2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全40件 (40件中 1-40件目)
1
昨日、関東大学ジュニア選手権の決勝が行われ、早稲田Bが関東学院Bを46対19で破り優勝した。FB高橋銀太郎選手の「俺ら4年はこの試合に命を懸ける。お前らについて来いとは言わない。ただ、お前らが命を懸けた時、お前らの前には俺ら4年がいる。自信を持って闘え!」の言葉通り、11月の練習マッチで敗れた相手を終始圧倒して、7Tの快勝だったようだ。4年生の百合君、久木元君、小吹君、高橋君は4年間の全てをぶつけたのだろうと思う。瀧澤君、橋本君の1年生フロント陣も活躍したようだ。ジュニアは圧勝、ぜひ、代表チーム(A)も法政を撃破し、おそらくや勝ち上がってくるであろう有賀君を中心とした関東学院大学を、力と技でねじ伏せ、大学選手権を制してほしい。追記:今日の新聞で東海大翔洋の倉津君の記事が掲載されていた。彼は、日本福祉大学し、福祉の勉強をする傍ら、デフラグビーの日本代表を目指すと書かれていた。彼の活躍をしり、同じ生涯を持つ子供達が試合前に激励に訪問したそうだ。既に、彼を目標にする子供達が現れている。今後の活躍に期待したい。
2005年12月31日
コメント(0)
昨日は、夕方から、僕を除く3人が映画を観に外出した。僕は、年賀状を書くという理由でキャンセル。一緒に外出して、僕は用事をしに、家族は買出しに出かけ、駅前のお店で合流して別れた。僕だけが自宅に戻ったのだが、3年B組金八先生などのテレビを見ながら書いたので、結局年賀状を書ききれなかった。家族は、6時からの放映を見て、帰宅したのは夜10時を回っていた。それから、娘も年賀状を書き始めたようだ。今日も、これから大掃除の続きと年賀状の追い込みをかける。追記:やっと完了。今から投函しに行ってきます。帰って来たら大掃除だ。
2005年12月31日
コメント(2)
高校ラグビー2回戦、報徳学園(兵庫)がBシードの流経大柏(千葉)を17対14で破り、3回戦進出を決めた。今日は、花園へ行くかどうか迷ったが、自宅の掃除と年賀状書きを優先させ、自宅のケーブルTVでの観戦となった。報徳学園高校は自慢のモールでFW戦を支配し、後半2本のトライで逆転、その後もほとんど敵陣で攻め続けて勝利をもぎ取った。それにしても報徳学園のモールは実に上手い。ラインアウトモールの完成度はトップ校にも劣らないだろう。そして、バックロー陣、フロント3のディフェンスも低く、ネチッこい。シード校の流経大柏の強力FWに一歩も引けを取らない完璧な試合運びだったのではないだろうか。僕の地域は第二グランドの試合のみの放映だったので、この試合と長崎北陽台対深谷の2試合のみを観戦したのだが、長崎北陽台のFWのモール、接点でのボール獲得のプロセスとスキル、そして、多彩なバックスのサインプレー、いずれも素晴らしい内容で、見ている僕も楽しかった。深谷は激戦区埼玉を勝ち上がってきたので、もっと競るかと思っていたが、長崎北陽台の技術に翻弄されていた。観戦したのはこの2試合だけであったが、やはり生で見ておけばよかったと後悔していたら、知人からメールが入った。「今日は花園に来なかったのですか?」との内容だった。メールで、天理が秋田工業に5対12で破れたことを知った。前年準優勝のチームも、最多出場を誇る伝統校の泥臭い執拗なラグビーに屈したのだろうと感じた。<今日の近畿勢>啓光学園(大阪第1)15対3 荒尾(熊本)東海大仰星(大阪第3)67対0朝明(三重)大阪工大高(大阪第2)55対0札幌山の手(南北海道)天理(奈良)5対12 秋田工業(秋田)報徳学園(兵庫)17対14 流経大柏(千葉)八幡工業(滋賀)10対48 国学院久我山(東京第2)伏見工業(京都)72対5 岡山工業(岡山)3回戦は、大阪工大高対秋田工業、伏見工業対報徳学園、東海大仰星対国学院久我山、東福岡対茗渓学園が面白そうだ。元旦は午前中に家で過ごしたあと、実家に帰省する。学生時代の先輩から、1日にご子息のチームが出場するので花園に行くとの連絡があったのだが、会えそうにない。ベスト8まで勝ち残れば、1月3日は観戦に行く予定なので、会える可能性はあるのだが。。。今年は息子も連れて行きたいのだが、4試合も見るというのは難しいかな。
2005年12月30日
コメント(0)
今年の10大ニュースを振り返ってみた。1)9年ぶりのトライ:今年、地域の仲間と旗揚げしたオーバー40チームの春の初戦、皆があっと驚くステップで、FW、BKのディフェンスを振り切ってトライした。自分でもビックリのビッグプレーだった。2)ワーキンググループでの答申:社内のワーキンググループでの活動をまとめ、統括する部門のトップ層に答申を代表して報告。約半年間練り上げたものだが、ミドルの意見が具体的に示せる内容に仕上がった。若手時代から社内外の色んなワーキンググループの活動に参加してきたが、僕の中ではベスト3に入るくらい印象に残るものとなった。3)大学での講演:2つの大学の先生から依頼されて、同じ専門分野の学生相手に「企業における研究活動」について話題提供した。若い学生さんとの対話が楽しかった。4)講習会で講義:僕が所属する学会の講習会で、講師として呼ばれ、社会人の受講生を相手に約3時間の授業を行った。準備に、おそらく10倍以上(30時間以上)かけたと思うが、人に説明し、教えることの難しさを実感できる貴重な経験をした。5)オーバー40チーム旗揚げ:地域のスクール、会社のラグビー仲間を中心にオーバー40チームの旗揚げに参加した。主として副務的な役割ではあったが、会社の先輩と連携して、グランドの確保、アフターマッチファンクションの準備、参加メンバーへの調整などの実務を担当した。このような活動は、「本当にやりたい」と思う人の情熱で物事が進むということを実感できる場にもなった。僕自身、この年になってラグビーの楽しさを再認識できたし、我々のチーム、招待チームの方々との新しい出会いや生き様がものすごく刺激的であった。今年は、短い試合も含めて9ゲームに出場(大学OB戦を含む)した。ラグビーの試合を終えた後の気持ちよさ、アフターマッチファンクションの盛り上がり、そしてわずかながらチームに貢献できたプレー、足を引っ張ったプレーなどを振り返りながら次のゲームまで準備することが楽しかった。6)2回戦突破:ラグビースクールの地域大会で、僕と息子が所属する学年のチームが2試合に勝利し、準決勝に進出した。結果はともに敗戦。しかし、この大会では、我がスクールは全学年トータルで僕が所属した11年間で初めて勝ち越した。「いつも中央の地域のチームに大敗する田舎のチームをどう変えていくか」ということに向き合って10年。生徒数が減少するなかで、チームとして、運営や技術レベルアップの仕組みが機能し始めてきたように感じた一年だった。7)新チーム発足:業務が見直され、新たなプロジェクト、チームそしてテーマが始動した。新しい仲間と出会い、色んな思いや議論をぶつけながら、チャレンジャブルな目標を設定してチームとしての活動がスタートした。ゼロサムを生み出す仕事にゴールなんて見えないが、これを具体的に見える形にしていく、それが研究開発の醍醐味でもある。アグレッシブな姿勢で臨みたいと思っている。8)再会:今年はいろんな方々との再会があった。中学時代の恩師には結婚式以来、同級生にも20年ぶりに再会した。また、大学のOB戦・OB会に参加(春、秋2回)し、先輩、同期、後輩のみんなと20年ぶりに再会を果たした。お互い年をとったが、気持ちは昔のままである。少し会って話をするだけで、プレーするだけで、昔のことが重なりノスタルジックな気持ちになった。来年は、高校の同窓会が5年ぶりに行われる予定だ。楽しみである。9)ブログ始動:このブログを立ち上げた。日記中心となり、中味はあまり充実していないが、それでも、がんばれイガラシさん、にこにこさん、けいたん1993さん夫妻、aijiaさん、FUURINの母ちゃんさん、さんぼkatuさんなど、お話できる方々とも出会えた。このような場で、いろんな方の考え方を知るということも、僕にとっては大変参考になる。