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↑クリックしてもらえると励みになります。稲恭宏氏の動画です。稲氏は放射能について良識ある判断をするよう提言して下さっています。反日勢力に煽られて、いたずらに放射能に対する恐怖心を抱くのではなく、様々な意見を総合的に見て判断するべきだと思います。是非、最後までご覧ください。それにしても、日本のことを心から愛し、守りたいと考えている保守の方々は優しく、温かく、情熱に溢れ、力強く見えますね!低線量率の放射線では体に悪影響がない。線量率(瞬間の放射線の強さ)が最重要。線量率が低いと人体に与える衝撃が低い、自然から受ける放射線レベルに近くなる。問題なのは高線量率の放射線。ICRPの基準は、高線量率のX線を当てた1920年代の実験が元となっており、絶対悪に立脚したものとなっている。チェルノブイリの原発事故と福島原発事故の決定的な違いがある。低線量率放射線療法に関する研究の第一人者が放射線に関するあらゆる誤解を解きます。稲恭宏氏:世界で初めて低線量率放射線医科学及び低線量率放射線療法を発見確立した医学者、医学博士。一般財団法人 稲恭宏博士記念 低線量放射線医科学研究開発機構理事長 東京大学医学博士(病因・病理学、免疫学)元データは超人大陸http://www.choujintairiku.com緊急提言!放射能アレルギー患者・日本をまさに治療する、革新的な研究が確立した。常識を覆す必見講演。低線量率放射線が世界を救う
2011年09月28日

↑クリックしてもらえると励みになります。今年の7月1日、埼玉県所沢市では自治基本条例が施行されました。着々と反日左翼陣営が売国法案制定に向けて動き出しています。法務省と民主党が推し進める、究極の保守弾圧の為の売国法案「人権侵害救済法案」をスムーズに通すための世論形成をする為、以下のような人権教育なるものを推進しようと企んでいます。お近くにお住まいの方、是非、潜入捜査(!)あるいは保守の立場からの積極的な発言、質問をお願い致します。地方からの国乗っ取りを断固阻止しましょう!<ところざわ ほっとメール>[タイトル]平成23年度所沢市人権教育ブロック別研修会の開催について[日付]2011/09/15[本文] 人権問題の解決のため、様々な人権問題に対する理解と認識を深めることを目的に研修会を開催します。是非ご参加ください。■期日(1)9月22日(木)(2)9月27日(火)(3)9月29日(木)(4)10月4日(火)(5)10月13日(木)■時間午後1時30分~■場所(1)柳瀬公民館ホール(2)山口公民館ホール(3)三ヶ島公民館ホール(4)並木公民館ホール(5)中央公民館ホール■テーマ(1)「大人が手本となる人権教育」(2)「マスコミと人権問題」(3)「人権指導者のための参加型人権研修」※ワークショップ(4)「人権の世紀を確かなものに」(5)「人権教育の現状と課題」各回共通:ビデオ視聴「人権と向きあう」-違いを認めるために-■申込み(3)以外は、申込不要。直接会場にお越しください。(3)は社会教育課に要申込み(電話04-2998-9242、先着48名)。■主催所沢市人権教育推進協議会、所沢市教育委員会■問合せ社会教育課 電話04-2998-9242所沢市役所総合政策部広報課
2011年09月15日

