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また週末もオフライン。というのは、義父母の家へまたお邪魔する約束なので。今は旦那はお皿を洗ってる最中だけど(その前は大晦日の掃除?ということで掃除機を使ってた。私はBBSからの知り合いとロンドンで落ち合う計画を立てていたのだ(<--ものぐさ)クリスマス用に七面鳥(十ポンド、つまり4キロちょっと)を義父母は買ってあったがオーブンに入りきらなかったので両脚は冷凍保存してあった。ので、先週を続きをニューイアーにも食べる事になった。(笑)「お正月」は西洋ではパーティとか大晦日にあるけれどおせち料理らしきものはまるでない。実際アイルランドではカンテンとか栗きんとんとか購入できず、うなぎだってこんにゃくでさえもの珍しいのだ。人参と大根のすのものとかお雑煮とかなつかしいなあ。さて、数日間またオフラインになりますが,今年随分皆様にお世話になりました。どうか良いお正月と充実した一年をお迎えください。
2005年12月31日
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幼馴染や中学時代からの友達もいるが、彼らも私も根本的に性格は変わってないなあと思う事があります。それぞれ新しい環境やチャレンジへ出向いてるけれど、どう対処してるか、そして長所も短所も昔から同じ。傍から見ると客観的にアドバイスはしやすいんだけど、言う事は誰だって簡単だ。実際に人生のパターンを変えるのは難しいんですよね。今日は伯母宛に手紙を書いた。誤字は多かっただろうけどワープロをいったん使用し、ビンセンに清書(我らはプリンタを持ってない。自然環境によくないので)。最近母はメールを送らないどころか、チャットのソフトにログインしてるのを見かけると無視してるので、新年になっても連絡は絶えたままな気がする。ひとりっこなので、親からしてみれば「子供が新年に連絡を取らないのは無礼」だと息荒くして腹も立つだろうが、今回はゆずれない。人生30年私が「折れて」きたけど、もうそれはやめる事にしました。こうやって両親、というか母の短所を考えると、最近態度の急変は私が母へ対してのリアクションを変えたからだと気付く。昔は「親孝行」というのは「許す」と同じ事と思ってたし、金銭的に頼りっぱなしな上「嫌われたら捨てられる」と本当に信じてたので、何を言われてもだまっていた。これぞ「アダルト・チルドレン」の症状の一つだったんですね。幸せな家庭は、どんなに喧嘩しても傷つけあっても子供は親に常に愛されてるという事を実感してると思う。それで安心して育つ事が出来るとも思う。しかし、「Co-dependence」は、親と精神状態を混同しすぎて、親の悲しみは自分のもの、怒りはすべて自分のせいだと思い込むことを言うが私はひとりっこだったわりに我が強く、その罠には不思議とはまらなかった。むしろよく母に「ドライなのね」と関心されてた事は覚えてる。でも、いくら肉親だろうと、他人ですもの。母の一番の問題は私に精神的に頼る事を当たり前に思っていて、私の芯の性格を理解しようと努力はしない事である。どんなにはっきりというべき事を言っても、母は私に気に入らない面を発見すれば「父方に悪い面を持ってる」と言いながら、「あなたは理解できない」といったきり。今回は母のした事は間違っているのに誤るどころか傷ついてしまって、一週間以上返事をしてこない。別に侮辱しようと私は返答したわけでなかったが、結果的にそうなるだろうと予想してたらその通りになったようだ。それは、悲しいが私は(ていうか誰も)他人の反応をコントロールできない。私の問題は、「親孝行」というのは「我を失う」事と同じだと思ってきたのだ。親の期待に合わせた行動や言葉、波を立てずに我を抑えて耐えて来て数十年。しかし、私は独立して、他人に迷惑をかけず、キャリアを築き、幸せな結婚も成り立つよう努力をし続けてる。それこそ親孝行ではないだろうか。社会に役立つ人間になり、独立した生活を送ること、充実した毎日を過ごすような風に育つべきですよね。実はもっと私の恋愛についてとかも書こうと思っていたが、何故か昔の日記のリンクが見つからず困ってました。いつも年末はさまざまな心残りな事を考え気味になりますね。長々とすみません。もっと新年には旦那に関してのおかしな話とか愉快な日記も書きたいんですが。
2005年12月30日
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ど~も暗い考えばかり年末になってから頭はいっぱいになってるので、少し好物とか述べてみようかと思う。まず、アメリカからのテレビ番組では、「The West Wing」と11年のロングランだった「Frasier」。後者はDVDでシーズン1~4をまた鑑賞中である。それと、「Simpsons」も「Family Guy」も結構笑わせる。以前は「Buffy」とそのSpinoffの「Angel」(吸血鬼もの、とは簡単に言えないか。コメディでもあるしホラーでもあるし、なによりドラマだった)。アイルランドでは良い番組は観たためしがないが、もちろんBBCのテレビは面白いのがある。かの「Fawlty Towers」と「Blackadder」、今は「Have I got News for You」と「QI」、そしてネイチャー番組(ナレータはDavid Attenborough氏)も昔からみてる。そういってもいつもテレビを観てるわけではない。漫画も雑誌(主に科学かビジネスの)も好きだし(漫画のリストはフリーページ参照)、趣味は読書以外は音楽、テニスと昼寝。最近はレストランで外食できないので(値段が高すぎて)クッキングも手抜きばかりでなくちゃんとしたお料理もしようと最近がんばってる。昔は切手を集めてたし「かわいい」ものにも弱く、たれぱんだの本とかミッフィーちゃんとかキティちゃんもポケモンさえなんだかある。その反面興味ないものも、たくさんある。ファッションやスキンケア、靴とか無縁だ。ヴィトンのバッグには目がないけどブランド物はたくさんは持ってない(フェンディとグッチ、バーベリーは小物を少々何故か持ってるが、シャネル、ディオール、プラダ、エルメスはなにもない)。美容院なんて、コンサルタントをしてた頃以来行ってなく、自分で旦那や自分の髪をここ数年は切ってる。だから日本でボロイ靴とかスッピンなカオを電車で笑われてたわけだ。ちなみに子供時代スポーツをウンチなのにいっぱいして足首やらひざの怪我が多く、いまだにヒールとかまるで履けないし履きたくもない。ジュエルリーは好きだけどいっぺんにはジャラジャラ身につけない。本物は高すぎてあまり買わないが、今年はどうしても真珠の首飾りとかエアリングが欲しくて旦那にプレゼントをねだったけど、今年中には来なさそう。(笑)しかし本、CD、DVDなどたくさんせま~いアパートにぎっしり詰まってて物欲的にならないよう注意せねばといいつつ、ショッピングは旦那も私も好きだしね~。欲といえば、食欲も侮れない。日本食は一番好きだし、インドカレーも中華もタイ料理も好き。シラントロさえなければベトナム料理ももっと好きになれると思う。西洋ならイタリアとフランス料理ですよねえ、やっぱ。オーストリアのシュニッツェルだって、毎日や毎週は食べられないけど美味しかったなあ。さて、父母と仕事関係の悩みさえ晴れれば人生結構明るく生きていけそうなのになあ。でも、気分は暗いままだ。*ため息*
2005年12月29日
