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2006.05.31
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今日で5月の市場行きは終わり。シキミ230本ほどが12000円ほど。470本ほど出して43000円の売上があったのが最高で、前回は500本ほどで30000円、まあこれが実力という感じ。すごくいいシキミではないから、1ぽん50円ももらえればいいだろう。ともあれこれで5月の後半は、14万円強の売上。今月もだいたい20万円の稼ぎがあった。シキミのある程度のが、かなり広い範囲で取れるところを見つけたから、これからは少し安定した収入の見通しが立ってきた。6月も半ば過ぎれば、榊の新芽も固まるから、榊も取れるようになるし何とかこれからは毎月、25万円くらいは売り上げたい。出来たら30万円くらい。
2006.05.31
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2006.05.30
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2006.05.30
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まず道造りから始める。ひどいイバラの生えた道。
2006.05.30
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シキミの整理をしていたら、山の中で日が暮れた。いま帰ってきたところ。
2006.05.30
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2006.05.29
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私に山の仕事を紹介し、教えてくれた山仕事のベテランの中学の同級生の友人に、昨日私に食いついていたものの事を聞いてみると、それは山ダニだとのこと。まだ血を吸う前は平べったくって薄いが、血を吸うと大豆くらいの大きさになるのもいる。小さいのもいるがとのこと。多分そうに違いない。南京虫という線も、一応頭に入れておくが。それにしても今年はよく噛まれる。ヒルにはたびたび。小さなシラミにも。おまけにフクスケにも噛まれた。少し前のことだけど。またたびの木の新芽をやるまねをして、少しじらしていたら食いつかれた。牙が手のひらの後ろに刺さり、傷ついた。すぐライフプラスのコロイダルシルバーという抗生剤を塗り、服薬もした。変な菌が入ると嫌だったので。飼い猫に手を噛まれる、か。たまには女の人に、吸い疲れたり噛まれたりしたいものだが、そちらは気配もない、ニコニコ。
2006.05.29
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昨夜は抗ヒスタミン剤を飲んだあと少しして同様な効果もあるというサプリメントも、通常の3倍飲んで寝たいつもの部屋、バルサンを焚いた部屋ではなく広間のほうに別の布団をひいて。すこし痒みは納まりかけていたこともあったが、よく寝れた。今は試しに、そのバルサンを焚いた部屋でパソコンを打っている。
2006.05.29
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昨日腹に噛みついていたシラミ。直径は小豆くらいはあった。 ある人に知らされたのだが、どうも南京虫らしい。
2006.05.28
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名は忘れたけど、いま山に入るとこの白い花、ウツギの一種た゛ろう,良い香りでみちている。
2006.05.28
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2006.05.28
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夕方7時半ころ帰り、食事をしたのちシキミの整理をした。その後自分の部屋に入ってしばらくすると、掌と足の裏から始まって、全身が猛烈に痒くなってきた。こんなことは初めてだ。シャワーをあひ゛ようとして、シャツを脱ぐと腹に大きな山ジラミ?が食い付いていた。しかしあさ部屋にハ゛ルサンを焚いていったの、それにアレルギー反応が起こったのかもしれない。抗ヒスタミン剤を飲み少し収まったが。
2006.05.28
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2006.05.26
