明日の朝は、氷点下になるそうです
屋外の水道栓に防寒処置をしていないのですけれど、大丈夫かな…
この家に住むようになってから、水道管の破裂を経験したことはないので、大丈夫だと信じたい…です
一気に大雪が降るそうなので、どうぞ災害が起こりませんように…
こんなことを考えながら、もう慣れきった独りの晩御飯を食べていたのですけれど
こういう、どうでもいいような大したことではない、呟きのような会話ができないのですよね
明日は、氷点下になって朝目が覚めたら雪が積もっているかもね、とか
明日は、早めに起きた方が良いかな、とか
相談するという事でもなくて、聞いてもらっていなくてもいいような大切な内容でもなくて…
でも、こういう大したことでない内容の会話をすることで
心が温まるのだという事が、独りになってわかりました
もしかして
『話す』という行動は、物事の伝達として重要な役割なのかもしれませんけれど
実は、心の安定にとても必要なことなのではないでしょうか
特に女性は、解決策が欲しくて話すのではないと、よく言われます
解決策はすでに持っているけれど、愚痴ることで心を安定させようとしていることが多いのです
そういう風に、『話す』ことは日常生活でとても重要な意味を持っていて
誰に言うでもなく、『寒いね』とか『綺麗ね』とか『困ったわ』とか言っていることで、心の重荷を一つずつ外へ投げ出しているのではないかなぁ…と思うのです
だから、ほんの小さな心配事があっても、その種は無くならずにずっと居座り続けて、下手をすれば雪だるまのように大きくなって行く…
たった一言、無責任でもいいので『大丈夫だよ~』と言って貰えれば一瞬で消え去るような、心配事なのに
独りで抱え続けていれば、悪化するだけなのです
これが独り暮らしの病の種なんでしょうね
夫と一緒であれば、何てことのない日常なのに
心配事の種が、あちこちに散らばっていて、そのうち芽吹いて大きくなって行く…
独り暮らしの寂しさや、辛さや不安の正体は、たいした内容のない会話ができない事にあるのでしょう
シンシンと冷えてくるこんな夜に、この『今』を誰とも共有することができない事がこんなにも、寂しいものなんだと感じています
ワンコが居てくれれば…
そんなことを考えてしまいます
(台湾・基隆の商店街にいた柴犬)
明日は、多くのところで雪が積もりそうですから
どうぞ皆様、気を付けてお過ごしくださいネ
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