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少し前に、今までの洋服をかなり一気に整理してしまいました。どうせ、着るのは各シーズン、お気に入りを少しだし、と。なんだかサンタの横槍のように、「レッスンの時は、綺麗にしていなさい」と、厳しく言われる割に、生徒には「抱っことかおんぶに向いていないから、タイトなワンピースじゃなくて、ジーンズにして」と、言われる矛盾の中で、方向性が迷走しています。オマケに年齢的にも、ちょっと迷走しておいてでも、ギアチェンジをしたいところで。リラックスできる素材で、でも、綺麗な服着てるな、と思ってもらえるようなもので、あまりにあからさまに品のないような色気も出さず、体を冷やさなくて、なんて、項目ばかりが増えていきます。おばさん相手でも、少年たちはどんなに小さくとも、色気に反応するからね。(爆笑)スカートの丈、タイツの色、胸の開き具合、それは恐ろしいほどに気を遣うべきポイントになってしまいました。幼児に会う機会のある教室で、谷間とか出してる人って、何考えてんの?自分が大事なの?相手が大事なの?なんてことに、今、あらためて気付く。(笑)定期的に通うバセドウの数値がすごく安定しているのに、薬を飲まなくてはいけないイライラで、「たまには、このイライラをそのまま洋服にぶつけるぞ!」と、病院仕様の脈を締め付けないような、ラフな白いジーンズとグレーの去年のニットというくつろぎきった普段着で、いつものお洒落ギャル服屋に飛び込みました。とにかく、新しいクラッチバッグが欲しかったので。どんなに服が普段着仕様でも、バッグと靴はちょっとだけでも高くしたいとか、やっぱり、考えも変わるんだなぁと思いながら。…始めの頃は、「何を着てお街に出るか」「あのギャル服屋としては、ちょっと敷居の高い店で何を着て買い物するか」で、ちゃんと悩んでクタクタになっていたのに(←?)、気を許したというのもあるけれど、「イライラしてるから、上がる服ちょうだい」…ですよ。毎回、毎回、なんというめちゃくちゃな一言を発していることやら。こんな、ジャージに毛が生えたような格好で飛び込めるようになったとは、自分的にはグッジョブの方。クマ大将は、「あがる」「あがる」と、必死で店の中を飛び回って探してくれていましたが、ヤツが、「こういうの好きだったじゃん?」と示すものが、みんな「んーーー」だし、クマ大将オススメのカジュアル路線もまだ「んーーー」だし、はじから「それ、家で洗濯できないじゃん」「それ、無理」「それ、似合わない」と、否定形でしか語れない。(笑)ちょっとこっちから話をふると、今度は、選びかけているクラッチバッグを熱心にいじっていて、返事もしないから、選びかけの洋服を放り出すと、怒る。でも、気にならない。謎のクマ。どうせ、ヤツも何も気にしていない。客に怒鳴るヤツだから。(笑)洋服を挟んでの押し問答はいつでも、その洋服をいかに綺麗に着るかというゴールのために行われるものだから、商品さえ傷めなければそれでいいのっ!その割に、クラッチバッグのいじり方が奇妙にしつこくて、イラついたんだから!(笑)それ、あたしが買って帰って使うやつだよね?という割には、なんか、力込めすぎじゃないか?で、我慢切れしちゃったのでした。(笑)…という、わけのわからない買い物の後に、簡単に訳すと「ゴールデンウィーク、今年はお客さんがあんまり来ないと思うから、買いにきてよ」というおねだりな発言を、下手なホストのように「ああ、ゴールデンウィーク暇だな。どっか行きたいな」的な世間話と、ごっちゃにして言うので、「はぁぁぁぁーーー??」と、混乱して、改めてイラつきました。教室に戻って、ホントに低い柵として張られた駐車場のロープを乗り越えようとしたら、ヒールがひっかかって見事に転んでしまいました。屈辱だ!!(笑)こんな高さで転ぶって何?!いつもならクヨクヨするところですが、朝からの細かい災難の連続を考えると、サンタ的には、「自然体でゴー!!」と、からかっているようにしか思えず。「あー、病院仕様のジーンズで転んで良かった。新しいスカート履いちゃおう」「予備のストッキングがバッグに入ってる」「なぜか、今朝、すでに脛の無駄毛の処理をしてあった」←ここら辺が、いつもの奇跡(笑)という展開で、紺のミニフレアースカート(冬ものらしく、裏起毛でいつまで履けるか怪しいけれど、落ち感と表面のトレーナー素材のバランスがいい上に、とにかくお尻があったかい)に、ストッキングの綺麗目カジュアルな変身ができました。ミニフレアースカートと、ちょっとだけ変わったクラッチバッグの使い方で午後は雑誌とにらめっこになり、最終的に夜になると、「2軒隣にできた大型ショッピングモールの靴屋を覗いて、そのあとで、食料品の買出しだ!」と、気持ちがつながっていきました。靴を選ぶときには、フレアーミニスカートのシルエットと、駐車場での転倒から「かかと低めで、歩行が安定するようにちょっとだけ値段の高いヤツ」にしか目が行かず、イライラはまだ続いていたので、「とにかく買う!」とヤケクソになりました。(笑)その靴が、まだ私の脳内で馴染んでいないため、GWは朝から雑誌をめくって、かかとの低い靴をチェックしまくる。(笑)大好きだったピンヒールのハイヒールがみんな「違う!」って気持ちになってて、なんなら、かわいくスニーカーでも?とすら思う勢いもある。←転んだのはまさか・・・このため?(笑)←筋力に問題があるんでしょ。(笑)それもこれも見越してあったかのように、サンタが仕組んでいたと、後から知るときに、思い出す景色は、昨日の最後のお買い物。激安食料品スーパーの中で、なぜか幼児が、キラッキラの笑顔で寄ってくる寄ってくる。嬉しそうに顔を輝かせて、男の子も女の子も、私の顔を見上げて、目が合うのが嬉しくて、みたいに寄ってくる。得意の仕草をアピールしたりしながら、とにかく、その子たちの顔が嬉しそう過ぎて、「サンタ、スーパーにもついてきてる」…と、思いました。披露してくれる得意の仕草、その笑顔、着ている洋服の柄や色が、教室の生徒たちを思い出させるのは、もはや、私にとっては、当たり前の日常であり、そこで私は、教室にいるときのようにのんびりと笑うだけでいいようでした。「綺麗にして、笑っていろ」という、相変わらずの指令が、あまりむちゃくちゃな要求でなくなってきたのは、この大雪の季節に、たっぷりと教室でくつろいだからだろうなーと思っています。幸せな笑顔の連鎖に参加するには、「あたし頑張ってる!」で、険しい顔をしているよりも、笑えるために大切なことを見つけて。…それは、サンタが私に出した宿題の中でも、飛び切りに甘く贅沢に仕込んであるのに、「だから、それがわかんねえっつってんだろうがよーもー」と、べらんめえ口調で返していた時期よりも、「だから、これでわかれって言われても無理だし、わかんないけど、怒ってもないけど、なんかワケわからないのっ!」と、少しだけ口調を柔らかくした辺りから、めちゃくちゃ壮絶に豪華になっていて、今後が心配です。(笑)口調を柔らかくできる前には、「それは絶対におかしい!!」というものに対しての、私の「違う!!」という厳しい否定の感情が入るようになっていた、その順番だけが、きつかった。多分、それが抜けていたことは、ずっとわかっていたのですが、こっちにそれ相応の「違う!」が発せられるようになるには、明らかに違ったものへの厳しい対応が、その後の展開を私に見せてからになってしまった。そこだけが酷く苦しい時期で、今、「そんな中でも、君は何も間違ってなかったんだよ」と、そのときの自分を肯定される優しさにすら疑いを感じてしまうことを、トラウマ、と呼ぶのだと知りました。その前のごちゃごちゃは、トラウマですらなかったと思うような古くて遠い怪我のようなものだと思わなくては、いたたまれない日もあるし。かといって、それがその傷を消すわけでもないのだけれど。何しろ、しっかり覚えてましょうbyサンタな、印鑑ついてっからね。←白目。でも、そのトラウマすら、斬新な方法で、解き続けるサンタ。斬新過ぎて、膝が折れる私を見越した上で。(笑)「ぼちぼちしか、無理だよね。わかるわかる」という感じで。…で、私が、「え?!あれ、仕込み?!」と、怒り出す。(笑)その怒りすら、安心へと塗り替えていくその手法に、感心する以上に、「斬新過ぎますって」…と、取り乱す私だけが、今の私の時間軸を整えなおしていますが、これがめちゃくちゃ!休みも仕事も夜も昼も曜日も数字も、なんか大混乱!で、それにもフォローを入れてくるサンタが、ドヤドヤしてる。もう、ドヤ過ぎて、「楽しそうで何よりでございますね」と、私が嫌味を言ってしまうレベル。←このくらいにサンタと仲良しになるのもひとつの手だな、と学んだ42歳。畏敬の念とか抱いてるフリして、自分が威張っちゃってるよりも、よほど優しくしてもらえるんですよっ!←大物好きでよかった私。(笑)明らかに違うものに対して、年功序列だうんぬんかんぬんだで、「違う」と言えないことのおかしさというものは残念ながらあります。それに対しての防御が壊れて、「違う!!!」と言ったその後に、ようやく私が解け始める。そういうことだと思うことにしました。笑顔で駆け寄ってくる幼児には、笑顔で応えるしかないじゃない。その法則だけで、今後をどんな風にかいくぐっていけるのかだけが謎ですが。幼児の笑顔はホンモノなので、ホンモノでたっぷり練習すればいいよ、そんな風に、サンタがニヤニヤしていることにします。嘘の笑顔で騙す人が残念ながらいるのなら、しばらくまだうまく笑えないとしても、ホンモノの笑顔には、ホンモノの笑顔で応えときゃ、なんとかなるんじゃないかなと思う余裕が出てきました。苦手だったはずの人ごみですが、このごろ、人ごみがいい人ばっかりで、やけに安全な気がするのも不思議。閉ざされた空間で、怪しい洗脳を受けるよりも、外に出てきちゃいなよ、と、サンタが言ってるようにすら思いました。
2014年04月29日
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気温が上がってきたせいか、朝から機嫌が良いピアノの音色に驚きました。朝イチで、鍵盤周りを拭くついでに出した音が、甘くて柔らかくて、とてつもなく優しい。珍しいことです。そのことそのものが、その後の山あり谷ありの土曜日レッスンを、助けるなんてもんじゃなくて、主役がピアノでその指揮のもとに、綺麗に楽チンに、のんびりした「おうち練習」のような時間が過ぎていきました。もっと疲れるかと思いきや、短いコースとはいえ、お昼を買いに歩きに出て、ちょっと小走りも挟める程度。いつもよりも長めのお昼寝も問題なく挟める程度。眠らない空き時間は、あえての練習後回しの、J-popかけながら雑誌パラパラにしておきました。雑誌を見てると、ソファの背もたれを使って、肩甲骨周りのストレッチがしたくなる。で、してみる。で、音の変化を確かめるために、弾くと、それはヤバイほどしっくりと音色を整えていました。ちょうどそこに訪れた生徒たちの親御さんに、「今日のピアノ、音色がいいんですよー」とそのまま弾き続けて聴いてもらうと、「首周りにジーンと来ました」…ほおおおおお。私の体の伸びた部分とちゃんと呼応する音色が出て、聴き手に伝わるって、いいじゃない、いいじゃない!でした。ピアノを弾くときの弾き手も楽器、だから、良い姿勢を作るために、コリとかも、ほぐしちゃっていくしかないよね、も、ドンピシャの大当たりかぁ…なんて話もできるようになりました。(笑)ブンブン首を縦に振る親御さんがおもしろかったです。(笑)生徒の姿勢を直しながら、気になるところをほぐして、なんて、何やってんだ私!?と、自分でも胡散臭い気分になっていましたが、それが私の現実ならば、それでいくしかないわけです。昼過ぎに訪れた生徒が、おもしろかったです。金曜夜に双子の生徒にいたずら描きされた鍵盤を見て、愉快なことを言いました。双子のあいつ、鍵盤に赤ボールペンで糸を描く習性が、時々出るんですが、今回は、でかく長く描きやがって。ちょっと拭いたくらいじゃ消えないので、時間をかけて消さなくちゃならないから、そのときに、ついつい怒っちゃったりしていたのですが。その残ったところが、他の生徒との会話のいいヒントになってました。ああ、双子のあいつに謝っといて良かった。(笑)「とっさに怒ってごめん。今日だけはいいけど、もうやめて。これ、ほんとに消すのが大変なの」と。その金曜日は、鍵盤に「赤い糸」が引かれても、そんなにムカつかない日だったから。(笑)その赤い糸の残りが、土曜の午後の生徒の言葉につながっていったから素敵。「先生の赤い糸、ピアノに繋がってんじゃない」「あ・・・。そうだったのか。でもなぁ、このピアノ、女性っぽいって調律師さんとも話してるし、このごろ、なんかギクシャクするし、できるなら、ピアノのその向こうの音楽の神様と繋がってるほうがいいなぁ。そんでもって、その神様は、男のほうがいいなぁ」と、これまた流暢にセリフが出てくる出てくる。本音だし。なんか、ピアノとうまく行かないときの跳ね除けられ方が、意地悪ばあさんの意地悪みたいな感じで、いやなんですよ。(笑)ピアノの音色そのものは好きなのに、楽器が邪魔すんの!←それは技能の問題では?(笑)でも、ピアノと赤い糸。それならなんかしっくりくる。なぜなら、金曜日の空き時間に弾いていて、20年以上弾いているブラームスの左手小指の音が、自分の中で、外れていたパズルだったとわかっていたからです。(爆笑)なんとなくなら弾いて、曲としてつないで暗譜できるのに、深まっていくと、「ああ、理解が浅かったのはここか」とわかってくる音がありまして。20年以上、ブラブラしていたパズルのピースが、左手小指のファの♯であるというおもしろさに、一人で、「やだ、かっこいい!!やだ、素敵!」と思っていたわけです。20年前くらいに、大掛かりなダンスとの舞台で、この曲を弾いた記憶がなくなっていて、どうもその記憶が、今につながっていたのかも、という、一人タイムマシンで勝手に納得していたので、「左手小指っつったら、運命の赤い糸が繋がってるってもんでしょ!」と、なくした記憶と繋がるピースがその指であることが、素敵素敵!と喜んでいたんです。で、双子がいたずらして赤い糸を引っ張ったけど、怒り過ぎなくて済んだんですが。(爆笑)そんな土曜日。おやつタイムに訪れた生徒の美しさに息を呑んだりもしました。ドアを開けて、しばらく立つ少女の長い髪が、西日をバックに金色!「やばい。天使が来た!」と、瞬時に思うレベルの美しさ。