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今日生花市場に持っていったのは、シキミ470本ほどと、フタリシズカ40本山アジサイ20本。最初のほうにいいシキミを出した人がいつもなら1万円以上の値がつくところ、8千円だったから、あまり期待できないなと思っていたのだけれど、ほとんど最後のほうに出てきたはずの私のが、私としては比較的高値で売れた。50本6000円が3つ、50本4000円が3つとか、予想以上の高値だった。やったー、ニコニコ。ヒルに吸われながらやった甲斐があるというもの。これにおごらず、もう少しの間いいシキミを出したい。まだ今採っているところにはかなりある感じだから。一人静かも、小さな見栄えのしないものなのに、20本800円と20本500円で売れたりした。山アジサイも800円だった。シキミを背負っての帰り道、道端にあるのを切りながら降りてきただけだけど。市場に出した後は、兄を病院に見舞い、生協でフクスケの食べ物などを買い、歩・ホットに立ち寄り、通信会員費2000円を払い帰ってきた。毎週金曜日は、市場に行く以外は山の仕事をしないことにした。今日はだから、兄のところやあちこちに行き、帰ってきてからは夜までかかって、自分の部屋を掃除した。半年振りくらいか。そうそうバルサンンも買って来た。とりあえず私の部屋でたくつもり。ともかく今日は嬉しい日だった。
2006.05.26
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昨日の市場の売上は2万円ほどだった。その前2日フルに働いたわけではないから、満足できる額。昨日今日でしきみは400本ほど採る。うまく行けば3万近くになるかもしれない。よくやったけど,夕方7時ころ帰ってきて、夕食の後、整理に10時ころまでかかってしまう。山アジサイも20本ほど採ったけど、水揚げの悪いものだから、元のところに食用油をつけてガスの火で焼いて、その後そこをハンマーでたたいてつぶしたり、フタリシズカも40本ほど採ってきたこともある。どちらも良い値で売れるわけではないけれど、欲しい花屋さんもいると思い採ってきた。明日は4時起きだからもう寝ることにする。そうそう、またやはりまたこの部屋にもしらみが湧き始めているようだ。バルサんなど焚くことにした。
2006.05.25
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軍手の編み目から、靴下とズボンの間などからはいりこんくる。
2006.05.25
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昨日は、おもいたって、町のオカリナ講座に出る。オカリナを買わなければならず、5000円くらいはするということで、躊躇していたのだけれど、教育委員会に聞いたら、まだ値段ことなどは決めていないということだったのでとりあえず出席してみることにした。教える人が同世代の知り合いのひとで、楽な感じの人だということもあった。私が迷っていることなど聞いていてくれて、誰かが使っていたものを、安く買うことが出来るようにしてくれていて嬉しかった。私はドレミハを吹くのがやっとだったけれど他の10人くらいの人は、初めての人もあったのに、もう優しい曲を吹くことが出来ていた。私はこうしたことになれていないのだなと、改めて思った。でもこのオカリナはマスターしたい。自分で吹けるようになりたい。昨日は妹が苦しそうだった。1人1日中家にいて、苦しんでいたようだ。私はまた山で、ヒルに3箇所食いつかれた。夜になってもそこから血がじくじく出ていた。フクスケの姿が見えなかった。
2006.05.25
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家族のための葬儀そんなことを昨日の通夜の中にいた体験などから思う。昨日の通夜は、あれはあれで何かを深く感じさせられたのだけれど、またそれが家族の方たちにとって良かったともいえるのだろうけれど、それでも家族の1人が突然なくなったということについて、その後家族の悲しみがもっと静かに、語られたり、共有されたり分かち合われたりするような、そんな葬儀が出来ればいいなと思いもした。もっとも、そうしたことは通夜までの1日の中でご家族がプライベートにやられてもいたのだろう。あのKさんの家の中に安置されていた棺息子さんがいつもいた場所で、ごく親しい、プライベートなかかわりの中で流れていた、死の後の時間。幼い息子さんが写されていたビデオを流し続けられていた時間、私はKさんのご家族の体験とは比較できないが、父母の死を獄中で迎えたという体験がある。特に母の死は悲しかった。その知らせを保安課の調べ室だったかで知らされたとき、涙が込み上げてきて大声で泣きたかった、しかし自分で抑えてしまった。その場の雰囲気がそうしたことにはそぐわないものだったということもある。職員は優しくしてくれたのだけど。3年半前にここに帰ってきて、荒れ果てて、乱雑さを極めた空間になっていたここを清掃する過程で母や父の着ていた覚えのある着物など庭で燃やす機会がたびたびあった。燃えてゆくそうした着物を見ているたびに、悲しみが込み上げてきて、あたりはばかることなく何度も泣いた。泣けて仕方がなかった。止めどもなく泣けて仕方がなかった。どうしようもない、というか現在の、当時の刑務所では父母の死にいどんでも、そのもとに行くために外泊などすることは出来なかったからだが、どうしようもない状況のなかでその死を受け止めなければならなかった。本当に父母との別れを体験するためには、ここに帰ってきて清掃作業をし、父母の着物を焼くというようなことが、そしてあたりはばからず泣くというようなことが必要だったのだ。Kさんのご家族はまた状況が違うでも、多分私以上にとてつもない深い悲しみがあるはずである。胸が張り裂けんばかりに泣きたいお気持ちがあるはずである。なにかそのような機会があればそんなこともしていただきたいとおせっかいがましくも思ってしまう。『死ぬ瞬間』(読売新聞社刊-キューブらーロス著)というシリーズ本に受け入れがたい死、家族の1人の死に直面した人々のことが書かれている。これを書いていてそのことを思い出した。