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アイルランドは冬はいつも暗くて葉っぱも木から落ちたり、雨がたくさん降るけど、芝生は緑なままだしお花も咲いてるのがあるし、狂い咲きだと思ってた桜の木が毎年12月に咲いてる。はっきりいって、「春」のお花がたくさん咲かなければ、てんで来春のありがたみがないです。カナダの冬は、比べたら体にとてもきつい。マイナス30℃なんて風を考慮に入れれば平均のように感じる。雪はうんと積もるだけでなく、車の排気ガスで汚くなってから時々解けてしまって氷の塊になって、さらにその上に雪が積もるというパターンが繰り返される。でもつららはきれいだし、方々の建物はきれいなライトで飾ってある。都庁もスケートリンクが作ってあったり、公園にもソリとかスキーとかスケート以外にスポーツが出来る。よく雪は夜降って、昼間は日光で新しい雪がきらきらしてサングラスをかける必要があった。キーンとした空気の冷たさも、暖かいコートや帽子とマフラーと手袋を通して楽しめた。80年代なんて、小学生の私より雪の積もったのが高くてカマクラとか作れそうだった事が多かったのを覚えてる。庭とかでバッタリ倒れて、手足をばたつかせて「スノー・エンジェル」を作ったり、少し雪が解け気味なときには雪だるま(西洋のは三頭身なのだ)をデザインして作った(目鼻ようの人参や木炭はなかったが)。大学のため留学したボストンでも、積雪量が凄かった(90年代前半)。キャンパスでクロス・カントリー・スキーをする人がたまにいたり、寮の中庭にある木の枝もみきがすべて凍りついてまるで別世界になったり、良い思い出はたくさんある。それに比べ、アイルランドは春はいいけれど、北米の秋の美しさもない。よくロシア人の同僚と、「はっきりした四季がなつかしい」と話し合います。
2005年12月28日
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実は昨日のネタの続きになります。26日と今日は振り返り休日なので、どこも閉店ばかり。どこへも行かず、昼寝したりオーストリアで見つけたCDを聴いたり、くつろいでました。ToyStoryの続編を旦那が義父母の家で録画しておいたので、それも観てます。さて、昨日はまだダブリンの郊外にいたので、義父の車を借りてBullockの小さな港へ行った。Sandycoveって真冬でも水泳するポーラー・ベアーズクラブ(カナダにもある)の傍にあるけど、そこでは泳ぐのでなくフィッシング・ボートを借りたり、そこらの岩に座ってつりをする人が多い。傍にはカニとかもとれるらしく、野良猫が大勢住み着いてるので猫と遊ぶためにも、よく訪れる我らであった。(動物バカとは私の事です、ハイ)で、去年のクリスマスにはじめて出会ったオットセイ、Beamishがまたいたのだ!今年は仲間のオットセイが四頭くらい回りに泳いでいたが、皆彼ほど人懐こくなく、心なしか体も小さかった。Beamishは同じどくとくな大きな頭に悲しげなお目目、静かに泳いでいたり、ボートの傍に後足で港の水がまだ潮が引いてたので立っていた。「誰か、美味しいスモーク・サーモンを食べさせて」というような表情だった。時々彼の鼻息が聞こえた。風が強くカメラを持ってたら指がかじかんだ。数分は静かに浮かんでいたBeamishと目を合わせてた。そしたら家族がいくつか車でやってきて、大騒ぎし始めたのでBeamishも食べ物が来なさそうな事を悟って、波間に頭が消えていった。
2005年12月27日
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これはアパートから書いてます。大晦日にはまたお邪魔するという約束をしたので、新年もオフラインです(涙)(^^;)さて、実は昨日また暇だったのでもう一冊本を読みました。アイルランドのRTE(NHKと似てる報道局)のレポーター、Carole Colemanが著者で、ブッシュをインタビューした事からもとづいた考えとアメリカの極端なサブ・カルチャーのことをまとめた一冊なんです。リンクは出版社の公式ページがありますが、なんと調べたらアメリカのアマゾンでは見つかりませんでした。今年10月に出たので、本来はあるはずなんだけどやはりブッシュやアメリカのことはいい事が書いてあったならいざ知らず、こういう本はストックしないんですよね。しかし読みやすく、様々な宗教とかの事もうまく簡単に説明されてるので、お勧めです。私がアメリカ在住の体験から感じてた事とかも分かるような内容でもあります。帰宅したら暖房に頼りっぱなしにまたなりました。やはりかなり傷ついているのか、母からはめずらしく音沙汰なし。やれやれ。
2005年12月26日
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イヴの午後にはGraftonへショッピングへ行き、帰りには初めてスタバでのエグノッグ・ラッテを半分こした。やっぱり予想通り美味しかったけど、高いのにはまいる。夜からは荷物をまとめてから義父母の家へとバスで向かった。二・三日お邪魔するつもりだったのでコンピュータも持ってきた。で、これはしたがって義父母のダイニングから書いている。まずはイヴにはスモーク・サーモンとブラウン・ブレッドという軽めの晩餐。夜は旦那がすでにスキャンした写真(大昔のもの)を両親に見せて、いつからとか誰が移ってるとか聞いている間、私はイギリスの著者リン・トルッスさんの新作、「トーク・トゥ・ザ・ハンド」を読み始めた。その本は著者の意見であり文句でもあり、英語圏の社会はなぜマナーは礼儀正しさを忘れつつあるかのセオリーなどが述べてある。面白おかしく書いてあるので「簡単に読める」をアピールしてるのだが、かえっていろんなトピックを不十分にカバーするというか、まだ読者があるアイデアについて考えてる間にもう次のトピックへと飛び移ってしまってる感じがあるので、それは好ましくなかった。しかしトルッス女史の申し分には同感することが多い。たとえばIPodとか携帯電話で公私の区別つかずに人はスペースを居有してることが多くなってきたとか、「ありがとう」「お願いします」などと丁寧な言葉とか言いそびれてしまうのは人が簡単に怒るしどう反応してくるかわからない時代になったから、など。最近母との関係が気がかりなので、それで気が重い。それで睡眠もたくさんとったわりに休まらなかった。寝付いたのは午前一時ごろで、起きたのはなんと10時過ぎ。いったん8時に起きたけど、だるくて再び寝入ってしまった二人であった。ディナーは午後三時にいただく予定で、朝はとても良いお天気だったので朝食は遅めにソーセージ・ラッシャー・卵にトマト、トーストという伝統的なのをいただいたすえ、旦那と散歩へ出かけた。そばにある公園では犬の散歩をしてる人が結構いたし、珍しい鳥も少し見れた。ゴールド・フィンチとか、ヘロンとかやはり見に来たらしい中年カップルとお話をして望遠鏡を貸してもらったり、犬を連れたおじいさんに挨拶をしたり、おっとりとした散歩だった。猫とも遊んでみたくて近所を歩いたら一匹目はしばらくなぜさせてくれたがちょっと離れたところへ行って座り込んだので、ちょっと突っぱねられた気分で落ち込んだ(笑)。でも二匹目はもっとフレンドリーで、おなかも見せてくれたしかわいかった(黒くて足先はソックスみたいに白いメス猫だった)。散歩へ出かけ頭にプレゼントを交換した。義母が必要としていたお鍋のセット(質の良いステンレス・スチールにCopperの底)と写真入写真たてを二つ、ザルツブルグからのガラスのツリー用の飾りをあげて、お返しにイギリスの現金をしこたま(来月のショッピング用)にいただいた。どちらもありがたいプレゼントだったので、うれしい。しかし親孝行をすると自分の状況に心痛むことが多くて、おなかがキリキリ。ストレスだ。一時間ほど歩いてもどると、ずいぶんとディナーのしたくは進んでいた。七面鳥に二種類のスタッフィング、クランベリーソース、ハム、ロースポテト、ブリュッセル・スプラウト、にんじんのグラッセ。超豪華な食事に、美味しい赤ワイン(2000年からのフランス製)。おなかいっぱいになった。そして以前セールでプレゼントをしたクラッカー(引っ張ると大きな音がして、中に小物が入ってる)も四つ開けた。デザートはケーキにメロンにクッキーとチョコ。いやあ、冬は太りやすいのはこういうものばっかり食べてるからなのだ。食後はまた写真の整理を義父母の助けを得てる旦那を背にテレビを観つつ本や雑誌を読書してる。だがしばらくして、義父母は居間には暖炉があるのでそこでテレビを観に行った。「どうせなら一週間泊ったら?」と義父に旦那が招待されたけど、どうかなあ。月曜はインターネットのある我がアパートに戻る予定だったんだが、う~ん。タダメシは楽だしここの空気のほうがきれいなんだけどねえ。
