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Yahoo!にブログができたことを受けて、突然ですが移転します。http://blogs.yahoo.co.jp/x9696nineYahoo!ブログはまだベータ版ということもあっていろんなところがダメですが、いずれよくなっていくでしょうから、ガマンしてつきあうことにします。場所が変わるといっても、やることなすこと全く変わりませんので、もしよければ新しいところものぞいてみてくださいね?ここの処遇については、このまま残しておくとまた舞い戻ってきたくなるかもしれないのでばっさり消すのも手ではありますが、かといって過去の蓄積が全く無くなってしまうのもいやなので微妙です。ともあれ、長い間お世話になりましたありがとうございます。そしてこれからも、どうぞよろぴく。
2005.02.12
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サッカーワールドカップカップ予選、日本対北朝鮮が昨日あった。テレビ観戦するために少し早めに仕事をきりあげて家に帰り、ビールとするめを用意して試合開始を待った。サッカー自体にはそれほど興味がないけれども、日本代表が国の威信をかけて戦うイベントは大好きだ。種目は必ずしもサッカーでなくてもいいし、舞台はオリンピックでも世界選手権でもよくて、要はほどよくナショナリズムを刺激され、街もメディアも祭り騒ぎのようになればいい。試合開始前、スタジオの小宮悦子がスタジアムの香取慎吾に向かって「何対何で、どっちが勝つと思いますか」という子どもじみた質問をしていた。10対0ぐらいで日本が勝って欲しいが本当のところは1点差でも勝てばいいと思っているに違いなかったし、慎吾ちゃんは勝って欲しいから応援に来ているのであって、試合の結果を予想しに来ているのではないはずだ。スタジアムをとりまく北朝鮮のサポーターに、ワイドショーのリポーターがインタビューしていたが決まって「何対何で、どっちが勝ちますか」というくだらない質問を繰り広げていた。北朝鮮人は北朝鮮を応援したいに決まっているが、彼らは「北朝鮮が勝ってくれればいいけど、いい試合をしてくれたらそれでいい」とか、「引き分けでいいんじゃないかな」と冷静なコメントも聞かれた。サポーターの熱狂を言葉として引き出し、映像として伝えるためとはいえ、あまりにもくだらない質問にインタビューを受ける人も困惑の表情を浮かべていた。試合が始まり、開始早々小笠原のフリーキックで先取点を挙げた後に膠着状態が続くと、解説の松木安太郎は、解説らしい解説をほとんどしなくなる。「気持ちが大切ですからね」「1点差では安心できません、早くもう1点取ってほしい」「ひとつひとつのプレーが大事です」「ああいうミスはいけません」どれもあたりまえのことだ。ピッチ解説の堀池巧も、「初戦が肝心です」「勝ち点3をしっかりとってもらいたいですね、 1点と3点では大きく違いますからね」わかりきったことしかいわない。彼らは祭りで「わっしょいわいっしょい」言っているのと変わらない。テレビの煽りにつられて、やがて我々視聴者も次第にヒートアップしていって、熱狂は熱狂を生み、増幅してゆく。もううんざりだ。解説者は専門的な知識を生かした解説だけしていればいいし、アナウンサーは事実だけ伝えればいい。「ワールドカップを盛り上げよう」なんて意気込みはおせっかいだ。ふと冷静になって考えてみた。ワールドカップで日本が勝ち進んだからといって、個人レベルが得をすることはほとんどないといっていい。逆に早々と予選で敗退したからといって、なにか致命的な損害があるとも思えない。なにも大人がそんなに真剣になって、同じ青い服を着て踊り騒ぐ必要はないんじゃないか。テレビ観戦でそんなことを考えた。いやそんなことはわかりきっている。これは祭りなのだ。なぜ踊り騒ぐか。楽しいからに決まっている。祭りが早く終わればいいとは、きっと誰も思わない。
2005.02.10
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今度は「風雲 幕末伝」だ。去年のちょうど今ごろ、大河ドラマ「新選組」が始まり、それに便乗するカタチでにわかに幕末の歴史が脚光を浴び、戦闘の舞台となった京都が注目されたりした。書店では特設コーナーに新選組に関する本が並べられ、新選組隊士を描いたテレビゲームも売り出された。そのときこの機に乗じてみようと考え、司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読み始めた。土方歳三を主人公としたこの小説は、史実にもとづいているとはいえ、フィクションとしての傾向が強かったが、オレに強烈な新選組像をを植えつけてくれた。この小説に感情移入してしまったことで、幕末や新選組にたいする切実な知識や情報への欲求はふくらみ、ついには「風雲 新撰組」というゲームソフトを買うにいたった。本当は、フランスが誕生日祝いのプレゼントを請いたいために、自身のライブ映像DVDと交換するという特典を設けていて、その話をしていたときに「新撰組のゲーム送れ!!」と命じられたからだった。フランスの命令に素直に従うのも癪だったし、ちょっとだけやって飽きたら送ればいいと思っていて実際にそうしたのだが、送ってしまったらもう一度やりたくなって、中古ソフトを買い戻したのだった。ということを1年前にもたしか書いた。そういえばもう1年経った。フランスの誕生日はいつだったか。今回はその続編にあたる「風雲 幕末伝」で遊んでいる。この週末だけで最初から最後まで3周ぐらいしていて十分やりこんでいるにもかかわらずまだ飽きていない。相手が悪党とはいえ100人単位を真剣で切り刻んでゆく残虐性を、激動の時代を生きる若者の葛藤と活躍で正当化しようとしているという点ではゲームの粋を逸脱するものではない。しかしナレーションは渋くキャラクターはクールで、語られるエピソードも台詞もシリアスでゲームにありがちなアニメ的要素も排除されている。人物像も大衆的なイメージとかけ離れておらず、史実を語る姿勢は真剣だし、インタラクティブという点においても、テレビや映画より想像力を刺激してくれるような構成になっていて楽しい。倒幕編と佐幕編、2つのストーリが用意されてる。ということは最低2周しなければならない。倒幕編ではテロリストとして、佐幕編では最後の武士として激動の時代に身を投じることになる。2つの物語では、坂本龍馬と土方歳三がそれぞれの哲学を象徴するヒーローとして描かれていて、プレイヤーは彼らヒーローを補佐するという形でゲームは進行してゆく。やがて物語はクライマックスをむかえ、龍馬も土方も死んでしまう。そこでオレは不覚にも、うるうるきてしまうのだった。彼らの大ファンであるからとか早すぎる死を惜しむとか、そんな感傷はないけれども、どういうわけかじーんときてしまう。新しい時代を切り開いた男が絶たれた希望。古い時代においつめられた男が選んだ死に場所。なんだかんだいっても名場面なのである。この感動をフランスくんにも味わってもらいたいから、飽きたころまた誕生日プレゼントとして贈ろうと思う。誕生日おめでとう。
2005.02.08
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銀座で宴会があった。八重洲からは中央通りを銀座目指して歩くと松屋のあたりからクルマも人も増えてきて街が賑わってくる。和光の時計台がある晴海通りのスクランブル交差点周辺にはブランドや宝飾の直営店が並び、白い光や黄金のような輝きを放ち夜の闇を打ち消している。銀座は昔、銀貨の鋳造所や取引所があったことが名前の由来になっているらしい。ちなみに日本橋にある日本銀行本店のあたりには金座があった。さらに「有楽町」は織田有楽斉が住んだことから、「八重洲」はオランダ商人「ヤン・ヨーステン」が住んだことからそう呼ばれるようになった。オレが住んでいる所の最寄は「椎名町」という駅があるけれどもどこにも椎名町(しいなまち)という地名は存在しない。元々はあったらしいが目白と長崎に吸収されて駅名だけ残ったのだという。「飯田橋」が飯田嘉兵衛が住んでいたことから名付けられたことから推測するとおそらく椎名という名前の富豪か地主が住んでいたに違いない。ともあれ銀座。派手なネオンサイン、大型スクリーンや電光掲示板、ショールーム、着飾った男女やベンツやタクシーの列。そうしたきらびやかな通りを歩いているとどういうわけかリッチな気分になってくる。青山に行ったときもそうだった。街全体が金持ちテーマパークだ。ただし銀座と青山では、決定的に違う点が一つだけある。それは「日本的」であるかどうかだ。青山を歩いたときに浮き足立っていた感覚は、どこか知らないよその国を歩いているような不安から生まれた。それは青山が外国人によって造られた、新しくて歴史のない街だったからだ。その点銀座は「日本臭」がする。いかに近代的な建築やカラフルな照明が目貫通りを被っていても、一つ路地を入った裏側には、昭和の時代を彷彿とさせる古いタイプのスナックや小料理屋の看板が軒を連ねている。ベンツから出てくるのはギラギラした背広の部長や重役クラスで、着飾った女の腰をフォローしながら不思議な店の中へ入ってゆく。渋谷や池袋にいるような狂った子どもはいない。大人には大人の、子どもには子どもの遊び場がある。オレは今日着ているスーツが高そうに見えるかどうかということを必要以上に気にしながら歩いた。コートやスーツの色や形、着こなし方や身のこなし方、髪型や顔つき、それら全ての要素を金額に換算したらいくらに見えるか気になった。高い服を着ていなくても、金持ちが歩いてくると不思議と金持ちだとわかることがある。オレはここでいくら持っているように見られるのだろうか。たしかにスーツはバーゲンだし財布には3万も入っていない。カードの限度額は10万円ぽっきりだが、いつもより背筋を伸ばして、自信たっぷりな顔をして金持ちのように歩いた。果たしてどの程度のプレミアがついかのかはわからない。西五番街。ほとんどのビルでは全てのフロアが酒場だったから、目的の店を探すのに苦労した。予約していたのは、「月見小路」という名前の、京料理を食わせてくれる店だった。案内された個室に入るなり「いやいやいやいや」と言いながら、渡されたおしぼりで顔をぬぐった瞬間、リッチな気分は吹き飛んだ。酒が入ってくるにつれ、「ボインは好きか」とか「まず先に女のどこを見るか」といったバカバカしくも重要なテーマが座を席巻していった。いかにも日本人的な、と思いつつ、そこはかとなくリッチにはほど遠いとも。
2005.02.03
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