読書地図

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2008年01月19日
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カテゴリ: ミステリ



 2冊を読んでいて、今回とても感じたのは、地方性というか、場所性というか、物語が進行している「場」の把握がとても弱いということでした。そして、それは思い返してみると、これまで読んできた日本のミステリに大体当てはまるんじゃないかなあと。例えば芦辺拓の『時の迷宮』なんかは「大阪」という土地を前面に押し出したミステリであるにも関わらず、それがどこまでいっても道具立てに過ぎず、行ってみれば書き割りの背景のようなのです。大阪に関する蘊蓄はさんざん披露されるものの、そもそも主人公が大阪という固有の街を歩いているという感覚が非常に乏しい(同じ芦辺拓の『時の誘拐』はもう少しましだったような気がするんだけどなあ)。それは逢阪剛の『百舌の叫ぶ夜』にも言えます。舞台が現代の東京なんだから場所性が希薄なのも当たり前という意見もあるかもしれませんが、それが短絡的なのは、例えば堀江敏幸の『いつか王子駅』にでも読めばすぐにわかることです。そういえば、僕は内田康夫を読んだことがないのですが、ミステリに詳しい知人が、内田康夫に出て来る「場所」は観光客の「場所」でしかないと書いていたことも思い出します。

 堀江さんについてはまた書くとして、要するにこの日本のミステリの「場」の希薄さは、過剰なまでのプロット・トリック重視の結果なのだと思います。つまりは、プロットやトリックが、それが起る場所から切り離されて突出し、その結果として、人が生活を営む場所としての感覚が限りなく後退してしまっていると。日本のミステリにおいて、主要登場人物以外がおざなりな描写しかされないのも、そのことのあらわれの1つだと言えるのではないでしょうか(ついでにアメリカのミステリもしばしばそういう傾向のものが見受けられるのですが)。ミステリだから仕方がないという訳ではない筈です。イギリスのミステリ(ウィングフィールドのフロスト警部シリーズでも、イアン・ランキンのリーバス警部シリーズでも、ピーター・ロビンスンのアラン・バンクス警部シリーズでも何でもいいです)なんかを読んでいると、その「場」の感覚はびっくりする程ですし、魅力的な周辺的人物もごまんと出てきくるのですから(特にフロスト警部シリーズは一つのコミュニティ全体を描いているといっても言い過ぎではないと思います)。プロットと「場」はきちんと書けばきちんと結びつくのです。そしてそれは日本のミステリ作家の多くが勘違いしているように、風景描写を徒に積み重ねればいいというものではないのです(日本のミステリを読まない理由の1つとして、この過剰で無意味な描写の連続が苦痛で仕方ないというのがあります。始めて小説を書く高校生じゃないんだからさ)。そうそう、また「場」を作者の思い入れだけでプロットとはあまり結びつかない形で過剰に押し出すと、今度は坂木司みたいに、何だか嘘くさいというか、鬱陶しくなるんじゃないかなあ。


 そこまで考えて、ふと思ったのが桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』や『少女には向かない職業』が持っている濃密な「場」の感覚についてでした(実のところ一年程前に始めて彼女の作品を読み、未だに『私の男』はおろか、『赤朽葉~』も『少女七籠~』も読んでいないものとしては、桜庭一樹について云々するのは憚られるのですが、まあ直木賞受賞のご祝儀ということで)。『砂糖菓子~』の舞台は、冒頭に触れられているように、桜庭一樹の出身地である米子市のすぐお隣の鳥取県境港市。『少女には~』は下関(らしい)。どちらも街の様子についてそれほど書き込まれている訳ではありません。『砂糖菓子』などは、舞台がどこであろうと関係ないのではないかというくらいの構成になっています。けれども、そこに描かれている、主人公の少女たちが感じているヒリヒリするような生(ないしは死や暴力)の感覚、息苦しさというのは、確実に特定の「場」と結びついたものであり、その点において「場」は単なる書き割りや風景ではなく、人によって経験され生活される「場」となっているのです。


 ミステリではありませんが、そういえば依然読んだ吉川トリコの『「処女同盟」第三号』にも同じような感想を持ちました。桜庭も吉川も、どちらも広い意味での(つまり「大衆小説」と呼ばれるものを含めた)「文壇」の外部から出て来た人達で、しかしその人達の方が、既成の枠組みで物を書いている人達よりもずっと「場」やその「経験」について鋭敏な感覚を持っているというのは、面白いというか、意味深長だなあと思ってしまいます。実際、ラノベ出身者の作品の中には、橋本紡の『ひかりをすくう』みたいに、桜庭とは違う意味で、やはり「場」に敏感な人達がいますね。彼ら・彼女たちにしても、その場が主人公たち以外の人間によって経験されるという感覚は未だ薄いのですが、それでも何か期待できるとすれば、この人達じゃないのかなあ、と日本ミステリをろくに読んでいないと宣言している僕は図々しくも思うのでした(もちろん引き続き日本ミステリをきちんと読んでから判断し直そうとは思っております)。


追記:なお、「場」に対する感覚が弱いというのは、日本ミステリに限らず、1980年代以降の現代日本文学の主要な特徴の一つだと思っていて、上述の「期待できる」というのは、そこまで含めてなのですが、それについてはまたいつか。





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最終更新日  2008年02月03日 16時21分42秒 コメントを書く
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