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今日は、楽しみにしていたロヨラに行きました。ビルバオから車で約1時間くらい、高速道路と山道を走ると、いきなり視界が開けて、聖イグナチオの巡礼教会が見えてきます。ここで起こった回心が、イエズス会の種となり、キリストの福音を世界中に述べ伝えたのですから、イエズス会だけでなく、世界の教会にとって、また聖イグナチオの改心はフランシスコ・ザビエルが日本に来るきっかけとなるわけですから、日本の教会にとっても大切な場所です。 私は学生の頃に、イエズス会の教会でキリスト教と出会い、そこで育ててもらったので、一度は祈りに行きたいと思っていました。ひょんとしたことで、それが実現したので、結構うれしかったのです。 まずは大聖堂に入りました。かなり大きく、金キラしていますが、結構落ち着ける感じがありました。大きいといっても、イタリアの教会のように、遠く遠くに祭壇があるという感じではなく、聖堂内部は結構小さいのかもしれません。今の時期、全然人がいないので、どのくらい大きいのか、見当がつかないのですけど。 一緒に案内してくれた神父様が、イグナチオが生まれて、回心の起こった聖堂に行こうとせかすので、もう少しいたかったのですが、行くことにしました。他のグループがいないので、今がチャンスだというのです。大聖堂のすぐ隣がイグナチオの家です。イグナチオのプロフィールは私が言うよりも、色々と本が出ているので、それを読んでいただいたほうがいいでしょう。ただ、地方の貴族、領主の息子で、騎士を目指していた青年であり、戦争で怪我をして、回心にいたったのです。この辺はアシジのフランシスコとよく似ていますね。 イグナチオの家は、最新のガイドのシステムが導入されていて、日本語もあります。普通はイヤホンを使いますが、ここではスピーカーから音が出てきます。内容も分かりやすかったです。ただ、この家では、私は祈りに専念したいので、回心の聖堂までは一切写真を撮っていません。本当に祈りたいときは、写真は撮らないほうがいいですものね。 回心の聖堂で、真剣にお祈りしました。今までお祈りを頼まれていた人たち、修道会の兄弟達、家族や友人、一人一人の顔を思い出しながら、また自分自身のために祈りました。私達以外に誰もいなかったので、ゆっくりと静かに祈ることができたのは、ある意味で今日一日で一番の恵みだったかもしれません。 祈りが終わると、私のモードはまた写真に戻りましたけれど、結構祈りがいい感じで、後を引いていたので、あまり撮れませんでした。写真集と絵葉書を買っていますから、日本に帰ったら見せましょう。ロヨラに来られている日本人は多いので、あまり珍しくもないかもしれません。 ロヨラが終わると、バスク地方にある私の会の修道院を巡りました。3つ回りましたが、ちょうど時間があわなくて、昼食をいただいた共同体以外では、あまり会員に会うことができませんでした。本部の修道院はイタリア語をしゃべる人が結構いますけど、他の共同体はほとんどしゃべる人がいません。当たり前でしょうか。されに、今日昼食を食べた共同体は、ほとんどバスク語でしゃべっているので、もう完全に分からないです。スペイン語なら、何を話しているかは分かりますけどね。バスク語をイタリア語に翻訳してもらって理解するのですから、私にはハードルが高いのですけど、それでもなんか分かるので、私も捨てたものではないですな。 そのあと、アランザサというフランシスコ会の巡礼地に行きました。山にあって、この地方の保護のマリア様の教会です。。バスク地方は、なんか現代建築が多くて、この巡礼地もそうなのです。ここのマリア像は30センチくらいの小さなものですが、遠くから見ると、その像は点にしか見えないのです。しかし、2回にあがると、案内してくれる神父様が緑のボタンを押すと、なんと壁が回転して、御像が目の前に現れるので、びっくりしました。小さいけどかわいらしい、でもなんか聖なる雰囲気のある顔をしていますね。 それから、ちょこちょこと連れて行ってもらったのですが、夕方5時に戻ってきました。ロヨラの印象は強かったです。どうにか、このたびの間に、ザビエル城も行きたいのですが、さて実現するでしょうか。
2008.01.31

試験休みに入りました。私はとっている科目が少ないのと、初めの2日で全部終わってしまったので、土日をいれたら10日くらいあります。スペインの管区から、一度おいでと言われていたので、思い切って、スペインにいくことにしました。 もうすぐ四旬節が始まりますし、復活祭休みは、もう行くところが決まっているので、おそらく旅はこれが最後でしょう。今回も一応目的があるので、単なる休暇というわけでないので、楽しい旅になるかどうか分かりませんが。 昨日到着していたのですが、街を回るのは今日が最初です。ミサが終わって、すぐに仲良しのブラザーと出発しました。彼はこの前まで、ローマにいたのでよく知っていますし、イタリア語が通じるので、助かります。 ビルバオという街は、バスク地方にあります。