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私が習っている華道は何とか続いている。前にも書いたと思うが、褒め上手の先生が続けられている理由かも・・・・?!先日、先生から9月にある華展に出してみないかと言われた。まだ、私の場合は盛り花であるのに・・・・・それを自由花としてアレンジして・・・・と言われた。自由花は、本来とても難しいと聞いている。まだ、盛り花や立花・生花(池坊なのでいける形が決まっている)私には、生花や立花はまだまだである。されど、決まりあるだけいけるのには容易いと思える。それで、先生が今の主流の本を貸してくれて自分がいけたいなぁ~と思える写真があれば選んでと渡された。つまり、課題を出されたのだ。うん。困ってしまう!華道は楽しい趣味にしたい。されど、断るのは角が立つ。今週中に決めなければならない!辛いなぁ!
2006年07月31日
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有り難いことに今年はご近所や親戚から南瓜を頂く。もらい物にけちをつけるのは、失礼に当たる。ただ、十数個のお南瓜にはどうしようかと悩んでしまう。南瓜は日持ちがいいので直ぐに調理をしなくていいのだが、どうも食べきれそうもない。かといってご近所へ配る訳にはいかない。まして、このところ私が余り調理をしていないこともいけないのだ。きっと、調理上手なら煮物やデザートなど色々使い道はあろうが・・・・私が出来るのは煮込みだけである。栗きんとんならぬ、かぼきんとんでも作れるいいのだが!今年は、これだけ我が家に南瓜が集まるとは・・・南瓜にとってはきっと育ちやすい気象だったのだろうか?
2006年07月30日
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真夜中に娘がギャーと大声を上げる。私は慌て娘の部屋へ・・・・・うん?娘がベッドの上で叫ぶ。蜘蛛が壁にいる!見れば手のひらくらいの家蜘蛛のようだ。オーバーだなぁ~と思いつつも・・・殺虫剤で退治するかと提案すると殺して・・・・と娘の嘆願!蜘蛛・・・・殺生するのは嫌いだ。(ゴキブリさんを除いて)その時、夜蜘蛛を殺してもいいのか?朝蜘蛛を殺してもいいのか?分からなくなった。どちらか夜?朝?と頭の中で葛藤するが・・・・答えが見つからない!それより、娘の叫びを早く止めさせた。仕方なく、夜蜘蛛を蝿たたきで殺すことになった。南無阿弥陀仏!昔、小学校の図書館で蜘蛛の糸で地獄の者が助かろうとする話の本を読んだことがある。(題名が思い出されない)それ以来、蜘蛛を殺すことは、とてもいけないような気がしている50歳の父である。
2006年07月30日
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日本には、こうした”涼しげ”という言葉ある。現在の日本では、こうした言葉も中々聞けないようになったが・・・・・それでも、日本人ならばこの言葉の意味は分かるというかそれとなく雰囲気が伝わると思う。まだ、梅雨明けは聞こえてこないがそれでもこの数日間ギラギラ太陽が肌をさすように降り注ぐ。夜は夜で蒸し蒸しとした暑い夜長が続くが、昔も同じような中この”涼しげ”という工夫が施されてきた。日本人の知恵が詰まっている言葉である。環境問題が世界中で叫ばれているこの時代だ。もったいない!という言葉が日本から発信したように、涼しげという言葉と同時に創意工夫で暑さから逃れたいものである。
2006年07月29日
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私の場合は、車は必需品だ。車無しでは何処にも行けない。なのに・・・・・車の点検を怠っていた。今日、ガソリンスタンドで久しぶりにオールなど色々見てもらった。ラジエターの水も少なく、バッテリーの液も少ない・・・・エンジンオイル等等もう汚れで凄い状態だった。車に申し訳ない!そこに、タイヤの磨耗も酷い。来月は前輪のタイヤだけでも交換しないと・・・・失費が大きい!やはり、少しずつ変えていれば一時の大金を出さず済むのだ。
2006年07月28日
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人の人生には本当に分からない事が起きてしまうものだ。私も、こうした障害を迎えると想像すらしていなかったが、今日は仕事である方のことで電話をしたら・・・・その方にはとてもいい状況でいるという話が聞くことが出来てほっとしていた。そして、向こうの担当者の方がとてもいい悪いそうに・・・実は数日前に家で階段から落ちて亡くなったと言われた。なんということだろう!まだ30代である。私もそれ以上の会話が出来なくなった。人の人生って何が起こるか分からないし、命もいつどういう状態で途切れてしまうかも分からない。だからこそ、人はその日を一所懸命に生きた方がいいのだと思った。世界の中で、日本の平均寿命は女性は一位・男性は七位らしいが全ての人が長寿になるとは限らないのだ。
2006年07月27日
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私が、これまで勤めた民間で培われた仕事のスタンスと公の仕事場の違いが少しずつ分かってきた。勤めるというスタンスでは共通するところは多い。しかし、もっと違うと思われる点では効率というよりは正確性が問われるところが重視されることである。私が、これまで効率性やスピードを民間では求められる事が多く。そこに、精度が必要であった。公の仕事場では、サービスであるゆえ正確な要求をくみ取り、最も良い情報を提供することが必要なのだと言うことである。私の場合は、今の所は直接来所者と接することは極めて少ないない。補佐的な立場で仕事をしている。それでも、来所者の視線を時々感じることがある。恐らく車椅子で仕事場にいることが不思議に思われているのかも?今日も疲れて帰り、転寝つもりが・・・4時間半近く眠ってしまった。そして痛みで目が覚め、今病院から帰ってきたところである。まだ勤めて二ヶ月近くであるから・・・・焦らず・・・頑張ろう!
