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子供達と外食をすることは、子供達が成長するにつけて段々と少なくなる。ここ最近は私から言い出さないと食事をしてくれない。それが昨日娘から明日夕飯を外で食べようと言ってくれた。おやじとしてはこれほど嬉しいことはない。いずれは嫁ぐ娘だからいい時間を多く持ちたいなぁ~!
2006年03月30日
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私は仕事をしていた昨年までは、自動的に厚生年金に加入して給料から天引きされていた。そして、昨年12月に自分が障害厚生年金を受給しているので市の国民年金課の担当の人に相談したところ免除出来るか半免除か国民年金の支払いをしなくてはならないのか分からないないので、一応所定の書類を書いて結果を待っていた。しかし、今年の1月に12月分と1・2・3月の納付の支払いの通知が来たので銀行で支払いをした。そして、昨晩社会保険の方から12月度の支払いが確認出来ないと連絡があった。慌ててもう一度支払いの納付の用紙を見ると1~3月の前納と12月の振込みが別になっていた。私の勘違いで12月が未払いになっていたのだ。そこで、今日支払いをした。そして社会保険所へそのことを連絡すると私の場合は法定の免除が出来るらしいのだ。だから、12月からの支払った保険金も返還出来るという。( ̄△ ̄;)エッ・・!それならもっと早く言ってほしいと思った。されど、法定免除をするには更に書類が必要になるらしい!それで、明日担当者が家に来るという。社会保険庁の不祥事が色々問題になっているが、私の一件に関しても無駄な時間と浪費があるのでは・・・・・と考えてしまう。私の場合、本当に国民年金の支払い免除が妥当なのかも分からないのだ?!
2006年03月29日
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司法のことは難しくて私には理解出来にくい。今回、麻原被告の弁護人が控訴趣意書を提出しないのは正当化されないとして麻原被告の控訴を棄却する決定し一審死刑裁判が確定することになる可能性が強くなったらしい。これまで、側近の弟子たちが死刑判決を下されている中、麻原だけが審議が進まないことにも問題あると思っていた。それと、審議の進む時間が長すぎると思っていた。日本は法治国家であるから、どんな卑劣な事件でも法の裁きを受けるのは当然だろうと思う。でも、この事件は異例中の事件でもある。裁判の時間短縮をもっと図れなかったのだろうか?被害を受けた方や命を奪われた方の家族の心を考えるとやりきれない。被害者でもある松本の河野さんの意見の記事も読んだが、彼の冷静なコメントをしても私は司法の矛盾を感じずにはいられない。どうも納得できない!!
2006年03月28日
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私がまじかで桜の花を見ることはここ暫くなかった。しかし、今年から始めた華道で先週の材料は桜が中心で花を盛り花でいけることになった。これまで、桜が咲く頃は病院へ行く道筋に桜の並木があり、いつもそれが私の唯一の花見であった。それが、今年は華道のおかげで家の中でお花見が出来る。先週いけた時は桜の花はまだ5分咲きであったが、昨日から満開になった。このごろ温かくなってきたが、一層の春を感じ満喫している。
2006年03月27日
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私が目下娘と稽古させて頂いている茶道・華道だが、人の話では茶道などは道楽な遊宴だと決め付けられる。私のお稽古先生も練習の中で、茶道の席では茶道具が銘道具が持て囃されている状況に憂いを感じているということだ。例えば、老舗の籠屋さんで古い花籠がありそこのご主が3万くらいの値段で置いていたが、中々買い手がつかなかったがそこのご主の息子さんが30万くらいでも売れる品ではと値段を書き換えたら・・・・・・即座に茶道をやっている方が買われたという!( ̄△ ̄;)エッ・・?つまり茶道のお道具に作者名が入るだけで値打ちが違うし、茶道の宗匠に筆入れしてもらうケースあるらしい。それだけ茶道世界では、お道具を高価に見せるという行為が持て囃されているのかもしれない。でも、私の先生は生徒さんから送られた道具や昔から使っている道具こそ値打ちがあるという考えの持っている。そして、お道具も大切に使ってこそ価値があると仰られる。華道でも花器が大切な役目がある。和の心に接するにはお金がかかるのであるとするならば、私の考えは衰退していくだろうと思う。文化は大衆に溶け込んでこそ発達する。一部の道楽の趣味でOKというなら私は茶道も華道も習えなくなる。
2006年03月26日
