脊髄刺激装置(SCS)と気分変調性障害のメンテナンスノート

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2022.04.04
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カテゴリ: 労働問題
「はい,これ,月末までに出してください」(数ヶ月前の話である。念のため)。

管理職から渡された紙は「人事評価シート」だった。いろいろな項目について,5段階で自己評価をするものである。

自己肯定感が低い私は,これが大の苦手である。これが嫌で前職を辞めた,というと大げさだが,パート社員なのに,こんなものに付き合わされるとは想定外である。

かつて,人事評価といえば,上司が部下を一方的に評価するものと相場が決まっていたが,それでは一面的すぎるし,評価される側の目標設定なども含めて,自己評価なんぞをやるのである。

しかし,自己評価というのは全く意味がない代物だと思っている。意味がないだけならいいが,有害でさえある。

人事評価の不満というのは,端的に言えば,「実際の評価と自己評価の乖離」で発生するものなのだ。

飲み会の席で聞いた愚痴であるが,評価する側だった友人は,低い評価を付けた部下から,「私はこんなに頑張っているのに,なんで・・・」と,泣いて抗議されたことがあるらしい。
これは,部下の自己評価が高すぎたために起きた悲劇である。

だいたい,自分で自分を客観的に評価することなんて,できるわけがない。


ところが,「業務が求められる水準に達していたか」という項目だと,途端に難しくなる。
どの程度の水準が求められているかは,業務内容や年齢,キャリア,契約,会社の方針によって変わってくるから,自分の仕事ぶりを振り返っても,自分で評価することは難しい。堂々と5を付けるほど(5段階評価の場合)自信過剰ではないし,それでは伸び代がないことを認めていることになるではないか。かといって,仕事上で大問題が発生したこともないし,始末書も書いていない。それに,低い評価を付けてしまって,必要以上に監視されたり,手取り足取り指導をされるのも厄介だ。
結局,2か3を付けるのが無難,ということになる(私の場合である)。

自己評価の後には,上司が改めて評価を行い,自己評価との認識あわせをするわけだが,これは「自分でつけた評価と現実はこんなに違うんですよ」という,いわば「ダメ出し」でしかない。評価が良くても,悪くてもだ。
もちろん,事実でないことを評価基準にされては問題だから,認識あわせというよりも事実確認としての面接は必要である。

上司によっては,自己評価に流されるタイプもいる。自己評価が高い部下に低い評価を付けて文句を言われること避けるためなのかと,勘ぐってみたくもなる。

自己評価なんて無駄なことをやるから,余計な摩擦が発生するのである。評価は他人に任せておけばいい。
その代わりに,上司からの評価だけでなく,部下や同僚からも評価を聞くべきである(いわゆる360度評価)。

実際に仕事をしていると,偉い人と現場で意見が対立することがある。そのときに現場の意見を重視する中間管理職(管理職でない,主任・係長クラスも含む)は,上司からの評価はどうしても下がってしまう。しかし,部下から見れば,現場の声を聞いてくれる貴重な存在になるのである。

また,上司からの評価だけでは,イエスマンだけが出世していくことになりかねない。上司がヤバいこと,例えば,法律やコンプライアンス違反になりかねない仕事をしようとしたとき,「それはまずいんじゃないですか」と諫言できる部下がいなくなってしまうのである。チェック機能が働かない組織の将来は暗い。

評価が低ければ,評価されるところに行けばいいのである。正社員だとそうもいかないところもある(社内で評価制度を改革するために動くべきだろう)が,パート社員は,文句があれば,もっと評価してくれる職場を自分で探せば良いのである。低賃金だが,流動性が高いのが非正規雇用のメリットなのだから。






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最終更新日  2022.09.08 04:38:44
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