2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1
雪が舞うほどの寒さの中で始まった市の少年野球連盟主催の春季大会が今日で幕を閉じました。午前中、準決勝戦を見事勝利!相手のチームはかなりの強豪だったのですが見事破って決勝に進出。うちのチームはダブルヘッターに弱く、すぐに集中力が欠けてしまい、練習の成果が出てこないのですが、今日のみんなの集中力はすばらしかった!誰もがヒーローでした。鬼監督が「みんなのおかげで優勝した!」と大喜びでした。ズッキーは1試合目に先発で出場させてもらったのに、守備はともかく、打席は見逃し三振のため、早いうちに交代させられちゃいました…でもランナーコーチとして一生懸命声を出してランナーに指示を出していました。決勝戦が始まる直前、大会関係者の役員の方が「誰か筆ペン使える人いませんか?」と応援の保護者達に声をかけてこられました。「つんつんさんが書けますよ」と、あるお母さんが申し出て、私、引っ張られていきました(^_^;)表彰状に優勝・準優勝チーム名を筆ペンで書いてほしいとのことでした。もうすでに中学生と小学生低学年の部門で優勝の決まっているチーム名を書きましたが、今まさに戦っている最中の我がチーム名を「高学年の部門:優勝」のあとに絶対に書いてあげたい!って思いました。その通りになってうれしかった~!!\(^o^)/閉会式では選手一人一人の名前が呼ばれ、金メダルをかけてもらい、行進をしました。うるうる~…ホームグランドに戻って少し練習をした後、早めに解散して夕方からは祝勝会となりました。「まさか本当に優勝するとは思わなかった」と今回はかなり無欲だったので、祝勝会のことはすっかり忘れており、あわてて近所の焼き肉店を予約することに…(^_^;)明日は子ども達は学校だからあまり遅い時間までは騒がないでおこうという監督のお達しでしたが、もう親達の方が大騒ぎ!子ども達を解散させた後、大人たちは二次会へ…私は夫に行ってもらって帰宅しました。案の定、娘達は夕飯の後片付けもせず、散らかったまま…ビール飲みすぎでふらつきながらも後片付け、翌日の用意…なんでこの家には仕事が山のようにあるんじゃ~!?(;一_一)先に帰ってきて正解でした~(^^ゞ夫が帰ってきたのは12時前でした。翌日仕事があるとはいえ、帰ってきて風呂に入って寝るだけでいいんだもんね…こんなとき主婦は損だね~なんて思いながら布団に入りましたが、ズッキーはもうぐっすり夢の中…よくがんばったね!優勝おめでとう。来週からはもう次の大会に向けて練習が始まります。真夏の炎天下の中、また苦しい練習が続くと思うけどきっと耐えてくれると思う。お母さん達は応援することしか出来ないけど、一緒に乗り越えようね♪
2005年05月29日
コメント(11)
朝、職場に向かっていると 長女からメールが届いた。 「先生が車にひかれた!」 (・_・)エッ......? 今日は遠足。 私服で参加なので うれしそうに出かけたのだが… しばらくして バスで学校から出発する直前に 事故が起こったこと、 先生は救急車で運ばれたこと、 まだ学校前にいることを 知らせてきてくれた。 事故に遭われた先生は大丈夫なのか? 遠足はどうなるのか? その後何回か心配でメールを入れたが 返答なし(`ε´) 帰宅後いろいろ聞いたのだが、 その先生は隣のクラスの担任で、 軽傷で済んだらしいとのこと。 遠足は遅れながらも予定通り行われたそうです。 朝、観光バスが学校前に到着する前から1台の乗用車がずっと路駐していたらしく、 バスに乗り込むため 先生が道を横切ろうとしたとき、 突然その車が走り出し接触したと… 生徒たちはすでにバスに乗り込んでいたので難を逃れたが、 事故は長女のクラスの乗るバスのすぐ後ろで起こり、 窓からなにげに外を見ていたクラスメートは 先生がはね飛ばされる様子をモロに見てしまったそうだ。 折しも、昨日交通安全用のビデオで 人が車にはねられる様子を見たらしいのだが、 「そんなの、あり得へんし~」 と、笑いながら見ていたのが 現実に目の前で起こってしまったことにショックで 「もう遠足に行く気がしない」と言っていたとか… 遅れながらも出発したものの、 車内はみんな黙り込んでしまっていたようだが、 事故に遭った先生は軽傷という連絡が入り、 突然行けなくなった先生の分も楽しんできた方が 先生も喜んでくれる…と気持ちを切り替えて みんなで場を盛り上げたそうです。 でも学校に戻ってきたら、 現場には事故の際に割れた車のガラスの破片が飛び散っていて、 また思い出してしまい、 帰り道自転車に乗っていて、 後ろから車が来たり、 横を通ったりするたびに 恐怖感に襲われたと言っていました。 長女は倒れた先生を直接は見てはいないのですが、 急ブレーキの音や悲鳴、救急車の音が耳に残っているようです。 多感な高校生の彼女らは しばらくは今日の出来事の恐怖に つきまとわれるかもしれません… 気をつけないと…
2005年05月28日
コメント(3)
昨日・今日と仕事はお休みでした。今日は用事や約束があったので、あらかじめ、お休みをもらっていたのですが、昨日は職場から指定された休みだったので、久しぶりに何の予定もなく…の休日でした。ホンマに何にもない?かえって不安になって何度もカレンダーや手帳を確認したりして…(^_^;)ボケ~っと過ごしちゃいました。で、長々と前回までの日記を打ち込んだりなんかして…久しぶりに専業主婦なんだから手の込んだ食事でも作ったらいいのに、夕方になっても夕飯作る気力がなくて、おまけに頭の芯がフラフラ~っとめまいがしてるみたいで、結局夕飯を手抜きで早めに寝ちゃいましたわ~♪ただのグータラ主婦ですな…(ーー;)そのうち夫に怒られるかも~(・_・;)今日は午前中に知人が訪ねてくる予定が「ごめん!急用ができて…」とキャンセルになったのですが、昨日みたいにボ~っと過ごすのはもったいないので、家中の窓を開けて掃除機をかけ、布団を干したり、雑巾がけしたり、給料日ということもあり、銀行や郵便局、買い物に走り回りました。夕方にズッキーの修学旅行の説明会のため学校に出かけたり、その帰りに接骨院で背中をマッサージしてもらったりあっという間の休日でしたが、久々に充実感を味わったかな~…こんな何にもない日が幸せに感じられるなんてね♪明日からまた3日間お仕事です。ファイトだ!