この地方は非常に民族意識というか、独立意識が強く、ことばもバスク語をしゃべります。スペイン語と全く違いますし、街では普通にバスク語がしゃべられていてびっくりしました。スペイン語だと時々分かりますが、バスク語は何も分かりません。 この街は、川の右側は現代建築、左側は伝統的な建物が並んでいます。新旧が並んでたっているのが何か面白いですね。 ローマには、現代建築はないと思いますので、なんか新鮮です。しかも、新旧入り乱れているというのではなくて、整理されているので、安心して街を歩くことができます。2時間くらい町を歩いていましたが、特に目新しいものはないようです。 ローマの教会は、大理石中心ですが、ここの教会は石と木でできていますね。特に、カテドラルの扉が木だったのですが、イタリアの教会には木の扉が少ない気がして、なんかこれは新鮮でした。 街をうろうろしていたのですが、昼から近くの修道院に車で連れて行ってくれるというので、2時間くらいの散歩で終わってしました。でも、イタリアとは違う街の雰囲気をいっぱい味わえました。 お昼から車で、隣の修道院まで行きました。1時間くらいでしょうか。神学生の共同体にいってきました。9月に初誓願を立てた神学生が二人いました。お昼ごはんをご馳走になり、食事中も食後も結構色々話ができました。もちろん、イタリア語があまり通じないのですが、一緒に行ってくれた神父様はイタリア語ができるのと、ここの院長は英語をしゃべるので、どうにかコミュニケーションが取れましたよ。 この共同体を出発して、別の共同体に向かう途中、マルタ騎士団のシスターの修道院の横を通りました。ここはヨーロッパに2つしかないらしく、製塩所があります。川に多く含まれている塩を太陽の熱で蒸発させて塩にするそうです。今は新しいところがあるのですが、基本的に方法は同じようです。 そこから、さらに30分くらいで、山奥にある修道院に着きました。ここは巡礼地になっていて、春になると多くの人が訪れるそうです。今いるお年寄りの神父様たちは、ここで修練をしたそうですが、山奥の静かなところです。 イタリアにも、巡礼地はいっぱいあるのですが、スペインも多いようですね。大きな巡礼地ではありませんが、こういう小さな巡礼地というのもいいですね。この修道院は、お年寄りの神父様ばかりいるのですが、とても立派な黙想の家がついていて、びっくりしました。そして、ここには、この管区の亡くなった会員が全て入っているお墓があったので、お祈りしてきました。 帰りは霧が深くて、大変でしたけど、9時前に無事に帰り着きました。さて、ゆっくり寝ることにしましょう
2008.01.31

クリスマス以降、なんか忙しかったり、試験があったりで、とにかく書くだけ書いていた日々が続いていたのですが、最近、3人の方から、「文字ばかりでつまらないので、写真を載せてください」 「読みにくいので、工夫してください」 「散歩の話しだけではなく霊的な話もしなさい」と、続けざまに、お叱りを受けたので、せっかく書くのだから、楽しんで読んでもらえるように、工夫していこうと思います。 少し時期が過ぎてしまいましたが、1月16日がクメレント神父様の命日でした。今になって、「なぜ神父様が生きておられたとき、もっと神父様の生き方をみて、話をしておかなかったのか」と思います。今、修道会のカリスマとか霊性を意識して生活しています。そのモデルを探していると、クレメント神父様の生き方こそが、とてもピッタリしてくるように感じます。 この会には、いわゆる聖人といわれる人が多くいます。誰が見ても、温厚で愛に満ちた姿が人々の心を打つというタイプの人です。クレメント神父様も、もちろん優しかったですし、愛を感じましたけれど、今私の心に残っている神父様の姿は、そそくさとお祈りに向かうものです。「時間ですから、祈らないといけないでしょ」と、いつか言われたのを、思い出しました。時間になったので、自分の仕事とか、ちょっと疲れたという思いを抑えて、聖堂に向かう。この姿の中に、修道者の持つ根本的な姿があるように思います。 キリストと共にいる時間を最も大切にする。ただ、司祭としてすべき役割を与えられているので、自分が好きなようにいられるわけではないけれど、時間が来たら、聖堂に体を向ける。それは、この時間というのが、時間割というのが、彼を縛るものではなく、解放していくものだったということなのでしょう。 がんばって愛そうとしても、なかなか愛せるものではないでしょう。手助けをしたいと思ってもできないこともあれば、教会の分裂を嘆いても何をしていいのか分からない。世界中の人が迷っているのだから、当然かもしれない。ただ、そんなときに、このみことばのままに生きている人がいるなら、何か私達の心の中に熱いものが湧き上がるような気がします。あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。 この現実の世界の中で、病気が一気に治ったり、歩けない人が歩けるようになるという軌跡のような出来事は私達の心を大きく揺さぶるだろう。一方で、何が窮屈に見える生活をしていながらも、その人の存在が何か心に残るというのも、現代世界で、特に今の日本には大切なのかもしれないと思います。 愛というのは、様々な現れかたをするのだと思います。目に見えない愛が、あたかも見えるかのように現れてくるときもあるでしょうし、逆に耳を澄ませば聞こえるけれど、気にしなければ聞こえない風のふく音のようなものもあるでしょう。もちろん両方必要なのですけれど、小さな音のする愛を追い求めていくのもいいなと思います。