2005年12月25日
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さとっきーなちゃんからクリスマス・バトンをいただきました。早速トライ!1.今年のクリスマスは誰と過ごしますかさとっきーなちゃんと同じく、旦那の両親宅でいつものようにディナーです。はぁ。(ため息まで一緒)。2.去年のクリスマス・イブは誰と過ごしましたか過去はロンドンで旦那と過ごしたりしてたけど(中華街で飲茶か、Sohoで日本料理をいただいて)去年も義父母をたずねたりしたので、旦那と彼の両親と一緒でした。ちなみにクリスマスは西洋なら常に「ファミリー」、恋人は「ニューイアーズ・イヴ」に一緒するのが普通です。日本とは逆なんですよね。父母と冬休みを過ごしたのは最後は’98年でした。3.プレゼントを除くクリスマスの予算は?ロンドンのセールスの旅行はもう飛行機代・ホテル代払ってありますが、4日分の食事代を入れると750ユーロは飛びますね。ふぅ。でもアイルランドではディナーとか全部義父母持ちなので、楽チン。4.クリスマスプレゼントにかける予算はどのくらい?父母へはチョコレートとかケア・パッケージを贈りました(郵送費を含んで75ユーロくらい?)義父母へもフォト・スタンドやら質の良いお鍋のセットやらオーストリアのクリスマス飾りとか入れれば150ユーロはかかったと思います。旦那へは去年・今年とかなりゴージャスな腕時計とお財布(共にグッチ)をあげたので、ロンドンでのセールスでよっぽど必要かつ激安になったものが見つかればあげますが、未定。(笑)5.今までで一番心に残るクリスマスプレゼントは?一番ってのは、ないですね。旦那ともプレゼントは誕生日だってクリスマスだってセールを待っての交換する時もあったり、しなかったり。友達が送ってくれるカードはいつも心温まります。一番何よりサポートになってくれる友達が大切なプレゼントだと思います。6.今までで一番嫌なクリスマスの思い出は?父母はクリスマスといっても大して関係なかったので(ツリーとカードくらいは飾ってり送ったりするが)子供時代では「役に立つもの」がプレゼントでした。多分はじめてアイルランドでのクリスマス(当時義父母に数週間お世話になった)の思い出が嫌だったかな。数年ぶりに雪が積もったらしく(降っても普通暖かすぎて積もらない)義母が「There's something new for you!」と私に見せてたのは、おかしな思い出だが。だって、カナダ育ちだもん。雪なんて見飽きてグリーン・クリスマスこそ私には珍しいんだから。7.理想のクリスマスは?世界中平和で、人類皆助け合いながら、自然環境も害されなくなって「人間でよかった!」って思わせられる時代がくれば、クリスマスでなくても理想です。8.クリスマスについての意気込みを意気込みって、決意でしょうか。そうですね、「キリシタンでなくてもクリスマス・スピリットを重んじて、せめて旦那の両親への孝行をがんばろう。」かな?9.バトンを回す人早速新しい(?)お仲間さんのペペピューさんYkollinさんそして多分たいそうお忙しいところと思いますが、もしこれを読んでらしたらBankHolidayさん、よろしくお願いします!(^^)
2005年12月24日
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去年に比べ3割も多く警察は飲酒運転してる市民を逮捕してるとの事。ただでさえ田舎の道路は危ないのに(山中でない道路も一台しか通れないほどの狭さな上、ハイウェイでなければ電灯も足らない)猛スピードでクリスマス・パーティの後に馬鹿高いタクシーか、存在しないバスに乗れず車を運転してる人が多いのは分かる。しかし全人口4百万をやっと超えるところ、今年だけで(11月末)なんと389人も自動車事故で死亡してる。トロントはもっと吹雪とか危ない天候があるし6百万人超えるのに、そんなに死亡者はいないだろう。という訳で(?)今日は休暇の一日目だ。週末はクリスマス(って楽しいホリデイなはずなんだが、どうも気分は明るくない)。おまけにバフィー(アメリカのテレビ番組)のくら~いエピソードを観てたりしてるのもよくないか(笑)まだ寝たりなかったのに朝早めに起きてきたので、今夜はちゃんとした時間に寝よう。日があまりに短くてダウンしてるのだろうか。日光といえば今年は曇りだったからNewgrangeの朝日も見られなかったらしい。数年待ってそれを楽しみにしてた人は残念どころじゃないだろうなあ。
2005年12月23日
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ダブリンの街中は本当にマルチナショナルに見える。大勢黄色人種や黒人が目に付き、サービス業とかクリーニングとかたくさん渡愛したばかりの人が一生懸命働いてるようだ。ところがその一方、ぎりぎり高卒な若者がこの国が貧乏だった頃と同等に移住しつつあるとの事。今時一体どんな国で大学へ行かずにまともな暮らしができると思ってるのかさっぱり想像できない。ナイーブにもほどがある、っていう感じ。むしろアホか?って怒鳴りたいくらい。今アイルランドの経済状態がこんなに良いのは、色んな仕事が出来てる事と移民の人口がその仕事をしていること両方あってのおかげなんだが、アイリッシュの若者はてんでここへ居残る様子がない。やっとアイルランド結成いらい景気良いというのに。とても残念だ。
2005年12月22日
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思いついたのが昨日今日では決してなかったが、決心したらすぐ行動に出る性格。おまけにチームの同僚はほとんどみんなとっくに有給休暇なので、来月中旬までなにも会議とかもないほどオフィスはがらんがらん。今日は、家族について苦情を二つ。まず、母は回りくどい方法で私にもっと訪問に来いといおうとしてる。儀父母宛のカードに書いていたらしい。何故私自身にそういう事を書かないのかはわかってるが、儀父母とは言え他人を巻き込んだりすればなおのこと渡加する気は一切なくなる。週末でのクリスマス・ディナーの時にはっきりと「親には感謝してるが事情があって、滅多に帰国することはまず出来ない上するつもりはないので、一切詮索するのはやめてください」と言うしかないと思う。今はカードが届いて以来旦那は毎回儀母と話すたびに「ねこさんのご両親はよさそうなのにどうしてもっとカナダへいかないの?」としつっこくたずねるそうだ。もう4回以上その繰り返し。阻止せねば。そして苦情二:義父にはせっかく携帯電話を与えたのに、どんどん老いがひどくなってきて、ついに今日ふらっと単独行動で街中までバスに乗っていったらしい。いつ帰るのかとかどこへ行くのかとかまるで誰にも言わずに。携帯は使い方をすぐ忘れるので回りにいる我らは大心配。やっと3時間たってから帰ってきたけど、旦那の心労は見るにも痛々しい。やれやれ。
2005年12月21日
