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私の通っている韓国の教会は、一見問題がないようにみえる。今まで変な教会長さんが多くて、ついていけなかったけど今回の2世の教会長さんはとてもまともだ。穏やかで、それぞれの家庭の事情を理解しようと努力されるし、おしゃべりじゃない。協会の支持どうりに、活動を要求したり、無理な献金を要求したりしないので、チャンロニムやコンサニムも協力的だし、なによりも2世の祝福家庭がどんどん、集まって来ている。韓国は、親不孝なひとは人間じゃないといわれるぐらいなので、親子関係がよくて、そんなに問題のない人ならお見合いする感覚で、祝福受けて家庭をもっている。もちろん韓国人同士でこのまえ、2世同士のマッチングがあった。あるコンサニムのはなし。息子の相対者はアメリカで医者の卵だそうだ。美人でお金持ち <シックでお金持ちなんていたのか>。そんな自慢話を聞きながら、万民の救いなんて程、遠い話だと思った。条件のいい、家の子は祝福を受けれるけどそうじゃない子は、たとえば、事故で障害をもったり、親が早くになくなったり、大学を卒業してないとか、人生のいろいろな悲しさをもっている2世はどうなるんでしょうね。祝福受けたいけど相手がいないとか、祝福受けないとアダム、エバよりもっと低い位置に落ちてサタンより低くなると聞いたことがあるのですが、本当だと信じていると苦しいですね。そしてそうさせたのは、親の信仰がなかったからとどこまでも自己否定させられます。自己否定もここまで行くと、自虐的、自分を痛めつけることによって、快感、自己満足を得ているのではないかと思われます。万人の救いといいながら、多くの罪人を量産している原理信じれば信じるほど、自分を痛めつけ、幸せどころか、悲しさと切なさを産む原理を、お父様の勝利によって救われるなんて思い込ませています。苦労すればするほど神様の心情に近ずくのだと。生涯、苦しんで悲しんで、統一教会ワールドで人に迷惑をかけない範囲でがんばっていただきたいです。教会長さんは、私にこういいました。2世として生まれてきたのも私が祝福をうけたのも 宿命です。その宿命を受け止めながら、教会のなかでいい人間関係を作りましょう。とまぁ、表面的には、つくれるでしょう。韓国にいるから、心から仲良くなれる人を探すのは難しいし、でもね、どこまでもここは人間的。神様との関係を教えてくれるのが教会長さんのやることじゃないのかと思いながら、神不在の教会は教会といえるのだろうかと思ったのです。
July 29, 2007
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20年ぶりの飛行機時間にすると、旦那の田舎に行くより近いのに、こうも遠い日本情けないやら、なつかしいやら飛行機が動き出したとたんに、涙があふれてとまらなかった。泣くまいかとおもっていたのに、韓国ではあんなにドライだったのにどうやら20年分のなみだを流したようだ。母と感激のたいめえん。マンガやドラマでは、これでめでたし、めでたしなのだろう。現実は引き裂かれた心はもう、元には戻らないということをひしひしと 実感させられただけだった。統一教会か親かと迫られた時、私のとることが出来たのは統一教会だった。今でなければならなかったし、親、兄弟を生かすことが出来る道だった。母を父を捨てるのではなく、霊界で生かすために私は、家を出なければならなかった。そしていずれ、両親がわかる時がくると信じた。原理がいう地上天国はすぐ出来るのだから。母が父が嫌いで、不満があって統一原理を聞いたのではなかった。もっとすばらしい世の中をつくり、わたしが損をしたり、苦しくても、先祖や後孫のためにもいかなければならなかった。そう思い込まされた。そして飛び出してしまった。あんなにとめるのも聞かずに自業自得だ。わかっている。とりかえしのつかない間違いに元に戻れないのもわかっている。原理が間違っていたとわかっても、もうあのころに帰れるわけでもないし、 あってどないするんや家に帰ってきてくれるなと哀願する母に、わたしは言葉を失った。親子の縁をきってででいったんやから、あんたはあんたの道を行き。やわらかいことばで、はっきりとさとす母にわたしはなすすべを失った。統一教が汚いのは、親子の情を利用して賛同させるようにもっていくことや。といわれたことがある。いまになってその言葉の意味がわかるようになった。長い時間がたっても修復不可能な関係にさせる原理だった。たしか聖書のヤコブを例にだしながら、ヤコブのようにハランで苦労しながら人や財物を復帰してかえれば、かならず親は許してくれるよ。と説得した巡回師のことばがとてもむなしく思い出されました。いつか私に、ごめんなさいと母を抱きしめ、お風呂でちいさくなった母の背中を流し、アルバムをみながら、私が覚えていない小さいころの思い出を話してもらえる時がくるんでしょうか。今のわたしは、会わないことが私がしたことのせめてもの罪滅ぼしかと思っています。
