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メリークリスマス。サンタは来るかな?最高のクリスマスを過ごしてね。
2012.12.25
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もう誕生日のお祝いでしか交わす事のない彼女との数回だけのメール。色んな想いでそのメールをもらっていた。でも今年はもう届く事はないだろうと、なんとなく、なんとなくそう感じていた。それは今でも彼女の気持ちが少しは見えているから。誕生日を迎え、いろんなお祝いの言葉をもらう中でも彼女からのメールが自分にとっての最高のプレゼントになっていた。今年の誕生日に日付が変わり、次の日に時計の針が回るまでにやはり彼女からのメールは来なかった。やっぱりな。わかっていたけど、いずれは来なくなる事になるだろうとは思っていたけど、やはり寂しかった。誰に祝われてもポッカリと心に穴が開いたように切ない誕生日だった。なんで今でもこんなに辛くなるのかな。忘れようとしても忘れられないのはなぜ?好きな気持ちの火を消そうとすればするほど燃えてしまうのはなぜ?今でも夢で君が出てくるのはどうして?自分の誕生日が過ぎてから彼女の誕生日が来るまで色んな事を考え続けた。自分も彼女の誕生日にはメールはしない方がいいのかな。彼女はきっといつもそう考えながら、何度もためらいながらメールを送ってくれてたんだろう。自分の気持ちに素直になりたかったから、彼女の誕生日が来て何も躊躇わずメールを送った。登録されたアドレスにまだ届くのかが、お互いの細い線のつながりを認める瞬間で悲しくもなる。普通にいつものようにお祝いのメールを送った。日付も変わる間際に彼女からの返信が来た。自分が誕生日にメールを送らなかったのはもう嫌がると思ったから。なんで送られてもないのにどんな気持ちでメールを送ってきたのかという返信だった。自分の好きな気持ちは今でも変わっていない。まだ好きな気持ちがあるから、断られてもいないのに送らない事なんてできなかった。きっと少しは彼女もメールを待っているだろうと、お互い離れていても誕生日のメールだけは絶対に待っているだろうと信じていたから。でも一番は、メールが届かなかったあの寂しさを彼女にはしてもらいたくなかったから。そして、携帯が変わる前に最後にメールを送っておきたかったから。誕生日おめでとう。一日遅れちゃったけど心からお祝いしてるよ。久々のメールだったけど元気そうでよかった。これからも元気でいつまでも変わらず可愛くね。10000回のキスを送ります。
2012.11.23
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彼女からメールが来た。誕生日でもないのに。差出人の名前も見ずに開けたメールは最初、誰だかわからなく一瞬戸惑った。戸惑った後、メールをもらってこんなに嬉しくなったのはいつ以来なのだろうと思い返したりもした。その送られて来た日は彼女と同じ大学だった入学式の日。思い出の日だった。毎年その日になると出会ってから何年だねって話していた。離れてからの間はその日が来ても何の連絡もなかったのに突然メールが来た。お花見の季節に桜を見に行った事や誕生日以外にもメールを出したかった事、色んな聞きたい事や話したい事があって、書いては消してとメールを送る事が出来なかったと書かれていた。今までそんな我慢をしてきたのにメールを出してきたのは、やっぱり地震など色々と不安になったり落ち込んだ気持ちがそうさせたのかなって後ろ向きな考えが浮かんだりしたけど、彼女からのメールに素直に喜んでしまう自分がいた。最近滞っていたが、ブログで気持ちを綴るように自分も彼女以上に聞きたい事や話したい事が沢山あった。自分の中で熱くなった気持ちを冷ましては思いを少しずつ消していっていた。彼女はもう自分の事なんて思い出すのも嫌になっていたり、間違った過去とか無駄な時間だったとしか思っていないだろうと自分に言い聞かせていたりした。彼女を忘れられるように。彼女から届いたメールには少なからず、自分が思っていたような事はなかった。一緒に桜を見た事をまだ覚えてくれたりして、話したい事も同じようにあったという事が少しでも自分と同じ気持ちでいてくれた事にほんとうに嬉しかった。何度も何度もメールを読み返すうちに彼女に対する自分の中の気持ちのモヤモヤが晴れてくる気がした。何に不安になっていたのか、何に恐れていたのか少しわかったような気がしたから。何通か依然と変わらぬメールのやり取りをして変わらぬ彼女を感じれた。彼女との新しいスタート、そう感じた。言葉にしなくても相手の気持ちがわかるような関係でいたのだから、違った形でまた彼女とつながっていけたらお互いが幸せになれるのかなって、そんな新しい関係ができたらなと思えた。好きな気持ちは変わらずに。happy day 22.
2011.04.22
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新年明けましておめでとう。良い一年になる事を願ってるよ。
2010.12.31
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メリークリスマス。
2010.12.25
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11月22日、彼女の誕生日だった。自分の誕生日の時に感じた、嬉しさの中にある切ない想いを彼女は感じたりしないだろうかと、書きあげた携帯のメールを送信することがなかなかできなかった。 忘れようとしていた離れた時の辛さと後悔。気持ちの奥でくすぶっていた好きな気持ちが何度も何度も彼女の顔や声を蘇らせてくる。お祝いのメールといっても自分はそういった気持ちで一杯になって、彼女ももし同じように思いかえしたりする事があるなら辛いだろうからと。 正直に言うと自分の誕生日が一番彼女を好きで会いたいと思い、彼女から来るメールを待ち、彼女との思い出に浸される日になってしまった。もうメールとか来ない方がほんとは楽なんじゃないか。何で今でも送ってくるのか。お祝いのメールに対する価値観の違い?いろいろ考えたりもする。 彼女は一つの物語があって、始まって終わっただけだよくらいに割り切って考えてるだけなら自分もそうやって苦しみたくない。 今でも愛してるから。 人を想う事の苦しさが今になってよくわかる自分はもっと苦しんだ方がいいのだろうか。 そんな風に色々考えたが彼女へのお祝いのメールを送った。お礼の返信がきて喜んでくれたのが唯一救われた気持ちになれた。 自分の気持ちが全く見えないな。 dear K お誕生日おめでとう。きっと素敵な誕生日を送れたでしょう。まわりからもたくさん愛されてたから君の喜ぶ顔が想像できるよ。毎年毎年思い返す誕生日のいろんな出来事。当日まで会う会わないだのケンカしてたくさん涙流させて、もっと俺が素直になっていればよかったのにって今でも思うよ。全然悪い事してないのに意地悪ばっかしてたもんな。 一年一年ただ年をとるだけじゃなくて、もっともっと素敵になっていってね。 心からおめでとう。 10000回のキスを送るね。
2010.12.22
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今年も12日に届いた誕生日メール。 送られてこないだろうという気持ちが自分の中に少しはあった。 離れてから時間も経ち、いい加減彼女の気持ちももうそんな誕生日にメールを送ろうなんて想いもなくなっているだろうと思っていたから。 メールアドレスは変わっていたけど見てすぐわかるアドレスにハッとしていろんな思いがこみ上げながらスクロールさせていく。 中身はお祝いの言葉と元気でやっているとの内容。 他のどんなお祝いのメールより嬉しかった。 2,3メールをやり取りをして終わった。 しかし嬉しさの中に残るかすかな寂しさと悲しさは何なのだろう。一年に一、二回しかやり取りしない誕生日メールは、彼女との切れかかった線の細さを実感してしまう。わかっている事を体感してしまう辛さに少し押しつぶされそうになった。 全ては自分からの事だからしょうがないが、メールに書かれていたように彼女の誕生日より先に来る俺の誕生日がズルイという。もし自分が後だったら?先に来る彼女にメールをしているだろうか。 先に来る俺の誕生日にその時彼女はどんな想いでメールをしているのだろう。辛いのかな?普段つながりがなくても誕生日だから別に? 来月は彼女の誕生日。自分の人生の分岐点でもあった日。彼女に誕生日メールを送る日。 一番忘れられない日。 俺から受け取るメールは彼女にとって嬉しいものなのだろうか。俺と同じ思いになっちゃうかな。 あの頃のように普通にもメールできない細い糸。切れた方がいいのかな。 happy day 22.
