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私は深い誤りを犯したものの今もなをこの日本と世界の社会のあり方などについてとても強く深い批判的な思想を抱いている。私が和尚の弟子になったのも、和尚がやはりこの社会に対するとても深い批判的な精神の持ち主であり、かつその実践者であったことも関係している。また長い刑務所時代にその虚偽に満ちた世界を体験してきたことも私がそうした志向を強める結果にはなっている。ころでこのところ少し栄養療法、分子整合医学などについての本などを読み栄養療法、分子整合医学などによるさまざまな病気、精神病の治療がなされそれが現実的な多くの成果をあげているにもかかわらず米国社会では長い間精神科医/学会などから無視され続けたことにほんの医学の世界から無視され続けていることそのことからもこの日本と世界のありように対する批判的な見方を深めた。栄養、ビタミンやミネラルの適切な投与によって精神病とされている人のかなりが回復していくという事実があるにもかかわらず製薬会社や精神科医がそのことに注目しそのような療法を取り入れる方向に変化しないのは、彼らがそのことで利益を得ているからだということも私にはとても納得できる形で理解できるようになった。たとえば精神的な治療に栄養素の投入が有効でそうした方向へ精神療法が進んでいくなら、製薬会社はとても難しい研究などして新しい薬を開発しその特許をとってそこからも利益をあげたりすることが出来なくなる。栄養素は自然界に存在しておりそれを使うことからはそう多くの利益を得られないそんなことも製薬会社が栄養療法など無視し続ける理由になっているとか言うのも良くわかる気がするともかくそんな状況の中で精神医学の主流からは批判や無視されつつも栄養療法に取り組んできている人にわたしはとても深い共感を覚える。また一つ私の目を開かせてくれたそうした人々に対し感謝している。
2006.02.28
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2006.02.27
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2006.02.27
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2006.02.27
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今日は、市場には始めて出した、卒業式用などとして使う松の木が、良い物は1本2000円で売れた。ヒメコ松だと思って切ったものが五葉松だったけれど、何とかそれなりの値段がついた。五葉松というのは、御用松とでも書くものと思っていたけれど普通の松は葉が2つづつついているのが5つくらいついているのだということも、初めて知った。それに本当は卒業式用のは、赤松だということも教えて貰った。でも山の五葉松は色が良いから使えるということもあり、1本2000円が3本、1500円が1本800円が1本、500円が2本の計8800円の売上。当分の間売れるということで、少し3月の稼ぎの見通しが立ち正直言ってほっとした。またこれまで出したもので、1本2000円はモミの木がそのくらいだったほかでは初めてだ。山で切っても大きなものだからそうなん本も1度には持ってこれない。でも1本2000円は魅力的だ。赤松のいいものを出した人は1本4,5千円で売れていた。ああ眠い。少し疲れた。寝ることにする。
2006.02.27
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2006.02.26
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市場で売られている花。
2006.02.26
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いま市場にいます。写真は私が市場に出した、卒業式用のヒメコ松です。
2006.02.26
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妹と共にシュタイナー教育の講座を受けました。写真は終わった歩ホットのホール。
2006.02.25
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私の部屋で榊の小束を作っていたら、榊の小枝の葉に蝶のような虫がしがみついていました。少し暖かくなったから出て来たのでしょうか。
2006.02.24
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長良川の支流の津保川の堤防にタンポポ号を停めて、妹と共に昼御飯を食べています。
2006.02.24
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市場に来て、兄の病院に寄り、サプリメントと栄養療法の本を渡してきました。今は岐阜芥見のリサイクルセンターにより、苔だまようの皿をただでもらっところです。
2006.02.23
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今日は朝7時ころに起きて榊の小束作りの仕事を少しして、8時ころ朝ご飯を食べました。それからお昼を除いて午後4時ころまで昨日とってきた苔玉用などの苔を整理していました。それから夕食をはさんで9時ころまで榊の小束作り山仕事というと自然の中での仕事でいいなーと言う人は多いでしょうがこの仕事の長さはやはりそんなロマンチックなものではありません。もう少し仕事を覚えればもっとJ間的にも余裕が出来るでしょうが。少しきつく思うときがあります。ところで、妹は相変わらず苦しんでいる感じですが猫のフクスケを相手に屈託のない大笑いをしているときもあり私もそんな声を聞くとほっとします。明日も1日中榊の小束作りをするつもりです。野の花社の中で。
2006.02.22
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2006.02.20
