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tsuyoponさん、トラックバックをありがとうございます。トラックバックなるものを初めて受けたので、今度はトラックバックのお返しに記事を書いてみたいと思います。まず、アトピーについて。イルカがいいというよりは、海水がいいようですね。ただものすごい痛みを伴うので、それを紛らわせる意味で、イルカが有効という考え方のようです。沖縄のルネッサンスホテルで昭和大学の小児科の先生がそうしたセラピーを行っています。ものすごい繁盛ぶりのようです。6ヶ月待ちとか...そこに、「アトピーだけでなく自閉症も受け入れて!」と乗り込んでいった方々がいます。何を隠そう、ボクがやっていたフロリダに参加していたご家族の方々です。結局今は、かなり広く対象をとってセラピーをしているはずです。アトピーにうつ病を併発しているケースも多くありますし、アトピーに心因的な原因もあるとすれば、そういう意味でも「イルカは有効」と考えることができるでしょう。次にうつ病についてうつ病については、間違いなくイルカと泳ぐことは有効です。ただし、イルカに限ったことではないと思いますし、「イルカが治してくれる」と考えるのはどうかと思います。「イルカ効果」の原因として、「イルカの超音波」がよく挙げられますが、ボクとしては「科学者らしい推測」という程度にしか思えません。E.O. Wilson博士の「バイオフィリア」が唯一、「イルカ効果」を端的に説明したものだと思います。tsuyoponさんも指摘されていましたが、野生のイルカと飼育イルカの寿命は、明らかに違います。原因も、海とプールという環境を比べれば自明です。基本的に水族館側が情報を開示しないので、正確ではありませんが、飼育7年でイルカの半数が死亡するというデータがあります。アンケートに協力した水族館が出してくれたデータの統計でこの数値です。アンケートに答えなかった水族館を足せば、間違いなく死亡率は高くなると思います。特に飼育1年目の死亡率は非常に高いことは知られています。ストレスの指標となる血中コルチゾール値が異常に高いのも実験結果があります。ちなみに、飼育イルカは抗生物質漬けです。そうでなければ、人間の手にはイルカに有害なバクテリアがいるので、イルカに触ってはいけません。野生では触らないようにしてください。(触れるものならネ...)そんなことで、「イルカが有効」という言葉ばかりが先行しないことを願うのみです。
November 30, 2005
「結局さア、イルカじゃなくて、トトなんだね!」イルカに頼らずに、なんとか同じようなものを作れないものか?それ以来、真剣に考え始めました。もちろんみんながフロリダまで来てくれるのは、「イルカ」でした。でも、イルカと泳ぐことだけでなく、ボクは、その「場」というか「空気」というか、プログラム全体の雰囲気を大事にしてきました。何かを「伝える」のは、やはり「人の力」だと思うのです。その力がなくても、イルカと泳ぐのは間違いなく楽しいでしょう。でも結局、何日か後には、みんな日常に戻っていくのです。そして、いつの間にか、イルカは思い出へと変わっていきます。でも、何かが「伝わった」とき、日常の送り方が変わります。思い出が「生きる」わけです。ボクがやりたかったのは、単なるサービス業ではありません。「伝え」たかったんです。そう考えたとき、今までを思い返して、急に自分の力不足を感じました。自己表現としての仕事の喜びを見つけたと同時に、その責任の重さを実感したのだと思います。「自分がもっともっと成長しなくちゃ」そしてテロ事件は、ボクをイルカから離すために起きたんだろう、と勝手に思い始めました。「イルカに固執することはない」「成長は他のことでもできる」「イルカに頼らず、自分が目指す『場作り』をしていこ」だんだん考えが整理されていきました。人間の心・頭・体の関係は本当に不思議なものです。考えに整理がつくと、心も変化します。心はコントロールできません。体もコントロールできません。でも、考えだけは自分でコントロールできます。そして、この3つはお互いに影響しあっています。イルカと離れるのは、『心』にとっては辛いことだろうと思っていましたが、予想していたほどの拒否反応は示しませんでした。もちろん何度か涙を流しました。また、今は街中に住んでいて、フロリダとは全く違う環境ですが、それでも、例えば夜、月がきれいに見えると、フロリダのイルカの島でよく見た夜空を思い出して、イルカを想います。そうやって『心』が動くときは、できるだけ時間をとってあげるようにしています。不思議と、そうやって『心』を大切にしてあげていると、『体』にまで影響が出るほどの拒否反応は示さないものなんですね。イルカ・プロジェクトの休止を決めたとき、『頭』では、すでにイルカを離れる考えを整理して、次の舞台の設計図を描きはじめました。『心』はというと、ときどき後ろを振り返ることもありましたが、ほとんどはうまくついて来てくれて、将来の構想にドキドキしてくれることもありました。自分の『心』も、他人の『心』も、自分の『頭』からの距離でいうと、あんまり変わらないんだなぁ…うまく付き合ってあげないとな…