↑クリックしてもらえると励みになります。動画のご紹介です。元北京語通訳捜査官、坂東忠信さんが日本に広がりつつある不法滞在支那人社会の現状について分かりやすく説明してくれています。日本人からしてみれば支那人の思考形態は全く理解不可能です。日本という外国人天国の社会の中で、着々と地下茎脈を形成し、日本社会を侵食しつつある状況を明らかにしてくれています。中国語をほとんど理解できない日本人にとっては、隣で馬鹿でかい声で中国語で犯罪にまつわる話をしていても、一向に理解できないまま放置しています。しっかりとした支那人対策をしなければ、このままでは気が付いたら日本を乗っ取られていた!と言うことも十分考えられます。ある行政書士の会社で支那人を雇ったら、その支那人が勝手にその会社で不法滞在斡旋の仕事をしていたと言う話が出てきます。支那人が日本人と同じ思考回路だと思ったら大間違いです。早急に対策が必要です。ー 坂東忠信が語る中国犯罪の「インフラ」 -坂東 忠信氏梅原 克彦氏第一回『中国犯罪との「出会い」(1)』『中国犯罪との「出会い」(2)』
2011年09月14日

↑クリックしてもらえると励みになります。9月13日、乃木神社例祭に参列致しました。東日本大震災で内部にひびが入ってしまったとのことで第一の鳥居が新しくなりました。真新しい白い大きな鳥居がとても美しく青空に映えていました。例祭が始まるまでの待ち時間、境内で冷やし飴が振る舞われ、喉を潤しました。空は雲一つないほどの快晴で、秋を感じさせるような澄み渡った空でしたが、残暑厳しく、真夏のような暑さの中で例祭が滞りなく斎行されました。中央乃木会会長の小堀桂一郎氏によって、東日本大震災、巨大台風災害、さらには昨年からの支那による尖閣問題など国の内外に山積する国難を抱えておりながら、政府が全く機能しておらず、事態は甚だ厳しい状況にあるも、今後の戦いは容易ならぬものであると覚悟を決め、ご祭神の御神徳を御導きとして、何としてもこの戦いを勝ち抜きたいと肝に銘じ、この悲願に対しての厳(いか)しきご鞭撻とご冥助を垂れ賜いますよう崇敬者一同慎みて願い奉るものでありますと、祈願詞を奉読されました。例祭でお供えされた神饌は次の通りです。(乃木神社例祭パンフレットより転載)一、御饌(みけ)一、御酒(みき)一、餅一、野菜・果物一、塩水一、生花一、乃木うどん四国第十一師団初代師団長に就任した乃木将軍は、兵隊達が喜んで食べる「うどん」を兵食化し、栄養価を高める為に餅や肉をいれるなど工夫改善されました。兵隊はこの美味しいうどんを「乃木うどん」と呼び、除隊後も家庭で作り、中にはうどん屋を開業するものも現れ、「讃岐うどん」の名が全国に知られるもとになったと云われています。一、山・野の幸一、ワイン赤・白殉死に際し、ご夫妻は明治天皇より賜ったワインで別れの盃を交わされます。そのワインボトルは宝物殿にて展示しております。 カステラ殉死の前に将軍は慈しんだ愛馬二頭に大皿一杯のカステラを与え、最後の別れをされました。例祭が斎行された後、乃木会館にて直会(なおらい)が行われました。いつもは結婚式の披露宴会場となっている場所です。乃木会館のお箸でいただくフレンチ会席は味も盛り付けも最高です!テーブルには季節を感じさせる美しい生け花が飾ってありました。乃木神社の高山宮司のお話です。来年はご祭神が神上がられて百年に当たる年で、百年祭に合わせて4年越しで銅板の屋根の葺き替えや拝殿の修理など行われてきましたが、来年はご本殿の屋根の葺き替えに当たって御動座いただき、9月12日には盛大に遷座祭を斎行されるとのことです。また、来年1年間は様々な行事を行われる予定とのことでした。今からとても楽しみです。乃木神社例祭の直会では必ず乾杯として三献の儀が行われます。明治天皇御製、昭和天皇御製、御祭神遺詠をそれぞれ詠んだ後、一拍手して一献します。一、明治天皇御製いかならむ ことある時も うつせみの 人の心よ ゆたかならなむ(一拍手第一献)一、昭和天皇御製さしのぼる 朝日の光 はたてなく 世を照らさむぞ わがねがひなる(一拍手第二献)一、御祭神遺詠いたつきは 我おこたりの とがなれば 大みめぐみに なにとこたえむ(一拍手第三献)前の席にお座りになった年配のご夫婦、母方の祖父が日露戦争で勲章をもらわれたという紳士としばし護国談義に花が咲きました。