2006.05.23
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昨日の夜は友人のK産の息子さんの通夜でした。川虫取りさんが書き込んでくれているように、悲しい日でした。昨日の朝岐阜の生花市場からの帰りの車の中で、携帯に電話が入りそれを知りました。Kさんの26歳の息子さんが、車の事故で、一昨日亡くなられたのでした。そんなに親しく話をしたことはなかったのですが、でもKさんなどとともに、宴会などの席で談笑したこともありましたしKさんと共に工場で働いておられるところを訪れたりしたこともありました。美しい奥さんと、幼い子供さん2人がいる、若者でした。多くの友人もいたのでしょう、また多くの人に慕われてもいたのでしょう、通夜の焼香のときなど多くの人が涙を流していました。急な、思いがけもしないなくなり方だったということもあると思いますご家族は本当に悲しそうでした。あのいつもは豪快、快活なKさんも、通夜の間中涙を流しておられました。毎日仕事も共にしている息子さんが、突然そんな形で亡くなるのは、耐え難いことでしょう。通夜の前に、わたしはKさん宅を訪れお棺に入れられた息子さんのお顔を拝ませていただきました。その棺の前には息子さんが好きだったコーヒーカップが置かれていたり、その棺の横では、大きな液晶の画面に、幼いころの息子さんを採ったビデオが流しっぱなしにしてあったりました。Kさんは、「昨日からこればかり見ているよ」と目を潤ませていました。昨日は悲しい日でした。
2006.05.23
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これがフタリシズカという花であることを初めて知りました。いい名前ですね。林の中で見ると、ごく目立たない花ですが、こうして携帯で撮った写真を入れると、美しいですね。名前の雰囲気が出ているのが不思議です。
2006.05.22
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2006.05.22
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山では首筋に、帰ってみたら、腹にヒルがついていた。
2006.05.22
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雨に濡れたシキミは重い。
2006.05.22
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夜になると野の花社の前の田んぼからは溢れるばかりのカエルの鳴き声が聞こえる。そしてあちこちで卵が生み出され、小さなおたまじゃくしが生まれてくる。山に入ってドウダンつつじを切っていると、ほんのすぐそばまでウグイスが来て、盛んに鳴く。人を怖がらないかのように。むしろ人に近づいて来るのだ。谷に下りると深い緑の中を、谷川の水が流れている音がする。雨が多いために、水量は沢山あって、大きな音がしている。そこに切って来て50本つつ縛ったシキミを漬けて、シキミに少しの間水を飲ませる。眠い、もう寝ますおやすみなさい
2006.05.21
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菖蒲だと思っていたのが、アヤメの群生だった。採り始めて生花市場の人に問い合わせてわかった。アヤメはひどく安いということでやめる。アヤメも菖蒲も分からないわたし。でもアヤメがどういうものか分かった。1歩前進。それでやることを変えて、道の駅に榊など出した後山に入った。今日は道の駅の良く見えるところには、警察の車などはなかった。夕方山から下りてきたとき、下呂から変える警察のバスみたいなのには出会ったが。ともあれ山に入ってから、シキミをとる場所も変えたところ、今日は沢山のシキミが取れた。今はシキミも新芽時であまり出ないから良い値がついている。昨日の分とあわせて300本くらいをあす出す。そのほかいくらか榊も出すから、明日は期待していいかもしれない。5月後半は何とか12,3万の売上は出したい。そうだ、コシアブラとりで大きな木も倒したことに対しボスを通して注意があった、営林署から。以前大きな松を切ったことに対しても。天の裏-いや天皇らが近くの町で木を植えている日に大きな木を切らないようになどと注意を受ける私
2006.05.21
