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サメと泳いだ経験のことは、それから何回も頭の中で反芻しました。そこから、何か大切なことを学び取れるような気がしたのです。サメの様子、ボクが感じたこと、生きること…あれから数日、海の上で揺られながら、記憶を絞り出すようにして考えました。おかしな考え方かもしれないんですけどネ…小さい頃、「どんな死に方したい?」って話になると、「暖かい縁側でポックリ」なんて思っていました。逆に、一番イヤな死に方は、「食べられる」ことでした。でもネ、ちょっと違うと思うようになりました。サメに喰われて死んだっていいじゃん、って…自然界は食物連鎖で成り立っています。食物連鎖の底辺にいるもの以外、すべての生命は、生きているものを食べて生きていきます。植物は、日光と水と養分で、生きるエネルギーを得ます。動物はそうはいきません。生きているものしか食べられない。そして、その犠牲になった生命のエネルギーを、自分の血と肉に変えて生きていくワケです。「命」というものは、そうやってみんなで共有しているエネルギーのコトです。生きるってことは、「受け取る」こと。死ぬってことは、「与える」こと。そうやって命というエネルギーは、みんなの周りを廻っていく。なんか、そう考えると、人間のように死んだときに燃やしちゃうのって、不公平だなって…サメと泳いだコトを正当化するつもりではありません。あれはアホです。無謀だし無責任です。ただネ、この自然界で生命を授かった以上、この自然界の中にいたいなぁ、って思うんですよね。人間は、自分の社会を自然から切り離すことで安全を確保してきました。大昔、農業が発明されたことでそれが可能になり、人間の人口は一気に増えました。ところが今度は密集して生活するようになったので、疫病が流行るようになりました。しかし、医学や技術の発達、そして産業革命…人間はもう自然を脅威と思わなくなり、どんどん「自然」を「人工」に変えていったわけです。その歴史のおかげでボクも生まれました。ボクは自然界で生きていけません。そんな風に育てられてないからです。そもそも、人間が自然界から隔離しないでいたら、ボクは生まれていなかったかもしれないワケです。でも、体の芯に近いところで、自然界への帰属意識自然界の懐かしさって残ってると思うんですよね。自然界に出れば、必ず「やられる」リスクが生じます。(必ずしも人間社会が安全なワケではないですけどね。)でも、リスクを恐れて、人間社会に閉じこもるのはイヤだなって思います。また、簡単に自然界に出て、リスクを知らないで能天気でいるのも、例え結果OKだとしても、イヤだなって思います。「サメに喰われてもいい」というのは、「死に方」の話ではなくて、「生き方」の話なんですね。もちろん、サメと遭えば全力で逃げるし、できるだけ出遭わないように避けて生活すべきです。ただ、サイパンでは、目の前でイワシとカツオとカモメの激しい生命の攻防を見て、ものすごく心が動いたんです。そして、そうやって生きることの原則や意味を自分の目で確認したかったんだと思います。理屈じゃなくて。「行かなきゃ」「行かなきゃ」って気持ちを抑えられなかった。おかしいかな?おかしいよね。
December 20, 2005
