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カテゴリ: スター・ウォーズ
 オイディプスは、王であるその父親をそれと知らず殺して自らが王となり、先王の妻であり己の母である后を娶り、やがてその真実を知って王位を退き、盲となって放浪する。これはオイディプスもしくはエディプスの「父親殺し」として有名な神話であり、ヨーロッパの思想ならびに、フロイトの思想を根幹とする心理学派の中心的命題の根底に流れる一種の“宿命”である。「神話なき国アメリカに神話を」という構想が、映画『スター・ウォーズ』を製作したジョージ・ルーカスにはあったと言われている。

 「スター・ウォーズをアメリカの神話に」。ルーカスの熱い想いは、この映画のカギを握る“フォース(理力)”という、概念および超自然的/神秘的能力に象徴される。この“フォース”というアイディアは、ブラジルの神秘主義者/思想家であるカルロス・カスタネダ(彼の真の姿を知る者はいないと言われている)のインナー・トリップ体験にヒントを得ているといわれる。カスタネダの内面の旅の師であるメキシコのシャーマン(呪術師)、ファン・メイタス(もしくはメイトゥス)の神秘的な能力をカスタネダは“ライフ・フォース”と名付けたが、この“ライフ・フォース”こそ、『スター・ウォーズ』における“フォース”の源流なのである(ちなみに『スター・ウォーズ』の主人公は、当初の予定ではメイス・ウインドゥ-エピソード1に初登場したジェダイ評議会の最高メンバー-を主人公に想定していたといわれ、このメイス・ウインドゥは件のファン・メイタスがモデルとなっていたそうである)。
 “フォース”は確かに『スター・ウォーズ』を論じる上での大きなポイントには違いない。この神秘主義的な神話源流のタームは、ルーカスが同映画を“若い国の、新しい神話”にしようとしたという意図を補完するだろう。しかし、『スター・ウォーズ』には、もう一つ、神話学的に重要なシーケンスが織り込まれている。つまり、冒頭に記した「父親殺し」の神話、“オイディプス/エディプス王神話”である。『スター・ウォーズ』旧三部作の二作目『帝国の逆襲』、三作目『ジェダイの復讐』においては、物語の主人公である息子=ルーク・スカイウォーカーと、その父=ダース・ベイダー/アナキン・スカイウォーカーの対決が、映画のハイライトとなっている。息子対父親、という二項対立の図式は、一見かの“オイディプス/エディプス王神話”の引用かと思わせる。若い国家アメリカで、新たな神話を創造しようというルーカスにしては、余りにも安易に過ぎると思われるかも知れない。しかし、この映画の結末で、息子ルークは父親を殺さない。子と父の対決を見せ場としながらこの映画は、「父親殺し」の神話をなぞることをしない。すでに、“オイディプス/エディプス王神話”は語り尽くされ、議論され尽くして、もはや神話としての魔法を失っていたということもあったろうしまた、アメリカという土壌にこの神話は根付かないというルーカスの判断があったかも知れない。しかし、この意外にして個性的な結末に関して真っ先に指摘出来ることは、母親の顔を知らない(という設定の)息子ルークと、その父との間に、エディプス・コンプレックスのロジックは決定的にあてはまらない、ということである。“オイディプス/エディプス王神話”は、母親のフィギュア/存在があってこそ成立する悲劇の神話であるからである。したがって、父に対して去勢コンプレックスを抱くことが出来ない息子ルークの物語に、「父親殺し」の結末を持ち込むことは矛盾であって、あってはならないことであり、また論理的にも不可能なことでもある。代わりにルーカスは、『スター・ウォーズ』の結末には「子と父の和解」を持ち込んだ。映画の終盤、親子の対決の果てに、悪の力に身を委ねたはずの“暗黒卿ダース・ベイダー”は、その“悪”を象徴する漆黒の仮面(これは、同時に彼の生命維持装置でもある)をはずして、自ら死を選択する。ダース・ベイダーの仮面を捨て、素顔の父親=アナキン・スカイウォーカーとして、息子ルークと和解して息を引き取るのだ。
 “オイディプス/エディプス王神話”のイメージを臭わせながら、「父親殺し」ではなく、この「子と父の和解」をラストに選んだルーカスの心中はいかなるものであったか、推測の域を出ないが私見に拠れば、これは60年代・70年代のアメリカが、世界における権威失墜、公民権運動やベトナム戦争の泥沼化などという歴史的不条理の中で、カウンター・カルチャーの煽りを受けて若者=息子達が大人=父親に対して“理由なく反抗”した時代を通過した(スター・ウォーズ旧三部作の第一作が公開されたのは1977年であった)という社会的背景を踏まえて、劇中では、息子=若者(ルーク)と父=大人(ダース・ベイダー/アナキン)という、二つの大きく隔たったジェネレーションを和解させたのだという読み方ができるかも知れない。そして、この「子と父の和解」を、ルーカス流の“アメリカの神話のプロローグ”としたのかも知れない。現代においてアメリカ社会の“子と父”が、未来に向けて並進しているとすれば、ルーカス流神話のラスト・シーンは、確かに“神話としての魔法”を有していたということになるだろう。(了)





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Last updated  2005/03/07 08:49:20 PM
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