2007年01月08日
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テーマ: 闘病日記(3902)
カテゴリ: カテゴリ未分類
あれは、昨年11月の26日の夕方、もう19時を過ぎた頃、娘にご飯食べさせ、いつも以上に愚図る娘の態度にチョット、イライラしてた時でした。

実家の父から1本の電話。まぁ珍しい、とっつあんが電話してくるなんぞ、何事?

「母の具合が悪い、どうしよう・・・」

いつもこんな時に動いてくれる姉はちょうど不在。父も一人でどうしていいかわからず電話してきたけど、私もどうしていいか咄嗟に判らない。

5分後、父は救急車を呼んでました。しかし、救急車を待つ間に病院に連絡をしていなかった。

姉がいるなら、この間にいつもかかってる病院に連絡し、主治医の先生に連絡してもらうのですが、そのネエチャンはその日の朝から東京へ。

その前日の夜、おっかさんは、そりゃ元気で、食欲も旺盛で、焼き魚のお代わりをしたほど。

だから姉も安心して出かけてた。

救急車で病院へ行くというので、私は娘を車に積んで、放り込んで、と、言っていいくらい、いざ病院へ。


「熱ありますね、風邪ですかね、今夜一晩、様子見るため入院しましょう」

で、その時は、一晩入院の予定、だから、母も姉に連絡するな、心配して飛んで帰ってくるから。

と、口止めをされた。

しかし、ここで姉がいたらまた違っただろうなって後で思ったこと。
姉なら、熱の原因を調べろって当直の医師に言ってたと思いますね。私と父だから、はぁ、そうですか、で、引き下がってるんです。

ところが・・・口止めはされたものの、ネエチャンいないとおっかさんの入院に必要なモノが父ちゃんではわからない。

ま、一晩だから・・・とたかをくくってた。

しかし、翌日、主治医の先生が出勤されて、検査が開始されると、主治医の先生は姉に話をしたい、と。

そして、父がチラッと見たらしいが、主治医の先生が、当直してたお医者さんに、何故、早く連絡しなかったんだ、って怒鳴ってたらしい。

あわや、母ちゃんは医療ミス?になるところだった???

主治医の先生は、姉に会いたいって言うし、母の容態は一向に変化無し、熱も下がらないし、点滴の下がってる本数は1本から2本、3本と増えていくし、血液もさっき取ったのに、また・・・ってぐらい取るし、ベッドのまま、CTの撮影に行くし、レントゲンは2度も撮影に来るし・・・。


「午後から内科病棟に移動ですから」

は?一晩で退院じゃなかったの?

そして言われた事が、27日の13時頃、

「午後から透析を開始します。飲み薬も全部変えます」

はぁ?昨夜、風邪って言ったのは何?薬も変えるって昨日の夜から飲ませた薬は何だったの?



「娘に帰ってくるように言いましたから。詳しいことは娘に話してください。チンプンカンプンで全くわからん怒ってる」

と、人前で滅多に語気を荒げない父がぶち切れ状態。

私も、前の晩からの出来事と繋がらないので、
「いったい、どうなってるんですか?怒ってる」
ってちょっと切れ気味に言ったら、

主治医の先生が
「腎臓のほうがちょっと悪くなってるようで・・・」言葉を濁し気味・・・

私「姉からは、調子がいいって聞いてましたけど」

先生「急変することもあるのです。他にも検査を幾つか行います。当面、入院が必要かと思われます。ところでお姉さんは、何時ごろお帰りに」

父「羽田から福岡まで飛んで2時間、その後移動ですからねぇ。早くても夕方5時過ぎでしょうね。」

先生「お越しになられたら、何時でもお会いしますので。状況を詳しく説明させていただきます」

ただ、このとき思ったのは、あぁこの主治医の先生、信頼して母を任せていい、責任持って患者の命を救ってくれる、そんな気がしました。

その後、私は一旦、家に戻り、娘を幼稚園に迎えに行って、また病院へと。

母は血液透析を開始してました。その間に父は家に戻り、姉が書いてた母の病状、食事の状況など詳しく書かれたノートを持ってきてました。

そのノートの一番上には、母が具合が悪くなった時は、病院にまず連絡し主治医の先生に連絡をつけてもらうこと、血圧等状況を詳しく連絡し、状態に応じて救急車で搬送すること、と、急なときの対応も事細かに書かれていました。