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19日に七宗の道の駅に榊など出しに行ったら、警察のバスがその一角に止まっていて、機動隊らしき人々方が待機していた。東京から派遣されている警視庁の車も着ていた。17日か18日ころからだそうである。カブチの交番にもいつにない3台くらいのパトカーが止まっていた。そんなものを見るだけで、植樹祭などというイベントが、そこに謳われている、森の再生だとか何とかとはまるで違った物々しい、押し付けがましい、威圧的なイベントであることは明らかだ。気持ちが悪いのだ。地域の社会の自然な流れの中に、とても凶暴なものが無理に持ち込まれる、美しい謳い文句で。多くの人々はそうしたことに反感を持つだろう。表向きは反対などせず当り障りのないことを言うにしても。わたしは今日も朝からフル回転で仕事である。深い山、近くの谷で咲き始めた勝負の採集もやるつもりである。初めてやる仕事だけど。
2006.05.21
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明日5月21日に下呂市で天皇を呼んでの全国植樹祭が開かれる。突き詰めて考えているわけではないけれど、そのようなイベントを行う精神的なあり方からしても、また大変な費用がかかるという経済的な面からも、日本の社会にとって有害でしかないと考える。こんなたいそうなイベントは、人々が自然の草木、大地、野山と真に触れ合うことを阻害してゆくものに過ぎない。天皇などを介さないこと、地域の人が自らの出来る範囲で、ささやかな何かをすることありのままに、直接的に、雑音などない状況の中でひそやかで繊細な何かをすることならいいだろう。しかし天皇を呼び、大げさなスケジュウルや、儀式、挨拶、物々しい警備体制など強いて行われることは、それ自体真に自然と触れ合うこと、そこに深く沈み込み、溶け合い、静かな喜び、感謝の気持ちを抱くこととは無縁のことである、確か小学生だかに天皇が何かの種をまくときに使う道具を作らせてもいる。こうした行事を通して、国家は、日本の支配層は天皇制を、小学生にまで染み渡らせようとしている、そんな封にも考えられる。それはきわめて目的意識的な行事なのだ。天皇家の人々は、ただ普通の人々である。決して自らの立場が危うくなるような、率直で、鋭い根源的な発言などしない。非常に従順な人々である。そういう彼らが、さも特別な人間であるかのように扱われる。それを見ている人々もそう感じる方向へ誘導される。なにかもっともらしい儀式を通した国民を天皇制にどうかさせるための儀式に過ぎない。まさに洗脳のための儀式なのだ。まあ大げさな言い方だけど、国家レベルのそういうことなのだ。ついでに言って置けば、天皇制を賛美する宗教者は、その限りでは、なんら悟りなど開いていない。何かの行を徹底する中で、いわゆる法悦状態に自由に入れる人であっても、五井昌久という人などがその一人だと思う。法悦の中で明治天皇のビジョンを見た、みたいなこともいい天皇制を賛美する儀式も確かその中にあるはず。また彼は死刑制度も肯定している。和尚のの弟子でありながら、五井さんに傾倒してもいる人々にはそうした点を良く考えて欲しい
2006.05.20
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2006.05.19
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2006.05.19
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今日はドウダンツツジ、200本ほどを市場に出した。売上は1万3千円弱。まあそんなところかもしれない。一昨日も昨日も、山には昼過ぎから入ったのだから。その他に道の駅にも少し出しているのだから。それにしても、70くらいのベテランの人が、たくさんのものを出して、今日1日で10万円くらいの売上を出していたが、そんなことが出来るようになる可能性もあるのだ。それまでには大変な積み重ねがあるだろうけど。そんなことが出来れば、1月に10日も働けばいいということになる。私の場合はだけど。そんな夢を見るのは楽しい。その後兄が相談があるということで、病院に行く。兄の相談は退院したいからどうしてゆくかといたことだった。もうそのことは1週間ほど前に電話くれて、少し話してくれていたことだった。かなり元気が出てきている感じで、そうなると病院が息苦しくなる感じだった。本を読んだりものを書いたりしたくもなっていて、病室ではそれが出来ないとも言っていた。めぼしをつけている部屋も見に行き、その後喫茶店に行き話し合い、主治医やケースワーカとも話し合うことになり、病院で2時ころまでそうした人々と話し合った。結局兄が望んでいたようにすぐにはことが運ばないが、その方向でことを進めるということになった。近い内に兄の生活用品を野の花社から運んでゆくことになるだろう。割と病院に近いところに部屋を借り、退院後も病院のディケアー施設に通うなどして、生活してゆくこと、そう状態にならないよう工夫すること、生活保護の範囲で暮らす努力をすること、そんなことを話し合った。兄は落ちついていたし、もうこうした機会はそうないような自覚もしていた。いつか好きな女の人と暮らすことも展望に入れていた。相手も了解している。いろいろな困難があるだろうけど、少なくとも兄が前よりはいい方向で歩み始めて入る気がする。野の花社に帰ってきてから、夕食後に、今度は妹とそのことについて話し合う。妹は最初はそのことに困難ばかりを見、出来そうにないみたいな言い方をしていたけれど、でもその後は良く話し合えた。兄と会っただけでなく、主治医や、ケースワーカーとも話し合ったこと、結局、兄のペースは修正されて、比較的緩やかなものになっていること、兄も急ぎすぎたなーという感じで、それを受け入れていることなどを話したこともあると思う。雨が降っている。いろいろなことがあった1日。この穏やかさ。少しの悲しみと、少しの喜び。兄も妹も幸せになって欲しい。あまりにも喜びの少ないこれまでの人生。ほんの少しでもいい、日々の生活の中にささやかな喜びの感じられるものになって欲しい。