直会の〆は『水師営の会見』を9番まで歌います。これで直会はお開きとなりました。外に出て、空を見上げると、太陽がまぶしい中、青空に美しい虹がかかっていました。写真を撮りたかったのですが、太陽がまぶしすぎてカメラに収めることが出来ませんでした。雨も降っていないのに、こんなに美しい虹が出現するとは驚きです。例祭に集った崇敬者の皆様への御祭神の御計らいかもしれません。その後、午後2時頃、青山墓地にある乃木家のお墓で墓前祭が執行されました。今日はアメリカ人と思われる旅行者が乃木大将のお墓であることを知って観光(?)に来ており、有志の方々と共に墓前祭に参列し、最期には一緒に玉串奉奠(ほうてん)をして下さいました。例年は例祭に合わせて9月12,13日に、旧乃木邸が解放されるのですが、今年は東日本大震災によって耐震性に問題があるとして中に入ることが出来ませんでした。乃木大将の人柄と精神がそのまま表現されたかのような家です。外からでも中を伺うことが出来ますので、是非一度足を運ばれては如何でしょうか。乃木邸・・・http://www.dentan.jp/nogi/nogi02.html【乃木邸 一階玄関】【厩舎】【外観】玄関から見ると1階建てですが、脇に回ると半地下に通用口があり2階建てであることが分かります。(実は勝典、保典二人の御子息の部屋が小屋裏のような3階に当たる部分にあるのですが、ここは耐震性の問題で閉鎖されていつも見ることができませんでした。残念!)
2011年09月13日

↑クリックしてもらえると励みになります。昨日、夫と家族の在り方について雑談していた時、昔の日本は〇〇だった、と云う話をしました。それはまだサラリーマンのお給料が振込ではなく、給料日に給料袋に入ったお給料をお父さんが持って帰っていたと云う話です。戦前には大方の日本の家庭には神棚がありました。神棚の神殿には、伊勢神宮のお神札である神宮大麻(じんぐうたいま)、私たちが住んでいる地域をお守りしてくださる氏神さま、そのほかに崇敬する神社のお神札をおまつりします。そしてお父さんが給料袋を家に持って帰ってから、封を切る前に先ず神棚に上げて、家族みんなで柏手を打って神様に感謝をします。その後、家族はお父さんに「ありがとう」と言い、また来月も体に気を付けて頑張ってねとか、それぞれに買いたいものがあれば要求をしたりしたのかもしれません。あるいは貧しい家庭であれば、またやりくりして家族で協力して頑張ろうね、と助け合っていたのかもしれません。家族の為にお給料を一体誰が稼いでいるのか、はっきりと分かる時代でした。よく左翼のフェミニストとかジェンダーフリーとかの男女共同参画とやらを騒ぐ女性たちは、こういう日本の古き良き時代の家族の在り方を、女性蔑視と言ってわめき散らしていますが、日本の女性ほど世界中のどの国よりも男女平等であった国は無いのではないかと思います。櫻井よしこ氏が講演の中で明治時代だったと思いますが、ある日本女性が夫と共に渡米した時のアメリカにおける女性の地位の低さについて驚いたということと、「武士の家計簿」と言う本に書かれていたことを話してくれました。教会で寄付を求められた時、裕福なアメリカのご婦人方であるにも拘わらず、手元にはわずかなお金も持っておらず、夫の了解が無ければ、1ドルも妻の自由にはならなかった、けれども日本女性はその場で自分の裁量で寄付金を出したところ、みんなに驚かれたという様な内容でした。また映画化もされた『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』に書かれているそうですが、日本に於ける武士階級の家の中で最も権限があるのが姑、次に嫁、その次に夫だと女性には頭が上がらないと言っているそうです。欧米では女性が男性にエスコートされて優雅に見えますが、最も重要な金銭の部分は絶対に妻に自由にさせないのだそうです。