(...続き)もう一度、青黒い海底をめがけて潜っていくと、いた! 海底近くに。ヤツが…どうやら、その辺りを旋回している感じでした。ゆっくりと悠々と。堂々とした、流れるような流線型。襲ってくるような気配は感じませんでした。根拠は全くありません。はい。ただ、ボクはもうとりつかれていました。サメの進行方向にあわせるように、徐々に近寄っていきました。距離をつめていっても、サメが反応する様子はありません。ただ、横目でボクを意識しているのは感じました。サメと目をあわせながら、「まだ行けるか」「もうちょっと寄れるか」とジリジリと距離を縮め、いよいよ手を伸ばせば届いちゃうかも!という距離まで。その瞬間。「いやん!」という感じで、サメは身をよじって距離を置きました。その瞬間にボクも反射的に反応して、全速力で浮上しました。サメの意外な反応に、ホッとするやら苦しいやら。明らかに、緊張のため、思うように息が続きません。また海面に戻って、ドキドキ下を見つめながら、なぜか冷静に妙なことを考えている自分がいました。… サメには、人の手の機能が分かるんだろうか?サメが体を翻したのは、ちょうど手を伸ばせば届くくらいの距離だったのです。しかも、ボクの勝手な解釈では、確かにサメは、「いやん!」と言いました。しばらく海底を見つめながら、多分、いろいろな考えを整理していたんだと思います。ノドが乾いていました。スノーケルが唇に張り付いて、ツバも飲み込めませんでした。自分の呼吸に意識を集中させて…… オリャ!ボクはジェットコースターなんかも大っ嫌いな人間です。高い所もできるだけ避けて生きてきました。スリルというものを好き好む人間ではないんですが、多分、その時はもう、アドレナリンに酔っ払っていたんだと思います。今度は近くに寄ったら、一定の距離を置いてしばらく泳いでみました。サメはボクの存在をどう考えているのか、全神経を傾けてみても、ほとんど読み取ることはできませんでした。なんたって相手は魚。イルカと泳ぐのとは全く異質の感覚です。当然、ボク側の気持ちが全く違います。ただ、何か共通している部分もあるような気もするのが不思議でした。そうしているうちに、「いやん!」とサメはまた身を翻して、距離を置きました。なぜかコレが病みつきになってしまいました。だんだん落ち着いてきて、息も長く持つようになりました。ボクは何度も潜行と浮上を繰り返しました。「いいではないか」「いやん!」「いいではないか」「いやん!」いつの間にかボクは、サメよりも上の立場にいるような錯覚に陥っていました。何回目かのとき、ふとサメの位置がずい分と浅くなっているのに気づきました。アレ?周囲は青く明るくて、見通しもいい状態。見回してみて、ビックリしました。1頭かと思っていたサメは、見える範囲だけで6頭いました。そしてすぐ頭の上には、イワシとカツオとカモメの塊。サメはその周りをゆっくりとグルグル旋回しながら、徐々に浮上して距離を詰めているところでした。その真ん中にボクはいたのです。おもむろに左側のサメが、ウォームアップでもするかのように、ビビビッと稲妻状にダッシュし始めました。は、はじまるんだ…!ようやく自分が置かれている状況が分かったと同時に、ものすごい恐怖が全身を襲ってきました。意識が一瞬にしてすべて吹き飛びました。とにかく怖かった。そこからどうやって船に戻ったのか全く覚えていません。多分、自己新記録ペースで泳いだんだと思います。どうやって船を見つけたのか、そもそも浮上したのか、呼吸はしたのか...全く覚えてないんです。一時的な記憶喪失です。人間って、死の恐怖を味わうと、生命維持機能が働いて、その記憶を消してしまうらしいですが、多分、ソレだと思います。ボクが唯一覚えているのは、船に飛び込むように上がって、「ベチャ!」と顔から着地したことだけでした。
December 18, 2005
5年くらい前に、サイパンでイルカ調査をしました。ある日系ホテルに依頼で、イルカと泳ぐプログラムができないか?という趣旨のものでした。ま、先方は単なる企業努力だったのですが、結果がどう出るにしろ、ボクは海に漂ってるだけでも幸せなので、話に乗ってみました。結果を先に言うと、一週間漂って、イルカを見たのは一度のみ。しかも遠くの沖にちょっと見えただけで、何イルカとも判別できませんでした。実際のところ、ほとんどの時間、ボクはトローリングでカツオを釣って過ごしていました。海では、鳥がいろんなコトを教えてくれます。