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ちょっと仕事絡みのイベントがあって、関内まで出かけました。と言っても、平日は毎日通う関内ですが。土曜日午後となると、何か違う街を歩いているような錯覚に囚われます。いつもの日本大通りです。横浜公園を背に、港方向を向いています。景色はすっかり冬涸れています。人通りもまばらです。昨日ほどは寒くありませんでしたが、それでも春遠からじの午後です。この通りに、情報文化センターなる建物があります。市民に開かれた親しみのある施設。ディア・情報関連産業の拠点。横浜情報文化センターは、新聞・放送の二大メディアによって運営・一般公開される日本新聞博物館(ニュースパーク)と放送ライブラリーを中心に情報関連産業オフィス、ホール、会議室、店舗、パブリックスペースなどからなる複合施設です。市民が集う施設として日本大通りに賑わいをつくりだします。 建物の脇に立つ、新聞少年の像。あっしも中学生の頃、新聞配達のアルバイトをしたことがあります。ふと思い出しました。建物の中庭に、こんなものが。日本最古のガス管だそうで、明治五年頃に横浜市内に敷設されたものだそうです。センタービルの6階からの眺めです。ファンケル本社ビルが右正面に見えます。これは、同じく10階から反対側の日本大通り側を見ています。右は横浜地方裁判所の建物、左手前は日本銀行横浜支店ですね。昨日のあの寒さがひんやり、まだ残る。昼下がりの関内風景です。
2009年02月28日
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芸文社といえば、雑誌「カミオン」とか・・・ その芸文社が横浜でイベントを開くようです。記事は、ヨコハマ経済新聞からです。芸文社は2月28日と3月1日、日本全国から旧車関係各社が集まる「昭和の自動車ショウ」をパシフィコ横浜(横浜市みなとみらい)展示ホールで開催する。 同イベントは、同社が刊行する創刊23年の隔月刊クラシックカー情報誌「ノスタルジックヒーロー」と創刊4年目の1980年代クルマ情報誌「ハチマルヒーロー」によるプロデュースで初めて開催されるもので、昭和時代の名車の展示のほか、トークイベントなどが行われる。ホールには、全国のパーツメーカーや車両販売店、レストアショップなど、クラシックカーに関わる約80社が出展。これまで雑誌の表紙を飾った名車が登場するほか、330セドリック、ケンメリ(スカイライン)、シルビアCSP311、ベレットなど全国から集まった昭和時代の車両を展示する。特別ゲストとして俳優の京本政樹さんが参加し、自身の旧車コレクション4台を「京本政樹クラシックカーコレクション」ブースで披露する。イベントに関連して、レーシングドライバーによる映像を見ながら当時のレースを振り返る対談形式のトークショーもおこなわれる。津々見友彦さんと砂子義一さん、長谷見昌弘さんと高橋国光さんが参加する。そのほか、メインステージでのトークショーや握手会のほか、特設スタジオでプロカメラマンによる旧車とともに写真を撮る記念撮影会(1日20組限定)も実施する。同イベント事務局の宮崎有史さんは「日本全国から旧車にかかわる車両販売店、レストアショップ、パーツショップ、そしてミニカー販売等のホビー系ショップが集まるイベントです。これほど旧車関係各社が集まるイベントはあまり例がないと思います。旧車がほしい人、パーツがほしい人、おもちゃがほしい人、ノスタルジーに浸りたい人は是非会場までお越しください」と話している。開催時間は、10時~17時。当日券=1,500円、前売り券=1,300円。小学生以下無料。 二日間のイベントなんですね。時間があれば、寄って見たいと思いますがね・・・
2009年02月27日
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なんか、載せるのが義理を果たすような記事ですが。一応、横浜 音楽つながりということでご理解ください。記事は、朝日の神奈川版です。ヨコチクですか。しかし、まあ。よる年波って感じがします。レコードやCDを60年以上販売してきた、横浜・伊勢佐木町のレコード店「ヨコチク」の伊奈正明社長(84)が引退した。「伊勢佐木町ブルース」「よこはま・たそがれ」などのヒット曲の「仕掛け人」ともいわれ、03年に店舗を閉めてからはコンサート会場で出張販売を続けていた。今後はしばらく、「音楽人生」を基にした執筆活動を続ける予定だ。(千葉卓朗)横浜市西区のホテルで23日夜にあったバイオリニスト天満敦子さんのディナーショー。「30年来のつきあい」という天満さんの演奏会を伊奈さんは最後の販売先に選んだ。