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今日、久しぶりに生花市場に行きました。出したものは、以下のものです。榊の芯、5+4=9本榊の平 30入り5束=150本ビシャ(仏花の台にするもの)50入り1束 40入り2束=130本で売上が榊の芯 2800円榊の平 7500円ビシャ 2250円 計12、250円手数料などひいて 11780円この流れで行くと、あと2月は22,24,27日の3回しか市は開かれず2月後半は5万円くらいしか売上がない。前半は1万円しかなかった。前半からあれこれと気持ちが動き、結局ほとんど仕事をしていなかったから当然の成り行きではある。貯金はまだ20万ほどあるとは思うが、今月はサプリメントや栄養療法の本などかなりたくさん購入した。来月は支払いがかさむ。何とかなるだろうとは思うが、苦しいことは苦しい。楽天のフリーマーケットなどで何かを売ることも考えたり、ともかくこの困難を超えるのに力を尽くそう。幸い、今日市場の帰りに見舞った兄がかなり元気そうでこの前置いてきたサプリメントも効いている感じだと言ってくれたこと妹も買ってやった、前にここで取り上げた生田哲の本を少し本気で読んでいるみたいだということ、そうした中に小さな光を感じる。この窮地の中で僅かに見える光のようなもの。どちらかというと精神療法、心理療法的にしか考えられずほとんど私にはお手上げだとしか感じられなかったのが、栄養療法の本を読んでこういう観点からも兄と妹の困難を考える必要があると本当に思うようになったもともと私の家系はかなり精神的な障害に苦しんでいる人が多いそれを遺伝的にもある種の栄養素が採りにくい体質があるとも考えられるようになった。もちろんさまざまな要因を総合的に考える必要のあることはもちろんだが。ともかく私なりに打つ手があると感じられるようになったことまた兄と妹がそうした栄養の欠損ゆえにも苦しんでいるのだと理解できるようになって自分を見つめるという主体性を重んじてきた私の盲点を悟らされた気もする。生体に必要な生化学的な物質の欠如によって、人は自分の力ではどうしようもない苦悩や困難に陥ることがあるのだということそう考えられるようになってそうなれてなかった自分の中にある愛のなさに気づかされた。自分を見つめることによって私は変われたのだから、兄や妹にもそうできる可能性があると考える中であるがままの彼女・彼をどこかで非難するまなざしを注いでいた。そんなことがわかってきた分少し気が軽くなってきた。
2006.02.20
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久しぶりに朝の市場にきています。2月はこれでやっと二回目です。ともあれ、今はこうしたことが、私には生活のいい流れに感じられます。
2006.02.17
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山の中でこんな樹を見つけました。
2006.02.17
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庭に変なものがあります。おもわず写真を撮りました。
2006.02.17
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朝東京を出てから、東海道線の鈍行と快速で乗り継ぎ4時ころには野の花社に帰ってきましたお昼ころまではなんだか今ひとつ身体がすっきりしませんでしたが昼過ぎから気持ちよくなり何とかいい感じで帰れました昨夜裁判を傍聴に来てくれた人びとと少し飲んだからかもしれません昨日の最高裁での口頭弁論の後90台というご高齢なのに、また少し歩くのもおぼつかないほどの身体なのに傍聴に来てくださった上野さんという女の人を含め8人ほどで1時間ほどその近くの喫茶店で歓談しその後新宿に行き、伊勢丹の地下で沖縄料理の店を短期間だけ招かれて開いていた?古い友人に会いその後懐かしい新宿の西口の居酒屋のようなところで4人ほどで飲みました私はあまり酔わないように気をつけてビールしか飲みませんでした2店ほど行きましたがみなおごりでしたそうそうその日傍聴にきてくれた人たちから5万円くらいのカンパも貰いましたありがたかったですその昨日の話し合いの中で昨日の口頭弁論について受刑者の本人訴訟が最高裁まできたことはあまりなくましてや口頭弁論で弁論が出来たことなど初めてでそれだけでもよかったということを言われましたまたこの5月から新しい処遇方が施行になるという時期にこういう裁判を最高裁が開くというのはそれなりの意味があるかも知れないということも言われました3月23日に判決が出ることになったのですが基本的には私の敗訴は間違いないにしろその内容についてはいくらか何かの意見のような形で私の主張に考慮したような判じがなされるかもしれないとか5月に新法が施行されるその直前に最高裁がこのような裁判の判決を出すということは確かに何か意図があるのかもしれないと思い何か少し希望を持ちましたそう感じられただけでも嬉しいことですでどうせ判決は味も素っ気もないものだから出るつもりはなかったのですがまた出かけてゆくことにしました旅費ぐらいカンパするといわれたこともあります完全敗訴になるにしろいい時期だからそのことを取り上げて何かアッピールできるだろうしというようなことで何かこの機会を利用して刑務所のあり方の改革に何か寄与できればそれに越したことはないしもともとそういう目的ではじめたものだから私もその気になりましたやはり一人で考えていると世界が小さくなりますが、いろんな話を聞いていると目を開かされてゆくところがありますとりあえず報告まで帰ってきたら私のいない間にフクスケは喧嘩デモしたのか尻尾や耳などに傷を受けていました妹が一応ヨーチン塗ってやったりしてたしたいした傷ではないようですが今日は夕方からまた寒いです
2006.02.17
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2006.02.16