2008.01.25
イタリア人の政治好きはよく知られていることで、それは修道院でも同じことです。食卓でも政治の話が始まったら止まらないですし、何を言っているのか、さっぱり分かりません。昨晩の食卓は不運にもイタリア人ばかりの食卓に座ってしまって、なんか首相が辞めるやら何やらの話をしていたので、「つまらん」と思って、「このワイン甘すぎておいしくないですね」って言ってみたのです。すると、話が急に止まって、一気にワインの話になりました。作戦大成功!!前に、ここにも書いたのですが、食卓のワインが変わったのです。しかも先週から完全に新しいワインになったのですが、どうもこのワイン、甘いのです。甘いというのは、かなりの自己主張ですから、好きな人はいいのでしょうけど、どちらかといえば食事の味を楽しみたい人には、なんか違和感があるのですね。それで、ちょっといってみたのですが、どうもこのテーブルの人は、甘いのが嫌い派なのでしょうね。院長が歩いてくると、「フランシスが、このワイン好きではないといっているぞ」と大声で叫んだりするのです。「私のせいにするんではない」といいつつも、私が確かに言ったのですから、「ちょ、ちょとあますぎるんじゃないかしら」と言ってみたところ、またわいわいと議論をしあっていました。まあ、1000本単位で買っているでしょうから、簡単にはなくならないと思いますけど、前の甘くないワインのほうがいいなぁ。 それと、これは夜に書くつもりでしたが、今のうちに書いておくことにしましょう。キリスト教の一致について、今週は毎日祈られています。信仰宣言というのは、教会の信仰を本当によく言い表しているのですが、一つの教会というフレーズは確かに矛盾しているのであって、祈られるにふさわしいことなのです。これはもう人間の力ではどうしようもない状況なのですから。神学的には、この一つということは、きちんと説明されていて、納得できるものもあるのですが、カトリックがあって、正教会があって、イギリスの教会があり、ルーテルがあって、その他の諸教派があるというのは、やはり一つではないという気もします。 日本にいると、あまり教会の分裂というのは感じませんが、ヨーロッパにいると、正教会やルーテルの人は結構多いのですね。それはカトリックが弱くなっているといわれますが、それはプロテスタントが強くなっているかというと、そういうわけでもなく、むしろ世界でキリスト教の力が落ちていっているというのが正しいのでしょう。これはキリストの福音が世に受け入れられなくなっているとことでしょうか?それなら、大変なことでしょう。 この視点から教会の分裂を考えるなら、分裂している場合ではないのでしょう。組織的な一致は今までの歴史の時間以上にかかるでしょうから、それは別問題としても、キリストのうちに一つになるという神の民の考え方は本当に大切でしょう。エキュメニカル運動ということばを目にしますが、これは運動なのか?信仰宣言の一つではないかと思ったりもします。私達は、どのようにひとつになるのか、何がひとつになるということなのか、これは祈りの中で私達が識別していかなければならないことでしょうね。何を何をどのように、どのように、識別するのかすら、分かっていない私達ですが、静かに主に心を開いて、祈りをささげるとき、きっと主が私達自身をお導き下さることでしょう。 ワインのことは、食卓で重大な問題で、大騒ぎになるわけですが、ここにも対話と一致があります。おいしく、楽しく食事をしたいというのが、みんなの本当の気持ちなので、色々と議論を交わしているのです。大きく次元の違う問題ですけれど、愛をもって対話をし、共に神の元に集う民となりたいものですね。(なお、このブログの中では、教会一致に関する議論はご遠慮ください。私のお手紙ブログですから。)
2008.01.24
