PR
Keyword Search
Comments
Freepage List
周りを見渡すと白い人達だった。
しかし、それは白人という意味ではない。白い上着、白いワイシャツ、白い手袋、白いズボン、白い靴下で身を固め、その上白い仮面をかぶっている。お面の眼の部分には小さな穴が開いているが、口の部分は絵の具で書かれているだけだ。
その上、髪の毛すらも真っ白だ。彼らの骨格から男と女が混じっているのはわかるけれども、そんなことは無頓着な様子で、彼らは密集し、互いに押し合い、結果としてほとんど動けない状態になっている。
わずかに首筋からその人々の素肌が見えて、白人もいるのかもしれないが、彼らの多くが白人ではないことがわかる。体同士がぶつかり合い、ときに相互の力のバランスが崩れてどどっと群衆の一部が動き、悲鳴やら単発的な言葉が飛び出す以外に彼らの多くは声を出していない。しかし、無数の白い人々の息使いや物理的な触れ合いから生じているのかもしれないが、群集としてのさざ波のような音の塊がある。
その白い人々の群集の雰囲気の中にいるということは決して不愉快ではなかった。他の人々と同じように、わたしは個として群集の中で無視されている。物理的には動きが制限されているが、時に自分の体の重みを他人に預け、時に他人の重みを支えて、それがいつ果てるのかわたしにはわからなかったけれども、群集の中にいるという安心感があった。群集はやさしかった。
どうもこの雰囲気では、わたしの周囲には何千人、もしかすると何万人、何十万人が押し寄せているのだ。コミュニケーションをいちいち取ろうとしなくても、わたしは孤立しないし、孤独にも感じない。なにしろわたしの周りには群集がいる。
この最適ではないとしても、この悪くはない環境に身を任せていようとわたしは警戒心を解いて佇んでいたときである。一瞬、光が走った。
わたしの反応は遅れた。それでもこの重厚な群集に対して何らの影響も及ぼさないと思った。群集は大きなうねりだった。小さな、小さな変化はそのうねりの中で無視されるはずだった。
わたしから2,3人離れたところにいた白い人が突然、くたんとした。糸が切れた操り人形のように体の全体重をすぐ隣の人に投げかけた。その人が重みに耐えかねたのか、押し返した。その白い人は反対側のまた別の人にもたれかかった。今度は白いお面が上を向いた。白いお面の二つの眼だけではなく、額に穴があった。直径が1センチにも満たない丸くて黒い穴だった。それがやがて赤く染まる。
その赤く染まった穴をよく見ようとして、わたしもお面を被っていることに気づいた。 さらに、わたしは自分の愚鈍さに驚いた。わたしは白い人ではない。
わたしのお面に取り付けてある二つの眼の穴は小さくて、真正面を見るにはそれほどさしつかないが、本来の視覚の広い範囲を見るにはとても不便だ。それでわたしは今まで気づかなかったのかもしれない。
わたしは赤い人だ。上着もワイシャツも手袋も、ズボン、靴下、靴、何もかもが真っ赤に染められている。この様子ではわたしの髪の毛も真っ赤であるのにちがいない。
またもや、光のようなものが走った。わたしから少し離れた白い人の頭がかくんと揺れたかと思うと、斜め前に血が噴きあげた。周りの白い人の白い服に赤い染みが付いた。
白い人々がわたしから離れようとしているのがわかった。しかし、周囲にいる無数の人々のためにわたしから遠ざかることができない。
わたしが標的なのだ。
光のようなものが、今度は連続してわたしの視界を2発流れた。その度に白い人が一瞬硬直したかのように静止し、それから力を無くして周囲の白い人々に倒れ込んでいく。
白一色のなかに、赤い人であるわたしがいる。
よほどの遠距離からわたしを狙っているにちがいない。 照準器にわたしは既に捕らえられている。わたしの体が群集に押されてふらふらとしていること、もしくは、空気の流れのためなのか、それとも、狙撃手がへただけなのか、わたしではなく他の白い人々が犠牲になっていく。
自分だけは助かりたいと思った。 自分を目立たなくするには、しゃがみこむしかなかった。しばらくの間は周囲の足に抗していたが、どんと押されて手をつくとその手の上を足が踏みつける。わたしの低くなった体勢の上に白い人々がのしかかってきた。
両手で頭を守るようにして胴体と足を丸め地に這った。その上を白い人々の足が踏みつけた。しかし、銃で狙い撃ちされるよりはましだと思った。
わたしが地面に張り付いていると、立っている白い人々からはそこに空いたスペースがあるように見えるのだろう。互いに押し合っているから、少しでも隙間があればそこに行こうとする。するとわたしの体に足を取られてわたしの上に倒れ込む。 大人の二人もわたしの体にのしかかれば、わたしの呼吸を止めるのに十分だ。
誰かの足がわたしの後頭部を直撃した。わたしの被らされていたお面が地に押し付けられた。頬骨と額にお面が食い込んだような痛さだった。ただ、お面のおかげわたしの顔が守られているのかもしれなかった。
立ち上がって銃の標的になった方がましかもしれないと思った。狙撃手の技術が未熟でわたしには銃弾が当たらないかもしれないと思った。しかし、いつまでこの状態が続くのだろう。白い人々が無数にいるようにこの状況が無限に続くような気がした。すると、いつかわたしは銃弾の餌食になるとも思えた。
しかし、もう立ち上がりたくても立てあがれない。何人もの白い人がわたしに倒れ込んできた。息ができない。 わたしは圧死するかもしれないと思った。この群集のやさしさはどこにいったのだろう。
到底、跳ね返すことはできないと思ったが、それでもわたしは体を起こすために足に、手に力を込めた。そうすれば、白い集団の中に赤い標的が少しでも見えて、狙撃手がこのあたりに撃ち込むことを願った。白い人々に向けて乱射すればよいと思った。