写真なし、工夫なしのシンプルな日記ブログだが、当分この方式で続けたいと思っている。10)県大会出場:娘が所属する吹奏楽部が県大会に出場した。毎日、朝・夕の2部練習、休日の練習もあり、パート毎にリーダーがいて統率しながら一つの曲を仕上げていく。兄からもらった、淀川工業高校・吹奏楽部のビデオを見て、娘の活動を見て、改めて吹奏楽部は体育会のようなところだと感じている。来年はいよいよ最終学年。悔いのないような活動をしてほしいと願っている。《番外》家族の病気:7月に兄が倒れた。今も入院中だが、がんばって病気と闘っている。兄のことがきっかけで、生きることや両親・家族の将来について真剣に考えるようになった。一年を総括すると、特に後半は本当にしんどいと感じる日が多かった。それでも、新しくチャレンジしたことが、それなりに具体的になってくることを実感できる一年でもあった。40代中盤に差し掛かり、人生も折り返し点を通過したことを実感することが多くなってきた。それでも、60歳を一つの会社人生の区切りとするならば、まだ15年以上あるので、2つや3つ大きな仕事ができる可能性がある。今までなら、「自分を磨く」ことに力点を置いて、一年一年を考えてきたが、最近では、それ以上に「何を残すか、何を伝えていくか、どうやって人を育てていくか」の方がもっと大切だと感じることが多くなってきている。学生時代、恩師から、「自分自身の生きた証、足跡をどうやって残すかを考えなさい。」と教えていただいた。足跡は、技術やモノとして残すということもあるが、自分の考え(フィロソフィー)や知識(技能)等を人に伝承し、DNAとして残していくという考え方もある。まだまだ、考えを残せるほど立派なものは持っていないが、自分自身が経験して体系づけたものを一つでも自分の子供達だけでなく、ラグビースクールの子供達、そして会社や大学の若手研究者・技術者に対して伝えていければと思っている。
2005年12月30日
コメント(2)
昨日の花園のゲームで、東海大翔洋・倉津圭太君の話題が紹介されていた。彼は、難聴のハンディを克服し、東海大翔洋のスクラムハーフのポジションを獲得し、全国大会出場を果たした。試合は、88対0と土佐塾高校を圧倒して大勝。倉津君自身も、見事な球捌きで、FWサイドを突破し、自在にライン攻撃を演出した。スクラムハーフはFWとBKをつなぐ重要なポジション。特に、コミュニケーション能力はSHに求められる大切な要素の一つだ。高校ラグビーのハイライトでしか見ていないが、全く遜色ないプレーで相手を圧倒していた。本人は、「楽しかった。みんなとラグビーができてよかった。」とコメントしていたように、ラグビーを存分に楽しんでいた。この夏、僕は、ある大会でデフラグビーの存在を知った。彼らの練習を少し観たが、そのレベルの高さに驚いた。ハンディを抱えながら、トップレベルのスポーツ選手としてチャレンジしている彼らの姿が凄く印象に残った。倉津君も、同じハンディを持つ子供達だけでなく、花園を目指す子供達に勇気を与えるに違いないだろう。憧れの選手は、日本代表の名SH村田亙だそうだ。次は茗渓学園と対戦、がんばれ倉津。追記:今日、用事で外出しているときに、上司から依頼されていた資料を提出していないことに気づいた。結局、会社に出社して対応した。昨日で仕事納めをしたつもりだったのに。。。
2005年12月29日
コメント(0)
昨日は、午前中の仕事を終え、午後から納会となった。僕達の納会は、軽食、おつまみと、ほんの少しのお酒で打ち上げをする。入社した頃は、「今年の10大ニュース」なんかを出し合い、投票で順位をつけたりして夫々の一年を振り返ったが、最近は、雑談をして、各人一言づつ一年を振り返り、3時前にはお開きとなる。すでに、休みに入っている仲間もおり、昨日は10人程度の会となった。お開きの後、夕方に別の事業所の方々と落ち合い、歌い納め、飲み納めの大納会となった。こちらも、10名以上集まった。結局、夜11時ごろまで、納会は続いた。僕も5曲程度は歌っただろうか。ひとしきり歌い終わると、会社の将来のことや、我々の組織、人材育成等について、我々の組織のトップとミドルが語り合った。こちらも11時過ぎにお開きとなり、深夜に帰宅した。今年一年、仕事に上では、あまり良い年とはいえなかったかもしれないが、それでも、新たなテーマがスタートし、今まで行ってきたプロジェクトも少しずつではあるが進展した一年でもあった。冬休みに今年一年を振り返り、来年以降の目標を見直したいと思う。追記:昨日の高校ラグビー・近畿勢の結果八幡工(滋賀)14対10安積(福島)
2005年12月29日
コメント(2)
全国高校ラグビー選手権大会が開幕した。昨年度準優勝の天理高校が登場した。梶岡主将は試合前のインタビューで「去年花園に置き忘れたものを持って帰りたい。」と抱負を語っていた。試合は、東京代表の成蹊に大苦戦。前半、成蹊はラインを広く使った展開ラグビーで攻め続けた。天理が先制し0-7で折り返した。成蹊最初のトライは天理陣22m付近からSO矢部君が相手WTB裏に絶妙のパントを上げ、WTB金本君が抑えて同点。そして、23分にも、連続攻撃から右オープンの攻撃からWTB三浦君が抑えてトライを上げ、12対7と突き放した。天理は、それでも最後まで試合を捨てていない。土壇場の28分、ラックからブラインドサイドのラインに残っていたロック森君が揃っているディフェンスをガチンコ勝負でブチ破り右隅にトライして同点。ゴールがはずれ、抽選で2回戦進出を手繰り寄せた。梶岡主将は試合後、「ホッとしました。今日は勝ってないので次は勝ちたい」とコメントしていた。女子マネの一人が、「1回戦に勝てば、波に乗れる。」と語っていた。勝利はしていないが、2回戦でのゲームに期待したい。今日の近畿勢・報徳学園(兵庫)32対12青森北(青森)・天理(奈良)12-12成蹊(東京第1)・熊野(和歌山)7-13岐阜工(岐阜)追記:番組のエンディングソングに、ユーミンの「ノーサイド」が流れていた。調べると、第85回全国高校ラグビーの大会テーマ曲に起用されたことが分かった。カバーしているのは、来春メジャーデビュー予定の男女ユニット「Fonogenico(フォノジェニコ)」だ。 僕がラグビーを始め、面白みがようやくわかってきたそんな時代にできた曲だ。歌詞のモデルは、84年1月の全国高校ラグビー決勝戦「天理―大分舞鶴」戦という説が根強い。この試合は、ノーサイド直前に大分舞鶴の主将福浦君が同点ゴールキックを外して涙をのみ劇的な幕切れとなった。彼は、鹿屋体育大学受験のため、決勝戦に参加することが出来ない予定だったが、大学側の計らいで、試験を繰り上げ、決勝戦に出場することができたという逸話が残っている。当時、新興の国立の体育大学として注目されていた鹿屋体育大学の名前をメジャーにした出来事だった。
2005年12月28日
コメント(4)
昨日、清原和博選手がオリックスの入団会見を行った。1年契約で、年俸は3億円プラス出来高払い(推定)。背番号は「5」。以下、清原選手のコメントを抜粋してみた。 「一番僕を必要としてくれるのは関西のチーム。仰木さんの存在もあった。後ろを振り返ることなく、新しい第一歩を踏み出したい」。「仰木さんも喜んでくれていると思う。チームの優勝のために、勝利に貢献できるヒットなりデッドボールなりを得たい」。「お互いキャラクターが濃いんで、ソースとマヨネーズみたいなもんやな。地域に密着した面白い野球ができる」。「とにかく皆さんがドキドキする場面でのヒット、ホームランを打てたらなと思う」。「万全の形でキャンプインして、開幕を迎えたい。個人の成績の満足よりチームの優勝、日本一が最高の喜び」。「個人の成績よりもチームとしての日本一、優勝が最高の喜び。最後の野球人生。もう一度優勝を味わいたい」。PL学園以来、20年ぶりに清原選手が関西に帰ってくる。最後の花道、清原選手の決意が伝わってくる。中村選手と大暴れし、スカイマークや大阪ドームが甲子園のように埋めてくれる、関西に元気を与えてくれる、そんな期待が膨らんでいる。息子と是非観戦に行きたいと思っている。(チケットが入手できなくなるのは間違いないが。。。)