でんぐり返しや側転や逆立ちを、教室の空きスペースでやっちゃう天使ですが。あと、4つんばいで走るのがめちゃくちゃ速い天使ですが。暴れ放題の彼女のピアノがエレガントになりつつある日。「その者、金色の野に、うんちゃらかんちゃら」と、ナレーションを入れたくなるナウシカの曲を弾いていますが。まるでほんとにナウシカみたいに、青い服着て、カチューシャしてやってきて、カチューシャを忘れて帰りました。そして、教室の忘れ物たちはいつも、次のドラマのオープニングなんですが、青いカチューシャは、どこに繋がるんだろう。特に考えていないほうがいいのだけれど、忘れないほうがいいことは、変な文字変換とかが脳内でされてしまって、ちっとも忘れられないのが困った私の脳構造。今、蚊注射、という文字が脳内で踊ってしまって、困っています。(笑)暴走族並みの漢字変換シーズンのようで、このセンスに我ながら、ゲンナリしてます。蚊注射。蚊注射。…カー駐車?とかにアレンジするのもやめたいんだけど。(笑)とにかく変換とアレンジが速くて、そこが暴走族で困ってます。(笑)まぁ、これがピアノの技能が上がった副産物、として、楽しめるように、という配慮がなされているのが、サンタの手腕で。いろいろあったけど、サンタに手を引かれて、卒業後も、師匠をなくした今も、技能を上げ続けることができるように引きずり回される、なんて、まぁ、見方によっては、幸せ。幸せ。そりゃ、幸いなこって。20年前のブラームスより、外れたパズルを埋めていく今のブラームスの方が、絶対にうまい。そりゃ、サンタが直々に指導してくださるんだから、うまいに決まってら!(笑)そして、そうなってくると、あのときに、「そんなやり方じゃ、音楽が歌わない!」と反発せざるを得なくなってしまった師匠の教え方の、しつこいまでの枠作りにも意味があったことになるわけです。音の配列は記憶にあって、そこにはめ込む音色が変わっていく。普通なら、音色が変われば配列も狂うものですが、狂いようがないほど、ガッツリと配列を組み込むには、あのくらいにシカバネモードの練習を1日に8時間とかやるしかなかったのかもね・・・。自分で弾くより、生徒に教えるほうが、よほど難しい。そのことの難しさを思うと、まぁ、仕方ないか、と、思うことも増えてきました。…記憶が吹っ飛ぶ15年前の本番のブラームスは、ダンスとのコラボにより、瞬間的に私の技能を超えていた。だから、記憶に留まらなかった。…難点は、晴れ、曇り、時々、暴走族、の、暴走族が、妄想族だってことだよ。それだけだけど、妄想族って、結構、強烈なんですよね。ほとんど人生全部乗っ取られてます。蚊駐車とか、カー駐車とかに。
2014年04月27日
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午前中からどうも気分がパッとしなくて、お弁当も作っていなかったのに、買い物散歩も食欲も無いようなところがありました。午前中のレッスンがひとつ終わっても、そのままのイメージで、「食べたい!」が来ず。(笑)そういうときに無理をするならお得意すぎるため、逆に、お昼ご飯時に眠ってしまうという暴挙に出ました。(笑)それが良かったんだと思います。起き上がるときになんとなく、眠りの余韻に助けられて、「まぁ、生きるには、食べる、だよね」みたいな、シンプルな式が繋がりました。それでもグズグズしているところで、EXILEのTAKAHIROのPVを観てみました。一度もちゃんと観たことないけど、なんか、どこかで引っかかってたし、まぁ、こんなときはイケメンガソリン注入!!PVのヒロイン気分を盛り立てる恋人モードのアングルばっかりで、なんか、すごく良かったみたいです。途中から、「TAKAHIROくんに手を引かれて、あたし、買い物に行くんだ」と、見事に洗脳されまして。行きたくなった。←その単純さが、自分でも好き。(笑)歩道橋の階段を、イケメン彼氏が手を伸ばして、「こっち来いよ」ってやってくれるんですよ!転んでも行くわ!みたいな気分になれたのは、遠い景色の向こうで、なんか、ものすごい恐怖の真っ只中で、夢の王子様みたいな人が駅の階段に居た記憶と重なったからなんですけどね。どんな記憶でも、無いよりあったほうがいいもんだなーと、恐怖より、イケメンの勝利の模様で、歩き出してみるとなんともいい天気。歩けちゃう歩けちゃう。いつものスーパーまでのコースだと物足りなくなるように、なってた、と、少しずつあとから気付くようにして、気付くことまでちょっと遅れるようにして、エアTAKAHIROの後ろをついていくイメージですよもう。「スーパーやめて、パン屋さんに行こう」と、歩くには少し遠いパン屋さんにしたわけです。記憶の糸を繋ぐようなコースであったことも後からわかるのですが、嫌な記憶がすぐ切れるようにメールが入ったり、なんか、いつもの「おっかない!」がいいハサミとして記憶を切っていく感じ。思い出すけど、切っていく。そして、本当にそれは、「思い出の中」に閉じ込められてしまうのを感じました。思い出しても、痛くないタイプの倉庫に入ってくというイメージです。で、繰り広げられる景色は未来だけが描かれていて、ちょっとどころか、えっらい勢いでドラマチック。(笑)個人的な記憶の範囲内ではあるのですが、えらい小さいはずなのに、えらいツボを狙いまくったドンピシャ映画のような景色の中を、怖いことなど何一つなく、パン屋さんまで往復できました。いや、ビックリはしたよ。多分、そのビックリ我引き金になって、ところどころで、小さく涙が溢れかけるようなタイミングも、これまた「あ、それで泣くわけ?」と、自分で後からフフフっと笑いたくなるようなものでした。教室に戻ったら、なんと1時間も歩いていました。いや、そんな感じはしなかったけど。その散歩、自分で思っているよりいい選択だったらしく、その後が綺麗なんてもんじゃない。教室が暑いから、開け放ったドアの近くには同じアパートの男の子が、家庭訪問の先生を待ってるのがわかります。小さな独り言の声まで聞こえるわけです。「先生、まだかな」…かわいいー。そのあと、私も玄関先にたどり着いたときに、その男の子に声をかけちゃうレベル!(笑)「家庭訪問?先生を待ってるの?」と、自分でもびっくりするような笑顔で。「どうしてわかるの?」みたいな表情で、恥ずかしげにうつむく少年ですわ。頷きながら。いいーーー!あとの教室ファミリー劇場は、豪華さが増す一方で、私、それだけが今の心配なんですが。この教室、どれだけみんなが仲良しなんだよ!的な仲良し度が上がっていくさまが、人数が多いだけに、すごく早くて、「あと、どうなるのさ!」なんですよね。すさまじい大人数が集結する時間があったけど、特にそれも「多くて大変」ってこともなく。調和してました。その時間の一番の主役は、一番小さいオマケの女の子と、生徒の男の子。男の子は、先週から帰り際に「行って来ます」っていうわけで、先週はキョトンだった私も、とっさに「はーい」的な返事になるというとんちんかんさが、ま、いいか、でしたが。オマケさんが、すごい優秀な女優。あいつ、なんか憑いてる。絶対に憑いてる。いいやつが!(笑)超絶ちびっこの赤ちゃんから、オマケの妹から、こっそりニヤリとしながら、「おもしろいでしょ。こんなのどう?」なサンタ顔まで一人で全部こなしてたわけですよ。セリフ無しで!(笑)他の解釈ができないレベルの演技賞ですから、ほとんど、あいつの記憶しかな~い!そして、優等生チームの恐るべき技能に、教えた自分がひっくり返るようにして、クソババアちゃんにたどり着きました。彼女のピアニッシモが、私より細く美しく鳴ることなど、予測できなかった!ので、感動。(笑)それは確かにホンモノのピアニッシモでした。すごーい!と喜びながら、ところどころに挟まる笑いのツボに、もう、めんどくさいから笑うことにしました。「なんで笑うの?」と、ちょっとだけ悔しそうに言う彼女に、嘘をつく!!(爆笑)「いや、どうせ、言うことを聞かないんだろうと思ってさ」的に、役立つ嘘をつく。へそ曲がり、そう言われりゃ言うことを聞くことを見越してさ。(笑)思えば、こんな嘘ならいくらでもついたもんです。溢れる涙の理由が違っても「ピアノに感動して泣いた」とごまかすずるい私ですから、このくらい朝飯前です。夜ですが!確かに私の感動が伝わっていることにより、クソババアちゃんは照れながらもご機嫌でした。その曲が、遠い雪の中に一気に繋がっていってしまう、ヴァイオリンと管弦楽のためのファンタジーであって、そのヴァイオリンってやつにまつわる記憶が、珍妙なやり方で前日に掘り返されていたのが、笑えるツボ。でも、不愉快街道を経由しないと思い出せないことが、午前中のパッとしない気分。(笑)どれにもこれにも理由があって、最後は笑いながら、クソババアちゃんのピアノを聴ける贅沢に浸ることにしました。こいつがこんなにうまくなって、この曲をこんな風に弾くなんて!のところで、足をバタバタしながら喜ぶ私であるために、いろいろなんかちょっとズレてるところもあるその全てがおもしろい。照れて何も言わずに帰っていく後姿と、「それはサンタ印のすっごい映画です」と、最後にハートマークがつくように仕組まれているところで、たとえ私が号泣しようとも、この涙を知らないままの人生よりは、ずっといいでしょ!!と、多分、今日もサンタは怒るはずです。だって、怒らないと忘れちゃう人だから。アタシ。ってやつらしい。いいことから高速で忘れるヤツだから。アタシ。どれほど豪華ないいことがあっても、そっちから忘れる私のために、相変わらず、意地悪で刻まれる爪あとが、どう辿ってもハートマークであれ!というかのように、土曜の双子の爪あとがまだ残る。どれだけ強くつねったか、どれだけ腕の皮膚がまだ整っていないか、その辺りを辿っていると、あまり私のほうは不機嫌にならずに一日を回せるわけです。でも、どう転んでも、サンタ印しか見つからないようになってるのがいいところです。
2014年04月25日
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作曲家のおうちの次男坊の手あれが痛々しい春でした。アトピー気味のようですが、手が本当に痛々しいし、割れて鍵盤や私の手に血が付いちゃうこともあります。私の手に残った彼の血のあとが、なんだか洗い流したその後も残るような奇妙な感覚すら覚えるほど、印象深かったわけです。「もう、薬が効かなくなってきたんだ」…わかる。私も似たような手荒れになったことがあるし、薬が効かなくなっていった過程や、その代わりにたまたまネットの口コミで「ロコベースリペア」というクリームがいい!と見つけて、それで綺麗に治っちゃったこともあったので、そのガサガサになった手を見て、つい冒険をしてしまいました。ロコベース、残ってたから塗っちゃうか、という。…迷いはありました。悪くなったらどうしようというのや、お母さんに断ってからのほうがいいかな、とか、結構深く迷ったけれど、でも絶対に治りそう、という直感のほうが勝ってしまいまして。それほどに自分の手の様子に似ていたわけで。1週間に1度しか会えないその子の手にクリームを塗りこみました。まず私の手に塗りこみ、「ほら、これ、あたしの治った手の感覚、この子の手に移しちゃってよ!」くらいのことをクリームに頼み込み(?)、「先週、この子の血がついたあたしの手なら、なんとかいけるでしょう」くらいの図々しさで。クリームもさぞ困ったことでしょうが!(爆笑)暖かく私の手で暖めたクリームを、「おそろいの肌にな~れ!」の願いをこめて、こちらがこんなんで申し訳ないけど頼むよそこんとこ、なんつってね。1週間後の彼の手が、見事に回復の様子を見せていたことに、びっくりしました。前回もレッスン中、実はピアノより、手ばかり見てまして。(笑)肌が嫌がるような反応をしていないか、そればかり気になって気になって。そうなったら洗い流せばいいや、所詮、単なるクリームだ、というのも良かったんだと思いますが。ピアノより、手が大事、これ、私の基本なので。(笑)お稽古事よりも、本体を大事にしたいわけですよ。今週は安心して、「もう一回、塗っておこうね」と言えました。不思議そうに、綺麗になりつつある自分の手を眺める小学生の男の子は、まったく抵抗せずに、私に手を委ねていました。委ねすぎて、ずっと二人で、手をつないでましたが、相手は学校でも人気のイケメンですからね。おほほほほ。これは、私へのご褒美ね。うほほほほ。(笑)彼は何も言いませんでした。ただ、何で治ったんだろう、あれで、という雰囲気を出していました。私も特に何も言いませんでした。治ると思って、治ってきて、良かった。それだけでした。その後も、同じようなスタンスの、お稽古事というより、おうちのこと、みたいな、なんか、呑気なレッスンが続きました。思春期問題を、先週、とても素敵にピアノで乗り切っていた綺麗な女の子のお母さんには、「いやー、こんな素敵な思春期の女の子はいませんから、安心して味方でいてあげてください!」的なことを言っておきました。難しい社会に順応するときに、お母さんという女友達以上に頼れる味方はいない、みたいに母と娘がセットになっていてほしい、と思いました。私たちが、ごちゃごちゃ言ってどうなるような状況の社会じゃない。せめて、一番困ったときに、何でも言えるお母さんで居てあげてくれるほうが、どれほど安心か。そんなことをブツブツ言ったような気がします。でもって、フランス人形がいつもの調子で暴れまくって、レッスン室を子ども部屋に大改造!おおいばりのビフォーアフターですよ。子ども部屋は子どもに作らせるに限るな、くらいの剣幕で、ピアノにぬいぐるみが!!椅子の横に、ソファのクッションが!先生の椅子には、クマ先生が!フランス人形の座椅子は、毎度おなじみのワタクシでございます。ただ、さすがに私も座椅子役に飽きてきて、彼女の腕を、ピアノがうまく弾けるように下から支えながら動かしちゃった!(笑)「こうやって腕を動かすと、ほら!にんじゃりばんばんが、うまく弾ける!」いつもは、教えようとすると「邪魔するな」と怒る彼女ですが、自分の役に立つこととわかるやいなや、即、「もう1回やってよ!」で、わかると、手を振り解く!!自分でやろうとする。(笑)ワガママですが、女子はこれでいいと思うのワタシ。(笑)そういう生き物なんだから。(爆笑)それをゲラゲラ笑いながら見ていると、私と同じ動作で弾こうとするわけですよ。私のコピーで悪いな、と思ったか思わないかはさておき。フランス人形@子ども部屋の様子はスマホの中に。また、うまい感じでシャッターが切れたので、何度見返しても笑っちゃう写真になりました。クッションを足台にして、ピアノの椅子に跳ね上がるフランス人形を見守るクマ先生、ヒツジ先生、その他もろもろの光景の中に、いくつもの奇跡を見つけながら。サンタ、腕をふるいまくっていますけど、相当、ご機嫌が麗しいようで。(笑)ピントを、フランス人形でなく、サンタに合わせるところがツボですな。(笑)ワタシは、そうなっちゃった写真を見て、笑う役。←そりゃいいな。(笑)呑気な火曜日は、最終コマにボカロ弾きの達人JK(美少女)が時間変更になりました。ボカロを、あのボカロを、オーケストラのようにピアノで歌うようになってきたので、レッスンがおもしろくなりましたよ。ところどころ、ワタシは単なる聴衆になって、いいところで背中を押して、あとは、すげえなサンタ、と、ぼんやりしていても大丈夫。ずいぶん、夜も更けている時間帯。グランドピアノのほうが、オーケストラっぽく弾けるから、いっぱい試しちゃいなよ、という気分でいたほうが私も楽です。その残響を耳に、胸に、家で練習してね、な、感じで。もう、彼女のボカロは、私の耳を刺したりしない。それは、手首の魔法が、彼女のピアノにかけられたからで、結局のところ、サンタはドヤドヤドヤ~っ!!って感じでしたとさ。(笑)