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昨年の暮れから物入りが続いている。叔父が亡くなり、今年に入り叔母が亡くなった。ご香典・お供え花などは当然であるが、田舎ゆえの法事が昔ながらのようにある。その度にご仏前と御書というご僧侶へお礼のお金がいる。それが重なったのだから・・・・・我が家は家計が真赤である。でも、これはお互い様なのだから仕方ない。そこに、今度はおめでたい話ではあるが従弟に赤ちゃんが生まれた。結婚して子供が中々出来ず、漸くのベビーの授かりだから喜びも大きい。今日、田舎の仕来りで手洗い餅が届いた。白と黄色の御餅(でかい餅二個)であるから男の子誕生である。☆彡(ノ^ ^)ノ Congratulations ヘ(^ ^ヘ)☆彡おめでたいことだから、言葉はオメデトウ!と声をかける。ただ、心の中には(。>_
2006年03月24日
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有意義な時間を過ごしたいと思うが・・・・・・毎日が淡々と過ぎていく。金はないが、時間は大いにあるというのは悲しい!(;´д` ) トホホ
2006年03月23日
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トリノのオリンピックとパラリンピックが終わった。冬季も夏季もどうもオリンピックとパラリンピックの報道の伝え方に違いを感じてしまう。テレビ放映の時間も両方を比べても可也の時間量が違う。なのに、テレビのキャストや批評家たちがパラリンピックは素晴らしいとコメントしているのを見るとむかつく!!今回も長野パラリンピックと同様に金2・銀5・銅2と大健闘した。私はスポーツは見る方で、自分からはしていない。もう少し若かった頃に、車椅子のバスケットをやらないかと誘われ見学に行ったが・・・・・・・・その迫力に圧倒され、自分には無理だなぁと思い断った経験がある。健常者と同様の技術とそれ以外の高度なテクニックと精神力が必要になるのが障害者のスポーツである。だけど、市場主義の社会ではパラリンピックはどうしても視聴率が取れないからなのかLIVE放映がない。今回のバイアスロンの小林深雪さんの視覚障害の部での金・銀をとられた競技を拝見して感銘した。今回、オリンピックの女子フィギアー荒川静香さんが金メダルを取ったことはとても感動した。でも、彼女を含め企業からのサポートも着くしコマーシャルなど色々方面からもなんとか収入面で恵まれている。(世界と日本ではアマチュアとしての待遇は差があるらしいのだが・・・!)パラリンピックの選手には練習など競技遠征費などもっと過酷な状況にあることをどうにかならないものだろうかと心痛める。それと、私はいつもオリンピックの後にパラリンピックが続くがこれが反対にパラリンピックが最初に開幕してオリンピックが後になってもいいのではないかと思える。そうすれば、もっと光がパラリンピックに照明が当たると思える。だって、障害を持ちながら高度なテクニックを持って挑む競技選手こそ讃えられていいと思う。
2006年03月22日
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私が下肢の状況が悪くなる過程で自分をどんどん追い詰めて何度も手術に頼り過ぎた。離別した元妻からも何度も手術には反対があったが、私はガンとして自分の意思を押し通してしまった。結果として私は車椅子生活へ・・・・!別れた妻もこれ以上私と共に生きて行くことが出来なくなり、それを色々な人に相談していたらしい。そしてその中で本人の話を聞いてくれる人が出来た。妻も苦しんだ中で私との生活に終焉を向かえた。私が子供達を一人前にすることを条件に私が親権を持つことになった。子供も私の下にいることに同意してくれた。そして、子供達にも親として働く姿を見せることが子供へのメッセージになるとと信じ、車椅子と仕事と子育てを両立した。否、これは私の力だけではない。昨年まで勤めさせてくれた会社も9年前に在宅勤務という形態をとってくれたことも私はラッキーだったのかもしれない。そうした中で、自分が少しでも同じような立場にいる障害者の方達と交流を持ちたいと思って、ある障害者団体に入会した。最初は、色々面で教えてもらうことが多く感謝したが、どうしても心から交わることが出来なかった。障害者といっても色々な障害を持つ。車椅子生活という立場は同じでも人それぞれ部位の障害によって違いがある。又、障害を持つ過程も様々で交通事故から職場の事故とか病気などの理由で車椅子になったという立場の違いと、一番大きい違いは社会において健常者との対立軸を持つ人もいる。障害年金をもらえる人もいれば、無年金の人もいる。考えは違うが、私は一年なんとかその団体でバリアフリーの調査をする機会も持たせてもらった。公共の建物や民間の建物などを調査する中で行政の考えとか民間の経営者の方々の考えも色々あることが分かった。でも、その活動も一年を過ぎるとその団体の趣旨に自分自身の考えのギャップも出てきて、活動が重荷なってしまい年が経過するにつけ会費だけ納入して活動から離れてしまい、昨年団体からも離脱した。私はどうしても健常者の方の中に障害者である私を受け入れてもらえるとこを探している。どうしてなのか自分にも分からない!無理をしているのだろうか?でも、刺激がほしいと望んでいる自分もいるから・・・・・自分の心と折り合いをつけて生活していきたい。
2006年03月21日
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久しぶりにブログに書き込みをさせて頂くぺこ !というもの、私が非常に疲れを癒すには少し時間がかかった為である。私が会社を辞め時間を持ててた分、仕事を探しつつも趣味の時間を持ちたいと思った。そこで華道と茶道の入り口に辿りつけることが出来た。このような私を受け入れてくれた華道・茶道の先生は鈴鹿市に住んでいる。随分以前ではあるが、一度今回の先生と異なる華道の先生へアプローチした時は私が車椅子生活の身であることを伝えると丁寧な言葉ではあったが、電話で簡単に断られたことがある。それ以来、私は車椅子という言葉の意味が少し重い言葉になった。それでも、当時は仕事を持っていたので余り気にもしてなかった。しかし、今回は仕事も辞めて時間の過ごし方を模索している中でもう一度和の道空間へ身を委ねたいと思い、ネットで今回の先生の連絡先へ辿りつくことが出来た。今年の初釜に初めてお会い出来て、娘と共に私を受け入れてもらる事が出来た。有り難いと思えてお稽古に通わせて頂き、漸く一ヶ月半近くになる。車椅子生活ではあるが腕でなんとかにじりいざりが出来ることが幸いしている。その先生のお招きもあり、今回鈴鹿市の芸術文化協議祭りに出向いた。玉露茶と欄茶という私にも未知の時間を味わわせて頂いた。本当に良い時間を持てたと心から感謝している。ただ、鈴鹿市文化会館は障害者に優しいのだろうか?確かにハートヒル法からすると障害者のトイレも完備し段差対策も出来ているが、障害者専用の車椅子の駐車場が無いのである。初めて訪れる所は、障害者にとても用心深くなる。本来は日曜日が招かれた日ではあるが、当日に何があるか分からないので前日に下見をした。駐車場の位置も分かりにくく、一番遠くの場所に車を止め会場まで車椅子を押すことになった。下見の時は生憎の小雨降っていたが、車椅子の者には傘はそう簡単にさせることは出来ない。仕方なく小雨の中を身を雨にうたれて会場まで行った。会館内はさほど苦にすることなく会場を回ることが出来た。そして、一階の喫茶でお茶を頂き、駐車場のことを聞く。余り、会館に障害者が利用することがないのか?車椅子専用の駐車場があるのか無いのか良く分からない回答が聞くことが出来た。私の止めた場所はもっと遠い駐車場で会館の目の前に20~30台止めれる駐車場あることを教えて頂いた。喫茶の方も優しく可也角度付いたスロープを親切に介助を受けて岐路に着いた。当日はその駐車場へ車を止めようとするが、係りの方がいて満杯でダメというので車椅子を使用しているというと何を勘違いしたのか車椅子を置くだけならここに止めていいよ!と言う。( ̄△ ̄;)エッ・・?私が車椅子を使うのですと強く言うと、慌てて障害者専用の場所があるか確認すると探しに行くが?中々戻って来ない。私は道をふさいだ形で車を止めているので、対向車や後続から車が来る。慌てている私がいた。その係りの方の遠く様子からからにして車椅子専用駐車場があるに見えない。仕方なく昨日止めた遠くの駐車場へいくが、そこも満杯で止められず道に止めるしか方法が無い。(一応警察の駐車場外登録してある)この時点で気持ちがなえていたが、会場の玉露茶・欄茶の席は先生のお心使いもあり、またご同生徒さんの介助もあって楽しい時間と空間と素晴らしい味に満喫出来た。会場の外は、晴れているが凄い風になっている。車まで向かい風の中を進む間にまたなえた自分がいた。まぁ~+-=0ということだろうか?ただ、鈴鹿市という街が障害者に本当に優しい街なのだろうか?疑問が残るが、私を受け入れくれた先生は鈴鹿市の市民である。
2006年03月20日
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昨晩息子へメールを送った。息子は希望を持って大学へ進んだが、その後バンド活動にいそしんだ。その頃は帰郷すると生き生きとしていたが、バンド仲間と技術的問題と人間関係からバンドから離れた。私はそれを聞いた時は、これで本来の息子へ戻ってくれると思っていたが・・・・彼には心の空虚が埋められないようだ。それだけバンド活動に真剣だったということだろう。だが、学生の本分を失っている活動には親としては決して認めることは出来なかった。それでも、息子の心の空虚感を埋めるには時間がかかると思うが私にはその時間を与えてあげれる程余裕がない。なんとか早く自分が目指した頃の大学へ進んだ頃の気持ちを取り戻してほしいと思い、昨晩そのようなメールを送ったのだが・・・・・・!私の真意が息子に伝わったのだろうか?!