2006.05.19
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2006.05.18
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2006.05.18
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2006.05.16
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やっと咲きはじめた桐の花、鳥のさえずり、降り始めたじめた雨、
2006.05.16
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ある人のアドバイスを受け入れて、今日はヨモギ風呂にした。風呂の好きな妹にその風呂に先に入らせ、私は12時過ぎになって入った。幽かにヨモギの匂いがするくらいでそう味わいのあるものではなかったけれど、妹は喜んでくれたかもしれない。風呂に湯を入れている間に、表の川向こうの田んぼまで行きもう大きくなっている蓬を摘み、変えてきてから半分ほど湯船にいれ後は妹に入るときに入れるように行って、前のアビの批評に対する日記を書いた。昨年までは風呂がなかった。汗をかいて帰ってきても、そのまま寝ることが多かった。いつもそうしていたから気にならなかった。しかし風呂が出来て今は汗がべたべたした感じのまま寝るのが不快になった。そして今日はヨモギ風呂。これからはもっと色々なものを試してみよう。自然の真っ只中にいるのだ。もっとそうしたことを楽しみたい。今日はいいアドバイスを貰った。妹は今日は静かだった。
2006.05.16
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アビが私のサプリメントの紹介という仕事に対する態度などに関し、いくつかの批評のようなものをしてくれている。批評の内容自体には、そういう考え方もあるとか感じるし、私も自覚的である必要がある点がある気はしている。ただその論旨の展開の仕方には少し変なものを感じる。私が自分のサプリメントの紹介の仕事の中にある私の欠陥などについて書いたことに関し、以下のようなコメントをくれた。アビが、逆に売れる人は、欠陥がないのではなく、どこまでも不確実なものを絶対化するなどの「欠陥」があり、とかいう言い方をすることは理解できるところがあるけれど、そういうあり方でこの仕事を続けてゆくことのできるひとは、変な意味でプロなのだと思う。ごく普通の感覚をもっている人はこうした態度では仕事が続かない。そういう意味で製品や、参加するグルウプのあり方を絶対化しないことは、こうした仕事を持続する上で必要不可欠なことだと思う。製品のよさについて疑ったり、調べたり、グループの代表の人の考え方なども鵜呑みにせず、自分なりに考えることも、大切なことだ。自分が自分の感じていることに正直になることも。そうかどうか自分を見つめることも。私の参加しているグループはそういうことを大切にしている。だから嬉しい。そんなことをそのアビの批評に対して書いた。それに対しアビは、今度は以下のような批評をくれた。こういう批評はそれ自体でならありうるし、そうした奇麗事に陥っていないか自覚的である必要はあると思う。デモなんか変な感じがした。私はアビが、不確実なものを絶対化する云々、と書いたことに対して応じただけである。そのことをも批評の対象とすることは出来る。でもなにか変な感じなのだ。それは私になにか抵抗が、無自覚なところがあるからかもしれない。ただこうした仕事をし少しだけしてきたものとして、それは奇麗事ではなく、とても現実的なことで、批判を無化するというようないとはまったくないものだ。哲学的な思考になれた人が、現実の仕事の内容にかかわりなく、論理だけを取り上げて批評しているような、奇麗事の批評に感じる。こういう仕事をすることはそんな奇麗事の論理ではやっていけない。そんなことを軽くお茶の子さいさいでやっている人たちは、変なプロ以外はすぐゆきずまる。普通の人はそんなことはできないということがかけている、単に哲学的な論争ではないのだ。世間で悪評高いマルチ商法的なビジネスを、何とかまともな仕事にしようとしている人が体験する、微妙な事柄や、困難の中では、どうしても自分の中で起こってくることや、自分の中のおかしな欲望、安易さ、と直面し、検討するということが欠かせない。 たとえばアビはこんな風にも言う。 私は私たちが信用できるということを繰り返し主張したわけではない。絶対化する云々に関して事実はそうでないと述べただけだ。なにかアビの言い方に、マルチ商法的なビジネスに関する強い批判があり、そこから言葉が発せられているところがあるのではないかという気がする。ともあれこうしたアビのような批評は歓迎する。それは私のこうした仕事に関する何かを深く考えさせてくれるきっかけ、材料になると思うから。私の中になにか誤りがあるとしたら、それが明らかになるのはいいことだから。ただし、どこまでやれるかは分からない。なにもかもやるやけには行かないから。
