富田秀夫のブログ
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私のリコー40年勤務で一番お世話になったのが半沢研一さん、すい臓がんで亡くなられた、満73歳だった。亡くなる1か月前に電話でのやり取りが最後だった、電話が出来る状態ではなかったが、お世話になって有難うと一言言いたかったので、失礼とは思いながら電話した。お互いが泣きながらの電話のやり取りで、最後の伝言が出来て嬉しかった。彼の親友で私の戦友でもあった荒木さんと先日ご自宅に弔問させて戴いた。私が宮城リコーを曲がりなりにも経営できたのは、彼の仕事の能力と人柄が素晴らしかったから。宮城リコー時代を思い出すときは必ず彼が大きな存在となって出てくる。私の悪さを彼が防波堤やクッションになって社員との折衝をしてくれ、お陰で政策が浸透し易かった。彼の定年後。荒木さんと3人で年に2~3回ランチを共にしたり、荒木さん宅でお茶をごちそうになり、荒木さん宅で採れた野菜を頂いたりした。半沢さんは釣りが大好きで、私も現役時代に何度もご一緒した。特に東北大歯学部長の渡辺先生とは特に親しく、私もご一緒したことがある。大学病院の先生方とも釣り友達になり、すい臓がんが分かって以来、渡辺先生や内科の先生方が東北大学病院総力揚げて治療すると仰ってたそうだ。彼の人柄が人々をそうさせるのだろう。彼は懸案だった生まれつきの病を持った息子さんを施設に預け、後顧の憂いを無くしての天国への旅立ちされた。ご冥福をお祈りします、半ちゃん有難うね。
2024.01.22
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