2006年03月16日
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我が家の息子は(」゜ロ゜)」 ナント留年決定のようだ。バンド活動が忙しいかったという理由らしいが言い訳のように思える。部活活動が忙しくてもきっちり単位を採ってスムーズに卒業し、就職していく人が多い中・・・・・・!!まぁグッチても仕方ない。これを機に自分の生活態度を見直してほしい。そして私の友人の息子が二浪して早稲田に合格した。心配していただけに嬉しい!ワーイ。(⌒∇⌒。)三(。⌒∇⌒)。ワーイ\(^ ^)/ バンザーイ我が家とは対比に友人宅は喜びに沸いていることだろう。我が家の息子の時に可也のお祝いを頂いたので、当然私も祝いを昨日送った。大学は人生の一部に過ぎないのだ。就職して世の中に出てこそ一人前といえる。親はそれを少しだけ手助け出来るくらいで、後は本人の向上心がなければ世の中に出ていけない。
2006年03月15日
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今日は認定日としてハローワークへ行った。きょうは、小雪がちらつく生憎に日だが職安には沢山の人がいる。みんな其々色々都合で仕事を止め、そして仕事探しをしているのであろう。目を引く人がいた。60歳近いか?もっと上の人かもしれない女性だ。厳しい表情でいた。私も仕事を探すのに難しい立場にいるのだが、彼女も私と同様に仕事探しに苦労しているのだろう!中には後一回で失業手当がもらえないという女性がいたが、確認している様子には必死さが伝わってこない人もいた。立場が違うから本当のことは知るよしもないが・・・・・・・!仕事を見つけることはそう容易くはない!!
2006年03月14日
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先日の面接結果が速達に来た。薄っぺらな封筒から見ても、どうも嫌な予感がした。一回目の面接だから・・・・と思いつつも現実を知ると残念だ!この世そう甘くはないのだ。こうした日々が今年一杯続きそうだ。まぁ~焦らずに・・・・ね!と言い聞かす。
2006年03月12日
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数日間晴れが続いていたのに・・・・・洗濯物をするのが億劫で一日伸ばしていたら、今日は雨になった。タオルが洗濯機の中に寝ている。あぁ~早くお日様に当てないと嫌な臭いが残ってしまうぞ~!息子が数日帰って来た洗濯物も溜まっている。ガオ=!
2006年03月10日
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49歳いや50歳を今年迎えようとしている私です。そうした中、昨日久しぶりに緊張した時間を迎えた日でもありました。大学の就職活動依頼、これまで会社を色々変わってきたが面接といっても形くらいでそう緊張して面接をしたことがなくすんなり仕事につけた。しかし、今回の面接は本格的な面接で面接官が3人いてこの歳になってこれだけの面接を受けるとは驚いたし、緊張もピークだった。面接の前にアンケート方式の記述を書かされた。これがちょっとした小論になっていたらしい。面接の時に、自分が書いたことを色々聴かれた。自分ではそれなりに答えたつもりではあるが、少し自分から話しすぎたことが反省点である。まぁ~一回目の就職活動だからめげずにこれからも頑張ろう!合否通知は一週間後らしい!・・・・・・・・・・
2006年03月09日
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このところ以前よりは少し深夜の痛み止めの注射の回数がほんの少し減っていたのだが、今夜は痛みが強く午前3時頃に病院へ行ってきた。これはいつも波の中であるが、それより明日いや今日仕事の面接があるのだ。早く寝て体調を整え、面接を迎えようと思っていたがどうも緊張が眠気を阻害しているようだ。この年だから、どんなに身構えても仕方ないし車椅子であるがこれまで9年間民間の会社で勤めてきた実績をアピールし、自分の希望をある程度言えればいいと思っているのだが・・・・・・・それでも、変に色々頭の中を駆け巡り眠れないのだ。小心者の証拠だぁ~!今から少し横になって眠れなければ、まぁそれも仕方がないか!