2005年12月27日
コメント(6)
いよいよ仕事納めの週となった。今日から3日間、会議、提出資料の作成等が残っているが、最終日は大掃除をして納会に突入する。今年は、上司の計らいで、納会の後にあるお店を貸しきって、有志が集うことになった。おそらく「歌い納め」の場となるのだろう。それにしても、一年経つのが本当に早い。今年は何にチャレンジし、何を残し、何を習得したか?自問しても、回答できるアイテムが年々少なくなってきている気がする。不惑の10年もいよいよ中盤に入る。時間を見て、今年一年を総括し、来年以降の目標を見直そうと思う。追記:年賀状がほとんど書けていない。今年は大晦日投函を避けれるようにしたいと思っていたのだが。。。
2005年12月26日
コメント(2)
フィギュアスケートの全日本選手権が終了した。注目の女子を、家内と2人でずっと見ていた。トリノオリンピック出場を賭けた代表選考会でもあったが、3つの出場枠獲得を目指して、素晴らしい演技が続き、興奮と感動の連続だった。全日本は、村主選手がほぼ完璧な演技で浅田選手、荒川選手を逆転し優勝、浅田真央選手が2度のトリプルアクセルを決めて2位、荒川選手は3位に入った。気になる代表は、村主選手、荒川選手についで、持ち点の高かった安藤選手が選出された。この大会でほぼ完璧な滑りを見せ、今日も全てのジャンプを完璧に飛んだ恩田選手は選考からもれた。フィギュアスケートという種目でオリンピックでのメダルを狙うならば、安定した演技ももちろん大切だが、一発勝負で高いパフォーマンスを示す武器を持っている選手も魅力的だ。そういう点で、今日の村主選手の表現力、恩田選手のジャンプの技術は注目に値する演技であったと感じた。その点で、恩田選手の落選は少し残念な気がする。もちろん、安藤選手も4回転ジャンプという大技を持っているので、完成度を高めて本番でチャンレンジしてくれることをファンは待ち望んでいるだろう。それにしても、今年の全日本選手権は本当に面白かった。トリノでの活躍に注目したい。追記:大学選手権2回戦、早稲田は慶應に26対8で勝利した。対抗戦から慶應がかなり修正してきたようだ。次は大体大を62対36で破った法政と対戦する。一方、関東ゾーンは、帝京を50対7で破った同志社が関東学院に挑む。トップリーグ注目のトヨタ対NECは27対22でトヨタが勝ち点5をゲットした。これで、神戸製鋼の4位以内はかなり厳しい状況になった。
2005年12月25日
コメント(2)
昨日は、クリスマスイブ。我が家は、家内の手作りのケーキ風ちらし寿司、チキンナゲット、クリスマスケーキ、ジュースでささやかなクリスマス会となった。ケーキのロウソクを子供達が消すなどして、食事を楽しんだ。娘の学習塾の日だったので短い時間だったが、4人揃って24日をこのように迎えたのは久しぶりのことだった。家族4人で出かけるわけでもなく、普段どおりの週末であったが、ロウソクの火を消す子供達の表情を見て、娘や息子の小さい頃を思い出した。二人ともに大きくなってきて、やがてはクリスマスを家族で祝うこともなくなるのだろうが、こんな日の思い出が子供達の心に残ってくれれば思う。
2005年12月25日
コメント(2)
トップリーグ第11節、神戸製鋼対ワールドの神戸ダービーは、4トライ以上の勝利を追及し続けた神戸製鋼が、ワールドを26対15で破って勝ち点5を獲得した。見せ場は後半37分、敵陣22m付近のポイントから右オープンに展開し、大畑選手が2対2の場面で、ディフェンスのギャップをスピードで突破して右スミに飛び込み4本目のトライで試合を決定づけた。試合は、トライに拘る神戸に対し、ワールドは堅く執拗なディフェンスとウオーカーの堅実なペナルティーキックで対抗し、見ていて面白い試合展開となった。特に印象深かったシーンは、後半20~25分にかけてワールドのスピードある連続攻撃に、神戸がオフサイドを連発した場面で、元木選手が鬼のような形相で味方の選手に激を飛ばし、自ら身体を張ってディフェンスしつづけていたシーンである。あの雰囲気から、今日の試合の重要性、そして試合に賭ける元木選手の思いが見ている僕にも十分伝わってきた。試合後のインタビューで増保監督が力強く語っている。「僕達には、4トライ以上で勝って勝ち点5をとるしかない。」と。来年1月9日は、同じウイングスタジアムでリコーを迎え撃つ。ヤマハも三洋を56対18で下し、4位争いが益々熾烈になってきた。明日のトヨタ対NEC、次節のトヨタ対ヤマハに注目したい。追記:今年も結局東芝府中がトップリーグを制した。しかし、そんなに力の差はないように感じる。一発勝負のマイクロソフトカップ、日本選手権も面白くなってきた。
2005年12月24日
コメント(0)
一昨日の会社の忘年会に引き続き、昨日は異業種交流会メンバーとの忘年会だった。先生方、2年ぶりに顔を出された方など、総勢11名が参加した。話は、やはりスクーリング時代の思い出に集中した。僕が参加した交流会は、研究開発のマネジメントに関するものだったが、これが中々面白かった。MOT(技術経営)という言葉が今でこそ飛び交っており、多くの大学でも専門的なコースができるほどになっているが、僕が参加したコースは、先生方も企業出身で、参加者も企業のミドル達であり、戦略論や商品開発手法、人材育成等について、メンバーがテーマを選んでチーム編成して、合宿形式で議論しながら、論文にまとめていくというものだった。現場の生々しい課題を体系化して新たな提案につなげていくもので、アプローチの方法や、情報収集・解析、仮説の検証方法など、実際に研究開発をマネジメントしていく上での基本的なスキルを再認識できる絶好の機会になった。加えて、先生方と生徒の絆がつよく、ミドルエイジが企業の枠を超えて、付き合えるそんな関係形成ができる場でもあった。昨日参加した方の一人が独立されたこともあり、後半の話は起業や商品企画に終始した。いかにオリジナリティのある領域を開拓するか、ということが起業のポイントである。これは、大小に関わらず新規事業を創生する上で最も重要なところである。メンバーの多くは、新商品開発に関わっており、最後はその点が話題の中心となった。会は3時間にも及んだが、話は尽きなかった。先生が、「この代は個性的で明るい人が多く、一緒に議論していて本当に楽しかった。」とコメントされていた。また、来年集まろうと約束して会はお開きとなった。会社の飲み会とは違う、むしろ、学生時代のクラブの仲間と集まるようなそんな雰囲気の会だった。追記:一昨日は、実家に泊まり、昨日、兄を見舞いに行った。母が、「肩がこっている」というので、少しマッサージをしてあげた。母の後姿を見て、年をとったと改めて感じた。実家では、むしろ父のほうが元気に動き回っているようだ。二人とも、子供達と正月に会えることを楽しみにしていた。兄は、血色がよく、体調は安定している。看護師の方と話をする機会があったのだが、僕達家族が声をかけたりするほうが、反応があるそうだ。「人間の聴覚というのは、本当に優れていて、特にご家族の呼びかけに反応する場面を何度も見た経験があります。」とのことで、僕達の呼びかけが聞こえているんではないかと感じているようだった。
2005年12月24日
コメント(0)
昨日は、雪の影響で、交通網が完全に麻痺していた。朝、6時半ごろに外を見ると、まだそれほど雪が降っていなかったが、7時前から降り始めたので、あわてて出社することにした。ところが、バスが来ない。(最寄のバス停は出発駅から3駅目なのに。。。)約20分遅れでバスが来たが、徐行運転と渋滞のため結局1時間かかって到着した。(バスは途中から満車状態となった。)この時点では、まだ電車が動いていたので、30分遅れで会社の最寄り駅に到着。しかし、到着した時点で雪の大きさが明らかに変わっていた。風も強くて、駅から会社までの15分間で身体中が真っ白になった。朝の打ち合わせを終了した時点で、外は真っ白、積雪が10センチ程度になっていた。午後1時から出張先での会議が予定されていたので、慌てて移動することにしたのだが。。。再び駅まで移動し、到着すると、すでにダイヤが大幅に乱れていた。通常はJRに乗り換えるルートを私鉄一本にして移動するルートに変えたが、何と、ポイント故障で途中までしかいけないとのアナウンス。結局、途中でJRに乗り換えたのだが、こちらは乗車率300%という超満員状態での運行。約3時間かかって、ようやく目的の駅に到着した。心身ともに疲れる大移動となった。追記昨日は、会議の後で仕事に関係している仲間と忘年会となった。15人程度集まっただろうか。一人づつ一年を振り返りコメントするのだが、プロジェクトにかける各人の思いのこもった話が印象に残った。