鳥が空中で群がっていれば、その下に小魚が群れてる。なぜ小魚が群がるかというと、その下から大型の魚が小魚を狙っているからです。当然そこでカツオを狙うのですが、一度、海の中の様子を見てみたい!と思って、小魚が群がる海の中に入ってみました。すごい絵でした。雲のように群がるイワシの群れに、カツオがビュンビュン飛び込んでいきます。行き場を失ったイワシは、「海面」という境界線を超えてジャンプします。そこに上から飛び込んでくるのがカモメ。壮絶なサバイバル合戦がそこで繰り広げられていました。イヤ~! コレが命だ!フト、視界の隅で、海底近くに何かが動くのが見えました。水深は12・3mくらいだったでしょうか。海底が青黒く、やっと見えるくらいのところです。その海底近くに黒く大きな影がうごめいていました。ンッ… イルカか?迷わず深呼吸一発、潜行しました。薄っすらと見える黒い影を追ってみると…ブッ! サメ。身長は2mちょっとでしょうか。ちょうどボクの身長にフィンの長さを加えたくらいでした。後で調べてみたら、多分、Grey Reef Shark 「オグロメジロザメ」危険な種類に入るようです。もしかしたら Bull Shark 「オオメジロザメ」Bullだったら、かなり危険です。ただ、そのときには、相手の正体の知識は全くありませんでした。あわてて海面に上がって、ドキドキする心臓の音を聞きながら、海底を見つめました。横では相変わらず、イワシの死闘が繰り広げられていました。…サメだ。サメ… でっかい。でっぷり…しばらく思考は停止していました。何を考えていいのかわからない。ただ、何かに駆り立てられているような、妙な気分でした。なぜか、船に戻ろうとは全然思いませんでした。… オリャ!気合一発、もう一度潜行しました。本当にネ…自分でも何を考えていたのか分かりません。どう考えても理に適ってません。妻子のある男のやるコトじゃないですよね。でもネェ、なんかネェ、行っちゃうんですよね…止まんないんですよ。なんか、こう、命さらけだして「オレも生きてるゾ~!」 …みたいなネ。そんな気持ちだったんですよね。...続きます。
December 17, 2005
野生のイルカと泳ぐことは、自然保護の観点から言えば、確かにマイナス面もあります。でも結局ね、自然保護の基本は、 リデュース ゴミを減らす・消費を減らす。 リユース 物を再利用する。 リサイクル 形を変えて資源を再利用する。これなんですね。結局、これが一番利くんです。その他に何ができる?って言ったら、無知を減らす努力、だと思います。知識を仕入れたら、それについてどう判断するかは自分次第です。「こうすべき」とか「あれはやるべきじゃない」とか、それはその人の判断です。自分にどこまでできるかは、自分で決めていいんです。できる範囲でいいじゃないですか。野生のイルカと泳ぐことも、そうした意識を高めることにつながるんですよね。もう一つ大事なこと。癒しと自然保護はいってこい、なんです。癒しって、自分の中の「自然」が、本来の力を発揮するってコトなんですよね。自分の中の「自然」は、自分の外の「自然」に触れることで、癒されます。そういうエネルギーの流れは双方向だと思います。自分の中の「自然」が、「気持ちいい」って感じることは、絶対に自然環境に対してもいいことなんです。自然保護って、環境に対して直接働きかけることがすべてではないんです。自分の中の「自然」に優しくあること。もしくは、他の人に優しくあること。こういうことも立派な「自然保護活動」だと、ボクは思います。無理をしなくていい我慢しなくていい「やりたい」って思える自分を作ることそのためには、自分自身にも優しくあることって大事だと思います。自然に関する無知が減ると、「楽しい」「気持ちいい」と思えることが、変わってくるはずです。「やっちゃいけない」じゃなくて、「こうしたい」に変わってきます。買うもの・使うもの・食べるものが変わってきます。いろんなモノを自分で修理したり作ったりすることが楽しくなります。そのための「自力」もついてきます。技術的にも精神的にも。いつの間にか「早い」「安い」に手を出さなくなります。結局、人の成長ってそういうものだと思うんですよね。人が成長していけば、自然と調和することが自然にできるって、ボクは信じています。
December 14, 2005
日本のイルカ漁は、別に目新しいニュースでも何でもありません。すでに漁師さんと自然保護団体の関係は、コジれにコジれています。漁師さんは、ことイルカとなると、報道関係など一切のシャットアウト。もう一切の議論にも応じない構えです。それだけ、今までに衝突があったんですね。まさに、いきなり世界中からの集中砲火を浴びたわけです。今までに気持ち悪くなるくらい感情的な議論を繰り返してきたんだと思います。漁師さんからすれば、「ずっと昔からの伝統で漁をしているのに何でいまさらイルカだけ」もしくは、「どんどん魚が捕れなくなって生活が苦しくなるのに、害獣のイルカを捕って何が悪い」 これはイルカ漁をしている地域によって違います。 イルカ漁を「生業」にしているところもあれば、 年に数回だけやる「駆除」的もしくは「お祭&副業」的な漁のところもあります。反対する方も、漁師さんの生活保障をできないし、「合法」である以上、歩み寄る道はないようなんですね。ちなみに、イルカやクジラを捕るべきでないという根拠は、「カワイイから」というわけではなく、繁殖率が著しく低いからです。およそ2~3%と言われています。100頭いて、1年に2・3頭しか増えないというコトです。… あえてドライな言い方をしていますが、ボクはある「狩り場」でイルカの胎児が無残に転がっているのを見て、涙が止まりませんでした …日本人とイルカの関係を象徴するような出来事がありました… … でもネ、残念ながらちょっと詳しいことは忘れちゃったんですよねぇ…北海道だったと思うんですけど、ホエールウォッチングをしている観光船の目の前に捕鯨船が現れて、ドーン!とクジラを打っちゃったんですね。そりゃ、ホエールウォッチャーはビックリです。当時新聞にも載って、その「惨劇」の様子が写真で伝えられました。二極化している日本人とイルカの関係を良く表す出来事だと思います。一方で、ちょっとした変化を感じられたのは、昨年、偶然見つけた伊豆新聞に載っていた記事でした。伊東市富戸港は、イルカの追込み漁で世界的にも有名な所です。その伊東市の「元」漁師がドルフィン・ウォッチを開始!というものでした。簡単に言ってしまえば、「イルカは捕るより見せた方が金になる」というコトです。ボクはネ、とりあえずそれでもいいと思うんですよね。要するに、「世間の意識が変わることで産業も変わっていく」というコトだと思うんです。トヨタがいち早く「エコ」開発に手を出したのは、「売れる」と見込んだからです。ボクたちが理想とする自然との調和の世界って、多分、今ボクたちがいる所からものすごく遠いんだと思うんですよね。でも、産業革命から始まった大量生産・大量消費の流れは、今、少しずつ、確実に、逆流し始めていると思います。でも、まだまだ遠い。そんな状況の中で、一つ一つに白黒つけていたら、あまりにも遠い道のりに、みんな苦痛を感じてしまうんですよね。それでも大丈夫な人は大丈夫だろうし、そういう人が現れていることも「変化」の一つの現れです。でも、結局、大丈夫な人と大丈夫じゃない人が分かれて、「相容れない意見」として、二極化してしまいます。どっちが正しいってワケじゃないのに、二極化してしまって、どっちもマイノリティです。マジョリティは「無知」です。いつの時代でも。野生のイルカと泳ぐのだって、理想形(?)からいえば「黒」かもしれません。商業ベースではね。餌付けも「黒」です。捕殺も「黒」。でも、仮に理想形を、大昔の自然と調和していた厳しい時代とすると、当時、捕れるものは何でも捕ってました。