ひこじいさんのブログ

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2015年01月20日
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あき(火篇に華)子の骨は相模湖の石老山にある顕鏡寺という寺に納めました。小さな寺ですが、見晴らしのいいところです。あき子が心から可愛がっていた香織の骨と一緒に納めました。
その寺の坊さんと、「極楽へ行く道も一人で行くんじゃなくて、最愛の息子と二人連れだから、まあ淋しくないだろう」と話したことでした……。

大正天皇の従妹でもある白蓮は恋多き女として生き、1959年に貧血で倒れた2年後の1月には緑内障によって両眼失明をしている。
1967年2月に没するまでの6年間は、龍介に支えられて歌を詠むだけの日々であったという。

前出の香織とは龍介との間にできた男子で白蓮は溺愛していたが、1945年8月11日に23歳の若さで戦死した。

白蓮の骨と一緒に埋葬したのだから、宮崎家の墓石が石老山顕鏡寺に建てられたのは1967年以後のことである。

白蓮はNHKの朝ドラ「花子とアン」では蓮さまとして登場したが、ほぼ史実に基づいて再現されていた。

宮崎家の墓所が辺鄙な石老山顕鏡寺に定められたのは、宮崎龍介の述懐にもあるように以前友人の案内で石老山に登った際に見た景色が余りにも良かったことからこの地に骨を埋めることに決めたのだという。



こちらもそれほどの古さを感じない小さな山門と本堂があり、名木として紹介される蛇木杉は樹齢400年とされていることから、寺創建から700年以上も時代が下がってから植えられたものであろうか。

白蓮は3回結婚しており最初の北小路資武との間に北小路功光、3人目の宮崎龍介との間に香織と蕗苳(ふき)の3人の子供を産んでいる。

墓碑は娘の蕗苳が建立したもので、香織・白蓮・龍介の順に亡くなったのだが右端には龍介の次いで雅号柳原白蓮の肩書がついて「妙光院心華白蓮大姉」の戒名があり、次いで香織の戒名が認められる。

龍介の戒名に石老山から採った「石老」の文字が使われており、如何にこの山に深い思い入れがあったのかを窺い知ることができる。

朝ドラで顕鏡寺詣りがブームとなったが、放送終了後5か月を過ぎると流石に落ち付いてきて詣でる人も少なくなってきているようだ。
1月半ばに訪れた墓には、年末に供えられたと思われる花が枯れて風に揺れていた。





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最終更新日  2015年01月20日 11時38分25秒


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