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昨日の最高才口頭弁論は、無事終わりました。久しぶりの東京だったから、余裕をもって最高才へ向かったはずですが、1:15分ギリギリにしかつきませんでした。傍聴人は知人・友人8人、報道3人ぐらいでした。判決公判は3月23日です。
2006.02.16
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2006.02.15
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弁論の草稿として書いたーといってももう裁判所にはあのまま送付しましたがー冒頭の部分はいろいろ批評されました。妹にはとても不安がられました。確かにあまりい感じではありません。ただ私としては国と裁判所のあり方に対してはそれほどの深い誤り受刑者を再犯に追い込む対応があるということをはっきりした言葉で伝えたい気持ちが強かったのです。一応その部分を以下のように変え口頭弁論の法廷で差し替えて貰うつもりでいます。第1 この最高裁でも全面敗訴なら、国と裁判所に対する私の深い失 望は禁じえない 最高裁でも私の主張が全面敗訴となるなら、私はこの国の法務省、裁判所に対して、深い失意を禁じ得ません。ですから私は私のような対応を国と裁判所から受けた人が、あるいは2年程前に明らかにされた名古屋刑務所事件の被害者のような人が、自らの苦痛を、被害を誰にも受け止められることなく出所し、法務省などに対して無益な暴力を振るったとしても、それをもって本人だけを批判する気持ちにはなれない、そういう気持ちになるだろうと思います。もちろん私は私の犯した罪を見つめなおし、自己省察を深めてきた人間ですから、そのようなことを実行する気持ちは毛頭ありませんが、心情的にはそのようなことをしたくなる人の、深い憤りをとてもよく理解できます。本件訴訟の全体において被告国側の主張にはそれほど虚偽が多く、また権力をもっている人々に都合のいい法的な主張ばかりがなされ、しかも裁判所もそれを支持、採用しているという不当なことが繰り返されてきたのです。 今回のこの口頭弁論の冒頭において、私はまずそのことを強調しておきたいと思います。
2006.02.14
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2006.02.13
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2006.02.12
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最高裁の弁論の草稿に、以下の部分を書き足しました。第6 なぜ裁判所は受刑者の処遇に関する、米国の判例・受刑者処遇、国際 国際法規を参考にした私の主張への判示すをしないのか 私は1・2審において詳細に受刑者の外部交通Tに関する米国の判例、実務を引用し、また国際法規に触れて私の主張の正当性を述べました。ところが1・2審ともその私の主張にはまったく触れませんでした。日本の首脳は常々日本とアメリカは、自由と民主主義の遵守という点で理念をともにする国だと述べています。であるならすべてを同じにする必要はありませんが、なぜ受刑者の外部交通のあり方に米国と日本とではこれほどの違いがあるのか、理解できません。少なくとも裁判所は受刑者であった私 が、多くの証拠資料なども提出してそうしたことからする私の主張の正当性を主張したことに対しては、無視するのではなく誠意ある判示を行う行う責任があるのではないでしょうか。 ただ自分たちに都合のいいところだけ取り出して、他の部分を無視して従来の判示に依拠して安易な判断を示すのは、受刑者である私の更正にも悪影響を及ぼすのではないでしょうか。合理的な判断とは、そうしたさまざまな点を考慮した妥当性のあるものである必要があるのではないでしょうか。その点もこの最高裁の審理においては考慮してくださるようお願いします。
2006.02.12
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第5 国側は救済制度は整っている旨主張するが、公正に機能しておらず、 民事訴訟は受刑者には負担が大きすぎる。国側は答弁書などにおいて、受刑者は法務大臣情願や所長面接、捜査機関への救済等の訴え、民事訴訟の提起などが出来るから、その権利救済屁の道は閉ざされていない旨主張しています。しかしそれは上記名古屋事件で受刑者が人権擁護機関などに救済を求めようとしたところ、刑務間から暴力をふるわれ重傷を負ったことでも明らかなように、適切、公正に機能していません。私自身何度も訴訟を止めるよう圧力をかけられたことは本件訴訟でも明らかにしてきました。また熊本刑務所在所中に、同僚の数人の受刑者から弁護士宛に人権救済のための手紙を出そうとしたところ、職員に調べ室に連れ出された上で袋叩きにされたということも、聞いています。そうしたこと以外にも所長面接や法務局の人権委員会、法務大臣情願、捜査機関への告訴などは、いわば刑務所の身内の人々への訴えであり、よほどのことがない限り取り上げて貰えません。また刑務所内在所中に民事訴訟を提起することは、受刑者にとってあまりにも負担が大きすぎます。弁護士に代理人になって貰うには多くの金が要ります。本人訴訟をするにもそのための手引書、法律図書、けい紙、訴訟提起の際必要な手数料など、購入し支払わねばならないお金が多額になり、ほんの僅かな賞与金しか収入のない受刑者にはとても大きな犠牲を払わなければ出来ないことです。現に私は罪を償うという目的で、そのような困難を覚悟しつつ、刑務所在所中にかなりの民事訴訟を提起しましたことで、13年の服役中に80万くらいの賞与金を得たはずですが、使い果たし、出所するときには3万5千円くらいしかお金を貰うことが出来ませんでした。そのためもあって出所後の社会での生活は非常な困難を強いられています。自動車の免許を取るための30万のお金も借金をしなければなりませんでした。以上述べてきたことからも明らかなように、受刑者の人権の救済の手立ては、まるでないに等しいくらい貧困なものなのです。