November 26, 2005
イルカを辞めた理由 その2疑問とは、野生のイルカに依存している自分の生活スタイルでした。基本的に、自然は「放っておく」のが一番です。でも、ボク一人が自然を放っておいても何も変わらないのだから、逆に積極的に交流プログラムを通して情報を発信していきたい。そう、それは分かるんです。しかし、事実として、年間100人以上の人をイルカに連れて行っていました。1日に10人として、年間のべ1000人ほどになります。それだけの人数を野生のイルカの生活環境に連れていっていれば、自然保護の観点でマイナスは発生しています。でも、それによって人々の心に生まれている自然との調和を考えて、天秤にかければ、プラスはマイナスを大きく凌ぐことは実感していました。でも、なんか、もっと工夫できるんじゃないか?自分がやりたいと思っていることは、違う形でもできるんじゃないか?ボクの中のモヤモヤはなかなか消えないでいました。あるとき、脳性マヒの男のコの家族が参加されました。重度障害児のご家族にかかる日々のストレスは尋常ではありません。たった一週間のプログラム。子供たちはボクたちスタッフに任せて、家族の方々もイルカと一緒に泳いで、楽しんでほしい。いつもそう思います。でも当然ながら、ご家族は「このコをイルカと泳がせるために来た」という思いが強く、なかなか自分自身がリラックスできることがありません。でも心配することもなく、ご家族が一度水中でイルカと出会ってくれれば、すべてが変ります。脳性マヒのコは、自分がイルカと出会ったことさえ認識できているか分かりません。でも、家族は間違いなく変わります。宿舎の雰囲気がどんどん明るくなっていきました。ある日、脳性マヒのコのお兄ちゃん(小5)が家族に言ったそうです。「結局さア、イルカじゃなくて、トトなんだね!」「トト」は現地でのボクのニックネームです。ご家族にそれを伝えられたとき、ボクはものすごい衝撃を受けました。「いやいやボクじゃないですよ。イルカですよ」とゴニョゴニョ言いながら、正直、ものすごく嬉しかった。このお兄ちゃんもきっと苦労しているはずです。小さい時から、この家族は脳性マヒの弟を中心に回ってるんです。でも、彼には一切ひがみっぽいところもなく、周囲のいろんなコトに気づける明るく優しい男のコでした。そんな彼に認められたのが、ボクは涙が出るほど嬉しかったんです。
November 25, 2005
2001年9月11日NYでの連続テロ事件がありました。イルカのプロジェクトも5年目。子どもたちを対象にしたエコ・キャンプが口コミで広まったおかげで、プログラムの全体の数も増え、そのうちの半分はエコ・キャンプが占めていました。その朝は、ちょうどエコ・キャンプの子どもたちが日本に帰る日でした。朝5時半の飛行機でパナマシティを出て、アトランタで成田行きに乗り換える寸前、全米の航空便が一斉キャンセルされました。空港はパニック状態。子どもたちも言葉の分からない中で、極度の不安状態だったはずです。このとき、ボクはパナマシティで次のグループの準備をしていて、テレビの画面を見て凍り付いていました。その後、子どもたちを引率しているボランティアとやっと連絡が取れたのが数時間後。その声の緊張感から、子どもたちのパニックが伝わってきました。一刻も早く迎えに行きたいのは山々でしたが、子どもたち全員を移動させるにはワゴンが2台必要。ボクとアシスタントは早朝の送迎だったために前日ほとんど寝ていない状態。このままアトランタまで往復12時間のドライブができるか…また、その間、状況が変わってしまったら…このとき、全米のホテルとレンタルカーが一斉に売り切れていました。航空便が再開するのは、数時間後かもしれないし、数日後かもしれない…ニュース報道では、様々な情報と憶測が飛び交っていました。英語と日本語の両方できるのがボク一人だっただけに、今、ボクが情報から切り離されては逆に動きがとれなくなる、と判断しました。結局、引率ボランティアに電話で一つずつ指示を与えながら、航空会社が用意したホテルに1泊し、その間何十本という電話をかけて何とかタクシーサービスを手配して、翌日、子どもたちは陸路パナマシティに戻ってきました。その後も、ボクは情報収集と日本との連絡のために、3日間不眠不休の日々を送りましたが、幸い、子供たちは自然と仲間のありがたみを感じながら穏やかに過ごし、トラウマになることもなく、逆に「勉強になった」という感想を残してくれて、4日後にやっと再開した航空便に乗って日本に帰っていきました。このテロは、空の旅を前提としてプログラムを運営しているボクにとっては、大きな衝撃でした。特に、助けを必要としている人々を対象に、アメリカでプログラムを行なうことの責任とリスクを、改めて痛感させられました。アメリカは戦争を始めるのか?テロは今後も続くのか?来年以降もプログラムを続けられるのか? 続けるべきなのか?さんざん苦しんだ後、「休業」の判断をしました。となれば、今年日本に帰る前に、山のような荷物を早急に整理しなければなりません。車3台、布団15組、宿舎の家具諸々…一斉にガレージセールをして処分しました。今までの思い出がたくさんつまった物が、2ドル、3ドルで売れていきます。夜、空っぽになった宿舎に一人残って、ものすごく泣きました。でも、休業を決めた理由は、世界情勢だけではありませんでした。あの時じっくり自分を向き合って、自分の中の棚卸しをして、考えを整理できたことはとても貴重な時間でした。イルカのプロジェクトも5年目を終え、少し前からボクの中で疑問が生まれていたのです。