CD3種類を机に並べ、「天満さんはいつも一生懸命です」「オルガン伴奏の演奏もいいですよ」。いつもの調子で客との音楽談議も盛り上がった。ショーの終了間際、天満さんが、伊奈さんを舞台に呼んだ。「私の作品を売ってくださる神様のような存在です」と約140人の観客に紹介。感謝を込めた「サプライズ」だった。伊奈さんは「私は『伊勢佐木町ブルース』や『よこはま・たそがれ』の仕掛け人といわれますが、ただあの曲にほれ込んじゃっただけなんです」。大きな拍手が起きた。45年の横浜大空襲でレコード店をしていた父親が亡くなった。約3年後、23歳で後を継いだ。米兵からは「曲を口ずさめば、レコードが買える」と評判になり、音楽通からは「マニアックなレコードがそろう」と信頼された。故青江三奈、五木ひろしから氷川きよしまで、店頭の舞台では歌手が新曲を披露し、ヒットの「発信地」になった。美空ひばりも若い頃、たびたび立ち寄った。しかし、90年代に入りCDの売り上げは落ち始め、03年閉店。ただ、30年ほど前から始めた出張販売は続けた。クラシックだけでなく、ジェフ・ベックやサンタナといったロックから、小椋佳や美輪明宏などのコンサートまで、ジャンル問わずに出かけ、楽屋でミュージシャンと語り合った。「商売と言うより、好きでやってる」。出張販売は生きがいでもあった。しかし、今月初め、普段は商売には口を出さない、妻元子さん(79)がポツリと言った。「もう84歳なんだし、出張販売先で何かあったら、先方にご迷惑をかけるわよ」。10年近くも病気やけががない伊奈さんにとって、思いがけない言葉だった。翌日、半日考えた。60年以上、休みを取ったことがない。「そろそろ、休んでもいいかな」と伊奈さんは、元子さんに伝えた。商売は卒業しても、音楽から離れることはない。昨年7月から、東京・神田を中心に約7300部発行されている月刊タウン誌「本の街」に、「ヨコハマのレコードや」という連載を始めていた。美空ひばりや指揮者バーンスタインなど、商売を通じて出会った音楽家との思い出をつづっている。同誌の清水勉編集長(76)は「幅広い音楽界のビッグネームが伊奈さんの視点で書かれ、親しみやすく、好評です」と話す。伊奈さんは、レコード販売の人生をこう振り返る。「販売する作品のことは徹底的に調べた。だってレコード屋は、演奏家や作曲家の代理として作品を客に伝える仕事。下手なこと言えないもの」 結構、長い記事ですので、仔細にお解かりいただけるものと思います。まあ、そんな横浜のお話です。
2009年02月27日
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旅して、よその街。例えば京都や奈良へ行くと、その歴史の長さや奥深さに愕きます。その意味では、わが横浜は開港150周年。その前は、ほとんどの歴史に登場する街ではないのです。ですから、近代化とともに歩んだ街ともいえるのです。そんな横浜の話題を、ヨコハマ経済新聞からです。経済産業省が認定する、全国の産業近代化を支えた建造物や設備への「近代化産業遺産群 続33」に、横浜市内の山手公園、横浜公園、根岸森林公園などが加わり、23日に大阪で開催された「近代化産業遺産保存・活用担い手サミット」で認定証の授与式が行われた。全国540ケ所の近代化産業遺産のうち、横浜市の施設では山手公園(横浜市中区山手町、1870年造成)、横浜公園(横浜市中区横浜公園、1876年開園)、根岸森林公園(横浜市中区根岸台)などが「旧居留地を源として各地に普及した近代娯楽産業発展の歩みを物語る近代化産業遺産群」として認定を受けた。山手公園は日本初の西洋式公園で、近代テニスの発祥地であり、横浜公園もまた日本初の野球の国際試合が行われた場所。 また、県内では「清潔な水を大量に供給し都市の生活・産業の発展を支えた近代水道の歩みを物語る近代化産業遺産群」として、城山ずい道(1914年建設)、旧三井用水取入口(両施設とも相模原市津久井町、1887年建設)なども認定を受けている。横浜市環境創造局環境活動推進部長の本山忠範さんは「横浜開港150周年という記念の年に、歴史ある横浜の3つの公園が認定され、大変喜ばしく思っています。今年は横浜に観光でいらっしゃる方がとても多くなります。開港当時の歴史を物語るスポットとして、これらの公園にもお越し頂き、園内に残る遺産を見ながら静かな時間を過ごすのも、またいいのではないでしょうか」と話す。同認定遺産群の取りまとめは、近代産業発展に貢献した建造物や設備機器、文書、復元物や模型などの持つ価値を顕在化させ、地域活性化のために認定する「近代化産業遺産の活用による地域活性化推進事業」の一環として、産業遺産活用委員会(西村幸夫座長)が産業遺産の実態と保全・活用の取り組みを検討している。認定を受けた遺産には、認定証や認定プレートが交付される。 まあ、ざっとこんなことですが。でも横浜の街に、ある意味の箔が付いたってことですかね。横浜のことでした