2014年04月23日
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この間の発表会くらいから、あー、日頃から、この子はプレッシャー過多で、文字通り、肩がすくんじゃってるなーと心配な子がいたので、先週、結構ふざけて笑いながら肩や首をほぐして帰しました。今週は、頬がピンク色で、とても素直で、おもしろいことを言っていました。「もともとあった立ちくらみとかもなくなったし、血が回ってる感じがする。今までは自分でも、頭に血が行ってないのが気になって、逆立ちとかしてたけど、みんな血が首のところで止まってたから逆効果だった。今は、それが流れている感じがするようになった」…そこまで????でも、確かに先週ビックリした奇妙な体温が、全体にバランスよくなっていました。背中までは猛烈に熱いのに、首から上が真っ白!それが今週は、背中が普通の体温。顔がピンク。言葉も態度もやわらかで。ピアノも練習したところがドンピシャにわかるし、それを指摘されて頑張ってきたのはここ!というし、他のところも真面目に練習して、とても素直でした。この子もやっぱり言葉を選ぶのがうまくなくて、かわいく振舞うことを知らないところがあったけれど、私の「気をつけて帰ってね」という言葉に、まっすぐにこちらを見て、とても素直に頷きました。相手からの「信じてる」が、伝わってくる表情で、それは、堂々巡りだった関係よりもとてもいいはずなんだけど、なんで私はこんなに複雑な気持ちになるんだろうなーというのが、今でもよくわかりません。誰かが喜んでくれることが、そのまま自分の幸せと思えないなんて、相変わらず、サンタの宿題を全然こなせないどころか、今日なんか、宿題も放り投げたいくらいのヤサグレモードに、自分でも辟易しています。笑ったりもするんだけど、その笑いに嘘がある感じです。私の心を包む私の体はおもしろがっているらしく、私の意志に反して、ついつい笑ったりもするのに、私自身は、一人になった瞬間に、もうやだもうやだと泣き出す感じ。(苦笑)そのくらいだと、なんて上手に生徒が扱えるんだろう!とビックリするのですが、それがもう、自分の思っていたところよりもずいぶん遠くに来ちゃっているらしくて、ドヤ!みたいな気分になかなかなれません。(笑)ピアノの楽しさに、体のバランスやこわばりを見ることまで含めろ!っていう話なら、もうちょっと早い話はなかったのか?と思うのですが、何しろメンタルを含む大切な作業だけに、サンタもマジだし、あたしもマジじゃなきゃならないらしいし。サンタはえらいから、いつでもマジだろうし、なんでもわかってるだろうけど、私がおっつかないっていうのに!!その辺りの容赦の無さは、言葉にできるようなシロモノではございません。グロいし、エグいし、正直、楽しいものではない。でも、楽しめと!楽しめと言うんですよね。サンタが。無茶!むちゃくちゃ!(笑)サンタの私への工事は、淡々と続き、「あーそろそろ核心ね」と思うようなところをいつも、「そうですよ!核心がここです!痛いと思いますが、痛いからこそ、生徒相手には、ここを避けていただけると思います」的な感じで、狙った急所ははずさないで刺して来ます。私が痛みを確かめて、その危うさと危なさを知るから、生徒にははずすってわけですよ!でも、その辺りの経験はさせるの!すげーよ。すげえ。理論的には問題ない!!!ただ、これって、俗に言う「骨折り損のくたびれもうけ」ってヤツじゃないの?姿勢やツボだけに、文字通り。そこは心配。(笑)続けば続くほど、深くなるし。終わる気配もない。確かに効くけど、効くってそんなに幸せなことだったっけ?という気分が毎日続き、幸せというよりは、忘れてしまいたい、という心の作用により、忘れていくことばかりの時間。さすがにサンタですら気の毒がって、丁寧語!(笑)対する私が、コンチクショー!くらいにわめく感じ。(笑)かまっていられないほど、痛い!哀しい!情けないし、もうたまらん!みたいなところなんでしょうね。急所だけに。気付けば、私は、嫌いな物事に対してNO!と言えるようになり、NO!と言ったあと、さっぱりそのことが残らなくなり、NO!と言わせた相手への興味も失う時期にあります。それじゃダメじゃん?って思うけど、それも違うらしいんですけど、もうさっぱりそこらへんがわからないのが現実です。(苦笑)その手腕に惚れ惚れした日々すら遠くなり、「あーーーー、そう。そこまでね。ふーーーーーん」みたいなツンとした気分にもなります。そして、そのくらいでいいんです感とか出されてくると、今度は、「もうずっとイヤだって言ってるでしょ!」と泣き出すレベルです。これがずっと続くらしいんですよ!!←なんだそりゃ!!あーあ、と言う気分よりも、うっとりとした気分に憧れる!(爆笑)でも、その「うっとり」とやらは、蜃気楼のようなもので、数歩先に確かに見える気がするのですが、追いかけて追いかけているうちに、どえらい遠距離を走らされてしまいました。鼻先ににんじんをぶら下げられた馬の気分、今なら誰よりよくわかります。残念ながら馬ではないので、にんじんをぶら下げたサンタへの罵詈雑言が時折すさまじくなるのは、サンタも許してはくれているようですが、ニヤニヤしているのが腹立たしくて怒り出しては、その後に見せられる景色の遠さに、またポロポロ泣いて弱音を吐き続けています。だいぶ昔に、私は、色と音を失う場所を見た記憶がありました。そして、今、まさにそこを工事してくれているのが、ハッとするほどよくわかり、当時の記憶もやはりそこと連動して戻ってきています。思えば、絶対に忘れないように、ただただ、繰り返されていたこともわかります。何度も蘇るから、顔を背けるというのに、何度も蘇ったのは、忘れてはいけないことばかりだったから。それはわかるのですが、果たしてそれは、蘇ってよいものなのかが、相変わらずの謎であり、蘇るたびに修復されるものと失うものが、意外にも、昔大切に思うようにと刷り込まれていたものと逆である、という矛盾。そして、今の私は単なるワガママで何でも欲しがるくせに、これじゃないこれじゃない!と差し出されている極上のプレゼントを放り投げる困ったおばちゃんになりました。(笑)小さい頃、「べーぷをちょうだい」「べーぷをちょうだい」と、駄々をこねて困ったのよーと母が言ってましたが。べーぷってなんだか周りも私もわからず大混乱だったそうですが。べーぷか。そうか。べーぷか。…欲しがるなよ、そんなもん。…今の私なら、そのときの私に言いたいです。それ、もらうと結構困るやつだから、やめときなよって。いいもんだと思うけど、おもーーーーーくて、ながーーーーくて、堂々巡りするよって。もらったらもらったで、かなり不機嫌になるよって。でも、多分、もらったらもらったで、イヤイヤいいながら、握った手は離さないとか、そういうオチなんでしょう。多分だけど。このべーぷは誰にも渡したくないけれど、自分で持っているのもおもーーーーーーい!みたいなそういう感じで。つまり、サンタは当時から、私の願いをかなえるべく、準備していてくれたというくらいに腹をくくれば丸く収まるというのは頭ではわかっても、気持ちがどうもおっつかないのですが、謎のべーぷは私の手の中にあるようです。見えないけどね。(笑)ついでに、叶うのはおばちゃんになってからだし、おばちゃんになると、いろいろガタが来てて思うように事は運ばないし、タチ悪くなってるから、せっかくベーぷをくれたサンタに向かってコブシを振り回すような嫌なやつになってるよと幼い私に言って聞かせたい。…でもまぁ、あいつのことだから、諦めないだろうと思います。頑固だから。頑張ってそのべーぷとやらを握っていきなよ、と、他人事のように眺めているのが今は精一杯です。べーぷを握って泣き喚く私を、騙して運ぶしかないんだろうなと思うわけです。ほんと、なんなんだよもー。一番心配なことは、そのべーぷとやらをくれたサンタ本人を見失わないか、なんですが、もはや、何がサンタでどうなっているのかも怪しいのですが、ニコニコだかニヤニヤだかドヤ!って感じで、チョロチョロしてます。サンタがドヤっていてくれれば、まぁ、もう少しはもつと思うのですが、べーぷがいいものなのか悪いものなのか、私はまったくわかりません。ただ、サンタは非常にいいお顔をしてます。ご満悦って感じ。…ムカ。(笑)
2014年04月22日
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土曜のレッスンで、とても小さくて、ピアノを始めたばかりの子達に、「にゃんこのお手手で」という指示を出せるようになりつつあるときに、なんともいえない感動がありました。指先は丸く。手首は柔らかく。簡単なようでとても難しいことです。特に、手首が難しい。どうにもならないほど、難しい。昔のピアノのレッスンでもよく言われたそのシンプルな表現が、実際に、あちこちの筋肉や動作に無駄な負荷をかける可能性があることを知ってから、私は、それが一定の時期になるまで指導できなくなりました。特に、手首が難しくなります。うまくいく子もいるかもしれないけれど、失敗に終わる子がいるはずで、それがイヤでした。下手すりゃ、失敗に終わる子が圧倒的に多いんじゃないか、というのも、かなりイヤでした。仕方が無いから、試行錯誤しながら、自分の考えで進むより他にありませんでした。その負荷がなぜ、かかってしまうのかを知るためには、通らなくてはいけなかった道がありました。でも、その道の先には、「子どもたちに楽しみながらピアノを弾かせながら」という概念が欠落していました。その道は、選ばれし者だけにしか辿れない細い細い道であり、数値と理論を限りなく極めていくという作業そのものが楽しい人にしか歩けない道でした。もちろん、私はかなり早くに脱落してしまいましたが、その理論が言わんとしているものだけは記憶に残ってしまいました。理論としては、ある意味、正しい。それこそが辛かった、と今ならわかります。その理論を柔らかく意識しながら、いずれそんな方向へ、と、子どもたちに伝えるために咀嚼するのに、20年。それは、その後の20年の1日たりとも欠かせなかった、と思いながらも、苦味ばかりが勝って、私はいつも顔を背けていたのかもしれません。それが、まるで関係なさそうなありとあらゆる道を経て、むしろ、その欠落した部分こそが全て、とすら思うほどにまで繋ぎ合わされて、目の前の生徒の手の形が整っていくときに、ようやく私は、私の欠落した箇所を繋ぎ始めています。それが、私にとっての喜びの作業であるように、幸せな作業であるように、と、整えられていたことを知るときに感動します。そこまでのハードさが、甘くひっくり返るんですから。甘すぎてワケわからんみたいな勢いなんですから。よくまぁ、あれをこういう風に!という感じで。…そして、困ったことに、知らない料理を食べてるみたいなもので、よくわからないんですね。これが。(笑)…あの数値だけの理論の道にあった音が、本当に美しかったのかどうか、当時の私にはわかりませんでした。今は、目の前の愛くるしい少女の手で奏でられる音が、本当に美しいことは聞き分けられています。様子が美しいだけでなく、音色としても、この先育つ方向性としても、これだ、とわかる音がします。それがわからないよりは、わかってよかった、と思いながら、私はやっぱり弱音ばかりを吐いてしまうけれど。弱音を吐くくらいに、いろいろなものがはっきりと見えるようになったこの春は、多分、私の人生で一番幸せな最初の春だと思ってみたい、と思いながら自分の手首を眺めました。袖口を何気なく引っ張ると、そこにはまだ、双子の弟の爪あとが小さく残っていました。きっと、傷跡が、残っているからこそ、なんだと少しずつ思えるようになっていくはずですが、それが、後日談にどう繋がるか、さっぱりわかりません。(笑)私を混乱させつつも、芸術を数値化せんとしたあの道の先に、今は誰も立つ人はいなくなってしまいました。師匠も亡くなり、その耳無くしては、多分、先がないだろう、と思います。弟子たちだけで繋げるほどの道とも、今は思えないし。多分、音楽は、そういうものではなくて、誰もがおもしろくて続いていくようなものであってほしい、という私の願いは、サンタに手を引かれているうちに、方向が変わったんだな、と、今は思っています。その願いが、祈りが、届いているから今があって、それが、当時の道のような、インテリぶった冷たいものではなくて、ギャハハハって感じなのが、サンタの手腕だな、と思うのですが、笑顔筋が凍結しているため、私の工事がまだ続いているようです。(笑)どうも、サンタと私の間に、コミュニケーションの一致がなかなか・・・。(笑)好みは一致してるのに、笑いどころがズレてるというか。仕方が無いので、サンタが必死で工事してくれているのはわかるんですが、いつまで続くんだよもーーーー、という気分になり、ややギレすると、「それでオッケーなんです」と言われるため、贅沢なもんだなーと思うのがやっとこさっとこです。オッケーが出る場所のあまりの小ささ、あっけなさ、「それかよ!」ということにいつもポカーンとしているのですが、それはずーーーーーっとずーーーーっとここまで続いてきて、いつも場所が違って、あちこち辿っています。簡単にまとめてしまえば、笑うところ、喜ぶところが、根本的にズレてるんですよ、とサンタに言われているかのようであり、それに対しては、「だってしょうがないでしょ。こうなっちゃったんだもん」で返すしかないので、大変に平和です。
