ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.11.14
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カテゴリ: 国際政治
尖閣問題を考える…(4)

尖閣諸島が注目を集めたきっかけは、尖閣諸島の近海に大規模な海底油田の存在が明らかとされた1968年以降です。

それ以前は、中国も台湾も、尖閣諸島に何らの関心も示していません。ご承知の通り、台湾は日清戦争の結果、清国から日本に割譲され、1945年8月の日本の敗戦まで、日本の植民地となっていました。少し古いのですが、その時の歴史的文書である1895年の下関条約を見てみましょう。

下関条約は、正式には日清講和条約というのですが、その第2条第1項では遼東半島の、第2項では台湾の、そして第3項では澎湖諸島の日本への割譲を明記しています。このうち旧満州に属する遼東半島については、直後の独・仏・露の三国干渉によって、清国に返還されるのですが、この日本への領土割譲を明記した第2条のどこにも、尖閣諸島に触れた文言は見当たりません。それどころか、この条約の全文を通じて、どこにも出てこないのです。

この事実は、清国が尖閣諸島を自国領として認識していなかったことを示しています。その後、1897年、日本政府は尖閣諸島の魚釣島に対して、煙草専売法の適用を宣言し、実行に移しています。

あまり細かい説明はやめましょう。さて、1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾して、米国・中国を含む連合国に降伏しました。ポツダム宣言には、台湾並びに澎湖諸島の中国への返還が明記されていました。この時、沖縄は米軍の占領下にあり、沖縄を除く日本は連合国の占領かに置かれました。この時尖閣諸島は中国に返還されず、八重山諸島の一部という位置づけで、米軍の占領下に置かれたのです。

ご存知の通り、米国が沖縄の施政権を日本に返還したのは、1972年の6月でした。尖閣問題がこじれる原因は、この時の米国の曖昧な姿勢にありました。尖閣問題がこじれる種は、実は米国が領土問題に対して好い加減な姿勢をとったことに発しているのです。

この点は明日記すことにします。
                               続く





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最終更新日  2010.11.14 20:23:10
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