大きな修道会だと、どこも列聖手続きを進める担当者がいるようです。この手続きは非常に複雑で、時間がかかるとか、お金がかかるとか批判されることもあるのです。ただ、人間を神にしない。どれほど、すばらしい人徳を示し、素晴らしい生き方をしたとしても、それはすべて神の恵みによるものであるのを、カトリック教会が意識している表れでもあるでしょう。人間はどうすれば、もっと神に近づけるのか。言い方を変えるなら、自分の生の意味は何なのか。自分はどのようにすれば、善しとされる生き方ができるのか、心の片隅に持っているのではないかと思います。それを直視するのはつらいので、見ないようにすることも多いのですが、世界には、この人は確かに美しいと思える生き方、善いと思える人生を全うしていった人がいるというのは確かなことでしょう。イタリアでは、聖人といわれる人が多く、一番人気は聖パードレ・ピオではないでしょうか。とにかくすごい人気があり、彼の取次ぎを求める祈りや、彼の御像の前に多いの花束が置かれているのを目にします。これをちょっと見ると、まるで神様へのお供えという感じがしますが、それは日本人の文化観が大きく影響しているのでしょう。もともと、仏教の教えではないといわれますが、日本人の精神性の中に、やはり人間は亡くなったら、仏様になるという思いが自然のうちに根付いているのではないかと思います。仏様になると、この世と分断された上の世界というか、別の世界に行ってしまうような感じがあるのではないかと思います。これは、私は深く勉強したことがないので、本当がどうか怪しいのですけどね。ただ、イタリアにいて、聖人といわれる人たちへの思いというのは、かなり異なる感じがします。もっと近いのですね。とても親しみやすい。同じ国で生きて、同じ言葉をしゃべって、同じものを食べておいしいと思った、あの人の生き方は素晴らしいじゃないか。一種の惚れた状態になってしまうのでしょうか。こういう感じがあって、その人に取次ぎを求めるというのがあるので、かなり俗っぽい祈りになることも多いわけですけれど、その分、自然な感じがある気もします。ただ、イタリア人の自由な共同祈願は長い…。 今日のお昼ご飯のときに、私の会で列聖調査を担当している神父様がニコニコして入ってきました。まあ、いつもにこにこしているのですけれど、うれしそうでした。食卓の話を聞いていると、会員が一人列聖調査のプロセスに入ったようです。これから、様々な手続きがあり、尊者とか、福者とかを通って、聖人へ向かうわけですが、それが開始されるというだけでも、すごく大きな仕事の結果だそうです。本当に地味な仕事なようですが、お昼ご飯が終わった後に、そのことが報告されて、みんなで彼の功績に感謝をしました。彼は非常に謙遜な人なので、私の祝いではなく、彼(プロセスに入った神父)の祝いだと照れていましたが、本当にうれしそうだったので、私もなんか幸せな気分になりました。これから、列聖までに、何十年もかかり、きっと彼が生きている間には列聖されることはないのでしょうけれど、そういうプロセスを通して、私たちは、どのように生きていけばいいのか。私は何を求め、どこに向かって歩めばいいのかを祈りのうちに感じ、考えていけると思います。
2008.01.22
今日は昼前から、ローマのラジオ、特にラジオバチカンでは、このニュースが80%を閉めているのではないかというほど、様々な言葉で、このニュースを伝えています。 日本で働き、私も少しだけですが、上智で教えていただいた、アドルフ・ニコラス神父様が選ばれましたね。ラジオでは、イエズス会とは、どんな会なのかとか、総長とはどういう立場にあるのかなどが説明されて、「おお、そうだったのか」と思ったところもありました。 大きな修道会というだけで、これだけ大きなニュースになるというのではないように思います。日本でもそうですし、世界中で、イエズス会の神父様やブラザーは一生懸命奉仕をしています。自分が外国にいて分かるのですが、外国で宣教したり、奉仕をするのは、本当に大変なことです。自分の知っていること、伝えたいことを、もっと伝えたいけれど、言葉や文化、習慣の壁などがあって、伝えきることができないときも多々あります。その国の人だとしても、その国の考え方との食い違いなどで、なかなかうまく伝わらないこともあります。それを学校をはじめ、様々な社会活動、教会内外での奉仕を通して、伝え続けているからこそ、この世界に影響を与えているのでしょう。 これから、大役を果たされるニコラス神父様が多くの会員の道を照らす光となりますように、お祈りしたいと思います。
2008.01.19
モンテアルジェンタリオから戻り、当然また日常の生活に戻ってきました。クリスマスから、ほとんどゆっくり祈る時間はなかったので、とてもいい時間をすごせたと感じています。来週から少しだけですけど、試験もあるので、ちょっと本を読んだりしているのですが、黙想をして感じたことを少しここにメモのようなつもりで書いておこうと思います。長いですし、推敲もしていませんし、ところどころ論理が破綻しているようにも思いますが、黙想して書いたことですから、これでもいいでしょうね。 ローマにいても、司祭として仕事をするときには、様々なことを耳にします。イタリア語だと良くわからないというときもありますが、とてもよく分かり、少しお話することもあります。最近、とても思うのは、人という生き物は、さびしさに、とてもとても弱いということです。これは当たり前といえば当たり前のことです。このさびしさというのは、人生を、また信仰の歩みも大きく変えていく力すら持つのではないでしょうか。一般に、怒りや恨みというのが、エネルギーの代名詞のように語られますけれど、さびしさというのは、ひょっとすると、その上を行くエネルギーなのかもしれません。