2014年04月21日
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双子から始まり、夫婦レッスンで終わる長い一日は12時間に及びました。そうは思えないほど、リラックスしていた部分もあったかもしれません。12時間、と振り返って、そんなでもなかったかな?感が、翌朝にはありますから。先週、私に「そこ、怒って欲しかった」とママに感謝されるところでガッツリ怒られた双子の兄は、きちんと成長してきました。なんか、ドラマのようにうまく仕上がっていて、なんだか胡散臭いレベルでの結末に、あれほどの心のやりとりだから、こうなって当然だけど、なんだかなぁ・・・みたいな感想くらいで、それすらもザーッと流れていきました。私の腕に残る爪あとは、双子の弟のもの。椅子に立って、身長を私とそろえたところで、私に「でこピン」するはずが、私の頬に、いとおしそうに、頬ピンしとる。その指を後で舐めとる。「この作業は、キスの親戚ですから。」と冷たくあしらう私の言葉に、あわててそれをごまかすかのように、全部の指を舐めていたので、洗い流させるために水道まで引っ張っていきました。その指でピアノ弾くなー!(笑)そのときに、つねられた爪あとが、1日のたった一つのわかりやすい思い出とは、これいかに。(白目)…後は、ゾッとするほど上達する子どもたちが連続で大騒ぎしていました。その大騒ぎが、ファミリー劇場のように凄みを増しているのを横目で確かめながら、流れていく時間。なんなんだよもー。楽譜が読めない恥ずかしさを言葉にして、涙をこぼす小学校6年生の女の子もいました。生意気で、言葉を選べない彼女が流す涙の美しさに、「それは、ちっとも恥ずかしくない。私が教えたんだから。全部わかってるから、恥ずかしくない」その言葉は、言葉としてはそこに存在できるけれど、彼女の心深くから湧き上がる涙は、彼女の感情だから、その言葉で癒せていないのもわかりました。ただ、私は、その子を笑顔で暖かく包みたいと思いました。優しい声で。笑顔で。この先も、彼女はいろんなことで屈辱を感じるかもしれないけれど、そのとき、「恥ずかしくない」という言葉と、笑顔を思い出してもらえますように、なんつう気分で。それしかできないこともあります。感情の乏しかった彼女のスイッチが、こんな涙になる日が来るなんて。それをただただかわいらしいと思えるなんて。愛の名を持つかわいらしい姉妹に、新しい発表曲を選んだり。ジャズのテイクファイブを弾きたいという妹のご機嫌なリズムを、姉に家でサポートしてもらう方法を教えたり。どんな、おチビでも、「あたし、前にこれだけ難しい曲を弾けたなら、テイクファイブ弾ける」と、楽譜を見ながら自信を感じていました。これは、リズムが難しいけど、そこは、お姉ちゃんとママにサポートしてもらってくださいなー。子どもにジャズを教えるときの迷いがこれほど無くなる日が来るなんて。経験しているから、迷い無く言えることを知っているか知っていないかなら、やっぱり知っているほうを選ぶのが私だろうと思いながら。やーなーもーんーでーはーあーりーまーすーが。あまりに嬉しそうな顔で弾いているので、どうでもよくなってきました。(笑)どうでもよすぎて、何も覚えられないのも相変わらずですが。夫婦レッスンまでたどり着く頃には、日もとっぷり暮れてました。なんとかチョコレートを詰め込んだりして、即席チャージして、出産間近の大きなお腹の奥さんと、ガラっと雰囲気の変わってきた旦那さんを迎えます。ノリの良かった青年が、男の顔になっとる!!←すごいものを目の当たりにしてしまいました。(笑)ここから先は、オレの頑張りが勝負なんだ、という瞬間の、「青年がゼロになり、男性が現れる瞬間」に立ち会うって、それも、ピアノのレッスンで新しい楽譜を渡しながらなんて、もっと感動的な場面になるかと思ったんだけど、案外とそうでもないもんだな、というか。…すごいものを目の当たりにしすぎて、脳の処理がおっつかない!というところでしょうか。(笑)本人も、自分が進化していくことを自覚しながら、繰り返す瞬き。それは、新しく望んだレッスンが、あまりに脳に刺激的だった証のようで、ウィンクみたいになっとりますがな。このレベルに行くしかない、と言いながら、まるで私にウィンクするかのような瞬きが続き、もう笑うしかないでしょう。ここは難しいところよ。危ないから無理はダメ、と言いながら。その後どうなるの?と、奥さんに問われたので、「頭はスッキリする。でも、いろいろある」←ざっくり。(笑)いずれ、ガテン系のピアニストの友人を先生に紹介したい、と言ってました。ガテン系の現場で働くお友達のようですが、ピアノがものすごく好きらしくて、でも、ものすごい効率の悪い練習しかできないそうで。彼を教室に紹介したら、俺の花形の立場が危うくなる、と思ってるのか思っていないのかはわからないけれど、ためらうように切り出されたその話。若くて、ガテン系で、男臭くて、効率悪いピアノ弾く男の子?おもしろそうじゃないのー。どうぞどうぞ。←おばちゃん、壊れた!(笑)二人で、人気を争っちゃえよ!発表会でさ!人気投票でもするか!でも、男二人が出たら、発表会は全部二人に乗っ取られるから、女子は全員敗退だね!じゃ、男子だけの発表会にして、お客さんは、みんな女子にしちゃえ!先生、お疲れとチョコレートの効果で、発想がヤケクソですよー。(笑)…実際、発表会での男子の目立ちっぷりというのは、女子が逆立ちしてもかなわないんです。それはもう、本能のつかさどる領域なので、逆らうもんじゃないんです。そういうものなんです。(爆笑)春の発表会も、結局のところ、彼が人気を総取りしたし、それは曲目とかじゃないんです。存在なのですよ。かつて、彼がふざけて口にした「ピアノの男祭り企画」友人を集めて、男だらけの発表会をやる、なんて言ってたのが現実化しそうなときに見せる複雑な表情。まぁ、それが現実化するまでは数年かかるとしても、そうなっていくなら、こう薦めるしかない、と計算する私の脳は、「男だけの発表会にしないと、女の出る幕はないからさ」という結論をはじき出し。それ、単なるライブじゃん!と笑い転げる。ふざけた話が宙を舞い踊る夜に、私の腕に残ったのは、小学校1年生男子の爪あと。長い一日の置き土産です。双子のママに笑いながら言いました。「怒った後は、自信を取り戻させないと。男子は特に。ご褒美で努力させても、いずれ、ご褒美は学ぶ喜びそのものとして本人が感じるようにしないと。それは体験の蓄積でしかできないから。」怒るのは最小限でいい。そんなもので、子どもは育てられないと、わかったような口をききながら、先週怒られた兄が私の腕の中で、甘えてくるさまを無意識に許しながら。「あたしがこんなホステスみたいなことできるのも、賞味期限はあと1年ってとこですからね!」と笑う。「こんな、おさわりバーみたいなこと、させてもらってねぇ」…相槌上手なママでございます。(笑)「これじゃ、熟女バーでしょ!若いママたち、頑張ってね」と言うしかないじゃない。歳には逆らえないんだから。
2014年04月20日
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よたこらと木曜日を過ごす間のちょっとした練習で、ああ、私の親指、のばしてみたらどうだろう、と思い至ったら、それが思いのほか良く作用しました。音色がカラリと変わっていって、集中力も変わり、その分、疲れてぶっ倒れるようにして眠りましたが!(笑)5本指を均等に使いたくても、親指の構造は違うし、わかるチャンスはあったはずだけど、今にならないとわからないことでもあったので、すぐさま生徒たちにも応用しました。わかる生徒たちは、良く弾けるチームの子たちだからこそ、の気持ちの良い反応で、「とにかく痛くなるようなやり方だけはやめてね」と、念を押しながら、自分もこれがうまく日常におさめられるといいなと思いました。優秀な生徒の親御さんと話したのですが、どうも私はピアノのスタートが早すぎて、おもしろいとかけ離れたところで、そこまでやらなくても!(爆笑)なところまで来てしまっている部分があるので、せっかくの発見も忘れちゃうことがあります。そういう意味では、本当に分析はうまくできるのですが、記憶にとどめるのが難しいんですよね、と話しました。自分がピアノが楽しくて弾いていて、うまく行く方法が見つかった!なら忘れないと思うんですけどね、なんて。ま、私の役に立たなくても、生徒に役立てばオッケーかな、という感じで、クソババアちゃんを迎えると、これがピアノで遊びまくっていたようで、筋肉モリモリ張ってきて、無駄な肉が手からそぎ落とされていて。別人のように素直になった彼女が「すみませんねぇ、ピアノで遊んじゃって」と言うので、私も爆笑しながら「いいのいいの。音楽は遊ばなくちゃ」なんて、シャーシャーと言っておきました。自分が遊べよ!は、さておき。(笑)それこそ、無理してできないのは、私が一番承知してますから。まぁ、成り行き任せです。ピアノで遊びたくて仕方なくなった彼女の読譜力が向上し、遠慮や、謙虚さを一気に持ち込んできたのには驚きました。こうなると、脳内では予感があっても、彼女がこうなるとは、です。モリモリ発達する筋肉を休めるように、ストレッチも指導しながら、凝り固まった背中や姿勢を直しながら。子ども相手には、かなり乱暴に姿勢を整えるところがある自分をおもしろく見ていました。「そのツボ、気持ちいい!!」ってわかるようなところを、生徒たちに教えるときは、乱暴なほうがいいな、と思うわけです。一人になったときも覚えていられるような、ちょっとした刺激として、記憶に残るように。罵詈雑言で、子どもたちに何かを教えるより、きっとそんなところが乱暴なくらいで、スクスク育ってね、と祈るくらいが、ピアノのようなデリケートな楽器を教えるのには、ちょうどいいと思いました。「そのうち、弾かないと自分の音色が変わるのもわかるようになるよ」「うん!あたし、それは1日弾かなくても変わったってわかるようになったよ!」と、クソババアちゃんが弾む声で言いました。「じゃ、そのうち、時間や気温で楽器の音が変わるのもわかるようになるよ」「それはまだみたい」教室のピアノは午後がちょうどいい音になります。おやつタイムごろに。(笑)そんな話ができる子どもの生徒がいたかと思えば、そこまでの話をするどころか、話すこと、話すことをさえぎる大人の生徒さんもいるとかいないとか。(苦笑)育ちたい人が育てばいい、と思うようになってから、その辺りのやりくりもだいぶうまくなってきました。学ぶ姿勢は、聞く姿勢でよくわかる。こっちがわかっていれば、それなりの対応になる。そんなくらいでちょうどいいなーと思うと、だいぶ楽です。まぁ、わざわざ傷つけるための相槌を挟む人もいるし、それはどう防御しても、後味を残すのですが。そういうマーキングしか知らない人もいるんだな、と思うしかないのですが、そのマーキングが私を傷つけすぎないように、そこにサンタ印が挟まることにも慣れてきました。サンタ印が挟まると、眠る。そのサイクルは、私にとっては、たぶん、永遠の謎です。(笑)起きると大体綺麗に忘れています。(笑)
2014年04月18日
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スタッフが辞めて、貸切状態になった美容院は、相変わらず居心地良く、以前よりもずっと共感が増えた会話の中で、時には「はぁぁ、やっとここまで来れた」と私が涙をこぼしてしまうほどでした。安堵の涙だったので、すぐ止まりましたが。(笑)白髪を染めてもらい、いずれ私がハゲたら「いいヅラ屋を紹介してって言えばいいね」という時期にさしかかった今も、若い頃に通い始めたままの海モードの懐かしい雰囲気が残っている感じがちょうどよかったです。当時は、イケイケなサーフィンギャルみたいなタイプじゃないと合わないのかな、と、思ったこともあったような。でも、そんな時期を経ないまま、白髪モードに入った私には、知らない世界を映画で観るようなのんびりとした気持ちで、当時の名残をみることもできました。会話は、品だの姿勢だの、礼儀だの作法だの、躾だのなんだのと、ワケわからんモードでしたが、価値観が根本的に合うのか、おもしろい時間になりました。仕上がったヘアスタイルが思いのほか、大人モードで、でも、老けてはいない感じなのに驚きました。教室に戻るとやっぱり疲れていたのか、食欲もなく、散歩もできず、結局、倒れこむように眠ってしまいましたが、その後のレッスンは順調でした。美容院でも話したけれど、もう、ピアノを教えることは片手間になってしまったとしても、きちんとした姿勢が取れる指導さえできれば、良い結果になる、という今です。どうしても膝の揃わない小さな女の子と話していて、この筋肉の弱さは、歩くとき、運動するときにも危ないなーと思ったので、お膝をそろえるエクササイズまでしてしまいました。まだ小さいからこそ、正しい筋肉が付けば、ぐんぐん伸びる時期。ほんの少しの姿勢のエクササイズが、彼女の体を健康にして、いいピアノにつながっていくとしたら、それは、遊ぶとき、運動するときにもきっと役に立つ、という気持ちで、ピアノを弾いて休ませるときにお膝のエクササイズ。いいじゃんいいじゃん。ですよ。(笑)自分で自分を励ますしかないときもある。(笑)まさか、自分がランチウォーキングで、衰弱しきった自分の筋肉を確かめたことが、こんなところで役に立つなんて、何がなんやら意味不明ですが、良いことを子どもに教えたいので仕方が無いな、と思いました。先週、髪を結いながら、ゆっくりと教えたかわいい女の子が、お友達を連れてレッスンに来ました。お友達が退屈したら気の毒だな、と思ったので、レッスン風景に参加してもらって、お友達の応援団を結成!そしたら、その子も弾いたり、私も弾かされたり、みんなで初音ミクを歌ったりしたというのに、数週間かかっても生徒が直せなかった箇所が5分で直りました。(笑)私の前では、まだまだ甘えん坊になりたがる彼女が、友達の前で、凛とするその力を使わせてもらいました。(笑)こんなに大きいのに、こんなに赤ちゃんみたいでどうするの?と思ったけれど、そこからやりなおさなくては始まらなかったことがあったのですが、それが、そのお友達のおかげで、成長速度が増しました。サンタはますます絶好調のようです。(笑)サンタがつれてきてくれた、としか思えないその友達の女の子は、きりっとしたショートカットが魅力的なボーイッシュな女の子。