ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.11.14
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カテゴリ: 国際政治
政治を斬る(6)

6月25日に38度線を越え、攻撃の口火を切った「北朝鮮」軍は、破竹の進撃を続けて準備不足の「南朝鮮」軍を次々に撃破し、南進を続けました。

国連はすぐさま安全保障理事会を開きます。米国にとって好都合だったのは、この時期ソ連が国連ボイコット戦術を取り(それは、国連が大陸中国を実力で統一した中華人民共和国に、国連の議席を渡すことを米英などの画策で認めず、辛うじて台湾に逃げ、米国第七艦隊に保護してもらって存続していた蒋介石の台湾を中華民国として認め、中国の国連議席を蒋介石の台湾が持ち続けるとしたことに、抗議してのものでした)、安全保障理事会を欠席していたことでした。

ソ連がいれば、その拒否権行使によって、安保理は機能麻痺に陥り、何も決まらなかったはずです。これはソ連の失策でした。ともかくソ連抜きの国連は、「北朝鮮」を侵略者と断定し、国連軍の派遣を決めたのです。

しかし、各国の調整もあり、国連軍本隊の派遣に手間取るうちに、事態は悪化、7月後半には、「南」の部隊は朝鮮半島南端の釜山周辺に押し込められて、もはや風前の灯の状態に陥りました。幸いだったのは、補給線の延びた「北朝鮮」軍が戦線の建て直しに追われ、釜山攻撃を一時急死せざるを得なかったことでした。

GHQの総司令官を兼ねたまま、国連軍の指揮を任されたマッカーサーは、そこでトルーマン大統領の許可を取り、GHQの部隊として日本各地に駐屯していた米国兵を、朝鮮半島に送ることを決断したのです。

朝鮮半島に近接する日本からの派兵は、そう時間をかけずに可能です。米本土からの派遣とでは、到着に2週間近い差がでます。日本駐留軍を派遣したからこそ、釜山陥落を免れ、形勢逆転に成功したことは、否定しえない事実でした。米軍は、「北朝鮮」軍の裏をかいて、黄海側の仁川に上陸し、釜山の部隊と呼応して「北朝鮮」軍を挟撃したのです。ここに形勢は逆転しました。9月上旬のことでした。
                       続く





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最終更新日  2009.11.14 21:57:14
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