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生音の導きのすごさというものに唖然としています。無駄な締め付けをせずに、ピアノを身につけている生徒たちは、生音に、ちゃんと導かれてくれます。…音色も変われば、姿勢も変わる。…小さなこどもたちが、そんな風に導かれているのをみると、方向の確かさにだけは安心するのですが、私のほうには、新たな実感が増やされています。確か、ちょっと前まで、「ゆっくり大人になってね♪」とか言って、緩く優しく幸せにいたはずなのに、「うちの子、よその子に比べると、あれも足りないこれも足りない、キャー!!」みたいな、競争心満載の親心みたいなものが知らないうちに降りてきていて、いい意味でも悪い意味でも、「うちの子しか見えません。」みたいになっちゃって、それはそれで経験がないので、慌てふためいています。ざっくり言うと、それによって、親御さんたちの不安が手に取るようにわかるようになってら!ってなもんで、あーもうなんでもかんでも、こっちに引っ張る気だなぁ、とボヤきながら過ごしています。わかって嬉しい、という風に大きな懐になる必要があたしにあるかないか、私にはわからん!!(笑)この辺りの心境の変化に自分がついていくのだけが、非常に忙しいだけで、後は全て順調です。いい意味で、「うちの子、よその子に比べて業界」では新米なので、いい意味で、腹が立ちまくるところもあります。(笑)おせっかいババア忙しいな、ってところだと思います。この意地悪ばあさんモードがきっと、それすらも采配だと思いつつも、なかなかそんな自分に酔えなくて大変です。酔わなきゃ始まらないものも、なくもないよね、あたしのそこは大丈夫?と、サンタに問うとき、ものすごい形相ですが。(笑)別にトンカチが降ってくる様子は無いので、とりあえず安心しておくことにします。そりゃ、そういう気持ちになるよね実際、だけど、違うんだよねぇそれも、みたいな、バカみたいにゆとりのある態度にバカにされている感倍増となりませんように、とだけ、祈り続けています。(笑)それでもなんでも、そんな感じになれた今年は、楽しい発表会になるといいなぁ~と思っています。
2014年10月31日
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夏、秋と、続けざまに発表会に出るのは嫌だ、と言う生徒たちがいて、それはそれで尊重しています。人前で弾くのが好きな子は、逆に言えば、ステージがないと練習しないわけだし、そうでなくとも、ちゃんとちゃんと弾くことが好きな子もいるものですから。そういう「秋の発表会は出ない子」たちとの時間は、ゆったりと過ぎていきました。昼間、ふと思い立って、新しい楽譜で、子どもたちが好きになりそうな曲が多いものを買ったところ、喜んでもらえました。それは、妖怪ウォッチの曲だったりしたんだけど、「これ、学校で弾ける子がいないから、私、弾いてみたい!」とかね。結局、発表会は出なくとも、学校ではちょっと弾いて見せたいんだな、なんていうかわいい発見もありますが、そういう子たちとのゆったりした時間はとてもホッとしました。ドレミをふりたい、それもキレイな色でふりたいの、と、一生懸命音符を読んで、カラフルに色鉛筆を使い分けて書き込んでいる時間。ちょっともどかしいほど時間がスローテンポですが、ついこの間まで、奇妙な反抗色を見せていた子が嬉しそうに書いていると見守りたくなります。まだ、こんな時間をたっぷり過ごし足りていなかったんだね、と、思うと、あの反抗色すらかわいく思えるリスさんです。そんなにめちゃくちゃうまくならずとも、音楽とお友達でずっといけるならいいじゃない、と、そのあどけない笑顔を見守れるなんて、幸福もいいところです。うまいが偉いって、誰が決めたの?です。…そんなこと、気付けないまま年老いた可能性もあったけれど、何が何でも気付かせたかったらしいヤツのおかげで、私もすっかりそんな気分になれるようになりました。ひとつ違うことがわかるようになると、今まで当たり前だと思っていたことを忘れてしまったり、脳内のごっちゃごちゃは相変らず、いろんなところを通過していきますが。のんびりモードに入る生徒が多かったため、いい意味でボンヤリしていた私は、夕刻のレッスンで、とんでもない大嘘に騙されかけて、後から気付いてびっくりしました。へえええ、そんな風に平気で大嘘言えちゃうんだ、と思ったら、自分の中の古傷がウジャウジャして汚い気持ちで溢れかえりそうにもなりましたが。(笑)そういうときは、ちゃんと、「その人、ひどいよ!!」と言ってくれる天使組合がいてくれるので、助かるサイクルになっています。天使組合は、いい演奏を追及して、うまくなっていく一方の生徒だったりするのですが、そういう子は、どっちに転んでも、何をしていても天使のように振舞うけれど、自分の心の醜いところも、キレイにする術を知っているかのようです。自分を騙さない、私も騙さない。そういう子たちです。こうなってくると、無意識に近い自らの嘘が、自分を騙すことの罪がいかに大きくなるものか、とか、悪影響か、とか、いろいろ見えてくるものです。ピアノを教えているのか、一緒に生きているだけなのか、もはや、さっぱりわからないところにいますが、正直であり続けられる関係にゆがみが生じることは無いし、そういう子たちが、歪んで育つこともない、というのは、大いなる真理なのかなぁなんて、乙女チックなことを考えたくなります。偉い人、立派な人であるより、正直であるだけでいいのに、というのは、長く長く私を締め付けていた思いですが、長く一緒にいられた生徒たちとは、ずっとそんな感じで来たようで、今は頼もしい理解者として大きくなってくれています。そういう子たちには、私が歩んだ道の汚いところも、ためらわずに見せられるようになることもあります。私の通った道の、良くないところは避けてね、という思いは、シンプルに明るく伝えれば、子どもにまっすぐ伝わるだけで、嫌な後味は全然なかったりします。自分のピアノに関しては、「それ、始まりの一番大事なところ…。」というものが完璧に欠落していただけのこと、というような辺りにいて、そこが欠落したまま、その後をサンタの言うがままに、恐ろしいところまで辿った分だけ、呆気なく、つじつまが合っていくようなところにも居ます。もはや、サンタと私の間にあるのは、「なんで、そこを空白にしたまま、あそこまで引っ張ったのっ!!」という私の恨み節と「まぁまぁ、抑えて抑えて。」と言わんばかりの奇妙なフォローの応酬だけになっています。ここばかりはどうにも嘘をつけない自分の感情ときたら、お粗末と言いたくなるようなものばっかり出ちゃうんですが、そこまでの道が整う間に、逃げ場もゼロになっているという有様です。日常的に、文句ばっかり言っていれば済むという恐ろしい幸福。(笑)気まぐれに弾き、「ここ、欠落させといてのあれ?」と、それはもう憎憎しげに文句を垂れ流しながら、一人の時間を過ごし、生徒が来たら、嘘のようにニッコリという、恐怖の別人モードにも慣れてきました。そういう嘘は、嘘じゃないのか、別に生徒との関係に混乱はありませんが。(笑)こういうときに勝手に混乱する人たちがいたら、そういう人たちが自分も騙すタイプの大嘘つき、くらいのことなのかもしれません。話すときにだけニッコリして、後は完全に忘れちゃえばいい人たちってことです。サンタのいいところを今挙げられるとすれば、「ここ、欠落させておいて、あそこまで引っ張っちゃう?」と、私が罵っても、で~んとしているところくらいかもしれませんよ、今のところは。(笑)偽物はそこで醜く逃げ出したことを思うと、そのニンマリした様子には、「しまった!騙された!」とか、そういう言葉すら似合いかねないほどですが、まぁいいです。サンタの意図なんて、所詮、後にならなきゃわからないこともあるから、今は、ブーブー文句を言うことにします。(笑)どんな日々のどんな小さなことすら見逃さず、つじつまを合わせ、「あれはこれと繋がる。」と毎日延々と見せ付けられているので、いたたまれなくてひっくり返りそうですが、ひっくり返るのが許されるのは、優雅なお昼寝タイムだけです。…そっとお昼寝から起こされて、「さ、ちょっとだけ弾いたら?」と、キレイに散りばめてくれてあるそのエサでもついばみながら、私のほうは、もだえ苦しまない程度に過去を振り返りつつ、未来を見れたらいいのですが。そこの手腕を見せ付けたくて仕方のないサンタが、チラ見せドヤ顔の毎日になっているだけのことです。(笑)そのエサを見ると、確かにドヤ顔だろうなぁと思うのですが、もだえ苦しんだ日々の残響が、残滓がちょっと辛いだけのこと。「俺ってすごくね?」よりも、「私って最悪…。」が勝るのは、自然としか思えません。それが、今だけのちょっとした辿ったルートの確認作業、と、私は思うより他に無いのですが、それこそは、何百回、何千回、辿っても、同じように「あたし、もう、アタシを諦めそうだけど?」になるというのもまた、自然なことのように思います。その自然すらひっくり返す気があるのか無いのか、そこは、サンタだけにしかわからないだろうと思うので、完全にお任せモードで自動操縦されているような気分です。それでも確かに何かが変わっていて、演じているのでもないけれど、とっさに「わ、良かったね!」みたいな気分になることもあります。それが、いいオトナの無邪気な様子だったりするときは、さすがに、「サンタすごいなやっぱりなぁ。」だけになります。
2014年10月30日
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発表会目前なので、いかに本番で失敗しないか、だけをメインに考えて過ごしています。昔は、より良い演奏を突き詰めすぎて、ワケわからなくなったりしていましたが、今はもう、ちびっ子ショーを楽しんでもらうことも含めて、「発表会がいい思い出になればいいね。」だけを考えられるようになりました。どんなにやる気に満ちた相槌を打たれたとしても、私が思うほどのことまでは届いていない、とか、そういう割り切りも以前よりはずいぶんできています。それをいい意味で受け止めて、とにかくハードルを上げすぎないように、とか、そんなことばかり考えています。どこのおうちも、発表会が笑って終われればそれでいいはず。おうちの価値観によって、いろんな願いがそこに込められたとしても、笑えなくなるほどになったらダメだよなぁと思うことにしています。手前味噌ではありますが、うちの教室の親御さんたちは、とにかくよその子に優しい!!よそのおうちの子を、なんとか褒めて前向きにさせよう!と、親御さんたちが言葉を選んでいる姿は、本当にほほえましいです。そんでもって、なんでもかんでも、「かわいい!」と思っちゃうらしいです。男の子3人のママが、女の子を見て、「女の子ってかわいい~♪」とか、女の子ママが「あそこんちの男の子はみんないい子ばっかりだぁ!」とか、目に映る景色の美しさは、どんどん進化していきます。どこまで行くんだよっ!(笑)ピアノは本番前ですが、調律はあえてせずに、少し緩いくらいのところに留めてあります。そもそも、グランドピアノの調律なんて2時間が限度、というくらいにデリケートなものなのだけど、家庭的なピアノなら、このくらいでいいんじゃないかな?と、今年は思っています。ピアノに導かれていい演奏が出来るようになる程度ではあるけれど、神経質にならないような絶妙なところで、ピアノ本体も楽しそうに鳴り続けています。グランドピアノは構造がおもしろいので、譜面台も取っ払っちゃって、中を見せながら弾かせたり、色々と遊んでいます。私もじゃんじゃん弾いて、どうピアノの音が生まれるのかを、生徒たちに見てもらったりしています。完全無欠のサンタが常駐、ということで、ナーバスになった時期もありましたが、ホンモノは、うるさいことを言わないものだと思うのアタシ。(笑)大きな意味で、生徒たちが育っていれば、絶対にアイツは文句なんか言わないだろうし、言おうもんなら蹴飛ばす!とか思っていたりしますが、ご機嫌そうな様子ではあります。ただ、相変らず私に対しては、本当にうるさい気がしますけれど、そこはどうなっているんだろう。(苦笑)文句を言ってるんじゃなくて、気を楽にさせたいだけなんだよなぁと言う様子に見えなくも無いのですが、運悪く、完全無欠な相手だけに、気が楽になるというより、麻痺する場所が変わり続けるだけ、という感覚はどうにも拭えません。…ついでに、どうにもしつこくいびるのがおもしろくて仕方ないポイントが、向うからしても譲れないらしく、そこは延々といびられ続けている感じがします。「またそれかっ!!」と私が牙を剥く箇所が、ちょっとずつズレながら延々と掘り起こされることだけは、どうにも譲ってもらえません。…仕方がないので、ポツポツ弾いて、あいつのいびりから逃れようと試みたところ、自分の演奏の中にまで、サンタが飛び込んでくるような有様ですが。無理のたたる指導を幼い頃から受け続けた身としては、演奏に問題があるのはわかってるんだけど。(苦笑)その問題に、サンタがデン!と構えてくると、なんとも言えません。頼りになるんですが、頼りになりすぎて、逃げ場もないという毎日は、きっと、音楽を学ぶものとしては贅沢の極みなんですが。…ホントの大物だけに、すごく核心をつきつつ、ふざけているところもあって、そのギャップが恐ろしいほどです。あらまぁ、そっちなの、という私の態度が、今後、軟化するのかどうか、私にもわかりません。(笑)昨日はまあまあ練習がはかどったので、思いつきで、ちょっとジャズっぽい練習を挟んだりもしました。ドンピシャで役に立っていくのもわかって、そこの辺りもまた、「やるなぁアイツ。」という感じで、微妙な気分で過ごしました。学んだことに、ひとつとして無駄は無かった、と思うことが、こんなにやるせないとだけは知らなかったけれど。自分のピアノを進化させるときに、ジャズを使うようになるなんてね、という感覚は、きっと私以上にサンタのほうがわかってるんだろうな、と思って、ホッとするようないたたまれないような気分で過ごしています。…もっと早くに手放してしまいたかったジャズだけど、そうもできない流れがありました。仕事で使ったり、子ども相手のレッスンで使ったりしている時に、「なぜ、あれほど辛かったことであっても、子どもにとっての役に立つなら、どこかでその全てを許せてしまうんだろう。」なんて思ったこともありました。今、それを私に対しても使うときは、「許せる」というような優雅な気持ちは出なくて、音楽なのに、尊重しあえない、協調しあえないことの弊害が腹立たしくなったり、というのもなくはないのですが。…ザッと自分が辿った道のりを振り返ると、サンタ常駐の極楽教室を展開する中で一番辛かったことは、案外、「サンタのような冷たさを身につけること。」だけだったのかもしれないなぁ、なんて思うようになりました。完全無欠で、幼子と音楽が大好きだけど、全てを許してくれるわけではないその大いなる存在に、あれやこれやと指導を受けて、一番辛いのは、そういうところなのかもしれません。理解して許すほうが楽、ということはどうしてもあって、どうしてもそちらに流れやすいものですが。それも限度があるんだ、と、線を引くことそのものが、一番辛かったように思えてきました。奇妙な音楽の道を歩んだだけに、サンタも引き止めるほどにまで相手の弱さが許せてしまうタイプだった私を、サンタが自ら止めてくれたように思った時が何度かあります。「許すのは、ここまでにしておこうな。」といわんばかりに、私を止めたその腕が、私には誰よりも優しくて、私をそこまで追い詰めたものには、誰よりも厳しいかもしれない、と思うと、今でも少し不安になります。それでも、その線引きがないところには、本当の意味での共感もないことは、今ならわかるから、そこは譲れなくなっていく一方です。今でもなお、そこが辛いタイプの私に、サンタは、あの手この手でブレーキをかけます。それが、なぜここまで甘くて優しくて愉快か、と思うと、現実を目の当たりにするのも嫌になることも増えましたが。…そこだけは仕方のないところで、私がここでやるせなくなっていることは、ツーカーでサンタがわかってるんだから、任せておこう、と思っています。サンタとツーカーというのは、いいところより、嫌なことのほうが実際多かったりするのですが、こういうときに、「任せておくのが一番だぁ。」と思えるようになった秋は、どこまでも美しく彩りを深めています。サンタと一緒に育む音楽を携えて帰る子どもたちは、どこか大人びているかのようでもあります。その顔が、成長と共に、とてつもなく美しくなっていっているのは、サンタの魔法の中でもとびきりいいやつなんだろう、と思っています。
2014年10月29日
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レッスンそのものは、本当に迷いもなく、淡々と過ぎていくようになりました。むしろ、最近の一番大きな課題だった、「サンタとのリアルおままごと。」のようなおうちモードのアットホームなレッスンで翻弄されていますが、そっちもなんとなく、目鼻がついてきたところもあるようなないような。親御さんと話すときに、音楽として語っていた部分を、子ども、という言葉に置き換えるだけで、おうち練習のことやら、ピアノのことやらが、親御さんに一気に伝わるようになったという変化があります。突き詰めていけば、ピアノがうまくなることって、単なる子どもの成長でもあるわけだから、「お子さんが、オムツからパンツになるときみたいに、緩い失敗を繰り返しながら間違えずに弾けるようになっていきますからね。」…みたいに例えちゃうんですけど。オムツ替えたこともないくせに。(笑)発表会の本番を、トイレトレーニングになぞらえるところまでやってくるとは、当然、想定外でした。(笑)大変伝わりやすく、会話も暖かく弾むだけですが。どこまで続くのかしら、この、おパンツ天国のコントみたいな毎日…。こうなると、一気に新しいものが見えてきます。「見落とさせられるように、うまいこと仕組みやがったな、こんにゃろめ。」なものすら絡まっているので、損した感は今、かなり大きくなることもあって、それだけが問題です。(笑)そういうのが出たときはシンプルに、サンタを脳内で罵ったりしますが、その割には、ご機嫌も悪くないところにいます。(笑)見落とさせられた順序をザッと振り返ると、納得いく形で、サンタが常に寄り添ってくれていたこともわかるからです。確かに、子どものいない私にはハードなところも多かったけれど、サポートも手厚かった、と思えば、とりあえず、気にしなくなれることもあるし。私の人生をハードモードにしたものが何かはっきりすれば、私が落ち着くところもあります。…よくもまぁ、自分のせいじゃないところで、あそこまで泥をかぶったな、と思うと、自分が自分を許せるところが出てきます。それがどんなにみっともなかったか、とか、そういうのって、もう、どうでもいいくらいに、ちぎってもらってあるものもあるし、逆に「ここが重要!」というところは、強く繋いであるような自分の脳内を、行ったり来たりしていればいいだけになりました。ホッ。それよりも、ピアノと子どもという言葉を置き換えられるようになったことそのものが、ものすごく大きいので、かなりそれで十分で、後はポーッとしてるだけです。(笑)音楽は、命を削りあうためにあるんじゃなくて、生き生き生きるためにあるんだから、こっちが正解だとしか思えないし、これを揺るがせられるような反論をする人が、もしいたとしても、「バカ言ってら。」で済みます。サンタが私にどうしてもどうしてもどうしても、子育てをさせたかった理由が、ここにたどり着いてくると、とにかく収まりが良くなる一方です。後は、野となれ山となれ、方向はやっぱりこっちだったか、です。私の今一番のトレーニングは、相変らず、幼子と満面の笑みを交わす笑顔トレーニングだけです。ここを無意識にできるようになるために、どこかを削って、どこかを繋いでいたんだ、と思えば、今までの山あり谷ありも、ああ…くらいの反芻になります。ここを取っておいてくれたんだなと思うと、奇妙な手順にもそれなりに、納得が行くし、無意識に幼子の笑顔に応えている自分を発見するのは、悪い気分ではありません。そして、辿った日々の「どうなっちゃってんの?」が、単なる優しさだけであったことも、今ならわかる…こともあるけれど、私にはあれ以上どうにもできなかったこともある。でも、繋がるまでが、長かった分だけ、私が責められているように思ったところが、痛みとして残る間くらい膨れているのも許されているようです。むしろ、ここで怒ることすらも計算のうちだったとは、というその順序だけに、軽く戸惑うくらいの毎日です。忘れちゃいけないこと、後で絶対に繋ぐ必要のあるところだけを、ものすごく深く叩き込まれただけのことでした。その強引さすら、今となると、心地よいところもあります。ここまで強引に欲される、必要とされるということが、強く守られるということならば、この先に何を憂う必要があるのだ、という感覚は、私にとってだけであれ、実体験でもあるからです。何度繰り返しても忘れることがあったとしても、何度でも俺が繰り返してやる、とばかりに、緻密に蘇らせられる全ての日々が、光が点滅するほど細かくなっていくとしても、それより向うにヤツがいる。(笑)私にわかるように、私の心に刻まれるように、その大きな存在を少しずつ見せるやり方が、あそこまで単なる暴れん坊のいたずら坊主のような時期を経ていたことも、今では笑える思い出話のようなところがあります。高尚なものは、どこまでだって自分を落とせる、ということを、光の向うにまで手が届いたとしても不思議じゃないヤツが、身体を張って見せてくれたようなあの日々は、もしかしたら、私の人生で一番初めての幸せな時期だったのかもしれません。