さっぱりしていて、とても清清しい性格で、こんな素敵な友達がいるなら安心!と何度も言ってしまいました。教室で見せる顔と違う顔を見せてくれるのは、この子のおかげ。初めて会うその子とまなざしをあわせるとき、彼女がハッとするほど美しい顔をして、私を見ていました。一期一会かもしれないけれど、お互いに、相手を信頼している、という気持ち。この子をお願いね、という私の気持ち。それが、なぜか、初めてなのに伝わっているように感じました。…だってこの子は、サンタのお使いでしょ?という気分でした。子どもたちを信じる私の気持ちは、大人に対しての気持ちよりずっとブレないところがあります。「あなたたちの素敵な関係は、お互いを成長させあうこの瞬間にあるの。ただ遊んでいるのと違って、努力していて、それが二人とも嬉しくて、二人とも楽しいでしょう?忘れないでね。」ということだけを、レッスン中に言うのが私の役目。そんな日があることがとても光栄でした。人の向上心は、怠惰な遊びよりも、育つ遊びを好む。それを信じるしかない私。私の向上心は、すでに壊れ果て、枯れ果てている段階に差し掛かり、それでも、上質な音を求めて体だけが変化していき、心は、もう嫌なんだと泣き喚くしかないこともありますが。その後も、中学生の生徒には、子犬のワルツを、「犬が遊んでるというよりも、自分が恋しちゃって気もそぞろ、みたいに弾くと雰囲気が出るよ。色のイメージは、今、あなたが着ているピンクのジャケットね」と言ったら、わかりやすい!と、大喜びでした。もう少し幼いけれど、かなり英才教育方面の展開になってしまっている子は、あまりにも美しいバッハを弾いたので褒め称え。新しく弾き始める、報道ステーションのテーマ曲「Iam」の難しさと、頑張ってみたさのハザマで頬を染める彼女に、練習の仕方を教えました。「これが弾けたら、あたし天才!って思って嬉しいと思う。」その頬を染める仕草は、私が辿った道とは違い、多分、その先で、彼女の心が枯れ果てることはないだろうと思うと、それをくじくこともできない私がいます。弾いてみせると、「先生はピアノの天才で嬉しい?」というようなことを、憧れのまなざしで私に問います。これに卑屈に応えることはできないから、虚勢を張ります。あまり頑張りすぎてはダメなのよ、ということを挟みながらもうまく言えるように本当の気持ちを伝える言葉を探しました。「先生は、ちょっともうやめてーって、音楽の神様にお願いしても、大丈夫大丈夫、こっちこっちって言われて困ってるくらいだから、嬉しいとはあまり言えないけれど、あなたのピアノは、音楽の神様も好きだと思うよ」みたいな感じで。「楽しいなって思って弾いていれば大丈夫だからね。」彼女が私を「天才」と呼んだことは、否定できませんでした。(苦笑)行き過ぎた意味も含めて天才と呼ぶことがあるのなら、私も入るかも、というところで、なんとか意見をすり合わせ、少女の憧れをくじかないようにするしかないこともある。天才と自分を称するには、少々、アナログすぎる展開を感じるだけに。生まれつきの天才であったら、彼女たちとコミュニケーションを取れる言葉を探せなかっただろうと思うだけに。幼い子どもの敬意を受けるということは、なんとまぁ、痛いことだろうと思いながらも、どんどんうまくなる生徒たちに背中を見せるときの向かい風の強さに耐えている今です。どんなに風が強くて、顔が曲がるほど痛かったとしても、振り返るときは笑っていなくちゃ。それが、サンタの指令の中で、もっともあたしが苦手なヤツです。(笑)無茶でしょ!と言いたくなるレベルですからね。…そういえば、死神役をやってた生徒が昨日は、「先生、若い。先週よりスタイルがよくなってる。誰か忘れたけど、先生のこと20代後半に見えるって言ってる人がいた。あ、その角度だと女優の○○に似てる」と、おべっか使いまくってたな。…今思い出した。(笑)サンタはきつい指令を出しておいては、私のことをおだてるんだった。そうだったそうだった。…だからなかなかそれを信じなくて私はそれをじゃんじゃん忘れるんだ。そういうことだ。(笑)それでも、じゃんじゃんお世辞をサンタに降らせてもらっていれば、怒らなくても生徒を導けるようになりつつある昨今。教える側、大人側の自己管理というのは、大人の責任ってヤツだから、そこで甘えたことを言う大人とは喧嘩したくなっちゃうのも当然だな、なんて、美容院で話せていて良かったな、と思いました。でも、そこでなんとか喧嘩しないようにするには~みたいな大人の相談をしてる、ということにしておこう。そうだそうだ。←最近、サンタに対してイライラしているので、自己洗脳中。(笑)サンタの意地悪なところは、降らしたお世辞は、回収するところです。「あ、また騙された」って気にさせんの。そして毎回そのたびに用心深くなる私は、私も手に負えないほど、今、すさまじい頑固モードです。(笑)なんとかしてよもー、は、サンタに放っておこう。そうしよう。
2014年04月17日
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語呂合わせで一週間をつないでみたものの、金曜あたりからバタバタが続き、土曜の今日は、単なる覚書のようなものになってしまいました。9時半から7時までのレッスン。空き時間を挟んだとはいえ、タイプの違う生徒たちともみくちゃになり、すでに記憶が曖昧です。(苦笑)印象に残った時間は、幼子を抱き寄せる時の「いとしいなぁ」という感覚が、さらに増して、そのいとしさから、少し逃げ腰になる自分を、あえてそこに添わせている時間のお互いの肌の質感のようなものくらいでした。後は、自然に溢れる笑顔と、笑顔を作る筋肉が頬の肉をくしゃっとさせる感覚を確かめながら、その場面が綺麗に生徒に伝わるように、温かみのある言葉を選ぶようにして過ごしました。ただ、問題点は、割とストレートに指摘しました。このごろは、褒めてるつもりのない言葉まで、褒め言葉のように受け止められてしまうほど、言葉選びが以前と変わってきてしまっています。それはいいことなのだろうと思うけれど、練習に関しては、それぞれの生徒さんが、自分に対してシビアである必要も感じるので、そこはなるべくストレートに伝える努力だけをしていました。でも、惜しみなく褒め言葉も詰め込んで、笑顔の乏しい生徒が、微笑む顔を確かめながら、どちらに進ませたらみんなにとっていいんだろう、ということだけ考えていました。ただ、それだけのことで、消耗してしまうものが多いらしく、昼寝も不可欠になってしまいましたが、いいタイミングで起こされるので、それに頼るようにして過ごしました。こんなにも、子どもたちが、「向上したい」とか「褒められたい」という感情の塊である、ということを知ったのは、まだまだ最近のことですが、嘘偽りの言葉で褒めても伝わらないことも学びました。「こんな風にさせたい」という意識が、私の自分勝手なものであれば、伝わらない。相手に良かれ、と、相手の望むものが沿えば、それは、光の速度のようなすばやさで伝わること、そんなことばかりを確かめたレッスンの隙間。急に自分の練習がしたくなって、闇雲に弾いたりもしました。ふと気付くと、午後の日差しが、鍵盤に対して垂直に、見事なまでの光の道を細く照らし出していました。最低音から、最高音までの鍵盤と、綺麗に垂直になる光の帯が、「ここを辿るように弾くと、もっと音楽がつながるよ」と、示しているようでした。その瞬間に弾いていた曲は、先日の発表会で弾いた小さくともとても美しい曲で。音楽記号の「ナチュラル」というタイトルながら、自然であれ、という願いを込めたような「ナチュラル」という意味も含んでいるんじゃないか、と思いたくなるような自然な形で、また、サンタに指導してもらった気分になりました。(笑)鍵盤はとてもデリケート。だから、同じ箇所を叩くほうが、音色が整う。わかっていたようで、すっかり忘れ果てていたことを、光の道に学ぶとき、サンタの指導法の美しさにワクワクしました。(笑)今まで繋がらなかった伴奏の隠れたメロディが静かにつながり、音楽がまた、変化しました。先日の発表会で、ママの演奏の応援に客席に居た小さな生徒を迎えたときに、あの日、彼女に感じた愛くるしさを思い出しました。客席でくつろぐ彼女を見たときに、「なんとかわいいんだろう」と思ったのですが、きっとその理由はもう何年も前の発表会に繋がるんじゃないか、と思いました。当時まだ3歳だった彼女が、ママの演奏順になったときに、泣き出しました。ママがステージで弾くだけ、ということのわからない幼い彼女の泣き声はもう思い出せないけれど。ママは、愛の夢を弾くために努力を重ねていました。弾いて欲しい。だとしたら、彼女もステージに上げてしまえ、と、いつもの強引な私の判断で、幼い少女は、母親の隣に座らせて、私がその体を支えながら演奏が行われました。母のぬくもりを体に感じた幼い少女は、泣き止み、必死に弾く母親の演奏とその体が自然にリンクしていることを私は、彼女を支えることで知りました。母親が不安そうになれば、娘も不安そうになる。その一心同体のような心の揺れを、私は支え続けました。それからしばらく教室に通わなくなったママが娘と戻ってきたのは、まだまだ最近のことですが、あの記憶があるからこそ、私は、彼女を人一倍身近に感じるのかもしれない、と、今日、思いました。そんな思い出話を、小学校4年になった彼女にしました。難しいことが全部わかるわけではないけれど、真意が伝わっているのも感じながら、彼女のピアノを聴くと、ぐっと彼女が上達しているのもわかりました。今度は私がピアノに関しては、彼女の母親のような気持ちで、その頬を、長い髪を、愛しくなでることができる。上手になったね、と、抱きしめれば、本当に嬉しそうな顔をする。嬉しいだけでなく、すべてがふっとんだかのような幼い顔をして、「ああ、きっとこんな顔をした赤ちゃんだったんだろうな」という表情を見せるわけです。それが、私が毎日サンタにもらう最上級のプレゼントで、それは今も毎日続く愛情の集中砲火と呼ばざるを得ないのですが。(笑)やっぱり多すぎて、案の定、忘れていくのですが。いくら忘れてもいいよ。毎日、届けるからね、と、サンタが言い続ける日々は、今日も続きました。この先も、きっと続く。それは信じられるようになってきています。ただ、「なんで?」という問いも点滅し続けて、そこら辺になると、これまたナーバスになってとんちんかん警報が鳴り響く私の脳内ですが、そんな自分の割には、やっぱり結構素敵に毎日がまわっています。サンタは多分、とっくの昔に、教室のオーナーで、私は、サンタの示すままに道を歩き、果実を摘み、生徒たちに届けるのが役目。そのシンプルな作業が、毎日毎日進化して、届けられる笑顔は増える一方です。「かわいいねえ」と頬を緩ませるだけでなく、時には、凛とした気持ちで、未来を見据えて、自分の手でしかできないことを繋ぐことが、難しく思えたのは少し前までのこと。今は、未来を見据えるために、ハッとするほど尊いものが増えた教室で、私は、自分の知識を繋ぐだけで、何かができる、ということに対する自信も持ち始めました。命が続くことが何より大切。…ただ、それだけのことを忘れさえしなければ、あとは、サンタに任せておけば大丈夫。そう腹をくくってしまった私にとって、課題は小さなことになってきました。…上手に食べれそうにないな、という日に、なんとか何かを食べようとすればいい。なぜ、こんなに食べることが下手になってしまったのかの理由は少しだけわかります。喉から溢れるほど詰め込まれたものを、笑顔で咀嚼することが礼儀、と教え込まれた日々がある。その日々との決別には、自分が心地よく食べる方法を探すことだけでいい、と、今はつくづく思っています。今日は少しだけ、食べるのが難しい日でしたが、食べる気になるように、上手にお菓子が隠してありました。(笑)やるね、サンタ、と思いながら、お菓子を食べて、元気が出たところで、スーパーまではいけなかったけれど、コンビニでラーメンサラダを買うくらいまではできました。サンタの「食べろ指令」は、宝探しのようなところがあって、そこが今は何よりおもしろかったりします。1日が長いのなら、食べなくてはもたない。食べて休んで一日ずつ繋いで、とサンタが言うかのようです。食べたくなるように、笑いながら食べたくなるように、サンタがこっそり仕込んである甘いワナが、どれほど甘くて切ないか、と思うと、ラーメンサラダを前に泣き伏したりもするんですが。(笑)ま、ドラマのようで非常におもしろい。それも事実です。思い返すと、「笑って食べてよドラマ」は、もう本当に長くて長くて、どんなときも、凄腕サンタがすごい技能を披露してくれていました。それはもう芸術であり、愉快なコントでもあります。「食べろ」という指令がサンタに下される以上、私は、それに応えることが使命、と思うときに、こんなに強くサンタに「生きろ」といわれるって、すごいことだよなーって思うわけです。
2014年04月12日