2005年12月23日
コメント(2)
清原和博選手、中村紀洋選手がともにオリックスに入団することが決まった。関西を代表する大物選手二人が入団を決心したのは、紛れもなく故・仰木彬氏の死がきっかけである。仰木氏は、生前、清原選手には「大阪に帰って来い。お前の最後の花道を俺がつくってやる。」と声をかけ、清原選手も「孤独のどん底の自分に、ありがたかった。心に響く温かくて希望に満ちた言葉をたくさんいただいた。手を差し伸べてくれたオリックスのために。育ててくれたパ・リーグのために。プロ野球ファンのために、大阪に戻ります。」と記者会見で語った。一方、中村選手は、「仰木さんから『オリックスで頑張ってくれないか』と電話をいただいたことがあり、言葉が自分の中に突き刺さった。仰木さんが亡くなった、という一報で決意した」とコメントしている。背番号は、2人で話し合い、清原選手は「5」、中村選手は「8」とすることを決めたようだ。彼らの入団が、球団統合したオリックスバファローズのファンの心を一つにして、阪神同様に関西を代表するパリーグの球団に引き上げるきっかけとなるのではないだろうか。来年のオリックスは本当に面白そうだ。近鉄時代のノリのファンだった息子は、中村選手のオリックス入団を本当に喜んでいるが、スカイマークスタジアムでの試合のチケットの入手が難しくなるのではないかと心配していた。2人の入団でどう変わるのか、本当に楽しみである。
2005年12月21日
コメント(4)
生ゴミをいつものように自宅の庭に埋めようと土を掘り返していたら、ジャガイモが5つほど出てきた。いつも、春先から夏にかけてジャガイモの芽の部分を埋めていると、夏場から秋口にかけてジャガイモが取れる。以前は子供達も喜んで「芋ほり」をし、そのまま、洗って、蒸して食べるのだが、子供達は「おいしい、おいしい」といって自分の分を絶対渡さないという勢いで食べてくれた。昨日のように真冬にジャガイモがでてきたは、あまり記憶にない。おでんにでもして自分で食べようと思っている。追記:清原和博選手、中村紀洋選手のオリックス入りがいよいよ現実味を帯びてきたようだ。入団が決まれば、また、関西のチームが活性化する。動向に注目したい。
2005年12月20日
コメント(0)
昨日は、積雪の中、ラグビースクールに参加した。球技場に到着すると、グランドは一面真っ白。2センチ程度の積雪だったが、子供達は雪だるま作りや雪合戦、大人達はグランド内の除雪から始まった。2005年の最終日だったのだが、集まった選手は各学年ともに半分程度だったようだ。それでも、アップをした後で、ゲームを楽しんだ。息子も、「今日は、試合でタックルいくのが楽しかった。アタックは今一やったけどな。」と結構雪の中(芝生でもあるが)でのゲームを楽しんだようだ。練習後、先輩の車に便乗させていただき、オーバー40の試合会場に移動した。こちらは、積雪はないが、風が強くて本当に寒いなかでのゲームとなった。集まったメンバーは26人。相手チームも同じくらいおられて、相談して15分×4本することとなった。前半は相手チームがオーバー50中心だったので、我々も、初心者やオーバー50の方々を中心にチームを構成した。僕は、肩の怪我の為、当初は不出場のつもりだったが、昨日、整体の先生から「肩の状態が回復しているから、無理しない程度にやっても良い。」と言ってくださったので、前半のゲームに1本だけ出場した。それでも、やはり、ゲーム中は結構コンタクトしてしまったようだ。後半戦で1本レフリーもさせていただいた。こちらは、トライに?がるミスジャッジをしてしまったりしたのだが、そこはご愛嬌としてもらった。レフリーも、10年以上やっていなかったのだが、今年はオーバー40の試合を吹かせていただき、以前とは違った面白みを感じた。試合終了後は、グランドを整備して、忘年会に突入。総勢17名の参加となったが、今日も中々の盛り上がりとなった。各人、今年の活動を振り返って一言づつコメントしてもらったが、皆、味のある内容で、チームを旗揚げに参加してよかったと感じた。チームのジャージも決まり、最後は、掛け声をしてお開きとなった。片田舎のラグビー好きのおっさん達が集まって始めたチームだが、本当に素晴らしいスタートが切れたと思う。ある方のコメントが印象的だった。「この地域で知り合い、始めたチームだけれど、シニアチームとして、紺パン(50代)、赤パン(60代)になっても楽しめるようにしたい。」これぞ、エンジョイラグビー、コンテストラグビーとは違う楽しさがラグビーにはあるということを感じた一日だった。追記:大学選手権は、大体大が明治を43対24で破った。慶應も同志社も苦戦したようだが、勝ち上がった。天理大は予想外の大敗だっただろう。ベスト8は、同志社対帝京、法政対大体大に注目したい。また、トップリーグは神戸製鋼がヤマハを23対17で下し、マイクロソフトカップ進出に大きく前進した。
2005年12月19日
コメント(2)
大寒波が到来し、本当に寒い一日が始まった。外の景色を見ると、家の周りには雪が積もっていた。思わず、「ラグビースクールは?」、「今日の試合は?」と思ってしまった。子供のスクール練習をした後で、オーバー40の会場に移動して試合をし、その後忘年会の予定なのだが、どうなるんだろうかと思う。一方、息子は、「やったあ、雪積もってる。」と大喜び。とりあえず、かぜをひかないように、着替えを一杯持って、出発しよう。
2005年12月18日
コメント(2)
フィギュアスケートのグランプリファイナルは、浅田真央ちゃんがフリーでもトップで優勝した。スルツカヤをSP、フリーともに抑えての優勝は凄い。「びっくりしているのとうれしいのとでいっぱいです。滑る前は不安だったけど、やるしかないと思いました。全部ジャンプが決まって良かったです。今日は100点です。優勝という結果は全然予想していませんでした。次の目標は(トリプル)アクセルを2回飛ぶか、4回転(ジャンプ)です。」とは本人の弁。 昨日が99点、今日が100点、恐るべし15歳である。 来年2月のトリノ五輪には、国際スケート連合(ISU)の規定年齢に約3か月足りず、出場資格がない。本当に残念だ。 国際スケート連盟(ISU)のチンクアンタ会長は「五輪の年齢制限は総会で決められたこと。ルールはルール」と話しているが、日本スケート連盟からの陳情があった場合、総会が開かれる可能性がゼロではないことも示唆している。チンクアンタ会長は、「浅田が非常に高いエレメンツが出来ることはこの大会が証明した。個人的には浅田が五輪で滑る姿を見たいと思った」と語っている。 オリンピックはアマチュアスポーツの祭典であり、真の世界一を競う場でもあるはずなのに、アマチュア界でチャンピョンを取った選手の出場資格が得られないという事実をどう考えればよいのだろうか? 今回の優勝は、ISUの規定に一石を投じることになるのだろうが、当の本人は、一言も不満を語らず、新たな技術目標を掲げているのが微笑ましい。 追記:早稲田対立命のメンバーが発表された。早明戦と同じメンバーだが、リザーブのPRに一年生の瀧澤君が入っている。明治は大体大との一戦に、故障の高野主将が強行出場するようだ。「勝って東京に戻ってきます」「ウチがどれだけ前へ出られるかが勝負」と語った。
2005年12月17日
コメント(0)
