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カテゴリ: 映画
マザー・テレサ スペシャルBOX ◆20%OFF!


昨日、WOWOWで映画「マザー・テレサ」を見ました。
この映画は昨年、都内で単館上映されていましたが、見に行きたいと思いながらも、とうとう行かないうちに上映が終了してしまったので、昨日は見れて良かったと思いました。

マザー・テレサ役を、あの「ロミオとジュリエット」のオリビア・ハッセーが演じていたとは知りませんでした。

オリビア・ハッセーは、日本人歌手の布施朗と結婚していたんでしたよね、確か・・・その後離婚したかもしれませんが。。。。。

余談はともかく、映画は想像していた以上に感動しました。


マザー・テレサがインドでその貧しさに遭遇し心を痛め、貧しい人々のために奉仕活動を始めたのは1970年頃でした。
私も75年にインドに行ったことがあります。
今のインドについては知りませんが、その当時のインドは貧しく、空港に着くとまず最初に体験するのは、物乞いをする子ども達に取り囲まれることでした。

街を歩くと手足を失った乞食がすり寄って来る、路上に暮らす人々が街にあふれ、旅行者と見ると子ども達が大勢集まってきて、手を差し出していっせいに金銭をせびってきます。


あどけなく笑う可愛い女の子。。。。
物乞いの少年達からも差別されているその女の子に何もしてあげられない自分への無力感・・・・ただ、わずかの金銭とさっき市場で買ったネックレスを彼女に渡してあげることだけしかできませんでした。

そんな同じ時代、同じインドの空の下で、マザー・テレサが貧困に苦しむ人々のために闘っていたことを、その時は知りませんでした。。。。。




マザー・テレサについては、 恵まれない人々に献身的に尽くした人 というくらいしか知りませんでしたが、ただ献身的で心優しい人というだけではなく、様々な偏見や障碍と戦い抜いてきた 信念を持って闘う女 という側面がよく描かれていて、今まで抱いてきた彼女へのイメージがかなり変わりました。

一番貧しい人々の中の、一番貧しい人のために心から尽くし仕える ことを信条とし、一心に貫き通すその姿には、真の宗教者の形がありました。
誰よりも強い信念と信仰心が、彼女を強くしていたのだと思います。

最初は、ヒンズー教を信じるインドの民衆から「異教徒は出て行け!」と石を投げられ罵られますが、一歩も退くことなく死に瀕した人々の看護を続けているマザー・テレサの姿を眼にした人は、「この人こそ真の女神だ」と理解し始めます。

修道院を飛び出して、教会とは方向の違う奉仕活動に勤しむマザー・テレサの活動に対し、教皇庁から調査員が派遣されてきます。
最初は、その調査員と会うことも拒んだマザー・テレサでしたが、調査を受けなければ活動もできなくなる事態となり、彼女は初めて、その調査員に自分の体験を明かしました。

、「私はイエス・キリストの身体に触れ、言葉を聞きました」 と語るのでした。
彼女は、貧しい病人の看護をしている時に、キリストが姿を現わし彼女に使命を与えたのだ、と言います。

調査員は「では、あなたは神に選ばれた者ですか?」と訊くと 、「いいえ、私は偉大なる神の手に握られた小さな鉛筆にすぎません」 と謙虚に答えました。

その言葉を聞いた調査員は「誰も神の鉛筆を止めることはできない」と、マザー・テレサの活動を認める報告書を教皇庁に送り、彼女に大きな感銘を受けたので自分もインドの地に残り、彼女と共に活動することを申し出たのでした。


マザー・テレサ自身も、過労のため倒れてしまうこともありました。
それでも、なぜそれほどに無償の奉仕活動にすべてを賭けることができるのか?

それは、単に苦しむ人々への深い同情というだけでなく、深く清い信仰心があったからこそできたことだろうと思う。
彼女こそ真の宗教者の姿であり、本当の信仰というものを体現した人だといえましょう。

今、おかしなカルト教団の人が常識では考えられない行動で世の中を騒がせる事件が多くなっているが、こういうのを信仰とは言わない。

「私は神に選ばれた人間だ」 などという人にマトモな人間はいない。

マザー・テレサのように 「私には何の力もありません。私は神の手に握られた小さな1本の鉛筆にすぎません」 と謙虚に語る人こそ本当の宗教者だと思います。


マザー・テレサの活動が世界中に知られるようになり、多くの寄付金が集まってきました。
どれだけ大金が集まっても、マザー・テレサは自分のためには一円だって使いませんでした。
それどころか、協会の運営会議で出されたビン入りの水が1本3ドルと知り「3ドルがあれば、子どもが1人、1年間学校に通える」と考えるのでした。
常に貧しい人々と共にあろうとするその考え方は、死ぬまで一寸たりともブレる事がありませんでした。最後の最後まで、本当に厳しく自分を律する強い人だったと思います。


今、日本では宮家に40数年ぶりの男子が誕生したと大騒ぎしています。
多くの人々に祝福されて生まれてきたこの赤ちゃんも、アジアやアフリカで満足な食糧も医療もない環境で生きなければならない子ども達も、命の価値は同じだと私は思います。

それなのに、世の中はとても理不尽だな・・・と思いました。









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Last updated  2006.09.08 00:26:01
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