じゃ、逆に捕殺は「白」なんじゃない?そんな時代なら物が余っているわけでもなく、餌付けできるものも限られてるから、餌付けも「白」。泳ぐのなんて当然「白」でしょう。でも現実問題として、今の人口と便利さを劇的に減らすワケにはいかないでしょうから、大昔に戻ることはできません。「じゃ、その理想形ってどんな世界なのよ?」って話ですよね。それにょって「白」「黒」変わってくるワケですから。結局ね、一つ一つのことに、誰にも共通な「白」とか「黒」はないんですよ。ただ、「考える」機会を持つことが重要なんだと思います。「無知」でいないコトです。屋久島への旅行が、ドラマに触発されて人気になりました。おかげで縄文杉への山道がボロボロになってしまいました。だからといって、縄文杉への旅行を禁止ってする必要はないと思うんですよ。ただネ、どうせ行くなら、業者を選びましょうね、って言いたいです。心ある業者は、なにも縄文杉へ行かなくても屋久島の森を体験&理解してもらうように、とプログラムを組んだりしています。業者を選ぶということは、その業者に「一票を投じる」というコトです。自然と関わるサービスを提供する会社すべてに言えることです。ボクは、そういう産業が伸びてほしいと思っています。そして、より多くの人が、単に買い物のための旅行ではなくて、自然との関わりを考えてくれるような旅行に行ってほしいと願っています。
December 12, 2005

フロリダ州パナマシティでは、本当に身近にイルカたちが泳いでいます。その数は約200頭と言われます。このイルカたちを支えるのは、広大な内海です。浅くて透明度の良い内海は、日光を海底に届けて水草を育み、水草のベッドは、小動物の隠れ場、餌場として、食物連鎖の底辺を支えます。釣りやレジャーで海に出れば、かなりの確率でイルカに遭遇します。ビーチで散歩してても、ちょっと沖にイルカたちが見えることはよくあります。そうすると、こんなコトになるのです。ボクたち WATER PLANET は、海洋漁業局のフィールド調査員や海洋生物学者と連携して、イルカの個体数調査や、こうした餌付けのデータを取って、それを元に、餌付け禁止のビラやポスターの配布をしたり、という活動をしてきました。個体識別できているのは56頭ほど。今はもう少し増えていると思います。餌付けに応じてしまうイルカは約20頭でした。全体の10%と見積もられます。「レギュラー」とボクらが呼んでいた連中も、冬の半年間はボートにも寄らず、自分たちの生活をしています。海洋生物学者の結論は、「『危機的な状況』ではない」とのこと。釣りをしていて、イルカが現れれば、エサを与えたくなる気持ちも分かります。別に悪い人じゃないんですよね。知らないだけなんです。なぜ餌付けがいけないかと言うと、1.イルカの生活パターンを変えてしまう2.エサそのもののが不潔3.人間の手のバクテリア4.一酸化炭素1についは、イルカに限ったことではなく、すべての野生動物に言えます。フロリダでの話ですが、あるビーチに40年続いたホットドック屋台がありました。その主人はカモメにエサを与えるため、すごい数のカモメが「常駐」していました。ある日、その主人が亡くなって、ホットドック屋は休業しました。カモメはどうなったと思います?… 全部、死んじゃったそうです。人間が与える食物への依存も、第二世代になるともうOUTなワケです。また、人間への警戒心が薄れることも、良いことではありません。悲しいことですが、人間はいい人ばかりではないので。2.エサそのものが不潔です。イルカは、新鮮というより生きた魚・イカ・エビ・カニを「踊り食い」するのが基本です。釣り餌用の冷凍魚なんてダメです。絶対。(自分で食ってみろ!)3.は前回もお話した、人間には無害だけどイルカには有害なバクテリアです。なぜコレが問題になるかと言うと、餌付けをする人は、ただ単に魚をイルカに与えません。写真撮らなきゃいけないし、触らなきゃいけないようなのです。それと同時にすごく問題になるのが、4です。イルカと写真をとったりする間、みんなボートのエンジンをかけたままにします。エンジンの排気ガスが停滞することで、海面上にガスの層を作ってしまいます。イルカには、嗅覚がありません。だから危険な臭いを察知できないのです。おまけに、イルカの肺の換気率は90%以上。人間の肺がせいぜい20%なのとは全く違います。一呼吸で一気にイルカの肺は排気ガスで満たされるのです。一時期、咳き込むイルカを個体識別した結果では、咳き込むイルカのうち、「レギュラー」が占める割合が90%近かったデータがあります。なんてコトを言いながら、「アメリカ人は無知だ」などと言っていられないのが日本人。CM、ポスター、ホームページなどあらゆるメディアから小物まで、これだけイルカを平和のシンボルのように使っていながら、世界一の捕鯨大国。トップにいるのが漁業組合の親玉のような農林水産省。日本では、都道府県ごとにイルカの捕獲枠が定められているので、捕獲枠を守っていればイルカ漁は「合法」なのです。全国で年間2万頭を超えます。クジラ(大型鯨類)の調査捕鯨は別枠です。また続きます。なかなか結論に至れない…
December 8, 2005
水族館のイルカと泳ぐのと野生じゃ全然違う!なんてことを言いましたが、今、実はアメリカでは反ドルフィン・スイムのキャンペーン中なんです。野生のイルカと泳ぐことは「禁止」と政府と自然保護団体が訴えています。根拠となるのが「海洋哺乳類保護法」(1972)これは、海洋哺乳類の殺戮、捕獲、もしくはハラスメントを禁じた法律で、国連加盟国が軒並み批准する中、捕鯨国である日本とノルウェーだけが拒否しているものです。ハラスメントには、追いかけたり、エサを与えたりして、イルカ本来の行動パターンを阻害すること全般が含まれます。イルカと泳ぐことは、このハラスメントに当たるというワケです。こういうキャンペーンは今に始まったことではないんですけどね。1999年だったかな?アメリカの全国版の新聞に、一面カラーでドーンと記事が載ったことがありました。お題は「Behind the Dolphin Smile(イルカの笑顔の影に)」全面的にアメリカ政府(海洋漁業局)の記事でした。記事の内容は、フロリダ州で毎年100件くらいあるらしい被害届。数十針縫うことになった人もいるらしく、「イルカに噛まれる被害が続出!」というもの。... あのネ、聞きたいのは「なんで噛まれたの?」なぜ噛まれるのかというと、無知な観光客や釣り人がイルカにエサをやろうとするからなんです。さらに、記事では、どこかの海洋生物学者のコメントで、「ほとんどの人がイルカは愛嬌があってカワイイ動物だと思っているが、野生では、彼らはケンカで傷つけ合いもするし、集団でレイプをする様子も報告されている。」...「レイプ」ね。彼氏彼女とか結婚してないとダメなんだ?この海洋生物学者が野生というものを知っているのか、とっても疑問です。要は、この記事は、イルカの獰猛さをアピールして、「イルカは危険だから近づかないで」と言うワケです。... 何やってんだか ...言いたいことはわかるんですけどネ。呆れました。この海洋漁業局に、それまでボクらはイルカの調査結果を提出してきたと思うと、情けなくなります。野生のイルカと泳ぐのがいいか悪いか、はボクは明確には言えません。「その目的ややり方による」というのがボクの意見です。ボクは「イルカをやめた理由」に書いたように、色々な事情があって、「イルカと泳ぐ」のを止めるという選択をしました。でも、仕事としては辞めましたが、多分、海でイルカを見たら、誰よりも早く飛び込むと思います。イルカにエサを与えるコト... コレは許せません。でも、その続きはまた明日...