2009年02月25日
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社長が交代し、若い方になった。しかも、環境車インサイトが好調となれば、ホンダに弱点はなし。今日この頃・・・ 記事は、朝日の愛車からホンダは24日、12月時点で55万4千台としていた08年度の国内販売計画を2万~3万台上積みし、58万台程度に上方修正することを明らかにした。6日に発売した新型ハイブリッド車「インサイト」の受注が月内に予想を上回る1万5千台に達する見通しのうえ、人気車がお客を引き寄せる相乗効果で他の車の販売も底上げされているからだ。ホンダは発売から1年で、インサイトを日米欧で計20万台販売する計画。このうち国内向けは6万台としてきたが、10万台まで引き上げる。インサイトの受注ペースはホンダで最も売れている車に育った「フィット」の売り出し時に次ぐ好調ぶり。今注文しても納車は4~5月になる。半分のお客がホンダ以外の国内メーカーや外国車からの買い替えという。 買い替えなんですか! SUBARU車から、乗り換えた人もいるのでしょうね・・・ ホンダ、勢いありますしね。考えましょう・・・ そうしましょう・・・
2009年02月24日
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ホンダの組織に関するニュースが二つ、入ってきていますね。それぞれレスポンスの記事からです。まずは、社長交代の記事。ホンダは福井威夫社長(64)の後任に伊東孝紳専務(いとう・たかのぶ=55)の昇格を内定した。6月下旬の株主総会後に正式就任する。伊東専務は1978年に入社。2000年取締役、03年に常務に就き本田技術研究所社長も兼務した。福井社長は03年に社長に就任、業容を大きく拡大させるとともに、環境技術の強化にも力を入れてきた。世界的な自動車市場の急落を受け、昨年にはF1からの撤退なども決断。次の「100年」に向けた再生と事業強化を、かねて社長候補として有力視されてきた伊東氏に託す。ホンダの次期社長に内定した伊東孝紳専務は23日、東京の本社で福井威夫社長とともに記者会見した。席上、伊東専務は「100年に1度といわれる大変難しい時期であり、いかにスピーディーに柔軟に対応していくかだ。将来の圧倒的な競争力につながる効率的な体制をつくりたい」と抱負を述べた。伊東専務は『インサイト』を引き合いに出しながら、「お客さまが求める商品、技術を求めやすい価格で出すことはホンダの持ち味」と指摘。そうした商品を「もっとスピードを上げて出していくのが私の課題」と述べた。また、厳しい経営環境のなかでは「世界の従業員のベクトルを合わせること」が重要とし、「従業員の夢や志を大切にする経営を引き継いでいきたい」と語った。 一気に9歳若返りですか。世代交代の波を感じますが、新社長は技術畑の出身だそうです。この時代、世界のホンダの舵取りを担います。そして、ホンダは、4月1日付で組織改正を実施すると発表した。今回の組織改正では、「日本営業本部四輪営業統括部」、「日本営業本部四輪営業統括部CS・販売部」、「日本営業本部四輪営業統括部NR推進室」、「日本営業本部四輪営業統括部東日本営業部」、「日本営業本部四輪営業統括部西日本営業部」、「日本営業本部四輪営業統括部ユーカー販売部」、「日本営業本部宣伝販促部」、「日本営業本部営業IT室」を廃止する。代わって「日本営業本部四輪営業部」、「日本営業本部四輪営業部販売業務室」、「日本営業本部四輪営業部企画業務室」、「日本営業本部四輪営業部軽事業室」を新設する。また、「日本営業本部四輪営業統括部インターナビ推進室」を「日本営業本部インターナビ事業室」に名称を変更。「日本営業本部アフターマーケット統括部」、「日本営業本部アフターマーケット統括部アフターマーケット営業部」、「日本営業本部アフターマーケット統括部アフターマーケット品質部」は廃止し、新設する「日本営業本部四輪品質サービス部」に集約する。「カスタマーサービス本部部品調達部」は廃止し、「カスタマーサービス本部部品技術部」を新設する。さらに「生産本部浜松製作所二輪工場」は廃止する。「生産本部浜松製作所四輪工場」も廃止し、「生産本部浜松製作所トランスミッション工場」を新設。「生産本部浜松製作所汎用機工場」を廃止し、「生産本部浜松製作所船外機工場」を新設する。「生産本部鈴鹿製作所ミッション工場」を「生産本部鈴鹿製作所トランスミッション工場」に名称を変更する。このほか「購買本部二輪・汎用購買企画室」、「購買本部二輪原価企画室」を廃止し、新設する「購買本部二輪・汎用新機種推進室」に集約する。「購買本部国際業務室」を廃止し、「購買本部四輪新機種推進室」を新設する。 何やら漢字のやたらと多い記事ですが、社長を代え、組織を改め。新年度に向うホンダの動き。やはり注目していかなければなりません。ホンダが勢いを増せば、クルマの勢いもまします。