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教室に出かけようとしたときに、なんとなく、「今日は、お散歩の元気もないけれど、せめて車でお散歩していこうかな」という気分になりました。30分程度の道草で、飯綱高原まで足を伸ばせるわけで、せっかくだから、そんな羽をのばしたい気持ちを生かさないともったいないかな、と思いました。時間はたっぷりあるし、レッスンも少なめだし。洋服がドライブ向きでないのが、ちょっと気にかかりました。薄いストッキングが高原には寒いかな、とか、タイトすぎるワンピースは、長距離?運転に耐えてくれるのかなとか。←そこかい。(笑)成り行きで身につけたワンピースとカーディガンと、久しぶりにつけたくなった細いパール風のネックレスが、まったくもって山ガール(←おいこらいい加減にしなさい)調ではないことなど、些細なことに引っかかりながらも、この春なら、あの山を、改めて走れるんじゃないか、という気持ちが優先されました。多分、7年前くらいになる春、この高原のペンションにJAZZバーのママとライブに来ていて、その場所を眺めたかったのが一番の目的でした。今なら見れるんじゃないか、というその気持ちを確かめたかったようです。白黒の写真だけが残るライブで、私自身はその頃の自分への嫌悪感で、その写真すら破り捨てたような記憶もあります。忘れてしまうほうがいいことはあるけれど、記憶の中に穴が開いていると、どうしても自分がその穴に落ちるというか、そんな毎日に暮らす今、せめて視覚だけでもあの景色を埋めたいと思ったのかもしれません。「今ならいける」と思った瞬間、垂れ込めていた雲間から、暖かい光が差したことを背中に感じて、車を走らせました。後は、結構、機械的な作業で、思い返される景色とともに、「ありゃ、私も不運だったな」程度の反芻がありました。胸が全く痛まないのが不思議でした。胸が痛むとき、それは大体、罪悪感のようなものが大きいように感じるのですが、それ、無いんですけど、大丈夫かしら。(苦笑)あのJAZZバー界隈を巡ったその前の数年間は、もう、痛みすら伴わないものになっていました。なぜか、今なお手に残っているJAZZの要素は、あの界隈で私が、何かに導かれるようにしてつないだものだったとしても、あの界隈で学んだものではなく、あの界隈で教えてもらったものでもない、という不思議な感覚がありました。みんな、好き勝手に、あの辺りにいただけで、私は、私の手で拾ったものをその後数年かけて繋いできただけのことで。罪悪感や、感謝のようなものもなく、むしろ、よくあの場から、ここまで繋がるものだけを拾えたものだと、采配のほうに感謝するような気持ちでした。だから、記憶は遠いのに、景色も歪んでおらず、ああ、あのペンションだと思い、その駐車場で、車をターンしてそのまま山を降りました。本当は大座法師池あたりで写真でも、なんて思っていたけれど、寒そうで。(笑)ただ、何も撮らずに帰るのももったいないかな、と、途中でやっぱり車を降りて、山里の景色を撮りました。肌寒さが身に残り、うっすらと、もっと春が濃くなったらもう一度来てもいいかな、という気持ちも残りました。あっという間に教室に着くと、お腹もすいて、歩きたくもなっていて、いつものように歩き出せば、昔の生徒のお母さんに会ったりしました。すごいな、私。今日は、ドライブとお散歩ができた!みたいな小さな満足感。…そして、その後のレッスンの生徒からの愛され度の高さにほぼ卒倒レベルというか、そこまでいくと、グフフと笑い出したり、目の前にちらつく愉快で奇妙で強烈な記憶の残像というか、なんか変なもの(笑)にお見舞いされたり、という挙動不審さに我ながらお手上げ、みたいな状態になりました。短いけれど、強烈な瞬間をかいくぐりながら、発表会の曲を決めたり渡したりしている自分を確かめて、できないことはまだできない感じでやりくりしながら。気付けば、もう、私は生徒のつたない演奏で、床を蹴ることはなくなっていました。…ただ、生徒の演奏が歪み始めると、私の脳がそれより少し早く、私を守る。気を散らして私を守る。その守り方が、いったいどうなってんだよもーと笑えるものであることは、幸いです。
2014年04月11日
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基本的に、一番弱り始める水曜日ですが(笑)そこは、「水曜日が好きだから楽しみ」くらいに持ち上げるように、自分を洗脳するのに大忙しでした。朝から少し脆くなっていて、「今日の散歩は無理だな」と、多めにお弁当を作っていたところに、さらに大好物の明太子フランスパンが重なってしまい、綺麗に全部食べて、満腹のままお昼の眠りに落ちました。…教室のソファで!(笑)「牛になる」とは思ったし、「これは、体重的にも多分、まずい」とも思ったけれど、何より大切にしたい休息優先です。(笑)いまさら、ちょっとくらい太ったところで、気にすることもあるまい。(笑)その眠りは、満腹による安心感と、ソファにまつわる素敵な伝説(笑)による安心感と、ソファのちょうどいい柔らかさと日差しのおかげで、多分、日頃ないほどの深さだったようです。目を覚ますと、まっすぐ歩けないレベル。(笑)楽器店の店長さんが来てくれることになってるのに、フラフラしてましたが、そこは長いお付き合いにおける安心感で、ボーっとしながらお迎えしました。日付を書くときに、すごいことがあって、ちょっと恥ずかしかったけど。(笑)2014年、と書くところで、ひとつゼロを多めに書いてしまい、それが1と重なり、まるで「2094年」になったわけですよ。「先生…先を行きすぎです」「先生、先を行きすぎですよ」「・・・・」なんだか、ある意味、返事をしにくい部分があって、「しつこいなぁ。もう!」とちょっと思いました。(笑)寝起きだから、ご機嫌悪いから、そんなに人の間違いをしつこく指摘しないでよ!くらいの軽い苛立ちですが。(笑)こういうちっちゃいことほど、恥ずかしいのってなんなんでしょうねーもう。(笑)最近、仕事がピアノ片手間、姿勢だの、音色の骨伝導だのになっちゃってて、発表会もホール練習みたいでさー、とブツブツ愚痴りました。(笑)「ちゃんとした姿勢が作れないって事は、体にゆがみがあるわけで、それは音楽の流れもせき止めるしさ」「ああ、本当にそうですね」と、これまた伝わる伝わる。(苦笑)「あ、この辺がこってるとかさ、思いながら姿勢をなおしてると、こういうタイプはこういう子が多いなとか、アレルギーやらメンタルやらの共通項とか見つかるじゃない?ゆがみが見つかれば、ちょっと揉んだり、ツボおしてみたりしちゃうし。いい姿勢を作らせたくなるから・・・」「ああ・・・・」「でも、デリケートなことだから、分析はするけど、親御さんも関わることだし、総合的にいろいろ考えると、あたし、疲れちゃって、バタンキューなの」「ああ・・・・」…ということで、よく伝わり、よく理解され、タイミングのいいような悪いような思い出話。「私も以前、先生にレッスンしてもらったときに、ちょっと肩揉んでもらって、そのあと、すっごく意識が飛ぶみたいなことがありましたよね。あれ、衝撃的だったから、わかります!今はどうなってるんだろう!また、同じようにやってください!」…そ、そ、そんなことあったかしらね。←全く思い出せないわっ!!私の意識が飛んでるわ!(笑)「前のマンションの教室のときですから」そりゃ、太古の記憶だねえ!!(苦笑)思い出すことはやめときます。キッパリ!!(笑)…そのあとだけでも手一杯だっつーの。発表会の写真を見てもらったら、「あ!この人、なんでここにいるんですか!」「生徒だからだよ」「ええええーーー!!でも、この人、エレクトーンを買ったばかりで、つい最近、納品の時だけお邪魔して」「結構、活動してるとか言ってた様な。プロのボーカリストとうんぬんかんぬん・・・・」この辺りで、私が意識のスイッチを切る。自らスイッチを引っこ抜く。…まったく1ミリも聞いてないよ?という恐ろしい声色の相槌だけ残して。(爆笑)だいたい、この店長さんとの楽器に関するシンクロ率が高すぎて、それだけでもヘトヘトだった昨年。今年もか!今年もなのか!!これからずっとか!!(絶叫)と、脳内で叫んだか叫ばないかは定かではありませんが、なんか来る、またなんか来るから、お昼も夜もぐっすり寝よう、という気分です。←そっち?(笑)ま、その後、普通にレッスンをこなし、生徒たちを笑わせまくりました。中学生になった死神さんには、思い出話をしてやることにしました。「あんた、泣かす気マンマンで取り組んだっつってたじゃない。」「えーーー。あたし、そんなこと言ってた?」「言ってた言ってた。大喜びで言ってた」相変わらず、辛口の死神(もう中学生)ですが、1年生ならではの初々しさが、死神モードから遠くてかわいかったですね。「あ、今、先生、ちょっと綺麗な有名人に似てた。でも忘れた!!」「思い出せ、思い出せ!」と脅し上げたら、余計に忘れて(←そういうものですよね)残念な有名人を羅列されたので、機嫌が悪くなりました。フン。「綺麗」に食いついた食いつきっぷりを笑う感じが、ちょっとイヤー。(笑)でも、中学生くらいになった女の子こそ、たくさん笑わせて、たくさんいろんなことを話させて、仲良くしていたい、そんなことを思いながら、少々大人の会話にバージョンアップ。(笑)喜びまくって笑いまくって、チョー食いついてきましたけどね。…死神ですが。(でも、もう中学生)次の女の子は、暴れん坊でようやく落ち着いてきた子。先週、抱きしめて、大きくなったことを確かめて、「このぼさぼさ頭、なんとかしてやりたい」と思った続きを。(笑)じゃんじゃん弾かせて練習させながら、私は、彼女の髪を結う。お互いにイライラしませんよ、そうするとね。抱っこには遅いお年頃、でも、そういう安心感の中で、この子は、まだ自分のイライラと向かい合う必要がある。だったら、こんなのもいいんだなーと思いました。ゴムがないから、クソババアちゃんにもらったハワイアンなお花のヘアクリップで結った髪を軽く留めて記念の写メ。写真に写してみると、お姉ちゃんに似てるねぇ、と、発見。気付かなかった。ハワイアンなヘアクリップが、よく似合う小麦色の肌。噛み癖のある爪の形。なぜか、お迎えのことを忘れられた彼女が、ソファでたくさんおしゃべりをしていけるように、その次は空き時間。いつもならイライラするような彼女のしゃべり癖の隙間に、その子の孤独を見つけて。孤独を癒そうと、誰かと繋がりたがるところがあって、そこが伸びるといいな、と思いながら、相槌を打ちました。仲良くしようとする気持ちを育てなくちゃ、と、思う私になりました。そのあと、仲良しのルール作りでいいじゃない。最初のそこは、何より大切。時間が過ぎても過ぎても、うちの電話番号を知らないっていうから、連絡も取れない。住所録の電話番号はもう違っちゃってるんですって!(笑)「おうちに帰ったら一番最初にすることは、電話番号を覚えることだよ!」ゲームよりも、そっちのほうが大事なんだよ、と言い聞かせます。あなたが、どこかで迷子になったら、どうするの?と尋ねながら。…もう高学年だけどなぁ。(苦笑)きょとんとしたように、びっくりして、帰ったらすぐ覚えると返事して、彼女は夜の街に消えました。大丈夫かなーもう。本当に忘れているのか、サンタが私にそんな時間をプレゼントしてくれるための、ちょっとした手抜き工事なのか、その辺りに、ふと思いを馳せて。最後の生徒が、これまた上手になっていることを確かめました。夏の終わりという名前の小さな女の子。「甘えん坊の末っ子だから、逆にしごいて」そう言われて、多分、私はあなたを一番初めて、音楽的に厳しくしごいたのよ、と話しました。「ママがそういったの?」「そう」ママにそんな風に認められていたとは、といわんばかりの顔が輝きました。とても上手になって、大人の発表会のイメージ作りの一番をお願いしたからです。「このコンサートのカラーを決める1番をこの子に」と言ったときのプレッシャーをかいくぐり、彼女は、みんなが驚く素敵な演奏で、コンサートを彩りました。その自負心が、ママの言葉と綺麗にリンクしている表情でした。「このごろね、女の子は、素敵な女の子になるためにピアノを教えるんだって思うの。男の子は、少し違うんだ。男の子は、いい音楽を作ろうとしてくれるから、そういう風に教えたい」そんな大人の話をわかってくれる5年生。彼女がお姉ちゃんにくっついてパジャマで教室に遊びに来ていた頃から、ピアノに対しての興味があって。それを繋いで繋いでここまできたことを、今、思い出しています。彼女が私に言いました。「先生、お母さんみたい」その言葉が、そのまま心に残りました。いい事も悪いことも全部ひっくるめて、誇らしく残りました。だから、水曜日は、「す」きな曜日、ということにしようということで、ちょっと強引にレッスンを終え、お酒を飲まずに寝ましたとさ。よく寝たぞー。(笑)
2014年04月10日
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まだまだ三日坊主ですが、これで、三日、ランチの買出しに近くのスーパーまでお散歩したことになります。短い距離を、いろんな気持ちで歩く、歩幅も速度も無理のない感じが気に入り始めました。歩いた後に食べる自分が、きっと、少しずつ好きになるんだと思うのですが、ランチも音楽をかけながらなんてことになったりする日もありました。もう、そんな風に聴くとは思わなかったジャズが、とてもしっくり来るCDとして、選んだケースと違う中身におさまっていたときなんかは、「逆に、この偶然を楽しんじゃえ」なんていう風に行き当たりバッタリにしています。そして、そのほうがずっといいことは、何年もかけてサンタが教えてくれたこと。偶然がいつも一番美しい。それが、このごろ、偶然がいつも一番、おもしろすぎるから笑っているんだけどそのうちいっぱいいっぱいになる、というぐらいです。そうなりゃなったで、結構、慣れてくるのもいいことなんだなーと思うのですが。三日目の散歩の帰り道、やっぱり、足がどんどん止まっていく自分がいました。まだまだ脆弱な気持ちがあって、それを実感することがようやくできるようになってきたという、ちょっと奇妙な現実にいる私としては、足が止まっていく自分に負けてしまおうか、という危ない時間でもあります。…ところがどっこい。そういうときほど、愉快な爆弾が転がり込んでくるので、安心です。昨日は、足取りの遅くなった私に、サラブレッド王子のママからの電話。「いつもより早く行ってもいいですか」…大歓迎ですわ。(笑)今、何時で、王子が来るのが何時だから、という頭が動き出す。…そしてもちろん、私らしいというかなんというか、電話で相手に尋ねる。「ところで今、何時ですか」←おいっ!!!(笑)…だって今、電話中だから、細かく時間の確認ができないから。…だいたいわかってるけど、時間旅行みたいな小散歩でぼんやりしてたから。(爆笑)よかった。1時間あれば、お昼も食べれて安心だ、みたいないい時間に電話が来ているちょうど良い美しさに助けられて王子を迎えました。…そして、安心無敵の王子に守られるわけですよ。←?年長さんですけど、確かに間違いなく、「先生のこと、僕、大好きだから安心して。先生の思うとおりでいい」って示してくれるんです。昨日の示し方なんて、「わーお!!すごいね。こりゃ安心だ」くらいの強烈な安心させ方でした。本当に、子どもというのは賢く美しいなぁと改めて思うのです。そして、甘くもない。私たちが思うほど、わかっていないわけでは絶対にない。だから、まっさらのすっぴんであるしかできないことの厳しさも、多分、結局、私は、子どもたちに学びました。サンタというガイドつきだったから、乗り越えられたものはあって、それが恐ろしいほどに甘く優しくなった今。甘すぎて、怖いって、なんだよもう。(笑)とにかく、王子は、私のことはべったべたに甘やかしてくれるんです。(笑)先生が気に入った服ならそれを着たまま、でもちょっと暑そうなのに、とか。先生が笑った仕草は何回も、とか。眠そうなのに、眠くない、ノートでお勉強するんだ、とか。