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夕闇につつまれし空見上げれば一番星かと心残る自作06.09.30
2006年09月30日
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色々なブログがあります。私もたわいない日々のその日感じたことを綴っています。色々な方の訪問もあり、コメントを頂けけることもあって嬉しい限りです。昔なら考えられなかった情報網ですよね!私が若いころは、雑誌の投稿中に文通希望などということで知らない人と文通をしたことを思い出します。その頃は、如何に文字を綺麗に書くかに悩まされました。字は人を現すこともあり・・・私の場合は綺麗な文字では書けないことで少しでも丁寧にと思って書いていました。懐かしい思い出です。そして時代と共にこうしたブログという表現方法が出来るようになって・・・・・本当に驚いている自分がいます。使い方では、悪にもなりますが・・・そうした人は一握りの方だろうと信じています。
2006年09月30日
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ため息がほとばしり来る毎日が何処からか来る風に紛れる自作06.09.29
2006年09月29日
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もう体が悲鳴を上げている。そうだ!きっと自分の驕りだろうか?障害者は、人並みに仕事をしているだけではどうも評価されないことが多い。それを割るきって仕事している人も多いと思う。されど、私の性格からすると人の目から見て良く頑張っているくらいでないと仕事への評価はもらえない。自分の評価など自分で出来ると思う人と評価は他人がするものとするなら、私の考えは後者の方である。それゆえ、どうも自分の仕事がオーバーワークになってしまう。体と心が崩れ始めるまで、自分では追い詰めてしまう。これも性なのだろう!
2006年09月29日
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おかしいなぁ体が熱い悲鳴上げ嘔吐を感じいざ病院自作06.09.28
2006年09月28日
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カーテンを開けると晴天である。目映い光が窓から光を放つ。いい天気だ!溜まっている洗濯物・・・・!でも、仕事だ。そうそう早く起きて洗濯出来ない。困った。でも、蒼い空は気持ちがいいなぁ~!
2006年09月28日
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今回の阿部内閣は電撃という人事はなかったようだ。でも、小泉政権が誕生した時のメディアの異常な加熱報道と違うので、私は安心した。この政権にサプライズという人事は不必要だと思う。阿部総理の生真面目さを出来る限り貫いてほしい。それと、小泉さんのような言葉の説明がないようなことは好ましくない。政治は、分からない人に如何に分かりやすく説明するかが問わせると思う。そうした中で、小泉さんの政治はキャッチコピー的なものと説明不足がとても政治を分かりにくくしたような気がする。阿部政権を危惧するところは、右よりと言われることが少し心配である。美しい日本という言葉は、どうも具体性に乏しい。キャッチコピーとしては落第点だと思う。
2006年09月27日
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今日は、仕事から帰る途中で空を眺めた。澄み切って空は夕日で薄いブルーから深い紫になろうしていた。今日は特に月が遠くに感じた。その月は、三日月で何となく悲しくみえた。なぜ?
2006年09月27日
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しとしとと肩に降りそぐ雨粒や我寂しきも秋感じ自作06.09.26
2006年09月26日
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昨晩は色々な夢を見ることが出来た。余り内容は覚えていない。でも、怖い夢ではなかったようだ。このところ夢を見たという記憶がない。体が疲れているのだろうか?
2006年09月26日
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美酒なれどほろ酔い加減いざ怖し中秋月も手錠と見え自作06.09.26
2006年09月25日
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週初めの朝、時計のベルが2個鳴る。早く起きろ!けたたましい!脳が動かない。目が覚める前に、心の葛藤だ。もう数分眠るかというこれまた、幼い日から同じ心との葛藤だ!成長しないなぁ~!