2010.10.22
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使う携帯はいつもお揃いの機種を使っていた。携帯を変えると彼女は真似して同じ物を買ってきて使っていた。 出会ってから気がついた時にはいつしか携帯はいつも同じで、離れていても同じ物を使う事で身近に感じていたり、一体感を感じていたのかもしれない。 別れてから何回目かの誕生日に届いたメールに携帯変えるからアドレスも変わるかもしれないとあった。携帯が変わるだけでなく契約会社まで変わるのかと、歩む道が少しづつ少しづつ大きく離れていく事を携帯電話から実感する事になった。自分でお揃いにしようと言ったわけでなく、彼女が自分で思ってお揃いにしていた携帯電話だったのに、まして別れてお互いが別の道を進んでいるのに、その他愛もない知らせに二人の関係の溝の暗さになぜか寂しい思いがした。当たり前だった事が当たり前でなくなっていく、それを知る事の辛さは意外と心を打たれるものがあった。 そんな知らせがあってからも自分はいまだに同じ最後のお揃いの携帯電話を使っていた。新しい機種が出ても、なんとなく変える事なく。バッテリーを交換したり、ちょっと調子悪くてもなんとなく新しい機種に変える事が出来なかった。二人で会っている時は使う事のない電話だけど、いろんな思いを乗せてくれた電話だから自分だけは変える事が出来なかった。そんないろんな思いが彼女との思いをつなげていてくれているようで傷まみれになっても使い続けていた。 使い始めてから月日が流れもういい加減電話も調子が悪くなり、買い変えることになった。いろいろな思い出の詰まった電話は捨てる事なくとっておくだろう。 この電話に耳を当てれば、いつまでも消えない彼女の声が響いてくる。怒ってる声、泣いてる声、笑ってる声、はしゃいでる声、恥ずかしそうにしてる声。たくさんの彼女の表情を蘇らせる声がいつでもこの電話には詰まっている。 happy day 22.
2010.09.22
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12月25日。 メリークリスマス。 届くかな。
2009.12.25
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10月12日。彼女から誕生日のお祝いのメールが届いた。 いつも誕生日近くになると2人の間にぎこちない空気が流れていた。好きな人の誕生日を大切に思う彼女。自分ももちろん大切な人の誕生日はそう思っていた。ずっとそう思って生きてきた。だけどそう思っている自分が、彼女と会えない事に対して一体なんて思うのだろう。そう考えると、誕生日はそんな大切な事なのか、と思った事もないような態度で接してきて、強がりにも似たそっけない態度にいつもなっていた。 切ない顔を見るのが辛かった。 当たり前の思いを、当たり前にさせてあげれなかった。自分が祝われるより、どんなに祝いたかったのだろう。 彼女にとっての10月12日とはどんな日だったのだろう。。。 出会ってから変わらぬ誕生日のお祝いのメール。辛い思いさせててもたくさんの優しい言葉とあふれるほどのお祝いの言葉で伝えてくれた。 今年はもう来ないかなと少し思っていた。いや、届くことが怖かったのかもしれない。離れてからまだ短いようで2人にはもう長い時間が経っているから、離れた時間をより現実的に感じることが辛くて寂しかったから。でも彼女からのメールを心のどこかで期待していたのかもしれない。 届いたメールを開くと、変わらぬ彼女からの文章と頭の中で鮮明によみがえる彼女の声が、何度も何度も読み返させる。お礼のメールは変わらぬメール。いつもの何て事のない他愛ない話。近況とか一切触れないのはお互いに知るのが怖いのかな。少なくとも自分はそうだった。2,3回やりとりして終わった。 11月22日。彼女の誕生日。たくさんの思い出の詰まった日でもある。 お祝いのメールを送った。もしも彼女から誕生日のメールが来てなかったら、自分は送っていたのだろうか。送っていなかっただろうなー。自分から送って何の返信もなかった時とか考えたら耐えられないから出していなかっただろうと思う。 お祝いのメールに2,3付け加えた。返信されてきたメールに胸をなでおろす。 33になった彼女は少し変わったよと書かれていた。 嬉しくもあり寂しくもあった。変わらぬことは逆に難しい。全てにおいて変わらぬままでい続けようとしている自分は一体何を待っているんだろう。もし彼女と接する事があった時、彼女の思い出を裏切らないため?まだ心に残る届けれなかった彼女への愛の忠誠? 離れたら変えると言ったアドレスから番号まで何一つ変えれないのは、彼女に何かあった時のもしものため? 少しずつ少しずつ自分も彼女を思う心の中は変わってきてるのかもしれない。ブログを書くのもやめてたし。 でも改めてわかったことがある。 まだ 好き だという事。 今の自分なら付き合っていた頃の彼女の気持ちが痛いほどわかる。 ハッピーバースデイ11月22日は自分にとっても、ものすごい思い出と人生の分かれ道でもあった日だよ。10月12日に喧嘩して、仲直りするとまた11月22日に喧嘩してがパターンだったな。ファミレスとかで会って祝った時もあったな。ホントはもっともっときちんとお祝いしてあげたかったけどそうしてあげれなくて、今じゃ後悔で一杯だよ。 俺はこれからも変わらないし変わる気持ちもないから、俺が悔しがる方向で変わってくれるなら応援しちゃうかな。あ、でももし本当に悔しがるようならやめてね。すでに悔しがってるから。気が弱いから、こっそり変わってね。 今の君を見たくても見れないけど、可愛い素敵な君でいると思う。 誕生日おめでとう! 1000000回のキスを送るよ。
2009.11.22
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部屋の大切な思い出の箱にしまわれた、現像に出されていない使い切ったフイルム。デジカメの時代になった今では懐かしい物だ。いつ撮ったかは記憶もあいまいだが、撮ったものだけは覚えている。彼女と遊んだ時に少しずつ撮り貯めていった貴重な思い出の瞬間が入っている。普段から写真を撮らなく、一つのフイルムを使い切るまでに相当時間がかかってしまったフイルムである事は確かだ。いつ現像に出そうかいつ現像に出そうかと考えながら凄い時間が経ってしまい、今となっては現像して中身をみる事が逆に怖くてできないでいる。 若かった頃の2人。今の2人を知らないで無邪気に写る自分達。最後まで変わらぬ笑顔を投げかけてくれた彼女は、きっとその現像された写真の中でも素敵でいるだろう。 そのフィルムを現像に出す事はもうないかもしれない。処分をする事もできないだろう。だってそれは現像に出さなくてもフィルムを眺めているだけで、その中に映っている彼女の顔をたくさん思い出す自分の中の大切なアルバムだから。 今も目を閉じながらフィルムを握りしめる自分がいる。 遅くなっちゃった。happy day 22.
2009.09.22
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学生の頃2人で行った二子玉川の花火大会。川の対岸から打ち上がる花火を首が痛くなるくらい上を向いて眺めていた。花火大会が終わった後も帰る事もなくいつまでも河原に残って話をしていた。あの時も喧嘩していたのかな?いつの思い出も喧嘩ばかりだけど、それが逆に忘れる事を妨げているのかもしれない。終電が出た後もいつまでも話をしていた。自分達の関係やどんな風に思っているのかとか、今思うと同じ話を何年も何年も繰り返していたんだな。 いつしか眠ってしまい目が覚めた頃にはもう明るくなっていた。横に座る彼女はずっと起きていたのだろうか眠そうな横顔を朝日が照らしていたのを物凄く覚えている。結局これといった納得した気持ちになれぬまま、まだ人影もまばらな駅のホームのベンチに腰かけていた。別々の電車に乗って別れる時の、あの引き裂かれるような気持ちは何だったのか今でもわからない。 それからは彼女とその花火大会に行く事はなかった。自分が断り続けてきたから。友達と行ったり、仕事だったり、なんとなくだったり。彼女も思い出の残る花火大会だから断られて傷つくのを怖がりながらも、毎年誘って来てくれた。でも自分の中であの花火大会だけは彼女と行く事を避けていた。お互いの強い思い出を、また同じ時間を過ごす事で、より彼女が自分の中に入ってくるのを避けていたんだろうか。あくまでも自分の中に引かれたラインに入る事を許さなかった。それがどんな意味のない事で言い訳がましいラインだった事か。 彼女とまだつながっていた時の最後の年の花火大会。送られて来た青い浴衣を着て妹と写っていたる写真。物凄く可愛い笑顔で写っている。その笑顔の裏には一緒に行きたかったと笑顔と同じくらいの気持ちもこもっているとわかっていた。一緒に行けなくても来ているとわかっていたからいつも会場で彼女の事を探していた。本当は一緒に行きたかった。ただつまらぬ自分の言い訳のために苦しめ、そして苦しんだ自分を花火のように散らしてしまいたい。 今年も行われる花火大会。明日、彼女はいつものように来るのだろうか。もし来たのなら、同じ夜空の花火を眺めるという事だけが今二人の唯一の繋がり。 happy day 22.