2005年05月25日
コメント(5)
祖母の葬儀を済ませた後、入院中の義父のお見舞いに行きました。祖母の急な死に義父も驚いていましたが、自分も入院中の身で、葬儀にも参列出来ず申し訳ないと…義父は糖尿の気があるにもかかわらず、食事は普通に取り、甘いものも控えず、外出はほとんどせず、1日中ソファに座ってテレビを見ていたからでしょう。気がついたときには近所のかかりつけの内科にも自分で歩いて行くことが出来ない状態になっていたのです。当然、やっと診察を受けに行ったときには「こんなになるまで放っておいて!」と叱られ、さじを投げられ、大きい病院に行かざるを得ない状況で、即入院を言い渡されたのです。それでも義母に「甘いものを買って来い」と大福餅をおやつに食べていたというから何と言いますか…(ーー;)私達が見舞いに行った時は他の患者さん達と楽しそうにおしゃべり中でした。もともとおしゃべりが好きなのに、家族は誰も話を聞いてくれない、近所に友人もいない人でしたから、病院では皆が退屈してて自分の話を楽しそうに聞いてくれるとうれしそうな顔で、元気に見えましたが、身体はやせこけ、骨と筋だけに…8月に一旦退院はしたものの、体力が衰えて家ではトイレに行くこともままならなかったようで、再度入院、大腸がんが見つかり、手術をしたのですが、糖尿病が災いして、11月初めに意識不明に…乳飲み子のズッキーを抱えて、家族ですぐにかけつけたところ、容態は落ち着きましたが、そのまま2週間夫の実家に私と子ども達は拘束されてしまいました。今のように、携帯があればすぐに連絡はつきますが、当時は義母と義妹が病院に着替えを持参し、その間に何かあったときのためにいつでも連絡が取れるようにと私が家で待機するように言われていたのです。長女はまた幼稚園を休まされ、次女もまだ2歳になったばかり…小さい子どもがじっと、それもよその家の中で耐えられるはずがありません。外で遊ばせるにも、家の前は車通りもあり、目が離せないし、近所には公園もありません。仲良しのお友達だっていません。仮に、外へ遊びに出かけてももし、私達が不在の間に何かあると…と思うとどこにも出られないのです。煮詰まってくる私の前で、義母たちは毎日駅前のデパートで何かしら買い物をしてきては楽しそうに談笑しているのです。完全看護の病院なので、夜泊り込んで看病をしなくてもよく、着替えやタオルを預けておけば病院側が世話をしてくれるので、あとは「よろしく」と汚れた洗濯物を持って帰ってくることが出来るのです。その帰りに駅前をうろうろしていたのでしょう…私は買い物にすら出て行けないのに…ご飯の支度などはしてもらっていましたから私に文句など言えるはずはなく…でも、限界でした。季節はそろそろ冬に向かい、子ども達の服も秋物しか持ってこなかったし、お友達に会いたがって泣いているのよ!と何かと理由をつけて夫に懇願して一旦名古屋に引き上げました。その1週間後、意識を回復しないまま義父は息を引き取りました。亡くなったとき、義母たちは不在で、近所のお宅に病院から知らせが入ったそうですがそこのおばさん曰く、「いつまでたっても帰ってこなくてやきもきした」と。またどこか出歩いていたのでしょうね。私が拘束された時間は何だったのでしょう…?義父は一人っ子の上に人の好き嫌いのはっきりした人だったので、義母の弟妹とは相性が悪く、親戚付き合いがほとんどありませんでした。私達夫婦の結婚の際には披露宴をしておらず、夫の妹の結婚式のときは出産直前で欠席していたので、葬儀の席で初めて叔父さん、叔母さんにお会いしたのですが、さすが、義母の弟妹です。濃い~!!圧倒されました…その皆さんの自己中さに(笑)その話になるとまたまた長くなるのでやめておきますが…まあ、そんなこんなでズッキーの生まれた年は義妹の結婚、祖母の死、義父の死と冠婚葬祭すべて出揃いました。あ!そうそう…ズッキーが生まれて1ヵ月後、夫の高校時代からの友人が結婚し、そのとき教会で立会人を引き受けました。祖母が亡くなったすぐあとだったのですが、友達は気にしないと言ってくれたので予定通り参列させてもらいました…仲人もやっちゃった…(*^_^*)すでに女の子ふたりを産んだ後にやっと授かった男の子。そして、引き換えのように亡くなった祖母と義父。男の子を授かるってすごいことなんだ!それを実感した年でもありました。それだけに、ズッキーの存在は大きいです。まさに天からの授かり物です。娘達も大事な授かり物ですが、生まれてきた時の状況が状況だけにかなり私の中では特別な存在になってしまっています。甘やかしている…とも言いますかねぇ(^_^;)あれだけ偏った食事をしているのに、身体は細くて華奢でも病気はほとんどしません。たまに風邪を引いて病院で薬をもらっても薬嫌いで飲めないので自然治癒状態…以前に眉の上を切って縫うという怪我をしたときも発見者がすぐに知らせてくれ大事に至らずに済み、そして何よりその日が祖母の命日だったり…と、彼は本当に守られているんだなぁと感謝します。そろそろ思春期を迎え、どんなふうに成長していくか楽しみでもあり、不安でもあります。いつまでも小さくて可愛いズッキーでいてほしいんだけどなぁ~…長らくのお付き合い、誠にありがとうございました。m(__)m以上、ズッキーの誕生日が来るたびに私の頭の中を走馬灯のようによぎる思いを一気に書かせていただきました。以前に書いたことと多少ダブる部分もありますが、そこのところはご了承くださいませ。
2005年05月23日
コメント(3)