2006.05.16
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アビが以下のようなコメントをくれている。そういう考え方や、事実もあるだろうとは思います。ただ私の参加しているグループは、そういう絶対化や盲信みたいなものが生まれないような努力を大切にしていると思います。リーダーの言うこと、考え方を鵜呑みにするとかせず、さまざまな疑問を大切にし、自分なりの仕方で調べ、研究し、考え、自分なりの見解や意見を持つことを大切にしています。盲信や絶対化には無理があり、またそれは多くの人の反感を呼びますし、第一そうした絶対化に基づいて、製品を他の人に紹介するのは自分が苦しく、とてもストレスの多い仕事になり、結局長続きしません。気楽に、長く仕事をするためにも、自分の感じていることを大切にし、それに正直であることが必要です。この仕事を通して、そういう、自分の気持ちに素直に、正直になっているかどうかを、常に見つめる必要があります。そういうことを大切にする、この仕事を通して自分を見つめてゆくことが大切で、そのことが必要不可欠なこととされているグループだからこそ私はそこに参加しました。そのような姿勢で仕事に取り組めることを嬉しく思っています。そして私がライフプラスの製品を紹介するという仕事をするなら、その製品がどんなサプリメントより良いとか言う絶対化ではなく、少なくとも多くの製品の中で、数少ないっ優秀な製品であるというくらいの評価を出来る必要もあると思います。それがサプリメントの紹介の仕事をする上での最低の誠実さだと思います。でなければサプリメントの紹介の仕事をする上での責任が果たせません。単に気休めのものであるなら、私は金儲けのためにそれを利用しているだけのことになり、しかしそんなことは隠して、いいものだと宣伝しなければなりません。そんな仕事はしたくないのです。ですから自分なりにライフプラスと他のサプリメント会社の製品と比較したりして、確かにライフプラスの製品はかなりいいものだというくらいの、自分自身にも納得できる、他の人に紹介する価値があるという自己納得があるものである必要があります、客観性を言うと難しくなるのでそういいますが。そうした調査、研究、比較考察、をすることはこうしたことを仕事とする上での欠くべからざる責任であると思います。そういう意味でこれまでの私のあり方は誠実とは言いがたいと思います。もちろんその結果、そのような仕事をしないという結論を出すにいたることもあるうることです。そんな風に考えています。
2006.05.15
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2006.05.15
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せん手する木の枝に、足長蜂の巣がかなりあった。蜂はまだ刺しにはこない。
2006.05.15
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今せん手している庭の木の株に植えてあるセッコクの花が咲いている。
2006.05.15
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一昨日も友達の庭の草取りなどして1万円貰い今日も愛知県の江南市で生垣などのせん手をし、たぶん明日もそうなる、天気さえよければ。この仕事も1万円くらいにはなる。久しぶりに、以前働いていた屋根野の親父さんの誘いで行った。庭木のせん手は割りと楽なこともあるし、山仕事の延長みたいなところもあるからやり易い。ともあれ何人かの人からこうした仕事の誘いがあるのは嬉しい。サプリメントの紹介の仕事も、少し前よりエネルギイを注いでみると、自分の紹介のしかたの中にある欠陥が見えてきた感じがする。要するにライフプラスの製品と他の会社の製品との違いについて、自分の納得いくまで調べ調査し、自分なりに研究してみて、自分なりのそれなりの確信を形成するといったことが出来ていないところがある。忙しいということを口実にしてサプリメントを紹介するということを仕事にするのなら、最低限自分なりのそうした作業が絶対不可欠なのに、それをきちんとやっていないのだ。それまで私の参加している製品の紹介グループの代表の人などが書いた、資料の多くを読み、そうなのだろうとは思ってはいるのだが、それを自分なりにインターネットなど使ってそのとおりかどうか、他社の製品と比較検討してみるということだけでもやってみる必要があった。そうしなければただそうした人たちの書いたものを鵜呑みにしているだけのことになる。それが私の紹介の仕方を及び腰のものにし私の紹介で買う人がほとんどいないという結果をもたらしている。それだけではないだろうけど。この数日そんな調べ事をしていたこともあって、あまりここに書き込めなかった。ともあれそんなことに気づき、そんな作業が少しだけでもしたことはよかった。ほかに時々妹との関係でどうしたら良いのか分からなくなることが、今もづーと続いている。仕事のシビアーなこともあり、彼女の言い分、感じていることに、耳を傾けられなくなるときがかなりある。
