ひこじいさんのブログ

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2014年12月02日
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死者の霊は四十九日まではその家の棟下にいて、五十日目から黄泉の旅に出発する。
死んでから四十九日目には、菩提寺に四十九個の餅を供える。その餅の一個を一日の食事とし、仏壇に供えられる水で喉をうるおしながら百日目に極楽の門に至って仏になるのだという。

百一日目は仏になった故人が先祖の仲間入りのために家へ帰る日とされ、故人が無事に成仏できたお礼詣りに遺族が寺に参拝し茶湯供養を受ける。

この日に供養したお茶がそれまでの水に代わって、供えられる最初のお茶になり仏壇には以後茶を供える。

通称「大山の茶湯(ちゃとう)寺」は誓正山茶湯殿涅槃寺と称し九百年の伝統を継承して、「秘法百一日茶湯供養」が行われていることで知られている。

涅槃寺を訪れて供養を希望する人は、戒名・死亡年月日・死亡時の年齢・俗名と施主の住所氏名・死者との関係等を記帳して茶湯供養を申し込む。

寺では涅槃像に、灯明を上げ木版刷りの釈迦涅槃像と陀羅尼のお札及び湯に茶葉を浮かべたもの・紅白の菓子等を供え焼香をして「秘経」を唱える。
供養の後、それぞれのお札・茶葉・供物などが施主に下げ渡される。施主は帰宅後釈迦涅槃像のお札は仏壇に納め、陀羅尼のお札は墓に埋める。

それまでは仏壇に供えていた水に代えて、この日からは茶を供える。



大山には元の「石尊大権現・大山寺」の名称が示すように、多くの神社と同じ巨石信仰がありそこに仏教が入り神仏習合が進み修験道が盛んになった。
しかし明治初期の神仏分離令で、大山寺と阿夫利神社に分離して今の形になった。

大山茶湯寺の本尊は右手を枕にして横臥する、等身大寄木造の釈迦涅槃像である。彫刻としての涅槃像は日本には少なく貴重な作といわれ、次のような言い伝えが残っている。

江戸も終りの頃この像が、茨城県磯浜(現大洗町)の漁師の網にかかって引き揚げられた。
漁師が祀ってから豊漁が続いて喜んでいたのだが、ある夜涅槃像が漁師の夢枕に立って「大山に行きたい。」とのお告げを受けた。
そこで像を大山の御師の家に運んで大山への運び込みの斡旋を依頼しているうちに、間もなく明治と改元され神仏分離令が発令されると大山寺は解体されてしまい像の行き場が無くなってしまった。そこで同じ茶湯供養を行っていた、麓の西迎寺に預けられることになった。

そのため像には西迎寺の文字が書かれており、茶湯供養の際用いられる釈迦涅槃像の札にも西迎寺の名前がそのまま残ることになったのだという。

やがて西迎寺は火災によって焼失し、同じ地域の西岸寺と合併して涅槃寺となった。


大山阿夫利神社と大山不動の通称で知られる雨降山大山寺に向かう参道の右側は急な上石段もあって男坂といわれ、左側は比較的緩やかな上り坂で大山寺を過ぎるとやがて合体して一本の道になる。

登りの男坂と女坂の分岐を過ぎ直ぐ左手の大山川に架かった橋を渡り、苔むした数十段の石段を登った上にある小さな寺が「大山の茶湯寺」である。

浄土宗の寺だが、百一日参りは宗派を問わず供養を受け付けるという。



伊勢原市指定重要文化財の涅槃像は、外から窓越しに拝観することができる。





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最終更新日  2014年12月03日 16時34分08秒


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