ズッキーが無事生まれたことを病室から実家に電話で知らせましたが、弟からは「おばあちゃんの容態が…」と聞かされました。ズッキーが生まれると同時くらいに祖母の心臓は一時停止をしたそうです。何とか危機は脱したものの、予断を許さない状態だとのこと。見てもらえるか、わかってもらえるかどうかは知れないけど、とにかく生まれたてのズッキーの写真をたくさん撮って、即現像に出して、実家に送りました。早く本物のズッキーを見せてあげたいけどそうもいかず、ただただ無事を祈るばかりでした。その後、少し安定したようでホッとしましたけど…退院の日は夫が仕事を抜けて会社の車で迎えに来てくれましたが、家に着くとすぐにまた仕事に戻らなくてはいけませんでした。ドアを開けて中に入ったら1週間で家の中は荒れ放題!新聞は散らかる、ビールの空き缶はテーブルの上に並んでいる…ホコリも舞っている~!!!(今と同じですがな…)思わずお隣に駆け込み、ピンポ~ン♪「お願い!こんなホコリだらけの家に赤ん坊は入れられないよ。 ちょっと預かって~」とクーファンごとズッキーをお隣のテーブルの上に、娘達もそのままお邪魔させてもらいました。このとき住んでいたマンションには同じくらいの子ども達がたくさんいて、みんな転勤で遠く地元を離れている人が多く、何かあると近所同士で助け合っていたのです。お隣とはベランダ越しに調味料やら常備薬の貸し借りをしたり、子どもだけで留守番中に雨が降ってきたら「ちょいとごめんよ!」と勝手に部屋に上がりこんで洗濯物や布団の取り込みをしたりというお付き合いだったので、「いいよ~!ゆっくりしな」と言ってもらい、退院後さっそく家の大掃除をしたのでした。翌日は長女が入園して初めての遠足で、親も一緒についていくのでしたが、こんな状況なので休ませるつもりでしたが、先生からは「私達職員が面倒見ますから」と、近所のお母さん達からは「お弁当一緒に作っちゃうから」と私はリュックにお菓子と水筒の用意だけで、あとは皆さんのおかげで長女は遠足を楽しんできました。あのときのご近所さんには本当に感謝しています。『遠くの親戚よりも近くの他人』を実感しました。それに、お金が少しかかりましたが、産後の家事の代行サービスも1日4時間を約1週間だけお願いしました。洗濯機は自分で回しておいて、干してもらったり、買い物をお願いしたりアイロン掛けしてもらったり、夕飯のおかずも作ってもらったりしました。次女もこのサービスの人にはなついて一緒に買い物についていったり…サービスが終わる頃、弟から再度、祖母の容態が悪いことを知らされました。帰りたいけど帰れない…じれったくてしょうがありませんでした。そして…いよいよ危ないと知らされたのは皇太子様の婚礼の前日の午前中でした。明日は急遽祝日となったため、会社も休みです。今晩しか帰る日はない!と夫に連絡を取り、荷物をまとめて仕事から帰るのを待って車で実家まで…生まれてすぐの赤ん坊を病院に連れて行くのは感染症の恐れがあるからと、夫に子ども達を預けて私だけが病院に向かいました。ほんの2ヶ月前までは元気で電話口で会話をしていた祖母がたくさんの管をつけてベッドに横たわっていました。意識はあるのかないのか…「おばあちゃん、帰ってきたよ」と手を握りましたが、目は閉じたままでした。見回りに来た看護婦さんが「ああ、おばあちゃんがずっと待ってはったのは この人やったのね? よかったね」って私を見て言われて涙が出ました。祖母のふたりの妹たちも心配で病室に来てくれていました。もう日が変わろうとしており、「あんたは赤ん坊のところに帰ってあげなさい」と先に帰らせてもらいました。実家で子ども達を寝かせながらウトウトしていた夜中の1時頃、父から電話がありました。「おばあちゃん、さっき静かに息を引きとらはった。 よかったなあ…死に目に会えて… やっぱり、待っててくれはったんやで」意識はないにせよ、息をしている祖母の最期に会えてよかった…その1時間ほど後に息を引き取ったってことは本当に待っていてくれたんだなぁ…無理矢理にでも帰ってきて正解でした。管を外して家に帰ってきた祖母はきれいな優しい顔の仏様になっていました。夜が明け、皇太子様の御成婚パレードがテレビに映し出されていました。そういや、私達夫婦の結婚式の前日には昭和天皇が崩御されたし…なんか正反対だけど、どちらも忘れられない日になるね~と家族で苦笑するのでした。祖母が亡くなったのは悲しいことでしたが、お乳を飲ませたり、娘達の世話をしなくてはいけなくて、悲しむ暇はありませんでした。弔問に来られた親戚の方にお茶を出したりいろいろ忙しいので、ズッキーは控え室でクーファンに寝かされたままでしたが、泣くこともなく、葬儀の間もずっと眠ってくれていました。祖母は婦人会や町内会の役、そして民生委員を長年引き受けていたこともあり、葬儀にはびっくりするほどたくさんの方が来てくださいましたが、皆さんがすやすやと眠るズッキーの寝顔に微笑んでくれました。私には天使のように…仏様のように見えました。今でもだけどね…親ばかですが(^_^;)長くなりますが…その3に続く。
2005年05月22日
コメント(1)
お久しぶりでございますm(__)m相変わらずのバタバタな毎日でございました。さて、5月21日をもちましてこのHPも早や3年目に突入いたしました(●^o^●)やっぱり、全くスキルアップしておりませんが…(;一_一)なんせ、毎回長い日記を打ちまくるもんで~(爆)書くだけで精一杯!壁紙をおしゃれにしたり、画像を取り込んだり…なんて、なかなか出来ない(^_^;)簡単明瞭に書けないのよ~私…今後もこのペースで進んでいくと思いますが、これからもどうぞよろしくお付き合い下さいませ(^u^)さて、21日はズッキーの12歳の誕生日でした。まだ身長133cm、体重26kgのやせチビですが、177cm・細身の父、159cm・骨身体ともに太!の母から生まれ、姉達はスマートなまま160cmを超えていることから想定して末はかなりの長身になることを期待しておりますが、どうなりますことやら…?ズッキーの生まれた年…平成5年は我が家に冠婚葬祭すべてがやってきて、もう一生忘れることが出来ないでしょう。長くなりますが(笑)少しお付き合いを….。o○ .。o○ .。o○ .。o○ .。o○12年前の春…私達はまだ名古屋に住んでいました。長女も次女も私の兵庫の実家に帰って出産しましたが高齢(当時79歳)の祖母には負担がかかるから…と、今回は大阪の夫の実家から「こっちで産みなさい」と言われ、私は気が進まなかったんだけど…その予定にしていました。ところが、義父の体調が悪く入院することになり、「病気のお義父さんがいてはるのに 面倒をおかけできません」…な~んて、夫の実家では落ち着かないのでこれで堂々と自分の実家に帰れるかも(*^_^*)…と義母にやんわりと断りを入れ、自分の実家の近くには弟夫婦も住んでいるし、少しは子ども達の面倒をお願いできるだろう。私もその方が気がラクだ♪頼んでみよう…そう思っていた矢先、父から連絡が来ました。祖母も体調を崩し入院したが父も弟も看病に行かなくてはいけないし、弟嫁さんは子ども(次女と同い年で当時1歳7ヶ月)の面倒も見ながらの看病になる。「悪いが、おまえ達が帰ってきても面倒を見れない」私は祖母から電話で聞いていたのは腰を痛めて立てなくなったからしばらく検査入院をする…ということだったのですが、実は、肺癌が脊髄に転移したために立てなくなり、余命いくばくもない状態だったそうです。「足に力が入らんようになってねぇ、 立てへんのよ…情けないわ~」それが祖母との最後の会話になってしまったのでした。臨月の私を気遣って遠まわしに父は私に帰省するのを止めたのでした。そんなこととは知らない私は実家にも帰れなくなってしまった…どうしよう…泣いている暇はありません。ちゃんと赤ん坊を産まなきゃ!幸い、通院していた産院はお産で入院中は家族ぐるみの面倒を見てくださるところでした。すでに帰省先の産婦人科に紹介状を書いてもらっていましたが、事情を説明すると快く聞いてくださり、お産はそのまま名古屋ですることにしたのです。不安はいっぱいありました。出産後、退院してからひとりで家事・育児が出来るだろうか…夫が手伝ってくれるとはいえ、出勤してしまえば夜遅くまで帰ってきません。産後の家事のお手伝いをしてくれるというサービスの会社に登録もしておきました。5月半ば、夫の妹が兵庫県で結婚式を挙げましたが、出産予定日2週間前の身体で新幹線に乗るのも危険なので私は欠席し、夫と長女だけが出席しました。その数日後、義妹夫婦が新婚旅行中の5月20日の朝、その日は長女が幼稚園に入園して初めてのプール保育の日でした。3歳なので着替えもおぼつかないので保護者が手伝いに行かなくてはいけません。そろそろ出かけなきゃ…とトイレに行くと、おしるし(出血)がありました。ついにお産が始まった!ドキドキ…さあ、落ち着け~!しっかりしなきゃ!同じ園に通う近所のお友達のお母さんに長女の着替えをお願いし、夫の会社に連絡を入れると、ちょうどまだ会社内にいて(その頃は携帯は普及してなかった)すぐに帰宅してくれました。入院の用意をして、次女も連れて園に長女を迎えに行き、家族全員(笑)で産院に行きましたが、陣痛はほとんどなし…結局お産まで時間がかかりそうなので、夫は娘達を連れて帰宅し、自宅待機することになりました。3人目だからすぐに出てくるって思ったんだけど陣痛は消えちゃった~!!夕飯を食べ、うとうと…眠れちゃうくらい(笑)夜中にやっと陣痛再開。明け方から規則正しい痛みの波がきて21日の早朝6時、一旦陣痛が治まった間に病室から分娩室に歩いて移動しました。分娩台に横たわるとすぐに次の陣痛が…と同時にぐぐっと来た~!!「何か、いきみたいんですけど…」と私が言うと、「あらら!」とあわてて若い看護婦さんはベテラン助産婦さんを呼んで来てくれ、「よっしゃ!いいよ」の声にう~~ん!!6時7分、ズッキー君が誕生しました。あの時分娩室に移動せず、もう1回病室で陣痛を迎えていたら病室で生むことになったかも…(・_・;)若い看護婦さんには「こんな楽なお産、初めて見せていただきました~♪」と言われちゃった(^u^)次女の時同様、お産のときに院長先生が間に合わないほど1回のいきみで産んでしまいましたわ…(^^ゞ分娩台から院長先生が家で待つ夫に電話をかけて下さったのですが、まだかまだか?と夜中寝ないで知らせを待ち続けたものの、待ちきれず力尽きて睡魔に負けて寝入ってしまった矢先に電話がかかり、かなり寝ぼけていた様子の夫は「ひと寝入りさせてくれ~!」(-_-)zzz朝っぱらから、まだ3歳と1歳8ヶ月の娘を連れてくるのは大変なので「ゆっくりでいいよ~♪」と私。その後は娘達も一緒に病室にお泊りしました。和室の部屋に母は電動のベッド、ズッキーは新生児用のベッド、娘達は畳に布団を敷いてもらって4人で寝ていました。朝と夕ご飯は部屋で娘達と一緒に食べ、(娘達の分もご飯を作って下さいます)8時半になると保母さんが迎えに来てくれ、4時半まで保育室で預かってくれます。昼ご飯もそこで食べさせてもらいます。昼間のうちに私だけでなく娘達の分も服、下着、タオル類すべてを洗濯して乾燥させて返してくれます。お願いすれば、ご主人方の食事も用意して下さるし、入浴も宿泊も出来るんです。我が家は産院から車で10分とかからなかったので、夫は仕事帰りに娘達を家に連れて帰り、慣れた我が家のお風呂に娘達を入れてパジャマに着替えさせてまた産院に送り届けてくれ、自分はひとり家に帰って寝る生活を1週間続けました。実家が遠くて帰れない、実家の世話になれない産婦さんたちのためにとこの産院は至れり尽くせりで、その評判を聞いてここで出産をする人が多いそうです。上の子達を産むときには「きれいな病室で、サービスがよくて…」が売りの産院に惹かれましたが、頼れる実家もない状況になって古いけど、こんな家庭的な世話をしてくれる産院にただただ感謝でした。次女は哺乳瓶で何か飲みながらでないと寝られず、夜鳴きもするので次女用の哺乳瓶も持参しました。生まれたばかりの赤ん坊の分と次女の哺乳瓶を洗っていると、「わぁ~大変ですね!」新米ママさんから尊敬のまなざしで見られちゃったり…オムツもふたり分換えてたわね~…このときが人生で一番痩せていたかも…(爆)続く
2005年05月21日
コメント(4)
朝、夫がなかなか起きてこないのでもしやと思ったらやっぱり有給休暇を取っていたようです。土曜日から3泊で北九州に出張だったから…私に「なあ、今日は休み?」と聞いてきます。いまだにカレンダーに記入している私の出勤マークがわからないらしい…(ーー;)「休みだよ。仕事は…」PTAやら何やらがある日を休ませてもらって、それ以外の日は出勤日だって何回説明させてもらったらいいのかなぁ…(ー_ー)!!今日は生協の委員の中でも広報担当を今年も任されちゃったので、広報紙を作るに当たっての研修会のため、電車に乗って生協の本部まで出かけなくてはいけなかったのです。夫は映画にでも誘ってくれようとしたんでしょうが私が毎日家で暇にしてるなんて思いはいい加減に捨ててほしいです~…毎回いきなり「今日は俺休みだから」って私の予定を無視した言い方はイヤなの…で、普段同様、朝の家事を大急ぎで済ませて出かけていき、午前中の研修を終えて、以前にも書いたことがあるけど、帰り道に商店街でケーキの切れ端をお土産に買って帰りました。今日の収穫は紅茶のシフォンと、生チョコケーキの切れ端。400円ちょっとでしたヽ(^o^)丿1時半頃帰宅してもらってきたお弁当を食べましたが日頃の疲れがどっと押し寄せてきて…夫はいつものようにDVDを見ているし…リビングにいてもくつろげないので寝室で布団に横たわって昼寝をしました。でも神経が高ぶってて、テレビの音や、テスト前で帰ってきた娘達の話し声が耳についてうるさくて…ズッキーが帰ってくるのもドアのバタンという音が、これまた頭に響き、ぐっすり眠れはしません。よけいにしんどくなってきて結局夕方までゴロゴロ…夕飯のことが気になったのか、「買い物にいくけど、今日は焼きそばでええか?」夫が聞いてきましたが「ええか?」ったって、作るのは私ですわ~(・_・;)何でも買ってきてちょ~だい…ちょっと夫に対して何でも反抗的な最近の私です。昼寝の間にPTAの役員さんからメールが入っていました。大阪府庁に対して物騒な郵便物が届いたらしく、子どもの命にかかわる文面だったため、地域での警戒を呼びかけるものでした。気持ちを引き締め、私の担当する地域の委員さんに連絡を回して目も覚めました。単なるいたずらかもしれませんが、本当に悪質です!何事もなく無事でありますように…夕飯時、テレビでたまたま付いていた旅番組…梅沢登美男さんが奥様とそのお母様,叔母様を連れて京都~北陸を旅する内容だったのですが、京都は鞍馬や貴船滋賀県は比叡山延暦寺や近江八幡、といった、テレビでは普段あまり出てこない場所ですが、私の住んでいる街からは割と近くの場所なのでちょっと興味をそそられて最後まで見入ってしまいました。新緑の美しさや、さわやかさが画面を通して伝わり、宿泊先もそんな豪華な宿ではないけど温かみが伝わってきて、「行ってみたいなぁ~」と思わせてくれるのでした。近くにこんなにいいところがあるなんて…それも温泉までついていて…久々に1時間しっかりと番組を楽しみました。どの場所も時間を忘れさせてくれそうなゆっくりと時が流れているところで、見ている私の気持ちもほぐされていくような感じでした。最近時間に追われてイライラしているから余計に感じたのかも…ちょっと落ち着いたらお出かけしたいなぁ…
2005年05月18日
コメント(9)
今日は仕事お休み。でも、ズッキーたちの野球の試合に同行。朝はいつもの通りに6時過ぎに起きていつもなら娘達の弁当作りが今日はズッキーと私のおにぎり弁当作りだ~毎日弁当作ってるんだわ…(・_・;)夫は昨日から出張中で不在。でも我が家の8人乗りワンボックスカーはチームの移動の必需品なので私が集合場所まで運転、あとはコーチに運転をお願いして試合会場へ…隣街で毎年この季節に行われる試合。去年は1回戦で負けてしまったが、今年は3回戦まで勝ち進んできた。しかし…先制点を取ったものの、逆転されてそのまま…最終回、チャンスがやってきて、駿足ズッキーも代走の準備をして待っていたが出番なしであえなく撃沈…午後からはホームグランドで他チームと練習試合が行われる予定だったが、試合開始直前ににわか雨が…ところが、この雨がまたスコールのような豪雨で、ただでさえ水はけの悪いグランドは瞬く間に大きな池と化してしまい、試合は中止になってしまった。…が、こんなことで解散させるような監督ではない。即、隣街の交流のあるチームの河川敷グランドを拝借して練習試合をさせてもらうことになった。午前中の試合内容にはらわた煮えくりまくり~!!なのが、よ~くわかる…(-_-)/~~~ピシー!ピシー!で、またまた車を提供。よそのお父さんに運転をお願いして付いていき、そのまま夕方まで…ああ…今日もまた衣替えが出来なかったよ…片付けきれない服がたたんだまま部屋の片隅に重ねられ…夫が出張中なのを幸いに夕飯は超手抜きでm(__)mゴメン!それでも家事は山のように残っててPTAの仕事も山積みされていて、グランドを借りるための委員の事務仕事も来週が締め切りで大詰め…明日は通常の仕事…だが、来月から始まるお中元のバイトが集まらないために知り合いをかき集めなくてはいけなくてそのことでも先輩パートさんと電話で延々と打ち合わせ…頭の中は切り替え切り替えでもう目一杯!!目が回ってきた~(@_@;)おっと!しあさってには生協の委員として研修を受けに行かなくてはならない…電車に乗って…はぁ~…ゆっくり寝たいよ~…最近、仕事中に伝票の数字が催眠術のように「おまえはだんだん眠くな~る…」って迫ってくるのよね…記憶がふっと一瞬なくなってしまって…いねむりしてるかも~…(-_-)zzz明日もやばいぞ…
2005年05月15日
コメント(11)
遅くなったけど…と、上司が歓迎会をして下さいました。私の前任者の方は事務職よりも売り場に復帰したいからということで、いったん職場をやめ、売り場に入っているメーカーに就職するという形を取り、同じ百貨店の中で働いています。私もバイトのときから顔見知りなので、先日も用事で事務所に立ち寄られたときに「元気ぃ?」ってしばらく話し込んでしまいました。今日はその方の送別会も兼ねて…上司は閉店後でないと参加できないので、仕事が終わった人が少しずつ集まって…職業上、9時ごろにならないと全員が集まれないそうです。私は今日は休みをもらっていたので、夕飯の支度をしてから出てきました。お歳暮のバイトの時に忘年会に呼ばれたのもこのお店で、こじんまりしたお店ですが、なかなか美味しくて皆さんのお気に入りのようです。もう鍋…は暑いので今日は「懐石風の創作料理」でしたが、少しずついろんな味を楽しめました。皆さん、楽しい方ばかりなので、よかったなぁって思います。人間関係が良くなければ、なかなか長く勤められないですから…楽しい宴会はお開きになり、11時過ぎに帰宅すると、やっぱりテーブルの上は残ったおかずにラップもかけられていなくて、流しには汚れた茶碗や皿が…今日はそんなにお酒は飲まなかったけど、皆と楽しく飲んで酔って帰ってきてもふっと我に返っちゃう…夫はいつものようにパソコンの前に座り、テレビのニュースも見て…何も会話を交わさない。お父さん、あなたが疲れていらっしゃるのは十分承知です。私もね、今日はせっかくの休みだけど午前中、生協の委員会に出席して、午後からクッキーの授業参観に行って、帰ってからは早めの夕飯の支度をしてそれから出かけたんです。1日で何役も頭の中を切り替えてもうクタクタ…家族のことを放ったらかしにしてはいけないと一生懸命やってから自分の用事に出かけているんだけどなぁ…飲みに行ったことに罪悪感さえ感じちゃう…いつもそれにムッとしたり悲しくなったりなってしまう。怒ってもしょうがないから黙々と片付けて洗い物をした。早くお風呂に入って寝ようと思うのに、今頃ダラダラと長女が入ってて出てこない…やっと出てきたので、入れ替わりにさっさとシャワーを浴びに入ったが、あはは!夫も娘の出てくるのを待ってたんでしょうね。私がさっさと入っちゃったから出てきたときには風呂に入るのをあきらめて寝ちゃったようです。私が帰ってきたときに「お帰り!どうやった?楽しかったか?」って明るく声をかけてくれたりしたら、私も「うん!楽しかったよ!お風呂はもう入ったの?」って会話ができるんだけどなぁ…倦怠期の夫婦には会話がありませんわ~(~_~;)
2005年05月10日
コメント(7)

毎年、何の手伝いもしてくれない子ども達に対してそして、「今日は何の日だと思ってるんや?」と子ども達の気持ちを逆撫でするような台詞を吐く夫に対してイライラしっぱなしだった母の日。今日は夫が朝早くから休日出勤で出かけ、ズッキーも8時過ぎには野球に出かけ、後は娘達がそれぞれの部屋で昼までゆっくり眠っているだろう。流し台の洗い物も済ませ、洗濯物も干して、リビングに掃除機をかけて私も仕事に出発~♪売り場はゴールデンウィーク最後で母の日でもあるからにぎやかで活気に満ちているようだが私の職場は入荷もなく平和そのもの。家に居るよりも落ち着けてよかった(*^_^*)帰宅前にズッキーが野球を練習しているグランドに立ち寄り、他のお母さん達と談笑して、帰宅してからはカレーを作ることに…コマーシャルじゃ、母の日に子ども達がカレーを作ってくれるんだけどね~(^_^;)まぁ、うちの家族には無理だな…期待すればするほど腹が立つからね~支度が出来て、「いっただっきま~す!」1番初めに食べていたのは…夫だった…(ーー;)(ーー;)先日、子ども達に「おまえら、『いただきます』を言わんか!」って怒ってるから、「言ってもらわなくてもいいです!」って言い返してやったわ。私は、そんな言葉よりも、自分が育ってきた家庭のように作り手である母が席につくのを待って、家族全員で食べ始めたいのだ。父親の帰りが遅い平日は構わないからせめて休日の夕食ぐらいは『いただきます』は私も含めて全員で唱和するものではないだろうか?「出来たで!早よう食べ!さっさと食べ!ほれほれ!」義母は家族に食べることをせかして、自分も大急ぎで食べ、「さあ!片付けるで~!!」といった具合で、夫の実家でご飯を食べるのは落ち着かずセカセカして嫌だった。育った環境の違い…愛情のかけられ方、育てられ方の違い…夫に対して、今何もかも嫌になっている原因はこの辺から来ているような気がする。…とにかく、今日はさらっと行こう!と自分に言い聞かせ、黙ってカレーを食べ、片付けに入った頃、ミッキーが帰ってきた。夕方いったん帰ってきたのに、友達から呼び出されてまたどこかに行ってたのだが、再び戻ってきたらカーネーションの鉢植えを持って帰ってきた。「お母さん、これ」近所のスーパーの袋に入っていて、自転車に乗せて帰ってきたので、花首が3個ほど折れてたけど…(・_・;)つぼみはたくさんあるので、どんどん咲いてくれるでしょう。 去年はコンビニケーキだった。ぶっきらぼうだけど、ちょっとうれしかったのでした。(#^.^#)ところで…義母には…何にもしてないです。ちょっと鬼…かもしれないけど、もう無視しておきます。息子である夫も、昔からプレゼントなんかしたことないんでしょう。何にもしないし、私に声かけもしないので、気づかなかったことにしときます…先日のバーベキューで十分じゃないですかねぇ~(ーー;)うふふ~ ^m^ ^m^ ^m^…でもその代わりにね、英会話でいつも娘のように私を気遣ってくれているC子さんにお花を贈りました。アジサイで、「カメレオン…何とか」っていう、咲き始めから枯れるまでに何度か色が変わる、ちょっと変わった品種です。↓こんな感じ 近所の顔見知りのお花屋さんにお願いして1日早く土曜日に届けてもらい、「ありがとう」って即お電話をいただきました。この前、久しぶりにレッスンに顔を出したら何と!ミッキーの入学祝を下さったんです。(・o・)びっくりしちゃいました。お金をいただいたからどうのこうの…じゃなくて、気持ちがありがたいです。感謝の気持ちを込めて、母の日の真似事をさせてもらいましたが、喜んでもらえてうれしかったです。毎年あれこれ考えて花を贈っていた私の前で「花なんかいらん。枯らすだけや」そう言ったあの人の言葉…忘れません。執念深いと言われるかもしれないけど…意地悪だと思うけど…私の精一杯の反抗です(+_+)そんなこんなの今年の母の日でした。
2005年05月08日
コメント(4)
5月に入り、「後半の3~5日に帰ります」と義妹からメールがあった。が、毎度のように義母は何も言ってこない。娘や孫達が来たときのためにと義母の部屋には一人暮らしの割には大きな冷蔵庫があり、野球のお茶当番に必要なたくさんの氷を作るために、私は時々この冷蔵庫を拝借している。電気代のほとんどは夫の給料から出ているんだから堂々と使わせてもらってます(*^^)v義妹たちが帰ってくるという前日保冷剤などを「凍らせてね」と義母の部屋に入っていった。普段同じ屋根の下に住んでいても会話がないからこういうときに声がかかると私は思っていたが、…何もなし。以前なら私の方から「連絡いただきましたよ」って先に声をかけたが、もうアホらしくって黙っている。相手も何も言わない(怒)夫に義妹たちが帰ってくることを報告し、毎回義母は何も言ってくれないこと、2年前に受けた娘達の心の傷の深さ、義母の非常識な振る舞いにどれだけつらい思いをしているか…やんわりと話してみた。すると夫は義父がまだ元気な頃、義母が娘のためだけにしか財産を残す気はないだろうと話してくれたことがある…と言った。なるほどそうだろう…それだけ、自分のお腹を痛めて生んだ娘を溺愛しているってことだ。しかし、そういう問題じゃないだろう?お金だけしか信じられなかった義父らしいけど、もう少し、メンタルな部分で息子を応援してほしかった。結局、夫からは私に対する侘びの言葉や義母に意見し、改善をさせようという前向きな返事はなかった。「帰ってくるのにメールだけはおかしいよな」って言われたって…私は義母から【娘達が帰ってくるからよろしくね】の一言もないことがおかしいと言っているのだ。「迷惑かけてすまんなぁ」くらいの言葉かけはしてほしい。やっぱり感覚がずれている…けど、まあ、私の意見は聞いてもらえたから少しは気持ちが治まったような…でも少し悶々とする…3日、4日は野球の応援三昧で私も気が義妹たちにはほとんど行かず助かった…のだが、5日のこどもの日は野球が休みということで急に夫が「5日は皆でバーベキューやろう!」と言い出した。5日は私は仕事だったので、「私は無理よ」と断った。夫は「え?」っという顔をした。いつもそうだ。自分は「今週は土曜も日曜も仕事!」などと一方的に自分のスケジュールを言う割には私の予定など全く興味がない。2週間前からカレンダーの私の予定欄には【出勤】と書き込まれてあるではないか!にもかかわらず、妹夫婦に「バーベキューやろうや!嫁さんは仕事やけど」と、誘いかける。おまけに「肉の買出しに付き合ってくれ」と、4日の夕方、ズッキーたちの練習が終わり、夕飯の支度もそこそこに、車でスーパーをあちこち食材を買い回った。夕飯の支度、片付け…昼間の疲れが出てきてもうかなり眠くてフラフラ…しかし、明日のために野菜を切っておかなくてはならない。夫は一応「肉とか切るの手伝おうか?」と声をかけてはくれたが、狭い台所にふたりして立つ気はない。かえって邪魔だ!「いらない」の私の言葉を鵜呑みにして「さてと!明日は早いぞ~!寝よ!」