で、そっちがやっぱりおもしろくて、楽しくなって、最後に「僕、ピアノ、だいすきになった」と、私の目をみつめてはっきりと言うんです。その尊い時間に交わすまなざしに、お互いに迷いはないことを何度確かめても私が忘れてしまっても。この先も、この子は同じ目をして、同じことを言うんだろう、とわかってはいても、やっぱり忘れてしまう私を何度でも、こんな風に安心させる。その月日の長さの後、彼がきっと美しい少年になり、たくましい青年になっても、同じ目をすることを知っていても、私はそれをいつも忘れてしまうのだけれど。それでも、繋がった時間は、ここまで繋がりました。子どもの笑顔を信じていれば、大丈夫。それは、間違いのない日々だったけれど、誤解のある日々でもあったことを、私が覚えているうちは、時間がまだ少し歪んでしまうのだろう、と思うくらいになりましたが。その後も、休む時間をはさみつつ、かわいいだけの生徒がたくさん来て、かわいいだけの仕草を繰り返して、驚くほどに成長していることを見せて、たくさん私を笑わせて帰っていきました。昨日はこれまたすごい仕草の連続で、私はほとんど笑い崩れっぱなしでしたが、みんな、張り切ってたわ。何を張り切ってんだかしらないけどさ。(笑)先週と今週をつなぐ糸すら持ち込まれるようにして、私は笑わされっぱなしで、時間軸を整えていくことができました。男の子たちは、とにかく紳士でした。…いや待てよ。紳士にしては、暴れん坊だったような。(笑)「オレ、強いの」を見せてくるのです。きっと私が弱々しかった、ということに、しとけしとけ。そのほうが、おもしろいから!(笑)実際、昨日の自分の弱さには、自分もあんぐりだったわ。(笑)女の子たちは、というと、私の頬をなでたり、目が合うと微笑んだり、相変わらずの抱っこしろ攻撃だったり、いろいろでしたが。女の子たちから私に向けられるまなざしの中に、えもいわれない愛しそうな目の色を見たときに、ちょっと驚きました。そういうまなざしって、あるのね?という類の、それは幼子も持つという母性に似たものなんだと思うのですが、少々、まなざしが愛しそうすぎやしないかねえとばあさんは思いました。(笑)最後の最後、夜道を抱いて歩けと怒るフランス人形。21キロもあるのに、抱けとな!(笑)ママの車の前では、降ろせとな!でも、ついてこいとな!!米俵かついでトレーニングだよ、と諦めて担ぐわけで。(笑)フランス人形の車はかわいい妹たちも乗っていると、お人形やさんの屋台並みのかわいさなのですが、昨日はママだけでしたが。やっぱり、ママも単品で見ると、これだけかわいい子達のママには見えないほどのかわいらしさです。にぎやかチームがいないと、ちょっと大人の会話になるけれど、夜道だと安心ですね。こんなかわいいママの前に、明るい日差しの下では立てないっつーの。(笑)私との別れを惜しむフランス人形の様子が、映画の別れのワンシーンレベルで、ママと私が苦笑。「すみません、なんかベタベタしてるみたいで」「いえいえ、こちらこそ、悪影響だったらすみません」「いえいえ、とんでもない」みたいな、どうにも緩い会話が繋がり、教室に戻って見つけたのは、フランス人形の忘れ物。…そりゃ困ったことに、楽譜。(爆笑)抱っこ散歩を強いられて、忘れた楽譜。私も忘れた。(笑)…でも、彼女に渡した宿題は、彼女の頭に納まる小さなもので、彼女は楽譜なんて見ないから。(笑)…いいのいいの。この楽譜見て、思い出し笑いしていればいいの。あいつが音符を忘れたとしても大丈夫。それがちょうどいい量だったの。まだまだ発表会まで日はあるんだから。(笑)心配性のあいつが、大慌てで取り組んで、楽譜忘れたしまった!って思えばいいじゃんいいじゃん、なの。(笑)それが、このごろスムーズになった、サンタと私のコミュニケーションのオチのつけ方です。緩いわー。(笑)
2014年04月09日
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1年ぶり以上の時が経っているのかな?という大人の生徒さんから、いきなり電話がありまして、「突然ですが、今日、どこか空いてますか」なんていうレッスンがありました。ああー。新年度ですので、みんなバタバタしていて空いてますー、ということで、急遽レッスンになりました。それほどの時が経ったように思えない感じでレッスンが進みました。でも、「このごろは、姿勢が全て!なんです」と話す私を、ドンピシャの相槌で理解してくれる小学校の先生でした。とにかく、このごろ、目の前の人との会話がドンピシャすぎて、説明が楽すぎて、驚きます。「姿勢が大事」なら、体験してもらえばいい。「ああ。姿勢が変わるだけで、音色が変化する」「こんなに力を入れずに、こんなに大きな音が出るんだ」「あ、私、縮こまってきましたね、姿勢」という感じで、説明しなくても、「姿勢」という一言に全てが絡まっていきます。「先生が、発見したんですか」「いいえ」…キッパリ。…私はたまたま辿った道を繋いでいたら、そういう答えにたどり着いただけで、その言葉にたどり着くように、全ての果実が実っていたことをザッと振り返りました。たかが姿勢なのに、そこには、全ての思想と祈りが込められているかのように万能で、生徒側のメンタル、それまでの日々、それまでの努力が、全て優しく包まれるものだということが、見ているこちらからもよくわかります。生徒を傷つけることなく、間違いだった部分だけ、静かに直しながら、良いものをつないでいくから、パズルがバラバラにならずに、スゥーッと良いほうに変化していきます。その速さは、生徒本人の心が、それを望んでいるからこそ。何も言わなくても、新しい姿勢になった、その人は、自分の肩をまわしたり、手を揉んだりしていましたが、その全ての動作が、見ていて「それ!それ大事!」だけなんです。なんとも不思議な光景でした。私は、果実を摘んで歩いてきただけだし、それを摘む順番すら、サンタの采配のように、無駄がなく、いつでも正しかったんです。…ただ、それが「果実」に見えるかどうかが、全ての分かれ目で、普通、それ、果実に見えないでしょ?というものも摘んだ。(爆笑)いや、それ爆弾じゃね?というものも、うっかり摘んだ。…それが、爆弾だったかどうかは、さておき。←白目剥きながら回顧。(苦笑)後日談。後日談。←なんでもこれで片付ける。(笑)レッスンは、こんな風に、本当に相変わらず無駄なく、明らかに、確実で精密で、王道で危うさの無い安定したほうにだけ進み、私は、ただその隙間で、食べて、寝て、弾いて、抱っこ。←え?(笑)仕方ないでしょ。駆け寄ってくる幼子は、抱き上げると決まってる。(笑)そのたびに少しずつ、抱き方がうまくなり、相手の抱かれ方がうまくなり、身を預けあう感じがよくなって行く、それが私のレッスンですが。←それだけでいいんかい。(笑)まるで私の中に、二人、まったく別の私がいるかのように、ほんの少し、ずれた何かがあることは感じます。その隙間にいるのが、サンタで、どっちの私もちゃんと動くように指揮しているマエストロでもあります。そのマエストロが以前は、「泣かせ屋」であったのは間違いなく、今は、すさまじい勢いの「笑わせ屋」になっているのですが、なんかポイントが、「そこかよ・・・」というとんでもないところばかりで、笑点でも見ているような気分になります。刺激が強すぎる場合だけ、私が目を開いたまま軽く気絶。(笑)気絶がつながる瞬間に、とんでもないセリフと謎の動作が残るのは何故なんだ、と思うくらいで、サンタとのコミュニケーションもまぁまぁ良好です。まぁまぁだけど。何しろ、秒単位の気絶は、あるっちゃあるからね。(笑)ただ、気絶しないように、ガンガンと机を勝手に右手が叩いたりというような、「しっかりして!」モードも最近は搭載。あるいは床を蹴るとか。…ストレス過多の瞬間が短く濃くなったということなのかもしれませんが。生徒のピアノでイライラして床を蹴る、ボーっとする、みたいなことはほぼ、なくなってしまいました。どんなにつたないピアノを聴いていても、腹が立たない。すげー。そうさせてくれた何かに感謝しつつも、謎の笑点に関しては、ボーっとスルーするより他にございません。私は、運ばれていくより他になく、その先が、「生きる」ということにうまく繋がるように気持ちを、考えを、続く果実を辿るよりないわけです。新しいことは、まだ難しいことが多くて、自分の道の続きを歩くことしかできないけれど、それが明らかに以前と違うルートを辿り始めたことが、今は、少しだけ見えるようになってきました。「忘れるべきと思ったもの」が「忘れてはいけないもの」だった、という風に思おうと、ただ、それだけの覚悟を決めたことで、道が向きを変えました。
2014年04月06日
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教室で、いつもどおり、グダグダしながらお昼でも食べようかな、と思ったときに、いろんな成り行きで、「あ、歩いて、近くのスーパーまで行って、お昼を買ってこようかな」と思いました。たまたま、教室の外から、小さな男の子のかわいい声がして、「歩いて!!」と、聞こえたんです。その迫ってくるようなはっきりとした声が、私に向けられているはずはないけれど、「歩く」ということそのものに対してすら無気力になりがちな私には、胸に迫る声でした。少しだけ考えてみました。確かに、歩き足りていないし、ひどく足元がおぼつかない。いつかゆっくりとお散歩でも、なんて思っていたけれど、まだ荷が重い感じもして、正直、先のこともわからない。でも、とりあえず、今日だけでも、あのかわいい声に誘われるようにして5分くらい歩いてみようと思いました。幸いにも、雲が出てきて、外は歩きやすそうな感じ。どのルートで行こうか、というのも、気持ちのままに。この間の夜、ちょっと見かけたいい感じのお兄さんがジョギングしていた裏道にしちゃえ♪と思いました。←動機が不純なところがいいでしょう?(笑)横断歩道で立ち止まるだけで、車がスゥーっと止まってくれるし、申し訳なくて小走りになったら、右足の靴がすっ飛んでいきましたけどね。(笑)どうも、右足首の様子がひどくおかしくて、ちゃんと定まらないのもいけないんだろうなぁ。脱げてしまった靴の先に、先ほどの声の主と思しき小さな男の子が、うずくまっていたのはかわいいドラマの幕開けだと思いました。この子の声に呼ばれるようにして歩き出したのなら、脱げた靴もご愛嬌。…だけど、右足には気をつけて。サンタならきっとそう言うだろうな、と思いながら、足の角度を確かめながらゆっくり歩きました。この道を、生徒と駆けた日がありました。下水に投げ込まれた年賀状の束を発見した子に呼ばれるがままに、ここでそれを見たことを薄く思い出し、この道をいろんな思いで歩いたことを思い出し、スッと意外に早くたどりついたスーパーでサラダを買い込み、同じ道を戻りました。道端に何気なく落ちているものにも、絡まる思い出があるようで、自然に足取りはひどく遅くなっていました。あ、私、本当に弱ってるんだ、と思いました。散歩すら遠い道のりになるほど。こんなとき、あの人たちなら、自分を痛めつけるようにじゃんじゃん歩くだろうし、あの人たちは、こんな私に、「もっと歩け!走れ!」といってたっけな。その人たちの荷物を全部私に持たせてそういってたっけ。他人の夢を背負わされて、あおられて走る辛さ。その全てが落ちたときに、私に残されていたのは、脆弱な筋肉でした。他人事のように、あの人たちにこの先、強いられるはずだったものの無理さが見えました。教室のピアノは、こんなとき、「歩けるだけ歩けばいい。」で進んでいることを思い出し、自分に対して、同じように接していなかったことを、こんなことで確かめるなんて、と思いながら教室に戻って自分の弱さを感じました。歯がゆくなるほど弱い自分がそこにいて、立ち直れる自信もないほどの衰弱を確かめて、サラダを口に運ぶとき、自分の膝にタオルを置くとき、やはり思い出の景色に包まれてしまいました。今の私なら、あの景色の中にいた幼子のために、何を言うだろうと思ったら、その子が不憫で困りました。その子を抱きしめて震えることしかできなかったあの日。今の私なら、もっと違うことをするだろうな、と思いました。その子には、何もしてあげられなかったけど、今、私にはやることがあるし、そのために食べる。そんな流れの後、またもやいろんなレッスンがありました。(笑)増えるー増えるー、生徒が増えるー。←グランドピアノ購入さんちのおばあちゃんも生徒になった~。パパも来るかもっていうおうちです。パパに「グランドピアノ買ったら?」とそれこそ、サンマでも買ったら?くらいの勢いで、気楽に言ったの誰だ。←私だ。(笑)いや、そういう感じで言えそうな相手だったんですよ。←あの時、私の口から飛び出たのは、サンタのセリフで私じゃないから。(笑)それから数年後、あのときにあたしが妄想した景色どおりになってきちゃったどうしようどうしよう。(笑)音楽一家、家族5人でグランドピアノ囲めるじゃん!って無責任に言ったとおりになっちゃったどうしようどうしよう。(笑)でも、パパが一番ピアノが好きそうな顔してたんだよ。本当に。(笑)いちいちいろんなことが大忙しの教室には、土曜に風邪引いた双子も急遽乱入。そこに中部電力のおじさんまで来たけど。…ごめんなさい。レッスンであまりにとんちんかんになりすぎていて、電気の話にはさっぱりついていけず。おまけに「ここの世帯主は」とか「部屋番号は」とか、事務的なことを事務的にきっちり聞かれても、「ここ、世帯か?」とか「他の部屋は部屋番号があるかもしれないけど、ここ事務所スペースだけど?」とか、いろんなところで、迷子になって、しどろもどろ。「はーあ、ダメだねこりゃ」という空気には誰より敏感なので、おじさんの口調にナーバスになりかけたとき、私の左手には、双子の一人が。手編みのマフラーを私のために編んでくれた彼氏の手が!!年長さんが終わって、新1年生になる彼氏の手が!!(爆笑)ありがとう命綱。(笑)「ここにいるよ」と静かにつながれた手を頼りに、多分、気絶せずに、中部電力さんと会話を続け、中身はさっぱり覚えていないながらも、停電の日を手帳に書き込むだけの意識は保ちました。そしてその後も、チビさんたちが走り回っている教室で、多分、中部電力さんの電気ショックで、ちょっと不安が増した私は、駆け寄ってきた小さな女の子を抱き上げました。あたたかく、柔らかな頬が私に預けられるとき、フランス人形に「抱っこ修行」をさせられているのとはちょっと違う自らの意思で、迷わずその柔らかさに私自身の体温も預けました。