2006年03月07日
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今日叔父と義祖母の法事があった。その席ではないが残った親戚の中で色々な話が出た。聞いているうちに色々な考えがあるものだと思った。先祖を粗末にしてはその後の未来は絶えるという!この時代にそうした話が出るのも不思議でならない。私の子供達には今の家を継げという言葉出したことはない。それは私が散々跡継ぎだからという言葉を耳にして自分のしたい事をほとんどしてこなかったからだ。でも、私の場合は家に残って正解であった。車椅子であってもなんとか暮らしていけるのもこの家があった為である。でも、子供達はもっと広い世の中へ出って行ってほしいと期待している。人が何といっても人生は一度きりだ。人の道を外れなければそれで良い。とはいえ、親としては親バカの期待もあるのだが・・・・・!!(^▽^笑)
2006年03月05日
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日本人の着物文化が遠くなりつつある昨今、私は着物にはまりつつある。着物というと成人式の時の振袖と男子の袴姿だ。後は、結婚式に着る留袖と振袖や訪問着・・・・!最近は大学の卒業式に女性は着物に袴を着ることが多くなっているらしい。それ以外で着物を着ている姿を見かけることが少なくなった。着物は伝統着になりつつある。茶道をされている方は、時折着物を着られるチャンスが多いと思うがお稽古でも洋服姿が多い。その背景には着物自体が高いということもあるし、着物を着るには身近に着付けをしてくれる人がいないとか自分自身でも着られないことある。それと着物手入れが結構面倒と言える。次に、着物を着た時にシミをつけると大変ということもある。クリーニングも高いし、あらはりになるともっと高くつく。ただ、私は自分も娘にも着物を着るチャンスを増やしたいと思う。個人的には着物姿はとても綺麗だと思う。今時の女性は足も長く美しく、その美しさをもろに出した方がいいのかもしれないが隠れた美しさもある。着物を着て歩く姿美人・座って所作を綺麗にする美人・うなじ美人等など・・・・・・。もっと多くの方が、着物を着てもらえるとうれしいなぁ~などと秘かに思う私だ。
2006年03月04日
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二月に結構温かな日があり、二月後半より寒さが戻ってきた。叔母の四十九日お勤めを夜に行っているが、世襲が仕事の都合で20時から初めているが、このところの寒さが夜ともなると外出時に少し辛いなぁ~などと思う。まぁこのところ風邪で体調を落としていたこともあるかもしれない。今日は、娘とお稽古に出かける。娘の着物を今日は着させるつもりだが・・・・この時期、帯の柄に迷いが出る。季節としては、今が梅が咲く時期でもあるが・・・・着物と帯の取り合わせにも季節が関係する。今用意しているのだが、黒帯に梅の刺繍がしてあるのだが・・・・・・・着物の場合は季節を先取りさせるのが良いとされているらしい!今日の取り合わせは、野暮な取り合わせかも!?!娘は昨日がアルバイトで今朝方帰って来たので今バク睡中だ。娘が起きて来てからもう一度検討しようかなぁ~!
2006年03月03日
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数日前からの体調不良も漸く治りつつある。インフルエンザとも違って単なる風邪であった。このところ熱を発症するする事がなかったので少し心配していたが良かった。娘に昨日まだ熱が残っていたので、晩御飯をつってほしいと頼んだところいいよ!という返事だったので娘の帰りを待っていたが21時になっても22時になっても帰って来ない。体調が今悪く食欲がなかったが・・・・・娘から何の連絡も無いことに少し腹立つ思いが出る。仕方なく23時頃にお茶漬けでも食べる用意をしているところに娘が帰ってきた。惣菜の寿司と冷凍の餃子とおからだけだ!娘はどこかで食事をして帰って来たようだ。腹立たしさも言葉にすると怒りに変わるので・・・・黙々と食事をして寝る事にした。今日は朝には熱も下がり体調も回復しつつある。
2006年03月02日
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昨日の16時に体がだるく体温計で計ると37.5度の熱があった。私の場合、体温計で熱があると分かると一騎にテンションが下がるのだ。でも、今は亡き叔母の四十九日のお勤めがある。私が一応導師でお経を読み上げるので休むことは出来ない。世襲の意向で20時からだ。19時に入ると寒気が一騎に体を襲う。再度熱を計ると、(」゜ロ゜)」 ナント38.5度もあるが・・・・・休むことは出来ない。兎に角お勤めのお経を超特急で読み上げる!(叔母・・・ <(。_。)> モウシワケナイ)その後、病院でインフルエンザの検査を受けた。発症が時間的に短いと検査には出ないこともあるらしいが、でも検査で陰性だった。良かった!ほっとして帰ってきた。でも、今日も37.5度の微熱が続いていて調子が悪い!!
2006年03月01日
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