beabea65 さん 本日の記事↓ 紹介致します。
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どのような問題についてでも、私たちが協同し、団結し、
理解力を持って働くことができるのは、
私たちがお互いに 愛し合う方法を知ったときだけなのです 。
またそのときにのみ、「神」とか「真理」とかいわれるものを発見することが可能になるのです。
ところが私たちは知力や模倣によって真理を発見しようとしているのです。
そしてそこから偶像崇拝が生まれるのです。
あなたが自我の全体の構造を十分理解して、
自我を完全に捨てきったときのみ、
不滅で、永遠で、無限のものが姿を現すのです。
しかしあなたはそこへ行くことはできません。
それはあなたのところへやって来るものなのです。
「自我の終焉」 J・クリシュナムティ 篠崎書林
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考えさせる 力を持った 意見ですね
インド人は
バラモン階級は 考える
インド人は 小数点二桁の 掛け算の暗算
わけも無く
やってのける らしい
日本人も算盤を頭に描いて 暗算得意
でも
インド人には 勝てないかも
インド人は喋る
インド人の発言を 止めることと
日本人に 発言させることが
最も難しい
と、
ドナルド・キーン博士が
日経新聞コラムに 書いていました
インド人喋る
頭に有ること 喋る
考える人 なのでしょう・・・・
さて、
宗祖 崇拝も 偶像崇拝も 意味が無い?
僕は想う
宗祖 偶像 そのものを 崇拝しているのではなくて
その背景を
背後にあるものを 崇拝しているのではないでしょか?
対象は 鰯の頭 だって良い?
鬼退治 鰯の頭の匂いが 強烈で
鬼だって 逃げる筈
だと 考える 人が居る
支那には ジクザグの 道があって
湖の上に 設けられた 鋭角 渡り廊下
悪霊 鬼は ジグザグ 道を歩けない
従って
鬼 から 逃げられる?
との、 考えがある
人は 考える
宗祖だって 考えた
偶像 作った人も 考えた
仏陀だって 考えた
思考を 止められないのが 人間
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MoMo太郎009さんComments
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