Nij

2007.03.31
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カテゴリ: 短編小説



彼は書いてみようと思った。それを意識して、この季節を書いてみようと思った。あるいは僕には作文能力がないのかもしれない。それを確かめるのも兼ねて、春という季節を描写してみることにした。春という季節はそれほど好きではなかった。寒くない秋が好きな彼は、春という季節に今があるからという理由で季節という大きなオブジェクトを描写するのではなく、自分の気まぐれな希望と、退屈な時間をなんとかしてつぶそうというだるい意識の中から、自然と自分の文章を文章として見つめて書こうと思っていたのだ。


『風はまだまだ冷たかったが、廊下で大きな窓のカーテンを開けて寝ころぶと、そこに風はなく、毛布よりなによりも暖かい空間が出来上がった。あるいは、僕はそれを空間と呼ぶべきではないのかもしれない。しかしそれ以上のことばが見当たらないし、視覚的ではなく、直感的に僕はそれを空間ではないと見抜いたから、僕は僕の目を信じることにする。

雲がいつもより白く見えた。いつも必ず雲の下のあたりに浮かんでいる影は今は全く見えず、ひたすら真っ青と真っ白の世界に、点のようにぼうっと輝く太陽が見えた。これが空、か。


僕はうとうととしはじめていた。両手を頭の後ろにしいて寝ていたから、なんだか両手の末端がしびれてきた。僕は起き上がって窓側を向いて胡坐をかいて、深呼吸をした。別に春の匂いとか、そういったものは感じなかった。少しカビ臭いだけ。それだけ。





高校生の声が聞こえた。あるいは若返ることを夢見ている年増の女性たちかもしれない。癖のある、というよりも、癖をわざとつけているように聞こえるキンという甲高い、ぬめぬめとした耳ざわりのあるその声を聞いていると、季節は関係ないような気がしてきた。夏になれば脱いで、冬になれば着る。なんだか人は季節というものを敬いすぎているような気がしてならない。しかし実際はどうだ、誰一人としてその季節に対する感情を抱くものはいないのだ。もちろん僕も、そうだ。もしくは、そうだった。


春はさわやかな季節であるような気がしてきたし、今までの人生でそれを毎年実感していたはずだったけど、こうやって冷静に季節を見つめてみると、大してさわやかでもない。ただ単に、暑くもなく、寒くもないだけだった。中途半端な線が割合好きな僕も、この季節には感動しなかった。ただ、嫌いなわけでもない。




好きな季節は?と、今の僕にそんな質問が来たら、僕は迷わず「境目」と答えるのではないだろうか。今までの憂鬱な季節を終えたことで得るある種の達成感と、また憂鬱となるにも関わらずなにかしら輝いて見えるような気がする次の季節への期待感が混ざり合ってなんにもない平らでまっすぐな感情がくねくねと心臓を突き破る感覚を味わうのが、好きだ。やっぱり僕は、それが好きだ。


季節の移ろいというのは、人の老いよりもずっと早く感じるものだ。雲があっという間に窓から見えなくなるように、きっと僕らも、そんなふうにして時間というなにとも比べようのない感覚だけが、ボーっと過ぎていくわけである。』








鳥のさえずりが、聞こえたような気がした。





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最終更新日  2007.03.31 08:11:26
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