2006年07月26日
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夜10時に痛み止めの注射を打つため病院へといつもの道を車で走っていた。一瞬夜空が明るくなる。まだ梅雨が明けていないので、雷でもなっているのだろうか?そして、車の斜め前の空に大きな大輪の花火が光る!( ̄△ ̄;)エッ・・?今日って何処の花火大会?平日である。しかも、病院へ行く町内の海側でとても近い。どうみても素人が上げる花火ではない。病院に着くまでに10発くらいの花火が見れた。花火を見ると、この年齢でも心がわくわくする。なぜ?病院に着くと看護士に今日って何処かの花火大会なの?祭り?看護士曰く、夜の10時前から急に花火の音が・・・・迷惑ね!そうか!人によっては迷惑に感じるのか!おいらは童心なの?本当に得した気分で帰ってきた。
2006年07月25日
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私が習っている華道の先生はとても褒め上手である。私の育ちからにして褒められるということは余りなかった。だから、私が最初生け花を始めた頃に筋がいいとなどとお褒めの言葉をもらうと私はとても気恥ずかしい思いがした。でも、適度な褒め言葉結構自分に自信が持てることが分かった。こうしたことは、私が子育てで欠けていた点でもあることに気がついた。
2006年07月24日
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父親としてこれは避けて通れない道なのだろうか?娘は昨年の秋頃に彼氏が出来たらしい。一度我が家に娘が連れてきた。彼氏は今は京都の大学生だ。娘は名古屋の大学生。今年の春から娘は暇が出来ると京都へと行く。最初は反対をしていた・・・・だが、若さの感情は抑えることは難しい。娘には自分の体を大事にすることと、性に対して男と女の違いをそれとなく伝え自分を守ることは自分自身しかないことを伝えた。これからの自分の人生を一時の感情で進むことは、後から必ず後悔するし心と体に傷が残る。本当は娘には、学生としての本文を全うしてほしいのだ。自分にも経験があるから、親の意見はきっと・・・・今の言葉では”うざい”と思っているかも!息子は息子で、失恋から中々立ち直れずにいる。親は、それでもじっと見守るしかない。
2006年07月23日
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2011年からテレビが全てアナログからデジタル放送になるという。我が家は、一年半前に以前のテレビの調子が悪くなりデジタルテレビを思い切って購入した。ただ、当時はBSのみがパラボナアンテナでハイビジョンが見れた。購入当時は結構綺麗な画像に可也高い金額で購入した甲斐があったと思っていた。そして、今年に入ってテレビを購入したお店の方がこの地方も地上波デジタルで綺麗な画像が見れるということで、配線を変えてくれた。しかし、この切り替えで問題が生じる。デジタル波というものは、少しでも電波が乱れると音も画像も全く映らなくなるのである。そうした時は、テレビの裏側の配線をアナログに切り替えると画像が悪くても映るのだが・・・私が一人の時はテレビ自体が重く動かすことが出来ない。そういう時は仕方なく、BS放送のみを見ている。この先も地上波デジタルでは、デジタル波乱れが生じるのであるか?なんだか、非常にクリアーな画像を見れるのはいいのだが、それ以外に問題が多いと思う。2011年の切り替え時には、今以上の問題点が出ると思える。
2006年07月23日
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日記を書こうと思っていたが、どうもこの数日仕事を終えて帰ってくると・・・・・バッタンキューと横になってしまう。今日は、久々の晴れに疲れた体も何となく調子がいい。やはり雨の日などは体も心も滅入る。報道ではこの梅雨の豪雨で多くの被害が出ている。今の所私の住んでいる付近は無事だが・・・・自然は容赦がない。人が望むだけの雨だけを降らしてくれるということはない。梅雨は日本でなくてはならない。日照り続きだと、水不足に困るのだが・・・・・・豪雨はいただけない。
2006年07月22日
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これまで私は人の目を気にしていたらしい。このブログでも、車に乗るとぐったりと書いた。今も、疲れはするが今日は自分のペースで仕事をした。仕事を終えると、これまでのようなひどい疲れはない。たぶん今日はマイペースで仕事をこなせたからだと思う。私の悪い癖で、失敗しないように・完璧な仕事をと思ってしまう。完璧な仕事など、そう出来ることではない。それに人目を気にすることも疲れを倍増させる原因でもある。役所で勤めている以上、来所される利用者の方には目を配らなければならないが仕事仲間まで必要以上の気を使うことは避けることが自分の精神も疲れなくなる。これが分かっただけでも、今日の収穫はあったと思う。