December 7, 2005

ワッツとの出会い その1「イルカを離れて何をしよう?」と思ったとき、最初に思い浮かんだのはワッツでした。ワッツに出会ったのは、イルカを始めた頃に遡ります。障害児のプログラムで、イルカと泳いだ後にプールでワッツをやろうと、ベルギー出身のセラピストが言い出しました。ワッツ(WATSU)とは、water shiatsu (水中指圧)を縮める形で名付けられた水中ボディワークです。アメリカ人のハロルド・ダール氏が日本古来の指圧や経絡理論を学んだ上でワッツを考案し、25年前にWABA(世界水中ボディワーク協会)を設立しました。そのセラピストはドイツでワッツの資格を取ったとのコト。「ふ~ん…」彼女は、水の中で押圧やストレッチを行って「体」に働きかけるだけでなく、精神的な働きかけも多いから、絶対にイルカとマッチする、と主張しました。「ふ~ん…」正直なところ、全然ピンとこなかった、というのが本音です。もともとイルカのセラピープログラムには、アートセラピーや音楽セラピー、マッサージセラピーを組み合わせていたので、「忙しくなるからいいよおぉぉぉ」というのが本音でったのです。ところが聞いてみる・見てみるのと、実際に受けてみるのとでは大違いでした。かなり気持ちいいです。そして楽しかった。ストレッチはかなり深く入って、陸上のストレッチではあり得ないほどボクの体が開きました。同時に、体の解放感から、「やはり」という感じですが、ボクはイルカと泳いでいるときのことを連想しました。なんだか楽しくなってきて、セッション中に何度もヘラヘラ笑ってしまいました。その時に気づいたのですが、アメリカ人は「ワッツ」と発音するのですが、ヨーロッパ人は「ワツー」と発音するんですね。アクセントの位置が違うんです。どっちでもいいのですが、ワッツはセラピープログラム参加者に大好評で、マッサージセラピーを少し削って導入した甲斐もありました。それ以来、WATER PLANETでのイルカのセラピープログラムには、ワッツは必須アイテムとなりました。ところが、ワッツをできる人が足らなかったんです。ボクは、速攻でワッツのビデオを購入し、セラピストと特訓しました。ところが順番が覚えられない!順番が気になってると頭が沈んでる!頭を気にしてると、「ん?ここはどこ...?」そこでボクとセラピストは考えました。当時流行っていたラテンラップに、ワッツの動きを振り付けたんです。通称「ワッツダンス」何を隠そう、歌って踊って覚えたワッツです。1年目、2年目は、そんな自己流の「なんちゃってワッツ」で200本近く練習させていただきました。喜んでくれはしましたが、今では本当に申し訳ないと思っています。だって、ワッツ中、ボクの頭の中ではラテンラップが流れてたんです。
December 5, 2005
そうそう、人間には無害なバクテリアなんですけどね。イルカには皮膚病を起こしちゃうんです。他にも水質の問題とかもあって、水族館のイルカはみんな魚に抗生物質を詰めて食べさせられてます。人間だってもたないよ、そりゃ。自殺するイルカがいるのは有名な話です。プールの底にじっと動かなくて、窒息死するんです。すごい話です、窒息するまで息を止めるなんて...**********イルカはみんなヨガマスターなんです。呼吸が意識運動なんですね。だから、気を失うと呼吸まで止まってしまいます。呼吸をコントロールするということは、内なる世界をコントロールするということである。内なる世界をコントロールできるということは、外の世界との完全に調和できるということである。とはヨガの言葉です。イルカはヨガマスターです。**********水族館の社会的意義は充分わかっているつもりですし、館員の方が愛情と熱意を注いでいらっしゃることも知っています。が、その代償を天秤にかけて考えてもらいたいものです。今の時代、逆にそういう情報を発信して、例えば飼育死亡率の高いイルカについてはバーチャルにするとか...そういう水族館の方が、逆にみんなが選んで来てくれると思うんだけどな... 調教されたイルカ1頭に1億円かけてるくらいなら、その方がずっと教育的だし、ずっと良い投資ですよね?
December 1, 2005
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