November 23, 2005

WABAニュースレター秋特別号が発刊されました。今回の特別号は、WABAが現在計画している組織再構築の内容を伝えるために発刊されました。今後、再構築計画の経過をみなさんに伝えるために、特別号が出されるそうです。詳しい内容については、ワッツフォーラムへ。ワッツをしている全員に関わるとても重要なことです。是非、ご意見をお寄せ下さい。
November 18, 2005
不登校との出会い その1イルカを始めた1年目から、不登校の子供たちの支援をしている団体から問い合わせが入るようになりました。1997年当時はちょうど不登校が急激に増え始めた頃で、企業社会にいてそんなコトさえ知らなかったボクは、不登校について調べたり、実際に子供たちと話してみて、その実態にビックリしました。「これは、まだまだ増えていく…」日本のいろんな状況を考えると、こうした問題が起きて当然だと、ある意味、納得できることでもありました。「学校に行かない」のは問題じゃない。でも、「出会いが少ない」のは問題。ボクはそう思います。人だけでなく、場所、知識、経験、とにかく新しいことに接する機会が少ないのは、人としての成長に大きなハンデになると思います。しかし、その「新しいこと」に接するのは、勇気のいることです。「勇気」「自信」というもののエネルギーの源は、それまでに積み重ねた「成功体験」です。不登校の子供たちの中には、この成功経験の少ない子供たちが非常に多いと気づきました。子供たちは、社会の鏡です。不登校は、「子供たちのせい」ではありません。また昨今、イギリスからNEETという言葉が入ってきました。Not in Education, Employment, or Training学校にも会社にも属さず、技術訓練をしているわけでもない人たちです。いわゆる「引きこもり」です。厚生労働省の発表で65万人。総務省の発表で85万人。(平成15年)「数えたくない人」と「数えたい人」で数え方が違うだけですが、不登校に取り組む教育業界では100万人を超えるというのが通説です。不登校や「ニート」現象は、日本の社会に「このままじゃダメだ!」という課題を突きつけています。日本の社会に「心の成長」を求めています。不登校の子供たちに対して、イルカのプログラムを通して何かできることがないか?ボクはもともと教育という分野に興味がありました。でも、学校の先生になろうとは一度も思ったことがありませんでした。基本的に、学校の先生というものが嫌いです。だからある意味、不登校の子どもたちを応援したい気持ちがあったんです。2年目から、日本の子供たちだけを対象とした「イルカと泳ぐエコ・キャンプ」をスタートさせました。
November 13, 2005
不登校との出会い その2エコキャンプの紹介をしていると、あるフリースクールからご依頼をいただいて、子どもたちと座談会をすることになりました。途中、一人の女の子と一緒にジュースを買いに外に出たとき、女の子が、「好きなように自由に生きて、たくさん出会いがあって、いいね。」と言ってくれました。ボクが努めて明るく、「そのほうが楽しいじゃない?」と投げかけると、彼女は急に下を向き、「それは不登校のコには言わないほうがいいよ…」と言って、突然、泣き始めました。「不登校のコも、そのほうが楽しいのは分かってるの。でもそれを聞くと、『自分にはそれができない』って思ってしまうから。」と言うのです。その場は「分かった。気をつける。ゴメンね。教えてくれてありがとう。」と言いましたが、内心、「これは厄介だ…」と思いました。「気をつける」? そこまで気をつけて、一体、人としゃべれるのか?自分で振り返ってみても、ボクが言った言葉、表情、そのトーンなど、一般的に人を傷つけるものとは思えなかったのです。しかし、出会って数分で泣かれ、その彼女に「他のコと話すときにも気をつけて」と言われ、「おおお…これが彼女の『不登校』かぁ…」と、洗礼を受けたような思いでした。その後しばらくして、その時の彼女の言動が理解できるようになりました。彼女の言う通りに、不登校の心理に気をつけてしゃべるようになったわけではありません。理解したんです。彼女はあのとき、「サイン」を発していました。彼女は、自分が抱える問題に目を向けて欲しかったんです。あのときボクは突然泣かれて、ワケが分からなかったので、彼女の話を聞きました。偶然、彼女のことに「目を向けた」結果になったワケです。また、とりあえず道端で泣くのを止めてほしかったので、「分かった、気をつける」と言いました。偶然、彼女の主張を拒否せず、「受け入れた」結果になったワケです。あのときは偶然でした。結果的に彼女のサインに答える形になったのです。結局、彼女はそれ以来ボクを慕ってくれて、2回もフロリダまで来てくれました。通常、誰かに自分の悩みを聞いてほしいなら、そういう会話のもっていき方があると思うのですが、多分、彼女の場合には、自分自身、その欲求に気づいていなかったのかもしれません。だから、「サイン」という形でしか読み取れないのです。さらに「不登校のコと話すときには気を付けて」と、ボクに対する「要求」という形で出してきたので、危うく見過ごすところでした。仮にその要求に対して、「普通そこまで気をつけて人としゃべれないよ」と要求を拒否してしまっていたら、状況は全く変わっていたと思います。しかし、これに気づいたことは、ボクにとっては大きな財産となりました。それ以来ボクは、人と話しているとき、その人が話している内容ではなくて、その人が発している「サイン」に注意するようになりました。正直、ボクは頭の回転が特別良いわけではないので、言葉の「受け取られ方」に細心の注意を払いながらしゃべることはできません。また企業での経験もあってか、相手に「要求」をされれば、つい自己防衛に構えてしまいます。しかし、相手が発している「サイン」を拾えれば、相手のニーズが分かるわけですから、自分が何を言ってあげられて、何をしてあげられるかが分かるのです。ときには相手がしゃべっている内容とは全く関係のないところに「ニーズ」があることも学びました。例えば、あるプログラム中、宿舎での約束事をどうしても守ってくれない男の子がいました。彼が突然、「トト(ボクのニックネーム)の言っていることおかしくない?」と怒り出しました。過去のボクの発言に矛盾があると言うのです。彼は理論をコネくり回すように話し出しました。一通り話を聞くと、彼のサインが読み取れたので、反論することなく、「スゴ~イ、○○○! そうか、なるほどなぁ。」と彼の発見を誉めました。すると彼の表情は一変して笑顔になり、絶好調の口ぶりで熱弁を振るいました。矛盾などないんです。ただ彼はボクと話したかったんです。最後に彼の肩に腕を回して、「そうか、分かった。でもな、○○○。コレだけは大切なことだから、悪いんだけど守ってくれ。」と、宿舎の10ほどある約束事のうち一つだけをお願いしました。彼は、「分かった」とすんなり聞き入れてくれました。それだけでなく、その後、彼は他の約束事もスタッフから聞き出したり、張り紙を見たりして、自分から積極的に守るようになり、さらに頼めば何でも手伝ってくれました。まさに「模範生徒」のようになってしまいました。帰国後、彼が家の手伝いを進んでしてくれるようになったと、お母さんから喜びの声が届きました。プログラムの始めは、諸注意などもあって、どうしても「1対多」のコミュニケーションになりがちです。彼のように「1対多」のコミュニケーションが苦手な子どもはたくさんいます。彼らにとっては、「1対多」で言われたことは、文字通り、頭に残らないのです。でも1対1で話して、お互いを認め合えれば、すんなり指示は通ります。そんな彼にとってしてみれば、「学校」という所は本当に苦痛な場でしょう。またそれがために成功経験を積むことがさらに少なくなり、「言うことを聞かない」というレッテルを貼られてきたことでしょう。彼にとっては、「1対1」の場面とは、常に自分が怒られている状況をだったのかもしれません。彼もどうしていいか分からないから、指示はほしいのです。でも、よく分からない… そのフラストレーションが、怒るという形で出てきたのでしょう。もちろん、ボクと話したことだけでなく、イルカとの体験や異文化での生活の中で、周囲のスタッフが彼の挑戦を暖かく支えたことが、彼の変化を起こしたのだと思います。人間関係においては、問題が起きることは「問題」じゃないんです。ボクのためにも周囲のためにも、問題を起こさないようにするほうが「問題」だと思います。特に不登校の子どもたちにとっては、人間関係は最大の関心事です。何も不登校の子どもたちを特別扱いすることはなく、特別な技術が必要なわけでもなく、ボク自身も人間関係で成長しながら、彼ら彼女たちにも同様に接するだけのことなんだと思いました。それを気づかせてくれたあの彼女には、今でも感謝をしています。
November 13, 2005
ワッツについての自由意見を投稿できるブログをスタートしました!じゃんじゃん書き込んでください。お寄せいただいたご意見・アイディアは、必ず建設的に活用させていただきます。みなさんの知恵が寄れば、日本のワッツはもっともっと良くなるはずです。
November 10, 2005
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