2006年07月18日
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深夜というよりもう朝方というべき時間です。午前4時に病院へ行って痛め止めの注射を打ってきました。新しい仕事について、これで二回目の夜中の通院です。これまでうまく痛みをコントロール出来ていたのですが、こういうことが起きるとコントロールが出来なくなるのではと心配になります。朝方の4時は結構空が虱、痛みが取れる帰りの時間はもう少しで日の出の時間になるのだなぁ~なんて思いながら家に戻りました。後30分くらいすると、新聞屋さんが配達に来られる時間です。私が帰って来る時には、もう近くの農家の人が既に働いていました。朝の涼しい時間に畦草刈りをしていたのでしょう。その方は、もう78歳になるのに達者な方です。ご近所ですから・・・・・昔、私が子供頃は結構口やかましいおじさんでしたが、今は時々同じ病院で会うこともあります。少し血圧が高いらしいので、おじいさんも体に気をつけて働いてもらいたいです。外では、朝ガラスがカーカーと鳴いています。これから少し横になります。
2006年07月16日
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近年親がわが子を自身の手で命を奪うという痛ましい事件が多い。また、虐待という悲惨なことも記事で目にする。社会では、そうした親の多くは子供時代に同じような虐待体験をしている反動だと解く学者もいる。でも、私は何がなんでも子供を虐待したり殺すなどということは許すことは出来ない。私が幼少頃は、田舎では子供も労働担い手であった。私の家では農家であったので、つくづく自分の生まれた環境に可也反発はあったが、それでも親の労働を見ていると文句も言えないと思えた。私が父から一度顔を殴られたことがあったが、たぶん自分が悪いことをしたのだった思う。私が親になって、初めて知ったことは子供と接することは忍耐であることに気づいた。我が子ゆえ耐える事が出来たのだろう。世の中には、血を引かないのに懸命に育ている人も多くいる。本当に頭が下がる。お願いだから、純粋な子供の命を奪うことだけは避けてほしい。現実的に厳しい生活ならば自分の子供を支援している所に預けてもしかないと思うので、どうか子供の命を守ってほしい。命さえあれば子供には、生きる力がある。例え親を恨んでも、生きていれば子供が大きくなれば自分の人生を歩める。これは、綺麗ごとだろうか?!
2006年07月16日
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健常の方が思う以上に、途中障害を持つという事はきっと分からないと思う。障害の程度にも違いはあるが、想像以上のものが障害を得た人にはショックが大きい。どうしても、自分が健常であった頃の生活や立場、それと障害者への関心度によっても異なる。自分の経験からにして1自暴自棄2他人転化3周りへの怒り4自分の障害への拒否5元の健常の時へ戻る(必ず治る)6藁をも縋る7医療者への不満8自分を追い込む(心の病)9他人との接触拒否10同じ障害者の情報や仲間を求める11自分に出来る事を考えるか・絶望から他人へ依存する。12社会参加か・自分の殻に閉じこもる。13障害を受け止めるか・全く受け止めれなくなる10まで到達するまでには私は10年近くかかった、10~13は個人や周りの環境で異なってくると思う。健常の時は、ほとんどの方が障害を想定して生きる人はいないだろう。ただ、障害者をどう思っているかが本人が障害になった時には心の持ち方が大きく変わってくると私は考える。人生は短いようで長い。自分の意としないことも起こる。そうした、想定外の人生を迎えた時のことも少しは考えることは決して無駄ではないと思うし、健常あることの有り難さも分かるだろう。人は等しく時間経過と共に老いていく。それは、少なくとも老人性的な不自由も其々の違いはあっても何れ訪れるということである。
2006年07月15日
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私は、車椅子で今度仕事で少なくとも同じ姿勢で8時間半はいる。私の体力不足なのだろうか!ひどく疲れる。もちろん、仕事探しの期間中一日の過ごし方がほとんど横になったいたことがいけなかったかもしれない。それでも、前回の会社勤めの時は6時間労働にはこれ程疲れることはなかった。しかし、今回の仕事についてからは就労が終えて自分の車に戻ると疲れがドッと出る。今日は、それに増して眠気までくる。私の甘えの性だろうか?