2006年09月25日
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リフォームは考え方によっては、無駄のない方法かも!今の私は結構、着物に凝っている。ただ、安物がの銭失いという言葉があるがこの言葉は私に当てはまる。安いということから、自分の着物に関してはフリーマーケットのオークションで落としている。されど、意外と汚れとかシミなどに関しては書かれている以上に( ̄△ ̄;)エッ・・?という感じだ。折角購入したのだから、なんとか着るようにしているが・・・・・どうも納得出来ない。着物の場合は、あらはりなどリフォームが出来るのだが・・・・そうなると新品を買った方が安くなるということになってしまう。最近も長襦袢をリフォームするか、否か迷っている。
2006年09月24日
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夜の風快くもあり冷たくも
2006年09月24日
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昼から始まった。吉田拓郎とかぐや姫つま恋野外コンサートの再現だ。私は、中学から深夜放送で漸くフォークというジャンルに目覚めた。吉田拓郎は高校時代熱狂的なファンの一人と友達となり、ついつい彼の曲を聴くことになった。当時の彼の曲は、時代に反抗的で兄貴的な感じでそういう考えの歌い方もあるのだと教えられた。一方のかぐや姫は、三者三様の個性的な歌が魅力的だった。今日の生放送は前から見たいと思っていた。そして、始まった。吉田拓郎は、テレビに出てから少しずつ当時の彼らしさが薄れてはいるが・・・・されど今日の生は期待していた。病から生還され、少し丸くなってしまったのだろうか?顔も年並になってしまった。パンチも声の張りも以前とは違うが、病の後の彼の声を聞けてよかった。かぐや姫は、22歳の別れが最高に自分の思い出と繋がった。最後まで見たかったが、9時に娘が帰ってきて・・・・・番組を変えてしまった。最後まで見れなかった。くそう!
2006年09月23日
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緑茶は健康にいいという。血圧、癌予防などいいそうだ。されど、一日一杯くらいでは効果がないらしい。効果を得るには、普通の湯のみ茶碗で8~10杯は飲まなければいけないらしい。私も結構緑茶は好きであるが・・・・・いつも多少高価なお茶葉を購入してはいるものの、一日に葉を変えることはない。つまり、最後の方は出がらしになってしまう。これでは、どれだけ飲んでも効果はないのかも?この前にに姉にお茶を出したら、とても怒られた。なぜなら、宵越しのお茶葉を使ったからで・・・・昔からお茶葉は宵越しは葉が腐って体に悪いと一般常識だそうだ。まぁ~身内の姉ではあるが、使い古しのお茶を出す私の方が失礼をした訳で怒られるのも当然だ。ということで、やぶきたのアフィリエイトを貼り付けました。もし、宜しければ一度ご購入して下さい。
2006年09月23日
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画面より青き空広く彩じゅうたん自作06.9.23
2006年09月23日
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柿栗と実る果実に舌なめり農家の苦労胃袋収め自作06.09.22
2006年09月22日
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静々という言葉の表現からどうしても和的な歩くしぐさを連想する。静々という言葉の響きがとても気に入っている。落ちつき中に凛とした姿勢が浮かぶ。どうもこの頃てんやわんやの中にいる状態が続いているから、そうした言葉浮ぶのかも・・・・!
2006年09月22日
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やはり・・・やっぱりか!人の底に流れる中には人と比べてしまう何かがある。綺麗ごとだけでこの世の中生きてはいけない。されど、職場には差別はしてはいけませんというモットーがある。でも、それはお達しに慣れつくした集団の建前であるケースもある。一人ひとりは人間であるから、人間の本能は隠せないはずだ。でも、そこを建前で語るから歪が現れる。この私すらも浮いているのかも?!