怒りのように、何かの対象に向かって、エネルギーをぶつけるのではなく、さびしさとは、歩むときの視線を落としてしまう、足元だけを見てしまわせるような気がします。これは決して負の方向だけに作用するわけではないでしょうね。怒りが自分の選択肢を与えないのに対し、さびしさは何か変に冷静だったりするので、人生を選択していくときにもなりうるのです。ただ、それがいい方向に向かわないことも度々あるわけですけれど。 さびしさは、不安と大きな関わりを持っているようです。死を迎えようとしている人の多くが、恐れよりも、むしろ不安を、特に孤独やさびしさを強く感じているように、何か困難に陥ったとき、自分の進む道がどうしても見つからないとき、何かさびしさを感じてしまいます。人が悩むのは、悩みの出来事そのものであるときと、その悩みから出てくるさびしさがあるのであって、どうにかして、この状態を取り去りたいと、人はいろいろと試行錯誤しているのではないでしょうか。 年を重ねれば、さびしさに強くなるかといえば、そうでもないようです。赤ちゃんであろうと、若者であろうと、老人であろうと、さびしさを感じるとき、人間はとても弱くなります。むしろ年をとってからのほうが、さびしさには敏感になるかもしれません。このさびしさに対する解決法をただ「祈りなさい、神に信頼しなさい」と聖書の箇所を与えるのは簡単なことですが、それができないからこそ、人は悩んでいるのでしょう。祈りについての本は多く出ていますし、リラックスの方法の指南書も多くありますから、それについて私が語る必要もないでしょう。 そんな時、ひとつ助けとなることがあります。キリストを信じるものは、その信仰の始まりへ導いてくれた何かがあるはずです。聖書を読んで、キリストを信じるようになった人なら、聖書。母親の形見のロザリオを手にとったことがきっかけで、教会に足を向けた人なら、ロザリオを。大切な人を亡くしたのがきっかけとなって、神へ目を向けた人なら、その大切な人の写真や形見など、神と私の橋渡しをしたものをしっかり手にして、深呼吸してから、待てる力を祈り求めるのです。愛が訪れるのは、本当にゆっくりです。どういう形で、どのように訪れるか分からない愛というものを、私は神とつながりながら、待つのはとても大切なことでしょう。さみしいとき、苦しいときに祈るのは、難しいことです。むしろ祈ることなどできないと思うことすらあります。それは信仰の深さの問題ではなく、さみしさや苦しみの本質といえるかもしれません。だから、私は神とつながっている、それを感じられる確かなものとともに、静かな時間に身をおくことができれば、何かが変わるかもしれません。静かな時間を持つことができないならば、身につけておくだけでもいいかもしれません。ふと私がつながっていることに、気がつくきっかけになるかもしれませんから。 マタイ福音書はイエスをインマヌエルと呼びます。共におられる神、または神は共におられるという意味ですが、これは聖書が出した万能の答えではなく、ヒントといえるかもしれません。神を信じ、イエスと共に歩んでいる自分ですが、それでもさみしくて、さみしくてたまらないときがある。そのとき、イエスはインマヌエルである。共におられる。その寂しさと共にもおられる、それは共におられることを感じたときに、分かるみことばでしょう。それが分かるまで、待つしかないときも人生の中に時々あります。 聖書には、ほとんど記されていない、聖家族のエジプトでの時間。何も示されず、外国で不安定な生活をしている家族は、神との確かな絆の始まりであるイエスをしっかりと抱きかかえて、再び天使が語るときを待ちます。そして、天使の言葉は、なんと田舎のナザレへと向かえという信じられない言葉でした。しかし、それが救いへの導きであったことは、その後聖家族があちこち引越しせずにナザレで生活をしてたことからも分かります。きっと待つことによって、神の言葉に、さびしさを超えるほどの力が、足元から少し先に視線をやることができるようにする助けが与えられたのではないかと思います。寂しさの中で、信仰の原点とともにいるというのは、それだけで助け、それだけで祈りへと向かうかもしれません。
2008.01.18
ここ、モンテアルジェンタリオは山の中にあります。海が近いので、極端に気温 が下がることはないそうなのですが、とてもとても寒いです。どうもイタリアの 人たちは、あまり部屋全体を暖かくするという発想がないように思います。暖炉 は、もちろん暖かいのですが、部屋全体の温度を上げてくれるほど強くないです ね。近くにいると遠赤外線で、とてもあったかいですけどね。さらに、この修道 院は、ほとんどヒーターをつけません。温水が回ってきて、部屋を暖めてくれる やつがあるのですが、ほとんど動かなさいのですね。日本では、部屋の中でジャ ンパーとかマフラーとかしていると、あまり行儀がよくないように思いますけど、 ここでは、部屋の中でも防寒しています。変に修行するよりも、これはきついで すね。 ローマでは、部屋にファンヒーターを買ったので、いつもつけていて暖かくして いるのですが、さすがにここに持ってくるわけに行きません。もうひとつ困って いるのは、この前、日本のシスターに座布を持ってきてもらって、祈るとき座っ ているのですけど、今回祈るために来ているので、持ってきているのですが、石 の床は冷たすぎます。タオルを何枚か敷いてもあまり効果がなく、仕方なく、椅 子に座って祈っています。石の床に座ると、腰の辺りが感覚なくなるほど、しん しんと冷えてきますね。 さらに、なぜか外は雨で、しかも雷までなっています。山ですから、すぐそばで 雷がなるのですね。結構迫力がありますよ。それにしても、寒いですね。