2006年07月13日
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我が娘これまで洗濯をしたことがない。そして、今日初めて洗濯をした。洗濯といっても昔に比べれば洗濯と言える作業か?と思うが・・・・。私が甘やかした為か、自分から洗濯をしなかった。今日は久しぶりに娘が一日家にいる。電話で洗濯を頼むと、どうするの?と聞き返す。まぁ~恥ずかしながら手順を順番に説明。家に帰るまでまともに洗濯を終えているか?心配まぁ~洗濯機が全てやってくれるのだ。あとは、干し方だが・・・そこまで注文することはしなかった。今は、娘が親父の洗濯物と一緒に洗濯することを嫌うということを聞いているから・・・・まぁ~これでもいいかと、自分に言い聞かす!有難うよ!娘よ!
2006年07月12日
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日本は昭和の時代は、戦後からの復興をスローガンに国民が一丸となって頑張った。それは、戦争は国民一人独りに幸せをもたらすものではなかったと肌に浸みてわかったからだろう。沖縄はもっと悲劇を味わい、漸く昭和47年に日本へ返還された。その沖縄も未だに、真の平和を取り戻せていないし経済的も全国の所得からすると低く失業率も高い。もちろん、北海道も景気は冷えているが沖縄・北海道の経済問題は質が違うと思う。私が生まれた昭和30年代は、もはや戦後という言葉終わったと言われ、そして東京オリンピックと進んでいった。わが国は本当に太平洋戦争や中国・朝鮮を始め東南アジアに対する戦争の総括を真剣に議論したのだろうか?ざっぷりとアメリカの傘の中で、総括して来なかったのでは・・・・と思う。今、国連でも北朝鮮のミサイル発射に対する決議が行われようとしている。中国もロシアも否定か棄権かで日本の国連での提案書が通るかと言われている。昨晩の主だった政治家には、強硬派の意見には先取防衛という言葉が出てくる。北朝鮮放送では全面戦争のなどと物騒な発言も電波に乗せている。どうも、キナ臭い!これまで、内戦も含め中東・イラク戦争を見ても誰も幸せになっていない。どう国民や民族や宗教間のいがみ合いで命を捨てる人が立たない。どうみても、幸せから程遠い!武力なしには解決方法はないのか?北もミサイルを発射して、世界から孤立することをよくよく考えて自重してほしい。
2006年07月10日
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今年、娘と共に私の浴衣を買った。最初は安いものをと思い、ネットで価格安をゲットした。しかし、安いものはどうも仕立てが粗雑でタックを見ると中国と書いてある。やはり、価格安の秘密はあるのだ。仕方なく、娘の浴衣は有松鳴海絞りの浴衣を購入した。娘曰く、父さん買い物はもったいないよ~!そうだ。安物買いの銭失いと私の事である。ところで、浴衣を夏場に着る日本人はどのくらいいるだろう。着物好きの私はネットやちらしを良く見るのだが、浴衣のセールが多い!是非とも浴衣は着てほしい!