2006年09月21日
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とても今日は空が澄み切った日だった。秋の空は、吸い込まれるような青さだ。青・蒼・藍・・・・いい色だ。私は、この色が好きだ。
2006年09月20日
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目が回る忙しさと表現するが、今日はその言葉に匹敵するくらいの忙しさだった。こうも忙しいと、人は感情というものが停止してしまうのだろうか?一人ひとりの顔の表情が読み取れなくなってしまう。其々の人は、其々の悩みを持っているのが・・・・・それも考えていることが出来ない。まだ、十分仕事を覚えていないこともあり自分の心に余裕がなくなってしまう。どの仕事にも当てはまることだが、職場は人件費削減に進んでいる。でも、サービスを提供する所が本来のサービスが出来ないことは異常と思える。これは、公的にも民間にも共通する問題だと思う。
2006年09月19日
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楽天アフィリエイトを久々にアップしました!パリ・農産物コンクール2005金賞受賞のワインお勧めも掲載してますよ!着物は高価ですが・・・・・素敵な着物ですよ!見るだけも価値あります。アレンジ花は可愛いです!
2006年09月18日
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異国へ旅立つ君に思い馳せれば紺碧の海に交ざり消え自作06/9/18
2006年09月18日
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懐中に抱かれし君松も枯れ針も止まりて姿も朽ちる自作2006/9/17
2006年09月17日
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与謝野晶子作しのび足に君を追ひゆく薄月夜右のたもとの文がらおもき絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ水ゆるきひと枝の野の梅をらば足りぬべしこれかりそめのかりそめの別れ
2006年09月16日
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与謝野晶子作みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこすほととぎす嵯峨へは一里京へ三里水の清瀧夜の明けやすき
2006年09月15日
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人は不幸を自ら望むことはないだろう。なのに、なぜ?人は老いる。子供はその老いた両親の面倒をみる。こうした光景は、言葉の上では暖かい光景のように見える。だが、その光景は外から見えるから素敵な家族の絵になるかも!両親が二人とも寝たきり。子供も60歳近くなる。子供は二人・・・・長女と長男。長女の方は、夫が脳梗塞で看病している。長男は親の面倒をみて・・・・婚期も失い一人で両親を介護している。両親を面倒みるには、仕事出来る状況ではないが・・・・・でも、介護には一人では出来ずヘルパーさん達の介助が必要だ。介助をお願いすると・・・・相当の負担がかかる。長男は、その為にも仕事をしなくてならない。でも、両親の面倒全てを介助に委ねる費用が出せない。親の面倒を見ながら近くの職場を探そうとするが・・・・そうそう職が見つからない。悪循環が続く。どうすればいいのだろう!この日本の福祉って何?親孝行の息子になぜこんな苦労が付きまとう!息子は一層深いしわを顔に刻みこむ。心はクタクタだろう!どんな手立てがあるの?孝行息子に幸せな時間を過ごさせてほしい!日本の制度は、どうなっているの?
2006年09月14日
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この頃、幸せって何だろうと考える。人はよく健康さえあればという・・・・そうなると健康でない人は不幸せなのだろうか?人はよく五体満足であればという・・・じゃ~五体に障害を持っていると不幸せなの?人はよく回りに祝福を受けて結婚という・・・強硬な結婚は不幸せなのだろうか?人は長寿を願う・・・・では短命だと不幸せなのだろうか?人は金がないより有った方がという・・・では貧乏は不幸せなのか?どうも幸せという言葉の中には他人と比べるという概念があるのでは!まず、己の生き方に自信を持っていれば人と比べることはない。人の顔色を伺いながら生きることは息が詰まる。かといって自由奔放が幸せであるとは言わない。一時気配りという言葉が持て囃された。気配りは世の中を渡る為の手段であって、自分を幸せにするアイテムではない。幸せであると思えるのは、平凡な生活の中にきっと隠れているのでは・・・!
