明らかにしている。しかし、今までに公開された何枚かの北朝鮮の写真の中で、北朝鮮の女性が自転車に乗っている場面を確認することができる。矛盾しているではないか。ここで私たちが注目すべき点は、「自転車に乗る」という規定が、「どの程度の実効性と拘束力を北朝鮮内部で持つか?」である。 実際、北朝鮮では女性が自転車に乗ることを取り締まっているという報告がある。ある脱北者は、それは「美風良俗」のためだからと言う。しかし、脱北者のキム・チュンエさんはマスコミのインタビューで、「実際、そういう規定があったので、北朝鮮の女性の不満は非常に高かった」と証言する。また、キム・チュンエさんは「北朝鮮の生存問題が深刻になるにつれて、交通手段であると同時に物流手段である自転車を、女性たちも乗るしかなくなった。また、政府もこの規制を暗黙の内に守らせなくなった」と言った。結論から言うと、現在の北朝鮮では禁止規定であるにもにも関わらず、多くの女性が自転車に乗っているのである。すなわち、この規定は法と言うよりも、勧誘事項程度のルールに相当するのである。 それでは、北朝鮮の住民たちにとって最高の財産に相当するという自転車は、彼らにどのような意味があるのだろうか? まず、北朝鮮で自転車は、一般労働者たちの10年分の月給を貯めないと買えない位高価な品だという点である。1995年当時の労働者の月給は100ウォンほどだったが、当時、「ジャビ」という商標の北朝鮮産の自転車が平均3,000~5,000ウォンだったし、「カルメギ」は10,000ウォンだった。平壌の市民たちは、これよりも性能が良くて小奇麗な日本製の自転車を好む。2003年頃、日本製の自転車は中古品でも3万ウォンから5万ウォンくらいした。 このように高価なので、北朝鮮では自転車泥棒が多い。夜は自転車を部屋の中に入れる人が多い程である。北朝鮮で自転車は、まだ非常に貴重な品物である。新品の自転車1台の価格が、北朝鮮お金で約40万ウォン(約300ドル)程度である。労働者(月給3000ウォン)が自転車1台を買おうとしたら、殆ど11年間お金を使わないで、貯め続けなければならない。 北朝鮮の自転車は私たちの乗用車のような格で、兔許証がないと乗ることができない交通手段である。自転車の兔許証は、1996年から平壌だけで適用され始め、98年から全地域に拡大した。これは人民保安部が施行する自転車運転及び交通安全試験に合格しなければ、取得することが出来ない。無兔許運転者や兔許証未所持者は、大部分が取り締まり現場で罰金を払わなければならない。北朝鮮では自転車の運行規則が非常に厳しい。都市では道路表示に従って決められた道(専用道路)だけを走らなければならないし、5歳以上の子供は後に乗せることができない。またブレーキやライト、ベルがない自転車は乗ることができないし、酔っ払って自転車に乗ってはならない。 このように厳しい規則が適用される高価な品なので、自転車を一台買ったと言ったら、保安所や人民組が資金の出処を調査しに来ると言われるほど重要な財産に値する。従って、全ての自転車には登録証があるが、電算システムが不備なので、本人の物かどうかを直ちに確認するのは難しい。従って、自転車泥棒の取り締まりも難しい。 この様な状況ではあるが、長所もある。自転車は北朝鮮では貴重品に属するので、自転車製作に対する熱意が強く、品質が良いという点である。特に北朝鮮産の自転車はとても頑丈だとの定評がある。また、2005年10月には自転車王国である中国のテンジン・デジタル自転車工場が65万ドルを投資して、北朝鮮に「ピョンジン自転車合作工場」を設立した。ところが、まだ品質や人気の点で、日本製の自転車を追い越すことが出来ないと、脱北者たちは証言している。 北朝鮮の女性が自転車に乗ることは、北朝鮮指導部の気分に左右されるという話がある。最近、平壌市内でスカートを履いて自転車に乗る女性をよく見かけるとも聞く。女性がズボンを履けない様にする規則もあるので、それも可能だろう。北朝鮮も人が暮す社会なので、北朝鮮も以前のようではないようである。しかしあまりにも高価なために、夜道で自転車に乗ると、殺人強盗の標的になると言う。しかし、これも北朝鮮では富裕層たちが甘受しなければならない一種のペナルティだと考えなければならないだろう。
2011年02月11日