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丸五年住み心地のひどい所でさんざんな思いをしたあげく、今日「絶対に引っ越そう!」と決心しました。まずは社内転勤を希望して、コネをありったけ使用する。で、来年は政府関係の口座からお金は出せるし、すればどこかに家が買える。もう数年前からどうすべきかは考えてあったが、決心はなかった。旦那の両親がまだわれわれに頼りっぱなしになるまえにも、引っ越さなければ大変なことになる。という訳で、再来年までには脱アイルランド!を目指してます(笑)。応援してくださいね~
2005年12月20日
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昨日の日記で「平和な生い立ち」と書いたが、その説明をちょっとしようと思う。アメリカではカナダや欧州に比べ、断然事故や人殺しなど銃を持つ人や家庭に起こってる。それは以前マイケル・ムーアの映画「Bowling for Columbine」にもあったが、アメリカの方がたくさん鉄砲やハンド・ガンを持ってるからでなくて、一般の人が「身を守るため」と持ち抱えてる事が大いに関係あるのだ。ギャングやモブ・マフィアなどカナダにも問題になってるけど、それ関係の事件では一般人は滅多に殺されたり怪我をしない。だけど、アメリカのニュースでは「パラノイア」を増すような風に物事が伝えられる事が嫌に多い。これも、ムーアの映画に出たトピックだけど私もアメリカに数年暮らしてて同感した。何もまだ雨さえ降ってないのに「Storm Watch 2005」とか大それたタイトルで天気予報があったり、皆視聴率を上げるためにすべてエキサイティングに、よりスリリングに、と悪化してる。そういう意味で、カナダのニュースはそれほどは「誰もが怖がってなければ、要注意してないと悪い事や大変な思いをするよ」という態度を備え付けない。だから、もっとのんびりと育つことが出来たと思う。さて、Pattyさんもコメントでおっしゃった「暮らしやすさ」ですが、私はようするに「田舎」での暮らしはダブリン以外体験した事がなかったのです。私の考えでは「住みやすい大きな町」には、1.まともなバス・地下鉄・電車のネットワークがある2.面白いコンサートや文化に関する催し物がある3.安心できるヘルスケア(メディカルケアか?)のシステムがあるしスペシャリストとか大勢いてその中から選べる4.対外のお給料(平均額?)を稼いでいれば、ある程度貯金しながらも暮らして行ける5.色んなご近所があって、その中から住まいを選べる(一軒家、ヤッピー用コンド、リタイヤした人用のコミュニティ・センターなどなど)6.公園・道路などのメンテナンスがきちんと行き届いていて、子どもが安心して遊べるところがある私の意見では、ダブリンはその上記の条件の一つも満足するようにはあってない。つい10年前まで貧乏な国だったのはもちろん関係あるが、ヨーロッパ一のGDPがある今でも、まるで成り立ってない。フリーページにも書いたと思うけどCorkにオペラハウスを建てたが、ダブリンはない(ヨーロッパの首都のうちではダブリンだけオペラハウスがない)。地下鉄はとても必要としてるのに、ないし今やっと作る予定が出来つつあるけど多分膨大なお金を使い込んだ末、スケジュールもBudgetも凄くオーバーするだろう。うんと有名なスターはツアーしても滅多に来ず、うんと無名な人はここの雰囲気を気に入ってくるけど、ほとんどのアーティスト(とくに私が感心のあるクラシック)は来るためしはない。不便ですもの。私は体調が悪いせいで大変ここで苦労している。40になる前に必ず引っ越さなければ旦那も私も生きた心地がないほど心配だ。病院はナースは足らないはベッドもない、スペシャリストもまるでいないから待つこと数年間。お医者さんへ行くたび50ユーロも払うのはきつい。不動産はあまりにも高すぎて住む場所も選べる人は少ない。大勢で家をシェアするか、小さなアパートを借りたままか、親のすねをかじりっぱなしかだけ。新しいハウジングはギャングや麻薬の輸入者のベース・キャンプになりやすい(政府が立てようが立てまいが)。税金はあまり払ってない、昔は収入から6割(!)も払ってたと義父母は言ったけど、今は必要品の飲食品、車などの税金は収入の税金の上に22%は乗せられてるので実際に払ってるのは収入の半分くらいになってる(収入の3割はPAYEで直に払ってるので)。老人ホームも高すぎてほとんどの老人は入れない。良い学校も同じく、公立も教会の息がかかってる上お金まわりが悪く、旦那の中・高校なんて図書室さえなかったらしい。一様街中の治安のいい場所の公園はきれいにしてあるが、ほとんどはそうでない。道路もがたがただし、新しくても狭すぎる(街中はしかたないとして、最近開発された道路はどうしてこんなに考え無しにひどいかが気になる)いやあ、これもフリーページになりそうだなあ。カスタマーサービスのひどさも人種差別のこともまだ話してもないのにこんなに長くなった。
2005年12月19日
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変な日本語から見え透いてるかもしれないけど、私は日本での生活は知らない。生まれも育ちもトロント市で、大学からはアメリカ留学だった。年末になると、一年間どうだったか振り返るだけでなく、全人生の事も思い出したりする事が多い。ので、今日はちょっとカナダ人としての考えを書こうかと思う。アイルランドは数百年UKに支配されていたが、カナダは経済的にはアメリカとかかわりが深いが、政治的にはポリシーとかカナダは前からずっとソーシャリスト、もしくは欧州に近い。しかしテレビや新聞、本とかはアメリカからの輸入物が物質だけでなく「文化」も含むので、たしかに傍から見れば、カナダ人とアメリカ人は区別しにくいだろう。アメリカの人口はカナダの十倍以上。けれど歴史をたどれば、まったく別な道を築いていった二国。かたや奴隷制度や大スケールな戦争があり、UKをつっぱねての独立公言。カナダはほとんど戦いはなく、奴隷もなく、いまだにUKのCommonwealthである。個人的には平和な生い立ちでよかったと思う。トロントは大きな町だったので良い治安や学校に恵まれたし、それでも湖や公園とか自然も傍にあった。土曜日には日本語学校へ通ったしひとりっこだったので音楽とかも真剣に学べた。それでも、ボストンやケンブリッジはもっと好きだった。大学がたくさんあったので人口は若く夢を見てる人や、大変頭の良い人が多い。町はアメリカでは古いほうなので歴史もある由緒正しい雰囲気もあった。海岸沿いはとても気に入ってたし景気も悪くなかった。正直いって、アイルランドは住みにくく思えるのは今までは楽をしてたからだろう。ダブリンへ移住したのは仕事のためと旦那のためだったが、よそのヨーロッパの国にこれほど近くなければ、そして義父母がさびしくならなければ(旦那しか5人兄弟のうちここに留まってない)とうに引っ越そうとしてただろう。いやあ、年賀状とか書かなきゃいけないのでこの日記はこれでやめよう。しかし今度また続けるかも。
2005年12月18日
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大都市を気取ってるダブリン。街中なら「犬も歩けば」状態なほどアルコール飲料を買える「Off-license」がある。コンビニでもたくさんワインがある。ライチーワインも、梅酒も大きなレストラン向けのアジア・マーケットにもある。しかし!日本のお酒はどこにもない。いたるところすべて探しつくした。スペシャリストなお店にも金曜日に退社後寄って見た。したら「いやあ、数年前は入荷してたんだけどねえ。レストランで頼めば売ってくれるかも?」といわれた。何じゃそりゃあ?(怒)別にしょっちゅう飲んでない(ていうか、まるでアルコールは無関係な生活を送ってる)。でも、調理用にくらいお酒があってもいいんじゃないか?
