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toshinnyさんComments
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あの時は有り難うございました、と言っても気がすまないのです。
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昨年以来、実家の近くに引越しました。キッカケは地震だったかもしれませんが、最終的には両親の近くで暮らしたくなったからという理由が一番でした。目の手術が辛そうだった義父は約2年経過してストレス乗り越え、仕事をエンジョイするかのようになり遠く離れて想像しているよりも結果的に良かったと考えるようになりました。
昨年3月以来、福島を離れて暮らすようになると今度は福島はどうなっているのだろうかと想像しました。テレビや新聞、雑誌、インターネットなどあらゆる情報は溢れていますよね!しかしながら、今年の3月11日頃に約3ヶ月ぶりで戻った時などは離れて余計な心配するよりも足を運んでみるのが一番だなあと思いました。例えば、テレビや電話で大雪の様子を知って郡山市に行ってみると、地元に住んでいる人達にしてみれば数年ぶりの寒さといっても平然かのようにスリップした車の話などしているのでした。東京近郊にちょっと慣れてしまって寒いのに強がっているのは私か。。皆地震以来の辛さにも耐えてなんて強いんだろう、頑張らないといけないのは私よね、と実際には励まされていました。
過去の写真など整理することにしました。いろいろなサーバーの理由で以前のブログは文章のみ残り、今後や過去の写真を使いながら福島の良さを再確認することにしました。
文章は以前以上に書きためるのでブログの更新は2週間に1回ぐらいになるかなあ??
ブログを再開する最大の理由は、微力ながら福島や東北を応援したいから、、やっぱり。私は約7年間福島県に暮らし東京生まれですが大切な経験をさせてもらったことがホントに多くて福島県は心のふるさとなのです。1年間そんなことばかり考えていたかもしれません。考えたり思い巡らしたりするばかりでヘトヘトにもなりましたが、昨年暮れ頃にあたたかい手の人の事をノートに書いたらとても気が楽になりました。だからもし、思いを溜めていらっしゃる人がいらっしゃったらメモでも何でも書いて気持ちを晴らすのもお勧めです。それからもう一つ私事ですが、私は約16年前に妹を亡くしてから、ある程度普通になるまで10年はかかりました。今でも油断すると悲しい気持ちを引きずります。妹を亡くして悲しい気持ちは年月が解決するのではなくて変わりませんね。しかしながら、妹は悲しいがる私を決して喜ばないでしょう。本当に妹を思い、現在の家族をはじめ身の回りの方々を思うのなら元気で前向きでいたいのです。多くの犠牲をだした大震災の復興に私は自分の費やした妹への16年以上に一生かかってでも何かしたい。。
今は、気持ちばかり先攻して自分にイライラしますが、まず仕事などをキッカケに東北方面に行ける機会は大切にしよう。それから、福島や東北で有り難うと伝えきれなかったことは今のうちに出来るだけどんどん思い出してみよう、と心に言い聞かせている最中なのです。
猪苗代にて Sep 6, 2009
天体ショーの続き話で Aug 19, 2009 コメント(2)
燃えるようなツツジの町 May 13, 2009 コメント(2)