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貧困と父子世襲に反対して、国民が街へ飛び出したエジプトに、全世界の注目が集まっている。ホスニー・ムバーラク政権は、内閣を解散し改革を約束したが、国民はムバーラク大統領の無条件退陣を要求しながら、抵抗し続けてる。21世紀の初め、独立国家連合(CIS)で起きたバラ革命(グルジア)、オレンジ革命(ウクライナ)、チューリップ革命(キルギスタン)に続き、民主化の無風地帯だった中東でも、いよいよ反独栽市民革命の炎が勢いよく燃え始めたようである。しかし、この世で最もこの様な市民革命が必要な場所は、他でもない北朝鮮だろう。災難や戦争状況でもない平時に、人口の数%が飢え死にする程の酷い貧困、非王朝国家としては世界で唯一現実化した3代世襲、お金で死刑囚すら釈放できる腐敗。この様なことを考慮すると、北朝鮮にすでに革命が何回も起きても、当たり前だろう。それにも関わらず、革命の勢いが北朝鮮へ届く事を期待する人は、多くはないだろう。CISやチュニジア、エジプトにはない残酷さが、すでに北朝鮮を冷たい凍土に作り変えたからである。北朝鮮の民主化革命を塞ぐ最も大きい障害物は、連座制である。 連座制とは、「逆賊罪人」の家筋を滅亡させる中世封建の悪辣な遺物であり、今は地球上で唯一、北朝鮮だけに存在する。北朝鮮は反体制行動は勿論のこと、体制に不満を表しただけで、親戚まで政治犯収容所に連行してしまう。北朝鮮の民主化のためには、何よりもこの連座制を廃止するべきである。もし北朝鮮で、チュニジアやエジプトのように住民が街に出てデモを行ったら、どのようなことが起こるだろうか。 数分後にはデモ隊は一人残らず射殺され、一日で遠い親戚まで政治収容所へ連れ去られてしまうだろう。保安院(警察)がデモ隊に発砲しなかった場合、彼らも同じように処罰される。その上、徹底的な閉鎖政策のため、外部では北朝鮮内部の事情を全く知ることが出来ない。1998年8月の松林(ソンリム)製鉄デモが代表的な例である。当時北朝鮮では、労働者たちが飢えるのを見るに耐えられなくなって鉄を中国に売り食糧を購入しようとした製鉄所幹部を即時処刑した上、これに抗議した労働者たちに近隣のタンク部隊を派遣して、無慈悲に殺してしまった。この事件は外部へ知られず、現場の写真も残ってない。外部と繋がるインターネットも無く、言論機関も政府の徹底的な統制を受けているので、北朝鮮の住民は海外の動きを全く知ることが出来ない。北朝鮮の人々にとっては、ウィキリクスとソーシャル・ネットワークサービス(SNS)が触発させた北アフリカのデモは、他の星の一日に過ぎない。いや、デモが起こったという事実さえ知ることが出来ない。北朝鮮政府は現在まで、エジプト事態を住民たちに知らせてない。北朝鮮とエジプトは、貧困と父子世襲という状況が似ている。もし、今回のエジプト事態が北朝鮮の住民たちの間に知られたら、それに刺激を受けた住民が、エジブトのように大規模な反政府デモを起こすかもかもしれないという恐怖により、事実を隠しているのかも知れない。歴史に永遠な氷は無い。氷は溶けるのが当たり前であり、氷が溶けたら春になる。北朝鮮を覆っている巨大な氷の固まりも、いつか必ず溶けるだろう。そうなったらいくら厳しい統制でも、住民の抵抗を防ぐのは不可能である。北朝鮮に住民による反政府デモが始まったら、今のエジプトとは比較にならないほど強力で速く広まるだろう。北朝鮮の崩壊は遠くない。
2011年02月09日
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-チャン・ソンム自由朝鮮放送副代表、2003年北朝鮮脱出2010年4月、北朝鮮各地域の保安部に「打撃隊」を組織するようにという、人民保安部(警察庁)の指示が下達されたという情報があった。道保安部傘下に作られた「打撃隊」と名前付けられたこの常設組職は、以前、保安部捜査科で際立った活躍をした人々や、保安部政治大学を卒業したばかりの学生たちをはじめとして、若くて斬新で金正日に対する忠誠心が優れたた人々で組職される予定だと伝えられた。「打撃隊」が組職された目的は、緩んだ取締り綱紀を出来るだけ早く引き締めようというものであり、その規模は400人に達するとのことだった。そして6月、本当に各市・道の保安局(地方警察庁)に「打撃隊」と命名された常設組職が出来上がった。ここに集められた打撃隊員たちは、飢えた山犬が餌を探すように、手当たりしだいに住民たちを捕まえ始め、住民たちに極度の恐怖感を感じさせた。人民たちは何とかして逃げようとして、必死に機嫌を伺ったとのことである。この打撃隊の権力は、限りがないほど強力だった。