とあまりの眠さに仮眠している私の前で大声ではしゃぐ夫…それが私の気分を害しているってことに気づけよ~!!無神経男!!鈍感!!無性に腹が立ってきた。バーベキューって、男は肉食べて酒を飲むことしか考えていないようだ。子ども達はご飯も食べたいだろうからおにぎりを作ってやらなくちゃ…いろいろ考えながら床に入ったので、眠りも浅かったのだろう。明け方、頭痛で目覚めた。ご飯の炊ける間、頭痛薬が効くのを待ちながら少し横になり、おにぎり作り。あとは材料をクーラーボックスに放り込んでさっさと仕事に出た。やっぱり、仕事の方が楽(笑)帰宅したら、彼らは早めの風呂に入りさっぱりした顔で…リビングにはクーラーボックスがポンと、後片付けはよろしく~とばかりに置かれている。どっと疲れた私は少し横になりたいからと、洗面所で仕事着から普段着に着替えていたら、義母が入浴しにやってきて、「ちょっと待ってください、着替えてますから」って言うと、「あら~お風呂に入ってたの~?」とのたまう!さっきまで義妹が入っていて、その後すぐに私が着替えを始めたところだ。ったく、何考えているんだ?いつもずれた言葉ばかりをかけて私をムカッとさせる。その前に、材料の用意をしたことに対して礼を言うなり、「お疲れ様」くらい言えんのか?あ~~思い出してもむかつく!!しばらく寝ていたが、夫がバーベキューで残った肉を風邪で調子が悪く出られなかったクッキーのために焼いてくれたのはいいが、換気扇も回さないので、寝ている3階の部屋は煙たくてしょうがない(怒)おまけに、出したホットプレートや自分達の食べたあとの片付けは何もせず…それを見たらまたしんどくなってきた…疲れ切って何もせずに寝ましたよ…でも、結局誰もやってくれないのがわかっているから、トイレで目覚めた夜中の3時、せっせと洗い物をいたしました。夫が飲んだ後のビールの空き缶だけはそのままにしておきましたけどね。今回義妹たちは娘達、特にミッキーに対して少しずつ歩み寄ってきて、よりを戻そうとしている様子が伺えました。ミッキーのメルアドを聞き出して、「メール交換しよう♪」って話しかけてきたりしたそうです。ミッキーたちもいとこ達と話も出来なくなったのは義母がすべての根源であることがわかっています。やっかいなのは、その義母が全くわかっていないっていうこと(ーー;)(ーー;)…まあ、結局いつものように私の中で悶々とした気分が治まらずまた体調が変になっちゃいました。夫に対しても、もう何を頼んでも無理かなぁ…って気がして…仕事休みだった昨日1日ではモヤモヤはすっきりせず、今日は同じ仕事をしている先輩パートさんも出勤されるので、たぶん、私の仕事は何もなさそう…というわけで、体調不良を理由にわがままだけど、休ませてもらいました。睡眠不足がたまりたまっていたので午後からずっと寝ていましたがまだなんだかすっきりしません。頭痛も復活してきたみたいだしね…毎度の愚痴をこぼしてしまいました。m(__)mごめんなさい。明日は気持ちを切り替えてしっかり仕事してきます。ファイト~ヽ(^o^)丿\(^o^)/
2005年05月07日
コメント(5)
はぁ~…疲れた…(-_-;)「遊び疲れた~!」って言ってみたい…(ーー;)3・4日、連日野球三昧。3日は私はお茶当番でもあったので、6リットル近くのお茶、アイシング用冷却材、氷と、運転手の夫、ズッキー、私の3人分の弁当(一気に炒めてチャーハンだ~!)を用意し、朝7時半過ぎに家を出発。市内山奥の運動公園で行われた、ある大会の開会式に出場後、南に下ってその大会の1回戦に臨むもお粗末な試合展開にがっくり…監督のお説教後、ボソボソと弁当を食べ、気を取り直して別のグランドで練習試合。このグランド、とっても日当たりが良好で…って、日陰のあるのは対戦チームのベンチ側で、こっちには日陰はないわ、もう夏日でカンカン照りで西日がガンガンほっぺたに刺さるような感じで助けてくれ~!!の暑さ(>___
2005年05月06日
コメント(5)
盆、正月、こどもの日以外の土・日・祝日は野球三昧のズッキーたちです。よって、このGWもカレンダーの赤いところと土曜日はすべてブッつぶれ~…29日(祝)、30日(土)、今日1日は日曜日、3連休すべてズッキーは野球でした。明日は月曜日で学校あり…朝起こすのを忘れそうだ(^^ゞ学校があるから中学・高校生の娘達は弁当が要る。普通なら、土・日は弁当を作らなくてもよいのに、ズッキーも野球が1日中あるときは弁当が要る。このところ毎日弁当作ってるような…(@_@;)今朝、ズッキーは家を朝7時に出なくてはいけなくて、それに間に合うように弁当を作るため私は5時半には起床…頭はボ~ッ…(+_+)今日は日曜日なのに夫は仕事で「行ってらっしゃい」と見送り、私も仕事があるので出て行き…職場では、月初なのに月末の締めが終わっていなくて昨日の日付の伝票処理に追われる…家に帰れば、すでに先に帰宅していた夫がテレビを占領していて、相変わらずDVDを片っ端から見ていて、日曜日の夕方は「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」ってインプットされてしまっている私の脳みそは今何時?(゜o゜)今日は何曜日?(゜o゜)もう訳がわかりまへん~!!(@_@;) (@_@;)え~と…とりあえず、明日は皆学校に行くのだね?ごみの日だよね?弁当も娘達の分ふたつ作らなきゃいけないのよね?自分で自分に言い聞かせておかないと、何だか変になっちゃうよ…(>_
2005年05月01日
コメント(9)
全13件 (13件中 1-13件目)
1