2009.08.21
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彼女とはいつも車で出かける事が多かった。と言うのはいつも会うのは夜が多かったから。 家を出て車で彼女の家へ向かう。どこへ行くという目的もなく、ただ高速を流したり、車を停めてジャレあったり、車の中が誰からも邪魔をされない二人だけの隠れ家だった。 たまに車ではなくバイクで遊びに行く時もあった。車と違って二人の距離が常にくっ付いていて、怖がりながら背中に頬を押し付けて乗る彼女の温もりは今も忘れない。 バイクに女の子ばっか乗せてんでしょ。ピッタリくっ付くから。ヤキモチ焼くセリフに何も答えはしなかったけど、買ってから手放すまで女の子を乗せたのは彼女一人だけだった。何があるかわからない乗り物だからもし何かあった時に責任取れるほどの人間は彼女しかいないし、気兼ねなくバイクに乗せれるほどの仲は彼女しかいなかったから。 彼女と最後に乗ったバイク。色々な都合で手放した。深い意味はないけど、バイクを買い換えてからしばらく手放す事ができなくてずっと保管していた。彼女とたくさん出かけた車は彼女と離れてから思い出を断ち切るようにすぐに買い換えてしまったから、このバイクはなんとなく手放し辛かった。彼女の中では大して記憶に残っていないだろうけど、自分にとってはよく行ったお店や映画館と同じ位のウェイトを持っていた。 時間が経って思い出の店が変わってしまった時と同じ様に思い出がまた一つ消えていく。街中で同じバイクを見たらいつまでも思い出せるように思い出を失わないでいられたらいいな。 happy day 22. http://www.youtube.com/watch?v=XcAr48e2x68
2009.07.22
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最近は彼女の誕生日と同じ22日にだけブログを更新していた。その日が近づいてくると書く内容を頭の中で何度も何度も下書きし始める。それはいつしか彼女との思い出や伝えたかった想いを繰り返し繰り返し、後悔と共に思い起こす作業へと移り変わっていってしまう。思い出は時間が経つと良い事・楽しかった事だけが残るとかよく言われるけど、それはいつになったら来るのだろうか。気持ちに決着がついていない思い出は、そう簡単には良い物だけを残してくれはしないと思う。それは自分にとっては、広い大海原を漂流しているような気持ちだ。いつか誰かが見つけて助けてくれるだろうと前向きな気持ちになったり、ある時は絶望な気持ちになったり、ある時は自然に身を任せて何も考えるのはやめようと考えたりと。もしがあったのならばあの日に戻りたい。そして今の自分と変わらない答えが出ようが、全く違った答えが出ようがきちんと向き合いたい。 結局は自分がいつも注意されていた、一人で答えを出す事に苦しめられる事になるとは、彼女も笑っているだろうな。 本当はそんな風にいつまでも22日近くから彼女の事ばかり思い出し、いつまでも彼女の事から離れられない自分が情けなくてやめようと思い昨日は書かなかった。でも思うと彼女の事を思い出しているのは22日前だけじゃなかった。当時のように必ず思い出している自分がいた。ブログを書く事で彼女から逃げれないと自分に言い訳していた自分は嘘つきだった。 僕はまだ彼女に片思いしているのだ。 http://www.youtube.com/watch?v=4_2NvTtMTuI&feature=related happy day 22.
2009.06.22
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いつもはメールが来てもほとんど返事くらいの返信がたいがいで、まして返信もしなかった事のほうが多かった気がする。たまにやり取りするような事になると画面を通して彼女の嬉しい顔が伝わってくるかのようで、話したかった色んな事を書き添えて送ってくる。そんな時決まって、彼女とはあくまでも一歩距離を置こうとしていた自分は、楽しい時間を引き裂くかのように急に冷たい態度をとったり、投げかけられたメールに返信をしなくなったりした。普段会うこともままならない中でのメールのやり取りなのに。 彼女が自分の中に深く入り込んでくる事が凄く怖かった。もう手遅れなのに離れた所から見た人達に対してはそうではないと言い訳ができるように、一線を引く事で自分の立たされている場所を守ろうとしているだけだったのかもしれない。それは彼女に対しての冷たくする態度や対応の原因の一つでもあったと思う。自分はあくまでも中立の立場であるかのごとくに振る舞い、自分との関係よりも新しい道を進む事を冷たくも勧めたりと。本当はもう自分の中でいなくてはならない存在だったのに気づいていたのに。自分の気持ちが知られるのも怖く、恥ずかしく、強がり交じりでの冷めた態度。熱くなる彼女の気持ちを何度もはぐらかし、振りほどいては悲しい思いをさせてきた。 でもそんな彼女の気持ちはブレることはなかった。いつも真っ直ぐで何度も折れそうになってもいつも向いていてくれた。 そんな気持ちにブレる自分。何度も目を逸らし、自分の気持ちに向き合う事さえもなかった。 彼女は人を愛するという事に真剣で本気だった。自分の人生の中でこんなにも愛されるという事はもう決してないだろう。そしてその愛に応える事が出来なかった、手遅れな愛したいと思う気持ちは今もブレない。 今でも思う。なぜ深く入り込んできた彼女を一度でも受け入れてみなかったのかと。一度でも本気で受け止めて自分の気持ちを裸にしてしてみなかったのかと。 ブレない気持ち、今でも忘れない。 happy day 22. http://www.youtube.com/watch?v=9abV6jpbjXg
2009.05.22
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今まで恋愛や失恋をテーマにした音楽を聴いても、どこか他人事のようにそうなるよねくらいでしか聴いていなかった。自分がその歌の主人公というかモデルになってみると、痛いほどそういった歌で歌われている気持ちが理解できるようになった。思い出の曲とかじゃなくて初めて聴く曲であったりしてもいつも心に思い出す人は決まって一人だ。歌の中の歌詞に照らし合わすかのように自分と彼女に置き換えてみたりしては、消えない彼女の姿を思い出す。 悲しい気持ちになるからと曲を変えても思い出の曲が流れだすと楽しかった思いが引き出され、このまま終わらない曲であってほしいと願ってしまう。 彼女がくれたいろんなCDには切ない気持ちを歌う歌詞から楽しい気持ちを歌う歌詞のいろんな曲があった。でも決して諦めたり離れてしまうような事を歌った歌詞のものは無かった。きっと前向きに自分を励ましてくれる曲を聴いて、頑張っていたのかなと思う。自分が置かれた状況の中でそういった音楽を聴いて自分に勇気づけていたのかなと。 沈む曲を聴いては悲しい思いしか浮かんでこない自分とは全く違うんだと思う。強いハートを持った彼女は悲しい曲を聴いても、沈む事はないのだろうか。 http://www.youtube.com/watch?v=WBVGFsL9Y84 happy day 22.
2009.04.22
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最後に行ったいつものファミレス。そこは彼女の家の近所のファミレスで、泣いたり笑ったり喧嘩したり相談したり、色んな思いの詰まったファミレスだった。泣きじゃくる彼女は、以前時間ができたら週末にでも一緒に伊豆七島のどこかの島へ行こうと話していた事を訊ねてきた。「あれは適当に言っただけだよ。」 一段と高くむせび泣く彼女。店内とか関係なく今まで見た事もないくらい泣き始めた。もう手遅れだった。彼女との関係に自分一人で勝手に出した迷いがある答えの中でそんな事を思ってもいないのに咄嗟に出てきた返答だった。その答えの裏には本当は適当な思いなんて微塵もないのに、ずっとほんとうに行こうと調べていたりもしたのに。その話をした時のいつものように先のわからない約束だから信じていないのかなって思ったけど彼女の照れながらも喜ぶ顔を見たら、今までの辛い思いを少しでも償えたらって思えたから連れて行ってあげたかった。辛い話の中で聞いてきた彼女はこちらが想像するよりも楽しみに、期待していたのだとわかった。それなのに今までの彼女が築き上げてきた自分への思いを全て崩れ落とす一言を発してしまった。テーブル越しにでさえわかる彼女の心に深い傷を負わせた瞬間だった。そして自分にとっても。 最後まで彼女にこの事を伝えれなかった。本心とは違った事を言ってしまったと。嘘をついたと。実は彼女にとって大した事じゃなかったとしても、今でも引きずる自分の気持ちはそうではない事を教えているから。 http://www.youtube.com/watch?v=Xr6gcHkfgIU happy day 22.
