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恐竜境に果てぬ第1章第1節その1


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恐竜境に果てぬ第1章第2節その1


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恐竜境に果てぬ第1章第2節その3


恐竜境に果てぬ第1章第3節その1


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2024.12.14
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カテゴリ: 機関誌
​特撮機関誌『大一プロブック』第80号から95号までの表紙集​ ​ 










東宝昭和36年(1961年)「モスラ」を表紙にした。モスラ成虫は自作、東京タワーは地上125mの大展望台の売店に直接電話して注文をお願いし、二つ購入の一つをジオラマ用にはんだごてなどで折って使用、残る一つは全体を組み立てて残した。モスラのマユは伸縮性に富むフェルトを使って中に綿のようなパンヤを詰めてふくらませ、縫製は母にミシンで縫ってもらった。手芸店にはよく行った。























東宝昭和 31 年「空の大怪獣ラドン」は、東宝の特技陣の熱意と高度な技術が注ぎ込まれた傑作である。当時学習塾を始めた私は、機関誌にも貫禄を持たせたいと思い、容易なことではあるまいとわかりながらも、見切り発車的に「ラドンを造型しよう」と決めた。果たして、既製品を利用できるのは西鉄の電車くらいなもので、当時の福岡市の岩田屋デパート、ラドン模型、各種ミニチュア建造物など、ほぼすべてが手作りする以外に方法がなかった。

岩田屋デパートはカッターで窓枠をせっせと切り抜いて整えたあと、数えてみたら、優に 200 を超えていた。さらに、ミニチュア造型を欲張ったあげく、ジオラマ撮影段階で、カメラのファインダー画面に、ミニチュアが収まらず、背景のベニヤ板の周囲の景色が写ってしまうことがわかり、トリミングを嫌った私は、仕方なく西鉄電車などのミニチュア部分をあきらめて、岩田屋とラドンを中心に撮影しなければならないと、カメラ・アングルを固定した。

悔しさは去らず、フォトショップというソフトを覚えた時、撮影断念した空の風景や遠景を合成してみた。









画像はメイキング写真





画像は米1955年(昭和30年)白黒作品「タランチュラの襲撃」より。なお、この当時の米国映画の怪獣ものは、本物の生物を使う手法もよく使われ、トカゲに飾りものをつけたり、バッタをビルディングの写真の上で這いずらしたりして撮影した。





表紙に使用したゴジラフィギュアは、東宝昭和37年(1962年)「キングコング対ゴジラ」の俗称キンゴジの既製品フィギュアを自製特撮プールに一度沈め水を吸わせて水中の台に置いて撮影。このフィギュアは私見によれば最高の出来栄えでビリケン商会から三千円ほどで販売されていて、価格も納得出来た。







撮影に備えて配置したスナップ写真。東宝昭和34年(1959年)「宇宙大戦争」の月着陸のスピップ号二基のジオラマ。背景はベニヤ板に黒模造紙を貼り、生徒からもらった理科教科書の地球のグラビアを切り抜いたカラー写真を貼ってある。









東宝昭和36年(1961年)「世界大戦争」を表紙に使用したジオラマ作品。米ソ冷戦下、東宝は第三次世界大戦を特撮で描いた。国会議事堂ミニチュアは発泡スチロールを主に使って自作、なぜか応接間に現存する。















東宝昭和38年(1963年)「太平洋の翼」をジオラマで再現しました。記憶が正しければ小学五年当時、兄が定期購読していた学研の学習雑誌「中二コース」グラビアページに鮮やかな戦艦大和の巨大模型が掲載されて、胸が高鳴ったのを覚えています。縮尺は20分の1で全長13mにも及ぶ見事なもので、これを富士五湖の山中湖に浮かべてヘリコプターで空撮するシーンを見せてくれました。表紙ジオラマは東宝スタジオ敷地内の大プールで撮影したシーンの再現です。







1993年は何十年振りかで、映画館で映画を見た年で、「ジュラシックパーク」はサム・ニール演ずるグラント博士が恐竜に興奮するシーンに共感の思いでした。特に弱っているトリケラトプスに乗っかって子供の頃から好きな恐竜だという意味のことを言ったシーンは、熱いものがこみ上げるのを感じながら見入っていました。なお、自作のブラキオサウルスは、足が身体の横から出てしまっていて、造型としては失敗でした。











日本アニメーション制作の「ペリーヌ物語」はシリーズ中最も感動して見たアニメでした。怪獣・特撮ものをずっとジオラマ化していて、ふと思いついた造型でした。二次元のアニメ・キャラクターを実写三次元にするアイデアは、既に玩具メーカーが手掛けていましたが、とにかくペリーヌらしく見えるように作るのに腐心しました。金髪はバービー人形を使って作りました。オープニングの「ペリーヌ物語」とエンディングの「気まぐれバロン」、さらには挿入歌の「少女の夢」はすべて大杉久美子さんが美声で魅了してくれました。今でも時々聴いています。

















ここまで来ると、もう画像が縦にダラダラと並ぶだけで、我れながらひどいと思うし、疲れもして来るのですが、おびただしい数の造型スナップの中から、抜粋して減らしました。小誌ジオラマは事実上この第94号が最後です。表紙画像は最終号第95号までありますが、模型制作はしていません。さて、ジオラマにした映画は東宝昭和44年(1969年)「日本海大海戦」で、円谷英二(つぶらや・えいじ)特技監督の遺作となった作品でした。特撮撮影期間を予定の三ヶ月から五週間に短縮するなど、万全を期することが困難となるはずのところ、円谷監督率いる特撮陣は円熟の成果を見せてくれました。なお、、最後にそれこそ蛇足ですが、すぐ上の画像に北京北西方向に「厚和」と読める地名があり、漢字だけだと私の本名と同じです。もちろん、支那(中国)のモンゴル自治区の土地の名ですが、私はこれにちなんで命名されたのかと、未だに謎です。ジオラマにした戦艦は連合艦隊司令長官・東郷平八郎大将座乗の旗艦三笠で、横須賀市の白浜海岸、三笠公園に記念艦として堂々たる姿を見せてくれます。









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最終更新日  2024.12.15 13:18:39
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