2006年09月13日
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親王様のお名前が決まったというニュースが、今日のトップ。悠仁様だとか。親は子供の名前を考える時、本当に悩む。子供に託す親の心が其処には読み取れる。悠という言葉を選ぶには、相当お悩みの上にお子様に託す心が悠の文字に表れている。折りしも、我が息子も悠という文字を付けて22歳になった。果たして親の気持ちを汲み取ってくれているのだろうか?わが息子は、大学は現役で入ってほっとしたものの・・・・・どうやら5回生突入に決まった。( ̄△ ̄;)エッ・・?悠々過ぎるじゃん!ほんまに困ったものです!(;´д` ) トホホ
2006年09月12日
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私の亡き父は、今から33年前に飲酒運転のあげく一人の尊い命を奪ってしまった。私が、高校2年の3月の初めであった。つまり、加害者の息子である。父は、その後交通刑務所へ十ヶ月服役した。私の住んでいる地域では、当時あからさまに非難される人も沢山いた。それは、言われても仕方ないことだと思っている。当時、私は思春期も真っ只中で自分の人生もこれで終わったと思った。当の父も苦しみ、そして二年後脳血栓で倒れた。親族も当時は、助けてくれる人と見向きもしない人もいた。私は、グレルことはなかったが・・・・父を許せる状況でもなかった。亡くなられた方は、大黒柱で子供達は既に社会人にはなっていたが・・・今でもきっと許していないだろう。通夜の席に、母が代わってお詫びにいったが被害者から罵倒され帰ってきた。それでも、何とか弁護士さんが間に入り我が家の精一杯の償いをさせてもらった。被害者になることは当然許せない事故で、怒りを抱き人生を狂わせる。また、加害者の家族も苦しむ。そして、この数年前に飲酒運転の刑罰が一層厳しくなった。なのに、未だに酷い飲酒事故が耐えない。こうしたニュースを聞く度に、未だに私自身心が痛む。加害者が苦しむのは当然だが、被害者は何年経っても消えることのない傷を負う。我が父は、晩年は寝たきりになり十七年前に他界した。されど、私達家族は加害者として死ぬまで罪を負って生きていかなければならない。もうこれ以上飲酒からの被害者も加害者もこの世から出してほしくない。双方に悲劇を生んでしまう。私が、車椅子生活なっているのも当然の運命なのかもと時々考えてしまう。
2006年09月11日
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鈴鹿の白子サンズの華道展覧会が今日の日曜日が最終日だ!昨日の土曜日は150名の入場者があったようだ。ミニの可愛い生け花も20点くらいある。池坊ではミニ花は池坊のお家元からの有資格者だけが展示できるらしい!可愛い香水のビンとか小ぶりの如雨露など、家の中のちょっとしたスペースに飾るには素敵だ!でも、実際生けている方を見ているとピンセットで細かな生け方をしているので、見たほど簡単なものではなさそうだ!私はまだまだであるが、そうした中で展示させて頂くことに感謝する。最後の今日も、手直しを朝に行ってきた。
2006年09月10日
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9月に展覧会があることは先生から伺っていた。先週の金曜日は、疲れもあって稽古を休んでしまった。そして、昨日夜稽古へと先生宅へ入った。すると、華展の話がいきなり飛び出した。材料が届いているから・・・・と、先生が用意してくれる。生ける器も準備・・・・・うん!いつが華展なの?オソロオソロ聞いてみる。明日(つまり今日)ということだ!( ̄△ ̄;)エッ・・?心の準備が出来ていない!増して・・・・自由花だ。一度も生けた事がないのだ。先生曰く自分の思ったように生けなさい!(一応構図は出来てはいるし、先生もそれようの材料を揃えてもらっていた。)が、格闘すること2時間!先生からのOK!が出た。その後は、もう一杯稽古用の生け花もあり・・・・終えたのは深夜0:00時であった。そして、今日が本番・・・8時半に会場で生けるのだが・・・・肝心の先生の登場が中々見えない。他の人は、自分で材料を持ち込んでいるが・・・・私は先生の配慮で先生が材料を会場へ持ってきて下さることで、他の人の生け方を拝見して時間を過ごす。四日市支部の池坊の華道展覧会のようで、知らない人(先生達)が其々手際よく生ける。ほーと感心しながら・・・・一時間遅れで、我が先生登場である。漸く、自分の自由花を生ける。こんなのでいいの?鈴鹿の白子のサンズという会場で明日まである。明日も朝に手直しがあり、午後5時に片付けに行かなければならない。生け花は、何気ないところにや生ける場所で生える。何となく、生け花が勢揃いしているとよい生け方であっても引き立たないような感じするが・・・これは、私が生け花の初心者だから違和感を感じただけだろうか?