第5 受刑者の新聞社へ手紙の発信を許可すれば、受刑者の矯正教育上、 また刑務所の秩序維持上障害が生まれる恐れがあるという国側の主張に ついて 国側は答弁書において、本件のような受刑者の新聞社への手紙の発信を許可すれば、受刑者の矯正教育上、また刑務所の秩序維持上障害が生まれる恐れがある旨主張しています。しかしすでに述べてきたことからも明らかなように、受刑者が刑務所側から不当な対応、処遇を受けてもそれを社会に明らかにし、受け止めて貰えるところがほとんどないことが、受刑者の人間不信を高め、反社会性を強化することにつながっていることは明白です。むしろそのような簡便な方法で自らの受けた被害や苦痛を表現し、それを受け止めてくれる場を作ることこそが、受刑者のこの社会の中にともに生きている存在であるというわれわれ感とでもいうものを形成し、その反社会性を克服する力になるはずです。また刑務所刑務官も閉鎖的な社会の中にいることから来る、犯罪的な、違法・不法な行為をしても隠しおおせるというような意識を育てることなく、受刑者に対してより人間的な対応・処遇が出来るような可能性が大きくなるはずです。人はある意味でとても弱い存在であり、閉ざされた社会の中で権力をもっていれば、その力に酔って不当なことでも、自らの考えを押し通したりしがちなものです。戦前戦中の国家権力を手にしていた人々がそうだったのではないでしょうか。国民に主権があり、自由と民主主義を尊重する社会に変わっいる今、刑務所だけがそのような閉鎖的な権力を行使し、その対象となっている受刑者が沈黙を強いられているような状況は、刑務官自身のためにも是正されるべきなのではないでしょうか。以上述べてきたことからして、国側のさまざまな障害が起こる恐れがあるという主張は、むしろ逆であることが明らかです。そのような閉鎖的な刑務所を維持してきたために上記の名古屋刑務所事件のような、被害を受けた受刑者はもちろん、犯罪を犯すことになった刑務官をも苦しめる結果を生じさせているのです。もっと風通しの良い刑務所にすることによって、そのようなことが起こることを防ぐことができるようになるということのほうが、より妥当な考え方ではないでしょうか。第6 私自身が自らの犯した犯罪にかかわる裁判などで、自らの誤りを隠し 自己に有利な判決を得ようとした存在であることなど私はこの弁論において、また本件訴訟の全体において、強く国側、あるいは刑務所刑務官などを批判してきましたが、私自身そのような誤りを犯してきた存在です。本件訴訟の中でも何度か繰り返して述べているはずですが、私は私が犯した犯罪にかかわる刑事裁判の過程において、自らの刑を軽くするために自らの不利になると思われる点について嘘の供述をし、裁判官の目をごまかし、引き受けるべき責任を逃れようとしてきたことのある人間です。現在の生活の中でもときとして同様なことを行ってしまうこともあります。そういうことをしてきた人間として、ここで私の批判した刑務官などが不当な行為を覆い隠し、さも正当な行為であるかのように見せかけたりすることも、自分に引き寄せて少しは理解できる人間です。一方で冒頭に述べたようにテロ行為に走る人たちのあり方も少しは理解できる人間です。そのような人間として、今は何人に対しても裁くような気持ちはありません。ただそのような自らと他の人びとの理解を通して、この世界から少しでも犯罪的な行為が少なくなるよう努力したいと感じているだけです。それが私の犯した罪を償っていく一つの方法であり、道であると思っています。その道を歩む上での困難は私のできる範囲で引き受けたいと思っています。私はそのような償いの実践としてもこのような訴訟を提起し、受刑者処遇のあり方の改善のために私なりの力を尽くしてきたつもりでいます。後は最高裁の裁判官の皆さんがそのような私の気持ち、理解、それに基づく努力を少しでも考慮に入れてくださって、より良い判決を下されることを望むだけです。 以上 終わり
2006.02.12
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今日は朝から最高裁の口頭弁論の草稿を書いています。いかがこれまでに書いた部分です。昼に1度書き込んだつもりでしたが書き込みできていませんでした。平成15年(オ)第422号損害賠償請求上告事件平成15年(受)第428号損害賠償請求上告事件上告人 加藤三郎被上告人 国 口頭弁論期日における補充的弁論書 2006年2月13日最高裁判所第一小法廷 御中 上告人 加藤三郎 第1 全面敗訴なら、国と裁判所に対する私の暴力をもってする訴えも正当化 されると言えなくはない本件訴訟において、この最高裁でも私の主張が全面敗訴となるなら、私は私のような対応を国と裁判所から受けた人が、法務省などに対してテロ攻撃を仕掛けたとしても、それをもって本人だけを批判する気持ちにはなれない、そういう気持ちになるだろうと思います。もちろん私は私の犯した罪を見つめなおし、自己省察を深めてきた人間ですから、そのようなことを実行する気持ちは毛頭ありませんが、心情的にはそのようなことをしたくなる人の、深い憤りをとてもよく理解できます。本件訴訟の全体において被告国側の主張にはそれほど虚偽が多く、また権力をもっている人々に都合のいい法的な主張ばかりがなされ、しかも裁判所もそれを支持、採用しているという不当なことが繰り返されてきたのです。今回のこの口頭弁論の冒頭において、私はまずそのことを強調しておきたいと思います。第2 この上告審(排除された部分を除く)における私の主張の要点私はこの口頭弁論の法廷において細かな憲法論議、法的論議を行うつもりはありません。それはすでにこの訴訟の1、2審における私の主張で詳細かつ骨太にやってきました。その要点は、受刑者のメディアへのアクセス権が一切認められていない現在の監獄法と、それに基づく刑務所の受刑者処遇のあり方は、戦後国家主権から国民主権、自由と民主主義へと根本的な変革がなされた現憲法の基本精神に反し、国家・法務省・刑務所の受刑者に対する専制的な、独善的で違法な支配・管理体制を維持・合理化する道具となっている面があり、そのことによって受刑者の反社会性の維持・強化を招く結果を生み出しており、できるだけ早く改められるべきだ、というものです。