2008.01.12
今日から、火曜日まで、モンテアルジェンタリオに来ています。クリスマスから、 なんかあわただしい日々が続いていたので、少し静かにしたいのと、ここにいる 前総長の神父さんと、いくつか話をしたいことがあるからです。ここには、パソ コンがないので、彼とメールで色々やりとりすることができず、彼と話をしたい 場合、ここまで来ないといけないのは、少し面倒ですが、それだけの価値がある と思います。電話では、なかなか難しいのですね、私の語学力では。ここにいれ ば、多少長くても話をしていられますが、電話だと10分くらいが限界でしょうか らね。その場にいるというのは、大切だということでしょうか。
2008.01.11

もうすぐ馬小屋が片付けられてしまうので、せっかくなので、色々な教会の馬小屋を見てこようと思って、聖パウロ大聖堂に行ってきました。すると、なんとメディアを入れ忘れて、撮れませんでした。仕方ないので、次の日、つまり10日にもう撮りにきました。やれやれです。時々、こういうミスをするのですが、聖パウロは修道院から電車で一本なので気が楽です。 聖パウロ大聖堂は今改修工事中です。外側だけで、内部はしていませんが、聖パウロの像の後ろが工事の幕で隠されているので、あまり綺麗ではありません。 でも、聖パウロの内部はいつも椅子がなく広々としていますし、観光客も少なく落ち着いていていいですね。 祭壇の下には聖パウロの墓があるといわれているので、少し祈っていました。すると、この教会の司祭が歩いているので、「祭壇の下の写真を撮りたいのですが」とお願いすると、「いいよいいよ」と入れてくれました。入れるときもあるようですが、私が行くときは、いつも閉まっているので、ちょうどよかったです。 この部分がお墓なのかどうかよくわかりませんが、多分そうなのでしょう。説明を読めばいいのですけどね。次回にしましょう。 そして、今回の目的である馬小屋に行きました。馬小屋は主祭壇よりも奥の右側にあるのですが、ちょうど誰も祈っていなかったので、うまく写真が撮れました。確か去年も撮ったような気がしますが、見た覚えがないので、きっと毎年変わるのでしょうね。特別大きくもないのですが、細かいところまで丁寧に作られていますね。 本来ならば、これでおしまいなのですが、地下鉄に乗って、テルミニ駅まで行けば、サンタマリア・マジョレ大聖堂があります。ここの聖遺物はイエスが生まれた飼い葉おけの破片ですから、ここの馬小屋はかなり期待できると思い、いってみました。すると、ここには馬小屋がないのですね。係の人に聞いてみたのですが、ここにはないということでした。もう片付けられてしまったのか、もともとないのかわからないですが、本物の飼い葉おけの破片があるのですから、別に馬小屋を作らなくてもいいということなのかもしれません。 祭壇のすぐ左側には、ローマの私的聖堂としては、もっとも豪華と言われる聖堂があります。そこには、聖ルカが描いたといわれる聖母子の絵があります。ただ、この聖堂はお祈りするための聖堂なので、写真がとれません。皆が祈っている中、写真を撮るのは気が引けますから、絵葉書を写真にとってみました。ローマにきたら是非本物をご覧ください。 そして、聖堂の左側には、聖母子像があります。これも綺麗ですし、よくここでお祈りしている人がいます。今日は誰もいなかったので、写真を撮ってみました。サンタマリア・マジョーレはキラキラした感じはありませんけど、本当に綺麗な聖堂です。 ということで、今年は4大聖堂すべての馬小屋を見ることができました。どの馬小屋にも、メッセージ性があります。それをいちいち説明するのは、ナンセンスですね。馬小屋は主の御降誕、受肉をを強く意識して、祈りを助けるために、アシジの聖フランシスコが作り始めたといわれていますが、確かに聖書を読むことなしに、色々考えることなしに、ただ主が来られたことを意識するためには、本当によい助けになると思います。イエス様って、本当に小さな赤ちゃんだったのですね。何か今、私達が思い巡らさなければならないものがあるような気がします。
2008.01.09