2009.03.22
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彼女から届くメールにいつも返信しなかった。他愛もない内容や何週間も何の連絡もしない事への怒りのメール。怒っているかと思えば何かあったのじゃないかと心配するメール。自分の気持ちを切々と伝える内容や近況を伝えたりと。 今思い返すとたった一行のメールでも彼女の心を安心させたり、喜ばせたりする事ができたのに。 メールで伝える事もしなかった自分の気持ち。なぜ今になって思い出しては送る事のできない返信文を頭の中で書き綴ってしまうのだろう。 伝えたい。今になって出てくる言葉では伝えれないメールだけで伝えれた気持ちを。。。 http://www.youtube.com/watch?v=05kKhXrmhKU&feature=related
2009.02.22
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最後の更新から気持ちに変化はあっただろうか。 ブログを書かなきゃいけないという束縛から解き放たれただけで、彼女を今でも思う束縛からは解き放たれてはいない気がする。彼女的にはどうなんだろう。やっと楽になれたのかな。 街中で寒さに我慢しながら誰かを待つ女性を見ると思い出す懐かしい瞬間がある。ロングのコート着て首元から目の下までマフラーですっぽり包み込んで寒空の下で待ち合わせ場所で待つ彼女の姿。短い時間しか会えないこんな寒い時に何がそこまでさせるのだろうって。綺麗な透き通った髪の先が冷え切るほどの寒い夜でも待ってくれていた事。寒い冬だけではなかった。暑い夏も、雨の降る夜もいつも自分の都合に合わせて待っていてくれた。そんな彼女にしてあげられたのは、待ち合わせ場所ではぐれても絶対見つけ出してあげる事くらいしかできなかった。 今思い出しても待たせっぱなしの自分に嫌気がさす。 クリスマスのメッセンジャーありがとう。明けましておめでとうはまだ伝えていなかったね。もうここに来ることはないかな。。。 http://jp.youtube.com/watch?v=46mSRnvbpIE&feature=related
2009.01.22
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メリークリスマス。
2008.12.25
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このブログを立ち上げてから1年が過ぎた。 書き始めた時、時間が経てば自分の気持ちはどんどん離れていくのかと思っていた。このブログも自然と消滅するような感じで終わっていくのかなと。それはそれで自分の彼女への気持ちがリンクしていったという意味でいいのかもしれない。新しいスタートという意味で。でも実際はこうしてまだ書き続けている。一年が経って何が変わったのだろう。ふとした時に彼女を思い出す事なんてなくなってもいない。思い出の場所や物を見るたびに今だに思い出す。もしもあの時ああすれば、こうしていたら。後悔する時もある。 このブログではまだまだ書きたい事もあるし、書いてはアップせずに消していったものもある。言葉では伝えられても、文にするとうまく書けなかったり、声じゃないと伝わらない温度みたいなものってあると思うし。今になって書いたものを読み直してみても自分の気持ちに間違った事なんて一つも書いていないし、消えてしまった思いもない。その内容にいろいろと意見くれた皆さんや個人的に応援メールや非難メール様々あったけどどれもみんな正しい意見だと思う。人それぞれの考えや生き方、どれが正しくてどれが間違っているなんて一つもないと思うし。それを他人が決める事でもないと思う。自分の人生はただの一つだけ。常識から外れた事だとしても強く信念を持って生きていけばいいんだなと思う。言い方は悪いけどこの世の中は弱肉強食でもあるんだから自分で棘の道を突き進むのなら途中で倒れても仕方ない事だと思うし。きっと周りやましてや相手から言われても自分の気持ちだけを変えようとはしなかった彼女はそれをわかっていたのかもしれない。いつも覚悟していたのかもしれない。 君はまだ僕を思い出す事はありますか。 きっともうこのブログの更新やめるよって言ったら、まただよ。。って言うんだろうな。色んな意味のこもった、まただよ。。。って。 書き始めてからいつも読みに来てくれてたね。もう一つのブログにせよ昔っから離れた今でも君は俺のブログの一番のファンだな(笑)アクセス見るたびに君の足跡が残っていると、今日もまた君の気持ちが途切れなかったとか安心感を覚えていた。でももうそれっていいんじゃないかなって。それが逆にもう辛くなってきちゃったよ。きっと君には俺よりももっともっと伝えたい気持ちや伝えきれなかった気持ちがあると思う。このブログ読んでなおさらそう感じた事も書いてあったと思うし。自分だけの気持ちをただ書き綴るという一方通行ってのもどうなのかなっていう思いもあったから。 伝えれなかった気持ちや教えたかった事とかたくさんたくさんあるけど、いつまでも引きずっていてはダメなんだもんね。きっとあんな何も考えていなさそうなわがままな人間だったのに少しは見直したかな?ちょっとは考えていたって。 初めて出会った時の事、初めてデートした遊園地、ドライブした色んな所、たっくさん喧嘩したくだらない事、一緒に観に行った映画、プレゼントされた色んな物、2人だけのスノーボード、それら全てを与えてくれた優しさと温もりに溢れた純粋な愛情。どんなに時が流れても、一生忘れる事はないだろう。君の流した純真な涙は今でも僕の心を濡らしているよ。 最後に、去年の君の誕生日にあんな試す事したのは本当にごめんね。全てを運に任せるしかできなかったのは自分が弱かったからだね。いつもの公園で最後に会った時に話してたベンチ。一年後のその日にもし別れてても会おうかって言った記憶があって、覚えてるかもしれないって待ってた。君の誕生日の日に待ちながら刻んだ落書きをなぞりながら。いつまでも消えないでいるといいな。でも少しはこのブログで伝えれてよかったよ。最後に会った時に信号待ちしてる自分の車まで走ってきてくれた時、本当に嬉しかった。思いっきり抱きしめて、思いっきりキスしたかった。やっぱり最後はお前の勝ちだね。 いつまでも変わらず優しく、可愛いままでいてね。俺もいつまでも変わらないから。 愛してるよ。 Endless Love http://jp.youtube.com/watch?v=CJRJ2h7Y32o&feature=related happy day 22. とりあえず終わりという言い方は嫌なのでブログの更新を停止します。短い間ですが読んでくださった方々、コメント書き込んでくれた方々、色々とメールくれたりと、知り合えた方達にも本当に感謝しています。皆さんのおかげで書き続ける事ができました。ありがとうございました。
2008.12.22
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二人のこれから先の関係についての話になると、いつも決まって重苦しい空気が流れていた気がする。それはまるでハチミツの詰まった瓶の中にスプーンがゆっくりゆっくりと沈んでいくように。 面倒な事を避けるように真剣に考える事もしないままで、彼女と過ごしてきた時間は彼女にとっての無駄な時間だったのかもしれない。 結婚したい。そうはっきりと言われても彼女の気持ちを単に傷付けるだけの様な言葉で返したり、新しい好きな人を見つけなと言ったりしていた。人を愛して結ばれたいと思う人間に対して、二人の関係からそれが一番まっとうだと思われる世間的な常識で切り返されたら、しかもその対象の相手から言われた時の気持ちはひどく傷ついたと思う。笑える事に今更彼女が必死になって伝えたかった想いや気持ちが心の内に入り込んだかのように自分も同じように想い、感じ、そして傷ついてしまっている。どれだけタイミングが悪いのだ。 今でもそんな彼女を思い出し、考えたりもして、苦しむ自分がいる。それは彼女の苦しみが天罰のように自分に降りかかっているのかもしれない。いや、天罰じゃなく彼女を苦しめた自分の言葉が自分を傷つけているのだ。決して彼女は10代の人間が言うような軽い気持ちでの結婚とかじゃなかったのに。その時自分は何を見てたのだろう。言葉を曖昧に、避けるように、遅れていく彼女を置き去りにしてゴールするような究極な自分勝手さ。彼女はいつも自分から離れる事なくついてきてくれてたのに。。。。。 その話題が終わるといつも彼女は言っていた言葉があった。「生まれ変わったら今度は私と一緒になってね。」 「好きな人ができてその人と一緒になった時、きっともうそんな風には思っていないし、思わないはずだよ。今だからそう思うだけなんだよ。」 じゃあ生まれ変わったら今度はお前と一緒になってあげる。なんて偉そうに言えるわけなかったし、いつか本当にそう思うだろうと言われる度にそう答えていた。今だからじゃなくて今そこまで愛してくれてる事の重大さをわからなかった自分。彼女は嘘でも一緒になるという言葉が欲しかったのかもしれない。彼女にとって一緒になるという言葉がどれだけの安らぎと安心を与えたのだろう。馬鹿だった。 今、もう彼女はそんな事思ってもいないだろう。でもこの言葉があったから支えられ、頑張って、我慢できたのだと思う。生まれ変わったら・・・・・ここまで愛してくれた人がいる。そう思うだけで今日もまた。 今でも、これからも決して離れない言葉。 http://jp.youtube.com/watch?v=FAW0VUBUSyo&feature=related
2008.12.05
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誕生日おめでとう。 一年前の今日を思い出すよ。君は何を考えて、どう思っていたのかな。 付き合っていた時の君の誕生日は悲しい思いばかりさせてたね。いつも去年はどうだった、その前はどうだったといい思いがなかった話ばかりで何一つ満足させた誕生日はなかったね。反省してるよ。 この広い世界で同じ国、同じ時代に生まれてきて、そしてめぐり合えた事。全ては偶然なのかもしれないけど、君が誕生してこうして出会えたことを本当に嬉しく思うよ。 年を重ねてもきっと変わらずいつまでもかわいいままでいると思う。僕の心の中の思い出のまま、素敵で優しい君のままでいてください。 誕生日おめでとう。 http://jp.youtube.com/watch?v=EGVUo8CeObY
2008.11.22
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去年の誕生日、今でも忘れない。わずかな時間を会いに来てくれた彼女が泣きながら口にした、「もう会うのやめる」と言うセリフ。今でも頭から離れない。決して自分から諦める事、別れを告げる事をしなかった彼女が折れた瞬間でもあった。答えを出せていない中、整理できていない気持ちでは何も言う事ができず、今はただ彼女と別れる事だけはしたくない、時間が欲しいと思う気持ちで一杯だったのを覚えている。あれから一年。自分の誕生日が近づくにつれ、あの日、あの時の彼女との光景が繰り返し繰り返し頭をよぎっていた。彼女にとって好きな人の大切な誕生日。今まで彼女に何回会えない大切な日を送らせてきたんだろう。彼女にとって大切な日が一年でどんなに辛い日でもあったんだろう。去年の誕生日のあの時、彼女は心を決めたのかな。 私と奥さんどっちが好き?いろんな事を考えて答えるんじゃなくて心で答えるべきだった。 一年経った今、同じ事を聞かれたら心できちんと答えれる。 自分にとっても彼女にとっても辛い日だった。去年の彼女の誕生日から何の連絡もとっていないしきてもいない。彼女の記憶の中から忘れる事のない自分の誕生日だと思っていた。今まで離れる事があっても必ずひかれ合ってつながってきていたそんな彼女が、連絡もしないところをみて彼女の本気がわかっていた。そしてそんな彼女に引っ張られるように自分も頑張ってこれた。そんなだったから今年の誕生日は彼女からのメールが届く事もないと思っていた。毎年毎年日付が変わると同時に一番にお祝いのメールを届けてくれていた。誰よりも先に心のこもったメールを。12日。パソコンのメールに入っていた彼女からのお祝いメール。しばらく見なかった送信者の彼女の名前。短い文だったけど驚きとうれしさ、色んな思いで胸が一杯になった。そのメールには色んな思いが込められて出されたんだろうと思う。 ありがとう。 大袈裟だけど生まれてきて良かったよ。 僕は彼女のような勇気が出せるだろうか。 http://jp.youtube.com/watch?v=DuhZp0Fs0Oc&feature=related happy day 22.
