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昨日、606クラブで久しぶりに石原江里子さんのライブジャズを聴きに行きました。彼女の綺麗な歌声と、息の合ったピアノとベースとドラムズ、いつものことですが、とても気分良くなってしまいました。彼女の歌を聴きに、一人でいらしている方もいれば、二人、またはグループの人も。ご存知の方も多いと思いますが、彼女はロンドン在住の日本人ジャズピアニスト&シンガーです。日本ではポニーキャニオンから数枚CDが出ています。江里子さんとは共通の友だちを通して知り合い、かれこれ7、8年になります。言うまでもなく、音楽の才能は抜群、その上、あの美貌...なのに全く気取るところがなく、お料理の大好きな彼女は、時には手作りケーキを持って来て下さる嬉しい友人でもあります。ステージに立つと、だれもが彼女の音楽に魅了されてしまいます。あまりの美しい歌声にBEAUTIFUL!とステージが終ってから彼女に話しかけに行く観客の姿を何度も見ています。これからも世界を舞台に益々のご活躍を応援したいと思います。今年10月に、また日本公演を予定しているそうです。
2007.08.31
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先日、NYに駐在中の友人がこの写真を送ってくれました。どんなにストレスがたまっていても、顔も心も思わずほころんでしまう、何とも言えないこの表情!カワユイ“ぬいぐるみ”...と信じ切っていたら、実はこれ、本当の猫!東北に住むお友だちのネコらしいです。時々、写真を開いては心を和ませています。
2007.08.10
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今日は8月6日。62年前の今朝、私の両親は広島で原爆にあいました。父は登校途中、被爆し、生死をさまようほどの大やけどを負い、(原爆被爆者援護法第一条、第一号に認定され原爆手帳を貰っています。)母は原爆投下翌日、動員で広島市内に入り、死傷者の救援をしたそうです。汚染された空気を吸い、激しい嘔吐に苦しみ、原爆被爆者手帳第二号を貰っています。従って、私と兄は被爆二世です。父は原爆に関してほとんど口にすることはなく、あえて言えば、体の三分の一を火傷したにもかかわらず、きゅうりで傷跡一つ残らなかった奇跡を話すくらいでした。被爆50年が経ち、原爆の体験を記録すべきだ、と沢山の方に薦められ、父の記憶から、ずっと消し去ろうとしていた当時の実状を、やっと記録に残してくれました。そのことで、初めて私たちはあの日の悲劇を知ることができました。誰が悪い、と指を差すことが目的ではなく、歴史上の事実を生の声で正確に伝え、二度と同じ過ちを起こさないためにも、世界の人に原爆の残酷さを認識してもらうため、被爆2世として、この記録を英訳することが私の義務だと確信しました。現在、父の原爆被爆の記録の日本文原本及び英訳はロンドンの帝国戦争博物館とワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館に収められています。読みたい、というイギリスの友人や同僚達には読んでもらうことにしています。『教科書で読んだ歴史上の出来ことが、こんなに近く感じるとは。こんな貴重な資料を読ませてくれて有難う』『涙が流れて止まらなかった』『常に平和で暮らしたい』『お父さまに宜しく』と言う反応もあれば、『あのお陰で第二次世界大戦は終ったんでしょ?』と言う50代の方も。弁論クラブに所属した頃、父の被爆体験をスピーチにしました。この議題でスピーチをする、と友だちに話したら、『当時、敵国だった人たちを前に、良くも勇気があるね!』と言われましたが、皆、真剣な顔で熱心に聞いて頂き、涙する方もいらしゃいました。原爆の後遺症がいつ出るかわからない、という不安はありますが、今日も元気で暮らせる幸せを実感します。私は人生の半分近くをアメリカやイギリスで暮らしていますが、日本との繋がりを強く感じます。被爆二世として、微力ではありますが、今後も平和を呼びかけて行きたいと思います。p.s. もしも、父の記録を英訳でも読みたい、とおっしゃる方がいらしたらご連絡下さい。Eメールでお送り致します。父の原本もコンピューターのどこかにあるそうですが、今はお習字の展覧会の準備で忙しいらしいです!x
2007.08.06
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友だちが携帯電話で撮った写真を送ってくれました。ベランダからの光景です。日本の携帯電話と違って、画質があまり良くないのですが、それでも綺麗だったので、掲載することにしました。カナリーウォルフ近くの光景です。カナリーウォルフとは、日本で言えば丸の内・大手町のような金融街で、シティに次いで最近急速に開発されている地域です。x
2007.08.03
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何かにつけて電気屋さんに言われた言葉が甦る。Are you sure what you're doing? 『本当に大丈夫なの?』(『正気?』と訳す方がニュアンスがあっているかもしれない。)卒業以来、長年金融の世界で生きてきた私。とは言え、ずっと興味のあったファッションやイメ-ジの世界に心を引かれ、どうしても趣味の領域に留めることができず、8年前にイメージコンサルタントとしての資格を取得した。関われば関わるほど、この世界に魅せられ、その後、金融の世界を離れ、本格的にフルタイムでイメージコンサルタントとして起業した。金融から“イメージ何たらかんたら”という仕事への転職は、電気屋さんにはあまりに無謀に見えたのでしょう。I hope so. 『そうですね、大丈夫だと良いのだけれど。』と、頼りない返事をした記憶がある。それは4年前のこと。思えば長い道のり、でも一方ではあっと言う間に過ぎたようにも思える。解かっていたつもりでも、起業の孤独感、挫折感、恐怖感をここまで経験する、と始めからわかっていたら、独立する勇気はなかったかもしれない。厳しい現実と直面しながらも、以前からずっと思い描いていた夢に思い存分没頭できる事実に、毎朝、爽快な気持ちで迎えることができた。金融の世界では色々な方とめぐり合う機会はあったけれど、イメージコンサルタントになってからは、新たな世界が一挙に広がった。お客さまは男女を問わず、国籍、年齢、職種はもろもろ。エグゼグティブの方から専業主婦、既婚者、離婚者、独身者、ストレート(恋愛上、異性を好む人)をはじめ、ゲイやレズビアンのお客さま、最近では身体障害者やトランスジェンダーのお客さまもお越しになるようになった。どんな違いがあっても人は皆、好きな自分、最高の自分を手に入れたい、と言う願望を共有することを確信する。Thank you, Toshiko! 『トシコ、どうも有難う!』と笑顔で言っていただけるだけで、起業に踏み切って本当に良かったと実感する。微力ながら少しでも人のためになっていれば、と願いつつ、色々な方との出会いを通して、視野が広がり、人間的に勉強させていただける、この機会を与えられたことを光栄に思う。今月、会社設立5年目を迎える。今後も感謝の気持ちを忘れず、家族に心配をかけず(!)イメージコンサルタントとして、一人でも多くの方に『なりたい自分像』を手に入れるお手伝いを続けたいと思う。そして今度、電気屋さんに出会ったら『お陰様で今も元気でやってます』と笑顔で伝えたい。
2007.08.01
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