2005年12月17日
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これもまた新聞に出てた事。いよいよ大都市の真似をしてお金をビジネス用の建物やコンドミニアムにつぎ込もうという魂胆が増えてる一方だ。しかし、ダブリンは、自然な湾にある街で、砂地に建ってる。マンハッタンたる大都市は、岩石が分厚く敷いてあるところだからこそ高層ビルだの地下鉄だの成り立ったのだ。その事をすっかり忘れてるらしい設計家達。一体どうやって砂地にそんなにずらずら建物を立ち並べるつもりなんだろう?私にはさっぱり分からない。それにいよいよグローバル・ウォーミングが悪化してる今は海岸沿いの町はすべて危うい立場にある。それも、かなり無視する態度と取らなければお金は入ってこないだろうなあ。ゴミの埋立地に立派なスカイラインってのはどうも不安になる。
2005年12月16日
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UKの状態と似、アイルランドの家の値段は激高。トロントとかバンクーバーとか昔は「高いなあ」と思ってた私も今は比べたら今すぐにでも素晴らしい家が買えそうに感じるほど馬鹿にここは高い。だから「ていうかダウンペーメントなんか到底足りないし、100%Mortgageなんて死んでも嫌なので」ずっとここでは貸家住まいのまま。しかし、バブルがはじけそうな気配が…「3割は値段を減らせ」という事をいうようになってきたので、その恐れがあるだけど多少家の価格が下がるかな?いやあ、3割減っても欲しい家(場所、大きさ)は購入するのはまだまだ無理なんだけど。カナダドルで25万も出せば古いけど最高な場所の、湖岸沿いだけどスカイラインが見れる90平方メートルの2LDKが買える。ユーロで27万出しても70平方メートルの、郊外から14km離れた(つまり車でも45分街中までかかるかバスがすぐ来ても70分はかかる距離の)1LDKが買えない。カナダドルはユーロで約50セントなのである。
2005年12月15日
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一気に数日分アップで~ス。暗い内容ばかりですみません(^^;)新聞紙で読んだ事だが、どうやらダブリンバスの運転手はトイレへ行かせてもらえない。休憩時間が不十分にあるので、バスの後ろで立ちションしろと上役からのメモがあったとのこと。それは、停車場のそばには大抵パブしかなく、征服を来たドライバーはパブの出入りはイメージ的に禁止。でバス自体にトイレはついてない。ので、バスのかげでこっそりと用を足せとの事。しかし女性のウンちゃんはどうするんだ?それに田舎ならまだしも殆どバスは片方は街中で停車するので人目にどうしてもつく。しかし街中もファミレスとか少ないしコンビニにはトイレは着いてない。これでいいのか、ダブリンバス?
2005年12月14日
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今日カナダのBBSでディズニーの会社についてのDebateをはじめた。そしらたまあ、侮辱されるのなんの。北米でだけでなく、世界中にあるディズニーなにせすごく大きな会社なのだ。映画だって、子供向けのはもちろん、あとMiramaxやTouchstoneというハリウッドの映画会社も配下にある。幼稚園の頃バンビ以来さっぱりディズニーの映画は観なくなった。おもちゃも、まるで買わなかった(当時は専門店の店はなかったし)。実は、カナダ人なのに対外の子供向けの会社や大会社は嫌いになった。なので、自分はディズニーはほとんどボイコットしてる。テレビでタダで放送してる映画は少し観てるくらい。グッズとかには一切お金は使わない。最近何だか敵を作るのが特技(?)になってきた気がした。やれやれアイルランドと無関係なトピックでしたね。
2005年12月13日
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まずは、皆さん、遅くなっててすみません。会社では忙しく、やっと帰宅しての日記になりました(><)私の調べた限り、シチュー類が昔は多かった。野菜とかなんでもあるものを長い間煮込んで、アルコールも使用して体温まる満腹感を与える料理だからだろう。なにせアイルランドは貧しい国だったから(それに気候も寒めだからロシアも似たような料理があるみたい)。さて、義父母はもう70年後半なので違う世代の人たちだ。義母はよく手作りでブラウン・ブレッドを作るけど、何故か買うパンは白い(つまり体に比べよくない)ものだ。でも、野菜は生か、ゆでてしまってビタミンとか全部流れて行っちゃってる調理のしかたしかしないので、悲しい。マッシュ・ポテトは美味しいけど、ここでのバターはほとんど塩分が加えてあるので、やはり塩なしのより健康に悪い。ロースハムとか鶏とかももちろん、特に凄いのは「伝統的な朝ごはん」。B&Bのフル・ブレックファストを体験したなら分かるけど、色んなものを油で揚げるのだ。それも、コレステロールこってりなソーセージ、ベーコン(Rashersと呼ぶ)、卵、白や黒の「プリン」(パテとちょっと材料の似てるチューブに入ってるのを輪切りにしてフライパンで炒める)。まだ健康的なものといえば、トマト(やっぱりフライパンで焦げ目がつくほど焼く)と、紅茶だ。北アイルランドなんかパンもディープ・フライするらしい。これらは義母は「Fry-up」と読んで、われわれは主に東洋風料理を食べてるのを知ってるせいなのか、私が珍しくお邪魔するときにはよく用意しておいてくれる。でやっと出来上がりそうなものを断るのも失礼なのでついつい食べてしまう。自然とコレステロールが超高いのに(TT)。でも美味しい。年いっぺんくらいなら食べたいと思う。なにせソーセージは北米のよりはるかに美味しい。そしてラッシャーはカナダのバック・ベーコンと似てる。つまり脂肪がありすぎなカリカリなアメリカのベーコンとは程遠い。義母のメニューは本当に典型的な「Meat and two Veg」である。だから旦那は一切食べ物に対しては無関心に育った。一方私は色んな日本料理や中華料理が当たり前だったので、食べ物好き(ていうか、オタクか?)になってしまっていた。やれやれ。
2005年12月12日