2008.10.22
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「あなたの子供が欲しい。」そう言ってくれるほど好きになってくれた人は彼女以外にいない。純粋に子供を欲しかったのか、先を踏み出せない自分を見て、二人の人生に変革の意味での言葉だったのか、結ばれないなら好きな人との子供と歩んで行こうという気持ちの表れだったのかわからず、その時は何言ってんのと怒ったりしていた。だけど自分を見つめる彼女の目は、決して思いつきで言っているような目ではなかった。 それより以前に、子供ができたかもと言われた時があった。結局は気のせいだったが、本当にできていたら彼女はどうしていたのだろう。子供ができてたら産んでいいかとも何も自分には聞かず、そして自分も彼女には何も言わなかった。 ほんとにできていたらどうした?どうしてただろうね。そして最後までお互い曖昧なその答えに触れる事はないままだった。彼女は知っていたはずだ。自分がおろしたりとかそういう事をするような人間じゃない事を。そして自分を大切にしてくれるだろうという事をわかっていたに違いない。もしあの時子供ができていたり、もし君が望むように本当に子供を作っていたら今の君はどんなに苦労してても幸せだったのかな。想像でしか考えられない話の中ではいくらでも自分の都合のいいようにしか考えられないけど。 子供を持つことの意味や責任とか何もわからないまま口に出していた彼女が、あの時は凄い幼く見えて、好きな気持ちだけでそれを口に出す事が軽薄に思えたりした。 でも今思う。そこまで愛してくれていた気持ちがどんなに大きかったか。 今彼女との子供が生まれていたらどんな子に育っていたのかなと。彼女に似て笑顔の素晴らしい子に違いないだろう。 あの日の、あの公園からもう1年近くが経とうとしている。 http://jp.youtube.com/watch?v=hdDI1TAydqc
2008.09.06
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学生の頃大好きな渋谷の街で遊んで帰る時、お互いの電車のホームは別々になる。内回りと外回り。いつも決まってお互いのホームが一番近ずいていて、人の少ないフェンスの所でどちらかの電車が来るまで見送るのが自然な行動だった。お互いのホームにはいつも人が沢山いて、声を出して話はできないけど、表情や唇の動きで気持ちを伝えあっていた。 久しぶりに通った彼女との特別ないつものホームのいつもの場所。変わった事は向かいのホームに笑顔で見送ってくれる彼女はもう見れないという事。最後にホームで別れてから何年経つのかもうわからないけど、今でも寂しそうに電車を待つ彼女の姿が消える事がない。 happy day 22.
2008.08.22
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香水の匂いとかが嫌いな自分に合わせて付けることを控えてくれていた。彼女の髪や身体の自然な香りが大好きで、触れる度に優しく包まれるその香りが心地よかった。そんな素敵な香りに気付かない彼女は、いい匂いだねって言うと逆にいつも気にしていた。 普段のなんて事ないふとした瞬間偶然のいたずらか、彼女と同じ香りを感じるときがある。香りと共に運ばれてくる彼女との記憶。記憶と共に思い起こされる甘い香り。 今でも体が覚えてる。 happy day 22.
2008.07.22
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学生の頃、まわりは就職活動や卒論に追われている中、自分は就職活動も卒論にも追われる事なくのんびりと過ごしていた。周りがそういう状況だから誰も遊んでくれる事なく、暇な時間を過ごしていた。そんな時は大学の図書館のLDルームに行ってはよく大好きな映画を見ていた。暇な時は彼女は自分がここでLDを見ているのを知っていたから、こっそりとやって来ては話しかけてきた。静まり返っている部屋の中で、周りで個々に観ている人達が一斉に振り返る。途中で邪魔された事と、他の人に注目を浴びて恥ずかしかった事でイヤイヤそうに席を立つ自分。図書館を出て怒っても彼女は嬉しそうな顔をしている。ホントは自分に会いに来てくれてうれしかったのに。 彼女はいつもそうだった。会う前にどんなに会う事を拒んだ時も、自分の会いたいと思う気持ちに正直だった。絶対怒られるとわかっていても会いたい気持ちの彼女の心には、怒られる辛さよりも会えた時の嬉しさの方が勝っていたのだろう。なんの約束もないままただ待つだけしかできない状況でも彼女は会いに来てくれていた。そんな一途な彼女の気持ちが全く理解する事が出来なくて、逆に反発するかのようにわかってあげようともしなかった。きっと好きだからとかだけじゃなく、不安で一杯だったんだろうな。気持ちが途切れてしまう事が怖かったんだろうな。会えない時間が距離つくってしまうことが我慢できなかったんだろうな。 彼女が会社の近くで仕事が終わるのを待っていた時があった。勝手な行動にただ迷惑そうに怒るだけの自分がいた。なんであの時どれだけ待っていてくれたのか、どんな気持ちで待っていたのか聞いてあげる事が出来なかったのだろう。彼女は全部わかっていたはずなのに。怒られる事も、嫌そうな顔されるのも。それなのに待っていてくれた彼女の気持ちを理解できなかった事が今でも心を苦しめる。 何年経っても変わらないままの彼女の思いと行動力。何年経っても変わらなかった思いやりのない自分。変わらずにいられた彼女の気持ちは、どうしてこんな自分に向けられていたのだろうか。 離れてしまった今でも、彼女が立っていた交差点の角を毎日毎日いるはずなどない彼女の姿を探してしまうのはどうして。。。。 http://jp.youtube.com/watch?v=GUz8_NrMSCM
2008.07.18
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今日は平塚の七夕祭りだった。何年前になるんだろう。彼女と偶然通りかかったこの七夕祭り。箱根か茅ヶ崎の方に遊びに行ってたまたま通りかかった。七夕近くになるといつも思い出す。覚えてるか覚えてないかでいつも言い合いになっていたけど。あいまいになってきた記憶をもう笑いながらなぞることはできない。青色のワンピースか何か着てたかな。車中でお祭りを見る君の目は周りの誰の目にも負けないくらいに輝いていた。 今ではその車の中での会話なんて思い出せないけど、きっとケンカばかりしてたんだと思う。お祭りに行く約束は守れないままで、離れてしまう前に最後に行こうとしたお祭りも結局はだめになってしまった。守れなかったいくつもの約束に未練を残しているのは僕だけなのだろうか。今となってはもうどうでもよく思っているのだろうか。もし守れなかった約束が守れていたなら、今の形になってただろうとしてもお互いの心をもっともっと幸せにできていたのかもしれない。きっと幸せっていうのは一つの出来事から感じるだけじゃなくて、長い時間の中での小さな幸せの積み重ねだと思うから。辛い思いをさせるばかりの中で、その小さな幸せを与える事もできなかった気がする。逆に彼女から与えられた大きな幸せに気付きもしないで、掴む事にまで至らなかった自分は、人生の分岐点で自ら不幸を掴み取った馬鹿だと思う。 あの日、あの時に感じた、空気の匂い、周りのざわめき、君の横顔、笑い声、怒った顔。年に一度の天の川を渡るように、大切な七夕の思い出の一つ。
2008.07.04
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気がつくと今日アクセス総数が7777を迎えた。嬉しい事なのかわからないけど、記事数のわりにこの数に到達するのが早かったのは恋愛の事に関して人それぞれ思う事があるから、タグなどで訪問して来てくれてるんだなって思う。いつかは書き止めてしまうのかもしれないけど、いつかが来ないように頑張って書いていこうと思います。 7777のキリ番踏んでくれた人は、77772008-06-26 15:01:14iモード さんです。皆さん、これからもよろしくお願いします。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~こんな自分のブログをお気に入りにしてくれて訪問してくれる人たち、ほんとにありがとうございます。送られてくるメールに添える意見は役に立っているのでしょうか。ストレート過ぎて傷つける事を書いているのかもしれないけど、自分の感じてきた事や思ってきた事を素直に伝えたいと思っています。これからも皆さんのブログお邪魔させてもらいます。自分のブログもこれからもよろしくお願いします。
2008.06.26