今日は授業が5時までだったので、帰り道にサンピエトロに寄ってきました。クリスマスのとき、教皇様が祈られた馬小屋を見たかったですし、サンピエトロの中の馬小屋も見てみたかったからです。今日は、特にコメントというのはないのですが、本当に大きくてきれいな馬小屋だと思いました。作り物だとわかっていながらも、主の御降誕、御公現が目の前で行われているような気にすらなります。今日は写真集でおしまいですね。(広場の馬小屋1)(広場の馬小屋2)(広場の馬小屋3)(広場の馬小屋4)(広場の馬小屋5)(広場の馬小屋6)(広場の馬小屋7)(ミケランジェロのピエタ)(聖堂内の馬小屋1)(聖堂内の馬小屋2)(聖堂内の馬小屋3)(聖堂から見たサンピエトロ広場)(ライトアップされた遺跡・アンジェリクムのところ)
2008.01.08

明日から学校が始まるので、午前中に部屋の掃除をして、午後買い物をかねて、歩き回ってきました。2月6日が日本26聖人の祝日のはずですが(日本では2月5日ですけど、この日は聖アガタの祝日なので、イタリアでは一日遅れ)、今年は灰の水曜日と重なるので、どうなるのでしょう。もし26聖人の祝日があれば、司式しないといけないので、その準備には、その日の朗読箇所と祈願文が必要なので、まずサンパウロに買いに行きました。いつもは、メッサ・メディタチオーネというのを買うのですが、まだ2月が出ていなかったので、今日はインシエーメっていうのにしました。 それから、生活用品などを買いに雑貨屋さんとか電気屋さんとかを回り、ちょっとバールで一息。クリスマスに色々食べ過ぎたので、相当歩かないとだめです。体重計がないのですけど、大分太ったような気がします。 またテクテクと歩いていると、いつの間にかよくわからないところに出てしまいました。修道院の周辺なら、迷うことはないのですが、ちょっと離れてしまうと、全くわからなくなりますね。仕方がないので、近くにあるはずの、サンジョバンニ イン ラテラノ教会の場所を、おばあさんに尋ねると、一緒についてきてくれました。観光客だと思われたのかも。親切にされると、うれしいものです。 せっかくサンジョバンニに来たので、中に入ってみました。普段は椅子がずらっと並んでいるのですが、おそらくクリスマスのためでしょうか、それとも先日フランス大統領がきたためでしょうか、椅子はほとんど片付けられていて、祭壇のところに、幼子イエス様が置かれています。休憩もかねて、しばらくお祈りしていました。ほとんど人もいないので、本当に静かな時間をすごすことができました。サンジョバンニは、椅子があるとそれほど大きいというイメージはなかったのですが、椅子がなくなると、本当に広いですね。ローマ司教の教会だけありますね。 ということで、今日は全く意味のない日記ですが、一生懸命歩いた記念に書いておきました。(サンジョバンニの幼子1)(サンジョバンニの幼子2)(祭壇の下の洗礼者聖ヨハネ像)(サンジョバンニの馬小屋)(サンジョバンニ内部1)(サンジョバンニ内部2)
2008.01.07

カラブリアから戻って、少しゆっくりしていました。帰って次の日に、韓国人の神父さんが、フィレンツェで新年会があるから行こうと誘われました。疲れているので、どうしようか迷ったのですが、せっかくですから行くことにしました。行きの電車はいっぱいで韓国人の神父さんとは別々の席になったのですが、偶然日本人と一緒の席になって、1時間半楽しくお話できました。くたびれているときには、やはり日本語がいいですね。新年会は、韓国人の家族のパーティだったのですが、帰りの電車の関係でフィレンツェにいたのは、ほんの5時間くらい。往復の交通費を考えると、すごく高い新年会でしたが、キムチをいっぱい食べられ、お鍋も食べられて、大満足でした。 ただ、その次の日の記憶がどうも定かでないのですね。木曜日にフィレンツェに行ったのは間違いないのですけど、どうも金曜日の記憶がはっきりしない。確かに疲れてずっと寝ていたのですけれどね。こんな経験は初めてですが、おかげで大分元気になりました。 さて、イタリアでは御公現の祝日で、クリスマスが終わります。まだクリスマスツリーなんかは飾っていますし、馬小屋も残っているのですが、気分はクリスマスから日常に戻っていきます。ほとんどの兄弟たちが修道院に戻ってきました。逆にクリスマスに働いていた兄弟が休暇に出て行きました。完全に正常になるのは、2週間後くらいでしょうか。でも、火曜日からまた学校が始まるので、がんばらないといけません。 今年のクリスマスはよく祈りましたが、自分の祈りに時間はあまり持てなかったので、週末に黙想しに、モンテアルジェンタリオに行ってこようと思います。主がこられた、私たちの元に来られたことを、ただ納得するのでなく、感じてきたいと思います。来るというのは、外からの行為ですからね。私のことではなく、主のことですからね。せっかくいらしたのですから、よくよく感じないといけないですね。(夜のメルラーナ通り)
2008.01.06

