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2024.12.26
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カテゴリ: 山口県
鎌倉時代より由緒のある八幡宮で、 紅葉の時季になると境内の ​​ イチョウ ​​ が美しい神社。

御祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。宇治皇子、難波皇子、玉依姫(タマヨリヒメ)、高良大明神、住吉大明神を配祀する。

鎌倉時代の1243年(寛元元年)に佐々木四朗高綱が源頼朝より命を受け、鶴岡八幡宮の分霊として祠を川上村立野に建立したのが始まり。 翌年に椿の木部に祠を移し、1314年(正和3年)に地頭の三好康久が現在の地に小宮を建立。その後2回の再造営が行われている。 古くから守護や地頭の崇敬が篤く、多くの神田や神領が寄進され、江戸時代には毛利氏からも崇敬され、1659年(万治2年)に長州藩2代藩主の毛利綱広の造営により本殿や楼閣が備わった。 廃藩置県後は領地が没収され、1873年(明治6年)に県社となった。1946年(昭和21年)に県社の格を廃して神社庁の所属となり現在に至る。

第9代宮司の青山上総介(後に青山清に改名)は高杉晋作、山縣有朋、伊藤博文らと共に下関の桜山招魂社(現櫻山神社)の創建に尽力。 明治維新後に上京し、東京招魂社の祭事などを務め、1879年(明治12年)に東京招魂社が靖国神社に改称された際に同社の初代宮司に就任している。

毎年4月25日に例祭が行われている。


正面鳥居から少し離れて見た椿八幡宮の全体像。 ​境内の イチョウ の巨樹は大変立派で、遠くから見るとその大きさを実感でき、葉に夕日が当たると黄金に輝いて見えた。​


正面鳥居の石鳥居。


手水舎。水は張られていなかった。


140枚の花鳥木の天井絵が描かれている。




狛犬。






拝殿。木造で屋根は銅板葺。 八幡造に近い様式になっており、拝殿と本殿は合いの間で連結している。


本殿。






境内社の清神社(須賀社)。御祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)、大国主命(オオクニヌシノミコト)、稲田姫命(イナタヒメノミコト)。かつては祇園社と称されていたが、1871年(明治4年)に改称された。


社務所。


裏の鳥居。 小さな鳥居の周辺は紅葉が綺麗だった。


丘の上に鎮座していた稲荷社跡。鳥居は柱が傾き社殿は崩壊しており、残念ながら信仰は忘れ去られてしまったようだ。










椿八幡宮のイチョウの巨樹。訪れた時は黄葉が見頃だった。 境内を包み込むようにして、黄金色の葉が付いた枝を大きく広げている。






黄金色のイチョウの落葉は境内の地面を覆い尽くし、まるで絨毯のようになっていた。



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最終更新日  2024.12.26 21:30:13
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