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いやあ、変なトピックの組み合わせなんですが、とりあえず義父母関係の話は延期することにしました。いつかのお楽しみに。(^^)まず、今日でちょうど今の会社で丸五年過ごしたことになります。名は大声でいえませんが、英語圏の国でのあだ名は「ビッグ・ブルー」です。私は以前公表してたプロフィールは切除したんですが、まあエリート街道を成人するまで走ってたのを挫折があり、今や波乱万丈のキャリアを体調が悪いところなんとかやっていく苦労をしてる、とでも言いましょうか(苦笑)ええと、クッキングですが、相変わらずスロークッカーを使用してます。昨夜は朝食用に、というレシピを試してみました。結構美味しく仕上がった。それと晩御飯にはラザニアを。ひき肉たっぷり入れたけど、牛じゃなく七面鳥のものを、ズッキーニと玉ねぎとピーマンもソースに足して。ホワイトソースのビンがあったけどLactoseを食できなくなったので(アレルギー症)ほとんど使わず、代わりに「ニンニクとChive入り」のチーズをたくさん。で、何故アウシュヴィッツ?とおっしゃる読者は必ずいらっしゃるだろうと思いますが、最近録画したテレビ番組だったんです。シリーズもので、毎週これでもかこれでもかと言うほど暗い内容(って当たり前だわな、Holocaustのことなんだから)。しかし驚いたのは、44年にはドイツで「ハンガリーのユダヤ人百万人Alliesのトラックとかお金と引き換えに売りつけてやる」という話が出たけど、UKやアメリカでは「大勢ユダヤ人がこちらへ来ても困る」という理由で断ったそうだ(このことはまるでAlliesの国では話されない)。アウシュヴィッツの傍(6km)に飛行機を送っても爆弾とか落とさず、つまり抹殺が起きてる事を無視してた事が判明。で、アメリカなら毎年核爆弾の事はカバーされないのに必ず真珠湾の事のニュースは持ちきりなんだよなあ。参ってしまう。********で、うんと遠回りして、やっとアイルランドの紅茶の話です。調べてみたところ、http://www.seedsofknowledge.com/irishtea.htmlとかによればアイリッシュは世界一お茶を飲む量が大きい、とか。で、確かにブレンドの味は濃い(アラブの紅茶もそうかな?コーヒーが濃いし)。おまけに、そのサイトだと「Tea」を一日に三回はあるはずだが、たしかに「Supper」(軽い晩御飯)は「Tea」と読んでるなあ。果たして3時のおやつがあると6時にHighTeaを出すかどうかは分からないけど。紅茶のブレンドも、「朝食」「アフタヌーン」と違う種があるんだけど、私自信はチャイか緑茶(玄米茶も)アール・グレイくらしか飲まないので、実はどう異なってるのか知らない(すみません)。特に有名なアイリッシュのブレンドといえばBarry'sかBewley'sです。UKと同じくここではお茶を作ってる事はなさそうです。北米人は肥満が問題になってる気がしますが、いつもクッキーやお菓子ばかりお茶の時に食べてるのにどうしてもっと太ってないかと考えてきたんですが(ってUKにもこちらにもかなり太った人も見かけるようになりましたし、自分自身太り気味なので何とかせねば..)それはやはりここの食物の材料が北米でほどケミカルとか人口な物が入ってないのと、食べる量自体比べ少ないからだろうと思います。アラブならやせてるんだろうなあ。日本でも男女問わず小柄だなあと思いました。って自分も遺伝子は日本人なんですが一応(笑)
2005年12月11日
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いやあ、ぺぺさんとykollinさん(お勧めの新着セクション参照)のおかげでトピックができました。るん。(何故か音符マークが西洋の鍵盤ではみつかりにくいから、音で勘弁ください?)まずは体毛。家の旦那は幼少時代はブロンドだったので、体毛はあるけどかなり細いし目立たない薄い色だ。胸毛もあまりなく、毛深いなあと思わせるのは足の指や手の甲にうっすらと生えてる毛をみかけるとき(あまり見ないようにしてる)。あのボンドの映画でショーン・コネリーがきゃあきゃあ日本女性に騒がれたシーンを思い出して笑いますが、コネリーといえば年を取るにつれ全然理解しにくく言葉のなまり(?)が凄くなりましたねえ。コネリーは1950年の「ミスターユニバース」に出場したってね。随分昔だなあ。しかし、会社ではかなり濃い茶色(黒に近い)毛を持つアイリッシュの女性も結構いる。マネージャもそのうちに入るが、以前いた同僚も毛深く、腕もびっしり黒い毛が(ひええ~)それはまだしも、たくさん口の上に生えてる毛があり、剃らずになんと染めてた。それには驚いたのを覚えてる。だって、それでもびっしり生えてるから目立つんですもの。白いムスタッシュをしてました。とても人柄がよく、ちゃんと働く若い女性だったから結構ひいきしてたけどね。彼女、どうなったかなあ。さあ、バーゲンですね。昔から内向的な私は人混みは苦手で、日ごろ安いお店で洋服とか買ってたんだけどケチだし、その上物価がここでは高すぎるので、まずは「全額は必ず払わない」というのがモットーにすっかりなりました。(子供時代父母は唯一私にあだ名をつけたとき、「ケチ」だった)。旦那は一方まるでお金の心配なく育った、というかご両親は一向にお金の使い方を子供に教えなかったのであった。だが、音楽の趣味も食べ物の好みもだけど金銭的なアプローチさえ、すっかり私の色に染まってくれた旦那(笑)、バーゲンが醍醐味らしい。ロンドンのクリスマス後のセールが楽しみになり、来年は今年と同じく激安の飛行機に乗って、安いけれど便利なホテルに泊り込み、バーゲンを方々で漁る予定である。ダブリンでもリッチなデパート(ブラウン・トーマス)は年二回Harrod'sと似たセール・イベントが行われるし、3~4回はNextというUKの洋服チェーンもセールを出す。Arnott'sとかClery'sとかアイリッシュなデパートも一様セールがある。しかし、ここは常にヨーロッパのほかの国(北アイルランドも含む)より25%は値段が高い。だからセールでも、他所のセールを待てば、やはりここのセールより安くものが購入できる。その上小さな国なので品種が少ない!なら世界からなんでも手に入りそうなロンドンでのセールのほうがダントツじゃないか、というわけでわざわざそちらへ飛んで行く我らなのだ。もう実は一月のスケジュールは組んであるが、あえてそれは事後報告(この日記で)となろうことだから、それはお楽しみに(?)(笑)明日のトピックは、「アイリッシュの紅茶と義父母家のメニュー」です!
