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ボリビアの楽器たち、その2です。弾き方、名前などはっきりしない楽器も出てきます。もし、ご覧になったら、皆様、是非とも色々お教え下さいまし!--------------------------------------------------------------------------では、銀山の街「ポトシ」二回目です。1500年代からスペインの入植者たちが残していった(?)らしい。実は、この博物館、楽器だけ扱っているわけではなく、見学の間中、学芸員の(ような)女の子がついていてくれたのだが、どうもその女の子(25-6才くらいか?)の説明があやしい、、? そう思った理由はまた次に書きますが、その女の子の話すスペイン語を一緒にポトシを訪れたアメリカ人の民族音楽学者さんが英語に通訳してくれて巡りました。 私はこの見学の時は気分が良かったのですが、後で高山病でぶっ倒れてしまいます、、。何せ初めての4000メートル級の高地体験でしたし、ポトシまではラパスからタクシーで2000メートル近くの高度差を一気に駆け上ったので、、、、。えらい目に遭いました、、。アメリカ人の民族音楽学者さんもポトシ滞在を途中できりあげて貰ったりして、とんだご迷惑を、、。 さて、博物館を出た表の道で、さっきの女の子が走ってきて僕の所へ駆け寄ってきた、、(満面に笑みを浮かべて)。民族音楽学の教授がまたも通訳、すると、、「あたし、ドラゴンボールのファンで、漫画本もビデオも、***も、**も、持ってるの!」僕の返事「、、、、、、?ん~。 Wao, Great!」--------------------------------------------------------------------------さて、まずは「ハープ」(どうやって弾いたのだろう、、)。後ろには前回と違う個体だが「プサルテリウム(?)」っぽい楽器が、、。次は「ハープの後ろにあったプサルテリウム(?)っぽい楽器」。そして次も「ハープ」。またまた「ハープ」。さっきの楽器を違う角度から、、。そして今日の最後のお宝、、「教会のオルガン」この時は壊れている、、と教会の学芸員(さきほどの女の子とは別人)から説明を受けた、、。暗くて良く見えない、、。では、鑑定団(?)のみなさん、鑑定よろしくお願い致します。
June 29, 2005
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まだ先日から探している資料が見あたらないので、別のことを書きます。(まずは掃除せぇ、、!?)以前の日記にも書きましたが、2001年にボリビアへ行きました。その際、思ったことですが、南米、しかもボリビア、というと発展途上国というイメージが日本では先行していて、音楽ではフォルクローレ、とイメージしがちです。しかし、日常の文化、そして歴史、宗教、、を見た場合、日本よりも遙かにヨーロッパ的でした。あたりまえと言えばあたりまえ、、でも以外、といえば意外だったのです。(なんのこっちゃ!?)そんな風景の極一部分(たった一ヶ月でしたから、、)を理屈ではなく、写真を通して見て頂いて、私よりも見識深く、柔軟な発想をお持ちの皆さんに是非色々お教え頂きたいと思います。自作のHPでずっと手つかずだったので、こちらで公開していきます。では、お宝鑑定、よろしくお願い致します。--------------------------------------------------------------------------では、まず、銀山の街「ポトシ」でみた楽器たち、、。1500年代以降のスペインの入植者たちが残していった(?)らしい。まずは「チェンバロ」。次に「プサルテリウム」否、、「ダルシマー」、、どっちやろ?そして今日の最後のお宝、「クラヴィコード」。では、鑑定団(?)のみなさん、鑑定よろしくお願い致します。
June 28, 2005
