読書地図

読書地図

2007年12月23日
XML
テーマ: お勧めの本(8118)
カテゴリ: 読書



 ただ、自分自身、そんな偉そうな感想を抱くほど「堀江敏幸のパリ」を知っているわけでは実のところありません。ずっと前、おそらく出たばかりの『子午線を求めて』を書店で手にとって購入し、その視線には強く惹きつけられながらも特に理由もなく四分の三ほどを読んだ時点で放り出しておき、その後、書評本ばかりを読んでいた頃、今度は『本の音』を購入して、今度は文章が硬すぎるのではとか、短い文章に少し詰め込み過ぎではないかとか、賢しらな感想を抱いてみたり、その後で古本屋で目についた『郊外へ』を購入してこれまた全部読まないままに、本の中のエピソードを真似してバスに乗って「郊外」(といっても僕の住んでいる場所自体「郊外」ですが)に行ってみたりと、何だか堀江さんとは中途半端なつきあいが続いていました。


 ただ、今回もまた特別の理由もなく図書館で『おぱらばん』を手に取り(三島賞を受賞していたことも、その瞬間は忘れてました)、一つ一つの作品をゆっくり読んでいると、自分の中に入ってくるものが、これまでとは随分違うことに少し驚きました。別に『おぱらばん』が、『郊外』や『子午線』とそれほどスタイルが違っているわけでもないでしょう。おそらくは、場所に関する個人的な記憶の断片と重なり合い、そこに文学的な記憶と記録、さらには歴史的な記録を織り重ねていく堀江さんの手法が、ようやく自分の腑に落ちた、ということでしょうか。考えてみればこのスタイルはまさに「読書地図」とも言うべきようなものなのでした。あくまで個人的な、「それぞれのパリ」に対する関係から語り起こし、それをまた多様で入り組んだ歴史と結びつけて行く手際にもひどく共感を覚えます。そう、そうすると、これだけ「パリ」とは様々であるのだから、そんなに簡単に「パリ」が好きだとか嫌いだとか言ってどうするのだろうということになるのです。もちろんそうした態度だって、「パリ」との関係の1つの取り方であると言えばそれまでですが。

それからもう1つ、彼が狭い意味での「文学的」なるものに拘泥せず、例えば普通であれば「政治的」なものとしてくくられてしまうようなものなどにも、万遍なく目を向けようとする姿勢も個人的には好きです。もっともこのことは既に気がついていたことで、2005年にパリ郊外で異なる国を出自に持つ若者たちが暴動を起した際、ふと思いついて『子午線を求めて』を読んでみたら、そうした暴動が既に1980年代から頻発していることが、移民の歴史についての丁寧な説明とともに書かれており、そこでの説明は、他のニュース解説などよりずっと参考になったということがありました(尚、冒頭に掲げた写真は今年やはりパリ郊外で起こった同様の暴動の写真です。日本では殆ど報道されてなかったような気がしますが)。もちろんそうした「文学的」なものに収まらない事柄についての記述はとりわけて強調されている訳でもなく、読みとばすこともできるくらいのものですが、それでも個人と社会の様々な関わりの中に、そうしたものが避け難く含まれているということを、堀江さんはきっちりと理解しているのだなと、今回『おぱらばん』を読みながら、そのことも確認していました。

 本そのものについて、読んだことのない方のために少しだけ紹介めいたことを書くと、『おぱらばん』という不思議なタイトルの意味は、最初の物語を読むとすぐにわかるようになっています。そして、それを読めば、その不思議な言葉がタイトルにならざるを得なかった理由を理解できるでしょう。その物語の終盤近くで、その言葉が作者によって高らかに口にされる瞬間は、上述したような堀江さんの姿勢が、奇妙な人物とのユーモラスな関係の中に織り込まれつつ、清々しく宣言されているようで、ひどく幸せな気分になったのでした。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年12月23日 15時28分48秒 コメントを書く
[読書] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

クレズマー

クレズマー

カテゴリ

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2026年03月

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: