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本日午後1時30分、サイパンの某ホテルでご同業の方々とお茶を飲んでおりましたら、なにやらクラクラとめまいにも似た揺れが。。。。。おっと、危ねぇ、更年期障害か、脳溢血か、くも膜下か?つい最近、このお茶を飲んでいたホテルの総支配人が脳溢血で倒れたばかりなもんで、一瞬ジジイの脳裏には「もしかして」という不吉な予感が走りました。(えっ?)「おおっ~、デッカイぞぉ~」「Oh my goodness!」「TSUNAMI,TSUNAMI, Dangerous!」「Get out overhere!」周りの人々がなにやら叫んで皆立ち上がりました。なあんだ、地震かよ、脅かすなよ~ってな感じでヘラヘラするジジイでしたが、今日の地震はかなり大きくて長かったです。後になって、ちょっと怖くなってきたりして(笑)、津波の心配も出てきて、落ち着いてお茶なんぞ飲んでる場合じゃないってんで、そそくさと自分とこのホテルに帰りました。戻ってきてからEMO(緊急情報センター)に問い合わせてみたら、マグニチュード7だったそうで、これはサイパンでは最大級の地震だったようです。震源地はサイパンの北北西約138マイルあたりだったようで、津波の心配はないとのこどでした。まずはヨカッタ、ヨカッタってことで一安心ですが、元々、北マリアナ諸島は地震がほとんど無いことで有名なのですが、今年はすでに数回ヒットしており、これも異常気象のせいなのでしょうかね。まあ、津波なんか来たら島全体がなくなっちゃうような小さなトコですから、ビビってる間に死んじゃうかもしれません(笑)でも、このところの地球規模で起こっている自然災害は、地球という生命体の自浄作用かもしれません。自分で傷を癒す為に地球というひとつの生命体が治癒処理を開始したみたいな感じでしょうか?たまにはそんなことを考えてみるのも良いかもしれません。もうひとつ、ちなみにサイパンは、本来はすでに乾季になっているはずなんですけど、未だに雨が多く、突然かんかん照りになったり、急に大雨が降ったりと、妙な具合です。自然に近い環境で生活をしていると、なんとなく人間と自然の係わり合いについて、疑問に思うことが沢山あります。でも、人間の創った世界はもう取り返しのつかないトコまで来てると思うし、やり直しもできませんから、せめて、もう少し自然について考える余裕も必要かな、なんて思う今日この頃です(笑) ジジイにはあんまり似合いませんけどね(爆
2007年10月31日
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フリチャチャ・バリエーション~7つ目まで来ましたよー。やっぱりバリエーションの名前は全然覚えてな~い(笑)ってか覚える気ないみたいデス。踊れるんだから別に良いだろ名前なんかどーでも、みたいな感じですか。相変わらずいい加減なヤツですみません(爆!ということで、「踊り場」から「ディスコ」へと変身して行った頃のヒットソングをちょっと思い出してみました。時は1974年~1975年頃のお話ですね。大きな流れでいくと、小箱と大箱でヒットメドレーが違ってました。ひとつには、大箱はたいていバンドが入っていましたから、ヒットチャート上位曲がステージごとに演奏されるようなパターンが多かったので、どっちかというと、御馴染み定番フルコースみたいな感じでした。片や小箱はレコードのみに頼ってましたから、定番メドレーじゃすぐに燃え尽きてしまうので(笑)、アルバムの中から次のシングル・カット候補、あるいは踊り易くてノリの良い曲をDJがチョイスして流していました。まあ、言うなれば、このあたりがDJの目利きとしてのプライドを張り合うベースだったと思います。これに加えて、新しい踊りをいち早く仕入れるってのが、当時のDJやソウルマンと呼ばれた人々の突っ張り合いでした。そういう意味では、いわゆる「その道の通(ツウ)」と呼ばれる人や、成りきり人間は小箱に通っていましたね。特にブラザーの居るお店がやっぱプライオリティが高かったですね。どっちにしろ、この「流行」はすべてベース(米軍基地)経由でしか入って来ませんでしたから、どうしてもブラザーが集るお店が流行の先端を行くということになるのは仕方なかったですね。現在のようにインターネットみたいな便利なものはないし、当時はFAXだってまだ登場してませんからね。テレックスとかいうテープで情報が送られて来るのが、スゲーことだったですもんね。今考えれば結構笑えます。だから私のようなヤツでも、ノーガキ垂れて「プロ」顔していられたのでしょう(笑)ってことで、やはり当時の名門というか、最先端のお店と言えば、アフロレイキとエンバシですか。その流れでいくと赤坂ムゲンはちょっと毛色が違っていたかな。なんせブラザーがウヨウヨ(本当にそんな表現がぴったりでした)してるってだけで、もうとにかくそれだけでスゲー事だったし、なんせアフロだってホンモノでしたから(当たり前だろ・笑)、そんなところに出入りしている自分もスゲー奴なんだって、暗示にかかっちゃうみたいな(笑)そんな感じでした。(ってか言ってることよくわかりませんが・笑)とまあ、そんな古き良き時代を思い出して、当時の定番ヒット曲を挙げてみましょうか。レコード・ヒットの方は、もう既に散々語り尽くされているので、私は生バンド編で取り上げてみますね。しかしこの生バンドっていう表現も凄いですよね。今どき「生」なんて表現するとちょっと危ない感じがします(笑)さっきも言いましたが、箱の違いで定番も多少異なりますが、バンドが演奏する曲が当時の定番ヒットというパターンが多かったですね。ってことは、バンドが演奏しやすい曲ってことにもなるんでしょう。当時のバンドは殆どが4リズム+ヴォーカルでしたから、管楽器(ブラス)が入ってるバンドが出ているお店はチョイ格上でした(笑)といってもサックスが1本とかね、たまにヴォーカルがトランペットを吹くとかね、所詮そんなもんなんですけどね、それでもスゲーって感じで、音に厚みが出ましたっけ。ちなみに4リズムといっても、当然今のようにシンセやデジタル音源なんてありませんでしたから、ギター、ベース、ドラムの3リズムにエレクトーンがくっ付いてようやく4リズム、これにヴォーカルでなんとかカタチにしていたようなもんです。都下のパブ・ディスコ(当時はそんな呼ばれ方してました)にいくと、3人ってバンドがやたら多かったですね。ギター兼ヴォーカルで、ベースが時たまコーラスとか入れたりして、ビンボーくさかったですね。それに3人だから、レパートリーだって制限されちゃうんで、結局ロックとR&Bが適当に混ざった感じで、時々キャロルなんか歌ったりして(笑)、今にして思えば、結構デタラメでしたよね、当時のお店って(笑)楽器編成がレパの基本となりますから、当時の定番はどこ行っても定番でした。当然と言えば当然で、演奏可能な中でヒットチャート(所謂ビルボード誌ですね)から選ぶんですから、誰もがムツカシー曲はやりたがりません。まあ強いて言えば、ダンスミュージックってことで、踊れれば良いってなトコがありますから、いわゆるコンサート系のロックバンドに比べたら、多少は雑でも仕事になったってことではないでしょうか(笑)そんなところが、バンドが当時のディスコ・ヒットを作ったとも言えるんじゃないですかね。だって、すぐに頭に浮かぶ当時のヒットっていうと、やっぱサンタナですよね(笑)「ブラックマジックウーマン」と邦題「僕のリズムを聞いとくれ(オイェコモバ)」の2曲はチャチャの課題曲みたいなもんでした。みんな「オメコボバ~」とか歌ってましたよね(ばかやろう・爆)ちなみに当時のシングル盤はこの2曲がカップリングされてて、ステップ入門者にとっては嬉しいシングルでした。BLACK MGIC WOMANのオリジナルは確かフリートウッドマックでしたよね。私個人的にはこっちの方が好きだったなぁ~。それにしてもサンタナの曲は随分と重宝されたんじゃないですかね。サンタナも当時はアフロっぽい髪型してたし(笑)そういえば、当時はこうしたカバーも結構ディスコヒットになってました。どこのバンドも必ずと言って良いほど演ってたのがエリック・クラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」。当時はまだボブ・マーレィーなんて殆ど知られていなかったんじゃないかな。もちろんレゲエ自体の知名度もありませんでしたね。ジミー・クリフなんてのが注目されるのはまだまだ後のことです。あとブラザー・ルイとか、プラウド・メアリーはCCRとアイク&ティナ両ヴァージョン、キープミー・ハンギングオンは、バンドがバニラファッジ・ヴァージョンでレコードはオリジナルのシュープリームスという具合に使い分けてたかな。ゲットレディもレア・アース・ヴァージョンのコピーでした。テンプスみたいにコーラスなんてできなかったもんね(笑)そして永遠の定番ヒットがドゥビー・ブラザースの「ロング・トレイン・ランニング」。ギターのリフがカッコ良かったし、これって白人のロックバンドがやってるとは思ってなかったですね。ヴォーカル(トム・ジョンストン)の声も渋くてソウルっぽかったし。あと、「ヴィーグル」ってのも良くみんなやってました。たぶんこれはゴーゴーの流れからなんでしょうが、「踊り場」は別として当時のディスコって、ロックとR&Bの境目ってあんまり無かったような気がします。マンドリルの「フェンスウォーク」、カーティス・メイフィールドの「フレディの死」、スライ・ストーンの「サンキュー」「テイクユーハイヤー」なんてのもメドレーっぽくやってましたっけ。それと案外知られていないのがウォーですね。当時は「ゲットダウン」とか「世界はゲットーだ」「暗闇を突っ走れ」「シスコキッド」などなど佳作も多かったです。R&Bの方でも定番はサム&ディブの「ホールドオン」「ソウルマン」の2曲は不滅のヒットでした。当時は意味も解らず歌ってましたが、「HOLD ON I’M COMING」ってちょっとエッチですよね(ばかやろう)ルーファス・トーマスのナンバーも結構入ってましたっけ。ブレイクダウンとかファンキーチキンとか。JBはセックス・マシーンくらいかなぁ~、ってかこれは歌がね、付いていけませんよねやっぱ。ということで、大雑把な回想ですが(笑)、それでも当時のバンドマンって、それなりに頑張ってたんですよね。それでも75年後期からはすっかりDJにその栄光の座を奪われてしまいました。あの頃のバンドマンってその後どんな人生を歩んで行ったんでしょうかね。ちょっと興味ありますね。
2007年10月27日
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男手ひとつで三人の子供を育てている道楽親爺です(笑)全然気にしてなかったんですけど、フィリピンのマニラは厳戒態勢らしいじゃないですか。しかも道楽親爺のヨメさんが滞在しているマカティのホテルのすぐ近くで爆弾事件があったそうで、厳重警戒とかニュースで言っていました。大丈夫なんでしょうか?ってか、それもかれこれ1週間前の話らしいんで、何かあったとしても、もう手遅れですね(汗;まあ、なんの連絡もないところを見ると無事なんでしょう。私ゃ元々そーゆー気楽な性格ですから、どのみち気を揉んだところでしょうがありませんね。ということで、家事に勤しむおとーさんもさすがに疲れが出てきたせいか、昨夜は手を抜いて外食してしまいました。たまの外食だからいつも行かないトコにしようってなことになりまして、地元民はめったに行かない「ハードロックカフェ」なんぞに家族で行ってしまいました。ポークチョップ・バーガーだのベーコンチーズ・バーガーだの、パスタだ、ナッチョだ、ハナだチョーチンだと結構盛り上がった道楽者一家でした。でも味はかなりまずかった(笑)なんだよ、値段の割には中身のない味だね、とかブツブツ言いながらも、結局は頼んだメニューはひと通り平らげてしまった一家です。(そんなら文句ゆーなよ)しかしまあ、チーズがたっぷり脂っこさギンギンで、お腹はパンパンに膨れてしまって、家に帰ったらみんなでそのまんま倒れ込んで寝てしまいました。ということで、昨晩はフリチャチャのレッスンを休んでしまいました(汗;;;;仕方ないので今朝はホテルのトイレで今までのおさらいをしました(笑)私の勤めているホテルのロビーにあるトイレは鏡が大きいので、たまにこうして踊る姿を映してみたりします。特に今日は念入りに足裁きのレッスンをしました。なんかこんなシーンどっかでみたことあるなぁ~。そうです、シャルウィダンスって映画のワンシーンにありました。竹中直人さんが役所広司さんとトイレで踊りの練習をしているところに、同僚が入ってきて、すかさず竹中さんが貧血のフリして役所さんにもたれかかってごまかすってシーンでしたね。さすがにフリチャチャは一人ダンスですから、他人に見られたとしても、ちょっとした照れ隠しでごまかせます(笑)そんなことを考えていたら、マジでドアがバーンと開いてオバちゃんが入って来ました。ドキっ! ってかなんでおばちゃんなんだよ?????え~彼女はハウスキーパーのオバちゃんでした。Oh,I’m sorryと言って、すぐにドアを閉めました。でもしっかりと見られてしまいました、フリチャチャ(笑)彼女の目には私の姿は同映ったのでしょうか?(笑)「なんじゃ、ここのマネージャーはダンス好きかい」みたいな感じでしょうか(笑)でもね、鏡見ながら踊るってのもね、なんか久しぶりでちょっと楽しかったですね。調子くれて、ロボットとか、ポップロックとかもやっちゃいました。全体の体型というか姿のバランスは悪くないんですけど、まあ、それなりに中年のおっちゃんにしては「やるやんけ、われ~(笑)」みたいな感じです。でもね、目線を上に上げると、やっぱ、頭がちょっと淋しい(汗;そういえばハロウィンのカツラがあったっけ。。。(こらこら、まさかかぶろうってんじゃねーだろーな)まさかね、それじゃ単なるお調子者のジジイだよ、そのまんまの(笑)でも一度コスチューム・プレーってのにチャレンジしてみたいですね。リーゼントのかつらに玉虫のコンポラとか着て踊ってみたい気もしないでもありません。やっぱフリチャチャはスーツ系だよね。。。。。。う~ん、なんかこのノリ、浪曲子守唄のディスコ・ステップ版みたいな感じ?逃ィ~げたぁ~女房にゃ~未練はないがぁ~・・・・・・(爆!
2007年10月26日
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え~、連日フリチャチャに勤しむ道楽親爺です(笑)ようやく4つほどバリエーション・パターンを覚えましたけど、名前がね、覚えられないというか覚える気がないというか(笑)、どうも根が大雑把な正確なもんで「めんどくせー」みたいな感じです(爆)でもまあ、このバリエーションって、いわゆるモダンのステップですよね。それをフリチャチャのパターンにはめ込んでいるんですよね。まあ、それにしてもこんだけのバリエーションを作った人も大したもんですけど、メモライズして踊ってる人も大したもんです。尊敬しますねホント。ゆーじさんがはまったのもわかる気がします。ってことで、我が息子のステップも日々進化して、最近は「おとーさん、そこは違うんじゃない?」とか言ってオヤジを叱咤したりします。そんなこんなで、微笑ましい親子ダンスの家庭レッスンは続いています(笑)でもね、私、個人的に足を上げて手でパシパシって打つパターン、あんまり好きじゃないです。なんかね、インディアン・ダンスみたいでちょっと好きになれませんねー。あと、昔ゲットで山本リンダの「狙い撃ち」をこんな感じで踊ってたのを思い出すんで、ジジイ的にはちょっとパスしたいステップ・バリエーションです(爆)ところで、私がサイパンに来たばかりの頃、15~6年前でしょうか、その頃はまだこじんまりしたディスコが何件かあったんですが、当時でも土日は地元民も大勢繰り出してきて、それなりに盛り上がりも見せておりました。私も、元々はディスコ野郎ですから、当時のスタッフなんぞを引き連れてはよく出張って行ったもんです。スタッフのほとんどはフィリピン人ですから、当然ノリは良くて、まずみんな踊り好きです。そんな中で、私が踊るとみんなビックリするんですね。えっ?ジジイのダンスが上手すぎて?残念でした(笑)実は殆どのフィリピン人が口をそろえて「日本人は踊らないと思ってた」って言うんです。もっと突っ込むと「日本人は踊れないんだと思ってた」って言います。どうです、これがアジアでのニッポン人の実際の印象なんです。更に「日本人はただスケベなだけかと思ってた(爆)」とか言われるとね、ヒジョーに気分がブルーになりますね。まあ、そうは言っても、いくら踊れるからってタコ踊りなんかされるよりは、だまって座っててくれた方がマシかもしれませんが、どうも日本人ってのは金持ってることだけが取り得のしょーもない民族に見られているようで、ジジイ的にはちょっと情け無いです。他の分野では憧れてくれるんですけどね、それさえもちょっと虚像に近くて、電子機器とかハイテクな文化を持つスケベで金持ってる人種(笑)みたいな分類をされがちです。「スケベは万国共通だろ!」っていっつも言ってますが、どうも金でなんでも推し量ろうとする民族と、そのお金の部分だけで繋がろうとする利害の一致が生み出した結果ともいえなくもありません(なんじゃそりゃ)でも勘違いしてるのは彼らばかりではなく、ニッポン人も相当な勘違いをしてる場合がよくあります。ちょっと若くてピチピチしたフィリッピーナ嬢におねだりされて、デジカメやMP3プレーヤーなんぞを買ってあげちゃう優しい日本人も後を絶ちません。もらったねーちゃんたちは、その時は異常な盛り上がりを見せますが、それもすぐに現実的な問題で夢から醒めます。まあ必ずと言って良いのが、デジカメの再生手段とMP3の録音手段で行き詰ってしまいます。だって、彼女たち、自分のPCなんて持ってませんからね。撮った画像をどうすんだ?ってことですぐに落ち込みます。更に、MP3にどうやって音楽を録音するんだ?って落ち込みます。どうせなら、パソコンも買ってやれよ。ジジイはそう言いたいのですが、そこまで入れ込むにはまだ根性が座りません。これもやはり等価交換の規則が働きますから、それなりの価格のものを差し上げる場合は、同等の価値のあるものを頂かねばなりません。ということで、このギャップは未だ埋まることなく、アジアの各地でこうした不幸が繰り返されているのです。電気機器量販店だけが喜んでいるといった具合でしょうか(爆!
2007年10月25日
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このところ危険なニュースばかりで本当に閉口しますね。カリフォルニアの山火事、大丈夫でしょうか?戦友のキティちゃん、シュガーさん、大丈夫かなぁ~。今朝のテレビではサンディエゴ辺りがかなり危険とのことだったので、シスタ・シュガーのファミリーがちょっと心配です。しかし、連日、よくもまあこんだけ次から次へと事件が起きますよね。これもやはり太陽黒点のせいなのでしょうか。(えっ?)政局のスキャンダルは別としても、人間の機能障害が酷くなって来ているように思えてなりません。簡単に人を殺してしまったりすることにも、あまり反応しなくなってきているってのも本当に怖いことです。こうなってくるともう、変質者とか異常者とか言ってごまかすワケにはいきませんよね。みんながもう、ひっくるめて異常なんだから、逆に正常の方が見分けるのが困難になってたりして、よくわかんないです。ちなみにジジイは、個人的に「赤福」事件がショックでしたね(笑)何がショックかって、そりゃ、赤福がしばらく食べられなくなるからです(爆)私ゃ、好きなんです、「こしあん」が。ってか、このところ事件頻発の食品業界ですが、なんかね、今更って気もしないではありません。世間の言うところの「倫理」ってヤツで、果たしてこれらの事件を裁くことが出来るんですかね?ヒジョーに疑問です。だって、これは消費者のニーズに合わせて金儲けをしようとした結果なわけでしょ。結局のところ、便利=>浪費=>無駄が出る=>ごまかす(笑)みたいなことですよね。伊勢の赤福をいつでもどこでも食べたい、しかも安価で、という消費者のニーズを満たした結果がこういうことになるわけで、今更文句言うなよ、みたいな気持ちもあるんじゃないですかね、赤福の社長にしてみれば。(笑)実際に、そんな赤福を喰って死んだ奴も居ないし、倒れて入院したなんてのも聞いたことありません。たまに腹壊したくらいのヤツはいたのでしょうが、そんなんは、別に何食ったって当たるときは当たりますから、大騒ぎするほどのもんでもありません(笑)ってか、喰ってる本人が気が付いてないんだから、大したことはないんでしょ。逆に、こんだけ周りが騒いだから具合が悪くなるヤツなんてのが出てきそうです。まあ、それで商売して金もらってる以上は、当然管理責任ってのがあるのでしょうが、消費者側の一方的な倫理観で片付けてよいものかどうか疑問は残ります。だって、この事件を消費者の一方的な言い分で言えば、「期限は明確にしてきちんと守れ。でも値段は高くするな。どこでもお手軽に買えるようにしろ。余ったからといって捨てるようなもったいないことをするな」という素晴らしき道徳観念に基づく理屈でございます(笑)こうした生産者側へ倫理道徳を押し付ける庶民の皆様も、もう一度自分たちのスタンスに立って倫理を見直す時期に来ているのではないでしょうかね。都合の良いときだけ「庶民」とか言って謙っていますが、そんなら、見栄張らないで庶民らしい暮らしで満足しろってことですよね。大体、伊勢の赤福は伊勢に行ったときにしか手に入らないから価値があるんで、そんなもの東京駅とかで買おうとすること自体がすでに庶民の発想なんですね。だってそうでしょ、赤福喰いたいから伊勢まで行っちゃったよ、っていうのがいわゆるセレブで、でなけりゃ誰かに汽車賃払ってでも買いに行かせるっつーのが当たり前の姿なんで、そんな贅沢は高価なものと決まっているんです。それをお手軽に手に入れようっつーんですから、そりゃ逆に生産者に感謝しなくちゃいけないことですよね、本来ならば。「あ~、伊勢の赤福が東京で買って食べられるなんて、シヤワセだなぁ~」たぶん、事の始めはこんな感じだったと思うんですけどね。それがいつの間にか当たり前になっちゃって、しまいにゃ「そこまでしてゼニ儲けしたいのか」とか罵られたりして、それを果たして倫理道徳でさばけるのかってことです。やはり自然なカタチを超えて便利なものを作るってことは、絶対にどこかにシワ寄せが来るもんです。その一番自然な形は「値段」だと思うんですけどね。通常の倍の値段になるとか、ある意味プレミアみたいな感じですか(笑)それを、どこぞのお世話な奴が、「庶民にもこの贅沢を」とかなんとか言って、目ざといことするから、段々みんなでエスカレートしていっちゃったんでしょうね。そんでもって、何でもかんでも簡単に手に入っちゃって、季節だって越えちゃって、もう何でも出来るんだ、みたいなことになっちゃったから、いつの間にか庶民が居なくなっちゃった(笑)冗談ではありません。日本人の8割は自分たちは「中流」だと思ってますからね。満員電車に乗っかって、狭いコンクリートの部屋に押し込められてる奴のどこが中流なんだよってことです。前にも書きましたけど、自由席とかグリーン車とかごまかすからいけないんで、特別指定席、1等席、2等席ってな具合に正直に表現すれば良いんですよね。「そうかオレ達は2等なんだ」って自分がわかれば、無理なこともしなくなります(笑)そう考えると、案外昔の封建制度なんてのも、それなりに社会システムには必要な装置だったのかもしれません。アジアの貧しい国へ行くと、一目瞭然、このシステムはしっかりと生きています。そーゆー国じゃ、「赤福」問題なんて「あたりまえ?」と思う前に、自分たちは「赤福」を食べられる身分ではない、ということをよ~く理解しているから問題にもなりませんね(爆)コンビニ弁当の賞味期限が切れたといっては、無益にしかも無造作に食べ物を捨てている民族が、世界の飢餓を救えなんて言っちゃあ「金出せ!」って言ってんですから、結局、「金社会」を否定している民族が一番「金」に依存してるってことですよね。あの捨てられる弁当を無くすだけで、世界のシステムの何かがポジティブに作用すると思うし、それは間接的に世界の飢餓を多少なりとも防ぐことになると思うんですけどね。そうした倫理道徳は誰も教えませんね。ってことで、今日はちょっと愚痴っぽいジジイのノーガキでした。
2007年10月24日
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「じゃあねー、行って来ま~す!」とルンルン気分で土曜日にマニラへと旅立って行った道楽者のヨメですが、おかけで道楽親爺は家事に追われる毎日です。かーちゃんに逃げられた旦那ってのはこんな感じなのかなぁ~、などとワケの解らないことをブツブツ言いながらも、立派に炊事洗濯をこなす道楽親爺です(笑)昨日はビーフ・カレーが食べたいと言う娘のリクエストで、早速オヤジは買出しに出かけました。偶然にもアンガス・ビーフのシチュー用ってのがバーゲンで安かったので、「おお、こりゃツイてるぜ!」てなことで、りんごとハチミツでおなじみのバーモントカレー12人前、(我家はエンゲル係数が高いので・笑)野菜その他を買い込んで家に帰りました。元々料理は嫌いじゃないので、それなりジジイは凝ったカレーを作ります。ビーフは日本酒にちょっと浸してから、ブラックペッパーとガーリックソルトで下味を付けて、オーブンであぶります。その間に野菜を刻みます。まずはタマねぎを二つに切って・・・・・・・と、ここで怪しい臭いが・・・・・・。「おいおい、マジかよ、腐ってんじゃんかよー」え~、大方の食材を輸入に頼っているサイパン島ではこのようなことがよくあります。タマねぎは皮ごとのまんま売られているし、外側はしっかりしているので見た目ではちょっとわからないのです。真っ二つに割れたタマねぎの中心部から立ちあがる異臭にすっかり意気消沈したジジイですが、気を取り直して、ニンジン、ジャガイモを切り刻んでいきます。ここでオーブンからビーフを取り出してフライパンで軽く炒めて焦げ目をつけます。タマねぎの不幸を癒してくれる香ばしい焼肉のにおいが、ジュウジュウと音を立てて家中を漂います。腹を空かせたハイエナのごとく、育ち盛りの子供たちが近づいてきてキッチンを覗き込みます。「おとーさん、おいしそうなにおいだね」「あたりめーだろ、オヤジが作るカレーはいつものお手軽カレーとはワケが違うんだよ」「ふ~ん、じゃあ、おかーさんのカレーはお手軽なの?」「そりゃ、そうだろ、いつも仕事から帰ってきてチャッ、チャッ、チャッって作っちゃうんだから、こうしておとーさんのように手間隙かけて作ったカレーとは、そりゃ格が違うっつーもんだ」「カクってなあに?」「カクっつーのはだなぁ、そのなんだ、ランキングってやつだ」「なんでも良いけど早く食べたい」「ばかやろ!美味いもんはなぁ、そんなお手軽に食えねぇんだよ」ってなことで、偉そうなノーガキを垂れつつ、ジジイの料理も佳境へと入って行きました。と、突然電気がバチーンと切れて「停電」です。「なんだよ、マジかよ、ふざけんなよ」とちょっとキレかかったジジイ。え~、以前にも申し上げましたが、サイパンは最近停電が頻発しているのです。と言っても我家のアパートは発電機がありますから、5分もしないうちに電力復旧、炊飯器だけがちょっと心配でしたが、煮込み料理はこういうときには有利です。「へっ、ざまあ見やがれ、今日はカレーだから問題ないもんね。ノープロブレム・・・」誰に対して「ざまあみろ」なのか全然意味がわかりませんが(笑)、無事に料理は完了して、子供たちからはその美味に対する称賛を受け、久しぶりに父親としての威厳が保てたのでした。(ってか、父親の威厳がカレーなのかよ?)まあ、なんにせよ、子供たちに褒められて悪い気はしません。作った甲斐があるってもんです。「しかしまあ、人生なんてモノは、こんな感じで山あり谷あり小川あり(笑)ってことで、一喜一憂してちゃいけないんだね」などとひとりごとのように心の中でつぶやくジジイでした。でもね、本当に生きてるってことは、こんなことなんですよね。それに、よ~く考えたら、こんな穏やかな夕食のひとときだって、ビンボー一家だからこそ実現できたわけで、これが下手に金なんか持ってたら、家族がバラバラだったかもしれません。なんか負け惜しみみたいに聞こえるかも知れませんが、自分の性格を知っているだけに、もしこの道楽ジジイがちょっとした小金持ちだったりしたら、そりゃもう、家になんか帰って来ないで遊び歩いてるだろうし、子供たちだって、贅沢してもっとワガママになってるのは目に見えます。いや、子供のことまでは解りませんが、もし私がちょっとした金持ってたら、まず100%、どっかで悪い遊びしてると断言できます(そんなことで威張ってどうする)お金なんてのはいくらあったって迷惑にはならないけど、間違いなく、使う人の心を変えてしまうという力も持っていますよね。言わば「諸刃の剣」ってトコですかね。だから、簡単にビンボーを治す方法として「お金」という特効薬がありますが、使い方ひとつで、新たな重病を発症させてしまうなんてことにもなりかねません。では、どうするか?これまた月並みなことですが、やっぱり生きることの楽しみ、楽しむための生き方というのを探すことなんでしょうね。どっちにしたって「シヤワセ」ってヤツを実感するのは、その一瞬のことですもんね。夕食後、娘があらたまってオヤジのところにやってきました。「おとうーさん、あのね・・・・」ドキっとするオヤジ「な、なんだ?(金かなぁ~?嫌だなぁ~)」「あのね、ハワイに行くときにもらったお小遣いがね、余ってたのね。だから、これ返す」そう言って娘はオヤジに$150くれました。「そ、そうか。じゃあ$100だけ返してもらっとくワ。また、金の要るときもあるだろ」「本当?嬉しい、良かった。あたしお小遣いなかったんだ。今日はゴハンも美味しかったしラッキー!」(この娘は食べることが事の他好きです・笑)「ウム(偉そうに)、大事に使えよ、ウチはボンビーなんだから(笑)」ということで、道楽親爺は突然の$100に胸が高鳴りました(笑)ヤッホーってな感じです。娘もオヤジに感謝しつつハッピーな夜でした。でも待てよ、この金は元々オレの金じゃねーか。ってことは、オレは自分で出した金が返ってきてこんなにシヤワセなのか、しかも$50は損したことになるじゃねーか。それでもこのシヤワセ感はどこから来るものなのでしょうか?しかしまあ、$100でシヤワセになれる道楽親爺の人間的スケールってのも見上げたもんですけどね(爆)
2007年10月22日
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え~、今日は久しぶりにジジイのノーガキです(爆!幾度と無く、このブログで私の恥ずかしい過去を述懐してまいりましたが、本日はそんな道楽親爺の総括的なメッセージをお伝えしたいと思います。これは、私自身も一度はハマリ込んでしまった人生の落とし穴(笑)についてのお話です。ことわざにもあるように「豚もおだてりゃ木に登る(笑)」というようなことが昔からよく言われておりますが、実はおだてられてお調子コクのは人間の得意技なんですね(笑)人間なんて本当に都合の良い生物ですから、なんだかんだ言っても自分勝手な理屈を付けちゃあ、人生はあーでもない、こーでもない、生活がどーしたこーしたと、騒がずにはいられないものなのでございます。え~、前置きが長くなりましたが、皆様ご存知のように私は高校を何とか卒業はしたものの、18歳で人生を捨て(笑)、ディスコ業界にどっぷりとはまり込んだ折り紙付のお祭り野郎でした。でもって、世の中のいわゆる常識ひとつ知らぬまま30歳を迎える頃、このまんまじゃちょっとまずいんじゃないの、みたいなことで、ニッポンを捨て(ってか捨てられたっつーか)南の島に移り住んだのでございます。これはまあ、言ってみればヤクザが足を洗うみたいなものに良く似ておりまして、30歳にして一般社会への復帰を目指したのでした。ということで、この南の島で自己再生に向けてリハビリに励んだ私ですが、だからといって、別段そんな自分の過去を隠すつもりもなかったし(笑)、そんな過去を恥と思ったこともありませんでした。まあ強いて言うならば、一般社会ではあまり縁のない話というか世界のことなので、この島流しを契機に自分の中ではすっぱりと断ち切ることにしたのでした。ってかそんな偉そうなことじゃないけど、いつまでもそんなことにこだわるのも変だと思っていました。さあ、そんなことで月日は流れ、元々要領の良さは抜群の道楽野郎ですから、小さい島とはいえ、それなりに地元の中でも頭角を現し、世間一般で言うところのフツーのサラリーマンの中間管理職みたいなポジションが板に付いてきました。ああ、おいらもこれでいわゆる世間一般の中で暮らしていけるような人間になったのだなぁ、などと呑気垂れておりましたら、日本経済に依存するサイパン島はバブル崩壊というとんでもない事態となり、島全体の経済が揺れ始め、会社も大揺れ、結局、この波は道楽親爺のところにもきちんと押し寄せてきたのでした。まあ、なんにせよツケは回ってくるもんです(笑)詳しいことを書くと長くなりますので、思い切り端折っちゃうと(笑)、会社の中で内紛が起こってしまい、組織が真っ二つに割れてしまったのでした。とは言っても所詮小さな島の小さな会社のことですから、そりゃ、ニッポンの企業のお家騒動とは規模が違います。それでも、生来の負けん気の強さとちょっとした義侠心から、この道楽親爺は、自分をディスコ野郎からそれなりの堅気の仕事人に引き上げてくれた前社長側について会社を飛び出し、新体制側と真っ向勝負を挑んだのでした。(おおーっ、かっちょいいー、ってかこれはマジなお話です・笑)でもって今日はその自慢話じゃなくて(笑)、実はその時初めて感じた「世間」というシロモノのお話です。沖縄あたりもそうらしいのですが、だいたい南の島に流れ着くようなヤツは、みんな本土で言うに言われぬ事情のある人が多いようで(笑)、旅行会社の転勤族とかは別として、現地で小さな商いなどをしてる人はよっぽどの南洋好きか、あるいは本土で食い詰めたみたいな人が殆どなわけです。カード破産とか禁治産者とかね(笑) そりゃ、おまえのことだろっておっしゃるかも知れませんが、はい、その通りです(爆!ですから、島の暮らしの中ではみんなそれなりに一般人の顔をしておりますが、一皮むけばロクでもない奴らも大勢いたりして、この騒動はこーゆー人たちにとっては恰好の酒の肴になります(笑)まあ、人間なんてモノはたいがい「人の不幸は蜜の味」ってなもんですから、心配するフリをして近寄ってきては、事の顛末を根掘り葉掘り聞いたあげく、翌日にはあちらこちらに触れ回るというようなプロセスを踏襲するわけです(笑)そして、この流れは必ず勢力の強い方を贔屓するというのが世の常です(そーなの?)当時の私のボスもやはり、本土で食い詰めて流れてきた胡散臭い奴の一人でして、まあ、時代の運に恵まれたのか一攫千金、ヒトヤマ当てて、現在のゴルフリゾートの社長に収まったという、まあ、サイパン近代史(笑)の中では立身出世組の先駆けだったわけです。そんな彼が苦境に陥ったとき、それまでおとなしかった「世間」が一気に頭をもたげてきたのです。「やっぱり成り上がり者は日本のきちんとした企業の組織にはついて行けないのさ」とか「会社の金、相当使い込んで不動産投資に入れ込んでたって話だよ」とか「元々、ビーチでアイスクリーム売ってた奴にリゾート経営なんてどだい無理なんだよ」とか、そりゃあもういいっつーくらい色々なことで誹謗中傷されました。今だったら2チャンネルあたりにギッシリ書かれるのでしょうね(笑)それまでは、「いやー、やっぱり何かやる人だと思ってた」とか「長い苦労が報われましたね」なんて褒め讃えていた人が、コロっと手のひら返したのですから、さすがの道楽者もこの時ばかりは閉口しました。それが「世間」の実体なんですね。その時つくづく理解しました。それで、その「世間」はきっちりと私のところにも攻め込んで来たのです。「あの人、昔はビデオ屋さんだったんでしょ。やはり組織とかの仕事は無理なんでしょうね」とか、ビデオ屋さんからリゾートのマネジャーに成り上がった私は、成り上がれなかったその他大勢の人々(笑)の恰好の餌食となったのですね。さすがに、ディスコで踊ってたヤツとは言われませんでしたけどね(笑)まあ、早い話、ざまあ見ろってなとこです。さっきも言いましたが、在住者の多くが食い詰め者の集まりですから、人の不幸は、とっても楽しいイベントのひとつになります。それでも、そんな中にも本当に苦労を舐めて流れ着いて来た人も少なからず居て、そういう人たちは、事の善悪とか、事の賛否はさておき、親身になって心配してくれたりしました。人生のセオリーどおり、人間は土壇場で本性が出るものです。さあ、そんなギリギリの土壇場でこの道楽親爺が悟ったこと。それが今日のメッセージです。それは「開き直り」こそが、ビンボー人にとっての必殺技だったということです(えっ?)つまり、この時、私はこういった悪意の噂にひどく腹が立って、そんな噂の出処をたどっていって、きっちり落とし前をつけたろか、と思ったのでした。「本当の内情を知りもしないで、テキトーな事言ってんじゃねーぞ」とか思ったんですね。元々私は人一倍義侠心が強いようで、「オレのことをトヤカク言うのはかまわねーが、社長のことを悪く言うのは許せねー」みたいなね、まだ青かったんですね(笑)そんな時、この社長はポツリと言ったのです。「自分をしっかり持ってさえいればそれで良いんだよ」私は、何を悟りきったこと言ってんですか、と食い下がりましたが、この社長は全然動じませんでした。まあ、そんな風に言われちゃ、それ以上お世話なこともしたくないし、黙ったんですけど、その時思ったのは、ひょっとして俺自身が血迷っていたのかなってことなんです。小さいながらもリゾートホテルの管理職が板についてきて、多少なりとも周りから一目置かれるようになって、そんな自分を当たり前だと思っていたことこそ、思い上がりだったのではないかと気が付いたんですね。世間様は、嘘は言っちゃいません。ビデオ屋やってたあんちゃんが、たまたまリゾートのマネージャーで上手く行った。その通りです。しかもその元をたどれば、高卒のディスコ野郎です(笑)「いつからオレはそんな偉そうな人間になったんだ?」そう自問自答したんですね。そうだよ、つい10数年前は道路で踊ってたくせに、何突っ張ってんだよ、オレは?マネージャーで人を使ってるから偉いの?周りの人より良い給料をもらってるから偉いの?それとも、ディスコから転職して一般の職業に就けたから偉いの?そんな風に素直な気持ちで自分を見つめたら、あっさり開き直れたんです。それは、その時会社で揉めていた本質そのものより、自分のポジションにこだわっていただけの自分が見えたからなんですね。所詮オレは高卒のディスコ野郎じゃん。今更何を守ろうとしてんだよ?何つまらないプライドで意地張ってんだよ? そんな言葉が心の中に湧いてきたんです。すべては偶然から始まったことだし、世間一般の枠なんて元々自分は持っていなかったのに、なぜ、今はその世間一般の枠で自分を生かそうとしているのか、とても情けなくなりました。それは、何をしていたって、どこで暮らしていたって、自分自身が変わろうはずもなく、それは今まで生きてきた道の上にしか自分は立つことができないということです。悲しいかな、今の時代、今の世の中は「お金」が価値基準になってしまっていますから、お金のある人は世間では価値ある人で、お金を持たない人は価値の無い人という具合に分類されてしまいます。でもね、一家を持って、子供を育て、家族の将来を憂う、そんなあたりまえの生活をしている人を価値の無い人なんて言えるわけありませんよね。ということで、私は、一生懸命生きている人をトヤカク言う人ってのが一番価値のない人間だと思っています。だから評論家が嫌いなんですねよね(笑)今日のノーガキは長かったね(笑)さて、結論です。ビンボー人の必殺技。それは「開き直り」です(爆)どんなに頑張ったって一升枡には一升しか入りません(ちょっと表現が古かった?)自分の器を知るってことこそが、人生の必殺技なのです。でもね、敢えて言うならば、この一升枡も、頑張れば二升にもなるし三升にだってなるんです。まあ10倍になることはあまりないだろうけど(笑)だから、道楽者の皆さん、あまり自分を卑下しないで、好きなことを思い切りやって下さい。楽しいことやワクワクすることを始めれば、必ず明るい日が来ます。私は宗教家じゃないので、お約束はできませんが、とりあえず、自分はそーゆー生き方をしてきて、多少は心が楽になりましたから、どうぞ皆様もチャレンジして下さい。最後にもうひとつ、どんなことでも、やらなければ始まりません。頭の中で描いた計画は、実際にやってみると必ず違う答えが出てきます。だから先ずはやってみることです。おつきあいありがとうございました(笑)
2007年10月20日
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え~、昨晩より「フリチャチャ」の習得に励んでいる道楽親爺です。ハゲむのは頭だけにしてくれ、とかくだらねーこと言ってる場合ではありません。髪の毛はともかく、堅くなってしまった頭にこれだけの数のステップ・バリエーションを詰め込むのは中々に難儀なことです(笑)ステップそのものはさほど難しいものでもないので、覚えるのに大した時間はかかりませんが、果たしてこのひとつひとつのステップの名前と動きをきちんとリンクさせて記憶できるかどうか・・・・。不安ですねー(笑)ということで、往年のディスコ野郎はディスコ野郎らしく、自分なりの解釈でこのレッスンを進めていくことにしました。一応、ステップの原型はチャチャで8ビートの8小節が1フレーズですから、16小節2フレーズずつに区切って、順番にステップをつなげていくことにしました。ってか、これっていわゆる振り付けを覚えるのと一緒だよね(笑)しかしまあ、なんだか知らないけど、このステップひとつひとつに名前が付いてるってのも凄いですよね。この名前言ったら、さっと、そのステップを踏むんですかね?まあ、これも大勢で踊ったら迫力があるでしょうね。ってなことで、ワンツースリー・・・という具合にリビングでステップ踏んでるジジイを目ざとく見つけた我家のKGBこと末娘は、早速、おにーちゃん、おねーちゃんにご報告です。「おとーさん、変なことしてるよ」なんだなんだ、ってことで、オヤジの踊りを見物する子供たち。長女「なんかちょっと良くない?」次女「いつもの踊りとちょっと違うみたいよ」セガレ「・・・・・(無言で見ている)」ジジイ「どーだ、これがフリチャチャっつーステップなんだぞ。お父さんはあんまりこーゆー踊りは好きじゃないんだけど、ちょっと事情があって覚えているんだ」一同、ふ~んという感じで、解ったようなワカラナイような顔をしてました。と、突然セガレが「・・・やってみようかな」とぼそっと一言。ちなみに最近セガレはマドンナにハマって、妙な踊りをしています。その踊りを見るたびにお世話なジジイは「おまえなぁ、踊りたいんだったら、俺がちゃんと教えてやっから、もうちょっと真面目に踊れよ」ってなことを言い続けていたのです。次女「でも、これマドンナの曲にはちょっと合わないんじゃない」ジジイ「そうか、そんなら、マドンナにも合うステップ教えてやるからみんなそこに並べ」やだよあたしゃ~ってことで、娘二人は棄権しました(笑)残ったセガレはちょっと興味のある年頃のようです(爆)でもって、オヤジが初めて息子に伝授したステップ。ソウル・シーシー(でたぁ~!)ということで、息子16歳が生まれて初めてニッポンのディスコステップを踏みました。なんかぎこちないけど、まあこんなもんでしょ。でも、サイパンって悲しいかな、こういう踊りをご披露する場所がないんですよね。昔は小さなディスコもどきみたいなのがいくつかあったんですけど、今や衰退の一途をたどり、かろうじて残っている唯一のディスコも、トランスとかレゲエ、ヒップホップみたいなのが主流で、こうしたオーソドックスなスタイルは行き場がありません。ジジイ「よおし、おまえ中々良い感じジャン。じゃあ明日はボックスってステップでもやるか」(こらこら、フリチャチャはどうなったんだよ)遠めで見ていた長女も少し関心がありそうです。いよいよ、ジジイのペースに入りつつある道楽者一家。それにしても、なんでウチの息子は今頃マドンナなんでしょうか?不思議ですねー。「おまえさぁ、マドンナっておかあさんより年上だって知ってた?」「うん、知ってるよ。でも、なんかさ、良いんだよね」「オヤジはデビューの頃のマドンナが好きだったな。後年はマッチョになっちゃったからな。ちょっとオヤジ的には合わないんだよな」「でも、今歌ってるの、アバとかの曲でしょ?」「おう、何でアバなんて知ってんだ?」「聞いたことは無いんだけど、バイオグラフィー読んだら書いてあった」ってか、息子はこういう評論家みたいなことが好きで、映画でもゲームでも、こうしたバックグラウンドとかバイオとか読んで、ベンキョーするのが得意です。この才能をもう少し別の方向に向けたら、親をシヤワセにする子供になるんですけどね(笑)まあ、なんにせよ、道楽親爺の息子もやっと踊りに目覚めてくれてほっとしましたね。ってか、フリチャチャはどーなっちゃったの?しつこいようだけど(笑)もちろん、今夜もやりますよフリチャチャ&ソウル・シーシー(爆!
2007年10月19日
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今からちょうど33年前、近所の床屋で「アフロ調(まだ当時はアフロヘアという言葉自体が定義されてませんでした)の頭にして下さい」と言って、短めのリーゼントをほどいて細いロットでパーマを巻き、奈良の大仏さんみたいな頭(笑)になってからというもの、それまで「踊り場」で張り切って踏んでたステップに封印をしました。それまでは、さんざっぱら「踊り場」でデカイ顔してこれ見よがしにステップ踏んでた単なるバカが、本格的なバカになるための儀式を行ったような出来事でした。そうですね、言うなれば、近所の鼻ツマミ者が刺青なんぞを身体に彫り込んで、もう後戻りは出来ない、みたいな「覚悟」にも似た行為だったと思います(笑)ってか、「どうだ、おまえらにはここまでやる根性はねーだろ?」みたいな優越感が先走っていたと言えば、それが正直なところかもしれません。それでも不思議なもので、いったん自分を型にはめてしまうと、知らず知らずのうちに出来上がっていってしまうもので、町のチンピラが刺青入れて代紋背負って1年もすると本職になってしまう、というような感じでしょうか?どうも喩えがこんなんばっかですんません(笑)まあ、そんな具合で、私は20歳でそれなりのソウルマンとなり(笑)、以後約4年間というもの、2ヵ月ごとにパーマをかけ直して、デカイ頭にデカイ顔して(笑)新宿辺りを徘徊しておりました。その後30歳になるまで、多少は縮れ方が違うものの、パーマをかけ続けた頭は、その後寂しい晩年を迎えるに至っております(笑) ホント、パーマは禿げます。間違いなく(爆)気をつけましょう!え~話が逸れましたが、そんなこんなで、黒人の真似事を始めた日以来、私はいわゆるステップ・ダンスというのが嫌いになりました。まあ、そう口で言うほど嫌ってたわけではありませんが、色々な理由や周りの環境などにも影響を受けて、昔から続く不良のステップ・ダンスというのをバカにしたりしました。さんざん自分だって踊ってたくせに、自分の都合で今度は見下したりしていい加減なもんです(笑)(今じゃ、懐かしがって踊ったりしてるんですからね、テキトーな野郎です・爆)ということでここまでが前書きです。昨夜、私はひとつの決意をしました。それは、先週私の元に届いた1枚のDVDがきっかけでした。そのDVDには、素人が撮った昔ながらのステップダンスが収録されていました。フリチャチャ昔、踊り場で遊んでた人ならまず一度は耳にしたことのある「ステップ名」でしょう。この画像にはステップのバリエーションが「文字」でも紹介されています。踊っているのは、たぶん横浜あたりのダンス教室の先生でしょうか? 昔はきっと「踊り場」で脚光を浴びたダンサーの一人?そんな風貌、雰囲気のある方です。そしてこのDVDを送ってくれた人は、この踊り、ステップに魅了され続け、完璧な習得を目指していたようです。残念ながらこの人は、「志」半ばで病に倒れてしまいました。彼の形見分け~ハマチャチャ・ビデオこの志を引き継いでやることが私に出来る唯一の供養かな、そんな風に思いました。大袈裟ではなく33年ぶりに踏むステップ。しかも、これからひとつずつ覚えていくのです。生きていたって音信普通なら「生」の証なんてありゃしません。遠く離れて暮らしていれば、生きてるって「概念」だけが存在を示す唯一の証です。所詮、生きてる証なんてそんなもんです。だからこの「志」が私の中でいき続ける限り、彼も踊り続けるんです、この私の身体を使って。早速、昨晩からステップ踏み始めました。来年くらいには完全マスターできるかな?いつか、同じ時代を生きた戦友のみなさんと一緒に踊ることを楽しみに、フリチャチャ、マスターします。曲はもちろん、彼の最も愛したBTエキスプレスのEXPRESS!
2007年10月18日
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ということで、昨日に引き続いて、道楽親爺の家庭のお話続編です。今まではあまり登場して来ませんでしたが、私の奥さん、道楽親爺のヨメさんは、やっぱりちょっと危ないヤツです(えっ?)まあ、こんなしょーもないジジイとかれこれ20年以上も一緒にいて、飽きないというか、懲りないというか、未だに一緒に住んでるくらいですから、やっぱりどこかネジが緩んでるのか、ヒューズの2~3本切れているのでしょう(笑)え~、ちなみに彼女は千葉県は銚子市の出身です。。。。。。と、今、急に思い出したんですけど、実は私が23歳くらいの時に、東京は高円寺で同棲していた彼女と「海にでも行ってみっか?」ということで、銚子に行ったことがありまして、このとき、もういいっつーくらいの田舎の銚子駅前にあった、地元の高校生が屯する喫茶店に入ったんですが、なんとこの時、そこで今の奥さんがウィトレスのアルバイトをしていたんですね。おぼろげながらカワイイねーちゃんのウェイトレスが居たのを覚えていました(笑)まさかね、後年、このねーちゃんと結婚することになるとは夢にも思いませんでしたね、当時は。だってそのころ、彼女は現役の高校生でしたからね、どうみたって子供だったし、自分とはまったく違う世界の、ただただ、通りすがりの人だとしか思ってませんでしたね。おお、田舎にしてはちょっとカワイイじゃん、みたいな(笑)ということで、くだらない因縁話でしたが、その後彼女は、東横学園女子短期大学に進学しまして、遂に花の都、東京に出て来たのです(笑)。後はもう田舎のねーちゃんがドツボにはまる定番の道を進みまして、新宿のクレージーホースでDJなんぞをしていたしょーもないあんちゃんにひっかっかってしまったというようなワケです(笑)まあ、実際には、新宿での最初の出会いから数えると、かれこれ5年後にしてようやくお付き合いが始まったみたいな感じでしょうか。言ってみりゃ、落ち目のディスコ野郎が、昔、ちょっと色目を使ったねーちゃんをだまくらかしたみたいな感じでしょうかね(笑)まあ、そんなこたぁどーでも良いのですが、ニッポンを脱出してこの離島に住み着いて、早20年が過ぎましたが、このおばちゃんも中々の根性者です(笑)最近は、ジジイの道楽を横取りして、自分がすっかり道楽にはまり込んでしまいまして、今週末からフィリピンに行ってくる、なんぞと抜かしております。「だいたいフィリピンなんてのはなぁ、男の行くところで、おまえみたいな女の行くところじゃねーぞ」とジジイのアドバイス(笑)もあっさりとかわし、なんとマニラ8日間の旅に出かけることになりました。実は、今週からノースウェスト航空のキャンペーンで、サイパン-マニラがなんと$375で買えるんですね。安いでしょ? まあ、こっちじゃパッケージ・ツアーなんてもんはありませんから、ホテル代と食事代は実費になるんですけど、それでもね、日本円で約4万円なら、お得ですね。でもって、何しに行くのか?っていうとですね、これも、今日初めてお話するんですけど、例の「道楽本舗」のテナント、オフィスビルの1階のスペース、あそこで、なんとレストランを始めるのですよ、このおばちゃんは。そんでもって、その内装やら食器やらの買い付けに行くと言うのです。根が勝気な「女」ですから、もう、こうと決めたら絶対に譲りません。このジジイにしてこのババアありみたいな(笑)ということで、もうお解りですね。例の「道楽本舗」はこのレストラン用地のオマケのスペースなんです。だから、どっちみち家賃は払わなきゃなんないので、皆で遊べたら面白いかな、なんて考え付いたんことなんですね、元々は。もちろん「ディスコ!」ってアイディアはすぐに出ましたよ、この道楽親爺から(笑)当然ですよね、元々ディスコ野郎なんだから。「そりゃね、好きなことすんのは良いけど、この島にディスコなんかで遊ぶ客、いる?」ごもっともでございます(笑)ちなみにこのオバサン、ひょんなことから5年ほど前からエステサロンを任されまして、ちょっとした実績を作っております。この時もインドへ行きまして、インドのアーユルヴェーダにどっぷりはまり込んでしまいました。(やっぱ道楽者には違いないでしょう)元々カネボウ化粧品で働いていたくらいですから、化粧品とか自然薬品とか、そういったものが好きなんですね。じゃあなんでレストランなんだよ?ってお思いでしょう。良い質問です(笑)前から言っておりますように、サイパンはJAL撤退以降、観光産業は壊滅的なダメージを蒙っておりまして、そりゃもう、エステだのゴルフだの、ビーチだリゾートだ、花だ提灯だと呑気に構えてはいられなくなってしまったのです。そこで、起死回生のビジネスとして思いついたのが、米軍沖縄基地のグアム移転に伴う、アメリカ人の流入に目を付けた飲食業だったわけです。そんなアイディアで私が金策に動いているうちに、なぜかこのおばちゃんがしゃしゃり出てきて、あっという間にすっかりジジイの牙城を我が物にしてしまったのです(爆てなことで、ジジイは裏方に回り、あとは道楽おばちゃんにお任せといったことになってしまったのでした。(やれやれ) まあ、髪結い床の亭主なんてのも悪くないね、みたいな(笑)とは言うものの、育ちざかりの子供3人を残して、ルール無用のマニラに乗り込もうってんですから、大したタマですこの女も。そして、残されたジジイは天然ボケの子供3人の面倒を見なければなりません(爆!さあて、この道楽一家の一世一代の大博打、一体いかなることになりますやら、乞うご期待!ってなところでしょうか?ちなみに、道楽本舗CD計画もボチボチと作戦を練ってますよー。チョイ時間がかかるかも知れませんが、これも絶対にやりますよー。楽しみにしていて下さいねー。
2007年10月17日
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このところ究極の道楽にはまりまくってしまった道楽親爺ですが、そんなデタラメなジジイの家庭はどうかというと、これが結構まともなのです(笑)こんなしょーもないオヤジのウチのこったから、どうせ家族はろくでもないに違いないとお思いの方も少なくないと思いますが(笑)、なんですかね、案外まともすぎるくらいフツーなんですよね、これが。まあ、住んでるところが思いっきり田舎ってこともあるのでしょうが、なんかね、道楽親爺としてはちょっと物足りないくらいにフツウなんです。長女は今年高校を卒業したんですが、根がのんびりしてるというかボーっとしてるというか、結局、クラスメートが皆進学して、米国本土やらハワイやらに行ったというのに、本人は相変わらずサイパンでウダウダしてます(笑) まあ、道楽モンの娘ってことで言えば、こーゆー行動も道楽者の血を引いてるのかもしれませんね。でもって、オヤジとしては、毎日家でウダウダされるのも困るので、「働いて、親に楽をっせろ!」と言ったところ、「おとーさん、仕事、見つけてきたよー」とノーテンキなお返事。「ほお、そいつぁ~、良かった。で、どんな仕事なんだ?」「うん、デイケアのヘルプ」「なんじゃそりゃ?」「あのね、お父さんもお母さんも働いているウチの子供達を面倒みるシゴト」「なあんだ、保育園のことかぁ」「ホイクエンって言うの?」「まあ、日本で言えばそんなとこだろ。で、時給はいくらなんだ?」「えっ?ジキュウってなあに?」「ウェッジだよウェッジ。給料はいくらかって聞いてんだよ」「うん、給料はね、無いの。ボランティアだから」え~、すでに19歳の娘なんですが、こんなんで良いのでしょうか?(笑)ところが働き始めて2週間ほどしたころ、このボランティア活動を主宰しているパブリック・スクール・システムがハワイのエデュケーション・コンベンションへの参加者を募ってきまして、なんとこの道楽娘が抜擢されたのです。抜擢なんていうと、よっぽど働きが良いように思われるでしょが、実は、サイパンの教育システムに従事している先生とか補助員とかの殆どがフィリピン人で、彼らは米国本土にはビザなしでは入れないのです。そこで、米国籍の娘がたまたま割り当て人員数の頭数に入ったという、ヒジョーに「棚からぼた餅」的要領の良さでこの切符を手にしたのでした。まあ、この調子の良さこそ血統かもしれません(爆!ということで先週、5日間のハワイ旅行を国のお金でしてきた娘です。本当に良いのでしょうか?こんなんで。なんか、ディスコで遊んでるうちにDJになっちゃったオヤジを髣髴とさせるような、たいへんいい加減な出来事でもありました(笑)しかも、帰ってきてから「どうしよう、レポート書いて委員会で報告しなきゃいけないんだって。めんどくさいなぁ」とか言う始末です。「良いかぁ、人生はなぁ、タダより高いモノは無いっつーんだよ、よく覚えとけ」「え~、でもアタシだって行きたくて行ったんじゃないよー」とまあ、こんな感じですが、とりあえず保母さんの真似事なんぞをしておりますが、それなりに人のお役に立つ仕事をしているってことだけが救いかもしれません。さて、こんな娘ですが、先月の末に、ジジイの倅である彼女の弟16歳と二人、運転免許を取りに行きました。