ピーコの気まま日記

ピーコの気まま日記

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ピーコ1750

ピーコ1750

お気に入りブログ

晴れ New! bashiままさん

源氏物語〔38帖 鈴虫… New! USM1さん

日本映画祭 Hirokochanさん

眉毛イヌ子の上海つ… いしま3430さん
失敗?成功?教師辞… 教師辞めて上海【のむてつ】さん

コメント新着

http://buycialisonla.com/@ Re:娘の誕生日は?(08/18) can cialis cause plurisyis generic cial…
乗らない騎手@ ちょっとは木馬隠せw あのー、三 角 木 馬が家にあるってどん…
らめ仙人@ 初セッ○ス大成功!! 例のミドリさん、初めて会ったのに、僕の…
もじゃもじゃ君@ 短小ち○こに興奮しすぎ(ワラ 優子ちゃんたら急に人気無い所で車を停め…
地蔵@ 驚きのショックプライスw コウちゃんがこないだ教えてくれたやつ、…

フリーページ

2006年03月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
中国での仕事も慣れてきた頃、


万一(笑)のために、
常に人脈を広げておこう、

国民性は違っても
ここは中国なのだから、
郷に入っては郷に従え、

ということを常に頭に入れておこうと
思っていたらしい。



中国人を見下したような態度を
取る者もいたらしい。

中国語を知ろうともしないヤツ、
通訳に方言そのままで喋るヤツ、
注意しないでいきなり怒鳴りつけるヤツ、
昼前に出勤して3時頃には帰るヤツ、
夜は必ずといっていいほど総経理に酒をねだるヤツ、
数えたらキリがないほど、
いやらしい輩がいたらしい。

その頃、まだ夫はスレてなかったようで(笑)
こんなヤツには絶対になるまい!

(まじめだったのね♪)

夫は全く中国語ができなかったので、
通訳にはゆっくり標準語でしゃべるようにしたら、
とても感謝されたそうだ。

昼休みや仕事が終わってから、

中国語を教わった。

時は掃除のおばちゃんや
門番のおじさんにも教えてもらったそうだ。

工場を見てまわる時も、
ダメだ!しか言わないのではなく、
どうしてこうなるのか、
どうしたら改善できるかを、
リーダーにキチンと説明をしたのだそうだ。
(今までの人はどうだったの?と私は思わず聞いた)

その工場では、
今までと違う人~ということで
ちょっと有名になったらしい。

そこで今度は別の工場を
見てほしいということになった。


しばらくして、
別の工場の担当になった夫は、
今まで自分なりにやってきたことが
どこでも通用しないことを
これからイヤというほど知ることになった。


次の工場は従業員が何千人もいる規模で
ほとんどが四川省などから来た、
若い女の子たちだった。
中には自分の名前すらが書けない(!?)子も
いたというから驚きだ!!


どんな工場に行っても
夫は自分の姿勢を崩さなかったと言った。

しかし、
「先生、そんなことしていたら、
 納期に間に合いませんよ!」とか、

「どうしていけないのか、
 わかりません!」

「日本人は細かすぎる!」

などと言われ続けたそうだ。

これは国民性の違いだから仕方ないわ...
と、半ば諦めたようなことを
言うときもあったが、
仕事は妥協できない!と言って、
決して信念を曲げようとはしなかった。

確かに中国人の中には、
少々の汚れや破れなど気にしない人が
多いといっても過言でない。

でも日本で求めているのはそうじゃない!
と言ってもなかなか理解されない。

汚れや破れの問題だけでなく、
衛生面でもびっくりするようなことが
たくさん(笑)あったと言っていた。

裁断台の上はホコリまみれ、
ミシンの横にはどんぶり?(昼食用のマイ茶碗?)
製品を入れるカゴには飲みかけのペットボトルのお茶。
など数えたら、キリがないらしい。

夫は少しずつ時間をかけて
意識改革をしていったらしいが...(???)


またまたある日のこと、
顔見知りになったある中国人の工場経営者に
ぜひ、うちに来てほしい!と声をかけられた。

場所は北京。
工場は河北省にあると言う。
住まいは北京のマンションを用意するとのこと。
給料は今よりも増える。

(悪くないな...)

一瞬、頭をよぎった(そうだ~~ごもっとも♪)
後日返事をするということで
即答を避けた。

一時帰国をした夫は、
今回だけは珍しく私に相談した。

「その人の住んでるところはどこ?」

と聞く私に夫は、

「わからん、たぶん北京市内や。」

「ふ~ん、所在を明らかにしないのが
 引っかかるなあ~」

と、私は気になった。

なぜなら、今まで出会った中国人は皆、
家に招待してくれて家族に合わせてくれた、
と夫から聞いていたのだ。

この総経理はそういうことはいっさいしないようだ。
聞けば、この業界には素人?のようで
以前は武漢の大学で教授をしていたらしい。
親のあとを継いで工場を新たに作るので、
そこを見てほしいとのことだった。

「まぁ、みんながみんな同じとは限らないから~」

と言う夫の言葉に少し不安を抱きながらも
私は賛成した。


用意されたマンションは、
28階の約140平米の2LDK。
(ひょえぇー!うちより広い?)
もちろん生活に必要な家具、家電類付き。

3基あるエレベーターには
エレベーターガール付き??
(何階?と聞いてボタンを押してくれるだけのお仕事♪)

毎朝ベンツのお迎え、
そして河北省まで
平均時速140kmでぶっ飛んでゆく~
それもほとんどノンストップで♪ (おおーNO!)

広大な辺り一面、
地平線しか見えないところにポツンと工場が...

日が暮れると真っ暗。
工場の明かりしか見えない。

夫は何かあったら生きて日本には帰れないな...
とマジで心配したそうな。(あなおそろしや~)


半年くらいたった頃、
北京事務所にいる中国人と
話をしているうちに
どうやら経営がうまくいってないことを知った。

ヤバイかも...?と思ったが、
今のところ給料は払われているし、
もう少し様子を見てやろうということにした。

そのうち、
総経理はだんだん出社する回数が減り、
いつのまにか顔を見せなくなって、
外から携帯電話で指示すようになっていた。

その頃には、
会社に借金取りも来るようになってきていた。

社員たちの給料はずいぶん前から
払われていないとのことだった。

愛想をつかした社員たちは、
いつにまにかひとりふたりといなくなっていったー
と夫は言っていた。
(この人たちはともかく、工場の女の子たちは
 どうするんだろう?って心配した...)

その後、
誰も総経理の顔を見たものはいないらしい。
(トンズラ♪ これが中国なのかも?)

当然、夫の給料は未払いのままで、
マンションも出て行かざるを得なかった。

私の不安は見事的中した!(うれしくないけど...)
(万一のために所在を明らかにしないのは
 さすが!元教授、頭がいいのダ♪)



しかし、
夫はこんなことくらいでメゲなかった!
万一(笑)のためにいろいろ道をつけているからと言った。

その後はホテル暮らしをしながら、
ひたすらチャンスを待った。

夫は離れて暮らしている私に
不安を与えないように
帰国の都度、状況を話してくれていたので、
あまり心配はしなかった。


今からおよそ3年ほど前、
前々から、そうなればいいネ♪~
と言っていたことが実現しそうになったのだ。

やっとチャンスが巡って来たのだった!!


 続く~









お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年03月24日 04時00分36秒
コメント(6) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: