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このカウントダウンに向けての動きが毎年好きです。うちは実家が商売をしていたので高度成長期は紅白が終わる頃になっても飯場で働く人たちが故郷に帰るために上着やコートを買いにくるので父や母はそれからごはん。そんな姿をみて育ったので大晦日ははたらくべき派です。今日も働きましたよー。パパさんも教室をきれいにペンキで塗ってくれました。それではみなさまどうぞ良い年をお迎えください。
2006年12月31日
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生徒さんたちが恒例のおおそうじをしてくれました。お母さんたちが「今年はうちの子も使ってください。がんがん働かせてください。」というのでうれしい限りです。やってもらいました!そしてそのあと恒例の大鍋のうどんをすすっておおにぎわいのおおそうじも無事終了!
2006年12月30日
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今年は私にとっては自分の身体をじっくり見直し自分のできること、できないことをはっきり自分の中からも外からも教えられた年でした。自分の奥にある根源的な欲求。そのことにじっくり向き合い、矛盾を見直し時にはその感情を爆発させたり身体に出したりしながら自分の奥に眠っている「愛されたい、受け入れてもらいたい。」というただそのことだけをいろんな角度から見た一年でした。それはうちにかかわる子どもたちからもたくさん見せてもらいました。私が手放さないと解決はしないと言われましたがこれは薄皮をはがす作業でいいと私は思っています。今年は子どもをめぐる環境がこんなにつらいものなのかということがはっきりした年でもありました。こんなに何人もの命がなくならなければ世の中は動かないのか、しかも教育基本法の改正というようなことはあっさり通ってしまう。諮問委員会の方たちは多くの実践をしてきた方たちだからもし今回うまくまとまらなくてもこの100年変わらなかった教育の世界を少しでも動かしてほしいと思います。私は今年自分の中を見る事で自分のできる事をするしかないと肝に命じました。当たり前のことですが来年もさらにこのことを突き進めていこうと思います。数秘術でいうとこれからしばらく私は「伝統と自由」の間で揺れることになるそうなので、それはじっくりやりたいと思っています。さあ、これから生徒さんたちとおおそうじです。わたしのできることはこういうことだと幸せに感じています。
2006年12月30日
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年内最後の授業です。帰りがけに一人のおじょうさんが「今年はおせわになりました。来年もよろしくお願いします。どうぞよいお年をお迎えください。」とていねいにあいさつしてくれました。なかなか挨拶ができないことが多いので感心です。それでひとりひとりと年内のあいさつをしました。みんななんて言っていいかわからずかしこまってかわいかったです。明日は教室のおおそうじです。
2006年12月29日
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おおそうじです!
2006年12月28日
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義妹と甥の3回忌でした。昨日の嵐がすべて空をきれいにしてくれてすっきりした青空にくっきりと富士山が見えました。あちらの世界に行ったらいつも私たちと一緒にいてくれるそうですが今日の風はやさしく、あたたかく本当にそのように感じられました。義妹は笑顔が美しい人でした。この世に生きている私たちが頑張れるようにきっと見守っていてくれると思います。今年もあと4日。みんな元気に仲良くくらしていけることに感謝したいと思います。
2006年12月27日
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母の調子がいまひとつなので奥沢にある青い鳥会上田クリニックに行ってみた。上田先生は尊厳死と在宅医療をすすめている方で60歳の穏やかな方だった。老齢化するとおこりうる身体のいろいろな変化を母の話をゆっくり聞いてくださってていねいに説明してくださった。家族としても血圧のこととか身体の変化はとても勉強になった。近所にうちの父が入院している病院のように老人を最期まで長いスタンスでもってみてくださる病院があるというのは非常にありがたいと改めて思った。母の顔も晴れやかになったことがなによりうれしかった。
2006年12月25日
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図書館で本を探していたらつれない顔をした幼なじみにばったり。少し前に会ったとき仕事が本当に大変だと言っていたので少し立ち話。話を聞いているうちに私もぐちを言い始めいつしか女の長話に。いったん別れてスーパーで買い物しているとまたばったり。またまた中学生ののりでますます口はうごくうごく。結局自分の家の前までああでもないこうでもないと話し込んだ。「あんたは小さいときからへんなプライドがあるからね。まったくそんな性格だよね。」と彼女。ああ、同級生ってどうしてこうも本質をつく発言をしてくれるのよ?だからうれしんだけどさ。私の忘れていた小さい頃のいろんな思い出話も話してくれて、なんだかほわんとした。彼女も私もあの小学生だったころにはもう戻れないけれど私たちは歩いてきたのよね。この道をって感じかな。そしてなんだか元気がわいてきたのでした。夜は恒例の次男くんのケーキが登場し末娘が大きな声で歌を歌ってくれて久しぶりにいろんなことを吹き飛ばしておおきな声でおなかから笑いました。いいことも悪い事もあった2006年ももう少しです。
2006年12月24日
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昨日飯田市のけこちゃんのかかわっているふるさと便が届きました。市田柿、お米、たくわん、おもち白菜、キウイ、りんご、こんにゃく、ちじみほうれん草。今回も盛りだくさんのないようでした。おやすという稲穂を使ってのお正月飾りも入っていました。たかぎ農村交流研修センターというところがやっています。0265-33-3999が連絡先です。これからの日本の農業のことをしっかり考えてなるべく支援できることは都会に住む人間としてできることをしていきたいと思っています。この間友人の息子さんが大学を途中でやめて農業の研修生になったという話を聞きました。大事なことだと思います。昨日の忘年会の若者たちも言ってたなあ。「大学はおもったほど魅力的なところではなかった」って。
2006年12月24日
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鍋とお好みやきで恒例の忘年会です。ノロウイルスにやられたり仕事が大変で来れない子もいましたがそれでも今年一年みんな元気に過ごせた事を感謝しました。といっても若い人たちはいろいろ悩みがあり彼女ができないとか高校からやりなおしたいとかいろいろ話していました。異年齢の子たちの集まりのよさはいろんな経験を交換できることです。みんな来年もこの時期元気に会えるようにとお開きになりました。
2006年12月23日
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毎年恒例の小学生クリスマス会の日です。準備をしていると大きなクリスマスプレゼントの電話が!なんとお菓子の専門学校の先生をしている友人のご主人からケーキをもらってくれないかというのです。これは本当にうれしいプレゼント。大きな大きなデコレーションケーキが2台!20人の人のおなかに入りました。すごいことです。今年はジェンガですごく盛り上がりました。一年間がんばったごほうびの一日でした。
2006年12月23日
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今日久しぶりに自由が丘の町を一人で歩きました。古本屋で田辺聖子の文庫を買ってモスバーガーに入ってハンバーガーほうばりながら片手で文庫を持って読む快感!そしてその後快感はさらに待っていたのです!もう10年以上前その方の絵に初めてであったのですがANFINIさんという女性の描く絵。光の絵です。なにげなく入ったお店でなんとANFINIさんの個展をやっていました。すてきな偶然でした。光がさらに強くなっていました。感謝です。
2006年12月21日
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私が数年前「おんなたちの居場所」をやっていたとき湘南のほうからその会に足を運んでくれた方がいました。それがようこさんです。ようこさんは自宅を開放して毎週金曜日「横町」を開いています。もう6年くらい続いている活動です。最初は地域のお仲間と始めたのですがいろんな方が人づてにくるようになりそこで一日ようこさんはいろんな方の交流の場を提供しています。一度私もおじゃましたのですがすてきな吹き抜けのフローリングのある海の近くのおうちはとても居心地のいい場所でした。そんなようこさんから昨日カードが届きました。「お蔭さまを味わうようになりました。」という言葉にうーんと思わずうなりました。お陰というのはひっそり陰でという意味もあったんだなと。なんとすてきな感謝の仕方でしょう。
2006年12月21日
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昨日は世田谷区内で同じフリースクールをやってらっしゃる先輩と久しぶりにお会いしました。かれこれ7年前、先輩のほうから声をかけてくださって以来通信のやりとりなどしています。あまり同業の方とお会いするのは少ないのですがこの年末にかけてのタイミングでお会いするにはやはり意味があるのだと思いました。彼女は「子どもの背中を押すタイミングってあるのよね。」「それが何年かかっても。そのときだと思ったら押すのよね。私はそれを後方支援と言ってるの。」まさしく「みんで育てる』ことには時がかかるのです。そしてひっぱるのではなく押すのが肝心なのです。確認しあうことって励みになります。個人経営というのはやはり孤独な作業です。だからこういう同じ考えの方とお話していただけるものは大きいです。ありがとうございました。
2006年12月21日
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みんなで育てるって簡単なようで難しいですね。でもなるべく自分の感じた事やその子から受け取ったものその感覚はいつもとぎすましておきたいと思います。言葉だけではなく、態度だけでなく微妙にその子から吹く風のようなものでその子から何かを受け取る事があります。そのときのテーマになる子がいつもいてみんなでああでもないこうでもないと話して行くうちに何か見えてきたり見えなかったりみんなで見つめるということにつきるのかなあと思います。
2006年12月19日
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結局我が家は本当に見事に全員!ノロちゃんにやられました。パパさんだけはもどきなのですが。。そのパパさん「気合いでなおす!」と昨日朝から夜にかけてニンニクを丸ごと2個!おなかにいれました。ですからそう!今日は部屋も教室もすごいんです。それでセイジョーに行ってプレスケアでなんとかにおいは消え去りました。ノロちゃんは去ってくれそうです。デトックスしてすっきり来年にいきましょう!
2006年12月18日
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寺子屋たよりを送ったら受け取った方から連絡をいただく。それがまたうれしい。ひさしぶりの方もあり電話で声が聞けたり最近考えている事を交換したり励まされたり交流がうれしい。けっこう長いおつきあいの方が多いのでお互いの紆余曲折を思いはかりながら話すのって年末にむけて貴重なことだ。先日『数秘術」の勉強会にでたのだがそこでも来年2007年のもつ意味について2007は足すと9になり9が数秘術では完成を意味し、今年明らかになったことはますますはっきりし、物事が顕著になって表れる。らしい。だからこそ今年自分に何が大切なのか、問いかける作業をして来年また自分が大切にしたいことを決めておく事そんなことをわたしも丁寧にしていきたいと思う。
2006年12月17日
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末娘がノロちゃんをもらってきて一晩中噴水のように吹き出したので小児科に連れて行った。「こりゃ点滴だな。」ということで診察室の隣の部屋で2時間近く点滴をした。木曜日の小児科はひっきりなしに子どもを連れたお母さんが訪れてほとんどが「はいてます。」「せきです。」というもの。先生は休憩なしでどんどんみていた。「はいてる間は水をのもあせないほうがいい。」「吐き気止めを飲んで2時間なんでもなければ水やお湯から少しずつ飲ませる。」「薬の飲ませ方にもこつがある。」何回も聞いていたので私もいい勉強になった。ノロウイルスは新しいウイルスではなく昔もにたようなのがあったから40代以上の人はけっこう免疫があるらしい。そういえば私も3日くらいおなかをやられてのたうちまわったことが何回かあるよなあ。娘は点滴効果でかなり元気になった。小さい子は悪くなるのも良くなるのもあっという間だ。次男と母と娘がノロちゃんにやられた。この冬ノロちゃんにご注意を。
2006年12月15日
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今年最後のオークサロンでした。今日はすごく冷えたので次回以降こたつっぽいふとんでぬくぬくとしながらおしゃべりしようかなあと思っています。久しぶりの方もいらしてすごーく今日も楽しかったです。笑いは自然治癒力を増すというコンセプトで、毎回がははがははと笑っています。場所が屋上なので周囲への気遣いをしないですみます。これをファミレスとかでやったら騒音になりますからね。いろんな大変なことも笑ってしまえば怖くないそしてみんなで笑う事が大事なんですよね。今年もそんなことを学ばさせてもらいました。お世話になりました。そして来年もよろしくお願いします。
2006年12月12日
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今年最後の寺子屋だよりができました。今回はキャンプ、お祝い会、戦争の話を聞く会、など話題てんこもりになりました。編集者はまたまた徹夜で頭がくらくらと申しております。みなさまのお手元にもうすぐお届けします。しばしおまちくださいませ。
2006年12月11日
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朝日新聞の天声人語を読んでもらって中学生に感想を書いてもらう授業を月に数回している。この日のコラムは硫黄島からの手紙の話だった。中学生たちの心身からあふれる文章を少し紹介します。「~毎日十分すぎるご飯を食べ、身近に大切な人がいる自分たちには本当の戦争の苦しみなど分かるものではないと思う。その苦しみがわかるのは戦争を体験した者だけなのだろう。だからこそ私たちは今、戦争の中を生き抜いた多くの人とかかわり後世に戦争の苦しみ、つらさを伝えていけたらいいと思っている。」「~もし、自分のお父さんやお兄ちゃんが強制的に戦争に連れていかれたらと思うと怖くて想像もできません。何も悪くない人がなぜ死ななきゃいけないのか全くわからない。他の人には迷惑かけずに戦争をやりたい人だけでやればいいと思います。~」「~誰のでも命は恵みだと思う。自分の命は自分一人のものではなく家族や信頼する人の命でもあると思う。大切な人を失ったら、どんなに辛い事か、それは誰にでもわかること。~」『~この世の中に私も英雄は必要ないと思う。英雄を必要とする国は平和でないからそれを助けてほしいために英雄という存在がほしいのだ。なのでこの世界が平和であれば英雄なんかはいらないと私は思った。」
2006年12月10日
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今日はなんとなく毎年厳かな気持で迎える日になっている。真珠湾に日本が攻撃した日でありマリア様の誕生日だと言われている日だ。1月17日のように湾岸戦争が開始したり、阪神大震災がおきたりなにか運命を背負う日というのはある気がする。だから自然と毎年この日も意識している。祈りのような気持で過ごしている。今日は寺子屋に久しぶりに足を運んでくださった客人があった。その方たちの幸せを祈りたい。昨日生徒さんのお父様が救急車で運ばれるということがおきた。幸い重病にはいたらなかったがそのおうちの方たちにも幸いが来ますように。年の瀬になり毎日いろいろなことがおきるが今年は自分の身体のことを考えさせられたことが多い一年でありたぶん父は今年も病院のベッドの上で晦日を迎えるだろうしその数日前には義理の妹の3回忌がある。今生かされている幸せをかみしめてゆっくりていねいにと言い聞かせて一日一日を過ごしたい。
2006年12月08日
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先日小学校の家庭教育学級にパフォーマンス学の佐藤綾子さんがいらした。人数集めに困っているという電話を受け初めてこういう学級に足を運んだ。佐藤綾子さんは本を拝見したり、テレビで見て圧倒されそうなパワーのイメージで行ったが思いのほか教室内に響く声はやわらかかった。佐藤さんはパフォーマンス的視点で人に与える色の印象について調査した結果、白がマイナスイメージが少ないことを知り、それ以来ほとんど毎日上から下まで白一色なのだそうだ。たしかに背筋をぴんとはって髪の毛をきゅっとゆいあげ大きめのイヤリングがきらりと揺れる耳元そして一番のパフォーマンスのポイントである口角筋を上にあげた表情の佐藤さんの全身からはプラスエネルギーががんがん出ていた。そしてもうすぐ還暦をむかえられるとはびっくり、会場がどよめいていた。かなり私も勉強になった。でもすごい努力に頭がひたすらさがった。「私はねんざしようが骨折しようがパフォーマンス学をやっている以上弱った歩き方も顔もできないのよ。」とおっしゃっていた。帰ってきて何冊か図書館でまた本を拝見したが佐藤さんの人生はこれがまたすごいものだった。まさに山あり谷あり。そういう方にやっぱりお会いできてよかった。この一年の終わろうとするときに。
2006年12月07日
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昨日障害を持つ長女が反抗期だったころすごかったね。という話を寺子屋のみんなに夫とした。長女の反抗期は中学2年のころ。とにかく学校にいきたくない。なにかしたくない。学校にいくときは毎朝夫がこたつから引きづり出してかかえこんで立たせていった。店の真ん中では買いたいものが手に入らないとびーびー声を出した。彼女は話せないからそうやって体中で抵抗した。その娘が今は高校3年生になって主婦のようによく働く。食事の後片付けなんてお手のものだ。食器をどんどん運んで洗って、冷蔵庫に入れる物は入れて最後にお膳をふきんでふく。愛の手帳2度の子じゃなきゃ普通のことかもしれないけどやっぱりすごい成長だと思う。彼女の成長には夫の彼女への細かい愛情がある。それは私が一番わかっている。私には聞こえない彼女のサインを夫はていねいに拾ってくれる。彼女にとってはそれが何よりのコミュニケーションだろう。先日そんな二人がお互いの顔を描き合った。長女が初めて顔を書いた。うれしいできごとだった。
2006年12月05日
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父親が子育てにかかわるとどんな良い点があるかということについて納得の内容をある本で見つけた。母親は行政サービスに対して言われたままに動いてしまいがちだが父親は理不尽なことや納得のいかないことにはっきり意見を言う人が多いのでこまやかなことも改善されることもあるというのだ。改善されるかどうかは別として我が家の夫も私なら面倒くさいとあきらめてしまう学校関係のことや、お役所に対して「それはおかしいよ。」と異議をとなえることがる。いわれてみると今まで当たり前だと思っていたことが「まあそうだよね。」と思う事も多く男女の両側面からの子育て参加はますます大事な事だと思う。保育園の送り迎えはお父さんが増えてるけど小学校の保護者会はまだ母の園だなあ。
2006年12月04日
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