出張帰りに、兄の見舞いをして実家に立ち寄った。病室で兄に語りかけていると、担当医の方がこられた。挨拶をして、状態を伺うと、「変わりないですよ。」とのこと。兄は、散髪をしてもらい、少しすっきりしていた。先生が、「ご家族の方が手を握ったりしたほうが、我々がするよりもよく反応されるんですよ。やっぱり、ご家族のことを感じていらっしゃるんではないかなあ。」コメントしてくださった。約30分ほど見舞い、そのあと、手土産を買って実家に戻った。両親は、体調も問題ないとのことだった。早速、兄のPCを使って母の年賀状を作り始めた。例年は兄が父の分だけを作っていたのだが、今年は母の分も作って欲しいと頼まれていたので、写真などのない文章だけのシンプルなものを準備していた。中味を確認してもらい、100枚程度を印刷した。母は大変喜んでくれた。「パソコンって、簡単に使えるん?」と聞くので、「今では、子供もお年寄りの人も簡単に使えるようになってるよ。」と答えた。すると、「お父ちゃん、早く覚えてよ。」といつものように父に振っていた。兄のアトリエで、母は、兄の肖像画を書き始めている。両親2人にとっても、僕にとっても、今年の年の瀬はいつもと本当に違うものになってしまった。それでも、兄はがんばって生きてくれている。両親も、僕も、その事に感謝している。追記:今年の忘年会で、久しぶりにカラオケで歌を歌った。選んだ曲は「ただお前がいい」中村雅敏さんの歌だが、兄が好きだった「俺達の旅」(だったと思う)の挿入歌だった。兄のことを思い出しながら歌を歌ったなんて、生涯初めての事だ。兄の心に届いただろうか。
2005年12月17日
コメント(0)
仰木彬監督が亡くなられた記事を今朝のスポーツ新聞で知った。実は、昨日まで出張していて、おまけに、昨夜は上司と出張先の同僚と夜遅くまで会食しており、今朝は早朝に出発したので、全くニュースを見ていなかった。僕は、30年間近鉄ファンだった。仰木監督一年目の1988年10月19日のダブルヘッダー第2試合、阿波野投手が高沢選手に同点ホームランを浴び、最終回の攻撃も無得点で愕然とする近鉄ナインの姿は、結婚直前の新居で1人観戦した。翌年の優勝決定の場面は、家内と2人でテレビ観戦した。日本シリーズでは、巨人に3連勝し、絶対優勝と思ったのだが、まさかの4連敗で日本一を逃した。近鉄時代、阿波野投手や野茂投手をエースに育て、中村選手を球界を代表するスラッガーに育てた。オリックス監督に就任してからも、イチロー選手を発掘し、長谷川投手、田口選手、最近では谷選手を育てた。阪神大震災のときは、「がんばろう神戸」を合言葉に、リーグ戦を制し、翌年にはジャイアンツを破って日本一になり、傷心の神戸市民に勇気を与えた。オリックスは、このときから、真の市民球団になったと言っても過言ではなかろう。今年の新生オリックスバファローズは、仰木監督が命を賭けて作ろうとしたチームなのかもしれない。「仰木マジック」僕達ファンは、その言葉を忘れないだろう。ご冥福をお祈りします。
2005年12月16日
コメント(2)
来年の年賀状が仕上がって戻ってきた。しかし、その出来に、家内は少々不満が残っているようだ。例年は外出先や自宅の近くで4人一緒に撮った写真から、気に入ったものを選んで印刷屋にお願いしていた。しかし、今年は2人づつの写真を2枚使用したのだが、これが原因となった。1枚の写真が中途半端な枠取りとなっているのが気に入らないらしい。確かに、指摘されると気になってくる。それでも、選んだ写真は楽しそうで、気に入らない部分が僕の写りに関わる部分なので、「良しとしよう」となだめておいた。いよいよ年賀状を書く時期になってきた。今年も例年通り年末に書くことになるだろうと思う。追記:今年は、兄が入院しているので、両親の年賀状を作りに近々帰る予定だ。
2005年12月14日
コメント(4)
ラグビー大学選手権に向けた清宮監督の抱負が、今朝の新聞に掲載されていた。「監督5年目で、最も強く、高く、展開力があり、スピードがあるチームになった。何より集中力が一番優れている。」とコメントしている。早稲田は立命と対戦する。慶應、明治、法政等のゾーンだが、花園に来ないのが残念だ。関東学院大学の秋山コーチも「有賀主将を中心にまとまり始め、力が伸びている」と述べた。早稲田と関東学院に他のチームがどれだけ迫れるのか、リーグ戦から1ヶ月程度でのスカウティングと修正した戦い方に注目したい。また、1回戦では、大体大対明治大、天理大対大東大に注目している。オーバー40の試合があるので花園に足を運べないのが残念だが、ぜひ見てみたいゲームだ。追記:さんぼkatzさんのブログで知ったのだが、あの「ロムー」が腎臓移植手術を受けた後に腎臓病を克服して、名門クラブチームカーディフと契約し、10日にイタリアで3年ぶりの実践への復帰の記事が大々的に掲載されていた。「体力的な問題もなく、ぶつかり合いを楽しめた。怪我をせずプレーをし終えたことがうれしい。」とインタビューで語っている。「オールブラックスには現在4人のトップ級のウイングがいて競争は厳しい。代表復帰は困難かもしれないが、彼らの存在が私の意欲を掻き立ててくれる。カーディフで成長して代表監督の目をこちらに向けさせたい。」と述べた。彼ほどの選手でも「成長」という言葉を口にしてトップアスリートへの復帰を目指している。励みになる記事だ。
2005年12月13日
コメント(0)
智弁学園高校野球部監督の上村恭生氏が11日に亡くなられた。新聞には多臓器不全と書かれていた。46歳の若さである。上村監督は、1986年に智弁学園の野球部監督に就任、01年~03年まで智弁和歌山で野球部長に就任し、02年には出身の智弁学園と兄弟対決したことは記憶に新しい。春夏通算8回、チームを甲子園に導いている。昨年、阪神に入団した岡崎太一捕手も上村監督の薫陶を受けた選手の一人である。ただ、この夏の県大会では、既に病気療養に入っていたようだ。奈良県の2強時代(天理・智弁学園)を支えた名監督のあまりにも早すぎる死に、正直驚いている。ご冥福をお祈りします。
2005年12月12日
コメント(2)
今年も、いよいよあと2週間程度で仕事納めとなる。40代に入ってからというもの、一年一年が本当に早くなってきた。僕は、数年前に家内からサンタさんの刺しゅうの入ったネクタイをプレゼントしたもらった。それ以来、12月に入ると、このネクタイを締めて会社に出社するようにしている。今年は、今日から2週間使用することにした。普段することのないネクタイなのだが、会社の女性社員が時折、サンタを見つけて、「かわいいネクタイですね。」とか「おしゃれなネクタイですね」と言ってくれることがある。僕自身は、服装やファッション等に疎いので、そんな言葉をかけられると結構恥ずかしい。それでも、ネクタイ1本で少し心が和むので、毎年するようになった。今年一年も本当に早かった。自分としてはいろんな事にしんどさの残る一年だったが、それでも、何とか乗り切れそうだ。あと2週間、すっきりした気分で新年を迎えれるようにしたい。
2005年12月12日
コメント(4)
近鉄が、トップウェストで、豊田自動織機を29対24で下し、トップチャレンジ1への進出を決めた。イースト10では日本IBMと三菱重工相模原の全勝対決、トップ九州では、九州電力、コカコーラWJ、マツダがチャレンジ1進出をかけて対戦する。トップチャレンジでの近鉄の活躍、そして復帰に期待したい。追記:三洋電機対トヨタは大激戦であったようだ。三洋電機がインジュアリータイムに逆転PGを決め、26対25でトヨタを下し、トップの座を守った。気になる神戸製鋼は、セコムを47対29で破り4勝目を上げた。マイクロソフトカップ進出に向けて、神戸も落とせない試合が続く。
2005年12月11日
コメント(0)
