ひこじいさんのブログ

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2015年01月19日
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石老山(せきろうざん)は丹沢山地の北に位置する道志山地に属し、山中には奇岩が点在することで知られている。

山頂は結構広くて標高は700mに充たないが、南から西の方角には丹沢山地・富士山などを遠望することができる。

石老山の登山道は八王子市の明治の森高尾国定公園から大阪府箕面市の明治の森箕面国定公園を結ぶ「東海自然歩道」のコースの一区間として、有志によりハイキングコースの整備が進められている。

国道412号線の「さがみ湖リゾートプレジャーフォレスト前」からのコースと、その先の「石老山入口」バス停から登るコースとがある。「石老山入口」バス停側から登るコースには、巨石や奇岩が集中しておりお勧めコースである。


相模湖の南東に位置する石老山の中腹340mには平安時代の貞観18年(876年)に源海法師によって創建されたという石老山顕鏡寺があり、ハイキングコース途中には随所に巨大な奇岩がある山として知られている。

顕鏡寺縁起によれば仁寿年間(851~54年)頃、洛陽高家の宮人三条武庫郎と八条殿の姫が駆け落ちし、山中の「道志岩窟」に隠れ棲んでやがて授かった男子に岩若丸と命名した。

この道志岩窟の由緒書きには、二か所大きなミスがある。最も大切である寺号の「鏡」が、「鐘」になっているのだ。

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これを書いた者と、納入時校正しなかった寺の関係者のダブルミスが原因であろう。

かなり時代のある案内板であり、多くの人は誤った情報を鵜呑みにしたままなのであろう。

開祖源海法師の父の武庫郎は、後に道志法師となり乳飲み子を置いて諸国行脚に出かけるのだが、その際所持していた銀の鏡を2つに割り半分を岩若丸に与えた。
成人した岩若丸はこの鏡を持って父を尋ねて諸国を旅した結果、鏡のお陰で父との再開を果たすことが叶えられた。

岩若丸は貞観18年(876年)に出家して源海と改名し、この岩窟に戻って寺を建立した。

古い石(?)がごろごろしている山であるところから山号を石老山とし、鏡にちなんで寺号を顕鏡寺と名付けたという。

山の名前は、顕鏡寺の山号から取って付けたといわれている。同じ真言宗の寺院の高尾山薬王院有喜寺は、山の名前が山号となったとされている。

高尾山が高天ヶ原(富士山のこと)から連なる山なみの端にあってまるで尻尾のようであるところから、高天ヶ原の尾から高尾山の名前となったものという。

このように普通は山の名前の方が先にある場合が多いのに、石老山については逆で寺の山号が山の名前になったとされる。


岩若丸の両親の駆け落ちが発端でこの場所に顕鏡寺が創建されたものであり、この寺が大正10年の白蓮事件で有名になった大正天皇の従妹、柳原アキ子の墓所となったこととに何か不思議な因縁めいたものを感じる。

本堂は明かりも灯っていずに暗くひっそりとしていて、人の気配もしない。
家内は寺社を参拝する度びにご朱印を頂いてくるのだが今回は諦めたようである。







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最終更新日  2015年01月19日 12時21分22秒


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