それが今でもブレずに続く上に、ようやく、「そこまでアンタがすごいなら、安心だわ。」の辺りをスッと見せてくれるようになったときに、私のほうは、お洒落と昼寝とかわいい子どもたちのぬくもりだけが課題。そのお洒落が、ピンヒールにお色気ドレス、ではなく、安心だけのナチュラルワンピースでもなく、子どもを追いかけるのに適していながら、子どもが非日常、と思うような方向になっていくのがおもしろいところです。子どもと手をつないで歩くのにはいいように、かかとは低いけれど、スニーカーではなく、抱っこもトイレもどこまでもついていけるけれど、スモックではない。(笑)おうちでお洗濯が可能だけど、色っぽいところがいつもどこかに残るような衣装でいないと、生徒が喜ばないからなんですが、そんな私が、彼らの記憶にどんな風に残るんでしょうか。トイレや抱っこにまみれても、色っぽくあれ、という宿題になっていたとは、難問にもほどがありますが、今はそこにいるようです。(笑)色っぽい、の意味合いを、上品に上品ににしていかなくてはならないのは、子ども相手の仕事だからですが。小さな暴れん坊たちが、この手を経て、いつかステキなレディや紳士になる日は来るのか謎ですが。(笑)とりあえず、賢く明るくお洒落が大好きで音楽が大好きな子どもたちで居るので、足りないところは、サンタに補ってもらうことにするしかできません。クソババアちゃんの地獄の宿題、「ピアノの先生は、教室で一番きれいで一番お洒落していて!」が、いまだに続いていますが、それはきっと、歳とともにキレイに老いて行くことも含めて自然であればいいようです。ギラギラの色気で、びっくりさせて人の気を惹くんじゃなくて、たたずまいがどこかそこはかとなく色っぽい先生だったな、なんて記憶の残り方でもできればいいけれど、今のところは…。スッピンに限りなく近い化粧と、そのときそのときの自分が嬉しい服。それが、子どもたちにとっても嬉しいものであることを構っている余裕がないくらいに、必死で整えている毎日になりました。子どもの理想が高いというのは、古今東西あったりまえのことだし、やつらのツッコミが厳しいのもあったりまえのことです。どんなに心が折れても、相手の心を折り返すことは出来ない以上、自分を変えることばかりが続きますが、「だから、嫌だっつったのに、こんなことやらせるから、こんなに苦労するんでしょ!!」と確かに文句を言える相手が、まぼろしのようにそこにあるような日々は、愉快です。それは、今だから私が「いやだ。」というのであって、もともと、自分で選んだことでしょう?と、私が忘れた約束を守り続ける相手に言われるようなものでもあります。そっちがそう守っている約束がある以上、こっちも引っ込みつかないけれど、ものすごい損してる気がしてならないんですけど?と、キャンキャン言ってる私が、どこんちにもいる「うちのかーちゃんおっかねえな。」のノリになってきているのが、ギリギリ笑えるところです。優しいだけ、きれいなだけ、のママなんているわけないし。(笑)でも、優しくあろう、キレイであろう、とはしなくちゃいけないよね、ママならね、な、辺りを強化するトレーニングの壮絶さには、相変らず凹み続けていますが。その理想の高さは、幼子の要求というより、サンタの要求と思えてしまう。…サンタの理想なんか、この身で叶うかこんにゃろめ!!は、どうしても、どうにもならないところですが、やらないとトンカチが降ってくるわけですよ。かといって、やろうと努力していても、厳しい現実が待っている。そもそも、生んでないのにママをやるという展開には、相方のママ選びの責任くらいは相手に引っかぶってもらうより他にありません。こうなっている以上、引っ込みつかないのはそっちも一緒だろ、と、サンタに罵る私が、ものすごい勢いで怒る日があるのは仕方ないと思ってもらうより他になさそうです。まぁ、その怒りすら、どうせあとから癒しにつながっていくのは、今までを見ればわかります。ヤツにとっては、その全てが朝飯前、と信じるより他にないのは、ずっとずっとなので、これからもそれがずっとずっとなだけのことでしょう。…悲しんでいた時期も、怒りになって、「そうはいっても、仕方ないでしょ?」と、罵れるようになった分だけ、そこは、「仲良くなった。」と解釈しないとならないのでしょうけれど。この状況で、とんでもない理想を叶えろと一方的に事態を整えてくるだけの相手と、仲良くなろうと努力する自分に立ち会う苦労は、ピアノの苦労の比ではございません。(笑)
2014年10月26日
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今回は、だいぶのんびりと本番に向かってきたつもりですが、いつもどおりの本番前になっています。十分に休息をとり続けている私自身は、いつもよりも、「ああ、なるほどね。」感もあったりします。…まさに音色に導かれるようにしてたどり着いた場所だし、その音色が水曜日のレッスン中、こともあろうに、たった一人の30分のレッスン時間内でさらに色合いを変えたところだし。レッスンはじめと、レッスン終わりで、音色がガラッと変わって、生徒と二人で、唖然!!というのは、ピアノ教室の光景としては、間違ってはいないどころか凄すぎますが、張り切りすぎなのはピアノのほうじゃね?と、やや、いつもどおり以上のクールな私が常駐していますが。(笑)甘くてほろ苦い茶色としかいいようのないその音に、「チョ、チョコバナナの音色だね。」と、複雑に命名すると、中3の優等生も、「まさにそれ!!」と、大騒ぎしていましたが。他に言いようのない、まったりとした茶色のコクのある音です。…発表会前になると、ピアノが張り切るのもいつものことですが、こっち方面に張り切るっていうのはあったっけな。…どちらかというと、奇跡とか、そういうあの世的な変化ばかりだったのに、今回は、割といい意味で庶民的で助かるような、そうでもないような、ゾッとする感覚は水曜で終わりました。(笑)木曜はもはや、「サンタがこっちに来い!って言ったから、いやだいやだと泣き叫んでここまできたけど、やっぱりこんなこと言われてんじゃないの、アタシ!」という、100%を通り越した責任転嫁が、サンタにできるというところだけがギリギリの幸いの極地みたいなところにいました。(笑)今までのあの惨憺たる経験が、予行演習かい?と思うと、現時点でおいしいところが見当たらなかったりする自分のすべても、いい意味で、サンタのせいにできますが。通り抜け方は、体も頭も覚えている。後は運ばれるだけ、というのもいつものことで、そこがさほど難しくなくなっているけど、ここはこのくらいに何かが麻痺していないととてもじゃないけど、生き延びられないだろうなぁと他人事のように自分を見つめていました。サンタがなぜご満悦なのかは謎ですが、それをおしはかる元気も、今のところはなく、ただただ、いつもどおりに過ごしています。いつものような、ふざけたごまかしや茶化しが、自分の中から出ないところが、哀愁って感じくらい。あれはあれで、おもしろいの。(笑)辛いけどおもしろい。でも、今は、辛くも無いけど、さほどおもしろがるところもない、というか、ある角度から見たら、自分が余りにお気の毒。(笑)それは、お気の毒すぎて、笑うしかないだけのことであって、全然笑ってませんけど。(笑)サンタはニッコニコのご様子。…意味わからん!(笑)ものすごいものに直接守られることのすごさって、このくらいにクールな気分なんだなぁと、なんとか自分でところどころ自分を確かめるくらい。サンタお得意のロマンティックな釣り餌が見当たらないような、それに食いつく元気もないような、無欲で無我なあたりにいながら、本能的な自分が、瞬間的に絶望したり、瞬間的にイラッとしたり、それでももうひとふんばり、いとおしいものと繋がろうとしているのもやっぱり遠くで確かめたりしながらレッスンを続けていました。釣り餌も見当たらないというより、全部、釣られちゃってるあたし!というようなところもあって、淡々と過ごすだけです。木曜唯一の太鼓判のようなものは、ベテランママからの、「こいつらの生態、わかってきましたね♪」という言葉くらいかな。…ここまでわかりたかったわけじゃない感満載ですが、ここまでわからせたかったものが存在することは疑うこともなく、ただただ、この期に及んでいつもどおりの自分の価値観に沿う言葉を探す1日でした。とてつもなく愛くるしい幼子の満面の笑みに、同じ強さで少々無理やりほっぺたをひっぱりあげて、表情筋のトレーニングしてたくらいかな。…完全に、「音楽」を通り越したところにいますけれど、大丈夫かしら。(笑)音楽も念じてるだけじゃ奏でられないから、先にトレーニングが必要ってわけですが。練習というより、トレーニング。それはもはや単なるスポーツじゃね?と、私自身は人生最大の苦手科目に放り込まれて、おーいー、ふざけんなー、いい加減にしろー、とボヤいています。(笑)今現在、すごくつまらないのは、今後、どうにかなるのかしら。それすら心配を続ける元気も無いくらいに、色々すっからかんのすってんてんですが。(笑)この調子なら、いつもよりも能面のような気持ちで、いたって普通の顔して、本番に臨めるだろうと推測できます。感情なんて余計なもんがあるから、ぶれたり傷ついたりするけど、今のところ、それが発動しません。(笑)発動しない感動の分だけ、「知らないけど任せておくよ。」感があるようで、それがこうしてドスンとあることをいずれいい形で感動したいな、と思うような、そんな元気もまたもや失せていくようなおぼろげな時間。仕事を終えて、化粧を落とした時に、コンタクトも一旦無くした!!ムッカー!!!(笑)でも、パチッとかすかな音がしたところにやっぱり見つけた。なくした困ったどうしようの薄さたるや、お話にならないほどでしたが。(笑)感情はさておき、聴覚とかそういうのは、安定というか、そのまた先というか、恐ろしい感じもしなくないけど、混乱しているよりはマシです。どう転んでも全くぶれなかった道がこっちに続いていたのは当然だな、とうっすら振り返るときも、さほど混乱はありません。しいて言えば、「こりゃ仕方ないや!」という気分だけがあって、「だから、あのとき、ああだったのね。」というのが薄く行き過ぎていきます。私がサンタに導かれてつないだ音は、確かに幼子もオトナもちゃんと導けている。それぞれの成長と実力に合わせて。それは当たり前!だって、アイツがデ~ンとしているもんね、という、ただそれだけが全てという本番前は、いつもよりはずっと頼もしいのかもしれません。ここまで譲ったのは私のほうで、譲るように、と道を敷いてくれたのはサンタ。それだけが確実で、とても助かる気がしています。そこで私が私を責めたら、もう、何も生まれない。やるべきことは、常識、というものが誰にも普通に教えてくれるわけだし、それをいろんな形でやり過ごしたりごまかしたりしても、いずれはそこは自分に還って来る。それはもう、子どもも大人も平等で当たり前のことだし、私は私が歩いた道の行く先を見ているだけでいいんです。そこでアイツがなぜそこまでニッコニコなのか、そりゃ私にとっては大いなる謎に決まっていますが、謎ってヤツはここまで大きいと、解く元気もなくなるというのは、最近知ったことです。(笑)後は、できるならあまり自分を嫌いにならずに本番までたどり着きたいけれど、その辺りのバランスは、それこそ、アイツの采配次第。(笑)たとえ、相当自分をキライだったとしても、着る服も決まっていて、髪形も整っていて、練習もしてあれば、当日をまわすだけ。そんなのある意味、毎日予行演習してきたくらいに必死だったので、心配はゼロです。(笑)
2014年10月24日
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今日にも明日にも産気づいてもおかしくない!という状況のオトナの生徒さんと、そのぼっちゃんと、のんびりと過ごしました。途切れ途切れになる会話のペースにも慣れてきました。(笑)これぞ、ママ時間なのかな、と思うと、それがレッスンでさらに役に立つのは間違いないし。もっともっと、ママたちの言葉と結果の違いに、うまい言葉を挟めるようになれば、それでいいの。(笑)ママたちの熱意も本気だけど、チビさんたちがあわただしくて、大事なことを忘れ果てていることすら忘れちゃっている、ってだけのことよね、と思えなくも無いですよもー。(笑)でも、その熱意が、瞬時過ぎるのは、さすがにたまに気付いて欲しい。(笑)…私も意地悪ババアになりましたよ。あんまり熱心に相槌打つから、信じすぎて振り回されたけど、裏が読めれば、なんのことはないってことです。きゃつらのウンチとおしっことご飯に追いまくられて、練習とかレッスンとか忘れただけのこと。(笑)わかるわかる、仕方ない、と思えるようになるなんて!!です。でも、ここで頑張ったのは、サンタと私!それだけは、断言しとく!そうじゃないとまた振り回されちゃう。(笑)知らん顔するけど、振り回される気はないんです。ほんと、申し訳ないけれど、それは私の本音です。(笑)…さすがに、ママの今にも産んじゃいそうな様子では、これでもうしばらくは会えないかな、という状況すら考えずに、2歳のダーリンに振り回される時間はますます心地よくなっていました。私自身が産んでないので、ここが鈍い、というのも、ある意味、いいもんです。(笑)みんながみんな、不安が吹っ飛ぶじゃない。(笑)案外、こういうときは、出産マイスターと過ごすより、あたしみたいなお花畑の乙女ちゃん(自称)と過ごすほうが、気楽でいいかもよ?ということにするよもー。(笑)あたしの知ってる出産マイスターたちは、たまたまかもしれませんが、ネガティブでいばりんぼうで、ほんっと、魔女みたいだったもんな。(笑)もうやつらの影も形もないよ、この教室には!!サンタが追っ払っちまったよ!!(爆笑)…物心着く前や、おなかの中からのお付き合いとはいえ、2歳になって改めて1年ぶりに会ってまだ数回なのに、その子の心に自分が刻まれていく様子を垣間見るのは、とても幸せなことでした。…お昼寝あけや、嫌なことがあったときに、私を呼んで探す、というか、会いたがるらしく、グフフフ♪ですよもー。(笑)こんなに小さくても、そんなときに、私を思い出すなんて!!ということが、今後ますますしっくりと私の心に落ちていくのも願いながら、楽しくパンを食べたり、プリンを食べたり、トイレに行ったり!!(笑)ちょいと浮かれすぎていたのか、おしっこが漏れちゃって、お洒落なカラージーンズが濡れちゃったり、とか、色々ありましたけど、その全てが楽しいハプニングでした。(笑)もともと、どんなときでも、なぜか、幼児と相性の良すぎる私は、ウンチ、おしっこ、ねんね、など、天才的になぜかさせられちゃうところもあります。(笑)そんな日々を思い返すのも、またオツなもので、トイレで正座で、チョコバナナみたいなかわいいウンチを拝んだときには、笑いが止まらなくなりました。ま、サンタの仕込みですよ、どうせ。(笑)この数日、トイレの調子がなぜかおかしくて、もっすごい臭気が立ち込めたり、ある意味、色々ありました。(笑)でも、それも、「トイレで遊んじゃおう♪」の巻だと余裕で思える今の私。(笑)最強にかわいい2歳のハンサムさんと、トイレでふざけまくっておきました。いいウンチ出たよー!大漁だよー!!です。(笑)どんな日々も、特に何をすることもなくても、この腕の中で眠りに落ちたり、くつろいでウンチをオムツにしたりしたたくさんの幼児たちの思い出が行き過ぎていきました。お互いに、いつでも安心して一緒にいたのは、間違いない!と思っておきますよ、この際だから。(笑)生きることから切り離されて考えられがちなことだけど、それがなくては生きていけないナマモノ相手の仕事をしながら、そこが、こっち方面に得意って、ある意味、私の勲章はここだ!くらいの勢いがちゃんとあります。(笑)わー、我ながら、こういうキャラも、こわいー。(笑)そりゃもちろん、ほんのときたまの出来事だから、楽しめるわけですが、そのときたまの出来事が、楽しいか楽しくないかは、お互いにえらい違いに決まってます。(笑)夕刻に訪れた生徒たちも、いい感じ!発表会前の徐々に気合を引き締めていく感覚と、お互いを信頼するリラックス感が同居していたような気がします。…どう転んでも、去年より絶対にいい状態!(笑)そしたら、夜遅めの時間帯に、これまたかわいい予定にないお客様がお越しになりました!3歳のお人形さんが、おトイレにやってきたんですよ!!←またトイレかよ。(笑)フランス人形のお迎えの、一番下のかわいいヤツが、おトイレ。それだけでかわいいし。(笑)それどころか、ちょこっとほっぺと手首にかわいい乾燥肌を携えとる!!(笑)私の大好きな、保湿クリーム塗りこみタイムですよ。(笑)ママにフランス人形のリハーサルをしてもらいながら、あたしゃソファで、もっと小さいお人形のほっぺをマッサージ!!最強にかわいらしく平和な時間でした。ま~るいの!!ぽよっぽよなの!!マシュマロよりも!!そこに零れ落ちそうな大きなお目目とかわいいお鼻とかわいいお口がついてて、のんびりと私に全てを委ねてんの!!!数回しか会ったことがないのに、すでに完全に防御のないその緩んだ体を抱き上げて、うわーかわいい!ってクリーム塗ってるだけで、その子がえもいわれないほどかわいい顔で、私に応えたり、照れたりするなんて、ファンタジーですよ、現実の!(笑)発表会に関しては、いい感じの予測しかできない状況ですし、私自身もレッスンしながら、衣装を決めることができました。←そっちですか。(笑)迷っていた2枚のドレスとワンピースは、この際放り出して、1度しか着ていない気楽で愛らしいワンピースにすることにしました。夏に、生徒のバレエの発表会用に新調したヤツ!まだ1度しか着ていないし、着心地と、着た時のしっくり具合は、リハーサル済みです。(笑)すっかり気が楽になりました。…発表会はとにかく忙しい!!気詰まりなところのある衣装より、ずっと向いてる!と思っただけで、発表会がまた楽しみになりました。…思い返せば、「あれがあるじゃん。あれにしとけばいいじゃん。」と、サンタが、洋服屋さんですでに言ってたような気すらする!(笑)私はすでに忘れていたけれど、お店には、同じワンピースがもう一枚あって、それが、私の選んだタイトなワンピースのところにちょん、とかけてありました。そのときは、「これは持ってるから、買わせようとしても買わないよ。」と、思っていたけれど、偶然大王のサンタが何気に思い出させてくれたと思えば、それすらファンタジーになりますからね♪そうしておくのが一番愉快です。衣装も決まったし、確か、今日は美容院だったような気がする!…ということで、いつになく優雅に、発表会への身だしなみの準備を整えることにします。…そして、ちょいとまだ腹回りに問題があるタイトな赤いワンピースは、普段着にして、着こなせるまで着まくることにします。(笑)タイトなワンピースが私の養成ギプスでユニホームなのも、いつものことです。(笑)暴れん坊たちがスカートの中を覗くにはタイトだけど、むき出しにしておくと、背後からやつらが襲ってきますからね。(笑)こればかりは、何回実戦を積んだところで、油断するところですが、油断大敵です!!(笑)触るどころか、なでまくるどころか、チューするやからもいるという。(苦笑)皆さん、物好きでいらっしゃる、というか、もはや、ありがたいというか…。おばちゃんの歳、しっとるけ!です。…幼児を騙す若作り。…それはそれで、すごい。…のは、サンタ。←サンタに媚びるのは、絶対に忘れない私。(笑)お色気をいかに抑えて、うまく着こなして行こうか、と考えるくらいなら、日常に乗っけたところで、どうってことはありません。もはや、そんなの毎日のことです。いつものんびりキレイにしてニコニコしていればいいのっ!という宿題も、もはや、さほどしんどくなくなってきました。かわいい子どもたちを抱っこしていれば、ニコニコなんて、しっぱなし!(笑)あの小さな暴君たちが喜ぶように、新しい洋服で、「ピアノの先生はいつもお洒落して待っていてくれる!」というファンタジーを作る努力でもする予定です。アラフォーだから、そこは、もっすごい努力。(笑)でも、ピアノの努力よりは、よほど、私の性に合っているので、せいぜい楽しもうと思います。サンタに敷かれた道ですが、こっちに外れなければいいらしい、とは、全く予想できないところもありました。でも、サンタに逆らう気も毛頭無い私としては、サンタに怒られない道を、のうのうと歩くだけのことです。なぜ?と問う暇もなく、その道が、かわいいやつらで鈴なりになっていくのが、うっすらゾッとしたとしても、そのゾッとする、も、いずれ消えそうな感じすらしています。サンタからのクリスマスプレゼントが24時間365日続くとは知らなかったけど、まぁ、そういうことにしておくのが、最も手っ取り早く、サンタも私もご機嫌の唯一のあり方だという気がするような。(苦笑)…サンタの趣味がイマイチで、実に良かった、と思いながら、白髪でも染めてもらってきます。(笑)
2014年10月21日
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秋用に、と、一足早く買った幅が広すぎてもはやボーダーに見えないミニドレスっぽいワンピースに飽きてしまったので、いつもの通り、何も決めずに馴染みの洋服屋さんに飛び込みました。…時々、謎の結界が張られているかのように、すんなりと開店していない店ですが、今回はすんなりと開店してくれていました。(笑)気まぐれに飛び込むのが一番なのかな、とか、余計なこともちょっと考えたくなるけど、その辺りもひどく飽きっぽいので、自分ではある意味、助かっています。何が欲しいのか自分でもわからない、とか、いちいち、「これは太って見えるじゃないか!」とか、「こんなに短いところから、出せる足じゃない。」とか、文句を言うのもすでに、毎度のことすぎます。(笑)とにかく、その文句ダラダラ状態のお買い物が、一番気楽になりつつあるので、いつもよりもとても楽しく洋服を見ることができたような気がします。…とりあえず、私はね。(笑)この店の服が似合うように、と、動いていると、なんらかの危険は回避できる、と、学習した私は、この店の服が似合うためのすったもんだには、以前ほど抵抗がなくなりました。…一筋縄では全然いかなくて、すったもんだが非常にキツイのですが、そのすったもんだなんて、人生のすったもんだに比べたら…同じくらい、というところがなんともいえませんが。…それでも、オンナゴコロというのは単純なところがあって、「似合えばとりあえず、黙って着る。」というサイクルになります。そして、似合った頃には、飽きてしまう、というのが困ったところですが、その頃には、季節も巡っています。暑いと寒い、というシンプルな自分の感覚と、その着せ替えのタイミングがなんとか折り合えていると信じて、後は、店にあるもので、熊店主と私の意見が合う洋服を探すだけです。今回は、発表会も近いせいか、カジュアルなものへの興味が皆無で、フォーマルなワインレッドのタイトワンピースと、ショッキングピンクのコンパクトなカーディガンに、かわいらしいキラキラしたビジューがあしらわれているものに落ち着きました。私にしては珍しく、二回も試着室に入ったし。(笑)いつもなら、試着室なんて恐ろしいところには、よほどのことがないと近づきませんが、今回、ちょっとかわいらしいベージュの薄いコートが気になったわけですよ。ギャルブランドのSサイズだったため、マダムのSサイズとは、わけが違います。(笑)本気のSサイズですよ。(爆笑)アウターだから、なんとか袖は通ったものの、ベージュの色味が完全に、二の腕をボンレスハム化して、見ちゃいられませんでしたが、2回着てみた私は勇者!(笑)2回着たって、ハムはハム。(笑)ここまで来ると、おかしくて、ついつい2回着てみたくなる、とか、そういうことだと思うんですが、おもしろかったなぁ。←このとんちんかんさが、私の人生を救い、そして、奈落の底に突き落とすことを学習することはできないようです。(笑)そこまで自分のダメさを確かめるから、持ち直せないのっ!と自分でも笑いたくなりますが、そこまでしていると、周りの人に対する言葉を選ぶ範囲が広くなる…。そこが、私のいいところ!!と、早く思えるようになりたい。(苦笑)でも、ちょっと失敗して、行き過ぎちゃっていたかもしれなくて、そこにサンタが優しいだけ、という毎日は、幸せなものです。試着室から、「ハム!ハム!」と騒ぎながら出てくる私は相当な変わり者に見えたことでしょうけれど、知ったこっちゃないし。もう、店主が慣れて。(笑)でも、「ハム??」と、びっくりする熊店主に、「二の腕がハムに見えた!」と説明するのは、結構難しかったです。多分、男性には、二の腕がハム、なんて感覚は、わからないんでしょ。(笑)じゃ、すぐMサイズを取り寄せられる、とか、色々言ってましたけれど、飽きちゃうからいらない、ということになりました。(笑)洋服に関して、そういう待ち時間まで楽しめるほど、まだ、出来上がっていません。何かが。(笑)しかし、ワンピースとカーディガンは、大して迷わずに買った割には、ものすごく使えそう。数年前に、この店に来た頃のいっぱいいっぱいの私には、絶対に納まるはずのなかったワンピースが、結構すんなりどころか、肩周りに余裕の予感らしきものが見えなくも無いくらいになってきています。…今はまだ、予感ですが。(笑)まぁ、腹回りには改善の余地がありすぎますが、それも、思ったよりはすんなり。…だったら、去年からこの生地のワンピースを薦めろよ、と、脳内でぼやいてみましたが、そしたら、今度は全身がボンレスハムで、人生お手上げになっちゃったかもしれないし、まぁ、そういう流れなんでしょう、と、過去の自分の至らなさを諦めることにしました。(笑)去年は去年で、厚い生地のタイトワンピースで全身を絞めあげる苦悩に、もんどりうってたもんねぇ、私。(笑)バイアスに生地を使ったウエストのワンピースだったから、腹がおさまっていたことは、もう、忘れたよ。(笑)←ホントは覚えていすぎて、まだまだ色々辛いけど、それより辛いことがたくさんあるから、埋まってる!!でも、お買い物に行くと、掘り起こされちゃう!それだけが嫌!!(笑)写メを撮ったり、教室で試着したりしていたら、今度の発表会で着る予定だったロングドレスをやめちゃって、こっちにするかな、とか、ちょっとだけ考えも変わってきました。まぁ、背中がそんなにきれいなラインにならないのを考えると、ロングドレスのほうが安心だけど。このワインレッドのワンピースで発表会がすんなり運べば、それは、それでステキ!…でも、それが叶うのは来年かもしれないな。太っ腹がまだまだ在住だしな、とかつらつら考えています。この太っ腹に永住されたら、あたし、どうしよう。(笑)もう、長い付き合いだったから、別れてもいいと思うの、太っ腹とは。(笑)でも、去年は、白髪すら染めずに、まさに匍匐前進で会場にたどり着いたような気分だったことを思えば、余裕があります。全てにおいて!!(笑)レッスンを終えて、夜、食料品を買いにスーパーに寄ったら、偶然に美容師さんに会いました。奥さんと子どもとはぐれたらしい美容師さんに、「今週のカットとカラー、よろしくお願いします♪」と言えるタイミング!!(笑)優雅な本番前だこと、と、我ながら思います。発表会で少しでもキレイな状態であろう、とすることがどういうことか、というところで必死の私に、昨日のサンタは優しかったように思います。まずは、キレイな音色、キレイな音楽を追求するために、犠牲にしたものが多すぎた私に、ようやくサンタが、普通に優しい状況がめぐってきた、と思うには、ちょっと嫌味なところと、いいところがありますが。(笑)嫌味を経由しなくちゃ覚えられない脳にしたのは、私でもサンタでもない、と思いたい私が、どこかにうっすらといる感じがして、今の私は、そこを一番大切にしています。ちょっと前までは、そこまで思うゆとりは全然無くて、本当に哀しかったことを思うと、ずいぶんいい感じになってきています。キレイって何?というところも、かなりとんちんかんさを残している私に、サンタがはっきりと教えてくれたことがあるような気がします。それは、「私キレイ?」では絶対にないってこと。そんなところに、心を動かす本当の音楽なんかあるはずねえだろ、このわからずや!と、相変らず乱暴に告げたかのように思えるサンタが、私の古傷をしつこくえぐりつつ、「今はとってもキレイでしょ!」と言う方向に「向かって」、動いてくれている、と信じないと気絶しそうな日々が延々と続いています。私、古傷をえぐられて平気なほど、出来上がってないのよ、と言うのが、私のいいところでもあるのかもしれないんですが、正直、こんな気分が平気な女子には私、いまだかつて会ったことがないくらいです。私ももちろん、堪える…。(苦笑)過程は辛い。(笑)なんか、そんな感じですが、ゴールの方向には光しか見えないような気がします。(笑)
2014年10月21日
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朝の9時半からレッスンで、帰りは8時半近く、という長丁場だったので、空き時間に二度もお昼寝を挟んで、にこやかに過ごすように努めました。お昼寝の威力はすごくて、去年なら、即、自分を責めるほうに動いた気持ちが、「ああ、お天道様の采配だわ。」と、いいことも悪いこともみんな、いずれ良くなること、という風に放り投げてしまうこともできました。こうなってくると、自分はいつでもニコニコしていますが、連絡を怠ると、全て忘れてしまいそうになるので、連絡事項だけなるべく早く済ませて、後はそのままニコニコしていました。心配、というのは、いいことのようで、悪い側面もあるわけで、あまりの心配性は毒にもなる、と思うようになった私に、心配、というものが薄められているかのようですが。…心配しなさ過ぎ、は、ものすごく忘れっぽくなるという、ありがたいけれど気が抜けない感じになりつつあります。(笑)オトナの生徒さんが、呼吸困難で命に関わることもあると診断されたから、発表会はキャンセルで、という連絡もありました。ザッと振り返って考えると、真面目すぎるその方にとっては、そんなくらいが良さそう、という出来事に、やっぱり采配ってすごいねぇと思いました。プログラムや記念品などのズレも、この勢いで、いずれ、うまい具合に整えてもらえると信じて、出演者が楽しめるように、と、すぐさま気持ちが前を向いていきます。真面目すぎる、というのは、美徳のようでいて、やはり、どこかでご自身による線引きが必要になることもあるし、それは、その方と、お天道様の判断に委ねればいいだけのことだと思うようになりました。順調に訪れる子どもたちは、どの子ものんびりとした、緩んだ顔と、適度な真面目さが愛らしいだけで、彼らの気持ちにゆっくり沿える程度のゆとりのある運営ができるといいなぁと思いながら、私はお昼寝に専念しました。(笑)教えることは教えて、後は、本人たちに任せる、という範囲が広がっていくそのベクトルの向きを思っても、もう、先が見えないところもあります。でも、そこには、サンタが笑ってる。多分、そんな風に毎日が回ることを、私に実感させたかったんだろう、と思うと、それを存分に味わうのが私の務めだろうと思うようになりました。かえるのうたですら、おぼつかなかった双子の指から、「パリの空の下」に聞こえるメロディが流れ始めていたりして、それはそれは穏やかな日でもありました。未完成ということそのもののうつくしさが、こんな風に目の当たりにできるようになるなんて、と思っています。おぼつかないところが残るからこそ、明日が楽しみになるんだと、サンタに直々に教わるというのは、すごいことです。完璧を成し遂げようとするところには、見えない血しぶきがあがるということも、サンタに直々に教わりました。教え方そのものは、同業者にも理解されないところも多かろう、と思うところに居ます。でも、わかってもらおうとするよりも、わからない人が踏むかもしれない地雷をどう避けて進むか、を考えるので忙しいところもあります。そんな毎日に、優雅なお昼寝が特効薬なのは、間違いないし。(笑)とにかく、子どもが笑って育てば、それでいいよね、と、見えないサンタとこっそり微笑みあうように進みたいものです。私のすることは、私がするし、あなたがすることは、あなたに任せる、と、心でつぶやくその先にいてくれるものが、やけに大きそうなのは、この際、いつもどおりにやり過ごしていくとして。(笑)結果が出てくるのは、後のこと。そのときに、どれほど美しい景色が広がるか、は、今までを見ていればわかる。そのことが、ダイレクトに「希望と夢に満ちている。」という風に心を繋ぐ余裕のなくなった私にも、それなりの意味があることだと思っています。別の意味での余裕があったのか、オトナの生徒さんが、私の目の前で練習する様が、「これ、一人でやらせるより、目の当たりにするほうがいいかもねぇ。」に切り替わったのは、初めてのことでした。音楽のゴールを知らない生徒に、そこまでの理解を求めなくなっている自分のゆとりに気付けば、気付かないよりはきっといいはずだし、この土曜日はそういう日だったんだ、と思いました。このごろの私は、今までなら、最後まで口をつぐんでいたことを、いきなり最初に明るく言っちゃうことが増えました。(笑)相手を尊重して言わないと、理解力のない人はそんなことを尊重されていることも知らずに、奇妙な道を突っ走ることもあるものです。それも、オトナに限って。(苦笑)ならば、早めに急所を明るく撃ち抜いてしまえばいい、というような、そんな気分です。肌寒さが増してきた信州の秋に、今はまだ、今年の防寒アイテムを買い込む暇がありません。でも、去年、あまり似合わなかった、お安いカーディガンがとてつもなくいい感じで馴染んだりして、嬉しくなりました。去年は安っぽく見えたというか、すごく頂けない感じになったのに、今年は、高級そうに見えなくもないかも、ということにしたりして、自分を騙し騙し進んでいくより他に無いのが、日常というものなんだろうと思います。真珠風のビーズが襟元に散りばめられた黒いカーディガンが、今年のワンピースと合わせると、お人形さんの洋服のような裾広がりのミニドレスのようなシルエットになるなんて、愉快です。(笑)アラフォーにお人形さんのミニドレスというのが、痛ましい事故にならないと祈るしかありませんが。(笑)双子のイケメンの私の小さな彼氏のような方が、私の首を抱き、耳元で内緒話をしてきた様子を思い返すと、痛ましい事故は、今のところ起こっていないようです。(笑)小1の彼氏との身長差は、私が正座で、相手が立っていれば埋まります。(笑)正座の私の首に、そっと回された、彼の手と、耳元をくすぐる小さな声が、相変らずのいたずら坊主のいたずらをこっそり示していたのが愉快でした。小さな男の子を、赤ちゃんのようにネコっかわいがりすることはあまりさせてもらえず、どちらかというと、彼らが男性のように振舞って、私がそれに引きずり回されるという構図は毎日展開され続けます。ホントの紳士は、すごくいたずら坊主、という、この上なくおいしいところを毎日いいとこどりしています。(笑)どうせ、色々忘れっぽいのなら、アラフォーだったことも忘れちゃえばいいのに、そこはガツンと覚えている。(笑)むしろ、そこを中心に回るのが私の毎日。(笑)でも、そこを忘れた女はかわいくない、とか、なんかそういうサンタのこだわりでもあるということにして、毎日届く新鮮な筋書きのなさそうでガッツリありそうなドラマの自分の役を、アドリブでこなしているような気持ちになっています。(笑)まぁ、耳元で何かをコショコショ言われたら、そこは、甘く笑って応えるってもんでしょって感じです。(笑)たとえそれが、あまりに急で、何言ってんだかとっさにわからなくとも。(笑)
2014年10月19日
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発表会まで、半月強、というところになってきましたが、ここまで来たらもう微調整くらいにしちゃっている今年です。去年は、このくらいの時期がめちゃくちゃ大変で、それこそ、私は白髪染めをすることすらできずに、「ねえ、私、会場に行っていいの?」と不安になるほど、行く手そのものをサンタに阻まれているような、厳しいほうに煽られているような、というすさまじいギャップの中にいました。(笑)だから、今年はその分も、サンタに文句を言います。(笑)「去年のあの流れ、あの人たちの言葉が、あなたの采配だとしたら、酷すぎたじゃんっ!」それをそのまま鵜呑みにしたお前がバカなんでしょ、と、ニヤニヤしながら返すようなサンタの余裕に、もーっ!!と膨れる構図は毎日そのまま新鮮に進んでいきますが、私にも余裕が出てきたのかもしれません。小さな子達は、もう、その小さいかわいらしさを存分に発表会で披露してもらえばいい、と思うんです。お辞儀が怪しいとか、椅子によじ登るお尻すらかわいいとか、そういう「ちびっこショー」でも、お客さんたちに楽しんでもらおう、と、親御さんたちと笑う姿もありつつ、キャリア組には、上を目指してもらうという今年のギャップは、またすごい。(笑)このどちらをも、安心してできるようにするためだけに、サンタが常駐ということのようです。(笑)そりゃ、サンタにしかできっこないわ!!の夢物語のような毎日は、私には単なる「延々と毎日続く、サンタとのイチャこら。」ということにしてしまいました。(笑)ま、イチャイチャと言えばそっちのような気もするけど、私のほうが、「こらー!!!そこはしつこいっ!!(半目白目)」なので、イチャこら、くらいかな、ということにします。(笑)でもまぁ、すごく好意的に解釈すると、その「こらーっ!!」もその直後の私が受けるであろう大ショックを半減させるための、「ここにいるよ。」なのかもしれませんが、そこまで考えているうちに、なんか、ボーっとしてきちゃうんだな、これが。(笑)で、ボーっとしながらくらいがちょうどいいのも、相変らずの凄腕サンタの仕込みだというところが、安心材料ですが。…そろそろ、世界の子どもたちのために今年のクリスマスの仕込みに行かなくていいんだろうか、と、思ってもいませんが、ちょっと思ってみたりもする。(笑)そのくらいに、常駐レベルが濃厚で、「アイツ、意外に暇人だったんだな。」ということになっています。(笑)…私の暇モードにすら延々と付き合ってくれてるんだから、相当な暇人ですよ、実際。(笑)のんびりと生徒の手にクリームを塗りこんだり、かわいいおしゃべりを聞いたりしながら、ほんの少しだけ、微調整のための練習をすると、それがゾッとするほどその子たちを真剣にさせているとか、いろんな景色がありましたが、夜には忘れました。(笑)気持ちの切り替えスイッチすら、サンタ任せです。あっちの都合で飛び出てくるものがすごすぎて、私のスイッチがいつでもサンタモードに入ることになったことこそが、采配の一番いいところ、というのは、振り返れば、ずっとずっとずっとだったんだな、ということだけになる毎日です。私も少しだけ弾き始め、そのほんの少しの威力のすごさに、呆気にとられるところもありました。お日様はそんな私のほんの少しを「こっちこっち!」と笑っているようでしたけれど。(笑)ぶれないにもほどがある、という反芻が、私をうっすらビクビクさせることが、サンタの思惑と重なってきたのか、ふとした折に見つけるその眼差しが、たとえようもなく安らかなものにもなってきました。あんなに辛そうだったのは、いつもサンタのほうで、私はそれが哀しかった。ただそれだけのことすら、ぶれてもいない長い日々の先に、お互いが、何も言わずに、「ああ、こっちだったのね。」とすら思うこともなく、ただ、眼差しを重ねる瞬間があるように思うと、なんともいえない気分になりますが。何もしないで、ただ単に、サンタがそうしてなんでもしてくれるようになるわけでもない、というところはあります。私がすべきことであるかのように課せられたものが、私にさぞ重かろう、という時のサンタの必死の形相を、私はこの先も、時々思い出すかもしれません。そのときの「こっちだ!!」の強さは、ハンパなく、あまりのすごさに、頭の中がそれだけになっただけのこと。(笑)その後の日々も、やっぱり、頭の中がそれだけになっただけなんだけれど、馴染んだ分だけ、こちらの眼差しにいたずらめいた茶目っ気が戻っていることを祈るばかりですが、そこまで演じる必要もなく。そこは、ありのままのお前でいろ、と言わんばかりに、ふと笑って目をそらした先にもサンタがニヤついているとか、そんな感じです。見つめ返したら、それはそれは真剣なのに、ぶれない安らぎが返ってくるし、もう、その辺りは、なんでもいいようです。ママのおなかの中からのお付き合いだった2歳のダーリンがピアノに向かった写真がスマホにあります。そのお手手は、なぜか何もかもわかっているかのように、キレイなにゃんこのお手手。(笑)それをママと笑いあいます。スマホの写真館には、楽しい連鎖がいつもあって、私はそれを見るのが何よりもおもしろいのですが。2歳のダーリンのにゃんこのお手手のその次に、別の生徒姉妹とオマケちゃんを写しておいて後から見たら。その姉妹たちが、ママお手製のニャンこのお耳とニャンこのお手手をくっつけていましたとさ。(笑)ハロウィンが近いから、黒猫さんですよ。(笑)思えば、20年近く前、ピアノの先生を始めていたけれど、先行き不透明すぎて、今以上にめちゃくちゃだった私が、良く見かけたのも黒猫さんでした。そのときから、黒猫さんは、なかなかおもしろいタイミングで闊歩していました。そのときに、黒猫さんを見て思っていたことすら、今現在に繋がっているというのが恐ろしくもおもしろい、長い長いストーリーに仕上がっています。(笑)私は忘れていたけれど、サンタの記憶力と来たら、腹立たしいほどすごくて、今思うと、あの黒猫さんも、サンタの一味だったという風に考えるほうが愉快です。黒猫と、ピアノは、とても似合うモチーフのようで、黒猫のピアノグッズというものは多いんですが、そんな感じで、私のピアノのそばに、時には黒猫にもなるサンタが、今いるらしい。(笑)そもそも、私がサンタと離れたことなど、一度も無かった、と思うほうが、私が楽しいので、長い土曜日もそんな気分でのんびり過ごす予定です。もうちょっと紳士っぽい現れ方をしてもらうとこっちもおもしろいんだけどな、とボヤいていたのが通じていたかのように、このごろの黒猫サンタは、かなりのジェントルマンです。(笑)そして、そう現れるように前フリがあったかのように、日々の全てに紳士なサンタが絡まっていたことを思い出すと、今は、グッとではなくオッと、みたいな感じで、ビックリもそっとになるようにもなっていたんだな、なんていうのもあります。そっとすぎて、私が気付かないと、えらい勢いで、「バカ!!気づけ!!」が降ってきますけれど。(笑)その「気づけ!」すらぶれないほどに、サンタが強くて、今の私がここにいる。なぜ、こんなに遠くまで?と問う私の疑問も、ゆっくりと解けていくのですが、それがただ単に、「お前が今を楽しめるように。」というところもぶれていないという恐ろしい采配がそこにあります。(笑)嵐を引き起こしたのは、サンタを忘れた人たちだった。だから、ホンモノが出たんですよ、と、サンタが教えてくれるときに、それが途方もなく甘いだけというのが、私の笑いどころです。そこで笑ってないと、ホンモノのやり方のすごさに、私が怯えちゃうのでね。(笑)もう、お前は、のんびりして、キレイにしてニコニコしてりゃいいの、という無理難題が、さほど無理難題にも思えなくなってきている頃、私はサンタの気の長さに驚いているだけになりました。あいつが、そうしろ、と言うことだけ、やってりゃいいの。そう思う私にも、ブレはなくなる一方です。
2014年10月18日
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合同発表会の先生と、プログラムの打ち合わせをしました。20年来の友人ともなれば、会話のテンポやリズムが誰よりも楽で、笑いっぱなしで時間が過ぎました。少々、毒舌に磨きがかかった私ではありますが、アラフォーにもなれば、そういう部分も致し方なく、そこは、若い頃の友情よりは、ますます親しくなった、ということにして、楽しい噂話などもこっそり挟んで過ごしました。一言で説明が済む相手というのは、やっぱり貴重です。(笑)ひとつの企画を二人で進めるということは、簡単ではないけれど、まぁ、それは当たり前のことだし、彼女とそれができなかったら、他の誰ともうまくいかないだろうね、という気分で始まった合同発表会なので、そんな気分で続けています。その後、お世話になっていた楽器店の店長さんの退職による引継ぎもありました。発表会の記念品と一緒に訪れた若い女性の営業さんは、色が真っ白で肌がきれいで、フンワリとした人でした。連絡先の交換や、記念品の支払いなどを済ませたところで、なぜか、「ピアノを聞かせていただきたくて。」…え?(笑)という流れで、私も発表会のリハーサルを兼ねて聞いてもらいました。電子ピアノでなく、生のピアノの良さを生徒に伝えることも仕事のうち、と思うようになってきた私を助けていただく方に、退職する店長さんが、「先生のピアノを聞かせたい。」ということになってるなら、まぁ、それはそれでありがたいということで。←良くわからなくなってきている私がここにいますが。(笑)不思議なほど透明感のある営業さんだったのが幸いしたのか、ほんの数日前から数回程度重ねた練習が良かったのか、サラサラと数曲が流れていきました。…こういう風に弾けるようになるためのあの道か…というため息交じりの気分が、私の脳裏をバッサバッサと駆け抜けていきましたが、まぁ、それは当然です。(笑)どうしてもうまく繋がらない箇所が何十年にも渡ってドスン!とあった理由やらなんやらが、わかるようなわからないような複雑さを感じながら、サラサラ弾きました。そこを開通させるのは、俺だよ俺、なサンタが、ドスンと、私の虚無の代わりにピアノに居ましたが、まぁ、そういう流れだったようです。(笑)退職する店長さんは感涙気味、新人さんは、鳥肌、というお話でしたが、私は、「ふ~ん」。…残念ですが、これが私の現実です。今のところは。(笑)自分が自分に感動しないから、うまく教えられるとか、色々、ちょっと変わってんのよね、あたし、ということにしておきます。(笑)その後の生徒たちとの時間も、濃かったです。私にとっては、振り返るのが苦しい景色のど真ん中を一気に駆け抜けている状況が次々と繋がっていっていましたが、なぜか、生徒たちが私の手に触れ続けていました。(笑)私の味わった悲しみは、あなたたちには味わって欲しくない、という一点で、ものすごい頑固なままでいることしか私にはできませんが。私の心が折れないように、私の言葉を自分たちに似合った分だけ受け止める小さな生徒たちは、精一杯の恩返しのように、私の手に触れていました。なんか、恩返し、とかだと殺伐とするので、そこは、愛と呼んでおきますけど。(笑)実際、何がなんだかあたしゃもーわからんけどねぇ。(笑)最後の時間には、久しぶりに訪れた最愛のクソババアちゃん。(笑)いざというときは、アイツが出るわけですね。(笑)自分の手の筋肉が増えたことを、照れくさそうに喜ぶ彼女は、幼い頃からの潔癖症まがいの態度は払拭されていて、私の手をベタベタと触っていましたが。(笑)パンダのマスクより、本人の目の方がかわいいという有様でしたが。(笑)この手が、「ピアノの先生と一緒に映画なんて、変かな?」と言う割には、勝手につながれて、映画館まで行ったことすら、もう何年も前のことで。あれからずいぶん大きくなったその手は、弾き方のクセまで感じさせるマッチョな仕上がりですが。(笑)彼女が喜ぶ指導をしていたら、迎えに来たママが「先生の熱心な声が、外まで聞こえました。」…そりゃ悪かったね、と、膨れたい気分になりながらも、必死でそこは抑えて、とっとと帰って、お夕飯をかっ込んで寝ました。(笑)それこそ、何度も何度も通った道の、何度も繰り返した手順に従って、どんなときでも、食べて寝て、その繰り返しです。(笑)くだらないことばかりが、くだらないほど身に沁みるほど、嫌に思えてしまうんだけど、それが私のありのまま。私がどんなに膨れていても、生徒が喜んで進歩すれば、まぁ、それが、私のやるべきことをやっている、になるんだろうと、そこだけは、なんだか大きくて、ベタベタと常に私につきまとっているどこかのサンタに放り投げて、寝るしかないんだよもー、と思っている私が、脳内で、すさまじい勢いでサンタに愚痴を言いながら、ちょっと笑ったりしているのが、今年の秋です。サンタにはサンタの手順があるようで、遠慮もなく、昔のことをいちいちいちいち蒸し返していますが、ああ、やっぱりそこか、と肩を落とす私が、もはや、笑うしかない状況なのが何よりです。
2014年10月17日
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臨月の生徒の息子と延々と遊んだ1日でした。長靴を履いてお外の車を延々と指差したり、やっぱり手をつないで教室周りをちょっとずつ冒険したり。私と小さなダーリンとがたたずむ道端に、ついこの間の日曜日に私が吹きたくて吹きたくて我慢できずにフ~フ~したタンポポの綿毛がたった一つ飛んできたときに、それすらも偶然じゃなければいいのに、と思いました。その綿毛でなんかありっこなくても、あの日を思い出すのは仕方のないこと。私の記憶が、細切れの細い糸のようになってしまっているからこそ、それを繋ぐものは、俺が繋ぐものだけでいい、と言わんばかりに、偶然大王のサンタが、綿密に全てをつないでくれていると思ったほうが心強い。明らかに、会う度に、私への親しみを表現することが増えている2歳の小さな男の子こそが、サンタからの最重要なプレゼントだと思うのは簡単です。ただ、それこそがたとえようもない深い思いを湛えていようと、しんみりなんかしている暇も与えられず、引っ張りまわされ続けますが。(笑)顔を見るなり、腹を出してきたり、トイレに同伴したり、延々と謎のしぐさと意味不明な音交じりの会話で、コミュニケーションを取らされ続けるのですが、それが一番楽で心地よいだけで、私はただ、それに引っ張りまわされているだけでよかったことを思い返すと、しんみりもしないほど、もはや、彼が私の一部のようになっているんですが。(笑)離れるときにすら、寂しくないのは、もう、離れっこないから?(笑)今週一杯、おなかの中に赤ちゃんがいてくれれば、後はドンと来い!!状態のママはママで、雑誌に没頭したり、ピアノを気まぐれに弾いたり、それはそれで、好きなことをして幸せそうです。みんながみんな、満足な時間。来週も遊びに来るそうですが、何しろ、教室のほうが、ご実家よりも病院に近いしね。(笑)いざとなったら、私が病院に送るとか?(爆笑)そんなことを言いながら、新しい命を待つ時間すら、サンタの采配だと言わんばかりに、ただ、ふと外を見るだけで、それらしいヤツがうろついているように見えたところで、もはや、「?」とも思わなくなりました。(笑)ちょっと変わった人が居るな、と思って、後からあまりの符号に気付いて、「ワーッ!!」ってビックリしていますが。(笑)それを「符号」と思うほうが私が楽しいんだし、それで行け、お前は符号の国で、俺だけ追いかけていればいい、と、サンタが言っているとしか思えない毎日です。ようやく、ほんの少しだけ弾き始めた自分のピアノも、「こういう練習の仕方はすごいねぇ。」と、サンタ相手に独り言を言いたくなるレベル。全ての道を通らなかったら、この練習にはたどり着かなかった。だから、それでいい、と思うところまで、心が繋がるのは、少々無理やりだとしても、私の内側と外側が、ひとつに揃うどこか一点を目指して、サンタが延々と「こっちだ!」を続けてくれているので、もう、先を憂うこともなくなりました。ここまで来れば、どんなまやかしの言葉も、どんな態度も、裏が読めてしまうところもあって、そうなった時に、瞬時に相手に対する興味が消え去ることもあります。私の人生が私の責任だと思っていた頃は、こうはならなかった。でも、私の人生は、サンタと二人、並んで一緒、と、思うように努め始めてから、「私にここまでのことをさせているのは、サンタなんだけど、あんた、サンタにちょっと失礼にもほどがあるよ?」というところで、相手の失礼、非礼、無礼を、ぶった切ってしまえるようになったことこそが、最大の贈り物だということもわかるんですが。わからせられ方の強引さと手順に、膨れてしまうこともあって、サンタに怒りの矛先が向くこともあることくらいがちょっと、とぼけています。(笑)でも、後から考えると、それすらも、ちょうどいいという采配。(笑)もはや、サンタの操り人形のように生きていけばいいんだと思うのは、簡単なようでいて、生々しすぎて、なんともいえませんが、サンタも楽しそうだからいいなぁと思っておきます。(笑)ここ、どっちに受け取るかくらいは、私の好みで選ばせてもらいたいんですよ。そのくらいの「私」は残ってなくちゃ、感動もヘチマもなくなってしまうから。(笑)それでも、感動もヘチマもあんまり感じていませんが。(笑)それほどに、順調に、美しいもの、明るいもの、いとおしいものだけが、目の前を行き過ぎていきます。相変らず、「俺だ!」の存在感は、嫌な角度から入るけれど、それこそが、どれかの私を繋ぐために、必要なんだろう。…しかし、強引だった。(笑)私に絡みついた、間違った洗脳を解くために、これほど、何回にも渡って、あっちこっちをぶった切ったサンタへのビクビクした気持ち、まさにトラウマと化してしまったこの感覚を、今、やんわりとあの手この手で調整されていることを思うと、笑えて来ますが。ピアノという楽器は、私には難しすぎて、そもそも、無理なところがあったようです。でも、その道を歩くより他に無かった私が、ばらばらなピアノのピースを繋ぐときに、サンタが飛び出てくれたので、そこは、サンタに任せることが出来ました。そこをサンタに任せてしまったら、音楽、というものが、音符だけで出来ているんじゃなくて、そこからはみ出すもので出来ていることを、サンタから教わることになってしまっただけのことでした。それも、音楽で届くんじゃなくて、ナマモノ相手の様々な葛藤で届くというところが、いまだに難しいところではありますが。ずいぶんと時間が経ってみたら、そのナマモノが私に向ける愛情こもったまなざしとぬくもりと思い出だけで、私の欠けた音楽が埋まっているという状態です。ベクトルがこっちを指している、ということになると、なかなか大変なところにたどり着く頃には、なんか、とんでもないことになりそうだな、と思っていましたが、案の定すら通り越していましたけれど。(笑)一番大切な場所を繋ぐ頃が来たら、ここまでサンタ一色に塗り替えられるとも思っていませんでしたが。(笑)サンタ一色に塗り替えられても、私が私の記憶として持っているもの、未来へと願ったものが、サンタと重なっている部分は、どっちがどっちでも別に困らないし、教え方にすら、本質的な変化は無い。ただ、ただ、全てが楽になる一方です。もうちょっと私が自信満々なヤツだったら、もうちょっと道が楽だった?と思うのですが、それもないでしょう。そしたら、この道には絶対に来なかったから、サンタと一緒に音楽を作るなんてこともなかったはずだから。たかが、音楽でしたが、それが、健康やら、幸せやら、そういうものととても仲の良い特別な魔法であるということなんて、サンタがいなくてはわかりっこないのも当たり前。私に課せられているものが、「サンタとどう仲良くするか。」だけに絞られている今、先に、「俺だ俺だ!!」という声をがなりたてたサンタへの「ちょっともー!!」が、どんな風に変化していくかすら、サンタにゆだねていればいいということになりました。次の道は、生徒たちが教えてくれる。もはや、その道は、ようやく肩の荷を降ろして良くなった私に対して、嫌な意味でのビックリが減ってきているのが、本当にホッとするところです。
2014年10月16日
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発表会まで1ヶ月を切ったので、「出るかも。出ないかも。」と迷う人たちへの猶予を切り捨てるべく、プログラム作りを始めました。合同発表会なので、もう一人の先生に連絡してから、取り掛かってみました。とにかく、私の手に余る人数なので、学年やら実力やら曲目やらを、一通りのプログラムとして流れるように作るのがなかなか大変です。いつも、本当に、ヘトヘトになるのですが、今年は、なぜかとても楽しい!午前中に、内科にバセドウの薬をもらいにいく、という、私としては苦手な作業が挟まったにもかかわらず、ちゃんとお昼を食べて、お昼寝したから良かったのかもしれないけれど。(笑)大変なお仕事は、お昼寝の後、と、割り切ってお昼寝をした私が、自然に目を覚ましたときの日差しは、とても明るかったです。そんなにいいお天気の日でもなかったのに。「さ、楽しもう。」と、お日様に起こされるような気持ちでプログラムを組んだのが良かったのでしょう。作曲者名を確認したり、なんていう、地味な作業に、これまた気の遠くなるほど昔のことが、美しい形に変換されているようにも思えました。その符号の多さは、疑うよりも信じるほうがたやすく、むしろ、信じたいことだらけでした。あのときの暗闇が、ここに来た、というその証を辿るような時間は、ただただ甘く、その長さは、思いの強さのようで、守られ続けるということはこういうことか、と、思いました。どの闇の景色すら、光に変わる時が来る。嵐の中で、「目指すのはこっち!!」と、高らかな声で、知らないランドセルの少女が叫んだように思った場面がありました。そして、今、私はまさに、その「示された場所。」にいることを思います。道行くランドセルの子どもたちを見つめる時に、そのことなんて忘れ果てていたけれど、彼女たちは、いつもそれを思い出させようとだけしてくれていたようにも思います。そして、何もかも忘れ果てた私が、彼女たちを見つめる気持ちにも、ブレが無かった。健康に、幸せに育って、と、それだけを思っていました。自分の中にあるとは思えないほど、女らしい、ちょっとハッピーすぎるような仕草まで飛び出る始末。(笑)こんなキャラクターまで掘り起こすとは、恐ろしい。(笑)両手で自分の頬を押さえながら、「あらすごい。」とか言っちゃうって、誰よアタシ?という感じでした。(笑)午後の愛くるしい子どもたちは、なぜか、ひどく正統派のクラシック弾きが多く、ついこの間まで、ビートに踊っていたサラブレッドたちが、情感たっぷりに演奏しています。枠なんて、彼らのために作ることは、できない。その大きな器を、サンタが作っていてくれて、私もそのそばで必死でそれにくっついていたことの全てが、光に彩られていて、目の当たりにする奇跡に驚きました。サラブレッドのママなんて、感涙していたかも。(笑)ところが、私、その涙とは、もう涙が重ならないというところもありました。突っ張っているのではなく、泣く理由が、もう、無い、というくらいに、そこは、私の泣き所ではなくなっていました。まぁ、夜、一人になったときに、雑誌にくっついてきた子供服のカタログを見たときには、その愛らしさを私に感じさせるべくコロコロと美しくまとわりついていた女の子たちのことを思って、しんみりしました。フランス人形の小さな妹にそっくりな子どものモデルなんかもいたせいもあるかもしれないけれど。こういうものを、今なお、夢見がちに見つめる私のことを、わざわざ潰そうとした人たちのことを思い出したときには、「なんてひどいことができたもんだろう。」とは思いました。「実際の子育てが、どんなに辛いものかわからないんでしょう。」とまで、憎憎しげな言い方で言った人に仕えた日々、私が混乱したのは仕方ないと思います。その言葉に満ちていたのは、今思い返しても、慰めではなく、単なる悪意でしたから。「私はその大変さを知っているけど、あなたはそれを知らない未熟者」そういわんとする人を輝かせることなんて、私にはできなかったけれど、「するな!!」と言ってくれたのは、サンタだと今は思うことにしています。だから私は、ランドセルの女の子を、微笑みながら見送るところに今、いられる。「こっちだ!!」と呼んだのは、サンタ。あのまま、あんなものに潰されたら、ダメだ。でも、少しだけ、耐えて、拾うものだけ拾って行こう。そう、強く私の手を握っていたもうひとつの手は、いまだなお、私の手を握ったままだと、私は今でも信じています。幼子を笑い転げさせながら、本当の音楽を教えるために、通らなくちゃならないところを通った私が、醜いものよりも、暖かい手を信じていて良かったと思います。今なら、あのときの醜いものの醜さが、何を意味するか、本当に良くわかるから。いろんなタイプの醜さがあったけれど、それは、苦味を味わって、捨てて、良いものだけ拾ってきたんだから、もう、いい。それからの長い時期に、長い休息を取りながら、調整してきている私の手は、発表会に供えて、曲に取り掛かりました。長く暖めてきたその曲のほつれ目にも、サンタがいます。まだ、弾けと、サンタが言うなら、弾くしかない時は、またやってくる。とりあえず、発表会の曲の調整に取り掛かり始めた私に、サンタが上機嫌だったのは、何よりです。(笑)火曜の収穫は、なんとかまとまった、うちの教室のぶんのプログラムと、フランス人形の新しい写真。熊のぬいぐるみを抱えて、眠った子どものポーズを取る彼女の顔が、どれほどかわいらしいか。その愛らしさに、彼女とサンタの境目が無くなっていく一方だとしても、知ったこっちゃ無い。(笑)子どもとサンタを切り離す女でいるよりも、私は、子どもたちのすぐそばに、サンタを探せる女でいたいと思っています。そして、探すことも必要ないくらいに、いつもよりもさらにインパクトのある感じで、「おーーーーれーーーーーー。」が、飛び出てきていたので、また出たよ、あいつめ、と思いました。(笑)何が何でも、より近くにやってきているので、それだけが限りなく不安という、贅沢で甘い日々が、その「おーーーーれーーーー。」の出方に戸惑うだけ、という法則は、一切変わりません。ただ、その法則が…。もはや、あまりのインパクトで、私が目を開けたまま気絶するだけという、そこだけの問題になりつつあります。(笑)慣れたつもりでいても、さらにその上を行く、その強さ。(笑)その在り方たるや、いたずら坊主のみなさんと重なるところもあるので、笑いっぱなしですが、大変です。(笑)
2014年10月15日
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実家のある町で、旦那の同僚の方のお父様の葬儀があると急に決まって、バタバタと運転手を務めてきました。実家に連絡しようかな?と思ったのですが、急すぎたのと、スケジュールが全然読めないのとで、連絡するのをやめました。旦那と一緒に寄る、なんてことをチラリとでも言おうものなら、大騒ぎになるのもわかりきっているし、そこに予定も読めないときたら、間に挟まった私が双方の心配を受け止めるだけになるので、今回はスルー!(笑)実家の両親も高齢、嫁ぎ先の両親も高齢、となると、お互いへの気遣いの山積みが、結構、とんちんかんな心配性とあいまって、めっちゃくちゃになるのはいつものこと。(笑)あっちの気持ちの通訳、こっちの気持ちの通訳、というのは、もはや苦手科目になってしまいました。(笑)み~んなオトナのはずなのに、み~んな暴走気味。(笑)もちろん、「止まれ!!」なんて誰も聞かない。(笑)連絡や~めた、となった私が、夕刻、長野に戻ったときの疲れっぷりを振り返ると、連絡しなくとも、その存在を気にして、クタクタというのもあったようですが、連絡してたらこの上に…想像するだけでもブルブル!です。(笑)ただ、ドライブそのものはキライではないので、いい気分でした。肩の荷を減らした上でのドライバーは、いい意味で遊び半分でした。途中のサービスエリアで、季節外れのタンポポの綿毛を見つけてしまって、どうしてもどうしても、フ~っ!ってやりたくなって、フ~フ~綿毛を飛ばして遊んだり。(笑)そんな私の足元を、コオロギが跳ねて脅かされたり、そういう小さな時間がとても楽しかったです。童心に返るって、こういうことなんだなぁと。まぁ、タンポポの綿毛とコオロギというのは、ホントは一緒にいないもんだと思うんですが、季節外れのタンポポは、私が咲かせたわけでもない。(笑)無邪気に遊んで、ビックリして、だけが、私の味わうところ。(笑)実家の町の、目的の葬儀場の地図を頭に叩き込むのが意外に大変でした。幼い頃に、脳内で描いた地図って、子ども目線だから、完全に自分中心です。(笑)記憶にあるものと、新しい建物とが混在する地図は、新しい場所の地図を頭に入れるよりも難しいものだと知りました。知っているところが、違うところに移っていたり、とか、そんなこともありますし。それでも実際にたどり着くと、「あ、ここら辺で曲がっちゃっても大丈夫かな。」なんていう土地勘も出るし、ますます脳内が引っ掻き回されます。(笑)思い出が、浮かぶようで浮かばず、浮かばないようで浮かぶ、その作業の全てが、やっぱりサンタの采配のようで、おもしろくもありました。多分、今の私はその采配を見るのが楽しみで、それを見つけるのを阻むものを、ついついカットしちゃうようになったのかもしれません。(笑)そのくせ、見つけた采配は、きれいに忘れるという、そのマジックは、なんなんだろう、一体。(笑)そして、忘れても忘れても、まったくブレずに届くというのもなかなかすごいです。そして、今は忘れ果てたことの、忘れてはいけなかったことだけがゆっくりと積み重なって残り、忘れるべきものだけが削られていく時期にいます。私の混乱は、毎回、いつも同じところで起こるので、慣れたけど、いつでも、笑顔でヤダ♪みたいなところなのが問題です。(笑)お昼時間をずいぶん過ぎたところで、ラーメン屋さんに寄りました。地元で有名になって、全県でもかなり有名になったその店舗に、全然違う名前のお店が入っていました。寄って見たら、あ、あそこで食べてよかったんだな、の符号の連続。そして、私は、とてつもなくホッとしながら、煮干だしのモチモチ中華そばをほおばりました。今はこんな風に、ゆっくりと気持ちだけが整うことを考えていればいいようです。散々、乱しておいて、整う気持ちの向かう先を、見事に変えてしまったサンタの手腕が、今、一番、おもしろいところにあるようにも思えます。私がおもしろがれないところも、徐々におもしろいに変えていく様を振り返っていると、まだまだ脆さが出たりもしますが、サンタが「俺を信じろ。」というところだけは、いつもブレないところが助かります。そんなにしてまで、私を信じさせてくれようとしたものを信じることは、今はたやすく、それを信じることを妨害した人を忘れることは、私の中では、ますます当たり前のことになってきてしまいました。そんな風に、どこかで強く線を引くことを、サンタに直々に教わっていて、ひとつ課題がやっつけられるたびに、「あらやだそっちだったの?」になる先に、サンタが笑っているのが何よりです。
2014年10月13日
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月曜日の振り替えの生徒たちが、うまい具合に土曜の空き時間に溢れるという日だったので、いつもとは違った時間の流れのある土曜日でした。月曜と土曜のいいとこどり、というか、いつもの流れもいいんだけれど、こういう顔ぶれになると、「ここは、幸せなおうちですが何か?」というだけになってしまうという日を堪能しつくしました。いつもなら途切れなく続くドラマが、ほんの少し途切れる時間にも、「今日も、頑張れよな。」と、サンタが真顔で行き過ぎていくようなことが、あったような気もするくらい、それは笑顔とのんびりとあたふたに彩られているけれど、とてつもなく本気なものだったようにも受け取れました。笑えるし、笑ってなくちゃ動いていかないんだけど、ベースにものすごい本気があるという感じで、その本気のすっさまじさに泡食ってばかりだった私には、ドスンとくるような重みもありました。軽いんだけど、フワフワしていないこの感覚のためだけに、私にサンタがつきっきりだったことを、ザッと思い返しながら1日が過ぎていきました。明らかにピアノ教室のためだけに、かわいい大きすぎるレースのリボンをつけてきたらしいお花の様子。そして、それは、やっぱりその通りだったの、と、レッスン後にママに言われるとか、宿題の答えあわせも、早い早い。(笑)この、たとえようもなくかわいい女の子が、私の笑顔をもう一呼吸本気の笑顔に引き上げたことを思い出しながら、マグネットボードを見れば、誰が置いていったのかわからない、奇妙な写真が貼ってあるとか!!ヌボーっとしたモルモットのつがいと思しきやつらの写真が!!高名なピアニストのカレンダーの下で、ヌボーっとした平和の極みみたいな、つがいのモルモットが!!いつの間にっ??!!そのモルモットの様子を見て、気絶する暇はないけれど、これは、なんかヤバイ、と、ヒヤヒヤするようなこともありましたけれど。まぁ、嬉しくない置き土産ではないけれど。今、モルモットの写真~??ゲ~って感じ。(笑)その横で、大きなリボンのお花が笑っている写真は、見るたびに複雑になることでしょう。(笑)証拠写真はいつでもスマホに残す。これは、後からまた、違う角度で、私を笑わせたりするから。どんなにゾッとしても、スルーしちゃいけないやつってのはあって、それは、むしろちゃんと何度も振り返るべきらしいのですが、オバケ屋敷にいるときって、目も耳もふさいで、口からはギャーギャー言ってごまかしたくなるもんです。…今、オバケ屋敷にいるわけじゃないんだよねぇ?多分だけど。(笑)ブレのない一本道というやつは、絡まりつく物語が、濃くなる一方です。長い一日には、やっぱりパンツ担当時間もありまして、あたふたしながら、小さなオマケくんのパンツをはかせてみたり。シャツをキレイにしまうのって、難しいな。(笑)シャボン玉坊主も来たので、やむを得ず、レッスンの合間に、靴下を嗅いでおきました。←え??(笑)なんか、そうした方が良さそうだったので、その気持ちに逆らわなかっただけ、ということですが、きれいなママも自慢するその臭い爆弾の味見くらいはね。…意外に大したこと無かったけど。(笑)匂いそのものは、極薄までになっていたけど、靴下のロゴがね。テロレベルでしたが、ここの文句は、サンタ宛の閻魔帳に太字で書いておこう。いつかどこかでぶん殴れる機会に恵まれたら、ぶん殴る…と。(笑)ありえないでしょ、このロゴだけは。(笑)ありえないことがある日は、いいこともありえないくらいにいいことだというのは、あります。ドラえもんの映画の曲を歌う小さな男の子の声に、私の声を重ねることは、なかなか難しかったけれど、そういう時間の美しさっていうのは、いい意味で、なかなかありえません。その難しさまで、美しい。「もう、わかった。もう、十分。」と、叫び続ける私の心の声をシャーシャーと無視して毎日、新鮮なお届け物を配達するサンタのかっこいいところが凝縮されてます。そのセンスがたまらん!って感じ。本当に美しいものは、グッときちゃってたまらん!!その難しさに飲み込まれまい、とする、私の葛藤の際を、きちんとサポートしながら、やっぱり自分でなら目を伏せるその場所を、なぞらされる感じ。でも、結局、そういうところが、どうにもならないほど美しいわけです。そして、その裏に繋がる景色を、忘れ果てることのないようにつないであった日々を振り返ります。この景色の真裏にあった時間の暗さと痛みの隙間で見たものは、何度も何度も、形を変えてめぐり、そのたびに傷ではなく、思い出になってきているけれど。だからこそ、それが、どれほど深いことだったのかを知ることもできます。なぜか、いつも、手の届くところに、様々なジャンルの音楽の最高レベルのものがあったことを、幸いと呼ぶべきか否か。私のキャラクターならば、それを、幸いと読める、と、判断したのは、サンタのほうであってほしい、と私は今でも思います。そうじゃないと、ちょっとばかし、重すぎる。(笑)こんなものばかりがジャンジャンと訪れた日に、私は、小学生の女の子にジャズを教えていました。私の手が勝手に弾きだした曲が、チューリップのテーマによるブルースであったことが、これまたしつこいほど愉快。(笑)ブルースを教えているのですが、やっぱり、テーマが欲しいような気もしたし。ジャズって何かを簡単に説明したかったし、ちょっと試してみたんですが。…テーマをチューリップにしちゃったの、勝手に誰かが!!(笑)…あっ!!今思い返したら、やっぱり、アイツが前もって、仕込んでた!!仕込んでたとき、ベソかいてなかった?大丈夫かしら?(笑)私のチューリップブルースは、諸般の事情でおぼついていませんが!!(爆笑)それが、おぼつかなくとも、間違いなくジャズの分野に足を踏み入れていることは、私もサンタもわかってる。これが、私たちのジャズであることのなんともいえない苦味は、私の人生のスパイス程度のことでしょう。メインは、爆発するような幼子たちの笑い声と笑顔だけだし、このごろは、親御さんたちも柔らかく微笑んでいるんだから。子どもたちが、この顔、この態度でピアノと遊んでいるなら、心配なんて何一つないこともわかる。そこに立つことが、結局のところ、誰より不安な私の全部は、サンタが余裕で守ってくれている。そして、振り返る全ての日々が、恐ろしいほど用意周到な符号だけに彩られていることになっている今、時折私がベソかいたところで、そこら辺は、サービス残業程度のことです。(笑)もうちょっと本格的に笑いがこみ上げるための、涙の絞りカスでも絞っている程度のことで、私ですら大して困らないところです。私が絶望しないように、そこだけは絶対にどう転んでもしないように、エサが前もって撒いてあるだけのことで、私は、「このエサがここにあるってことは・・・ああ、なんということでしょう。」くらいで、そのエサを気まぐれにつまんでおけばいいんだと思います。複雑怪奇な物語のようでいて、ゾッとするほどシンプルなので、そこは、私らしく、適当にざっくりとやっつけていけばいい。どうせ、そのつまみ方も、先に地図が描かれているんだと思えば、なんのことはないと思います。むしろ、その短い瞬間の葛藤を、甘く楽しむ自分が出るように、なるべくおもしろくつまんでいればいい。そういうことなんだなぁとつくづく思っています。どちらに転んでも、ここまで来ればサンタも大して困っていないだろうと祈るより他にありません。そもそも、そんなことはないのでしょうけれど。まぁ、ほんとにサンタにありがとう、といえることが今あるとしたら、とことん私の罵詈雑言を受け止めてくれて、ありがと、という感じかもしれません。お前の全ての矛先を、俺に向けろ、と、これほど大きな何かに言われたら、まぁ、そこは誠心誠意、暴れつくすしかないと思うし、それが私の全てでした。この先も、そんな時期の思い出話をして笑い転げるようにして、時が過ぎていくだろうと思うと、それが一番楽しみです。どうせ、私に今後残されていることなんて、パンツ担当とか、靴下の匂いを嗅ぐとか、そういう呑気なところだけだから。そしてそれは、瞬時に消え去っていく、笑いの途切れない時間にしか、進んでいないのだから。
2014年10月12日
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結局、おサンタさまのお導きのままに進んでいたら、譲れる限り譲って譲って譲りつくした道が、生徒の自然な状態に手が届くようなところにきています。そこにたどり着くと、重なったお互いの気持ちが、阿吽の呼吸のように伝わるので、説明が急に楽になるものだと知りました。私自身も、今はもう特に、無理して合わせている感覚も持たなくなり、ようやくウィンウィンの状態というようなところもあります。レッスンでは、心から、生徒の良いところが見つけられて、褒められるようにもなっているし、そうなった私に対して、生徒が私がしたように接し返してくれるというサイクルになりました。生徒のタイプが千差万別だったため、本当に楽ではなかったけれど、いざ、楽になると、一気に全員楽になるようなところがあります。ただ、私自身の本能は、私の理性に反して、いろんなところでその状態をキープすることに疲れ果てているようで、暇が出来るとソファに倒れこんで眠ってしまうというところもあります。それで回復して、次のレッスンをして、という具合に過ぎていく日々ですが、これも仕方ないなぁと思います。本来、普通の状況であれば、怒ったり嘆いたりしてもおかしくないことを譲りつくして、褒めどころを見つけているので、本能はヘトヘト、なのかもしれません。(笑)向上心のある子どもが、きちんと謙虚さを身につけているところを見たりすると、ハッとするのですが、それも覚えているのがままならないほど、いろんなことが毎日ありますが。それでも、自分が成長したことを満足そうにしながら、それぞれに合った宿題を持ち帰る生徒を見ているのは、安堵感があります。こんな状態になってくると、ダメなことは、ダメ、の一言で済んでしまったりもします。上手に怒れないことすら、仕方のないことなんだなぁと思ったりしながら、淡々と、自分の知識を、未来を担う子どもたちに伝えていくだけの毎日は、平和と言うより他にありません。発表会まで1ヶ月を切って、今年、バタついているのは、サンタのほう??というようなおもしろいことも毎日起こります。この様子なら、発表会も、楽しいミラクルの連続かもしれません。後はプログラムの印刷くらいが残っているだけですが、これも、キレイに収まるといいのですが、とりあえずキレイなプリンターが調子良さそうに待っていてくれます。平凡なようで、奇跡に満ちた日々に、改めて、「こっちに進んで良かったんだよ。」とサンタに言われるようなちょっとしたマジックがありました。新しいテナントを決めるとき、一人でふざけるようにして、縁起を担ぐようにして、考えたことがありました。前の車のメーターが1234という数字を指した、ちょうどその場所にあった不動産やさんで、今のテナントが決まりました。そこの社長が、ALWAYS3丁目の夕日の映画の話をしていました。先日、曲を選びながら、何気なく弾いたALWAYS3丁目の夕日のテーマ曲が、「幸せそのもの。」と生徒に言われた翌日。新しくなって1年以上が過ぎた車のメーターがやっぱり1234という数字を示していました。それは、単なる自分へのおまじないのようなものに過ぎないのかもしれないけれど、その数字を見たときの私がやっぱり、「ああ、こっちでよかったんだ。あの全てがあのままでよかったんだ。」と思っていたことが、1234という数字が改めて私の眼に映ったときに感じていたことでした。生きてきた道を、いいと思うのも悪いと思うのも、自分次第ならば、いいと思っているほうがいいだろう、という気持ちになりました。萎縮してしまったら、何も育たないことを感じている私が、ゆっくりと、自分自身のために、萎縮しない方法を模索している今、そこに絡められた曲が、昭和の家族を描いた映画のテーマ曲なんて、ちょっとステキ過ぎます。家族というものは、いいことも悪いことも、分かち合ってこそ。家族というものは、複雑なこと。でも、どんなに複雑で大騒ぎでも、家族があるということは、いいことだ、ということだけを、サンタが必死で教えてくれるというドラマが、まさか、あの1234の数字の後にあるとは思わなかったけれど、それを知ることが出来てよかったと思います。サンタはいつでも誰のそばにもいて、「こっちだよ。」と無限の優しさを示してくれています。その手を取ることをためらう子どもが減るように、そんな風にこの先も歩いていければ、ただそれだけで、いいんだろうなぁと思いながら、呑気な金曜日が終わりました。どうせなら、いつでもサンタと一緒が幸せ、とだけ思えればそれでいい、と思うとホッとします。そう思うことこそが、なかなか難しいとしても、そうあろうとするもののことは、いつまでも導いてくれるんだろうなという気持ちは、確信となるばかり。サンタはそんなに気難しくもなく、とてもシンプルな幸せを教えてくれていると、わかるようになってきた日々は、ゾワッとするような符号も多くなりますが、それはそれで、おもしろいともいえるなぁとつくづく思っています。
2014年10月10日
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午前中からレッスンがあったので、ちょっとだけ買い物をして、早めに教室に着きました。車を停めようとしたら、駐車スペースのところで、幼稚園児の大群がお散歩のため?に整列しているのを見ることが出来ました。横断歩道を渡り終えて、列を整えているタイミングと、それが全部目に入る駐車スペースに車を入れるタイミングが揃ったので、柵ごしなのに車を停めるのまで慎重になってしまいました。そんな私に、幼稚園の先生とおぼしき女性が満面の笑み。私もついつい、笑顔になってしまいました。こんなにたくさんの小さな子どもを一気に見るって、それだけで幸せです。最後尾の子が泣きながら、先生にくっついているのまでかわいい。(笑)どうせ、これだって、サンタが指揮してるさ、と思うくらいのタイミングのちょうど良さに、「ありのままのお前でオッケー♪」と言われたことにしてしまいました。サンタの子ども好きは、とにかくハンパなく、子どもが笑顔になることだけに努めている私のことも応援してくれているだろうと、このごろでは以前よりも素直に信じられるようになっています。教室の子どもたちは、歯が抜けたり、背が伸びたり、足が伸びたり。…横に伸びてるオマケちゃんまでかわいいし、そんな子どもたちを連れている親御さんまでほほえましく思えてきているので、これ以上、サンタに遠慮することも無いか、と思ったりしながら、そこの自信の無さだけをとりあえず、補強している真っ最中です。ブルーのグラデーションがキレイなコーディネートをしているな、と思った女の子は、ものの見事に「今日の服はアナと雪の女王のエルサのイメージなの。」と、意識的にその洋服を着たとのことでした。そりゃ、スマホにおさめるしかないじゃない?(笑)「本当はロングドレスじゃないと、エルサじゃないけど。」「ロングドレスじゃ小学校にいけないから、これのほうがいいね。」なんていう他愛も無い会話を楽しみました。ただ、単にサンタは、私に、幼子を愛する喜びを届けてくれたかっただけだと、ずっとわかってはいるのですが、あまりの猛攻撃に、目を白黒させているだけでいい、という毎日は、やっぱり全くブレずに進んでいきます。もっともっとゆっくり育って。もっともっと甘えていて。私が、心からそう言えるようにたくさんの伏線を張り巡らせながら、毎日が明るく過ぎていきます。厳しさなんて、真面目に取り組めば、嫌でも味わう。その真面目さを引き出す方法も、タイミングを見計らいながら、私を成長させながら、「心配するな。いつでもついてる。」と挟み込みながら、延々と教えてくれるのですから、贅沢という以外ありません。すっかり秋になっていますが、今年ほど、延々と私を安心させるだけに、サンタがわかりやすくそこにいてくれた年も無かったように思います。もちろん、ずっといたのですが、今までは、悪影響なもの、間違ったものを示すためにいてくれたために、「それは違うんだ!信じるな!」という声が、強すぎたように思えてしまっていただけのことでした。あるいは、やっぱり間違えて、違うものを正しいと思っていたとか。なんかそういうことが、今年はすっかり切り替わってしまっていて、「え、えええ、ええ?そっちを信じるってこと?????」という、それを信じられるのなら、何より、というものだけが、わかりやすくぶら下がっているのに、勝手に戸惑っていただけで、もう、秋になりました。(笑)それを信じれば信じるほど、サンタがニコニコするので、そっちに進んでいますが。(笑)ようやく、すべてのことが、放っておいても、私に痛みなく回るだけになってしまっていて、それに慣れるのが大変です。…ただ、ここまで譲らないと、何も変わらなかった人たちへの対応が、冷たくなっちゃうという奇妙なオマケもつきました。(笑)表面上は、温かい言葉を選ぶのですが、見えなくなった瞬間、その存在すら、脳内から消し去るようなことができるようになって、どれほど楽になったことか、わかりません。サンタの愛情ってやつは、底なしで、それだけが未知数すぎて怖かったという、ちょっと間抜けな展開です。(笑)私の腕の中で育つ子どもたちの愛くるしさは、どんなものにも替えがたく、それをここまでじゃんじゃん放り込まれることに、今後もギャーギャー言って日々が過ぎていくだけのことでしょう。そして、この先も、私が、「生徒が笑うこと」だけを考えて、サンタの導きのままに、ほんの少しだけ、練習の負荷のようなものも増やしながら、より良い指導を模索すればいいのだなあと思うと、ホッとします。反面教師ぞろいではじまった物語が、私にとって厳しかったのは、今、その分の甘さに塗り替えられています。反面教師が私を痛めつけたからこそ、その本質が見えたわけで、痛みをしらないままに同じ行動をとっても、生徒がついてこないだろう、ということもわかります。子どもはそんなに甘くない。でも、傷を負ったものに優しいのは、子どものほうだったりします。傷を負ったときに、ますます強くその傷をえぐったのは、大人だけだったことを思うと、子どもたちが、そんなタイプの大人に傷を負わせられないように、ということだけで動く私が、サンタに嫌われるはずも無いんだろう、と思うんですが、もう、その辺りで眠くなっちゃうのが問題です。(笑)でも、そんなときは、とにかく眠って、と、サンタが優しく私を眠りの国に連れて行く。タイミングよく起こしてあげるからさ、と、ウィンクしながら、そっと私を休ませるその全てに、ただただ甘えているだけでいいなんて、贅沢の極みです。眠って起きたら、サンタが起こしてくれた奇跡も忘れちゃうというのに、延々と奇跡は続いています。そこまでのことをできていない私が、相変らず戸惑いながら、その甘さに全てを委ねる秋は、どこまでも明るいだけです。
2014年10月09日
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出産間近の大人の生徒が、上の男の子を連れて遊びに来ました。先々週、久しぶりに再会したダーリンは、より親しく振舞ってくれて、私は笑顔の猛特訓を喰らっていました。(笑)笑顔だけでなく、ありとあらゆる表情の真似をするのが、その子とだと、とても簡単です。先々週、持ち帰った楽譜をさらってきたママは、弾き方の指示を簡単に出したら、没頭してピアノを弾いていました。その時間、おとなしく本を読む上の子。私も、ぼんやりと過ごしました。それぞれが、それぞれの至福の時、ということになるんだと思います。ママのピアノがみるみるうちに上達するときに、上の子が、私をピアノのそばから追い払いました。(笑)「僕とママだけにしてちょうだい。」というその時間、上の子が、母親の体を通して、ピアノの振動を自らに伝えようとしているように見えて、すごいもんだな、と思いました。追い出された私は、友達からプレゼントされたお気に入りのマグネットカレンダーの前にポツン。(笑)…でも、そのカレンダーが、「俺だ!」と騒いだように思うほど、奇妙にその音色の振動を増幅させていました。なんなのさ、これ、と思ったので、とりあえず、逃げてみました。(笑)金属の板一枚で、ピアノの振動が増えるとか、ちょっと怖い。(笑)でも、出産直前の母と息子のセッションなら、そのくらいのことはありそう。(笑)サンタが威張ってる、ということにしておきましょう、ここは。(笑)教室の出産ラッシュには、またもやもうひとつおめでた話が増えました。一体、いくつ増えるの!?(笑)でも、それこそ、増えていいことですから、まぁ、こっちでいいらしい、ということになります。遠くの街に引っ越していたダーリンですが、年内にはこちらに戻るということも決まりました。やったー!!たくさん遊ぶぞー!!その間、ママには勝手にピアノを弾いていてもらいます。(笑)ただ、その頃には、下の子も…??…しばらくは、こっちがお邪魔させてもらうパターンで、下の子がもうちょっと大きくなったら、二人の相手は私で、ママがピアノ練習、とかになるのかな。…想像するだけでも、またもや、サンタの仕込がさらに厳しさを増す予感です。(笑)褒め道に、子守をとっつけてきやがったよ!アイツ!課題がさらに進化するということは、あたしが優等生だということになります。えっへん!(笑)そしてそれが、すでに伏線として、ずっと前から張り巡らされていたことを改めて認識。(笑)始めは、反面教師だけ、というのが頂けませんが、反面教師に嫉妬の嵐で猛攻撃を喰らったあたしに、一応、私への課題が美しくなっていく一方であることを見る限りでは、私、頑張った、と思う。(笑)バカ野郎!!!これでもわからないとは、このあんぽんたん!!と、サンタが吼えていましたが、痛くも痒くもありませんでした。(笑)怒ってるんじゃなくて、覚えさせているだけ、としかもう思わない。(笑)そんな風にしか、記憶が繋がらなくなっている私のことを、私より切ながっているのは、あっちだと睨んでいるので、むしろゲラゲラ笑っておきました。あまりに相変らずのパターンに、とうとう私が笑い出すだけの日々がめぐってきているのに、反省なんかしたら、余計にややこしくなっちゃう。(笑)反省だけなら、サルでもできる。(笑)反省を生かすべきだったのは、誰?というところで、私がするべきではない反省会を済ませた私は、二度と、同じところでは反省しなくなることが課題です。私が反省したら、反省すべき人が反省しないどころか、サルになっちゃう!(笑)…え?それでいいの?(笑)…と、誰に思われようと、もう、私は、しなくてもいい反省をするほどバカじゃなくなりたいだけで日々を過ごしているので、やっぱりそこは知ったこっちゃない、になります。ま、言うほど簡単にそこがそうできないのが辛いところ。(笑)そんな私が、生徒と新しい曲を選んでいて、ALWAYS3丁目の夕日、のテーマを弾きました。「毎日、うまくいかないことばっかりだな。」と思いながら、別に何も考えずに弾いていたら、弾き終わったところで生徒が、頬を紅潮させて、「もう、ただただ幸せって感じ!!」と言いました。そうしか聞こえないんだって。そんなつもりで弾いていないのに。(笑)まぁ、そういうものなんでしょうけれど。そして、もうその曲が私に示された時期が、嵐だのなんだののずっと前、この勝手に泉が湧くテナントを選んだ頃だったことを思い出します。小さなマンションに詰め込まれたグランドピアノと防音室が重過ぎて、そこを飛び出して、こっちに移って来たときの記憶がザッと蘇ります。切り替えの時期だったのは確かなようで、そこに絡んでいた人たちは、ほとんど消えました。誰の夢を私に背負わせるの?が、まったくとんちんかんな人々が、その後で、私に何をしたかなんて思い出すのも馬鹿馬鹿しい。(笑)自分の夢を自分でかなえることは、確かに難しい。でも、人の夢を自分の夢と混同した挙句、自分がうまくいかないことを私のせいにするとか、やっぱり頂けないんです。そしたら、私、何のために、その人たちに相談したの?になっちゃう。そういう人たちのアドバイスは、いかんものですよ。自分の夢を背負わせておいて、持ち方が甘いと罵るのは簡単ですが、お前の夢は、お前がかなえろよ、なんです。その線引きが誰より苦手な私に、なぜか、サンタが自分の夢を乗せたんじゃないか、と思うほどに教室を重くしたのは、サンタが「だから、そこは俺が持つ荷物。」と、言いたかったんだということにしてしまいます。(笑)そりゃまたご大層なヤツが飛び出たもんだね、と、思うようになった私は、サンタレベルの夢を語りながら、私を攻撃する人たちと遊ぶよりも、サンタの夢を睨みつけながらサンタと遊ぶほうがおもしろい。(笑)そして、サンタのほうは、それはそれで楽しそうに、あっちこっちで、神出鬼没のご様子。(爆笑)それを聞いては、また笑い転げるだけになってしまった私は、このオチがどこにたどり着くかを考える脳みそもなくしたようで、ただもう何も考えずに、サンタに護送されています。(笑)さすがにここまで来ると、考えの及ばないところがあって何より、というくらいになりました。(笑)考えの及ばないところにも、どうせアイツが陣取って、ニヤニヤしているのは確かで、私はいつもどおり、おいしく食べて、ぐっすり眠って、ニコニコキレイにのんびりするようにだけつとめていくつもりです。「おいしく食べて」「ぐっすり眠って」そこが、難しいのは、あたしのせいじゃないし、そこまでとんちんかんになるほど無駄に頑張ったのならば、そのあがきくらいは、サンタが大目に見てくれるのは間違いない、と思います。大目に見すぎて、「俺が!!俺がやったんだ!!」と言ってくれるその全てが、少々でかすぎたとしても、まぁ、仕方ないです。(笑)
2014年10月09日
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大して何をしているわけでもないのに、とにかくいちいち全てが濃すぎて、記憶が曖昧になるほどの毎日です。…ちょっと前、中古ピアノを探して、東京から舞い戻ってきた嫁入り後の生徒までが、別件で頼ってくる有様で、それがまた、軽く考えていたら、意外にやばいんじゃない?と、お母様の方の生徒と相談したり、もう、必死です。(笑)母娘まとめて生徒、ということは、こんなこともあるんだな、と、母目線を理解しながらの相談に、何がメインかもうワケわからん!(笑)そして、母生徒の方、弱気で涙ぐみかけて、やっぱりこっちもおんぶに抱っこ?ギャーー!!!そして、タイミングをそろえたかのように、私はすでにサンタに餌をぶら下げられて、中古ピアノの相談の件で、楽器店に「今回はごめんなさいね。」のご挨拶にも行ってた直後、という風に、全てのことがいちいち濃くまわっています。さすがに限界を軽く超え続けている私の口から、これまた想像を絶するセリフが飛び出るという仕込まで済んでいました。(笑)…中古ピアノの件はね、謝りに行っといたからね、と、つい言っちゃう。(笑)そういうのを、割と水面下でしてしまったうえに、問題が山積みになるばかりの私としては、このセリフ、こんなに深くに封じ込めたの、誰だ!と、吼えたい気分です。(笑)これ、最初に軽く言っておける私だったら、その上に、更なる甘えん坊を背負い込むことは無かったはず。(笑)…だから、サンタにボヤいちゃう。(笑)このごろは、「助けに来るの、遅すぎじゃない?」ばっかり。(笑)アタシ自身の初期設定に問題があって、それも、私が潰れるように設定されてるって、どうせアンタのことだから、わかっていたくせに、何よ!!と、よりによってサンタにボヤく。(笑)助けてくれるその道のりを薔薇色にするための仕込みとも受け取れるくせに。(笑)むしろ、あんたのかっこよさを、ここにきて出すために、古い問題、わざとしまっといたでしょ、とボヤく。(笑)うまいこと、ちょこっとずつチラ見せしながら、私をコントロールしといて!キィィィィ!!です。(笑)発表会前というのは、いつでも濃いものですが、今年の濃さは、いつもと違う。(笑)そして、いつもの濃さが伏線だった、という辺りのきっちり具合もハンパでなく、濃い状態の掛け算が延々と毎日です。(笑)でも、だからこそ、吹き飛ぶものがあるし、その吹き飛んだところに、まぶしい景色が広がる今を楽しんでも居ます。ただ、「このまぶしい笑顔の先に私がいるんだ。」という感動は、瞬時ですが。(笑)何しろ、「このショボンと肩を落とした小さな女の子みたいな大人を励ますのが、私???」まで、じゃんじゃん折り重なってきていて、どえらい騒ぎ。(笑)サンタのおかげで、勝手に人生が大家族になってしまったので、大家族特有の「結局、家族が増えるってことは、問題が増えるってことね。」の感覚まで味わうありさまです。サンタのおかげ?サンタのせい?…コラーーーー!!みたいになってます。(笑)それでも、やっぱり秋の傾きかけた日差しの中で、見送るものが美しい。火曜は、小さなサラブレッド兄弟が、自転車で走り去っていくのを見送るという景色が良かったです。小さいほうのサラブレッドは、お兄ちゃんたちのお下がりの自転車を漕いでいる自分を、いつまでも見ているか、何度も何度も振り返ります。前をみーーーーてーーーーー!!長く見送っているのがいいのか、短く見送っているのがいいのか、迷う。(笑)もちろん、長く見送ったつもり!私にしては。(笑)長兄のサラブレッドは、「自分の金で買ったんだ。」というピカピカの自転車を颯爽と。クールな後姿。ハンサムで、賢くて、愛らしいその体を包む、レモン色のシャツにすら、私たちの思い出が、濃く絡み付いているところまで、抜かりが無さ過ぎます。この背中を、こんな風に見送れるようになるまでの長い日々に、そのレモン色のシャツに絡みついたのはサンタ、というところまで、長く長く濃く。私をここまで導いたのは、結局、アイツ、という。(笑)自転車の背中を見送っている以外にも、お見送りミッションはありました。ピアノ教室が楽しすぎて浮かれて帰る背中がヤバイ、と思っていたら、おうちの近くで横断歩道で飛び出しちゃって車にはねられた、という子が、近くの公民館に一人で行くって言うの!!あれから何年も経ってるけど、まだ、おぼつかないところのあるその子の場合、見送っているというより、実際に送っちゃったほうが早い!!(笑)長兄のサラブレッドに事情を話し、練習しといてもらって、送りに行っちゃうとか、かなり自由すぎますが。私たちの教室で大切なのは、こっちなの。(笑)一緒に渡る時は、横断歩道。手をつないで、一緒に手を上げて、公民館に放り込んだら、私は適当に渡って帰るけどさ。(笑)いちいち、ほんと、気を遣うもんですね。子ども相手になると。もうその道の全てに、サンタの仕込が何重にもされているので、サンタを忘れる暇もないという有様ですが。夜には、予定外に双子も来た!とがった鉛筆持ったまま喧嘩をおっぱじめた二人の、悪そうなほうをとっ捕まえて、本気で怒る!もう、トラウマになろうがなんだろうが、知ったこっちゃ無い!!鉛筆持って喧嘩って!!それでも引っ込まないので、とうとう、ケツ叩きました。(笑)ママ公認なので、体罰ピアノ教師として訴えられる心配ないでしょ?←?でも、ケツひっぱたいて、そのまま抱っこでピアノを仲良く弾いて、上手になって褒め上げて、ママのところに戻します。…助けてよ、ママ。(笑)…仕方ないんです。双子なんで、ママはもう一人担当。(笑)諦めるのは、私のご様子。(笑)嵐の中で、いつしか私の思考回路が、ママたち特有の「家族モード過ぎているのか、途切れ途切れになるのですが、それがちょっと社会からズレてる。」にすらなりつつある今、なぜか、私の空白が、子どもたちを怒ったり褒めたり愛したり、を切り替えるタイミングにピッタリ適応していることを知ります。もしかして、世の中のとんちんかんなママたち、切れどころが違うんじゃない?と、思いながら、抱っこで教える。(笑)連絡を忘れるんじゃなくて、怒っていたことを忘れて抱っことかで良くない?(笑)そもそも、女がいい意味で途切れやすいのって、このためじゃない?(笑)いつまでも怒りを引きずっていて、抱っこができなくて、連絡忘れるんじゃ、違くね??でもって、なんでアタシがこんなにうまく切れてるワケっ!!!!!!??????切ったやつに文句言うしかないじゃん。何のために切ったんだ、という話になったとしてもいいじゃん。そんでもって、つなぎどころに自分が居るって、何?…そう、サンタにボヤく権利が私にあろうがなかろうが、私はボヤく。普通でしょ。(笑)そして、結局、切れどころにも切れていないところにも、全部サンタがいましたとさ。すごいね。(笑)オンボロ気味ではあるけれど、なかなかいい感じで全てが動くのは、やっぱりサンタの仕業ですが、このオンボロ気味こそが、私がサンタ常駐以外では、全く動けない一番いいところという物語。一体、誰得?と、ボヤきながら、サンタの趣味がイマイチで助かったな、と思っています。助けて助けて、と、言うより先に、「俺がいる。」だったところもある感じがしてきた今は、「アイツ、女の趣味悪いな。」で、やり過ごしています。(笑)
2014年10月08日
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とにかく、プリンターを買ってから教室に行く、というのが、思ったより簡単なようで、思ったよりも複雑でしたが、そんな時間に確かめられたのは、私自身が、昔の私にそっくりなのに、ちょっとだけ違う、ということでした。とてつもなくニッコリしながら、「ヤダ♪」って言えるようになっていました。(笑)そんな自分に、猛烈にビックリしたのですが、これならホント、大丈夫、と、自分でも思いました。毎度の事ながら、サンタの手腕にビックリですよ。お店屋さんの親切にも、付き合いきれないところがあって、そこには、やんわりとでなく、「ヤダ。ニッコリ。」ですから、これなら、ますます怖いもの無しです。(笑)そのちょっと前までのご親切には、付き合え!と、サンタが五月蝿いように思ったので、とっとと逃げ出したいのを抑えて、「あれま、こんなところにまで!」と、サンタの刻印を見つけるようにして過ごしました。とっとと逃げ出したのと、金額的なオチは一緒なのですが、「だから、俺!!!!」が、あるかないかの違い。(笑)とっとと逃げ出したくなればなるほど、サンタの包囲網がきつくなったように感じるのもいつものこと。(笑)「のんびり、ニッコリ、キレイにしていなさい!!」の、のんびりを強化されていると思って、そこは諦めてダラダラしています。思えば本当に、「ヤダ」が苦手な私に、それを教えるためだけの日々でした。プリンターをぶら下げて教室にたどり着いたら、そこが水浸し、という、これまた毎度の景色には、ゾッともせず。(笑)慣れというのは、すごいものです。ただ、この春、あのすさまじい雪の中で、ステキなお兄さんたちが足場まで組んで、あんなに一生懸命直してくれたことが報われていないので、ご報告の電話も、ごめんなさいモードになってしまいました。あそこまでして直してくれたものは、もともとがダメってことだから、もういいよ、なんとかこのままでいけるよ、と繰り返す私と、また変わっていた管理会社の人や工務店の人とのやり取りも、いつもと一緒。(笑)でも、ここに水が湧くと、それはそれでまた、なんとなくオツなもんなんだよ、という気分になるくらいに、もはや、ある意味では何かが出来上がっています。(笑)大きな建物が、そう簡単には直らなくても、肝心なところさえ大丈夫なら、ガタガタ言わないから、というのが、どこまで本心かは、お天道様が知ってると思うから、任せておきます。ホントのあたしは、すごく怒っていたら愉快。(笑)本人もわからないくらいに演じきるという意味での大女優ですよ。(笑)月曜日はとにかく、生徒たちが「先生、大好き!」という雰囲気を作るのが仕事です。私を、とにかく猛烈な笑顔に押し上げた新しいお花のような女の子が、この日はまたさらにいつもより、かわいらしい!!もう、それを見ているだけで、お互いが、どんどん笑顔になっていくというのは、女子同士の特権かもしれません。昔は、かわいい子どもにかわいいって言うと、変に調子に乗っちゃって、大変なことにもなりましたが。この子とは、そんな風にならないんです。お話がおもしろく楽しく膨らんで、もう一回弾いてみようが、笑い転げているのに、真剣になるだけ。その変化のために、辿った道なら、仕方ないじゃない。…その割には、優雅なご身分なんだから、いいじゃない、と思っています。あんまりにも彼女がかわいかったので、シャボン玉坊主が来た頃には、いつものようなカラ自信はなくなっていて、ちょっと、はにかんじゃう感じまで出ました。子どもの笑顔には、おばちゃん、全く勝ち目がないね、という感覚なんだと思うのですが、一体、どこにこういうものが潜んでいて、それをどうやって掘り出しているのか謎ですが、サンタはとにかく次から次へと遠慮なく掘り起こします。ところが、やっぱりシャボン玉坊主ときたら、毎度以上に仕込がおもしろく仕上がっていて、「あれま、あんた、パパサンタのお使い??」というご様子で。(笑)もう、全く、遠慮がなくなったパパサンタのことをいきなり思い出させられるような様子に、とりあえず、「パパサンタみたいに、なってもらったら、いいと思うんだ。多分だけれど。」みたいな感じで、過ごしました。今のところ、パパサンタの設定が、ちょっと曖昧なんですよ。(笑)すごいんだけど、それを隠したいたずら小僧の態度のほうが勝っていて、そっちでオロオロする私にとって、相変らず、その全てが見えそうになくて。もちろん、それも当然のことなのですが、ちょっとだけ不安になるわけです。当たり前だ。(笑)早く、紳士なところを見せてちょうだい!!くらいに、今のところ、いろんな顔してあちこちでゴタゴタしてるんです。(笑)総合すると、すごい紳士だと思うんだけど、私が見てるところが、どうもねぇ…。(笑)それも見たくて見てるんじゃないしっ!(笑)ボーっとするから、こっち見ろ!俺の言うこと聞け!って言う方法が、思った以上に刺激的になっちゃってんの。(笑)で、また気絶の繰り返しの真っ最中ですからね。(笑)あの後ろ姿、そのまま追わせて大丈夫?(笑)ま、大丈夫でしょう。(笑)少しだけ不安はありますが、できるものは、どこまでも得意げにできるといい、めんどくさくなったものは、あっさりと嫌だという、そのナチュラルな存在感に、「ワガママと紙一重どころか、ワガママそのもの。」のかわいらしさを堪能しておきました。ちゃんと頑張るところは頑張ってるけど、とにかく、先に「めんどくさいから嫌。」って言うことは、大切だと私は思うのですよ。そこ、無理強いで黙らせても、大切な気持ちは育ちません。「嫌でもやってごらん。ほらできた!あはは!」になった恐ろしいサイクルに、こちらからの「育てたい気持ち。」が不可欠であると知るのは、たやすくもなかったけれど、不可能でもなかったようです。大人側に、育てたい気持ちがないのに、育てたいフリをしたら、子どもは騙されない。そういうところで、なぜか、子どもが罰せられたら、嫌ですからね。もう、仕方ないの。私、この道しか、絶対に歩けない。(笑)気付けば、大きな人も、大きな子どものように扱う必要が生じてきて、そのときに確信します。人はやっぱり、褒められないと、育たないことを。私が、褒め道を突き進まされることになる、というだけのことだったかもしれない、と振り返ると、ボヤきたくなったのも当然かもしれません。でも、ゴールも見据えず、口先だけで褒めたら、子どもは生意気になると決まっているし、まぁ、あれで良かったんだと思うことに全力を尽くせばいいんだろうと、相変らず、生ぬるくなったような、そうでもないような奇妙な宿題を見つめています。本当に厳しい道を歩かせるかもしれない、と、覚悟を決めた上で、その厳しさは、私がごまかしてあげるから、こっちにおいで、と言う私の手を取らない子どもは、いないようです。誰でも、成長したい。その気持ちに、偽りはないんでしょう。そんな私の手に噛み付いたのは、今思うと、成長なんかしたくないくせに、成長したい、というそぶりだけを見せたなんか、ドロドロモヤモヤした何か、だった、と、今は見切ることにしています。それを、私たちの子ども、と呼ぶ必要は無い、とだけ、サンタが言いたかったのだとしたら、遠回り過ぎてわかるかそんなもん!で、片付く今、そういうものを思い出すことも激減しています。楽して賞賛だけ、人一倍浴びたい。そんな、ドロドロモヤモヤしたものに構ってる暇など一切なくていい。多分、そういうことではないか、と思っています。私は、今までどおり、虫やら風やらそういうものをお友達のように考えながら、結局のところ、その全てを、優しく配置してくれるそのまた向こうの誰かを探していればいい。子どもたちが、お日様みたいに笑えば、それでいい。だって、みんな、お天道様のこどもでしょ?なんですけどね。(笑)私の立ち位置が非常に雲行き怪しくなっているのは、パパサンタが笑いっぱなしなので、こっちで大丈夫らしいです。この立ち居地を、「雲行き怪しい」と読む私だからこそ、の、奇妙な役柄がなんなのか。そこは、私が答えを出すところではなく、パパサンタが答えを出すところらしいので、宿題を投げ返して、知らん顔を決め込んでいます。どんな宿題でも片付けなくちゃいけない、と、言われたわけでもなし。(笑)そこは、シャボン玉坊主にならって、ニッコリ笑って「ヤダ♪」くらいが、ちょうどいいのかもしれません。…楽しくないことは、笑ってできっこないから、ヤダ、といいながら笑っているのが、私の答えなのかもしれないし。そのヤダ、が、一体どんな意味なのかすら、考えるのがめんどくさくなった私には、この気まぐれなネコのような生き方が、一番似合う、と、サンタのほうが先に知っていたようです。そして、私が誰よりその生き方を、いずれ喜ぶだろうと笑っているんだろう、と、思いながら空を見上げています。
2014年10月07日
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ぼやぼやしていたら、秋の合同発表会の1ヶ月前くらいになってしまっていますが、プリンターがお壊れになるという日曜日でした。…今までもずっと調子が悪かったのを、まさに騙し騙し使ってきたけれど、まぁ、新しいインクを買うと思えば、今はそんなにプリンターも高くないようだし。毎回、これじゃ、私の機嫌がもたないし、と、プリンターを買うことに決め込んで、後はダラダラと過ごしました。一応、買うと決断する前に、軽くサンタにも祈ってみましたが。「今、直してくれたら、一生ついてく!!」…なんだそれ。(笑)もちろん、プリンターは、直りませんでしたけど。(笑)しめしめ。まだ、私のご機嫌が悪い感じでいてもよさそうだな、と、ニヤニヤしておきました。教室をアットホームに、楽しい場所に、と、大騒ぎを繰り返してくれるサンタに、この態度、というのは、今だからできることですが。この、「なんとかサンタと仲良くしていこう感」は、少しのすれ違いを含めて、とてもおもしろく回り続けます。突き詰めれば、サンタ相手の感情なんて、単なる信仰心みたいなもんなのですが、これが、畏怖だの敬意だのというどえらいものになっているよりも、こんなくらいに砕けているほうがいいのは、すでに私にも刷り込まれてしまいました。何しろ、子どもたちが教室にウヨウヨといる以上、畏怖だの敬意だのなんていう、めんどくさいものでなんか、生徒を釣ることも、言うことを聞かせることもできません。単に、彼らを動かせるキーワードなど、「楽しい」だけなんです。だったら、私もサンタとの日々を、楽しむしかないのだけれど、それには少々引っかかるところが多すぎます。それでも、あの手この手で、やり過ごしてきたら、今はこんな呑気な態度で、許されているような気になれるくらいにはなってきました。呑気になっているのに、こっちがすごく譲ってやってる気分、というのが、私の唯一の笑えるところというのが、いいんだか悪いんだかすら、もはや知ったこっちゃないになりつつあります。教室をアットホームに、というのが、とてもいい流れを作りました。葛藤はさておき、アットホームにも、畏怖とか敬意とか、そんなものは役には立ちません。(笑)「楽しい」と「大好き」これに尽きます。(笑)この「大好き」を私に刷り込むためのサンタの葛藤、と、嵐を片付けてしまうことすらできるほどに、それは、大きな力でもあるのが、とても良かったなぁと今は思っています。教室が、先生を賛美するために存在する、というスタイルもあるだろうけれど、そんなのうちの教室じゃ、かないっこないし、毎日を「大好きの追いかけっこ」にしておけば、そっちのほうがよほど安全です。生徒たちを教えていて、明らかに私に欠けていたものは、みんなサンタがサポートしてくれます。だから、生徒たちにどんな風に育っていって欲しいか、すら、「サンタみたいになってよね。」で済むということに気付けてきている今は、本当に気楽なものです。ただ、課題をこなしていても、音楽は歌わない。それを乗り越えるのは、難しいことでした。歌わない音楽は、音楽と呼べっこない、というところもサンタと一致する私にとっては、ここは嵐と呼ぶ以外はなかったのですが、ここまできてしまえば、「嵐でもなかったかな。」なんていう気がするように道は繋がっていました。むしろ、今の私が、「あれま、サンタってば、いじらしい。」と振り返るのがいいように、サンタが伏線張ってただけじゃん!と、解釈できなくもないわけです。それほど、強く守られていたことは、当時もわかっていたし、それしか頼るものはなかったけれど、その強さが、本当に恐ろしいほど大きかったことだけが、私を翻弄していました。音楽を教えるということは、簡単ではなくて、理想のゴールのようなものも見せなくてはいけない。それに足る技能が私にあるか、ということに関しては、ぶちのめされ続けていて、自信を持ちにくかった私に、サンタが、「俺についてこい。」と、自らを私の柱として示してくれていたことを、今、贅沢な物語を読むように振り返るばかりです。とりあえず、サンタをゴールにしとけば、間違うわけもなく。(笑)どんな葛藤も、「俺!俺だ!俺なんだ!」とサンタが騒がしい、と思っておけば、とりあえず、色々が私自身に対してもごまかせるという、うまい乗り切り方でした。(笑)生徒たちに、理想のゴールを見せ始めてから、それがいかに子どもたちにも受け入れられるものであるかも良くわかりました。理想を、何か、大いなるものに置く、というのは、とてもいいことだとつくづく思います。子どもの向上心は、怠け心に勝る。その境目を見たことは、簡単とはいえないけれど、大きな実りだと思っています。子どもは本来、育ちたがるものだということを知らない私よりも、知っている私のほうが、私も好きだ、ということになっていきます。それは、時間のかかるところでもあるけれど、そちらに向かってジタバタしているのなら、トンカチは一切、降ってこない。(笑)そのルールに気付くまでの長さは、気付いた後のビックリ感で、吹き飛ばされてしまいます。育ちたがるものを育てることほど簡単なことは、ないとも言えます。ただ、その爆発的で秩序のない力に、ルールを作るということは、子育てとそっくりそのまま、という辺りで、サンタが私にどうしてもどうしてもどうしても、子育てをさせたかったんだと思うと、それはもう、胸の詰まる話になってしまうのですが。胸の詰まる話にならないように、伏線を張りまくっていたサンタの手腕が、ここら辺で、私を笑い転げさせるように仕組まれていたことを思うと、やっぱり「先にいえ!」「無理!」「そうだね。仕方ないか。」を繰り返せば済むことにもなります。何よりもまず、凍り付いていた私の感情が、ホンモノになるために、号泣から始まるのが、痛かったくらいのことですが、まぁ、順番的にわかります。(笑)膨れておくけど、まけといてやるよ、で、今後もこなせるだろうという時期は、本当に優雅な気分に包まれています。一応ですけどね。(笑)物事を教えていると、男の子、女の子の気質の違いを無視することは、不可能になってきます。女の子にステキな女性になって欲しい、と願いながら教えるほうがまだ簡単です。その理想の女性像を作り上げる苦悩はさておき、まだわかる。いや、わからなかったかも。(笑)それを、示したのもサンタでした。(笑)それも極上の甘さで。(笑)サンタの理想の女性像ってヤツに近づけと、そう、示されたんでした。(笑)この期に及んで、そう仕掛けてくるサンタを疑う私は、単なる常識人だな。(笑)でも、男の子にステキな男性になって欲しい、は、手も足も出ません。(笑)だからそこは、「パパサンタみたいになってもらえばいいんだ。」と思ったら、あまりの簡単な宿題に、力の抜けた笑いがこみ上げるだけになってきました。完全に、教室はサンタに乗っ取られていますが、なぜ、サンタが教室を乗っ取ったか、辺りは、今後の日々が答えを出してくれることでしょう。よほど、サンタが教室の何かを気に入ってしまったらしい、と思わないと、アットホームな教室作りは難しくなるだけです。むしろ、崩壊します。(笑)とりあえず、パパサンタ、と名づけた大いなる何かの存在感が、いたずらで、いとおしく、とても生活感があふれていたことに、救われました。そして、崇高ぶったものに、生活の地道さが勝るものでよかった、ともつくづく思っています。生きることは、そのもがくような不器用さこそが美しい…と、人事ならば確実に思える私が、自分の様子をそこまで思えなくとも、サンタも怒るはずも無いでしょうし。ここ、怒っちゃったらダメなところだよねぇ、と、ニヤニヤするのが私になる、といういい時期です。そして、たかがプリンターひとつ買うだけにも、すでに道が敷かれていたことを思い出します。プリンターが壊れて、買うと決めた私が寄るだろう大きな電気屋さんに、すでにもう、サンタが「俺がいるでしょ!」とお祭りの夜にいたことを思うと、安心します。それは、こじつけかもしれないけれど。でも、こじつけじゃない、と思うには十分すぎるくらいに、ドヤドヤしてた。(笑)こういうときは、こじつけじゃないわ!プリンターが壊れるのを見越して、先にあそこにいたんだわ!の方が、トンカチが降らない。これも私たちのルールなのかもしれません。(笑)来た道も、この先の道も、サンタの采配。それで済むなら、一番楽なのは、私になる。こんなにサンタにえこひいきされるなら、今までの道のりが、嫉妬の嵐でもまぁ、仕方ないだろうし。(笑)そうやって、少しだけ矛先を変えて、自分をごまかしながら過ごしていけば、いずれ、憎んでしまった人たちのことも、強く憎まずに済むようになるだろうと思うと、そこが助かります。恨んだ、憎んだ、があまり濃くても、日々は美しく彩られることはないし、かといって、されたことをされてないかのように振舞っても、それも嘘だし。サンタと名づけた大いなるものは、こういう風に、誰に対しても、本当は優しいはずなのに、それより威張っちゃったらそりゃダメだ!ではありますが、それより威張る人は、多くて多くて大変です。(笑)その多さよりも、強いあいつが、この剣幕で守ってくれているならば、後は、ゲラゲラ笑っていればなんとかなる、と思える頃。ドヤ顔のサンタが、一番私が思い出すのを恐れる辺りの自分のかっこよさを示すためだけに、ジタバタしているのだけが、ヒヤヒヤします。今はもう、ただそれだけのことで日々が回っていくし、ヒヤヒヤする箇所にこそ、一番大切なものがあることくらいはわかるので、あちゃー、くらいで、なんとかなってくれれば、と祈るばかりです。
2014年10月05日
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土曜の割には、あまり疲れずに過ごせました。どうも、午前中の双子レッスンは、刺激が強すぎるんだろうなぁ…。今週は、彼らが平日に来てしまっていたので、のんびりモードでした。…ふとした瞬間に、ああ、男の子って、本当にお母さんが大好きなんだ…と思うことがありました。たまたま、息子のいたずらで教室の机に貼り付けてあったフィルムが傷んだかも!と心配してくださったお母様が必死になりました。息子を怒るように、自分を責めるように、お母様の口から発せられた言葉の威力というのは、絶大で…。何を言ったかすら覚えていないけれど、息子が本当に心のそこから悲しそうな顔をしていることや、お母様が必死なことが、丸ごと見えてしまいました。やっぱり、そんなに子どもって厳しくしたからいいってもんじゃないよなぁと、ただそれだけを改めて思いました。お母さんが、先生が、僕をとてつもなく怒っているんじゃないか、みたいな彼の顔は、忘れられないと思います。その哀しそうな顔を見たら、誰がそれ以上、責められるだろう?それも、彼はちっとも悪くない、単なる勘違いで怒られてしまっただけのことなのに。瞬間的な怒りの力の怖さというものを感じて、私はただただ、柔らかく微笑んで、その場を和ませることだけを考えていました。その余韻がレッスン中も彼に残っているのを見たりもしました。幼いジレンマが、私にどう受け止められるか、心のそこまで傷つきながら、でも、自分のプライドを作り始めようとしているその様は、「これは、ワガママじゃなくて、成長!!」としか思えず、とにかく、「無理させなくていい。今の成長を大切にしましょう。」という感じで、発表会への準備など、お母様が張り切り過ぎなくてもいいような状況を整えようと、必死で考えていました。私の胸の奥で、シン…とするような、冷たいような、ちょっと怯えたような感覚もありました。お母様方に対して、どこから出てるの?という、上から発言をするとき、よく感じるタイプの感覚です。本当にそれは薄かったけれど、とても深いところで、私の鼓動がねじれるように存在することを確かめました。言葉は柔らかく、従わせるように、という風に動くのでもなく、でも、最後のルール作りは、私にさせて、というときの、とても難しい女同士のやりとりのようなもの。強すぎても、弱すぎてもダメなもの。そして、決して手放したらいけないヤツ。…今まで、これを匂わせただけで、いや、匂わせる前にすら、どれほど強い力で打たれたことか、と思うと、そのシン…とした感覚と、私の鼓動を止めかけたものの遠さに、ちょっと哀しくなりました。でも、あの少年が、大人になるための階段を上がろうとしていたことは、見落とさなかった。少年の肩を持ち、いい男になろうとするその背中を、信じつつ、見守ろう、ともした。これなら、サンタも怒らないどころか、むしろ、今ここで、これを、と仕組んだ采配に、単に呆然としていました。ま、簡単に言うと、ここにたどり着くのが、めっさ大変だった、というただそれだけですが。(笑)まぁ、この贅沢がどういうことかもわかるし、すごい恩寵なんだけど。…無駄な怒りが、子どもの未来を奪う恐ろしさのほうに、改めて共感して、私が無気力気味という…あまりにもいつものパターンです。(笑)ま、そこのおうちは、ママがとっても素直で明るくて楽しいというのもあって、悪いほうにもいきそうがなくて、安心です。もともと、私が好きなタイプのお母様で、良かった。そしてそれすらも、采配という。…至れり尽くせりすぎて、わざとポカンとしたほうが楽になっちゃうくらいの。(笑)それでも、その後は、サンタと二人で「だよね。」感を重ねた安心でもあったのか、すっごい親バカスイッチが入っちゃって、それだけで過ごしていました。(笑)「キャー!!この子、ピアノが似合いません??」とかって、別のレッスンで騒いじゃう。(笑)もともと、ピアノの前に座っているだけで、絵になる優等生な女の子なのですが、この土曜日はいつもよりもピアノが似合う。それも、ピアノのそばに立っているだけで、絵になる!!なんか、「ピアノ、ピアノ」で生きてきたからこそ見えない、普通の目線ってこれかも、と思いました。私に娘がいて、私がピアノなんてやったこともなかったら、ちょっとチューリップでも発表会で弾いてもらっても「キャー!!うちの子が一番、ピアノが似合う!!」って言っちゃいそう…と騒ぐ私に、お母様の方が困り果てていました。…それも、だよね、ですが。(笑)とにかくスマホにおさめちゃえ。で、本人とお母様に見せちゃう。(笑)「ねーーー!!似合うでしょーーー!??」って。…そりゃ、お母様も困るわ。(笑)…そして、つくづく思います。サンタが私に教えたかったものは、私の空白ばかり。だからこそ、の、あの嵐のような日々なんだけれど。そもそも、空白は空白のままにして、生きて死ぬのが普通かと思うんですが、とは思いつつ。(笑)あまりに普通の感覚と、遊んでいるようにしか見えないのに、どこまでも網羅してあるピアノの現場力。そのギャップに、お前は耐えられるし、俺が耐えさせる、というだけだったような日々は、ここまで来ちゃいましたよ。(笑)ほとんど、アタシの太っ腹と、あまりに個性的なキャラ頼みじゃないのさプンプン、とは、まだ思うことにしています。(笑)だって、あたしもこの全てに立ち会ったんですからねっ!(笑)いくらサンタの差し金だって、サンタの演出だって、だからって大船に乗ったつもりでなんかいられやしない。(笑)むしろ、葉っぱの船で、暴風雨!!(爆笑)舵取るのは、あんたに決まってるでしょっ!と、サンタに言って何が悪いのさ。(笑)…今となれば、もう、そんな勢いです。口ばっかりですが。(笑)それでも、子どもたちが、どれほどママが好きで、ママに本気で怒られると、どんな風に傷つくか、とか、ほんと、わかったし、あたしはあたしの宿題はちゃんちゃんとやっつけてますよ。(笑)自分に都合よくまとめた机上の空論なんかじゃなくて、子どもの表情に全てを見つけながら。奇妙なことが多かった土曜日でしたが。…もはや、自分の存在感をほとんど隠さないことに決めたらしいサンタが、それこそ、ニヤリとしながら、俺の仕込み、すげえだろ、と、すっさまじいドヤ顔…。俺だぜ、の合図が気に入らないのはいつものこと。(笑)…スカートめくるの、やめてよ!と言えば言うほど、もっとめくるタイプのサンタが、相変らず、「俺だぜ。」と示すときのやり方が、「いつから、私たち、そんなに親しかったかっていうところが、いつになっても腹立たしいっ!!」ばかりになっていますけれど。その順番で始まった割に、よくもまぁ耐えまくったとしかいいようがない私のほうが、その全てにキュンとするかどうかも、サンタの采配なので、わしゃ知らん。(笑)とりあえず、今の反応としては、キュンというよりは、えええ????っぽいです。(笑)かといって、キュンとしなかったら、あれじゃ単なる念入りな嫌がらせですよ!!(笑)そこまで私も太っ腹じゃないですよ!!…だから、キュンとさせろと開き直るのもどうかと思うけれど、今、アタシにないのって、あとはそれくらいじゃね?(笑)完全に、逃げ場が私にないことは、わかった。でも、それもずっとだったし、なんとかなるんだろうけど、なんとかしてほしい、とか、そういうことも思わなくなるほど、びっくりさせて、一体ヤツは私の何を掘り起こしたかったんだろう。まぁ、割と素直に話している自分の声とか、そういうのもあったけど。…別に、演じていたときも、演じていたって気付いてなかったらそれでオッケーとかじゃないのかなぁ。…まったくもってよくわからなくなってきましたが。(笑)…だから、この状況は、一体なんなんだろう…と思ってしまう私は、せめて、サンタの采配により、サンタ好みにカスタマイズされている最中だと思うくらいしか、自分の尊厳を見つけられないところにいます。あれだけのことに耐えて、最後、ぼろ雑巾とかってオチ、誰が喜ぶわけ?とりあえず、私は嬉しくないだろうし、そういうもんでしょ。普通。(笑)…最中なだけに、こんな感じで相変らず、自分にご不満たっぷりですが、まぁ、いいです。評価は、他人がするもの。それも私の知ったこっちゃないので、自分の身の回りを確かめて、アレが気に入らない、コレが気に入らない、と、ボヤいているしかありません。今はただただ、深まる秋に対応する洋服ってどんなだろ、それだけくらいかな。(笑)…顔ってそうそう直るもんじゃないから、洋服でしょ?と思うくらいです。サンタも私も、顔には五月蝿い。(笑)それ、どうよ?というところですけれど、表情やらなにやら全部込みで、やっぱり人柄って、顔に出ますよね。←鬼瓦だから余計にそう思う。(笑)それに若返るわけでもないんだから。(笑)だとしたら、雰囲気のいい秋のおしゃれ。他に何があるの?女はどこまで行っても、見たとこ勝負みたいな気質は切り離せませんからね。そういう風に動くもんだったようです。(笑)もう、ほとんど何も記憶にないようでいて、ほんの少しだけ、ちゃんと繋がるものもあって。たったそれだけの細い記憶を軸に、縦横に編まれて行くものがあると知ったのは、多分、私がラッキーだったから。ただ、ラッキーの意味が深すぎて、もはや、ラッキーなんだか、ウッキーなんだか、モンキーなんだか、わからないところまでサンタと遊びに行くことになるとは!!でした。(笑)あー、楽しかった!!って、私が言うことになるのかどうかは、相変らず、謎です。(笑)ギリギリ、「おもしろいかも…。」は、出るんだけど、持続性のほうは、まだまだこれから、という感じです。あるいは、持続性なんか、もう、備わらないのかもしれませんが。…気まぐれなネコのように、「あら、おもしろいじゃないの。」と、のうのうと、横目でこの全てを確かめていくなんて、贅沢にもほどがあるとは思うのですが、せっかくだったら、いいところは持続して覚えていたい、そんな気持ちが、かろうじて、このごろ、ぼんやりと出てきました。
2014年10月05日