July 21, 2007
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今、長野にいます。雨が、降ったり止んだり、私の好きなアジサイがきれいに咲いています。広いお風呂に入って、ゆっくり流れる時間をかみ締めています。少なくとも、彼女はしあわせそうです。豊かな自然の恵みの中で、優しそうな旦那さんと静かに落ち着いた日々をすごしています。原理にとらわれることなく、祝福を受けてであった人だけれどとてもいい人で、よかったです。彼女の考え方の中に一つも原理で縛られたところがなくて感謝しました。私のかけがいのない親友を伝道しました。彼女をとても好きだから伝えたかったのです。私は多くの幼馴染や友達に原理のすばらしさを伝えました。そして3人一緒に祝福を受けました。彼女の不幸な姿を見ていたら、たまらなかったと思う。同じ小学校に通い、同じ中学で、おなじクラブをやって、同じ高校で、おなじクラブをやって大学も学部こそ違ったけど、同じ時代を駆け抜けた。私の楽しかった時代にともにした新しい趣味を見つけ、友達を作り、新しい環境で、過ごしている彼女のようすが、あのころと同じようにやさしく、おだやかで、原理によって損なわれなかったことを知りました。彼女の強さがそしてそれを暖かく見守るご主人さんの優しさだったと思いました。長野から見る山は私が夢見ていた日本の山でした。繊細で優しい風は、韓国にいた20年を吹き払うかのように、一瞬に過去に戻しました。ひと時の夢を過ごしている今。金曜日にソウルに戻ります。
July 11, 2007
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ぎょえぃ、中国では、赤ちゃんを食べるそうです。あまりの、ショッキングな映像に、言葉を失ってしまった。胎児が、大きなどんぶりの中に浮いているのを見てまさか、まさかと思ったが、ポシンタンとおなじような感覚で、体にいいからとなんとも思わずに料理して食べるところを見て、もしこんな人と祝福を受けたら、と一緒に生活なんて出来ないと思ってしまった。統一教では、世界が一つになるためにやたらと国際結婚をすすめる。たくさんの人が国際結婚をしたら、世界が一つになるのか。はたして一つになるために結婚が必要なのか。私は、違うとおもう。ところで血統転換をして人類を再び神様の子女として探し、立てる最善の方法は交差祝福結婚です。人種、文化、国境、宗教の壁を越えて、すなわちすべての恩讐関係のしっぽを切って新しい次元の天的な伝統を創造する大歴史です。交差祝福結婚を通してこそこの地上に平和理想世界を実現する肯定的な方法であり、手段であることをはっきり教えなければならないので す。そうして、みなさんの家門、一族すべて一緒に聖い一列に出ることが出来るのです。 平和メッセージ76から77一見読むとすばらしく見えるが、うそばっかりぃと叫びたい。かつてのわたしもうっとりしてしまったのだ。この仰々しい文句にだまされて、この言葉のうそがわからなかった。ぜひ文先生の一族から実践していただきたい。お子様たちは、お孫様はメシアの勝利圏によって、後進国からお嫁さんを迎えて,あるいは後進国にお嫁に送って、3代が一緒に住む、幸せな姿を見せてほしいもんです。自分に出来ないことを、信者に押し付けて、美辞麗句で飾った言葉を御言葉とはいいません。真理ともいえません。永遠に変わらない不純物がない言葉を真理といいます。そして私の心を熱くさせます。国際祝福によっては世界は一つになりません。神様が願っている世界はバラバラになっていたイエスの世界が、聖書の解釈によっていろいろな派に分かれていますが、再びくるイエスによって一つになることだそうです。もちろん、真理によってです。
July 4, 2007
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