それがとても穏やかで心地よく、夢のように暖かな時間で、フランス人形に怒られて、抱っこの手を緩めたり、強めたりしているときより安心しました。…あいつ、怖いんだよ。(笑)いろんな時間が過ぎていくときに、隙間でサンタに言われたように感じたことがありました。「お前、忘れるつもりだったの?」的な。(笑)「忘れさせるつもりは、こっちにはないけどね」的な。(笑)都合のいい解釈かもしれないけれど、目の前に繰り広げられる走馬灯は、あの壊れた走馬灯と酷似。どう転んでも疑えないように、刻印が施された景色。それがなんだったか、いい加減わかるだろう!!とサンタがニヤニヤしながら通り過ぎていきます。「お前が忘れないように、奥深くに刻んであるんだけど、忘れられるとでも思ったの」的な。(苦笑)「これなら一生忘れないでしょ」的な。…「忘れないおまじない」なんてかわいいレベルじゃないところに、全部刻まれてますよね。忘れたフリしたって無駄無駄!みたいなつぶやきが聞こえたら重症なんでしょうけれど。残念ながら重症なようで、そう聞こえるわ。←ヤケクソ。(笑)最後のレッスンはクソババアちゃん。そのガッチガチに固まってひねくれきった背中が、私に酷似。そこまで似るな。(笑)でも、そこまで似てくれたら、その重症の花粉症に悪いものも、わかるよ。めんどくさいから、そういうことまで言っちゃう。その隙間で「そのピアニッシモ、上手になった!指はこう!」とかって言いながら、「花粉症の時に、そういう香りの強い洗剤は刺激になるよ。続けてると、他にも症状が出るかも。」…花粉症にはなったことがないけれど、アレルギーは多かった。(苦笑)ピアノには反抗的な彼女も、花粉症の前ではさすがに私に素直。花粉症とともに、彼女が私の言葉を受け入れていきました。そもそも、そうまでしないと受け入れない側にも問題があるんじゃないの?なんて言ってる暇すらとうとうなくなってしまった…。まったくもってなんのこっちゃかわからない1日を終え、ほんの数分のウォーキングですでに様子が変わってきた自分の体を確かめています。マニアックなピアノ指導法やマニアックなステージ経験が、まさかまさかの「健康道」につながるって、あたしは予測していませんでした。ほんと、今となっては、ピアノなんて物理的に指導していけちゃうようになって、健康方面まで物理的に読んでみちゃったりして、何をやっているのか、やらされているのか、それはもうカオスと呼ぶ以外に方法はないのですが。案外と、情操教育なんつーものは、言葉でごまかさずに、いい音色出してりゃいいの。それだけのこと。そのほうがよっぽど情操が育つわけですよ。←私は敵を勝手に作ってしまうタイプなのでしょうか。(笑)でも、実際、いろいろ試したけど、それだけのことでした。ガックシ。(笑)…でも、なんで、ピアノ教室で、骨とか、肉とか、血行とか、姿勢とか、成長とか、そんな話が中心になってきてるのさ。そんでもって、歩いたりとかしてるのさ。お肉屋さんになった気分です。わーん。生きてるお肉のお肉屋さんだけど。…徘徊レベルの短い散歩。…靴が脱げてくれたおかげで、ギリギリ、シンデレラ気分が残らなかったら、ほんと、完全におばあちゃんになっちゃうけど。…それ、まだイヤだ。(笑)それ、まだ早いでしょ?と、サンタは今朝も街角でニヤニヤしてました。…かといって、サンタが見せるドラマを、そのまま鵜呑みにするには、年取った。オンナって大変です。本当に、オンナって大変すぎて、先行きが不安です。(笑)
2014年04月04日
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小学校のオバケ屋敷の死神さんも、中学生になります。基本的に美少女だし、頭もいいし、これからが楽しみです。彼女が、伝説の死神だなんて、誰も思わないことでしょう。私もほぼ忘れていました。(笑)ただ、昨日、彼女から、素敵なプレゼントの予告をされたので、思い出しました。あたしの時間が他にずれたら、そこに妹を入れるってお母さんが言ってた、って言うんです。!!え!!あの、あたしのかわいい子がやっと来るの?!!と、大喜びしてしまいました。幼稚園に通う道すがら、何度、その子と笑顔を交わしたかわかりません。小学校に入ったのに、こっちには来ないのかなーと思ってたら、こちらの空きゴマの心配までしてくれてたんですね。ま、ギューギューだから、ほんと、お姉ちゃんが遅い時間に移ったら妹、みたいにしてもらうと助かりますよ、私がね。(笑)この間の春の発表会の客席で、お姉ちゃんを応援してたときも、ちっちゃいときと同じ顔で笑ってたし、相変わらずかわいいなーと思ってたら、来るかも、となったので、「えええー!あたしのあの子が来るの!」と言うと「あげるよ」と笑いながら言われました。せっかくなので、「じゃ、返さないよ」といってみたら、「いいよ」ということで商談が成立しました。(爆笑)死神さんからのプレゼントは、すごーくかわいい女の子。いいでしょー。(笑)次の時間の女の子は、何しろ練習しない子で、その練習のしなさ加減が一等賞で、口も達者で、もー大変ですが、先週くらいから怪しいことを言っていました。「間違って弾いたのを直すのが楽しい」…来るぞ!!(笑)やる気が来るぞ!!(笑)と思ったら、今週は、物覚えもよくなっていて、練習時間も短く感じて、と、いいとこ尽くめさんになりました。だいぶ大きくなってしまいましたが、この暴れん坊がおねえちゃんの発表会で、私に抱きついた日のことが思い出さされました。サンタ風のやり方でなっ!←少しここで怒る私。(笑)そうしないと忘れちゃうからだとわかっていても、おもしろいけど、イラッとするよ。しますよ普通。(笑)私のドレスにしがみついた小さな背丈が、私の胸の辺りまで伸びたことは確かにそうやって思い出させるのがベストだろうけど、そっちに気をとられちゃうから感動が足りないんだろがーと思いながら、その顔を両手で包んだときに、「あ、もう今までの全てがめんどくさい。なんでもいいや。そうだそうだ。なんでもいい。とにかくこの子がやる気を持てる子になった!!」と、思いました。途方もなく、やる気を持たせるのが難しい子が、やる気になるために、私が知るべきことがあったから知っただけのこと。大事な事は覚えてるし、嫌なことも覚えてるけど、まあいいさ。なんでもいいさ、と思いました。←ブログに書いてるくらいだから、まだ少しいろんな物事に対して、「ありゃひどいぜ」という部分に対してだけは、怒ってるらしい。(笑)ひどいことするな!っという人は、やっぱりたくさんいたわけで、その人たちに追い詰められた私を守るために、巻きつけられた防空頭巾がはがされるときに、昔の景色は見えちゃいますよね。(笑)いろんな意味で。(笑)ひどいぜ、と思うのが遅かった自分に対しては、寛容な今の私。(笑)その子がこんな風になった、と思ったときに、これまた遠い思い出の走馬灯の壊れたほうがガラガラと回りだして、びっくり仰天しました。…若かった私の生ぬるい妄想を思い出させないでよー!!…情けなくなるじゃないのーーー!!そう、頼んでもちっとも止まらない壊れたほうの走馬灯。はえーはえー。速すぎて怒る暇もないほど、グルグル回転して、これまたすごい勢いで、雪景色の中にすっ飛んでいきました。まぁ、壊れているだけあって、いろんな小道具が必要なのがよくわかります。サンタの執念深さ…いや、優しさの細やかさたるや、どんだけ~というか。もう幕を閉じたコンサートの初舞台。楽屋として用意された控え室の窓から、降りしきる雪を見てた私。あの日も確か、伝説のような大雪でしたっけね。フン。←怒らない怒らない。(笑)あの日に履いていたステージ靴は、普段用におろしました。この春に。ちょっと冬っぽいけど、カカトが他のものよりも安定してるし、とりあえず、色が落ち着いているし。この靴を履いて、生ぬるいことを考えながら、ああ確かに雪の降る街を見ていたよ。←機嫌がナナメになってきた。(笑)そのこととセットになって、暴れん坊の女の子が落ち着いた水曜日が、とても素敵なプレゼントだったとわかるんですが、なんか、ダサいの。私が。(笑)プレゼントが素敵だと、私がダサく思えるというこのサイクルだけは、通常運転過ぎて、どうにもなりませんが、昨日の私は、黒のタイツをやめて、ストッキングにしました。そのストッキングすら、雪の結晶の名を持つ少女の日常とシンクロしていたことに気付くのは、今日だけど。時差があるからまだいいようなものの、一度に来たら自分のダサさを直視するだけで卒倒するから、サンタはもうちょっとごまかしてくれるといいのにな、と思うのですが。全然ごまかす気がなく、ど真ん中にストライクばかりを投げ込んでくるので、気付くだけで、ビックリして、それだけでクタクタになります。まぁ、幸せがストライクってのはいいものですが、どうなるんだ後日談は??と、それを怪しいまなざしで疑り深く見守っています。まぁ、サンタのことなので、当然、笑わせる気で仕込んでくれていると信じるしかない。ここ大事。(笑)良かったよー。あたしがすごく肝の据わったおばちゃんで、と思いましたとさ。(笑)こりゃ、若くてかわいらしい娘さんに耐えられるようなシナリオじゃないだろう、と、苦笑いするわけですよ。ええそうですよ。そこ以外、どこを誇れるというんだ。(笑)
2014年04月03日
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一人の美少女生徒が、「もう6年生になるんだよ」と言いました。えええええーーーーーっ!!!ビックリ!!!!!!!6年生、と言われると、ハッとします。幸いなことに、辞めていく生徒がとても少ない教室なので、誰が何年生かちんぷんかんぷんで、いつも困っていますが、この子が6年生?!と思ったら、本当にビックリしました。だって、あなた、教室に来たときは幼稚園だったはず。デパートの新入生フェアの一般モデルをやったくらいの超絶美少女は、メガネの賢そうな女の子になっていました。この春から、塾が忙しくなるので、ピアノはリラックスモードに切り替えようね、と相談中の子です。どうしたらおうちで練習したときに、リラックスできるだろうね、って、そんなことばっかり相談しながら、その子が大好きなボカロの曲を弾いています。勉強に疲れたとき、気持ちがモヤモヤしたとき、スッとしたくて弾けるようになってほしい、と、その真面目な女の子の姿勢を直しながら考えていました。ほかの子と比べると、体がすでに緊張していて、疲れ気味。でも、「頑張る」で話をしめないといけないサイクルになっているみたいで、なんだか痛々しくなったので…。ちょっと荒っぽく背中を動かして(笑)コリをほぐして(爆笑)もう一度弾いてみて、といったら、「重石が取れたみたい」なんて言ってました。あーもうこうなりゃ、肩ももんでやるよ、ばーさんよー、みたいにふざけながら、「春休みだからもうやめよ」と、5分前に切り上げました。教えることは十分に教えたから、後は、遊びがてら弾いておいてね、と付け加えました。「あと5分。どうする?」とたずねたとき、彼女の顔が疲れていました。でも、「やる」と言う。そのサイクルが、私には痛く思えた日でした。これ以上、教えても無駄。あとは日頃の練習。そう思って、そのこが大好きな作業に移ってもらいました。教室内を回覧板のように謎のお手紙が回っているのですが、それを書いていいよと。アンケートを書いておいてあったり、ゲームのアドレスを交換しようと書いてあったり、そのたくさんの置手紙の中には、「んーーーーー」なものも時々挟まるけど。彼女たちにとっては、教室内の見えない誰かが友達なんだなーと思うと、それを時々確かめるのも楽しくなります。幼稚園児が6年生になるほどの月日。別の小さな女の子が、自分の言葉で、「今までで、一番上手に弾けた」と言いました。来たばかりの頃、ドレミファだけを覚えるのに1年かかった子が、今では、同じ学年の子と変わらずに弾けるようになっています。それどころか、「今までで、一番上手に弾けた」といった時、なんともいえない気持ちになりました。よし。あなたも今日からエリートコースだ。(爆笑)あまり細かく言うと対応できない子だったはずなのに、その日は、「きちんと引き締めてちょうだい」と彼女のピアノが言っていました。今までできなかった正しいリズムが刻めて、それを「上手」と判断できる子になっていました。じゃあ、宿題としておうちで気をつけることは、自分の言葉で書いてみて。たどたどしい文字は、まだいろいろ間違えるんだけど、自分の気持ちを言葉にして、それを宿題として見つめながら練習したら、きっと、ちゃんとしていくよね、と、祈るように時間を過ごしました。自分の考えと、気持ちが、自分の言葉になり、自分の未来になることは、簡単なようで難しくて。そこに誰かの損得が挟まって、道が歪んでいくのが子どもだなんて、なんだかおかしい、と思う気持ちは、ブレていないから、私はこれでいいのかな、と思いながら、かわいらしい顔を見ていました。彼女の長い髪に、私のカーディガンのボタンが絡まって、いろんな景色が交錯して、ふっと物思いにふけってしまいました。この子が、こんな風に弾けるようになるとは思っていなかった。でも、そうなった。そして、それはサンタが一緒にいてくれたからだとしか思えない。そう私が思ってしまうように、彼女の髪に絡まるボタンは、私をそっと引き止める。機械のように生きないで。泣いてもいい。笑ってもいい。立ち止まってもいいから。少女の長い髪に、ボタンが絡まる時間の方を、大切にして。私に与えられる宿題は、なんだかそんな感じがしてしまいます。春の発表会の音は、ボタンが絡まる時間に思いを馳せるほうの世界にあったから、安心して、そっちに行こう、と思っています。人は、自然と一緒に、ゆっくり育つもの。それは、子どもは本能的に知っていると思います。しつけは大事。でも、自然に反したら、いけないとしか思えなくなりました。勉強も、おけいこも、お金も、みんな大事。でも、自然と相談しながら、が、できないのが大人のほうなんて、なんだか違うとしか思えなくなりました。自然は、かなり気が長い。多分・・・。(笑)大体、慌てて失敗するのは、子どものやることだし、私も失敗は多いけど、そういう失敗は減らしていきたいなーと思っています。子どもの歩く道を邪魔しない人になりたかった。だから、これから目指すのは、子どもと並んで歩ける人でいいかな、と思っています。景色だけは、遠くを見つめて。
2014年04月01日
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