ノートには、日々の食事の量、内容、栄養成分、水分摂取量、血圧、シャントの音の確認、体重、運動、すごいものだと思いました。

主治医の先生も病棟の看護師長さんも、よく、これだけ管理したものだ、と感心されてました。

父が姉に電話したのは、12時頃、その後、東京都内をどういう移動したのかは不明ですが、姉は12時台の飛行機に乗って福岡まで飛んできました。それから、羽田で予約しておいたというレンタカーで飛ばして帰ってきた。

空港から、普通、1時間半ぐらいかかるところを、1時間弱で来てるから、高速とは言えども、飛ばしたんだろうなぁって。

そんな時に、ふと思ったのは、レンタカー料金と乗り捨て料金ならタクシー飛ばしたが安上がりなんじゃ・・・って。姉に言わせれば、きっと、タクシーは規定速度で走るからって言うんだろうな、などと考えてしまいました。

姉が到着し、私や父も後ろに控えた状態で、主治医の先生の説明がありました。

尿管結石があって、それが尿道を塞ぎ、そこで腎盂腎炎を発症した。この腎盂腎炎が、尿毒症を引き起こし、この尿毒症が敗血症を引き起こしてると。

慢性腎炎の治療は、血液透析で可能だけど、腎盂腎炎・尿毒症・敗血症の治療には中心静脈から点滴を行って・・・・と。結石は、衝撃波で破壊するけども、全身状況がよくないので、現在のところ、それは不可、但し、尿を排出させるようにカテーテルのようなものを泌尿器科の先生に処置をしてもらうと。とにかく、3~4日から1週間前後がヤマだと。

そういう説明がありました。その間、姉は幾つか質問してましたね。
そして、姉が最後に言ったのは、

「どうして、救急車で搬送されたすぐ、発熱の原因を調べてくれなかったのでしょうか?検査は日曜の夜でも出来たはずですけど」


それにたいして、主治医の先生は、

「申し訳ないとしか言いようがないんです。連絡体制の不備やら、他にも色々あって・・・」

先生はまだ続けられてたけど、姉は

「調べなかったことに対しての認識をお持ちであれば結構です。ただ今後、こういう事は無いようにお願いします。不在だった私も悪いですけど、患者は病院を信じて受診するのですから」

やっぱ、姉ちゃん帰ってきて良かったねぇって父と話しました。

この日から、姉の付き添いは始まりました。透析室から戻った母は姉の顔を見て泣いて、そして言った言葉は、
「姉ちゃんがいないから、大変だったんだからね。ジイサンはちっともわかってくれない号泣」

母も不安だったのでしょうね。

しかし、この日の夜、また病院に対して不満を持つことがあったのです。

母の熱は思うように下がらず、モウロウとしていたときのことです。

トイレに行きたい、と言っても、絶対安静の状態。

病室にポータブルトイレを持ってきて用を足す、病室は四人部屋です。

72歳の老人でも、病室で用を足すというのは、あまり気持ちのいいものではありません。

トイレというので、姉は病室の外へ出たそうです。看護師が付き添うので出ろと言ったらしい。

ところが、この看護師

「まだ出ないとね。・・・・出た・・・・まだ出るの。匂いがするじゃない」

姉は病室の入口で聞いてて、ハラワタ煮え繰り返るって思ったそうです。

その翌日から、母は便秘の薬を飲まないと言い出したので、姉が、下の世話は自分が責任持ってするから飲め、と言って飲ませたそうです。

看護師さんも人の子。イライラする時あるかもしれないけど、言っていいことと悪いことあるというものです。

その看護師さんの暴言に対して・・・姉が翌朝、看護師長に話に言ったら、同じ部屋の別の患者さんがすでに報告してたそうで。他の患者さんもその看護師が、夜勤や準夜勤の時は、怖くてトイレが頼めないと話してたらしい。

そんな事もあってか、はたまた、姉が付き添うためか、母の病状が病状だったせいか、二日後には個室へと移動したのです。しかし、この部屋では、まだまだ、色々ありました。また、それは後日に。





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最終更新日  2007年01月09日 03時36分18秒
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