2006年07月10日
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これまで、着物は娘購入の為と思いあえてお店紹介はしていませんでした。これまで、私がお世話になって信頼出来るお店と少し私には手に届かないけれど魅力的なお店などをアップしました。これから着物を購入される方・娘の晴れ着を考えている方に参考して下さい。私も数々の失敗の中から、着物は高ければいい物ではないことは確かなようです。少し手に入りにくいかもしれませんが、オークションで結構お安く購入出来るケースがあります。それと、着物の場合は長襦袢と着物は対になっているので違う店で安いからといって別々に購入すると失敗してしまうことが多いです。私も、中古でいい物が出て購入しましたが裄丈・袖丈さえチェックして購入しましたが、袖幅が違って結局寸法直しで高い買い物になった経験もあります。着物は手にしないと色が違ったり、着物生地が自分の好みと違うこと多々あり仕上げる前に手元に一度確かめられる方がいい場合があります。これは、お店によって違うことがありますのでサイトのメールや直接電話で確かめることが失敗しない方法です。それと、仕上げてもらった着物を送ってもらう時にも丁寧な梱包と上質のたとう紙で着物の折り目に当て座布団をつけたたみしわが出来ないような配慮もしてもらえるお店もあります。着物は最近、庶民から離れたところの民族衣装になりつつありますが・・・・・私は残念です。私は男ですが、男の着物購入して時折着ています。今も、今年購入した浴衣を着てブログを綴っています。
2006年07月09日
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私の両親は、日ごろからよく喧嘩ばかりしていた。子供心にそんなに喧嘩するなるなら別れればなどと思っていたが、我が両親は離婚なく既に父は他界してしまった。そうして、私が結婚して少なくとも子供前では喧嘩はしないように心がけたが、それでも離婚という結果になってしまった。そして娘を含め息子も、離婚後は私が父子家庭の中で育ててきた。息子は離婚後、別れた母親とどう接しているのかよく分からない。娘は、自動車免許が取ると別れた母親の所へ時々泊まりで遊び行っているようである。娘は心は複雑であろう!大学を進学する時も、どうしても心理学を学びたいと私の意見も取り入れることなくその道へ学びを始めた。娘の話では、心理学に入って来る人の多くは自分の心に何らかの傷を持っている人が多いらしい。それを解明する為にも心理を学び自分を知ることになっていると娘から教えられた。今日は娘が私に気を使って映画を見に一緒行ってくれた。昨日は母親のやっているダンス教室について行ったようだ。彼女の中では、両方に気を使って公平に付き合おうと思っているのかもしれない。子供に気を遣わすなんて・・・・・と思うが、娘への感謝も一入である。
2006年07月09日
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困ったことだ。私の性格がどうも災いしていると思う。つまらないミスを犯してしまう。もっとチェックきっちりすれば防げるのだが・・・・性格の為?否言い訳か!人には完璧ということはないが・・・・・ミスが多くても困る。それも、致命的なことか?!それとも上司で良かったのだろうか?落ち度には決して言い訳はしない。申し訳ありませんと謝ることと、どう防ぐかだけである。
2006年07月06日
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私が目覚めテレビのスイッチを入れる。北朝鮮がミサイルを発射三発というニュースが飛び込んできた。( ̄△ ̄;)エッ・・・・・!止めもない不安があふれる。そして、暫くすると四発のミサイルが発射を確認という。どうして、このタイミングで発射したのだろう?一時期の日本が孤立していった時代と同じでは・・・・・などと思ってしまう。脅威な国というレッテルが張られてしまうのに・・・・脅威というとアメリカという国も違う意味で怖い!どうも、日本という国も何処に向かっているのか分からない。それ以上に北朝鮮の行動はもっと分からない。暴走してしまっている。自制してほしい。昼前に情報でミサイル7発発射か?というニュースが流れた。これからどうなるの?平和は努力無しでは成り立たない。非難は誰でも出来る。でも、話がかみ合わない人がいるのと同じようにどうにもならない国もあるのだろう!自国に国民が幸福を味わっているのだろうか?疲弊した中ではまともな判断が出来ないのでは・・・・・と思ってしまう。
2006年07月05日
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昨晩はどういう訳か眠りが浅かった。もちろん痛みが眠りを妨げるけれど、それはもう毎日のことだがそれ以外に何故か眠れない理由があったのか何度も眼が覚める。深夜の痛みは、レペタン座薬が少し和らげてくれている。仕事に就くまでは、深夜の注射に頼っていた。今は、早朝に病院お願いして注射をしてもらうことになっているので、深夜はどうしても我慢せなければならないのだ。眠れぬボーとした頭を何とか目覚めさせ、一路病院へ注射し出勤する。当然、仕事場には始業の30分前には着く。その間に朝食らしきものを口にする。今日は一日無事な仕事を終えることを祈りつつも仕事が始まれば時間は過ぎていく。一ヶ月も経つというのに、未だに緊張感が残る。自分の仕事と平行して外部から電話応対にも気をつける。やっと終えて車に乗ると、そういう訳か下肢痛が待ってましたと襲ってくる。また一路病院へ直行する。家へ帰ると兎に角横になりたい。そして、いつの間にか眠りへ・・・・・!そして今目覚めました。これから夕ご飯のおかずを買いに行ってきます。今日は、平凡な一日を過ごせ感謝しています。