私自身も30年くらい前に聞いた話では、売り場で電化製品ひとつ女性は一人で買うことが出来ない、夫と二人でいなければお店に信用してもらえない、など日本では考えられないほど女性の地位が低いのだと言うことでした。だからこそ女性が自由になる自分のお金を持ちたいがために女性の社会進出が増えて、また女性の地位向上を訴えてフェミニズム運動が起きたのだと聞いていました。日本における女性の地位と全く異なっていたのだという本質の部分は絶対に明らかにされることなく、日本の男性の地位低下の為に、日本の女性の社会進出、男女同権を推進してきたことで、我が国においては女性が異常とも言える権力を手にし、今や日本男児は息をするのも遠慮がち、という状況にまで陥ってしまいました。斯くいう我が家でも男女同権が進んでおります(時代の流れには逆らえません…)戦後、反日左翼が仕掛けた女性上位運動の目的は、日本における男性の地位の低下であり、昨今「草食男子」などと呼ばれるような、中性的で男でもない、女でもない、不思議な存在が出てきております。話がそれてしまいましたが、給料が給料袋ではなく振込になって以来、サラリーマン男性の地位は急落していきました。夫や父親が大変な思いをして一か月、家族の為に働いて得たお給料も振込になってからと言うものは、給料を口座から引き出すのは妻であり、子供たちは父親が給料を稼いでくれているとは露知らず、母親が金銭については家の中で最も強い権限を持っているのだと刷り込みされ、お金の権限の無い父親の言うことなど聞いても仕方がないから家では無視、邪魔者、ゴミ扱いされ、強い権限を持つ母親にはこびへつらい、母親は夫と子供に対して強権を発動し続け、挙句の果てに、夫の存在価値など認められなくなると一緒にいても価値が無いと離婚に至るケースが続出するという、嘆かわしい日本に成り果ててしまいました。そして神棚を奉斎するという日本の素晴らしい伝統文化も廃れてしまい、八百万の神々と常に向き合って、浄明正直に生きる努力を放棄し、欧米からもたらされた個人主義の我欲のままに生きる姿へと変貌してしまいました。気持ちさえあれば、大丈夫、と言う方もおられるかもしれません。けれども実は形があってこその気持ちです。日本の精神性は多くの場合「形」を通して表現されます。昔の日本のように、お父さんが一か月頑張って働いてくれたことに感謝することを形に表して、神棚に給料袋(のようなもの)を上げて、家族みんなで神様とお父さんに感謝して見ては如何でしょうか。今どきは全額を引き出して、と言うのは困難だと思いますが、形ですから、いくらかを給料袋なるものに入れるという方法もありますね。今更、と思われるかもしれませんが、形を示して行動することで、子供たちのお父さんに対する見方、接し方も変わってくることと思います。また奥様も今までとは違った印象をもたれるかもしれません。またお父さんは自分が一家の大黒柱であることを再認識、あるいは新たな自覚をされるかもしれません。昔の日本人は陰(女性)と陽(男性)の物心両面でそれぞれの役割を上手に振り分けて、素晴らしいバランスで家族を構成していたのですね。陰が強すぎれば、陽は必ず弱くなります。現代はまさにこの陰陽のバランスが崩れたことで、おかしな方向へと向かって行っているのです。地震・雷・火事・親父。親父は本来、怖いものとして恐れられていたのです。今は…。
2011年09月10日