国境地域で中国の携帯電話を使う人々を探し出して、韓国に情報を売る人々を捕まえたり(中国との商売を言い訳にする携帯電話使用者も含む)、麻薬密輸及び密売者、中国逃亡者(脱北者)を徹底的に捕まえるのも打撃隊の仕事だった。特に保衛部が担当する住民たちに対する政治的動向の把握までして、不純分子たちを探し出した。取り締まりをする時も「夜間組み」と「昼間組み」に分けて、24時間に渡って北朝鮮の全住民を監視網に入れ、住民たちの行動を一々監視した。このように打撃隊の目的は、新しく出発する金正恩体制の安着のために、24時間に渡って住民たちを統制することである。このような現象は、金正日政権の維持も既に限界点に達したということを意味する。即ち、住民たちに対する強力な統制なくしては、金正日、金正恩政権の維持は不可能だということなのである。そうなると、金正日に、或いは新たに出発する金正恩に、現在残っている人民たちに対する統制カードはあるのだろうか?金正日政権が今まで、政治犯収容所を利用した残忍な人権染躪で、自らの政権を維持してきたということは、よく知られている。しかし政治犯収容所は国際社会で多くの非難を浴びる実体であると同時に、北朝鮮内部でも多くの副作用を生んでいる。金正日の忠誠分子たちが多いと統制し易しいが、小さな失敗も許さなかったので、過去、あまりにも多くの反対勢力が生じた。金正日に反対したという理由で逮捕されたら、本人はもちろんのこと家族や親戚まで殺されたり、政治犯収容所に連行された。従って、反対に金正日の敵が多くなったというのである。政治犯収容所の中で繰り返される人権染躪行為が、北朝鮮に対する国際世論を悪化させるということを 金正日独裁政権も知らないわけがない。故に、最近は人々を捕まえて政治犯収容所に送る問題に対しても、それなりに慎重に処理しているようである。以前なら間違いなく政治犯収容所に送られた人々も、今は労動教化所に送られる程度で済むとのことである。また政治犯収容所に人々を捕まえて送る作業も、必ず夜中や早朝に、隣家も分からないくらい速かに行う。金正日政権が住民たちの視線を意識しているからである。人民たちを統制したいからと言って、全員を政治犯収容所に押しこめることはできない。何故ならば、金正日政権にとっても、政治犯収容所は負担になるからである。収容所に入れられている人々を解放したら、人前では忠誠する振りをしても、心の中では金正日に反対する勢力になるはずであり、そのままにして置いたら国際社会の厳しい非難を避けることはできないからである。政治犯収容所をどうするかには、新たに誕生する金正恩にとっても大きな課題である。金正恩は姿を現わす前、「非社会主義」問題の解決に焦点を合わせた。それで始めた事が、かなり以前から準備して来た貨幤改革措置だった。故に、昨年11月末に貨幤改革措置を実施してから2~3日間は、各職場と人民組で会議や講演会を開いて、「今回の貨幤改革措置は青年大将である金正恩同志が、人民生活を画期的に良くするために用意した措置」と大々的に宣伝した。しかし、極端な貨幤交換は、北朝鮮社会をもっと大きく混乱させた。「非社会主義者」たちを統制するために貨幤交換を実施したが、非社会主義者たちは全て逃げ出し、貧しい人民たちだけが被害を被った。人民たちの怨声は、不平不満を超えて、政権の危機を危ぶむほどに大きくなった。その時になって、ようやく貨幤交換措置は青年大将金正恩が推進したという講演資料を全て無くした。このようにして、貨幤改革が金正恩に係わっているという話は消えた。それから数カ月が経過して、貨幤改革の失敗に対する責任をパク・ギナム中央党計画財政部長に被せて、彼を処刑することで終わらせたのである。人心を手に入れて、業績を積もうとしていた金正恩にとって、貨幣改革は最悪の結末をもたらすハプニングになったのである。党代表社会で殆ど強制的に金正恩を公開したが、人民たちの反応は未だに冷ややかなものである。このような状態なので、金正日独裁政権が金正恩に権力を無難に移譲するためには、人民たちに何か強い衝撃を与えるのが必要と考えたようである。それが正に、韓国のチョナン号、延坪島攻撃だったようである。北朝鮮社会に広まる金正日政権に対する人民たちの怨声を、戦争の雰囲気を作って解決しようとしたのである。しかしこのような挑発をすればするほど、金正日政権の運命は結局、破滅へと突進するしかない。
2011年02月07日
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