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連絡はいつも彼女からだった。会ってから1週間、2週間、それ以上の日にちが過ぎても何も連絡しない事はザラだった。その間に彼女から送られてくるメール。日常のなんてことないメール。読むだけで何も返信しない時もあった。また何日か経ち機嫌を伺う様なメールが届く。やっと送った携帯画面の1行にも満たない短い返信。嬉しそうに送られてくるReのメール。画面の中から溢れ出そうな彼女の気持ちで一杯だった。そんな事をいつもいつもしていた。会いたいって言う気持ちに自分は頑張る事もしないで、メールのやりとりもせずただ面倒くさそうに逃げているだけだった。メールでの文字のやり取りではお互いの気持ちの温度差に、必ずケンカになってしまうのもあったから。そんな気もないのに違った風に捉えたり、感情のこもっていない文字の羅列では抑制された気持ちを抑えれるわけないって今までの時間でわかっていたから。電話だって同じだった。会いたい気持ちで一杯の人間に普通に友人との会話が終わるように切れるわけがない事もわかっていた。それを自分が責められてるかのような一方的な思い込みとなんとも言えないプレッシャーと勘違いしていたのをその時わからなかったのはなんでだったのだろう。彼女と会うために家を出ることがそんなに難しかった?彼女といる時間が苦痛だった?楽しいと思った時はなかった?全部”NO”だった。確かに一方通行的なものがあったかもしれない。彼女のためにも自分のためにも一線を越えないように避けていたのかもしれない。でもそんな一線なんて何の意味があったのだろう。言い訳?もう、僕と彼女の間にはそんな一線なんて遅すぎるくらいの「時間」と「気持ち」を共有していたのに。なぜ?全ての答えがわかった時には、風船の中に閉じこもった様なこんな卑怯な人間は、風船と同じく全てと共に弾け飛んだ。 http://jp.youtube.com/watch?v=1mDBQWHS0rA happy day 22.
2008.06.22
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君とのメールのやりとり。堰を切ったかのように君の色んな思いや悩みが出てきたね。君のためになるような事を少しでも書けてたのかわからないけど、楽しかった事だけは間違いないよ。毎日するのも悪いかと思ってちょっと時間空けてとか思ったせいで、君の気持ちを落ち込ませたりしちゃったね。嫌いになったりとか、面倒くさくなったりとかじゃなくて、余計な気を使う事で上手く回らない事もあるって事忘れていたよ。 自分はメールとかより声で伝える方が大切だと思う人間だから、メールのやりとりはあまりしないけど、君から届くメッセージは楽しみに待っていた。次は何書こうとか色々と考えちゃってたりして。
2008.06.04
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窓の外で降り続く、いつの間にか全身を濡らす霧雨の様に、久々見た悲しい夢に寝起きの頬が涙で濡れていた。すっきりしない天気、うまくいかない身の回りの出来事で自然と彼女の事を思い出していたのか。毎日が幸せで、楽しくて、あっという間の一日が過ごせれば、こんな夢を見たり彼女を思い出したりもしない?心の中に隠していた淋しい気持ちや会いたい気持ちも消えてなくなる?時間が経った今でもこんな夢の中でもはっきりとした君の顔と、君の声がはっきりと残っている。 http://jp.youtube.com/watch?v=9qWfscGGB4s
2008.05.30
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読み返すと暗ーいブログになりつつあるので、初めて違う事を。といっても大した事はないのですが、こんな投稿数も最近は少なくなってきているし、自分で読み返してみてもいつでもダウン系なブログなのにアクセス数が6666を迎えれました。ちなみにキリ番踏んでくれた方は、 20:16:40iモードの方でした。 どうもありがとうございます。色々な人が覗きに来てくれるのを見ると、みんな同じ悩みや同じような経験をした人が少なくはないという事がわかりました。100人いれば100人の恋愛があって、同じものなどないんですね。同じ関連のブログを見させてもらうと、同じベクトルにいながらそれぞれの思いや苦悩、幸福感が全く違っていたりと、勉強できたり、後悔したりと学ぶ事も多いいです。 まだ書くことは沢山残っています。 書かなければいけないと思います。 償うためとかじゃなく、今までの時間が無駄にならないために。彼女のためにも、自分のためにも。 頑張っていきます。 彼女が普通に自分を想ってくれる時まで。
2008.05.27
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月日が流れるのも早くて、もう今日で半年が経つ。 またね。いつものようにいつものセリフで別れてから、僕の中の彼女は止まったままでいる。 全てが今さらで、何を言ってももう遅いんだとわかっていても、頭の中を彼女へのいろんな言葉が駆け巡る。別れてからも彼女の願うすべての事を拒絶したのに。 ほんとは苦しかった。守ってあげたかった。今でもあの時に伝えれなかった言葉が頭から離れない。 何が起きても、どんな事があっても一番の味方でいるよ。いつでもそばについて、離れずに君を見守るよ。君がしてくれたようにいつまでも愛して、思い続けて、離しはしない。これから先、遭遇する辛い事や悲しい事があったら何度でも何度でも名前を呼び続けるんだよ。どんな離れていても必ず助けに行くから。思いっきり抱き締めに行くから。君のそばにはいつも僕がいる事を思い出して。願いは通じるから。
2008.05.22
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僕が好きな音楽、好きな食べ物、好きな映画、買い替える携帯電話、いつも真似していた。好きな女優や、アイドルに対しては物凄くヤキモチをやいていたけど。好きな人に近ずきたくて同じ物を身につけたり、同じ物を見たり、味わったりして全てに共感しようとしていた。あまり好きじゃないのに僕が好きだからって美味しそうに食べていたのを友人に嫌いじゃなかったっけ?って言われた時、顔を赤くして否定していたのが忘れられない。好きな音楽をひたすら車の中で流し続けても、嫌な顔しないで聴いてくれてた。新しいアルバムが発売されると買ってプレゼントしてくれたり、同じ物を買ってたり。 少しでも好きな人と同じでいれば、離れていても、同じ物を使って、同じ曲を聴いて、同じ気持ちになれていれば見えない何かで繋がっていれると思ってくれてたのかな。身につけてる物は自分で買ったものか、プレゼントされた物かいつも気にしていた。贈り物とだけは同じにしたくない気持ち凄くわかってた。旅行とかに行くといつも彼女にくだらない物でも何かお土産として買ってきていた。でも渡す事はなかった。そういった気持ちわかってたから、今でも部屋に渡せなかったキーホルダーとか置いてある。今でもどこか出掛けると必ず彼女へのお土産を探す癖は抜けていない。そんな物でも彼女は喜んでくれたのかな。 宇多田ヒカルの曲を聴くと必ずキミを思い出す。ケンカしてる時、笑ってる時、キスしてる時、いつも流れていた曲だから。今でも車の中では流れているよ。 http://jp.youtube.com/watch?v=NRMhCj0Hauo&feature=related
2008.05.10
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週末会うと、決まって明日は休み?って聞かれた。本当は休みでも僕も決まって仕事だよって答えてた。そんなわけないじゃん。何で休みなのに嘘ついて隠すのって。ただ笑ってホントだよって言い返す。いつも同じやりとりをしていた。 本当は休みなのに、うん休みだよって言わなかったのは彼女に休みの日に家族と過ごしている時間を苦しめたくなかったから。仕事だよって言って信じてくれて、そう思ってくれているだけで少しでも彼女の気持ちが軽くなるならいいなって思っていた。きっと最初のうちは信じていてくれたのかもしれない。でもいい加減そんな休みがないわけがなく、このようなわかり切ったやり取りをするようになっていた。優しい彼女の事だからそんな事はお見通しで、あえて聞いてきてたのかもしれない。そして逆に彼女にそういう事が返って傷つけていたのかもしれない。週末明け方近くまで過ごす2人の時間。眠い目こすって会えない休みの日を埋めるように頑張っていたのも事実だ。家族と過ごしている事を考えさせたくないためについた嘘の裏で、彼女と過ごす2人になれた時の甘い時間を想像していた。もう苦しむ事もなく、お互いがお互いのモノになる幸せな時間を。 happy day 22.