サッカーのワールドカップの対戦相手が決まった。日本(FIFAランク15位)はF組、ジーコ監督の母国ブラジル(同1位)、フランス大会で敗れているクロアチア(同20位)、そして、8大会ぶりの出場を決めたオーストラリア(同49位)だ。オーストラリア、クロアチア、ブラジルの順で対戦する、ジーコ監督は、「豪州としっかり良い試合をして勢いをつけるほうが、いきなりブラジルと当たるよりは楽。」と語った。主将の宮本恒靖選手の談話の中で、主将の役割に関するコメントが興味を引いた。「集まったときに顔色を見たり状況を聞いたりして、選手の状態を把握している。チームが結果を出していれば、主将の仕事はない。良くない時に何ができるかを考えている。」我々企業におけるマネージャーに課せられる役割も、まったくこの言葉通りではないかと感じた。唯一違いがあるとすれば、プレーヤーとして活躍できる時期が過ぎてしまったことだけだろう。僕も、ある先輩から、研究開発におけるマネージメントについて、「研究者の仕事の内容だけでなく、顔色や体調のわずかな変化をキャッチできるアンテナを張り巡らせること。研究が行き詰っているときにこそ、どうやって局面と打破するのか、必要と考える知識や情報を一緒になって調べて提供したり、社内外のネットワークを駆使して新たな視点を投入するなど、あの手この手でテーマと人を牽引するのがマネージャーの役割である。」と教えていただいた。主将とマネージャー、チームを引っ張るものとしての基本的考え方は共通している。追記:今回の組み分けで激戦が予想されるのは、死のC組だそうだ。FIFAランク3位のオランダ、同4位のアルゼンチンに加え、実力国セルビアモンテネグロ(同47位)、アフリカの新興勢力であるコートジボアール(同41位)だ。前回大会でグループ敗退を経験したアルゼンチンがどう戦うのかが見物である。
2005年12月11日
コメント(2)
たった今、整体の先生のところから帰宅した。2週間前のOB戦で負傷した箇所の状態が思った以上に悪いことがわかってきた。右肩の回転を支える前腕部、後腕部の腱を両方とも痛めており、指圧で刺激される全ての箇所から激痛が走る状態となっている。先生曰く、「かなりひどいよ。来週の試合どころか、このまま固まってしまうよ、50肩になってしまう恐れがあるよ。とにかく、△△のツボを刺激し、上腕を大きく前、後から100周動かすリハビリを毎日行うこと、昼間は、上腕部を暖めるようにすることが大切だよ。」とアドバイスをいただいた。「う~ん、来週は今年の最終戦&忘年会ですよ。なんとかなりませんか?」と尋ねると、「忘年会だけにしとけば。」との返答。長く続けたいので、とりあえず来週のゲームは応援と裏方に徹しようと思う。やはり、若手OBや現役相手では勝手が違うということだろうか。日頃からもう少し鍛えておく必要があると感じた。追記:明日は息子も試合の予定だったが、別の行事とバッティングして不参加となることがわかった。それも、今日の昼に近くの公園で練習した後のことだ。息子曰く、「俺、試合の方を楽しみにしてたのになあ。」先月の大敗から、やけにラグビーの練習をやりたいと言う様になってきている。せっかくその気になってきているのだが、他の行事も増えてきており、悩ましい限りだ。
2005年12月10日
コメント(2)
一昨日に、出張の後で上京し、学生時代の友人と夕食をとった。前回のOB戦に顔を出せなかったので、今回の出張にあわせて落ち合う約束をした。約半年ぶりに再会したのだが、近況と、先日のOB会の話から始まり、ラグビーのこと、仕事のことなど、話は3時間程度に及んだ。お互い40代になり身体にも異変が生じ始めており、仕事も大事だが、家族そして身体のほうがもっと大切であると同じ認識をしていた。先日のOB戦の話になり、「次回はぜひ一緒にやろう」と持ちかけたが、「う~ん、ちゃんと身体作らないと危ないな。」と返してきたので、「今から走ればええやん。」と誘っておいた。僕の友人は、ラグビーに関してはかなりの理論家で、今年の早稲田が強いといわれているが、先日の「関東学院大対法政大」を見ていると、関東学院大のフォワード(特に下のボールに対するジャッカル)の仕掛けにかなり早稲田が苦戦するのではないかと感じたようだ。早稲田強しとは思っていない印象だった。久しぶりに楽しい夜となった。そして、昨日は久しぶりに母校を訪問した。駅から学校までの往復のコースを変えて移動したのだが、校舎の周辺が様変わりしていて少し驚いた。昔あったはずのお店がなくなり、量販店やファミリーレストランなどが並び、新しいお店も増えていた。校舎内の風景は、昔と代わり映えがしなかったが、女子学生の数が増えているように感じた。近くの喫茶店で時間調整をして、先生とのアポイントの時間に合わせて教室を訪問した。最近では、各先生方のお部屋や実験室の周辺に、研究内容やスタッフなどが紹介されていて、どんな研究活動に重点がおかれているのかがわかり易い。訪問した先生方の教室も、僕達の時代とは比べ物にならないほど博士課程の学生やスタッフが増え、活気あふれる雰囲気を感じることができた。先生とお会いし、近況の報告や会社の状況などをお話して、少し技術的な内容について意見交換させていただいた。先生は、最近の学生の気質や実力、研究室の活動の様子などについて、僕達の時代と対比されながら、日頃感じていることをお話してくださった。帰る途中で、学生実験の風景を見ることが出来た。大学3年生の実験なのだが、4名がチームとなって、5つの基礎実験を行い、データを解析してレポートを提出するというものだ。その風景は、今も昔も変わらず、非常に懐かしく感じ、20年前を思い出すことができた。僕が3年間を過ごした研究室の前も通ったが、今は、違うルーツの先生のお部屋となっているため、中の様子を伺うことができなかった。わずか2時間程度だが、本当に色んなことを思い出す貴重な時間となった。母校の訪問を終えた後で、午後からの会議に出席するために移動した。昨夜は、会議の終了時間が8時ごろになったので、夕食をとり、一泊して先ほど帰宅したところだ。少し疲れが残っているが、有意義な時間となったと思う。
2005年12月10日
コメント(4)
今日から出張で上京する。明日は、久しぶりに母校を訪問する予定だ。実に6年ぶりだ。大学時代や、入社後も学位論文取得等でお世話になった先生方の半数以上が既にご退官されている。それでも、当時お世話になった先生の一人とアポイントが取れたので、ご挨拶を兼ねて訪問する予定だ。電話でご挨拶に伺いたい旨をお願いすると、「久しぶりだね。良いですよ。その時間なら部屋にいるので久しぶりに顔を見せてくださいな。」と心温まる言葉をかけてくださった。学生当時は若手のバリバリだった先生も、もう還暦を越えた。時のたつのは本当に早い。学生当時の先生の年齢と同じ年になっているではないか。切れ味、鋭さなど、先生の足元にも及ばないが、研究開発をリードする情熱だけは、対抗できるようにしたいと思う。先生との再会が楽しみになってきた。追記:今夜は、大学時代のクラブの同期にも会う予定だ。先日のOB会では、残念ながら会うことができなかった。今年の早稲田の戦いぶりを酒の肴に、楽しもうと思っている。
2005年12月08日
コメント(4)
一昨日のスポーツ新聞に、関東大学ラグビーの再編の記事が掲載されていた。最近の人気低迷と、トップチームと他チームとの力の差の拡大により、リーグ戦グループと対抗戦グループのグループわけを見直そうとする動きがあると記載されていた。記事によれば、リーグ戦グループは実力が拮抗して、ゲーム自体が盛り上がったのに対して、対抗戦グループは、トップチームと他チームとの実力差が大きく、集客数も減少していることに端を発しているようだ。僕が学生の時代は、対抗戦グループとリーグ戦グループの上位4校が交流戦と称してタスキがけ(1位対4位、2位対3位)方式で勝負して、勝者が大学選手権へ出場するという仕組みであった。当時はリーグ戦グループ1位のチームが対抗戦グループ4位のチームに敗戦するという時期でもあり、どちらかといえば対抗戦グループが優勢であった。その後、リーグ戦グループの大東文化大学、法政大学、関東学院大学が、対抗戦グループの早稲田、明治、慶應を破って日本一となる時代が続いた。清宮・早稲田が関東学院大学の牙城を破ったのは2回である。この10年を総合的に見れば、やはりリーグ戦グループに軍配があがるのではないだろうか?先日の早明戦の観客数は4万人を切っていたようだ。もはや早明戦は、学生にとっても価値のないものになってしまっているという事実にラグビー人気の低迷を感じざるを得ない。大学のレベルアップを考えるなら、確かに、リーグ戦と対抗戦を融合するのが協会にとっては、人気回復のための一手なのだろう。関東協会内で、早明戦、早慶戦の伝統は尊重しながら、両グループの一本化などの再編を検討し始めているそうだ。「ファンの評価が下がる前に、真剣に考える時期がきている。」との声も出ているとのことだが、ぜひ、ラグビーファンの声を聞いてみたいと僕自身も感じた記事であった。追伸:昨日は、とうとう娘も腹痛を訴えて、学校を休んだ。どうやら、息子の腹痛は風邪から来るものだったようで、家内も僕もひどくはならないものの、同じ病気だったようだ。今は、子供達は何事もなかったように眠っている。とにかく、この程度ですんでよかった。