2005年12月10日
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最近新聞紙(オンライン・アメリカからのもの)に書いてあったが、最近は大勢人がブログを持ってて、それらはログインが不必要であればパブリックだ。で、仕事探しをしてる人は、名前のサーチなどで雇い側の人がそれらのブログを読めるし、かなり読んでるとのこと。うっかりあまり私情とか会社での話とか公表できないなあ、と思いました。しかし、のらくらと日常生活の事を書くとなると、どうしてもプライベートなことも書きやすいし、キャリアに関しての意見なども勿論あるので、それも日記に入れちゃいやすい。もっとも私の場合は英語を使っての仕事を主に探すし英語圏の国にしか今まで住んでないので、日本語のみのブログはある程度セーフかな?と考えてきたけど。さて、アイリッシュ・フェリーズ(って船ね、妖精じゃなくて)の問題があって、シンパシー・ストライクが国中で行われてる。旦那が午後バスに乗ろうとしたら「当分ストだからこないよ」とバスの関係者に言われて大そうムカついたらしい。DART(近辺の汽車)もラッシュ・アワーの間しか走らないらしいし、大勢困った状態になったものだ。今日は街中で働いてるので、帰りは歩きで大丈夫。しかしいつもと違ってビジネス・フォーマルな服装をしてきたので(まんいち旦那の叔父と叔母に会うために招待された場合)。しかし旦那の家族はてんで前もってスケジュールとかプランを立てないのだが、それはとても嫌なのだ。さて、今日は残業としゃれこもうじゃないか。どちらにしても、家へは歩きだから、その心配はない。
2005年12月09日
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新たにリンクしていただいたykollinさんやペペピューさんのページ、たくさんコメントが来てますね。(^^)たしかに私のブログは私事や暗いトピックが多いけれど、どうすればもっとコメントがくるかしらと今日首をかしげてました。アイルランドの天候は冬中良くないし、くら~い感じな日記ばかりになっても嫌だし、会社では仕事ばかり専念してても、あまりオープンに話せないし。という訳で、トピック募集中です!(本当か?)以前病欠した日はバトンで日記を埋めてましたが、本来いつも訪問してくださってる方と対話をしたいです。よろしくお願いします!
2005年12月08日
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昨日の晩親切な同僚に送ってもらってけど一時間以上かかった。で、今朝バスはいつも65分かかるところ、105分だった。ただ車がたくさんあるのと、道路が狭すぎたり足らなかったりしてるだけ。天候は悪くなかったし、イベントがあったわけでもない。ただ、道が混みすぎてるだけ。しかしアイルランドではこれは正常だから、オフィスへ着くのがうんといつもとずれても誰も何も言わないし、好きなだけ自分で退社時間を延ばすなりなんなりできるので気兼ねなしだ。でもそのルーズさは、私の血圧を高まらせる災いの元だ。いいかげんさは大嫌いだ。ちゃんと約束時間は仕事だろうと私事だろうと守りたい性なのに、ここでははっきりいって不可能なのだ。それと、何ヶ月も前に旅行やら有給休暇やらとりたいけど、アイルランド国内での旅行は前もってプランしないのが当たり前。何故って、天候が急変することが多いから。夏も、「あ、晴れだ!ピクニックへ行こう!」と思いつき状態で家族とか外出してるらしいが、私はそういう自由さ(?)は嫌なのだ。予定をキチンと立てて、スケジュールを組んで(自由時間もプランする)、実行するのが、私にとって自然であり、うれしいのだ。今夜旦那も出張帰りに乗るバスも、多分Galway発だから彼の駅へ着くのも遅れるだろうし、100キロ3時間切らないだろうな。かわいそうに。席もなくなってるときも多いから途中から乗車しにくいのだ。今日は退社時間通りに出て行くつもりだ。だった、遅れて着いたのは私のせいじゃないもの。とムキになっても、どうせ週末に残業を持って帰ることになるからなあ。やれやれ。
2005年12月07日
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同僚にHさんという親切な女性がいる。同期だし(私が3ヶ月年上)背もちっちゃいし、以前は一緒にバスに乗ってたので仲間意識が高まったのか、以前もブログで話を書いた人だ。彼女のお父さんは大腸の癌でここ数年入・退院の繰り返し。Hさんはお姉さんとお兄さんがお父さんのそばに暮らしてるのである程度彼らに頼れるが、一番お父さんと近しいらしく、しょっちゅう地元へ車やバスや汽車で通っている。たった200キロ程度の距離に、何ゆえ6時間くらいかかるかと私なら通いつめないだろうと思うが、待ったなしな上疲れやすい体質だしドライな性格だからだろうなあ。しかし、私の父も数ヶ月前手術を受けたり、冬の中母は看護して、それも病院へ入・退院を数回体験してた。すべてそれはメールで状況を悟ってた私は、昔から父とは良い関係がなかったことを思い出していた。西洋社会だとエジプス・コンプレックスより正常で、かえって微笑ましくたたえられるのは、「Daddy's little girl」お父さんっ子の女の子のこと。「お父さんみたいな男の人と結婚したい」だの、「どんなに素敵な旦那さんでも、お父さんにはかなわないわ」という価値観を持った女性に育つのだ。で、父的には「私の娘を嫁がせる相手には厳しい態度を取るぞ」ならまだしも、娘を溺愛するのがパターン。それを聞くたびに私的に虫唾が走るのである。何も近親相姦とまでいかなくても、そこまでの精神的な執着があるというのは、自分で体験してないせいか、どうも気味が悪い。ちょっとトピックから妥協(?)するが、ヒトラーはとても暴力的なお父さんと、過保護なお母さんにもまれて育ったので、とてもフロイドのセオリーにぴったり合うコンプレックスばかり持ってた人間になったとか。そのうち二つはエジプスと、メサイアコンプレックス。もちろんそれはかなり珍しいほどシビアな環境だったのも関係あるが、ヒトラーがかわいそうに思えたし、やはり不気味だなあとも、テレビを見てて思った。BBCがハーバードの教授たちがヒトラーの心理的プロフィールを1940年代に作成してみて、色んな予言を述べてたのがぴったりだったという番組だった。さてHさんの場合母親とはつじつまが合わなかったせいか、末っ子だったからか、お父さんになついている。長年同棲してる恋人がいるけど、ぜんぜん結婚したり子供を生む様な予定は作ってないらしい。しかしその彼氏と彼女のお父さんはどのくらい似てるのか(外見より価値観とか性格)知りたいけど、会って見る外わかりにくいので、話に出してない(笑)私の旦那と父は、似てるのは二つあることが今年わかった。一つは、一度思い込んだことはとことん最後まで努力をする。そして二つは、トーストやおせんべいみたいな食べ物が好きだということ。他にも共通点はあるんだろうけど、主に気づいたのはその二点だった(笑)しかし、父とはもっと深みのある会話とかしたかった(もう過去形になってる?まだ健在なのに…)とも思う。溺愛までは進歩しなくても(ていうか、したくない)人間としてもっと知りたかったなあ。