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その日の4人のコンサートは、そういったのど歌の他、トシュプルール、イギル、といった民俗楽器に混じって、ヨーロッパの楽器、アコーディオンも登場した。あっと、いう間に楽しくコンサートは終わった。しかし、僕は第1部が終わった休憩の頃から、何だか妙な感覚に捕らわれていた、、。まわりの物音が、何か変だ、、。足音、紙をめくる音、、。コンサート終了後はそれがとてもはっきりと自分の体で認識出来た。人の話し声、駅に着いたときの、構内の音、電車に乗ってからの車内の音全てが、全然違って聞こえる、、。こんな、経験した人ないですか、、?そのとき僕が思ったのは、これは、トゥバの彼らがいつもいる「音」の世界ではないか、、?ひょっとすると、音の聞こえ方っていうのも、民族によって違うのかも知れない、、。いや、ひょっとすると、人の数だけ、違う風に聞こえているのだろうか、、?電車を降り、家に近づいて来てもまだ聞こえ方の違和感があった、、。橋を渡りいつもの川の音を聞いていると、少しいつもの聞こえ方に戻り始めるのが分かった。家に着いた頃にはもとのいつもの音の聞こえ方に戻っていた、、。その時、こう考えた、、ひょっとすると無意識下での「こういう風に聴こう」という人間の感覚内の習慣や文化があるのかもしれない、、、とすると、今の日本はかなり西欧化された耳を持っているってこと、、?時代によって聞こえ方も変わる、、? 明治の日本人は違ったかも知れない、すると、まだ日本語など日本の音文化が根絶しているわけではないので、、今も完全に西欧化された耳では無いかもしれない、、、?先日、吉本新喜劇をテレビで見ていたら、ある芸人がかつての原哲男(若い方、ご存じ?)みたいな声を出した、すると「そりゃ、昭和の声やないかい!」という突っ込みが他の芸人から入った、、、。ん~。またまた、どうでも良いことかもしれん、、。
June 26, 2005
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今、実は日記に書こうとしている事があるが、資料がなかなか見つからない、、で、ちょっと別のこと、、。一度、不思議な体験をしたことがある、、。と、いってもオカルト的な現象ではない。音、音楽の聞こえ方のはなし。一昨年の暮れの事、、南シベリアから4人の音楽家がやって来た。巻上公一さんと等々力政彦さんが、シベリアのトゥバ共和国から招聘した。それまで、等々力政彦さんとは話もし、実際に演奏も直に何度も聴かせて貰っていたのだが、本場のトゥバの音楽家の演奏を聴くのは初めて。しかも、4人も!トゥバとは、、以下等々力さんのサイトから引用させて頂くと、、「シベリアの森とモンゴルの草原が出会う場所。トゥバ共和国(The Republic of Tyva)はロシア連邦に属しモンゴル国の北西隣り、いわゆる南シベリア、もしくはアジア中央部と呼ばれる地域に位置する。モンゴルとは異なる民族グループであるが関係は深く、ちょうど韓国と日本の関係によく似ている。」ということだ。「等々力政彦のサイト」 そして、トゥバの音楽は所謂だみ声の、のど歌が代表的である。フーメイといい、モンゴルのホーミーにも似ている、またカルグラという仮声帯を使っただみ声唱法も面白い。(長いので二回に分けます。)
June 26, 2005
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「イギリス」って日本語、分かった?今は東京で声楽家として活躍するイングランド人の友人に、以前そんな風に質問したことがあった。彼は、こう答えた。「最初は"English"のことかと思ってた、でも、違う、って気がついてから何のことか訳がずっと分からなかった。でも、今はもう何のことか分かる。」何故こんな質問を彼にしたかというと、アイルランド音楽を初めてからすぐの事だった。僕は「イギリス民謡」っていう日本語の意味が、まるで分からなくなってしまったのだ。おそらくこのジャンルの音楽に携わる人たちは、皆「イギリス民謡」もしくは「イギリス」という日本語に違和感を感じていると思う。どうだろう、、?「イギリス」という言葉、これを漠然と感じている間は何の問題もないのだが、一時期、アイルランド人にアイルランド民謡を、スコットランド人とスコテッシュダンスを、、そして、ウェールズ人にウェールズ民謡を習い、という風に勉強していくと、、「イギリス???」それって、一体、何処にあんねん!?て、頭がこんがらがってしまったのだった、、。今は、状況に応じて、ブリテッシュのことだな、、とか、United Kingdomつまり英国の事だな、、とか、ああ、この人の言っている「イギリス」は今はイングランドの事だな、、とか、頭の中で日本語を日本語に翻訳して理解できるようになってきた。わかる人はわかるよね、、これって、。僕だけかなぁ、、?ちなみに「イギリス民謡」は"Folk Songs of Britain"もしくは"Folk Songs of British Isles"と言うらしい。前者にはアイルランドが含まれていなくて、後者にはアイルランドが含まれています。ん~。どうでも良いことかもしれん、、。