2005年12月07日
コメント(0)
息子の腹痛はどうやら治まったようだ。昼食時に自宅に電話した時は、すでに回復しつつあり、「機嫌よくゲームして遊んでいる。」とのことだった。それでも、心配で、帰社する直前に再度電話を入れた。家内曰く、「すっかり良くなったみたいで、わがままばかり言うのを我慢している。」と少しご機嫌斜めの状況になったいた。「大事に至らなかっただけでも良かったと思って、機嫌直しや。」といって電話を切った。帰宅した時には、息子は既に布団の中でぐっすり眠っていた。とにかく何事もなくてよかった。ところが、睡眠不足で横になっていた家内がポツリと寝ぼけながら言った。「お腹が痛い。」やはり、息子の腹痛は風邪から起因していたのではないだろうかと思う。僕も、昨日の夜から寒気がしていたし、お腹の調子も良くなかった。息子、僕、そして家内と同じ風邪をひいているのではないか。しかし、娘はケロッとして、自分の部屋でごそごそしている。彼女は大丈夫なのだろうか。追記:今週は、母校訪問、友人の結婚式等が控えている。何としても体調を整えて週末を迎えたいと思っている。
2005年12月05日
コメント(2)
息子が昨日の夕方から腹痛を訴え始めた。夜8時の時点でかなりびどく痛んでいるので、家内と病院に行く相談をしていたのだが、一緒に寝てやると、眠りについたのでそのまま朝を迎えることにした。家内は仕事があったので、僕が添い寝したのだが、どうやら夜中の2時、そして今朝5時と2回目がさめ、やはり腹痛を訴えたようだ。ただ、昨日よりはましになっていると本人も言っていた。ただ、熱もでており、少し心配だ。家内は、結局2時間ほどしか寝ていない。今、2人してリビングで眠っている。とにかく、9時までまって、かかりつけの医者で診断してもらうしかない。一方、僕も、のどが赤くはれ出して少しヤバイ状況になってきた。昨日の夜から寒気がしだしたので、ひょっとしたら、息子も僕も風邪をひいたのかもしれない。少し気をつけなければと思う。追記:昨日、家族で年賀はがき用の写真を取った。例年は4人一緒に、近所の方等にお願いして取っていただくのだが、今年は時間がなく、家内と娘、僕と息子の2人ずつで撮ることにした。「なかなか、いい表情で撮れているね。」と家内が言っていたので安心した。
2005年12月05日
コメント(4)
ついさっき、早明戦が終わった。今年は、40対3(前半21対3、後半19対0)で早稲田が明治をノートライに抑えた横綱相撲で完勝した。前半20分までは、圧倒的にFW戦を制圧し、ボール支配率が80を超える展開だったが、雨の影響があってか、小さなミスが多くて中々得点に結びつかなかった。しかし、流石に早稲田のバックスだ。前半20分は佐々木君の突破したポイントからSH矢富君が右サイドを抜けて先制。2本目は、五郎丸君が相手ディフェンス2人に絡まれながらも抜け出して、最後はWTB菅野君が右隅の飛び込んだ。そして、3本目も、FW、BKが一体となってつないでゴール前のラックを支配し、インゴールで矢富君が抑えて2本目のトライ。前半の明治は、ラインアウト、スクラムといったセットプレーでのマイボールが安定せず、ディフェンスだけの戦いとなったが、それでも、3本に抑えたのは健闘といってよかろう。後半は、開始早々から早稲田ペースになった。畠山君、曽我部君,池上君のトライ3本を追加し試合を決定づけた。明治は、後半、ラインアウトが安定し、早稲田陣深くに攻め込む場面もあり、特にラスト10分間は意地のトライを狙って連続攻撃をしかけたが、流石に早稲田のディフェンスだ。一次でゲインラインを突破されることはほとんどなく、ラインの裏に抜けても、きちんとカバーして対応していた。思うほど点差は開かなかったが、やはり早稲田の完勝の試合展開だったと感じた。解説の浜本さんもコメントされていたが、今年の早稲田の完成度は例年になく早くて高いように感じる。大学でのライバルは関東学院大一本だけだろうと思うが、早稲田ゾーンは、慶應、法政との戦いになると見る。関東学院ゾーンは、順当に勝ち上がれば帝京、同志社が対戦する。ぜひ見てみたい一戦だ。関東学院大は東海大戦を落としたが、その後を見事に立て直し、法政戦も50対14と圧勝してリーグ戦を制した。有賀君のプレーが楽しみだ。追記:今日の早明戦も、寒かったようだ。吐く息が白く、湯気が立ち込めていて、ナイター照明も点灯されていた。1987年の雪の早明戦が思い出された。あの壮絶なゲームで清宮監督はN0.8として出場していた。あの試合も、鉄壁のディフェンスで、後半10分の怒涛の攻撃を凌いで全勝優勝を決めた。寒さも忘れる興奮が思い出された。今日の国立は空席が目立った。あの試合も今日のような感じだったのだろうか?寒い試合だったが超満員だったように思う。やはり、ラグビー人気の低迷、そして明治の低迷が早明戦の人気低下に?がっているのだろうかと感じて仕方がなかった。
2005年12月04日
コメント(6)
今年のJリーグは上位5チームのどこが優勝してもおかしくない最終節だったようだ。僕はあまりサッカーは観ないのだが、スポーツニュースで昨日一日の各チームの状況が伝えられていた。5チームどこが優勝してもおかしくない状況で、最後はセレッソがFC東京に同点に追いつかれ、逆にガンバは川崎を突き放し逆転優勝をもぎ取った。ガンバの宮本恒靖選手は、「ホイッスルの瞬間は涙しかなかった。半分は手から離れていた優勝。この勝利は日本代表のものとは質が違う。心から求めていたもの。本当にうれしくて…」と熱い思いをコメントしている。「実はきのう夢を見て、泣いている自分がいた。夢の中では涙を止めようとしていた。でも、本当に優勝したら自然と涙があふれてきた」。試合直後の彼の涙は、実に感動的だった。宮本選手といえば、大阪・生野高校から同志社大学に進学し、学生をしながらガンバユース⇒Jリーガーとして、2足のわらじを履いた選手としても有名である。ある友人の方が言っていた。「Jリーガーをやりながら、一流の大学を卒業するなんて、彼だから成し遂げることができたんだよ。」Jリーグ発足時からG大阪は下位に低迷する時代が多かった。そんな時代を彼自身が見続けてきた。それだけに、13年目の今年の優勝は本当に嬉しかったのだろうと思う。阪神(プロ野球)、ガンバ(サッカー)と関西のチームが我々に元気を与えてくれている。次は、ラグビーの関西勢復活にも期待したい。追記:全日本女子フィギュアは、中野選手が優勝、村主選手も2位に食い込んだ。注目の安藤選手は転倒が響いて4位となったが、グランプリファイナルには出場できるようだ。トリノへの切符は誰がとるのか。見逃せなくなってきている。
2005年12月04日
コメント(0)
