
昨日は、亡母の9回目のお命日でした
もう、9年経つのか…という気持ちと
まだ、9年しかたっていないのか…という両極端な気持ちが混在しています
何度も、このブログで書いている通り
母とは確執があったので、哀しみや愛着だけの思い出だけではありません
母との時間を美化することは簡単ですが
年を重ねるごとに、物心ついた頃からの理不尽な思いが大きくなってきていました
だからこそ、あえて命日を普段通りに過ごす方が
心が穏やかになります
愛おしむ気持ちと、憎らしく思う気持ちが表裏一体として
今でも、私の心に波風を立てます
親が子に対して発する言葉や、育て方は親が考えている以上に子に影響を与えるものだと思います
母は、覚えてもいませんでしたけれど…
そんな何気ないことが、私の生き方や考え方に影響を与えたのは間違いありません
できる事ならもう、母は私の楽しかった想い出の中だけで良いです
お命日も、お誕生日も、できる事なら思い出したくない…忘れてしまいたい
そう思います
昨日の勉強会に以前お話した
息子さんを亡くされた知人が来られたので、少し驚きました
ほとんど外出をされていないと聞いていたので、休会されると思っていたからです
でも、参加していた会を、昨日で辞めるために来られたのでした
会が終了した後、みなさまにご挨拶をされてのですが
息子さんが、いつどのようにして亡くなられたのかを
リアルに細かくお話しされて…
ご本人も、もう冷静さが無くなっていたのか
泣きながら、永遠に話し出されて…
聞いている皆様も、どのように接したらよいのかわからず
ただただ、静かに効く事しかできませんでした
先月、私と久しぶりに会った彼女は
立ち話なのに、いきなり
「実は、息子が無くなりまして…」
と仰って、ビックリする私に
大晦日の夜に、疲れたからと言って自分お部屋に戻ったのが最後で
元旦の朝に、あまりに起きてくるのが遅かったから部屋に起こしに行ったら、亡くなっていたのです…
という説明からされたのです
それから、息子さんの幼少期の頃から、現在30台になっても独身で家の事業を手伝ってくれていたことを、事細かにお話されて…
途中で、何度も号泣されて、廊下の片隅でどの様に対応していいかわからずに、じっとしていたのです
その時聞いたお話を、会の皆様に一からお話されていました
講師をしてくださっている某大学院の教授が、席を立ってくださったので
それを合図に、みなさまが席を立たれたので
私は、もうお話しできることもないので静かにその場を離れて帰りました
会のメンバーには内科の女医さんがいらっしゃったので
彼女のお話を、聞いて差し上げていらっしゃいました
きっと、グリーフケアの良い所を教えられたと思っています
私の死別の場合は、何度もお別れの前後のお話をすることが苦痛でした
あのお別れの瞬間を、何度も何度も繰り返して、同じ苦しみを何度も味わうことになるからです
でも、仲の良い人やお付き合いの程度に関わらず
誰にでも、何度もお話をしたい…という感覚は分かることができません
同じ死別者でも
その人それぞれの個性や性格で、癒される方法が違うんだな…
という事を学べました
そして、彼女が長々とお話をされている時に、
全く返す言葉が見つかりませんでした
子供を亡くす辛さは、私なんかは分からないのですよね…
死別の哀しみは、やはり経験しないと分からないのかもしれません
親兄弟、そして配偶者の経験はあるけれど
子供を亡くすという経験はしていないから、わからないのでしょう・・・か
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