2006年07月04日
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どうも仕事についてから電話に関するトラブルがついて回る。今日は、少し納得いけない。なぜ、私の取る電話だけに嫌がらせとも取れる電話がかかるのだろう?相手の方は、私ども対応が不満でもあったのかクレームの言葉を最初からぶつける。私は相手の言い分を聞き取ろうと懸命に対応しようとするのだが・・・・話がかみ合わない。最後には電話の相手が暴力団を知っているから、公務員ぐらいぶっ殺すと言う。これでは、私の手に負えないと思い上司に電話を繋ごうとするが・・・保留中に切れる。私は公務員でもない。単なる障害者雇用で起用された臨時職員だ。一年後にはどうなる身かも分からないのに・・・・!正職員は時間中はほとんど外部からの電話には出ない。非常勤職員が外部電話の防波堤になっているの?と思えてくる。それとも、私だけの電話応対が間違っているのだろうか?でも、仕事だ。嫌でも電話に出る。サービス業の職にあった若かった頃、その会社の専務から外部からの電話は三回まで鳴る内出ろ!と厳しく言われてきた。どうも、それが身についているのか電話が長く鳴ると気にかかる。手が受話器に行く。どうぞ、明日はいい応対ができますように・・・・!
2006年07月03日
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痛め止めの注射を打って病院から出ると、雨がポツリポツリ・・・。脳裏には洗濯物を干してあることが浮かぶ。病院の帰りに夕食の買出しを考えたのに・・・・・。慌てて家へ車をとばす。家と病院との間は7分くらいだ。3分もしない内に雨が止んでいる。雲走りが早い。通り雨か?じゃー買いものへとも考えるが、やはり洗濯物が気になる。とりあえず家へ戻ると、雲の間から日差しが出る。まぁ~暫く様子をみることに・・・・。買い物は夜にと思う。
2006年07月02日
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我が娘は今年で二十歳になる。息子は二十二歳だ。私は離婚して十年になる。決定的な離婚理由は妻側にあるが・・・・でも、そこまで追い込んだのには私自信にあると今では思っている。ただ、子供達の親権を私が取り別れた妻の間には色々条件があり後からトラブルにならないように知り合いの弁護士事務所に仲介をお願いして約束事は文章にしてある。別れた妻も生まれた子供達を幼い時には、彼女に押し付けてきた。その後子供達が思春期時代には父子家庭として色々悩みながら育ててきた。でも、やはり子供達にとっては母親にしか相談出来ないこともあるようで別れた当初は私に隠れて連絡していた。それは、私にはとても屈辱的なことであった。隠れて連絡されるくらいならばオープンに連絡させた。子供特に娘は18歳頃から、妻のところに泊まり行くようになる。別れた妻には既に新しい生活があり、夫もいる。そこにわが子が泊まりに行くことが、私にはとても許せないことだがそれを娘には自分の気持ち言えない自分がいる。ジェラシー!娘にはそう思われたくないと自分の気持ちを閉じ込める。今日も娘は母親のところに泊まりに行った。
2006年07月01日
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私服の時という言葉ある。私の私服の時は、華道(池坊)で生け花をしている時とその後に頂けるお手前のお茶を飲んでいる時になる。生け花には、流儀と決め事があるがその中にも個々の表現が生まれる。絵を描くことが好きだった私だが、この何十年とキャンパスに向かうことがなかった。でも、華道にも共通することがある。それは、バランスと美意識である。ただ、油絵の場合は自分の表現の為には見えないものも描き入れたり省いたも出来る。しかし、生け花は自然の素材を如何にうまく生かすかも問われる。上達するときっと矯正していける方法もあるのだが、今の私の腕前ではそこまで覚束無い。それでも、先生から今日のいけ方にお褒めを頂き自分のいけた花を見ながら、一腹のお手前を頂けことは幸せである。茶道も娘が一緒の時は、作法や所作を見せて頂きながら時には濃茶と薄茶を頂ける。自分も茶道も習いたいと思うが、立つ事ことも出来ず座るのも正座が出来ない私には無理である。侘び寂は和の心と思う。今のご時勢日本人の忘れてしまっているところに茶道・華道がある。一面から考えると、庶民から背を向けられている茶道・華道の中にも反省せねばならないところがあるのではとも考える。
2006年07月01日
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