今日は、朝からスクールの練習をし、そして、午後から恒例の慰労会だった。朝の練習では、先月のトップチームとの対戦での敗因の一つとなった「下のボールの仕掛け」と「競争心」を中心とした練習を、高学年(5,6年)合同で行った。昨日、病院の先生から「2週間は動かさないように」と釘をさされていたのだが、やはり、怪我を忘れて「やってしまった」。上級生になると、ハンドダミーをもって子供たちの当たりを受けるのも真剣そのものである。少しでも気を抜くと、こちらが怪我をする可能性があるからだ。右肩をかばいながら指導したのだが、子供たちの突進を受けていて激痛がはしり、思わずリタイヤしてしまった。それにしても、子供たちは急激にラグビーに対する姿勢やプレーが変化してきており、大人顔負けのプレーを連発するようになってきている。指導するメニューのレベルがどんどん上がってきて、やっていて面白い。「この子供達が、ずっとラグビーを続けてくれたら」と感じるのは僕だけではないだろうと思う。練習が終わり、午後から、近くの中華料理屋の1フロアーを貸切、慰労会(忘年会)が開催された。スクール活動を始めて3チーム目を受け持つが、今の子供達は、本当に個性派ぞろいで仲がいいし、ラグビーそのものを理解し5年生にしては個々のスキルもコンビネーションレベルも高く、ラグビーというスポーツを理解している。今年は、特にディフェンスのレベルが格段に上がった。ちょうど、一年前、各メンバーもコーチも抱負を述べ、強豪チーム撃破を誓って頑張ってきた。今年の敗戦はたった2チーム。練習試合も含めた敗戦は3試合だけだ。担当コーチが言った。「君達の個々のレベルは本当に高くなってきている。来年は、チームプレーを理解し、チームとして戦えるようにしよう。」と。慰労会では、記念品の贈呈を行った後で、ビンゴゲームをして大いに盛り上がった。コーチとお父さん連中は、お酒も入り、子供達のチームや今年の健闘ぶりをあれこれ解説を交えながら議論し、お母さんたちも会話が弾んでいた。もちろん、子供達は、獲得した副賞や持参したゲーム類でおおいに楽しんだようだ。来年は最終学年、塾通いや、他のスポーツとの掛け持ち、学校や地域行事などで中々揃うことが難しくなるが、それでも、もう一度チームを作りなおし、チャンピョンチームにチャンレンジしたいと思う。慰労会後、かかりつけのマッサージへ行った。先生に肩の怪我のことを告げると、患部にお灸をしてくださった。腱が伸びて炎症を起こしているので、丁寧に治療してくださった。おかげで、右肩を回せるレベルまで回復したように思う。2週間後にゲームがあることを言うと、来週と試合前日にもう一度見てくださるとのことである。アキレス腱と太ももの裏の肉離れ(両方とも現役時代に痛めた箇所だ)にも注意するようにとのことだった。年相応にしなければならないことは頭の中では理解しているが、いざ、ゲームとなると中々コントロールするのが難しい。しかし、50代、60代になっても続けられている方々を見ると、おそらく、そのような怪我とも付き合いながら、長く楽しめるように工夫されているのだろうと思う。何はともあれ、12月18日のゲームが今シーズンの最終戦だ。試合後はチームの忘年会も予定されているので、無理をせず楽しもうと思う。追記:関西大学ラグビーは同志社が大体大を43対15で破り4年連続40度目の優勝を飾った。大学選手権へは、同志社、大体大、京産大、天理大、立命大が出場する。天理大の戦いに期待したい。
2005年12月03日
コメント(4)
今日は、ラグビースクールの練習の後で、僕が担当している学年の子供たち、ご父兄、コーチを交えた慰労会だ。5年生になって、子供たちのプレーが随分逞しくなってきた。先日のトーナメント戦でも、激しいディフェンスとチームプレーで大人顔負けのゲームができるようになってきている。ご父兄の方々の協力や応援も本当に有難い。今の学年を担当することになって1年半。段々とラグビーチームらしくなってきた。来年は最終学年を迎える。受験や学校行事、地域の行事などで中々練習でメンバーが揃うことが難しくなるが、それでも、今までのような関係でラグビーを楽しんでもらえればと思う。追記:息子は、先週の慰労会と続けての食事会で、楽しみにしているようだ。
2005年12月03日
コメント(0)
先週のOB戦直後に、右肩があがらなくなった。おそらく、タックルして痛めたようだが、今日になっても、右腕を上げると激しく痛むので、念のため病院に行ってみた。レントゲンをとった後で、先生の問診を受けた。「年甲斐もなく激しいことをしましたね。」という一言から始まり、英語の医学書を出してきて、「これが20代の肩の周辺、こちらが40代以降のもの、そしてひどくなると、このように腱が引き裂かれていくんですよ。」という説明。続けて、「40肩、50肩というのは、このような怪我がきっかけで一気に始まりますよ。少し、肩が何かに触れるだけでも痛んで動かなくなるんですよ。」と付け加えられた。要するに、40代に入ると、若い時代とは違って、筋肉や腱の密度が少なくなり、脆弱になっているので、無理をしてはいけないとの忠告である。「幸い、剥離骨折などは起こっていません。きれいなものです。腱の一部が伸びただけですので、2週間は無理に動かさないでください。」との診断を受けた。「ラグビーをしても良いですか?」と恐る恐る聞いてみると、「年相応にしてくださいね。」と釘を刺された。とはいえ、大した怪我でなくてほっとしている。相手が若かったので、少し張り切りすぎたかもしれない。2週間後に今年の最終戦が計画されている。あまり無理をせず、年相応にプレーしようと思う。追記:病院で、何と、ラグビースクールの教え子に会った。彼も、足の怪我で治療にきていたようだ。彼は、新チームのキャプテンに選ばれたようだ。彼はこれからの人、一方、僕は・・・・。2人並んで温熱治療を受けながら、ラグビーのことで話がはずみ、楽しい時間となった。
2005年12月02日
コメント(2)
12月4日の早明戦メンバーが発表された。前田(4)、青木(4)、畠山(2)、内橋(4)、後藤(3)、豊田(1)、松本(4)、佐々木(4)、矢富(3)、曽我部(3)、勝田(4)、池上(4)、今村(3)、菅野(3)、五郎丸(2)リザーブは、市村(4)、滝本(3)、寺廻(2)、東条(3)、三井(3)、谷口(3)、高橋(4)の22名だ。ロックの百合君、SOの久木元君、WTBの首藤君は残念だが、登録から漏れた。豊田君は完全にレギュラ-に定着している。早稲田のバックローのポジションを堂々と獲得している。横須賀高出身の池上君も早稲田の左センターというキーポジションでの出場は立派だ。対抗戦の締めくくり、大学選手権への弾みをつける一戦になるようなゲームを期待している。追記:所用で母校を訪問することが決まった。実に8年ぶりくらいだろうか。あわせて、旧友ともアポを取った。再会が楽しみだ。
2005年12月02日
コメント(2)
昨日、会社の医局から呼び出しがあった。秋の特殊検診結果をフィードバックするためだ。γ-GPTと総コレステロールが基準値をわずかにオーバーしており、血糖値も少し高めの結果であった。体重は、春から少し減量されたのだが、この2つの数値は、ここ数年上限をずっと超えており、食生活の改善が求められていた。家内の提案で、「朝だけ絶食」というのを始めて1年半になる。これは、朝食はりんごと人参のミックスジュースのみとし、昼食・夕食はきちんととる。但し、夜11時以降は食事はしないという方法である。つまり、夜11時から翌日の昼12時までの13時間はジュースに含まれてる栄養素以外は水分のみの補給となるので、「朝だけ絶食」なのだそうだ。この方法で、僕の体重は約5キロ減った。以前、減量に挑戦したときは、食事を極端に減らしたので、栄養のバランスが崩れ、ひどい口内炎を起こし、リバウンドが激しく、結局減量に失敗した。しかし、家内が提案した方法は、それほど苦もなく適応することができた。この方法で、かなり血液検査の数値自体は改善されたのだが、それでも、上述した項目はなかなか下がってこない。理由は簡単だ。夜の付き合いでの飲食が一向に減らない(減らさない)からだ。看護師の方からは、問診結果のフィードバックのたびに、「少しだけ、食事に気をつけてください。」と言われている。娘が中学に上がってからは、家内は僕にも弁当を入れてくれるようになったのだが、出張機会が比較的多く、外食することが多いので、それほど効果があがってこない。目標体重まではあと3キロ。師走に入り、忘年会のシーズンである。今年は少し、飲みすぎ、食べすぎに気をつけようと思う。追記:いよいよ早明戦だ。先日の日曜は、ジュニア選手権で一足早く「もうひとつの早明戦」が行われ、66対0と早稲田が圧勝した。今年は両チームにとって、優勝のかからない試合となるが、やはり早明戦である。どんなゲームを見せてくれるのか、楽しみだ。
2005年12月01日
コメント(2)
全40件 (40件中 1-40件目)
1

![]()
![]()