↑クリックしてもらえると励みになります。9月8日、院展評議員で日本画家の高橋天山画伯にお招き頂いて、日本橋の三越本店で開催されている「院展」に行って来ました。院展 http://www.mitsukoshi.co.jp/store/1010/inten/高橋天山画伯のブログ http://tenzan.sblo.jp/高橋画伯は今回は弟橘比売が入水するシーンを描かれています。とても美しい色合いで、多くの人々が足を止めて絵に見入っていました。ご都合のつく方は是非、足を運んでみては如何でしょうか。高橋天山画伯は伊勢の徴古館に複数のご自身の絵を奉納され、更に神代絵巻と遷宮絵巻を奉納される予定です。・・・・・・・・・・・・・・・・・日本は古来から地形的に東の終着点として、西から様々な文化を受け入れてきました。けれどもそれは単に受け入れたのではなく、日本人の感性や風土などの濾過装置を通して取捨選択し、日本人の感性にあったように醇化(じゅんか)して、より一層高度で洗練された日本独自の文化へと発展させてきました。日本画もまた西から入ってきた様々な影響を受けながら、日本独特の素晴らしい絵画へと発展してきました。ゴッホやモネなどが日本の浮世絵に出会って衝撃を受け西洋画に浮世絵の手法を取り入れて進化、発展したように日本画もまた明治以降怒涛の如く押し寄せた西洋文化の影響を受けて進化、発展をし、現代に至っても尚、新たな日本画の世界が切り拓かれています。日本の素晴らしさは、文化であれ思想であれ宗教であれ、すべてを長い時間をかけて日本独特の個性に変化させ、さらに発展させるという独自性を持っていることだと思います。「日本は受け入れる国である」から何でも受け入れるべきであり、現在のマスコミが作り上げた韓流ブームに対して嫌韓感情を露骨にするような主義主張が似非保守だと断定して、弾劾している人々が見受けられます。これは少し日本という国を間違って捉えているのではないでしょうか。「日本は受け入れる国」と言っても、取捨選択も無しに何でもかんでも受け入れ続けていれば、日本はゴミ箱のような存在になってしまっていたでしょう。古来から現在に至るまでの間、あらゆる文化的、思想的なものが、すべて一貫して「日本」を感じさせるものであるということは、外から全てを受け入れて来たのではなく、もともと日本人や日本の風土、日本人を貫く精神にそぐうものであるのかどうかを、長い時間をかけて取捨選択し、あるいは粗暴なもの、粗削りなもの、未発達なものなどを少しずつ改良、進化させて、少しずつ、少しずつ日本的なものとして発展させてきたのであると考えます。それを「醇化(じゅんか)」と云う一言で言い表せるのです。流入してきた外来の物を日本民族に合ったように熟(こな)すことのできるだけの精神的に非常に優れた資質を持ち合わせていなければ、外から来たものを内にあるものと一緒にしてより一層優れたものにするという高度な技を駆使することは出来なかったでしょう。「國體の本義」の結語に次のようにあります。少し長いですが、将に日本の独自性について分かりやすく説明されています。つまるところ、西からもたらされた思想や宗教は日本に於いては元のものとは似ても似つかぬほどに変化させ、それらの思想や宗教の完成形に近い姿にまで進化、発展させたものである、と言うことに尽きるのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)我が国に輸入せられた支那思想は、主として儒教と老荘思想とであつた。儒教は実践的な道として優れた内容をもち、頻る価値ある教である。而して孝を以て教の根本としてゐるが、それは支那に於て家族を中心として道が立てられてゐるからである。この孝は実行的な特色をもつてゐるが、我が国の如く忠孝一本の国家的道徳として完成せられてゐない。家族的道徳を以て国家的道徳の基礎とし、忠臣は孝子の門より出づるともいつてゐるが、支那には易姓革命・禅譲放伐が行はれてゐるから、その忠孝は歴史的・具体的な永遠の国家の道徳とはなり得ない。老荘は、人為を捨てて自然に帰り、無為を以て化する境涯を理想とし、結局その道は文化を否定する抽象的のものとなり、具体的な歴史的基礎の上に立たずして個人主義に陥つた。