2006年09月09日
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サービスの中で最も公の職場の仕事内容が未だによく判らない!平等とは何?あちらを立てるこちらが立たない!つまり、事なきよう仕事を進めることなのだろうか?公的仕事にはクレームが付き物である。でも、仕事の中には白黒つけられないこともある。民間的な考えでは対応してはいけないこともあるようだ。毎日が変化の中で、仕事をこなす。こなすだけならそう難しいとは思わないが、サービスという観点と公平な対応を結びつけることを考えると結構難しい。自分の立場は、今何処にあるのか?考えの視点をもう一度見つめ直す必要がありそうだ。
2006年09月08日
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人は時間と共に考えは自然と変わっていく。それは、根底が揺らぐのか?である。でも、生きる中で人の影響を受けること大きいだろう。されど、朝令暮改のようでは困るのだが・・・・そういう人は結構いるようだ。
2006年09月07日
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秋篠宮家の喜びはさぞや大きいことだろう!これで、雅子様も世継ぎから一歩下がったところから見れることで、ご病気も早く治るのではと思ってしまった。私は、皇族家に生まれることが一番幸せと限らないのでは・・・・などと思ってしまう。自分の意思意外での束縛は想像以上だろう!愛子さまの女系天皇の話も薄れることだろうが、天皇になることが愛子様に幸せを運ぶとは限らないから今回の事は、全て良しと考えた方がいいと思う。この中で、紀子様の運が大きかったのではとつくづくご苦労さまと感謝します。仕事場では、淡々と仕事が進んだ。
2006年09月06日
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今日はひどい仕事量となった。人と懇談することは、エネルギーと緊張感で疲労度一杯一杯である。それは、私の痛みの抑える効果があるものと思ってはいるが・・・・・適度を超えると、疲労困憊に陥る。人と話すことに、こんなにエネルギーがいるとは思っていなかった。なんだか、自分のパワーを吸い取られる感じすらしてしまう。適度な緊張感で人と接することは出来ないものか?
2006年09月05日
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これまで痛みは注射が最も思っていた。でも、仕事で来所している人達と色々相談や話をしていると意外と痛みきつい時でも何とか我慢出来る事に気づいた。以前、美空ひばりさんが大腿骨の病気で舞台に立つまではベッドに横になって幕が開くとシャッキと立ち、舞台が終えると倒れるように病院へ・・・・という記事を読んだことがあった。それは、とてもオーバーだと思っていたが、これは、自身の緊張感ややり遂げるという気持ちの持ち方である程度は痛みは抑えられると思うことが出来た。これは、決して体にいいことではないかもしれない。だけど、自分の知らない所で体の一部から痛みを一瞬でも抑える物質が出るのではと思える。私の場合は、今までの仕事で対面的な業務ではなく、ほとんど在宅という中で自分に甘えがあったのかも?知らない人と話をする中で緊張感が生まれる。痛みは、体で感じているが人と話している間は何とか自制心が働く。どうしても痛みが苦痛になると、座薬でコントロールしている。ただ、一日中緊張感を保つことは出来ない。仕事の8時間を終えた後は、本当にくたくたになる。病院へ直行することには、以前と変わりないから・・・・完全な改善策でもない。でも、これまでの自分と比べると8時間余り痛みを辛抱することは画期的なことである。
2006年09月04日
