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家内と話しをした。 娘は何度言っても、片付けをしない。 息子は、何度言っても、勉強をしない。 ○○は、何度言っても、変わらない、という。 結局、相手を変えようとしても無理であって、 自分の見方を変えるほかない。 どうしてかというと これまで何度 片付けろと言ったのか? 勉強しろ といったのか? 何度も言って変わらないのに、 これから、どれくらい言い続ければ変わると考えるのか? その考えのほうが 変だろう。 そのような想いが自分を苦しめる。 これは、努力すれば成功するという思考と同じ。 これまで、一生懸命努力しても、うまくいかないのに、 もっと努力すればなんとかなると 信じている。 変わりたい、変わらせたい と強く思えば思うほど、 変わらない今を創造してしまう。 誰かを否定するのではなく 今の自分を否定するのでもない。 否定からは何も生まれません~津留晃一
2012.05.30
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なぜ、気づき 気づき というかというと、 すでに手にしているのに、それに意識を向けることなく 常に意識は、外にあり、ないものを得ようとしているからです。 欲しいもの ないもの 変わりたいもの に、常に意識を向けている。 だけど、 欲しいもの たとえば お金でも彼氏でも ないと思っているものは、すでに ある。 あるのに 気づかない。 いるのに 気づかない。 1万円あるとして、100万円がないと 嘆いているだけ。 素敵な人がいるのに、気づかないだけ。 私は、もっと 違うものが欲しいと 思っているだけです。 だから、それらを手にする法を探したり、努力したりするわけです。 が、無駄 無理 望むことは かなえられることはない、 なぜなら すでにかなえられているから。 これを いろいろなバリエーションで説かれている。 幸せの青い鳥とか、 タイトルは忘れたが、家の庭に宝があったお話しとか ネズミの花嫁だってそう。 答えは、誰かの本を読んでも書いていない。書いてあっても 気づかないと 理解できない。 これを、現実的にやるのは たとえば 嘘から出た 真とか 疲れたという代わりに 100万円とか 適当に書いているようだけれど、こういうことで、気づくきっかけになるかもしれないとも 思う。 私自身が大変な想い・経験をしたわけですよ、ですから、想いを変えるだけというか、今を否定しないだけで ちょっとは、面白い世の中を生きられるんじゃないかと思っています。 だけど、誰かを変えようとか、教えようなんてことは、これっぽっちも 思わなくなった。 書きたいからただ 書く。 で、出したものは どこかで 返ってくるわけですよ。 それは それで、面白い経験ができる。 津留さんの本は読んだほうがいいと思うけれど、読むことと気づくことは違う。 あなたは、ないものに意識をいつも向けているから あるものに、気づくことがない。 それは、いつも あなたが ないと言って探していたものが 実は、あるということに 気づくことなんです。
2012.05.22
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ようやく、中古の戸建てが売れそうです。 さらに、初めての仲介の売買も決まりそう。 自社物件の問い合わせは、3月~4月中旬までまったくなかった。 そういう時に限って、携帯電話のセールスの電話が多いと書いた。 そして、「いま、契約中なんです」と言って電話を切ったものです。 嘘から出た真作戦。 で、4月下旬から、内覧が5件入って、そのうちの一組と価格交渉中です。 同じように、初めての仲介も、予約が入りました。 この作戦は、結構な確率でうまくいくと思っている。 内覧が入ると同時に、セールスの電話も来なくなりました。 一石二鳥です。 是非、お試しください。
2012.05.08
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愛されるには どうしたらいいのだろう とか 感謝されるには どうしたらいいだろうか とか どうしたら 喜んでもらえるだろうとか 笑ってもらうにはどうしたらいいか 買ってもらうには どうしたらいいか 云々 の方法を考えても、なかなかうまくはいかないものです。 単純に 愛されるには、愛すればいい 感謝されるには 感謝すればいい 買ってもらうには まず自分で買えばいい わけです。 当然 これらが、先にある。 なぜなら 世界は、鏡であるから、写るからです。 あたえたものが 与えられるという 法則があるのです(津留晃一) しかし、 自我はなかなか、理解できない。 自我は、いまここには、存在できないからです。 自我=記憶=時間・空間=過去・未来 いまの自分の想い・意識が、世界に反映しているだけですから 幸せになりたい人は、幸せになれません(津留晃一) そういうものかと思うでしょうが、 いままで、努力や頑張りで幸せを得られると思っていた自我は、 理解することができないで、否定するだけです。 そういう考えで生きていけるほど、世の中は甘くない。 きっと、このように考える。 そして、その反映した世界で生きてしまっている。 こういう考えをすると、 それ以前と違った世界を生きることになる。 ありていにいえば、運がよくなる。 同じ世界で、違った経験をすることになるのです。
2012.05.08
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幸せな人は、幸せに意識を向けている人であって 不幸な人は、不幸に意識を向けているに過ぎない。 こんな簡単なことに、なかなか気づかなかった。 幸せとか不幸は、世界に存在していて、それを 感じていると思っていた。 だから、満たされている人が幸せで、そうでない私が 不幸せなんだと思っていた。 外には 何もない。 意識をむけるものこそが現実であって、 意識を向けないものは、存在しない。 で、多くの方は、悩みを解決しようとして、悩みに意識を向けるから、 八方ふさがりになる。 悩みを解決するには、悩みに意識を向けないこと、 これは、問題を解こうとするから苦しいということ。 いつも いつも 自分のしたいことに 意識を向ける。 それが、現実そのもの。 貧乏で デブで 仕事もなく 貯金もなく、 あるのは借金と夫婦の不仲だけだから(かつての 私のようですが) 不幸なのではなく それに、意識を向けるから苦しいに過ぎない。 最近、不動産を始めたのですが、始めたことにより、不動産の看板に気づくようになる。 パチンコを好きな人は、パチンコの看板に気づきますが、しない人は ただ 通りすぎるだけで、記憶にも残らない。 過去だって、存在していると思うけれども、ない。 いま 過去について語れるだけです。 同様に、あなたの悩みもない。存在していないのです。 あなたがそれに 意識を向けるときに 初めて存在する。 嫌なことに意識を向けて解決しようとはぜず、 したいこと わくわくするようなことに 意識を向ける。
2012.05.07
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ごぼう茶の効用 手湿疹が良くなった。完治しても、また出てくるが、すぐに消えるようになった。 肩こり(首こり)が、消えた。 たぶん、ウイルスか細菌を、ごぼうのなかにある何かが作用していると思われる。 いまだ結果はでていないが、ごぼう茶を飲んだあとのごぼうで ゴボウサラダを作っている。 すでに、ゆでてあるので、マヨネーズとつゆのもとと ゴマを混ぜて食べるとうまい。 食べごたえがあるわりには、カロリーは控えめだろう。 今日は、朝昼晩食した。 晩飯は、ごはん替わりに食べたので、通常よりも、体重は減っている。
2012.05.01
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