その末流は所謂竹林の七賢の如く、世間を離れて孤独を守らうとする傾向を示し、清談独善の徒となつた。要するに儒教も老荘思想も、歴史的に発展する具体的国家の基礎をもたざる点に於て、個人主義的傾向に陥るものといへる。併しながら、それらが我が国に摂取せられるに及んでは、個人主義的・革命的要素は脱落し、殊に儒教は我が国体に醇化せられて日本儒教の建設となり、我が国民道徳の発達に寄与することが大であつた。印度に於ける仏教は、行的・直観的な方面もあるが、観想的・非現実的な民族性から創造せられたものであつて、冥想的・非歴史的・超国家的なものである。然るに我が国に摂取せられるに及んでは、国民精神に醇化せられ、現実的・具体的な性格を得て、国本培養に貢献するところが多かつたのである。これを要するに、西洋の学問や思想の長所が分析的・知的であるに対して、東洋の学問・思想は、直観的・行的なることを特色とする。それは民族と歴史との相違から起る必然的傾向であるが、これを我が国の精神・思想並びに生活と比較する時は、尚そこに大なる根本的の差異を認めざるを得ない。我が国は、従来支那思想・印度思想等を輸入し、よくこれを摂取醇化して皇道の羽翼とし、国体に基づく独自の文化を建設し得たのである。
2011年09月08日

↑クリックしてもらえると励みになります。一週間前の土砂降りの朝、ベランダの手すりに一羽のセキセイインコが雨宿りしていました。恐らくどこかの家で飼われていたのでしょうけれども、何かの拍子にケージから出てしまったか、手乗りで話して遊んでいる内に、窓の外に出てしまったかして、逃げてしまったのでしょう。バケツをひっくり返したような土砂降りの中、我が家の二階のベランダの手すりに、可愛らしい姿でひっそりと休んでいました。思わず左手で、サッと掴むと、抵抗する素振りも無く、手の中でチー、チーと鳴いていました。鳥籠が無かったので、陸亀の温泉浴に使っているプラスティックケージの中にとりあえず入れて、急いで鳥の餌を買いに走りました。最初の頃は手を入れると、自分から指に止まったりして、何とも慣れているし、インコ特有の噛んでくる習性もほとんどなく、べた慣れだ!と大喜びしていました。餌を入れてあげると、およそ三日くらい、朝から晩まで食べ続ける、といった具合で、よっぽどお腹が空いていたのだと思いました。ようやく少し食べ方が落ち着いてきて、頼んでいた鳥籠が来たので、鳥籠の中に入れると、今まで手に止まってくれたのが、さほどでもなくなり、ちょっと目を離したすきに手から離れて、部屋中を飛び回ると、今度は捕まえることが出来なくなって、大騒ぎになってしまいました。何だ、べた慣れと言うわけではなく、単にお腹が空き過ぎてヨロヨロしていただけか、とがっくり。ところが今日は台風で外は大荒れの天候で、風の音がビュービューと聞こえてきます。するとピーちゃんがケージに張り付いて、人間にすり寄ってくるような仕草をします。大丈夫よ、と胸や頭を撫でてあげると、チー、チーと小さな声で鳴きます。やっぱりべた慣れだ! とニコニコしました。むか~し、むかし、小型・中型インコから大型のオウムに至るまで、またありとあらゆる鳥類を式神として百羽くらい飼ったことがあります。その時は鳥だけでなく本当に色々な種類の動物を飼っていたので癒される、と言うよりも朝から晩まで世話に明け暮れて、死にもの狂いでしたが、今、小さくて可愛らしいセキセイインコのピーちゃんを見ていると、愛らしくて本当に心癒されます。とは言いながら、ピーちゃんは式神支援隊として我が家を選んで舞い降りてきてくれたようなので、お腹も満たされ、我が家にも慣れてきてくれたことから、そろそろ他の式神たちと共に活躍してくれることでしょう。ピーちゃん、日本の為に頑張って活躍してね!
2011年09月03日
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