2006.05.14
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11時近くなって帰ってきたフクスケをみると、首に掻き傷らしきものができていた。ライフプラスの抗生剤を塗ってやった。
2006.05.14
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連休もあり少し遅れていたけど4月の後半の10日間の売上は14万弱手数料など引かれて12万弱ということが分かった。2,3日前に清算表がきたのだ。その前の10日間が4万弱、その前が1万弱だから4月は道の駅だけで18万くらいの収入があったことになる。本当によくやったと思う。その14万弱の振込みがおとといころあったので、車検のときに借りた10万のうち2万を返し、もう1台の残りの車検代を2万円払い、妹にも1万1千円払ったりした。コシアブラのおかげで、何とかそんな支払いも出来た。道の駅のおかげだし、妹が妹なりにやってくれているおかげでもある。フクスケはここ3日間ほど帰ってこなかった。今日の朝帰ってきて、がつがつとえさを食べ、その後よく寝ていた。しかしまた小さなダニをたくさんつけてきた。どこかダニの巣があり、フクスケはそこで寝たりもしているのかもしれない。ここ1月くらいでずいぶんやせた気がする。もう眠いので寝る
2006.05.13
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持ち主が枝打ちをしてくれたため、あかるくなった林、スギナなどの緑。
2006.05.13
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2006.05.10
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ナナカマドの親戚でしょうか。
2006.05.10
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フクスケに小さな、ゴマより少し大きいくらいのダニが無数についているのに気づいたのは数日前だった大きなダニは触るとすぐわかったが、それはすぐには分からなかった。だけどフクスケの背中のあたりを指先でなでて行くと少しぶつぶつとしたものに触る感覚があって毛を掻き分けてよく見ると、それがダニみたいだった。ただそのダニに触ろうとするとフクスケは痛いみたいで、ガオーと怒り噛み付くのだった。一昨日だったか、動物病院でわけをいいフロントラインという薬を貰ってきて背中首の後ろに垂らしてやると昨日あたりから小さな丸い種みたいなダニが、フクスケの横になっている毛布やカーペットの上に点々と落ちているようになった。それがすごい量なのだ。そしてまだ落ちていないものもある。それだけ多くのダニに噛まれてフクスケはこのごろ不機嫌になることが多かった。当然だろう。このダニが全部落ちたら少し楽になるのだろうか。なにか細菌がもう感染しているのかもしれないけど。フクスケのキャットフードと薬マーキングを止めさせるためのたまたまの切除その他でお金が結構かかる細菌でも感染しているなら、病院へ行けば、色々な検査などもするだろうからまた金も要る。軽トラの月づきの保険も5000円ほど増えたしもう少し稼がなければならない。何とかなるだろう。今日はドウダンツツジ210本、ウスゴ40本、山南天15本で12000円ほど1昨日はドウダンツツジ150本と榊の芯7本で14000円ほどその他に昨日は道の駅に榊の小束36束と苔玉6個ふれあいという店にもおとといあたり榊16束、タラの芽2パックそんなものも出している。1日1万くらいにはなっているだろう。今日はカブトムシの幼虫を生みつけてもらうための、おがくずとトンぷんを混ぜて醗酵させたものを、2トンダンプ1杯、きょかを得てある田んぼに入れた。来年の用意だけど。創意工夫して、何とか経済的な余裕のある生活が出来るようにしたい。サプリメントの紹介の仕事もその一つだ。出所して3年半、今年はやっと先が見えてきた気がする。
2006.05.10
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2006.05.10
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フロントラインという皮膚に点滴?する薬の効きめで、落ちているフクスケのダニ
2006.05.10
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