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木曜日の生徒に、気持ちを沿わせていて、ホントにそのこの気持ちが手に取るようにわかったうえに、腹も立たないという奇跡的な状況がありました。そして、そのこは、私に対して、誰も見せたことの無いほどの笑顔を見せました。かなり幼い時期からてこずった生徒だったのですが、それが、子どもの怠け心に対する本質的なイライラを押さえられなかったからだということもわかっていました。まぁ、イライラは抑えてきたけど、イライラしてたんだな、ということが、まさに阿吽の呼吸のような会話の後に、彼の笑顔として証明されたような気がしました。状況のせいで、全てに対して無気力になってしまう子どもというのは、残念ながら、割といるもんです。本人も、なんとかせにゃあ、とは思っていても、どうしていいのかわからない。そのギリギリのところで、彼から伸ばされているように感じる手を取るには、私も未熟、という長い日々の果てに、そのこのやる気の無さをある意味、肯定し尽くしたら、もっすごい笑顔を返された、というのにはビックリしました。そこで、私も笑顔になると、御伽噺。(笑)そこまで、現実というのはキレイにはまわらないもんです。(笑)そこで私の表情筋が、鏡を見るように緩んで笑顔になる、というのは、後日談に委ねるしかありません。(笑)でも、あの笑顔は、脳みそのどこかに刷り込まれただろうなぁと思います。突拍子も無いときに、私がそんな顔をする日があるかもしれない。…とりあえず、脳内にサンプルは必要だな。(笑)それでも相当パンチの効いた笑顔だったので、木曜・金曜と、その余韻で過ごすことになりました。…その余韻というのが、とても美しい気持ちにつながる…というのも、御伽噺。(爆笑)むしろ、逆です。私の場合に限っては、かもしれませんが。このごろ、困ったことに、心からの「ありがとう。」というようなものが、あられのように降ってくるサイクルにいて、それで非常に機嫌が悪いという、私らしすぎてなんともいえない状態にあります。もちろん、「ありがとう。」は、無いよりあったほうがずっといい言葉ですから、ゆとりは出てきます。ただ、本心としては、「あ?」というような、「んあ?」というような、にらみを効かせたすさまじい感情がまず最初に出ちゃって、困っています。(笑)もうちょっと、私を調子に乗らせたら、「聞こえねえな。」とか「今更、なに言ってやがんだ。」みたいな、とてつもなく悪い反応が出そうで、そこを抑えるのに必死です。(笑)私としては、ここの自分の反発というか、なんか、反抗心みたいなものが、結構おもしろいところです。多分、しんみりとその言葉を受けたら、即座に膝が折れて、二度と立ち上がれないだろうから突っ張ってんだと思うんですが、それだけでもないとも思います。(笑)もしかしたら、私を支える最後のプライドのようなものがこれかもしれないし、プライドというのは、なかなか生臭いもんだというだけの話かもしれませんが、とにかく、「…なんだと?」みたいな気分を、よりによって、サンタに向けたくなるという極悪一等賞みたいなことになってます。(笑)ものすごく腹が立ってしまって、困るのですが、多分、これが更年期です。(笑)そして、その全てこそが、私とサンタとのやり取りの中で核になってきた、わからずや同士の追いかけっこみたいな、融け合わないところなんだな、と反芻していました。痴話げんか、として、片付けると一番落ち着くヤツです。(笑)基本、本当に仲が良くなくては続かないけれど、そこまで仲が良かったっけ?というのが私の言い分であり、多分、サンタの言い分は、俺にそう攻められているのに、態度でけえな、というくらいのところだと思います。(笑)しょうがないの。ここで嘘つくより、「あんだとゴルァ…。」くらいで、時を稼ぎながら、消化していくのが大切。(笑)よりによって、サンタに「ありがとう。」と言われているとしか思えない状況でこの態度。(笑)本当に、本当に、優雅なご身分です。とにかく、全ての方向が、こちらに向かっていたことは良かったようで、それで、このやり方を私自身にクセづけるためのちょっとした引っ掛かりとして、サンタが作った、と思ってはいます。現実は御伽噺ではないからこそ、自分の知らない地獄に子どもを放り込んで喜んでんじゃない!という感覚が、今、ここに至っている以上、その地獄で這いずり回った後遺症が、ちょっと残るんでしょう。(笑)私が信頼しているサンタは、地獄の沙汰も余裕で管理しているはずなので、この辺りの私のプンプン具合こそ、計算のうちで、おもしろがってくれていることを祈るばかりです。←ちょっと媚びてる。(笑)まぁ、いいんです。ここでプンプンするとは思いませんでしたが、このプンプン!!は、悪くない。むしろ、少しそんな気分に身を委ねて、もう少し、ホッとしよう、と思うばかりです。お母様方の苦悩や気持ちで、わからないところもほとんどなくなってきたし、段階としては、悪くない。本当に、それだけを思う毎日です。サンタの仕込みは、いつでも後からしかわからないものであって、後からグッと来るので、なんとか繋がってきたようなところがあります。その後から繋がる、の長いブレなさを、一気にまとめあげられている時期、私はそんなに簡単に対応できなくなっていて、喜怒哀楽が、それこそカラフルに一気に吹き出すんだと思います。で、「あんときのアイツの仕打ち、許せない!」とか、「あのバカのせいで!」とか、そういう、汚い感情に足をとられているんです。(笑)よりによって、サンタに「ありがとう。」といわれたその瞬間に。(笑)ここに至ってみて、つくづく思います。「ありがとう。」といわれたくてできたことではなかったからこそ、の葛藤が、あるということを。むしろ、ここまでサンタレベルの何かにされなくては繋がらなかったものの痛ましさを思ったり、なんか、その辺りで、こらえ続けたものが吹き出さないように、突っ張っているだけのこと。わかってはいても、どうにもならない時期は、なぜか、別の意味では甘すぎてヤバイ。(笑)この期に及んで、「サンタって、いじらしい・・・。」という気持ちになるという、それこそ鬼もはだしで逃げ出すようなずうずうしい気分に陥っていますが、ここも自分に嘘をつかずに通り抜けたいところです。そう思ったら、あら勘違い、とか、なんか、そういう凹みもやってくるかもしれないし、そのときの凹み具合とかはさすがに笑い出すことになるだろうと思うと、まぁ、どう転んでも、笑うか膨れるかが中心で、大した問題はなさそうです。しかし、ここにきて、本当にゾッとするほど、お互いにブレていないものがあったという風に繋がっているので、実際、それだけで気絶しそうになります。優雅な私は、気絶しそうになるたびに気絶していれば良く、それを起こすときのサンタの様子が、幸せそうであればいい。相変らず、ちょっとそこで涙をこらえているかのように思わされると、一気にまた怒りが爆発しそうになります。(笑)サンタのくせに、泣くんじゃねえ!!っていうの、なかなか珍しい感覚だと思うんですが、実際、それが大きすぎて、身動きが取れないところもあるんです。そこで、私の全てのスイッチが、切れんの。(笑)サンタを泣かせるほど自分って哀れ?って思うのって、最悪なんです。もー説明できないくらいに。(笑)だったら、極悪の嫌われもんとかやってるほうがずっといいの。(笑)いい歳して、昭和のスケバンみたいな態度、やめなさいよ、と自分に対して思うけど、今出るんだから仕方ないんですよ。…基本、スケバンというのは、かわいくないと絵にならないので、そのうちやめます。すぐやめます。(笑)…そんなことをごちゃごちゃ思っている自分には、ウケるけど。(笑)そして、サンタと私の「先に言え!」「言えるかバカ!」な、やり取りが、相変わらずブレることなく、続くことになるんだろうと思っています。女なんてね、気まぐれなネコみたいに、こんな程度に生きていれば良かったの。男が得意なことは、男に任せて、女が得意なことだけやっていれば良かったの。それだけは、女の間違いだと、あたしは思うし、サンタもそう思ってるんじゃないかと思うわけですよ。ほんとのところは知らないけどさ。女の間違いのしわ寄せが、お前に溜まったことに関しては、俺に免じて許せ、と、サンタが言っているように思えるので、とりあえず、そんな感じで悠々としています。(笑)だから、サンタの「ありがとう。」は聞きたくも無いし、聞こえないし、聞く気にもならない。かといって、「ごめん。」とか言われたら、殺意が湧く!それもサンタに対して!(笑)この辺の気の強さは、サンタも知り尽くしているだろうから、楽しんでここを料理してもらえばいいんです。多分。(笑)…サンタですらどうにもできなかったことがあると思うというのは、そのくらいに、腹立たしさを伴う時期はあります。そればかりはしょうがないと思っています。別に特別なことをしろ、と、私も思っているわけじゃない。常識も常識のほんとに普通に考えて、誰もが社会人なら、すべきことを、してないくせにした気になるなって、ただそれだけのこと。(笑)気付かなくてしていないのは、許そうとしてきたし、わかろうともしてきた。問題は、していないのに気付かないくせに、本能はちゃんとわかってて、先にこっちに殺意を向けた、そこですよ、そこ!(笑)気付かないのは仕方ない。だったら、静かにしていてくれればいいものを、むしろそういう人ほど、ギャースカ騒いで、マシンガンを撃つっていう、ほんとにこれまた当たり前のよくあること。(笑)見事に私、蜂の巣になってます。いろんな意味で。(笑)そこだけ笑える。(笑)いい意味での蜂の巣でギリギリ騙されて生かされてる感ってなんだよもーです。(笑)ま、女だったら、巣は守ろうってやつだけで生き延びてます。(笑)サンタ、蜂?って話。←もーワケわからなくなるからいい加減にしてって、笑い出すのは、ギリギリここという。(笑)もちろん、私のこの長い嵐の間、蜂は、えらい勢いでブンブン飛び回っていました。(笑)とにかく、これだけのすったもんだで日々が回るのなら、それはもう、単なる極楽なんです。わかっちゃいるけど、腹が立つ。(笑)毎日、毎日、こればっか。(笑)今なら少しだけわかります。まず、教室がおうちのように整ってしまい、私は、なぜかそこで子育てさせられる、という大騒ぎこそが、とてもわかりやすいことくらいは。そして、ちっちゃな子蜂だか、ヒヨコだか、なんだかわからないやつらが、相変らず、列を成して待っていることこそが、サンタの約束の長さだということくらいは。約束は、未来に向かってしよう、と、私もいつか約束したらしい。そういうことに、とりあえず、しておきます。その約束を覚えていないことに関しては、ごめんなさい、というより他にないのですけれど。(笑)もう、そういう、ごめんだのなんだの、そういうのを言い合うレベルじゃないか、と思うと、それが一番笑えるのかもしれません。絶対に、シラフでは出来っこない約束、というのが、今、私の思う状況である以上、もう少し、なんじゃこりゃ!も、楽しくて良さそうです。
2014年10月04日
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軽く風邪気味なので、いつも以上に、ダラダラして過ごしました。本当に、ほんの少しだけ、スポーツをするような感じでの反復練習というのを取り入れ始めて、いきなりみんながものすごく疲れるようになりました。(笑)ほんの一箇所くらいを5回とか10回とか反復させるだけで、全体がググッと良くなる場所が、サンタの猛特訓のおかげでわかるようになった時期です。楽しくて、反復できて、演奏にも反映できて、という、簡単なようでいて、実は最も難しいところが、雑多な経験のおかげで、わかるんです。ものすごく大切なところだから、ほんの少しだけの無理。でも、そこを乗り越えるんだ、というやり方を、私に教えてくれたのがサンタだと決め付けているのですが、私が越えさせられたものが、三途の川めいていたのは気のせいかしら。(笑)なーんーーでーーーーー、あたしにここを渡らせる!と怒り狂いながらも、理屈ではわかったし、ほんと、すずめさんがチョン♪と一足踏み出す程度に小さく砕いてあったから、なんとか何度も通ったけどさ。(笑)…今思えば、そこをあえてごまかす人がどういう行動に出るか、その行動がもたらす結果は、とかまで、全部全部実体験でわかるようなところがあったからこそ、ものすごい形相で、チョン♪と渡ってみたものの、そのチョン♪だけで、多分、数ヶ月は改めて隠居するレベルのことは、何度も何度もありました。(笑)それが積み重なって、今もまだ、絶賛鬼瓦中ですが、何か?(笑)鬼瓦の修理はまだまだこれからもかかるようですが、このチョン♪は、生徒にちょうどいい。それをピアノで応用すると、レッスン後にポカポカと汗ばんだ生徒たちがコロコロ出来上がります。(笑)みんないいお顔!(笑)水曜日は、特にみんながポカポカときれいに賢く弾いていました。よくもまぁ、そこまでうまくなったな、と、私が思うレベルが次から次へと。やっぱり、日頃、ちょっとでいいからコツコツ練習することも大事。そして、長くそれを続けることも大事。それがないと、ちょっとお話にならないのは、常識も常識。(笑)ちょっとでいい、というのの、ちょっと、が、すごく大切なところだけど。基本、私が、三途の川を渡らされるのは、そのお話にならない人たちの場合くらいなんですけどね。(笑)この先も、三途の川を渡らせてくれてありがとう、とその人たちには言えないし、言わないし、言うつもりもないです。そこは、サンタに脅されても、無理。(笑)今のところは、ですが。(笑)サンタがそう言えるように私をしつけるとしたら、相当、時間がかかるね。(笑)でも、ホントは、ただ単に、そこで「怒れ。」を教えたかったようですけれど。(笑)上手な怒り方、上手なかわし方、それをゆっくりと整えつつ、のっぴきならない状況に関しては、一気に叩く。(笑)サンタへの悲鳴と、状況への悲鳴が一致するといいところ、っていうのは、あるもんです。…ま、それが誰のせいかがはっきりわかるのは、後日、というのがキツイくらいのもんです。それまでは、とりあえず、自分を責め抜いてしのぎます。(笑)ほんと、粉々になるように、凍らせといて、一気に叩くその手腕は、かろうじて、「やるな・・・。」と思えるまでに数年とか平気でかかるし。(笑)叩かれたほうとしては、やっぱり、そんなに素直に、どうもありがとう♪なんて言っているような状況ではありませんでした。(笑)後から見ると、それでしか守れないものがあるとか、だいたいわかるのが、私のお気の毒なところで、今もそのおもしろくなさに膨れっぱなしです。(笑)ただ、私に与えられたその「サンタに膨れる権利」ってヤツは、とても愉快で、とても便利です。そこで膨れている間に、鮮やかに全てを塗り替えていくところを、今は目の当たりにもできるようになったので、怒らされたくせに、「わ~すごい!」と拍手しかけて、しまった!と、手を引っ込めるようなところも出てきました。そして、その「しまった!」というためらいのしぐさも、心の揺れも、全部全部預けたままでよくて、それが次への確かな準備として、やっぱり用意されていたことを知って、ホッとしようとするけれど、また何やかやと色々ある。それが生きることそのものだと教えたかったらしいサンタの豪華な笑顔は、かなりキラキラしています。私自身は、色々とおぼつかないところはありますが、お前のリードをちゃんと握ってる、と毎日五月蝿いサンタのおかげで、お散歩とお昼寝みたいな毎日のことだけを考えているようになってきました。
2014年10月02日
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とにかく、生徒たちや親御さんのくつろぎ具合が安定している火曜日には、本当にホッとさせられます。すごいサラブレッドもいて、音で遊んでいれば爆発的に育っていくけれど、時間の流れにしたがって、それも、キレイに剪定されるような、危なげの無さもあります。偶然、自然の采配こそが何より素晴らしく、そこに委ねていれば、何も恐れることはないんだな、ということだけを確認しつつ過ごしました。サラブレッドなんて、年長さんだからこその発言で、「そっちがおもしろいことを教えるから、僕が楽しくて汗だくになっちゃうまで弾いちゃうんだ。」ということを言っていて、サラブレッドをここまで喜ばせられるための蓄積ならば、まぁ、まけといてやるよ、という、いつものややへそ曲がりな対応で、笑い転げていました。この目線が揃ったところが、おもしろいわけで、ここまでのサラブレッドに対して、微塵の不安もない自分のカードを眺めるときだけが、自分を肯定する時間になります。お母様に、つい、ピアノの先生の打ち明け話もしました。(笑)「先生方が、子どもたちを枠に閉じ込めたがる気持ちもわかる。痛いほどわかる。こんな調子で、才能の塊が育ったら、自分が至らないようで怖くなる。」と、本音の本音を。まぁ、そこまで認識して子どもと接している先生がいるかどうかはさておき、私は、そういう気持ちでいます。その言葉が、お母さんの心を強く揺さぶったようで、お母様は、「私が日頃、この子に接することが怖くなる。自分以外の人間を育てるということが怖くなる。私がこの子の練習に付き合って大丈夫なんでしょうか。」とおっしゃいました。ここまで親御さんと話せるというのは、ステキなことだと思いました。そこで、ハッタリをかまして、「大丈夫。そのままのお母さんの接し方を見て、私も対応しています。こう見えて、懐広いんです。」と、優雅に言っておきました。(笑)「そのおうちにとって、そこのお母さんが、一番やりやすい形で動いていただくことがいいんです。そのおうちにとって、そこのお母さんが一番幸せであることが、一番いいんです。」とも言い切りました。(笑)…すごいハッタリ具合に、今でも笑いが止まりません。どーこーかーらー、そのセリフ!ですが、そう思うんだもん。仕方ないじゃん。見切り発車だ。(笑)なんとかなるさ、と思いながら、不安がるお母さんを、笑顔でなだめた感じです。別にその後、トンカチが降ってこなかったところを見ると、セリフは合っていたようです。(笑)子どもたちは、それこそ遊ぶようにして、それなのにとても真剣にピアノを弾いていました。本当の遊びというのは便利なもので、秩序も、敬意も、なんでもかんでも、そこに答えがあって、それを見つけた瞬間に、子どもたちに手渡していればいいだけのことだとつくづく思います。あまりに私に甘えたがる子どもたちへの接し方も、ずいぶんと慣れて来ました。いずれ、この子達が親になったときに、子どもにこんな風に接して欲しい、という気持ちだけで、特に何歳だからどうする、とかでなく、その子の欲するものに応えることにしました。抱きしめていて、と言いながら、弾けそうになったら、私の手をはらいのける、その仕草の全てに、微笑がこみ上げるように、と、私をうまい具合に料理したサンタの手腕は、相変らずすごいだけでした。もう、特にその辺りでは教えること、弾くこと、どちらも困らないので、のんびりできました。フランス人形はいつもよりももっともっと愛らしく、こわばりの一切無い顔で、車まで先生が送ってくれるのが大好きだから、帰り時間の時に、次の生徒がいないほうがいい、と言いました。これから、ずっと、そういう遅い時間の方があるほうがいい、みたいに、小さな体に似合った、小さな未来を語ってくれました。これほどまっすぐに大好きだと伝えられると、私も応えるしかないのですが、口から飛び出した返事は、結構、気長でパンチが効いたやつでした。(笑)「いつか、あなたの赤ちゃんを見るのが楽しみになったなぁ。」ですよ。もう、そこですよ!(笑)こんなにかわいい子の子どもは、きっともっとかわいい、というそれだけのことですけれど。それを言われた彼女が、自分自身の全てを愛してくれるのなら、これだけの愛情表現に応える言葉としては、覚悟もやる気も感じられて、悪くないじゃない?と思いながら応えました。もう、抱っこで連れて行かなくても良くなった彼女の車に、その日は、かわいい一番小さなこけしがいました。ママとちょっと立ち話。そして、ママから、「下の子たちもいずれよろしくお願いします。」と言われて、笑ってその日を楽しみにすることにしました。全部が全部、それぞれかわいいわけで、絶対に、どの子とも仲良くなれるというところには、一切不安が無いタイプの私としては、楽しみにしているだけで、おいしいとこどりですからね。恐ろしいほど子どもたちと相性がいい私が、恐ろしいほどの大量の子どもたちを預かっているのは、サンタが決めたこと、と思うようになりました。サンタが、子どもを預けるときは、本気に決まってるから、お互い本気の本気で、ずっと行くんだろう、というのも、流れ的に、鬱陶しいほどわかるし。(笑)歳をとっていくのなら、それに見合った形で、キレイに色々整うだろう、の辺りまで、俺に任せとけ、な、サンタがいる以上、私はこの先もきっといつもおいしいとこどりなんだと思います。私の空白を埋めるために、俺がいるだろ!!を、かなり強く言い過ぎてしまったらしいサンタ自身が、私のトラウマになるという、ちょっとばかりどうだろう??な流れが今は一番おもしろくて、笑えます。トラウマがあるほうの私と、トラウマなんて無関係なほうの私。どちらの私にも、サンタしかいなくなる、ということになるとは予測していませんでしたが、どうもそのようです。二人の私を繋ぐ曖昧な場所に、サンタの形の穴が空いていたとは、これまたおもしろい、という感じで、自分の人生がサンタに塗り替えられていくのを笑ってみている真っ最中です。それは、例えてみれば、生きたまま私の頭をすげかえるような作業で、まぁ、色々と不安もありましたが、不安を感じるほうの私の存在感など、今はほんのわずかです。振り返れば、なんのことはなく、ただ、それだけのことだったというのに、相当恨んで申し訳ないことをしたと思うのですが、恨んでいる辺りが、異常におもしろく組まれているので、毎日、極楽モードです。サンタが音楽と子どもが大好き!だった辺りが、私とちょうどいい感じだったのかもしれないな、と思うのですが、サンタのほうが、おふざけ上手だった分だけ、私が翻弄されたのかもしれません。その翻弄が、ただ単に、サンタを信じなかったから、ということだけに集約されていく今ほど、私が幸せな時間はないのかもしれません。この先も、同じように、日常なんて些細なやっつけ仕事のようなもので過ぎていきそうだ、と思えるようになって、ホッとしています。思えば、「サンタ相手に嘘なんかつけっこないし。」と、諦めきったのが、とてもよかった。(笑)それすらも、そう諦めるように、サンタが仕組んでいた、と思うこともできそうな流れを振り返ると、自分をごまかすための嘘よりは、サンタを信じるためのすったもんだのほうが、バチは当たりにくいようです。自分の嘘をいずれ自分が引き受けることを因果応報と言うのなら、そういう意味での嘘は、ほんと、あまりにも少なかったようで、私は後は、単に私の知らない私を、サンタに任せておくだけでいいという優雅極まりないご身分のようです。(笑)自分がトラウマになっちゃった!と、慌てふためくサンタを見るなんていうおもしろい経験は、多分、そう簡単にはできないし、そういうサンタを見ているのが、私の一番の趣味だったりします。
2014年10月01日
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