2008.04.22
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今日、会社のパソコンに残っていた離れてから開く事のなかったメッセンジャーを偶然にも開いてしまった。開かなくなった理由はたくさんあった。自分がつないだ時につながる事のない寂しさを味わうのもやだったし、文字だけの心の通い合わない会話はお互いの胸に何を残すかもわからなかったし。最後に別れる時の彼女の本当の心・自分に対する懐疑心がすごく胸を締めつけられたと同時にショックを受けたのもあるのかもしれない。恋愛の中で綺麗な別れを求めるのは間違っているのかもしれない。好きなまま結ばれる事のない、まして自分に非があった場合なんてそれを求める事自体間違っているのだろう。今まで自分は人との別れとかできるだけ避けてきた面がある。悲しい思い・辛い思いするの当たり前だから弱い自分が痛む事なく離れれるように、自然消滅してきた。だけど彼女と過ごしてきた時間も関係もそんな風に終われる事なんてできないってわかっていた。でもやはり自分に責任があったとしても彼女から出た今まで口に出されなかった心の暗い部分を聞いた時は凄く心が痛んだと同時に彼女の心の変化を感じてしまった。本当はもっともっとグラスから溢れ出るように言いたい事もあったんだろうと思う。全て聞かなきゃいけないという思いが今まで我慢させた事、悲しませた事の責任という意味でも反面あった。そういった思いの中で遠避けてたメッセンジャーだったが、久々に会うオフラインメッセージの中の彼女は待っていてくれていた。画面を見る自分は緊張していた。今年最初までのメッセージが残っていた。少なくとも忘れずにいてくれたことが安心と喜びの気持ちにさせてくれたと同時に激しい自己嫌悪に陥った。 何で繋げる事もしなかったのか。今までと変わりないメッセージ。ギュっと自分の胸を掴んで離さなかった。いつまでも引きずり続けた自分が自分を苦しめていただけだったのか。メッセージの中に残っていた、「嫌いになった?」。嫌いになんかなっていないよ。嫌いなどころかますます好きになっているのかもしれない。嫌いになんて、なりたくてもなれない。ただ純粋に愛している。それ以上もそれ以下もないよ。 離れた後でも僕は彼女を幸せにする事はできない。
2008.04.14
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to まゆさん メッセージの方読ませていただきました。メールの方はもう送ることができなくなってますね。送れたのは願えば叶うからかな(笑)
2008.04.11
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4月8日。この日は決まって自分の大学の入学式だから忘れる事はない。毎年入学時期になると出会った時の事を話しては、今年で何年目だねって数える彼女がいた。大学の新入生のオリエンテーションで入学式以前に来ていた彼女を友人と一緒にサークルに勧誘したのが始まりだった。馴れ馴れしく話しかける在校生に嫌気を思いっきり出している新入生のご機嫌をとりながらサークルの勧誘をするのに疲れ果てて、友人が1人で歩く彼女に声をかけても同じように不信感と愛想笑いを浮かべる顔を見て全く勧誘する気も起きなかった。初めて彼女と出会った瞬間だったのに。しつこく話しかける友人に折れたのかいつの間にかうちのサークルに入っていて、それから長いようで短い時間を過ごしてきた。彼女はこの話になるといつも声をかけてきた時全然誘う気なかったよねって意地悪く言っていた。確かに初めて見た時の印象はうつむきかげんで明るそうな子じゃないというイメージしか残っていなくて必死に誘う友人がわからなかったと言い返していた。まだまだ年齢よりも幼い顔をして自分の中で魅力を感じるものが何もなかった。実はきっと彼女が口にする事がなかったから緊張していて覚えていなかったのだろうけど、初めて話した会話の中であんまりいい印象を受けなかった事があったから、絶対性格合わないと思っていたのもあった。歩み寄って来たのは出会った時も付き合ってきた時も彼女からだった。歩み寄る事も知らず、後にも先にもいつも受けに回っていたのは自分だった。 出会った事を自分の運命の中での必然だったと考えたりする事がある。全ての事が生まれてきた時からの運命で、彼女との出会いと別れも全てが決まっていた事と考えるのが一番楽な答えの引き出し方なのかもしれない。そう思い込まないといけないと思っていても今でも気持ちが落ち着かないのはどうしてなんだろう。変えれる運命だったからなのか。。。。。 もう出会って何年だって数える事もなくなってしまったかな。 http://jp.youtube.com/watch?v=WDXIS4v0r7Y&feature=related
2008.04.08
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2人で新宿の高層ビル街の間に車を止めては、他愛もない話とかをしていた。そんな中で1番思い出に残る場所を昨日通った。彼女から離れようと1度本気で告白した所だ。泣いて泣いて、ホントに泣き叫んで、離れて行かないって言ってくれないと橋の上から飛び降りるって言って、子供が駄々をこねるように地面に座り込んで、1度決心した気持ちを変えさせられた思い出深い場所だった。この時彼女の心から吐き出された本心は自分の気持ちを戻る事のできない領域へと惹きつけるきっかけとなったターニングポイントでもあったのかもしれない。周りの目も気にせずそこまで人を愛する事への気持ちをストレートに言ってくれる彼女は、他にいるだろうか。今ある現実の中で人は僕を見たら幸せだねって思うのかもしれない。でも彼女との一緒の人生を見たら人はもっともっと幸せだねって言うのかもしれない。彼女にとっても、今の幸せよりもっともっと本当の幸せがあったんだと感じさせれただろう。 http://jp.youtube.com/watch?v=ChtvyZfrfvc
2008.03.31
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このあたりの日にちになると山の雪の具合を見て二人でスノーボードに行っていた。去年はケンカして行く事が出来なかったけど、今年は行こうねって言っていたっけ。彼女には言っていなかったけど、彼女と行くボードは凄い楽しみでしょうがなかった。普段の夜わずかな会える時間と違って朝から、明るいうちに出かけれることだけで喜んでくれていた。仕事で疲れてても眠い目こすって頑張って起きて、いつもでは考えられない2人だけの時間を過ごすために車を飛ばして行った。ゲレンデに着いて雪の上に立つ彼女は雪の結晶にも負けないくらい綺麗に輝いていた。雪のように白くて雪のように柔らかい彼女に、溶け込んでいく自分の心を隠して素直に伝えれずにいた事が残念だ。ボードで滑りを楽しむ姿やリフトの上でのくだらない会話で喜ぶ姿がいつにもなくそうさせていたのだろうか。いつも自分できちんと伝えたい事は話しろとか、口にしないと伝わらないよとかもっともなことばかり言っていた自分が何一つ出来ていなかった。言葉に出さないだけでなく表現する事さえもしなかった。ストレートじゃない自分がいた。彼女の愛情に応える事が怖かっただけだったのか。帰りの時間が近づくと帰路につくのが惜しくて何をするわけでもなく車の中や、ゲストハウスで時間をつぶしたりしていた。帰りたくなかったのわかったかな。どんなに疲れていても決して助手席で寝る事もなく、頑張っていてくれてた。運転頑張ってくれてるからって言っていたけど、何となくその時の気持ちがわかる。渋滞で不機嫌になっても、いつも話しかけてくれていた。 あっという間の時間が過ぎて、次はいつ行けるかわからないなかで家の前でバイバイする時の寂しそうな顔と、楽しかった顔が僕の心を複雑にして見送ってくれてた。 この季節になると、彼女とのボードを思い出す。彼女の滑ったボードの後をなぞりながら、僕の滑ったボードの後をなぞりながら滑ったあの時の様に。 http://jp.youtube.com/watch?v=62IYLOujIKMhappy day 22.