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もうこの頃、食事はコンビニかスーパーの出来合いの食で済ましている。息子が大学に入る頃までは、父子家庭でもそれなりに手作りの料理をしていた。息子自身が、出来合いの物を好まず仕方なく料理を作っていた時期もあった。昔、別れた妻が貴方の食事のを作ってもおいしいそうに食べてくれないから、作り甲斐がないなどとよく言われたものだ。自分が子供達の為の、懸命に作っても残されるとがっくりした。別れた妻の気持ちが、その時よく理解出来た。それと、自分が食欲がない時に作る料理程、苦痛なことはない。それが、息子が大学で家を出て、娘との食事は至って粗末な食事となる。息子と比べると、娘はどんなものでも食べてくれ・・・・注文などしないので、ついつい甘えてしまう。そして、娘も大学へ入ると食事も友達とするケース多くなり、私がたまに作っても全く箸をつけることもなく、そのまま生ゴミになることが多くなった。それ以来、自分だけの食事はほとんど料理というものではない。栄養を考えると、自分でも大丈夫と思うが・・・・・一人の食事ほどまずいものはない。何を食べても、栄養になるとは思えないのだ。うん~きっと、この調子の食をしている以上長生きなど考えられない。
2006年09月03日
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死の夢を見た。誰かが遠くから私の名前を呼ぶ。白い花びらが舞う。足元が暗くて見えない。手を差し伸べてみても空気さえ感じない。ここは何処?暗闇から声がする。お前のコレまでの生きたことに悔いはないか?と尋ねられた。誰の声?何も答えられない。だって自ら死を決意して自分だから・・・・!悔いは生きたかったことだから!涙が頬をつたう。これが夢であればと思った。
2006年09月02日
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季節は静かに訪れている。8月の末頃から虫の音が一層大きく聞こえる。深夜、私の通院している近くのコンビニで買い物していると、大きな鈴虫の声が聞こえた。数十秒毎に鳴くので、きっと店の季節感を出す為の演出と思っていた。帰りがけに、店員さんにこの虫の音ってスピーカーから?と尋ねると・・・・店員さんが不思議な顔をした。若い店員さんには、いつも聞こえいるからさほど気になっていなかったらしく”音ですか!?””この虫の音は店の外から最近よく聞こえてくるのですよ!”と、この店員さんも虫の音か!と少し聞き入った。これって鈴虫ですよね!というと、”これって鈴虫の音ですか?”と逆に聞かれてしまった。そうだよね!10代か20代の若者には鈴虫の音を知っていなくても当然なのかも・・・・・!いい音色聞かせてもらいました。有難う!と、言って店を出た。秋は、真夏から静々と近寄っているし虫達はよく知っているのだろう。
2006年09月02日
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人の命を奪うことには、一番の悪だ。それに継ぐくらい自らの命を絶つことが罪だと思う。日本では年間、自殺者が30,000人以上いるそうだ。その内、経済的苦悩者の自殺が8,000人いるという。恐らく、自殺を考えている人にどんな言葉を投げかけても聞き入れてもらえないかも・・・・否、自殺を肯定など出来ない。なぜ死に急ぐのか?誰しも、長く生きていく中で心の奥で死んでしまいたいなどと思うことはある。私も漏れなくで、何度も死ねば現状から逃げることが出来ると思った。それでも、今も生きている。現実に死を選ばなかったからだ。死ねば全てのことが楽になるのだろうか?死と生。自然の流れの中で必ず訪れることだが、自らの命を大切にすることが一番だと思う。綺麗ごとだろうか?苦しむ中で、自らの死くらい選ばせろという人もいるかもしれない。残された人の苦しみも考えず、死んでいいものだろうか?朽ち果てるまで生きるのが、自然の流れである。どんな醜い生き方でも、死ぬよりましではないか!醜い定義には、人の命を奪うことは含まれていない。朽ちるまで生きろよ!この世には、生きたくても死んでしまう命もあるのだから!辛くても生きろ!孤独となげ悲しみ死を選ぶな!病から逃げるな!お願いだから、死への道連れは避けろ!
2006年09月01日
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