June 21, 2005
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さて、そのMさんの所属するコーラスにもうお一人、「語り部」と呼ぶに相応しい方がおられます。この方は実名でご紹介させていただきます。久保ミツエさん。この方をひょっとするともうご存じの方もいらっしゃるかもしれません。長崎で原爆に会われ、今住んでおられる地元の学校を講演で回り、本を何冊も出版し、地元のFMラジオに、そして先日はNHKの番組「ラジオ深夜便」でお話しをされていました。やはり久保さんも女学生の時代、兵器工場で働いているところ、あの原爆に会われたそうです。原爆に会うまだ前、空襲警報を聞き防空壕に逃げ込んだ久保さんは、お友達から広島に落ちた新型爆弾の話を聞かされます、、。その日、広島にいらしゃった方もこのコーラスにいらっしゃいます。Uさんです。やはり彼女も当時、女学生でした。この方は、このコーラスの前の代表の方でした。別にそういった方達が集まる合唱団、という訳では決してありません。いつも、練習の時、誰もそんな話しなど一切しません。いつもは好きな歌を歌うだけです。グレゴリオ聖歌やパレストリーナだって歌いました、、。合唱組曲も、メンバーの皆さんにとって懐かしい歌も歌います。このコーラスとの付き合いももう十数年になります。ちょっとしたときの話がいつの間にか折り重なり、皆さんのこともいつの間にか少しずつ、知って行きました、、。ただ、僕と、この人達は震災という体験を共有しました。あの時は本当に沢山の方がそうやって亡くなられましたが、同じこのコーラスのWさんもそのお一人でした。瓦礫の下から娘さんに「速く逃げなさい。」それが、Wさんが最期になさった事でした。古今東西、色んな歌があります。喜怒哀楽、嬉しい日怒りの日悲しい日楽しい日どれが優れているわけでも、どれが劣っているわけでもなく、歌や詩には、様々な日のことが歌われています。Musicは、ムジケ(韻文)という言葉から来ています。音楽の「楽」という字、これも本来、神道に由来する、神との対話の意味が含まれていたように記憶しています。ルネサンスの時代、マラン・マレというフランスの作曲家は音楽を「死者との対話」と言い表しました。笑顔や明るい歌声は色んな人の様々な背景からから出てくるもの、、。僕はこういった人達に毎日教えられているのかもしれません。一枚の絵葉書から、思い巡ったこと、もう、これくらいにしておきます。
June 15, 2005
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昨年の暮れから、郷土史に何故か惹かれ始めていた。明治の神戸、戦時中の阪神間、江戸時代の摂津国、、など中央史(私の造語?)よりもリアルに体感できる部分が多い。そして、先日、オークションで一枚の絵葉書を買った。川西航空機株式会社「工場全景」この絵葉書は昨年からずっとオークションサイトに出てはいたが、買い手がつかずに、回転寿司の干からびかけたイカ(?)の様な状態だった。(出品者に失礼!?出品者の方、ごめんなさい。)それが、たった今、ポストを見ると、届いていた。落札するきっかけになったのはあるコーラスのMさん。Mさんはお家の近くのバス停で倒れていたところ、通りがかりの人に発見され、救急車で病院に運ばれた。この春先のことだった、クモ膜下出血だったらしい。ずっと意識が無く、昏睡状態だったそうだ。それが、つい先日意識が戻ったと知らされて、ほっとした。そして、この絵葉書を落札した、、。Mさんの所属するコーラスは公民館で練習している。その公民館は、駅からは少し距離がある。雨が降った日など、Mさんはみんなとの食事よりも、僕を駅まで送り届けることを自分の役割のように思い、いつも気を配って下さっていた。その公民館の前の道の真ん中を、小さな幅2メートルほどの浅い川が流れている。 「センセェ、空襲の時ねぇ。 あたしらこの川に逃げて隠れてたんですよ、、。」車でその道を走りながら話してくれた。 「もう他に逃げるとこ無いから、ここで死の、、。 って、言うてねぇ、この川に入って伏せとったんですよ。」僕はそのときの様子を想像するしかなかった、、。 「それで、川からねぇ、音のする方こわごわ覗いたら、 もう、綺麗ぇな花火みたいでね。」