これがまた、超ド田舎の警察ですから、随分と笑わせてくれました。まずは筆記試験。弟の方はさすが男の子ですから、なんなくパス。おねーちゃんの方はというと、これがペケだらけでどうやら落ちたようで、うな垂れて試験場から出てきました。そこへ、偶然にも道楽親爺の知り合いの韓国人のオッちゃんが通りかかって、「おう、どうした?ドライビング・テストか?」と声をかけてきました。「ああ、娘と息子なんだけど、どうも娘が落ちたみたいなんだ」ジジイがそう言った途端、このオッちゃんは有無を言わさず娘を連れて試験場に入って行きました。10分ほどして、娘が仮免と実技テストの用紙を持って出てきたのです。その後からオッちゃんが出てきて「はい、終わったよ」と一言。こんなんで良いのでしょうか?ここで仮免をもらった姉弟は、運転の練習をして2週間後に実技テストです。道楽に忙しい親父はあまり、面倒をみてやることもできすに試験の日はやって来てしまいました。さて、弟の方は学校を休んで、気合をいれて試験場に向かいましたが、現れた教官の姿を見て、その推定体重量に我家のトヨタ・マトリックスが壊れないかと心配になりました。ちなみにこちらでは、試験には本人の車を持っていかねばなりません。練習不足で緊張の面持ちの二人でしたが、姉の方はルンルン気分で出かけて行って、ルンルン気分で帰って来ました。「なんかさ、途中まで行ったらさ、君の運転だと帰るのが明日になっちゃうから、私が代わろうって言って、結局たいして乗らなかった」そうで、愛想の良さが幸いしたのか、日本人の娘だったのが気に入られたのか、なぜか合格。こんなんで良いのでしょうか?かたや、弟の方はというと、運転中に突然街中が停電してしまい、信号が止まったそうで(ってか、サイパンは未だに停電は日常茶飯事です)、どうしていいかわからず停車したら、「なんで停まるんだ?」と怒られたそうで、不合格。(カワイそうに・・・)しょぼくれて戻って来た弟が事の顛末を姉と父に説明しているところに、バングラデッシュ人のタクシー・ドライバーが通りかかり、これまた道楽親爺の知り合いで、「どうした?ドライビングテストか?」と聞くもので、「ああ、どうも息子が落ちたらしいんだ」と答えると、「ちょっと待ってろ」と言って、息子を連れて試験場に入って行きました。数十分後、姉弟の名前が呼ばれ、めでたく免許証を手にしたのです。こんなんで良いのでしょうか?え~、冒頭でフツーと表現しましたが、人間的、子供的にはフツーなんですけど、彼らが置かれた環境というのはやはりかなり変です。決してフツーではありません(笑)こんな変な環境に居て、フツーに育ってくれた子供たちにちょっと感謝してます。ちなみにこの子供たちの母親は・・・・・やっぱちょっと危ないかもしれません(爆!このお話はまた今度・・・・・(笑)
2007年10月16日
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全国のどーらく者の皆様、長らくのご無沙汰でした。いやいや、本当に長いこと留守にしまして失礼致しました(笑)まさに「光陰矢のごとし」、道楽に熱中してしまうと月日の経つのが本当に早いこと、早いこと・・・・。8月の末に「資金繰り」に日本に帰り、ちょっと千葉でブレイクして(笑)、9月の初めにサイパンに戻って来てからというもの、とにかくテンションの高い日々を送っている道楽親爺52歳です。まあ、この道楽もそれなりに順調に進んではおりますが、当面は「真面目な生産活動」に勤しまなければなりません(汗そんな激動の日々を生きる道楽親爺ですが、ありがたいことに、あちらこちらのブラザー&シスターから「ご声援」を頂きまして、道楽冥利に尽きると申しますか、シヤワセ者と申しますか、この場をお借りして御礼申し上げます。しかしまあ、バカバカしいこと、くだらないことでも長く続ければそれなりに人生の肥しくらいにはなるのだなぁ~などとシミジミ思ったりする今日この頃です(笑)ということで、久しぶりにパソコンの前に座って、こうしてタイプを打っているわけですが、今日はひとつ、この日本での「資金繰り」の顛末で思ったことなんぞを書いてみたいと思います。久しぶりのジジイのノーガキです(笑)「資金繰り」なんぞとカッコつけて言っておりますが、早い話、「金を借りに行った」だけのことなんですけど(笑)、この、金を借りるということが、中々に難しいのです。当たり前だろってお思いでしょうが、そもそも、借金なんてものは圧倒的に貸す方が強い立場にあって、借りる方は平身低頭、その場しのぎ(笑)のハッタリまみれの屁理屈コイて、なんとか苦境を乗り切る、っつーのがいわゆる世間一般でいうところの借金です(ばかやろう!)私の場合も多少の違いこそあれ、生活苦を脱出する為に大バクチを打つ元手を借りに行っただけのことで、決して偉そうに「資金繰り」などといったタイソウなものではありません(笑) まあ、お金とお水は高いところから低いところに流れるという、世の中の仕組みがありまして、所詮、道楽なんぞを生業にしてるようなしょーも無いヤツらは、決して世の中の川上には立っていないわけでして、簡単に言ってしまうと、川上に立つお金持ちが川下に立つちょっとした目利きとか、大穴ねらいのバクチ打ちに金を回す、といったようなものです。つまり、金を借りる方がバクチなら、金を貸す方だってバクチなわけで、こいつならオレのタマを増やしてくれるだろう、ってなところが実際のところですね。結局、資本社会のセオリーなんてものは、このようにバクチで回っているわけでして、「投資」とか言う言葉でカッコつけたりしてますが、何のこたぁない、「人生はバクチだ」ってなもんです(ふ~ん)最近はやたらと如何わしい「バクチ打ち」がニュースに登場しては世間を騒がせておりますが、しょうもないハッタリかまされて、なけなしの財産突っ込んじゃって、今更「金返せ!」もありませんよね。「減らないお金」ですか?どうしてこんなアホらしいバクチに張っちゃうんですかね。こりゃもう「イカサマ」というにはあまりにもお粗末で、縁日のデンスケ賭博だってこんなに単純じゃないですよね。騙すんならもうちょっと手の込んだことくらいしろよって言いたいですね(笑) あまりにも、手口が「そのまんま詐欺」で、これじゃ騙されたやつは浮かばれないじゃねーか、みたいなね(笑) オレオレ詐欺だってもうちょっと汗かいてるぞみたいなね(笑)なんか、こうしてみても世の中「金」だけが一人歩きしてるみたいで、この先がちょっと恐ろしいですね(笑)ただ、ひとつだけ、これだけは言っておきたいことがあるのですが、金貸すほうが博打なら、借りる方だってこれもバクチなわけです。業界では「ゲソを付ける」ってな言い方をしますが、要するに借りる方だってどこに草鞋を脱ぐかで、その博打人生のコマ繰りが変わってしまうってことですね。下手な「金」に手を出して、結局は金儲けの博打だけじゃなくて人生の博打で丸裸とかにされたんじゃ、これはもう洒落になりません。私の経験で言わせてもらえば、十数年前のバブル時代にそんな人が溢れかえっていました。本当にあぶくゼニで成り上がった「親方」にゲソをつけたおかげで、一生を台無しにした情けないヤツらが随分とおりました。メシや酒だって奢ってもらえばそこで縁が出来てしまうわけで、羽振りの良いとき、金回りの良いとき、そんな楽しいひととき(笑)が永遠に続くと思って、草鞋を脱いだおかげで、時代の藻屑と消えて行った若者が何人いたことでしょう(笑)自慢ではありませんが、この道楽親爺も若い頃はそんな苦い経験も随分と積みました。若さという勢いだけで突っ込めた時代は、その場の気分にほだされて、1杯のメシ、1杯の酒(ってか私ゃ元々酒が飲めないんで、酒ではあまり義理を作ったことはありませんが)、あるいはおねーちゃんを世話してもらったとかの義理で、痛い目に遭ったことも数知れません。(ってかそんなに沢山は無いケド・笑)まあ、普通はこういった小さな規模の火傷で、ゲソをつける難しさとか、義理の重みなんぞを学んで、大難に備えるっていうのが一般的なんですけど(そーなの?)、あまりにも世間知らずというか、無菌状態、純粋培養で育った方々は、ハタで見ていてバカバカしくなるような手口でコロっと逝っちゃったりするんですよね。ってことは、やっぱり、ある程度はくだらねーこととか、馬鹿なことも、若いうちには体験しておくべきなんでしょうね。ってか、そんなくだらねーことに関わらないってことが、一番なんですけど、そこはそれ、人間の欲っつーやつは都合の良いように機能してますから、落とし穴みたいなものもあるんですよね。ということで、世の中そんなに上手い話はないし、そんな上手い話はまず、フツーの人々には回って来ないってのも、人生のルールのひとつですから(笑)、皆様もチープな博打には努々手を出さないようにして下さいね。特に歳喰ったら、地味ィ~な生き方こそ「道楽者」の真髄ですから、決してムチャをしてはいけません。身体だって衰えているんですからね、としなりの道楽で渋味を出しましょう。
2007年10月15日
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