第3 私の主張は私の13年間の服役中の体験的事実に基づいており、それ を否定する国側の主張は虚偽と歪曲に基づいている私のこの訴訟における1審からの主張は詳細な物的証拠に基づいた、13年間の服役体験という事実に根ざしており、それを虚偽や歪曲によって立つ主張に、法的正当性を付け加える形で争う国側の主張と、それを採用などして私の敗訴を導き出した1・2審の裁判所の判決には、ただただあきれるばかりです。私が1審に提出した訴状の請求の原因第2、および第3における、熊本刑務所における幹部職員らが私に対し繰り返し、訴訟などするな、昼夜独居にするぞとか脅した件や、私は独善的で事件を反省していないと暴言を繰り返した事件などは、その後私が提出した詳細な証拠によって、事実であることが明らかになっています。しかし、国側はそれを認めないばかりか、虚偽や歪曲に満ちた証拠を提出し、自らを正当かし続けました。それらの証拠を正確に調べれば私の主張が事実であり、国側の主張は事実を隠蔽するために作られた証拠などによっていることが明らかなのに、1・2審の裁判所は私の主張を退け国側の主張を大きく取り上げる形で、私の敗訴としました。こうした過程で国側と裁判所が私に教えていることは、強い力をもったものはどんな誤りを犯しても虚偽と歪曲によって自らを正当化できるというものです。国と裁判所は過ちを犯し、それを真剣に反省し見つめなおしてきた私に対し、私のそうしたあり方を深めるよう手助けするのではなく、逆に犯罪のやり方、正当化の仕方を教えているのです。そうでありながら、国側はこの訴訟において自分たちが、犯罪を犯した私の更正のための適切な努力をしているなどとと主張しているのです。このようなでたらめにどのような説得力がありますか。私が1・2審の結果にあきれ返ったのはごく人間的な反応です。第4 私の主張は2002年末ころから明らかにされてきた、名古屋刑務所 での刑務官の受刑者への連続暴行事件などによっても裏付けられてい るこうした私の主張は、本件訴訟の1・2審での係争中に名古屋刑務所で起こり、その後2002年末にメディア・マスコミになどより明らかにされた、受刑者に対する同所刑務官による連続した暴行による、重症・死亡事件によっても裏付けられている。以下はその事件に対する日弁連の報告です。1. 名古屋刑務所事件一連の名古屋刑務所事件を契機に、全国の刑務所内における行刑の実態が明らかになり、死亡事件まで隠蔽してしまう閉鎖的体質などが次々に明らかになった。(1) 2件の傷害・死亡事件の公表・起訴2002年(平成14年)10月4日、名古屋刑務所は、同年5月27日、同所の保護房内で革手錠を施錠された受刑者が死亡する事件(以下「5月事件」という。)が起き、同年9月25日には受刑者が傷害を負い外部の病院に移送される事件(以下「9月事件」という。)が起きたことを発表した。この事件は、名古屋弁護士会に対する人権救済申立を取り下げるよう施設側が指導している中で発生したものである。名古屋地方検察庁は、同年11月27日に9月事件について、特別公務員暴行陵虐致傷罪により5名の現職刑務官を起訴し、12月18日にはこの5名のうちの2名と別の1名の現職刑務官を5月事件について特別公務員暴行陵虐致死罪により起訴した。(2) 高圧放水事件での逮捕・起訴2003年(平成15年)2月12日名古屋地検は、2001年(平成13年)12月14日に受刑者の肛門にホースで高圧による放水をして死亡させた高圧放水死亡事件(以下「12月事件」という。)で、刑務官を特別公務員暴行陵虐致死の罪で逮捕し、同年3月4日に特別公務員暴行陵虐致傷の罪で起訴した。この事件は矯正局への内部告発があったが、法務大臣へは伝わっていなかった。(3) 国会調査で他の死亡事件も判明名古屋刑務所における事件と関連して実施された参議院議員の調査では、名古屋刑務所において2001年(平成13年)以降、保護房と革手錠を併用した件数が非常に多かったことや、公表された死亡事件以外にもこの4年間だけで、府中刑務所で2件、横須賀刑務所で1件の保護房内での受刑者の死亡事件や、岡山刑務所で1件、下関拘置支所で1件の保護房収容中に受刑者が病院に移送された事件が明らかになった。また、参議院法務委員会で12月事件が取り上げられた際、矯正局は、受刑者のプライバシーの問題があり、公表は慎重であるべきとし、「死因は自傷行為によって、直腸を傷つけ、腹膜炎で死亡した」との説明をしていたが、これは後に虚偽の説明であったことが指摘されている。(総会決議集 Subject: 03-05-23第54回定期総会・名古屋刑務所事件を契機に刑務所等の抜本的改革を求める決議)よりこの日弁連決議における、上記12月事件では事件直後の名古屋刑務所からの法務省矯正局に対する報告では心不全で死亡とされていたが、1ヵ月後の報告では本人の自傷行為として報告されていたと、中日新聞2003年2月13日付の記事で報道されています。そして上記決議でも述べられているようにこの事件が参議院法務委員会で取り上げられた際も、矯正局は自傷行為であったという虚偽の説明をしています。こうした事件とその隠蔽は氷山の一角であり、多くの同様な事件が刑務所の内部では起き、その隠蔽がなされ続けてきたと見るのがごく妥当な観方だと思います。それゆえに、その後急速に今の監獄法の改正や、処遇の見なおしの機運が高まり、昨年には新しい受刑者処遇法が国会で成立し、本年5月以降施行されることになったのだと思います。またこうした暴行による重傷・死亡事件のような重大な事件ではなくとも、私に対して繰り返し行われたような不当・不法な行為はもっと多くの頻度で起きていたのだと思います。最も新しい法律がどの程度受刑者のめぢあへのアクセス権を認めるものになっているのか、私は知りませんが。こうしたことからも刑務所が私に対して不正で不合理で違法な多くの扱いをしてきたこと、裁判においては虚偽の主張や証拠資料の提出などを繰り返していたことは、間接的に明らかです。かつそうしたことを防ぐためにも、最低限受刑者が刑務所側から不当な扱いを受けたと感じ、それをメディアに伝えたいと望んだらそれが許可される必要があるという私の主張も合理性のあるものであることが明かです。
2006.02.12
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2006.02.11