目の前には全く静かな住宅街が広がっている、、。 「別のとこに逃げた人や、工場の近くにおった人ら、 沢山、亡くなりはってねぇ。 あんなん、いやですわ、、。もう。」その「工場」こそ、この絵葉書の『川西航空機株式会社』神戸新聞社の発行する「神戸大空襲」その本にもそのときの様子が記録されている。「惨い。」としかいいようがない、、。Mさんは女学校時代、この工場で働いていた。戦闘機を造るために、、。しかし、この、工場はMさんの「少女の頃の思い出の場所」のひとつ、でもあった。一方、Mさんは平和な昔の様子のお話しも聞かせてくれた。いちご畑が一面に広がっていたときのこと、、海辺は砂浜が連なっていて、いつも泳いでいたこと、、漁師が捕った鰯を蒸して、じゃこにするために海岸に干してあったこと。楽しく、自然がいっぱいで美しい故郷のことをMさんはお話ししてくれました。次もこのコーラスの他の方の事をこの日記で書いてみたいと思います。では、、。
June 15, 2005
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キャシー・バーベリアンキャシー・バーベリアンの歌を初めて聴いたのはもう20年位前だろうか、、。ルチアーノ・ベリオの作品"Folk Songs"(1964)。今のどの歌手が「ジャンルを超えて・・・」と謳っているのと次元が違う。まだまだ、クラシックは正統派主流の時代。その中で革新的であったという事に加え、今、この時代に聴いても彼女の様に声を巧みに操って歌う歌手はいるのだろうか、、クォリティーの面でも今のクラシック歌手の「ジャンルを超えて・・・」なんて、本当に軽薄に感じる。(もちろん自分もはっきり含めて!)彼女の歌は全く姿勢が違う。初めて聴いたのは僕が大学院修了間もないころだったか、、バーゼルの留学から帰ったばかりの作曲家永田孝信氏が、「これ、すごいでしょ。」と聴かせてくれたLP、、彼は「七色の声」と形容していた様に記憶している。僕もとにかくその録音に惹かれ、借りっぱなしでずっと聴いていた、、昨年「五つの声を巡るワークショップ」を開催したとき、CD化されたものを買い求め、本当に久しぶり(10年ぶりかもしれない)に聴いた。改めて本当に驚いた。決して「声のアクロバット」などでは無い!アメリカ民謡(といってもアパラチア経由のブリティシュ民謡)そして、アルメニア民謡、フランス民謡、シシリー民謡、イタリア民謡、サルディニア民謡、アゼルバイジャン民謡、何と!それぞれのTraditionalなスタイルをしっかりと追い求めようとしている。それがとても真摯な態度なのだ。これを、20歳代の僕は何度も涙しながら(本当に)何度も繰り返し聴いていたのだ。バロック音楽を歌い学び、いつの間にか古楽へ、その間アルプスの山の上にチェンバロやオルガンを担ぎ上げてみたり、、いつの間にかアイリッシュへ、また、いつのまにか南米ボリビアへ、そして、グレゴリオ聖歌にも出会い、、またバッハなどのバロックへ、、僕はキャシー・バーベリアンの歌を聴いていない間、僕なりにあえいで歌の海を泳いでいた、、。(と自分で勝手に思っている、、。)そして、今、聴くと本当に感じる彼女の姿勢は、クラシック音楽に常につきまとう、「普遍性」への問題提議だと感じる。そして、それが彼女の持っている、そしてベリオの持っている音楽への、そして、人間への愛、じゃないか、、と僕は感じている。"Traditional Music"(民謡、伝承音楽、伝統音楽)について回る"Ethnicity","Folk characteristics"はともすれば"Nationalism"そして閉鎖性にも繋がりかねない。しかし、普遍性"Universality"というのも歴史では自己中心的な権力を生む口実に何度も働いた。過去"Universal"とは「ヨーロッパ世界」と同義だった事も否定できない。(今も変わってなかったりして、、、?)そして、今の時代、この2つの側面で音楽が動くということがとても大きな意味を持つような気がしている。少なくとも僕が音楽と接するとき、特殊性を認められなければ、普遍性も見えてこない。歌を教えているときも同じかも知れない、だから、やっぱりキャシー・バーベリアンの歌は好きだ。<アーノンクールの指揮、そして共演にナイジェル・ロジャーズという顔ぶれのキャシーのモンテヴェルディ!>
June 8, 2005
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