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11月22日、彼女の誕生日だった。
自分の誕生日の時に感じた、嬉しさの中にある切ない想いを彼女は感じたりしないだろうかと、書きあげた携帯のメールを送信することがなかなかできなかった。
忘れようとしていた離れた時の辛さと後悔。気持ちの奥でくすぶっていた好きな気持ちが何度も何度も彼女の顔や声を蘇らせてくる。
お祝いのメールといっても自分はそういった気持ちで一杯になって、彼女ももし同じように思いかえしたりする事があるなら辛いだろうからと。
正直に言うと自分の誕生日が一番彼女を好きで会いたいと思い、彼女から来るメールを待ち、彼女との思い出に浸される日になってしまった。
もうメールとか来ない方がほんとは楽なんじゃないか。何で今でも送ってくるのか。お祝いのメールに対する価値観の違い?
いろいろ考えたりもする。
彼女は一つの物語があって、始まって終わっただけだよくらいに割り切って考えてるだけなら自分もそうやって苦しみたくない。
今でも愛してるから。
人を想う事の苦しさが今になってよくわかる自分はもっと苦しんだ方がいいのだろうか。
そんな風に色々考えたが彼女へのお祝いのメールを送った。
お礼の返信がきて喜んでくれたのが唯一救われた気持ちになれた。
自分の気持ちが全く見えないな。
dear K
お誕生日おめでとう。
きっと素敵な誕生日を送れたでしょう。まわりからもたくさん愛されてたから君の喜ぶ顔が想像できるよ。
毎年毎年思い返す誕生日のいろんな出来事。
当日まで会う会わないだのケンカしてたくさん涙流させて、もっと俺が素直になっていればよかったのにって今でも思うよ。
全然悪い事してないのに意地悪ばっかしてたもんな。
一年一年ただ年をとるだけじゃなくて、もっともっと素敵になっていってね。
心からおめでとう。
10000回のキスを送るね。