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フクスケは夜になると私の布団の上で眠ります。なかに入って眠ることはしません。 私も今日はもう寝ます。
2006.02.11
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最高裁での私の主張の骨子1最高裁でも私の主張が全面敗訴なら私は法務省をテロ攻撃する権利を手に入れたことになる。現実にはそんなことはしないが。2私の主張の要点・骨子受刑者のマスコミへのアクセス権が一切認められていない現在の処遇のあり方は、国家主権から国民主権へと根本的な変革がなされた現憲法の基本的な精神に反し、刑務所などの受刑者に対する専制的・独善的で違法な支配・管理体制を維持・合理化する道具となっており、出来るだけ早く改められるべきだ。3私の主張は私が13年間服役した熊本刑務所での体験・経験に基づいておりそれを嘘や歪曲によって立つ主張に、法的正当性を付け加える形で争う国側の主張と、それを採用した1・2審の裁判所にはただただあきれるばかりだ。4私の主張はこの件の1・2審の係争中、ないしはその直後にマスコミなどによって明らかにされた名古屋刑務所事件によっても裏付けられている。5国側は救済制度が整っている旨主張するが機能しておらず民事訴訟は受刑者には負担が大きすぎる。私は服役中にかなりの民事訴訟を提起したため、出所時は3万5千円くらいのお金しかもらえなかった。それもあって、出所後語車の免許を取るために30万のお金を借りるなど現在まで非常に苦しい生活を強いられている。6以上述べてきたことからして受刑者のマスコミへのアクセス権は直ちに認められるべきである。
2006.02.11
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朝から訴訟上の書面を書こうとして机に向かっているが、なかなかそうした書面を書くという感覚が戻ってこない。刑務所にいる間は、次から次と書いていたのだけれど、この3年間そういう世界からまったく遠ざかり生活世界に浸りきっていて、訴訟上の言葉を使うということがなかなかこの身体になじんでこない。夕方になってやっと何か文章らしいものが出来てきた。明日までには何とかかけるかもしれない。ぷりんばばあさんが、プログを閉じるかもしれないとその日記に書いていた。少し悲しいような気がする。でもその気持ちは良くわかるような気がする。自分を深く見つめているとそんなときは必ず訪れるのだという気がする。何であれ、彼女自身の意識の深まりがそんなことを求めているのだろう。いつかまた書き始めてくれるかもしれない。それはそれで嬉しいことだ。私は彼女の生活の具体性を帯びた自分を見つめるという作業がとても好きだった。
2006.02.11
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昨日の夜知人に勧められてコンタクトを取った東京の外国人記者クラブに以下のようなファクスを送りました。外国人記者クラブの皆さんへ 06年2月9日元熊本刑務所服役囚加藤三郎(1948年7月25日生まれ)受刑者のマスコミへのアクセス権を求める私の訴訟の最高裁口頭弁論の法廷を取材してください私は70年代後半に急進左翼の1員として、平安神宮放火、東大・三井アルミ・東本願寺・神社本庁などを爆破し、1983年に逮捕され、89年に刑が確定し熊本刑務所で服役した後、02年12月に出所したものです。私は服役中に熊刑の私に対する不当な処遇からの救済を求めたりするいくつかの訴訟を、本人訴訟の形で行いました。しかし私の訴えはほとんど認められることはなく、すべて私の敗訴となりました。そんなこともあり、私は受刑者の刑務所側から受けた不当な扱いについては、受刑者がそう感じる限りは新聞社などのマスコミに対して、その改善を求めたりする手紙などを出す権利は、最低限の表現の自由として認められるべきであると考え、在所中にそのような訴訟を提起しました。そのような権利が保障されなければ、受刑者の疎外感は強まり反社会的な傾向を強化することになりますし、刑務所の処遇も批判にさらされることがなく、独善的で不適切なものとなります。そのように考えた私は在所中に朝日新聞社宛の私の手紙が発信を不許可とされた件を取り上げて、訴訟に訴えたのです。在所中にそれは1,2審とも敗訴になりましたが、私が上告したため現在最高裁で係争中の形になっています。その上告審の最高裁における口頭弁論が、来る2月16日午後1時半ころから第1小法廷で開かれます。欧米諸国やアジアの多くの国においては、日本の刑務所のように受刑者の表現の自由が極端に制限されている国は非常に少なくなっています。自由と民主主義を理念とする国において、このような状態が維持されていることは、反時代的、反現代的なことです。このような私にかかわる裁判を取材してくださるようお願いします。なお私の連絡先は、以下のとうりです。0574-46-1323岐阜県加茂郡七宗町神渕13715-1加藤三郎なお出来るなら連絡くださった方にはこの件に関する資料をお渡ししたいのですが仕事や訴訟の準備に忙しく、出来ないかもしれないので、その点はよろしくお願いします。
2006.02.10
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今日はこの数日と違ってまたとても忙しい日だった。朝は市場に榊の束を100ほど出しその後8時ころ兄に面会し、帰りの途中で岐阜のアクタミのリサイクルセンターにより無料でもらえるおもちゃなどを貰い100円ショップダイソーで榊の小束作りに必要な輪ゴム、細い針金の入ったビニール紐などを買い、その後寄るように言われていた叔父のところで猪鍋を食べさせて貰いさらには途中のコンビニで訴訟資料をたくさんコピーした。かえってきてからその資料をファクスである新聞社に送り、さらにはそれを5部づつホッチキスでとめた。まだそれを封筒に入れて明日速達で出す準備をしなければならない。妹はそんな私に付き合って疲れてしまったようだ。ともあれ、そんな中で見舞いに行った兄がかなりに体調を回復していたのが嬉しかった。