2005年12月06日
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カナダのBBSの仲間でやったクリス・キンドルのおかげで、パックメートという洋服や毛布など場所をとらずに保管するためのバッグのセットをもらった。日本でもよく使用されてそうなものですよね。はたしてどうでしょう。湿気も昆虫もほこりもつかないし、季節的に着ないものを取っておくにはちょうどいいですね。お勧めです。で、私が別の人宛てのチョコレートとクロス・スティッチのキットも、無事にはるばるBC州へ郵送したのが無事に届いたことも判明。ああ、よかった。喜んでもらえたこともうれしい。やはりクリスマスと無関係な生活を送ってる私だけど(旦那は宗教事態を毛嫌いしてるし、私は父方は仏教だったが母方の神道のほうが症に合うけどかといってお宮参りとか西洋ではなかなかできない)プレゼントは、他人を喜ばすという面では年中いつでもたまにならいいかも、と思う。
2005年12月05日
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何故か寒いとおなかがいつもに増して空いてくる気がする。昨日はスロークッカーでチリのシチュー見たいのを作ってみた。赤いKidneyビーンズと七面鳥のミンスが主で、トマト・ピーマン・玉ねぎとスパイスを利かせてじっくり煮込んだもの。唐辛子の乾燥したのをしこたま入れたので旦那にとっては辛すぎる出来になったが、ご飯を足すとまだ食べられるそうだ。今朝はパンケーキミックスを使用して、大きめなふかふかなリンゴとシナモン味の朝食を作った。晩御飯は、即席スープだったけど、Wholewheatのスパゲッティとクリームソース、そしてオムレツみたいな料理(Stiltonチーズに赤い玉ねぎとピーマンを乗っけた厚焼き)。デザートには、市販のチョコケーキミックスをカップケーキ風に焼いた。旦那が今全部跡片付けしてくれてるのはありがたい。後鶏の腿肉を買ってあるが(皮付きで一キロ2.29ユーロなので、胸肉の一キロ10ユーロに比べ激安なので)まだ今週なにを作ろうか迷ってる。本場のカレーもいいかも。スロークッカーで色々と大量に作れて旦那も気に入ってる。材料を刻んだらすぐクッカーに入れて、スイッチ入れたら一晩放っておく事が出来るし、洗い物もただクッカーの鍋一つと包丁、まな板だけ。今日はたくさん手抜き料理をしたけど、寒さに負けずがんばらなきゃ。明日はPM(プロジェクト・マネージャ)の役目も一部果たす必要もあるし、大変になるかも。10時には寝なきゃ。
2005年12月04日
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今夜は、数週間前に半額で買ったRevellのスマート・カーのキットを旦那と作った。旦那は長年モデラーで、特に第二次世界大戦に使用されてたドイツ戦車ティーガー1にハマッてるけど、キットとかの初心者の私に合わせて親切に簡単なものを作る事を手伝ってくれた。このキットは(ドイツ語でのリンクはこちら)ノリも絵の具も無用で、プラスチックをはめ込むだけ(と、三色チョイスがありドアとかボディをとっかえひっかえできる、かわいいものだ。実物の24分の1のスケールだけど、本体が2.5mなのでモデルもちっちゃいので、愛くるしい。とにかく、配偶者との生活は、お互いの趣味とか堪能してみるオープンな態度は役に立つと思う。好みとかまるであわない場合は難しいでしょうが、努力する甲斐はある!と信じてます(^^)今日は外出なし。来年早々のロンドンセールでしこたまお金を使いそうなので今はどこにも行かないようにしてるのだ。
2005年12月03日
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朝は再びお医者さんへ。大学の休学のフォーム用の手紙を書いてもらい、血の検査の結果を聞かされ。やはりコレステロールは高い。脂肪を食べないよう注意されたけど、やはり食べる量を減らし、体操をすればよくなるはず?肝臓もちょっとホルモンが異常だとの事。そして白血球が高めだったのはウィルスの関係で、二月上旬にまた検査しろとの事。ちょうどバスを逃して会社へ着いたのは10時半近くだった。2時ごろおなかがすいたがひどい雨なので今日はオフィスの建物にあるカフェテリアで昼食を調達。スープがたった85セントでサンドウィッチが2ユーロ。しかしその後胸焼けがひどくて参った。それと、おなかを帰宅する途中壊した。TKMaxxへよっていたので公衆トイレが傍にあってよかった。(汗)これを書いてる土曜日は久しぶりに鼻血が出て困ってるし、やはり問題が多いなあ。
2005年12月02日
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地面すれすれのジーンズやズボンをはく女性が多い。これはファッションなんだと思う(って私も最近購入したジーンズはみんなヒールを履いててちょうどいい丈だなあ。しかし私はヒールや厚底の靴はほとんど履かないので、まくるかスソを縫うかとなる)。しかし、今朝みたいに雨がザーザー降ってるときは水溜りを踏まなくてもスソからズボンがどんどん水を吸い上げて、泥水がこびりついたズボンを一日中履く羽目になる。えらい迷惑だ。で、冬と夏はよりによって雨がいっぱい降るので(毎日ちょこっとは雨が年中降るけど嵐並みなお天気や降る水量が段ちだ)寒いのに脚がより寒くなるから、風邪をひく人が増えるんだろう。おまけに今朝出かける前にお天気の様子を見なかったのでフラット・ヒールの銀色の靴を長めのジーンズと履いたので失敗した。やれやれ。数週間前のアポイントでなんとずっと153cmだと思ってたのに身長が158cmだと判明されたけど、気がついてみればやっぱり昔のジーンズが短めに感じるなあ。Gapとか(アイルランドにはGapの支店はない。Belfastにはあるが)短いサイズでちょうどよくなってたのだ。驚いたのは20代後半で背は伸びないと思ってたから。嬉しいなあ。(^^)みっともないといえば、うんと古いスニーカー(かつてトレーナーと書いてあったが、それは英語から、ランニングシューズを「Trainers」と呼ぶので。誤解を招くので編集しました)を日本で履いてたら何度も若い女性に笑われたっけ。外見を気にした試しがない私にとっては初体験。一緒に電車に乗ってた伯母に「あなたは才媛だしキャリアでバリバリ働いてるんだから恥じることはなにもないのよ」と親切に言われて、感激。別に大して気にしちゃあいなかったしアイルランドではかなり頻繁に「さっさと国へ帰れ!」とか他の侮辱の言葉を聞き流すようにしてるけど、ネガティブな感情がそこら辺中にあるのは、やっぱりいやだなあ(自分宛にでなくても)。さあ、昼休みも終わり。仕事でがんばらなくちゃ。
2005年12月01日
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