2008.03.22
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寒い冬が終わって、君と出会った季節の春がやってくる。 今日みたいな雨の降る夜は、憂鬱な時間でもあるけど君を思い出す時でもある。単純に雨の日の夜のデートでしかなったかもしれないけど、ワイパーもかけずにエンジンをかけたままの車の中での2人だけの時間が大好きだった。月の夜明かりを雨雲が包み消し、雨の水滴が車を包んで外界から2人の世界を作ってくれた。曇ってくるガラスの中で、自分以外で見えるものは彼女しかいなくなってくる。 たまに動かすワイパーが外の世界とのつながりを確かめる手段だった。とびっきりの2人だけの時間と場所。気の重い雨の日なのに気が軽くなれたのは彼女のおかげだった。ウィンドーを小さな水滴と水滴が流れて、一つの大きな水滴になるのを見ているといろんな思いが交錯していた。ワイパーを動かし、外界へと引き戻される時が別れの時間。彼女の思いを拭い払うようにワイパーを動かして帰る道のりを、彼女は目に映る雨を僕の涙の様に思ってくれた事はあるのかな。 send my whiteday for you. http://www.emimusic.jp/app/scripts/access.php?cid=vd&id=kamelnk_toct40188_v3f&url=vmc/kamelnk/toct40188_01v3f.wmv
2008.03.14
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自分の部屋にある戸棚の中から彼女が送ってくれた手紙を、何の気なしに思い出して読み返してみたくなった。彼女が手書きで書いたり、会社のパソコンで一生懸命書いてくれたものだ。彼女は、読むと捨てているんでしょ、といつも言っていて自分もそうしているかのような顔をしていた。たぶん、もらった手紙はほとんど大切に残していると思う。彼女が聞いたらまず信じないだろう。ケンカした後に書いた手紙、図書館で会話できないから手紙で書きあってた手紙、誕生日に書いた手紙、嬉しかった時に書いた手紙、会いたくて会えない辛い気持ちの手紙、いろんな手紙をもらった。何げなく手に取って読み返した手紙は、自分が結婚直前に送ってきた手紙だ。ちょうどこの時彼女は自分から離れて新しい道を探している時で好きな人の話とかも書かれていた。でも、結婚してこれから会う事ができなくなる事の不満や、まだ好きな気持ちを書いていてくれてて彼女の愛する人への一途な気持ちに何年も経っても変わらなかった愛情の深さにまたすごく落ち込んだ。手紙の最後に書かれていた「最後のお願い」。一緒に東京ディズニーランドに行ってというものだった。ディズニーランドとか好きじゃなかったし最後になるかもしれないデートでカップル達が賑わうところへ行くのも何か心苦しかったので、箱根の美術館とかに行った。この時だけじゃなくてそれから続いた時間の中でも何度となく彼女はディズニーランドへ行きたがっていた。もう遅いが彼女をもしどこかへ連れて行ってあげれるのなら間違いなくディズニーランドへ連れて行ってあげたい。ただできなかった事の埋め合わせとかじゃなくて、彼女の輝く笑顔を見たいだけだから。 http://jp.youtube.com/watch?v=DucGeC8zHTE
2008.02.28
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このブログを始めた時、自分でもこんなに続くと思わなかった。書いた最初はアップする事ができずに下書き保存したままだった。どうしようもない状況になった時点で、言えなかった事や伝えれなかった気持ちを書き綴ったところで何の意味があるんだろうと思ったから。でも、遅いながらも自分自身をだましていた気持ちや彼女の気持ちに弱々しいながらも全部言い表す事・伝える事がどんなに大切な事だったかが凄いわかる。過去の記事を読み返してみても、まだまだ伝えたい事のほんの一部しか書くことができず、自分の文章表現力の無さにがっかりする。それは言葉でも同じだと思うし、自分の心の中を開いて見せれない限り、100%伝える事はできないとわかっていてもブログとして書いてしまうのは何でだろう。別に彼女に伝える気とかもないし、彼女も俺がそんな事考えるような人間だと思っていないと思うし。コメント入れてくれた人達はみんな早く忘れて頑張れって言ってくれる人多いけど、人って忘れられない人は必ず心に一人は居ると思うんだよな。初恋の人、自分にとってかけがえのない人、支えになってくれる人、いつまでも好きな人。異性同士で友情はあるかとか別として、精神的に自分の支えになってくれる人って極稀だと思う。自分もそんな存在でありたかったと思うし、そうなって欲しかったと思う。 きっと君を消す事なんてできないんだから。 http://jp.youtube.com/watch?v=4ENeA4rLIX4&feature=related
2008.02.12
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たくさんの思い出の中の1枚の写真。オープンにした車の中で僕の指定席である運転席に座って、寒かったのか僕の上着を着てこっちを見て屈託のない笑顔を投げかけている。まるで世界で一番幸せな瞬間を写したかのようだ。 その笑顔をもう見る事はできないのか。そんな笑顔を作らせれたのは俺だけだったのに。レンズ越しに気付かなかった自分がバカみたいだ。その笑顔が与えてくれる力は計り知れなかったのに。 今、写真を見て苦笑いしている自分がここにいる。 http://jp.youtube.com/watch?v=eA_k996jzto
2008.02.06
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人から見たら不倫になるのだろう。でも自分は違うと思っていた。彼女もそう思っていただろう。人にどう思われていても決して折れる事のない不倫とかとは違う信念を持って付き合っていたと思う。それは結婚前から付き合っていたせいなのかもしれない。人に話をした時にじゃあそれはどんな関係なのと聞かれると確かになんと答えていいかわからなかった。彼女は純愛だよっていつも言っていた。不倫を肯定しようとする時の決まり文句の一つなのかもしれない。でも彼女からもたらされる自分だけへの特別な感情を感じると、決まり文句が決まり文句ではないと思わずにいられなかった。けっして自分達だけを美化するつもりではない。人が不倫だと思うのは、いい服で着飾った人が必ずしもいい人間ではないのと同じで見た目でわかるようなものではないと思っていたので、人がどう思おうが自分達は自分達だと考えていた。不倫というものに対しての言い訳にしか思わないだろうが、逆に不倫とかの方がどんなにもっと楽なんだろうと思う事もある。人に胸を張って話せないような時間や感情の交錯を過ごして来たなんて思いもしない。今だにこうして冷めない思いがあるくらいぎゅっと詰まっているのだから。
2008.01.30
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最近彼女の夢を見た。見たいと思って寝ても、見ることができなかったのに。夢の中の彼女は最後に会った時と変わることないままだった。一生懸命自分に話しかけている。しかしそれがなんと言っているか声が届かない。 目が覚めてまだ薄暗い窓の外を眺めて彼女の言おうとしていた事を考えた。言おうとしている事がたくさんたくさん思いついて、寝ぼけた頭で一つ一つ答え始める。 夢で見た彼女はこの出した答えに僕の前でいつも見せてくれた笑顔を返してくれるだろうか。
2008.01.29
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「愛してる」って思ってても言ってあげれなかった。「愛してる」って言うようになった時、僕の中で彼女への思いが変わった時だった。それはなんでもない一瞬だった。手と手を繋いだ瞬間に、今まで普通に接していた彼女の手から伝わる体温に、きれいな髪の香りに、彼女の匂いに、細くて長い指に、柔らかく包んでくれる身体に、溢れ出る涙に、彼女の呼吸する鼓動を感じるたびに、今まで抑えていた愛おしいという感情に飲み込まれた。そんな一瞬が自分と彼女の今までの関係を思い出すと言いたくても言えなかった「愛してる」を口にしてしまった瞬間だったのかもしれない。言葉にした瞬間のフッと心が軽くなる感じは忘れる事はないだろう。ぎゅっと抱きしめてと言われると抱きしめて、強く抱きしめて、自分の身体の一部にしたいほどぎゅっと抱きしめて、放したくなかった。僕がもっと、もっと早く、「愛してる」を彼女に届けれたら彼女はどうしていただろう。
2008.01.22
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忘れたくて、忘れようとして、そうすればそうするほど消さないようにする自分がいる。忘れないように、忘れてはいけないように何度も何度も記憶をなぞってしまう。 携帯の文字変換で彼女の名前が出てくるとギュッと胸が詰まる。彼女と同じ名前の子がいると目で追ってしまう。朝の星座占いで彼女の運勢を見てしまう。いつまでもそんなんじゃ駄目だよと言われても、わかっていても心の中に相反する思いが同居している。可愛いって思われたくておしゃれしてる姿。子供だよって言われるのが嫌で大人ぶってる姿。風邪ひいてたら逢えないからって風邪ひいたの隠して逢ってる姿。全部わかってた。自分は人から若いってよく言われる。きっとそれは彼女がいたからだ。ずっとそう思っていた。彼女にかっこいいと思われたいからおしゃれして、彼女に頼れると思われたいから精一杯背伸びして、彼女と付き合っていたから自分も若くいれて。 冷めない自分がまだここにいる。
2008.01.17
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