もう起き上がれないかなーと思っていたけれど腰の痛みもなくなったし体調は元に戻ったとかなり元気そうというか、普通の兄に戻っていた。薬も1月末までまだそうを抑える薬を飲まされていたが、それも出されなくなっていることもあると思う。また私が1月末にライフプラスのプロアンセノルズという抗酸化剤を飲んでくれるように置いてきてそれを飲み続けていることもあるかもしれない。今日はそれに加えてマルチビタミン剤も置いてきた。もちろん主治医の許可も取っている。そのプロアンセノルズが2900円マルチビタミン剤が2300円計5200円を私と妹兄の3人でそれぞれ1個づつ取ることにするつもり。多分3個ずつだと少しは安くなるだろうから、15000円くらいはサプリメントに使うことになる。之までもだいたい1万円ぐらいは使っていたから、そう負担ではないけど、まあ今年もしっかり稼がなくては、にこにこ。このような環境、苦しんでいる兄妹との関係の中にいて、サプリメントの摂取によって、ある程度はその苦しみからの回復が出来るかもしれないと感じられるのは、私にとって、やはり1つの光を与えれれている感じである。妹と兄との関係では、そうしたこととともに私のかかわりようがもっと深く問われているとも思うが。そして今度の訴訟の件あまりにも多くのことが1度に起きている気もしないではないけれどともかく1つ直面していることにできる限り対応していくしかない感じ。先のことが見えないところがあるのだけれど。明日からは16日の口頭弁論の準備のための原稿書きに集中する。金を稼ぐどころか金が出て行くばかりなのだが、ともかく口頭弁論が終わるまでは、もうあまり山の仕事は出来ないかもしれない。そんな私の部屋の私の布団の上でフクスケが安心しきって寝ている。猫の自然さ静かさそれが今の私には快い妹もフクスケとのかかわりの中でときどき心から笑っているところがある。嬉しいことだ。
2006.02.10
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2006.02.09
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何人かの人がメールで私がサプリメントにかかわる仕事をしていることに対してやめたほうが良いですよというようなあるいはきをつけてくださいというようなアドバイスをくれています。心配してくださってありがとうございます。いろいろ問題の多い仕事でもありそういわれるのは当然と思っています。私自身おかしなサプリメントの販売グループにかかわったこともあります。1時期はあれこれといいネットワークビジネスはないかと捜し歩いた時期もあります。だからこのネットワークビジネスというのがいかにおかしな金儲けの道具のようになっているかも、少しは知っています。そういう仕事にかかわれば多くの人から敬遠されたり、批判されたり、やめるよう忠告されたりすることがあることもわかっています。実際そういうこともいくらかあります。でも私はそういうことはあることという前提でそれでもこの仕事に足を踏み出しています。当分あまり理解して貰えないことは覚悟しています。でもここ2年ほど継続してサプリメントを食べてきて、確かになかなかいいものだという実感もあります。ですからべつに紹介して買ってくれなくても私が損をするわけではありません。いいものに感じ紹介するだけで、買う買わないはその人の判断であり買う人など少ないのは当然でありただ当然のことが起こっているだけだと思っています。もっとも私の始めの動機は何とか在宅でパソコンを使って金をたくさん稼ぐ方法はないかという金儲けに足を取られた考え方をしていました。しかしいろいろ試行錯誤するうちに金儲けを第一にしてこうした仕事をするのは間違っているという当然のことに気がついたのです。人の健康にかかわる仕事ですから、本当にそのサプリメントがかなりに人の健康の増進などに役に立つという体験があるものであるのが当然だという簡単なことに気がついたのです。そして今もサプリメント、栄養と人の健康の関係については、わからないことばかりでいろいろ学んでいくことが多すぎるくらいあります。その一つとして心の病の栄養補給による治療の本を読んでいるということもあります。つながりが悪いですが、以下は上の文を書く途中で書いていた文章です。今私はサプリメントの紹介というまったく儲からない仕事もしています。約1年間、一応その仕事を細々ごくたまに思いついたようにする程度でしています。そして今までに一人の人も私の紹介で買ってくれた人はいません。そのサプリメントの資料を渡したりコピーしたりして渡したりしていますが、そうやってお金を少しですが使っているだけです。もともと始めるときからそう簡単に儲かりはしないし製品を本当に良いと感じたら仕事にしても良いですが、金儲けのために良いと感じてもいないのに人に紹介するのは止めてくださいといわれています。ともかくこうして地道にサプリメントにかかわってきて、まだサプリメントのことを良く知っていない自分をますます感じています。ただ妹や兄の心の病のようなものの回復にサプリメントも栄養補給という麺からある程度役に立ってくれそうだということは少し私に希望を与えてくれています。うまくかけません。どうかこんな私からサプリメントを勧められても買わないでください。ニコニコ。もう少しいろいろ勉強もし体験的にも学びたいことがたくさんあります。多分私は自分自身を含めた人々の、心身の健康の増進とそれを基礎にした自己研究、自己洞察の深まり、それとともにあるともに生きる関係の深化、豊饒化そういうことをともにし、促しあうような場を作るというようなことを自分のライフワークとしたいというようなことがあり、サプリメントや栄養療法について学ぶということもそういうことの1部分のように今は感じています。夢ばかり大きくて何も出来ておらず山仕事ばかりにエネルギーを注いでいる今の自分ではあるのですが。そして何より自分が良くわかっていない自分なのですが。おかしな文章になった気がしますがこれはこれで残すことにします。
2006.02.09