朝起きて、少し散歩して帰ると、友達がクロワッサンとエスプレッソを準備して待っていてくれました。朝10時半の電車でローマに戻るので、カラブリアの町を散歩するのは、これが最後ですね。復活祭は日程的にこられるかわからないので、本当に最後になるかもしれないですね。朝早かったので、まだ町は静かでした。ひんやりとした空気の中、いい気持ちでした。 主任司祭が来てくれて、駅まで送ってくれました。バスがあるというので、バスでいくつもりだったのですが、送っていってくれるというので、お願いしてしまいました。彼も結構忙しく働いていたので、相当疲れているでしょう。ゆっくり休んでほしいものです。 さて、駅につきました。イタリア人は、見送りというのをしないので、すぐ彼は帰ってしまいました。少しいやな予感はしていたのですが、切符を買おうとしたら、ローマまでの電車は、すべていっぱいだそうです。これは困りました。明日ならあるというのですが、あれだけ、ありがとう、さようならをいってきたのに、電車がないので、もう一日とめてくださいというのは、何か恥ずかしいですね。色々考えた挙句、一度ナポリまで行き、ナポリであいている電車を待って、それで帰ることにしました。直通で6時間、電車の中でゆっくりと寝ているつもりだったのに、大誤算です。ナポリまでの電車は1時間後のものがあいていたので、すんなりいきました。ただ、修道服を着ていたので、隣のおば様が色々とお話をしてきて、なかなか寝るタイミングをみつけられず、結局ナポリまで少しうとうとしただけでした。お話自体は結構面白かったですが、眠いのと聞く気力がないので、あまりわかりませんでした。 ナポリについて、電車を調べると、1時間後に空席があるようです。ナポリはあまり治安がよくないそうですし、荷物を持っているので、あまり動き回る気になりません。お土産にもらったパニーノをベンチに座って食べていると、やはりナポリから自宅に帰る人なのか、多くの人が子供を連れて、大急ぎで走っていったり、疲れて半分寝てしまっている子供を引きずるように電車に乗せていたり、どの国でも帰省のシーズンの風景は同じなのですね。そういうのを見ていると、1時間はあっという間にすぎてしまいました。電車にのったら、あとはローマまで2時間くらい。今度はぐっすり寝ることができました。 修道院に戻って、夕食にいくと、当然人数は20人くらいしかいないのですけど、歓迎してくれて、うれしかったですね。少しずつ働きから帰ってくるわけですけど、次は誰が帰ってくるか、どういう話をするのか、それも共同体の楽しみの一つですね。ふー私もがんばった。色々話をしましたよ。(これは修道院にある馬小屋の写真です)
2008.01.02

あけましておめでとうございます。31日の日記でもかいたような気もしますが、おめでたいことは何度でもおめでたいですね。 1月1日元旦は、神の母聖マリアの祝日です。神学的には、神の母論争というのがあって、ややこしいのですけれど、今日お祝いした祝日は、神学論争とは全く次元の違うものでしょう。25日にイエスの誕生を私たちはお祝いしました。どんな出産でも、そうなのだと思うのですが、子供が生まれると、子供が一躍主役になってしまうのですね。今日私が泊まっているお宅でも、1ヶ月前に赤ちゃんが生まれて、もう新年とか何とかよりも、赤ちゃん一色でしたものね。 赤ちゃんというのは、希望とか光とか、あらゆるよいものを凝縮していると思います。ただ、その誕生のためには、10ヶ月もの間、母親という人が大変な思いをし、不自由な生活をしながら、育んできた助けの象徴でもあるのでしょうね。同時に、その母親だけでなく、それを助け見守ってくる周りの人々も大変なのですね。人が一人生まれるというのは、実は不思議な出来事だという気がします。 そういう中で、私たちは今日、神の母である聖マリアをお祝いします。私たちの偉大な母です。十字架の上で、主が確かに与えてくださった母です。それは単なるタイトルではなく、小さな私たちが知らないことを、優しいまなざしと微笑みの中で、子に教え、育てる母という姿をした方です。私たちはクリスマスを終えて、少しほっとしている感じもありますけど、母親の大変さというのは、実はこのあたりが一番なのかもしれないですね。生まれて、周りの興奮が少し収まってきたとき、この世に生を受けたものは力いっぱい、その喜びを表現するのでしょうから、もう母親というのは、朝も昼も夜も、大忙しという感じでしょうね。今日の祝日とは、そういう母の姿を思い浮かべ、感謝する日だと思います。 この世界には、子供を持てない人、親を知らない人、失ってしまった人、さまざまな悲しみや残念さを抱えている方が多くおられます。今日は、そのすべてを体験され、母として私たちの前におられる母にすがる日でもあります。人の歩みは喜びと悲しみ、幸せと孤独がしばしば訪れてきます。その中で、私たちは、ただ涙を流したり、泣いたりすることしかできないこともあります。母親は、子供の泣き声を聞いて、何を欲しているのかわかるそうですが、聖母も私たちの母ですから、ただ涙を流し、たたずんでいる私たちの心をすべてわかり、慰めてくれるに違いありません。 今日は、母の日です。家族がみんなで母の働き、偉大さ、何よりも母の愛を感じ、感謝する日です。この年が、愛の中で始まり、愛の満ちた年になりますように。
2008.01.01
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