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2026年03月06日
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車を車検に出した。もう11年目の スバル レヴォーグ だ。発表されたばかりのレヴォーグをその年のモーターショーで見て、一目惚れ。即、ディーラーに行って数か月待ってゲットした。元々私は スバリストで 初代レガシィ にも一目惚れして、そこから3代、乗り継いだ。全部、距離計が10万キロを超えていた。

昔は毎年2万キロ以上は乗っていたけれど、今はかわいいもの。言い換えれば車は絶対必要な存在ではなくなってきたのだ。そして私ももう70を過ぎた。今はまだまだ体も頭も動き、判断機能も認知機能も問題ない(と思っている)。でも、いったいいつまで乗り続けられるんだろう。。。


私の父親は警察官だった。戦後警官になり、定年まで勤めている。色々な職種に就いたが、主に交通課を任されていた。1964年の 東京オリンピック 当時には 交通機動隊 の隊長を務めていて、マラソンの先導の白バイを運転していたほどだ。免許証はいわゆるフルマーク、牽引2種まで運転できる。戦後すぐの警察は運転者が足りず、警察車両を全て運転するために必要だったらしい。


そんな父が70歳を過ぎると、スパッと 免許を返上 した。既に自家用車は持っていなかったが、旅先でレンタカーを借りて母とドライブするのが好きだったはずなのに。身体も認知機能も全く問題はなかった。その証拠に95歳でコロナで亡くなるまで、自分の足で歩きまわり、自営のタバコ屋の帳簿も付けていた。コロナになんか掛からなければ、今頃は百歳の元気なおじいちゃんでいられたはずだ。。。
「どうして免許返上したの?」
家族が聞くと
老化 に気付いてからでは遅いんだよ」

警察官としての職務を通じて、父は交通事故の恐ろしさを身に染みて理解している。その被害者の悲しみも、加害者の苦しみも、だ。自分だけは決して事故を起こす側にはならない。父にはその信念があったのだろう。
そんな父を私は尊敬する。では自分は? 父の言うように老化に気付く前に免許を手放そうと考えている。それはそう遠い日ではないな。。。






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最終更新日  2026年07月26日 11時31分35秒
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