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思い立って昨日から、ライフプラスのマルチビタミン剤TVM-プラスとプロアンセノルズという抗酸化剤を取ってもらっている。とりあえず兄にとって貰うことにして注文したものを半分づつに分けて取って貰うことに下のだ。妹にはあまりその必要性など納得して貰おうとして説明したりするとかえって嫌がるところもあるのでマルチビタミン剤とビタミンCより20倍もの抗酸化力があると説明されている松の樹皮などから取ったリアルOPCとかいうものが入ったプロアンセノルズというものこの2種類のサプリメントだとしてとってもらっているマルチビタミン・栄養剤のほうはそうすぐ効果が現れないだろうがプロアンセノルズのほうはすぐ効果が出る人もいる。ともかく妹は自分で昨日あれを飲んだからかもしれないけど今日は少し調子が良いわといっている本当に効くといいのだがともかくこの間の栄養療法の本から学んだものを少し取り入れてそんなことをしている
2006.02.09
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今日も朝の8時ころから夜の9時ころまで榊の小束作りをしていました。55束くらいしか作れませんでした。材料がそれ以上なかったこともあります。しかし1日8時間くらいで100束作るというのはかなり大変な気がします。榊の小枝は昨日のPM2時ころから4時半ころまでかけて採ったものですから55束作るのにかなりの時間がかかっています。ためしにやっているのですが、やはりあまり効率のいいやり方ではありません。なれれば2百ぐらい作れるといっても多分1日中働いてでしょう。どうしようかこのことでも迷います。もう2月16日の最高裁の裁判での主張のための書面の作成にかからなければならないし、2月はこれまで1回も岐阜の市場には行っていないし、どうしようかな。
2006.02.08
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2006.02.07
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2006.02.07
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昼御飯を食べた後、二時ころから榊の小束作りのための、榊の小枝を採りに行く。雪で濡れたのを乾かしているところ
2006.02.07
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五日ほどまえから苔だまを出していますが、まったく売れません。
2006.02.07
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今日は昨日作った榊の小束50ほどと、ネコヤナギ10束をだしました。
2006.02.07
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まだ榊の小束を作っています。写真はその中でうまく作ったものです。上の書き込みをしてから2時間ほどして今日の榊の小束作りは終わりました全部で82束ほど出来ましたもう材料がないのでやめたということもありますがあってもやめる時間です今日はこの仕事をやり始めて初めて榊の小束つくりを1日中やっていました小束作りだけに専念して82束は朝の8時から夜の11時までとしては少なすぎますただあまり本格的に作ったことはないので初めての仕事としてはこんなものだろうと思いますもう少し慣れて行けば1日150か200ぐらいは作れるようです。ともかくこの2月は試験的に榊の小束つくりに重点を置いて仕事をするつもりでいます作ってくれる人がこれから3ヶ月いないこともありますが小束を作る能力を上げておくといろいろ便利だからです枝さえ取ってきておけば後はどこにも出かけず野の花社の中などで出来ますそうするとときどきほかの仕事とか用事も済ませられます今日は少し妹に小束つくりのための榊の整理いらない葉の除去などを手伝って貰いました
2006.02.06
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2006.02.06
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安心して眠るところがなかったのかこんこんと眠るフクスケ
2006.02.06
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2006.02.05
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今日は朝から榊の小束作り。一日中そうする予定です。その私の部屋にフクスケを入れると、畳んだ布団の上で丸まって、ぐっすり眠っています。
2006.02.05
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タイトルの本を再読しました。やはり私にとってはすごく目を開かせられるところがありました。妹の不安定な精神状態や兄のうつ病といわれる症状が生化学的にはどのようなものなのか初めて詳しく説明されている本を読んだという感じです。経済的に余裕がないのでどこまでできるかわかりませんが、こうしたことから学んでなにかできることをやりたいと思うようになりました。妹の長く続いている精神的不安定さや兄の鬱状態などに対してビタミンやミネラルなどの栄養の不足から来ているところもありそれらを補給することでそういう状態を治すことが出来るそんなことがかなり明確に書いてありますいわゆる精神安定剤とか抗鬱薬などに頼らずもともと自然界に存在する栄養などを供給することであまり副作用を生じさせることなく治療して行くようなことがかかれています興味ある人はぜひ読んでみてください
2006.02.05
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近くの野菜などの直買所から、昨日注文があり、榊の小束15本ほどを作りました。これから妹に届けてもらうところです。
2006.02.05
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