2009年02月24日
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国際駅伝が横浜の街を走り抜けている頃。用事があって、出かけました。今日は、朝飯もほとんど食べずでした・・・ お昼を回って、お腹も空いた。ってんで、立ち寄ったのは。港南台・環状三号線沿いの「手打ちそば処 青々庵」です。クルマで行く場合。店の前にも3台くらい止められるのですが、店の横と裏にも何台か止められます。お店の中は、こんな感じ。蕎麦屋というより洋食屋さんって感じがします。あっしは、ケータイで必死に国際駅伝を見ていました。ガラスの中は、そば打ちの場所になっているようです。さすがは「手打ちそば処」です。さて、注文したそばが運ばれてきました。お腹が空いています。 これは、天ぷらそば1300円なりです。これは普通のてんぷらそばなのですが。土日限定の十割そばもあるようでした。これはヨメが注文した天せいろ1200円なり。ヨメが自分で写しました、ピンがアマイです。味は、さすがに美味しいですよ。味は濃くもない、薄くもない。そばの味もケッコーでしたし。やはり、休みの日はそばに限ります ですね。
2009年02月22日
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今日は、横浜は国際女子駅伝です。あと数時間で、赤レンガ倉庫前を出発して。八景島折り返しコースを走ります。みなとみらい、赤レンガ倉庫前を出て、山下公園から一路本牧へ向いますね。根岸駅前から、磯子に入ります。これは、磯子区中原の国道16号線です。往路は、ここが2区。見える方向から走ってきます。そして、こちら富岡・八景島方向へ走っていきます。今朝、クルマのガソリンが無くなりそうなので。いつものH石油で給油しているところでした。そして、金沢区に入り、青砥トンネルを抜けて左折すると。富岡総合公園です。ここが第二中継所、2区から3区へ引継ぐところですね。これは反対側から見ていますので、復路、第四中継所になるところですね。ここの公園は、桜の名所でもあります。日本テレビの中継ですね。撮影クルー達が慌しく、準備をしていました。そして、ここは八景島への入口。国道357号線(東京湾岸道路)が、今は、八景島に突き当たることになります。右側の誘導路を登っていくと、八景島へ続く橋にさしかかります。ここは、往路が3区になりますが。八景島に第三中継所がありますので、復路は4区ということになりますね。そんな、快晴の横浜から。国際女子駅伝、南側コースの一部をご紹介しました。昨年は、エチオピアが優勝しています。日本ナショナル・チームは昨年2位、ここ3年間、優勝がありません。今年は、大阪マラソンを制した渋井陽子がアンカーで出ますね。昨年8位の神奈川チームともども、応援したいと思います。それにしても、最後の横浜国際女子駅伝。本日、12時10分スタートです。
2009年02月22日
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さて、さて 真珠婚式って、イッタイ?結婚して30年目を、真珠婚式って言うようです。その意味は、富と健康をあらわす海の宝石に例えて、だそうです。真珠には、石言葉ってのがあって。なんと「健康と富」だそうです。真珠は、六月の誕生石ですが。冠婚葬祭、いずれの場合にも使える便利な装飾品、だそうです。 結婚式を挙げてから、一年目の「紙婚式」に始まって。10年目の「錫婚式」。15年目の「水晶婚式」までは、一年刻みですが。そこから急に、五年刻みになります。つまり、結婚記念日が、毎年気になるのは、15年目までで。そこからは、気にならなくなる。間隔は、五年刻みで十分ってことですかね。25年目は「銀婚式」、そして50年目は「金婚式」ですね。まあ、30年って歳月は長いもんで・・・ 例えば、うまくいかなくて離婚するとか。どちらか連れ合いが亡くなるとか。いろいろ考えられます。30年間、一緒に居られるなんぞは。まあ偶然か、どちらかが我慢のし通し・・・ とかですね。 さて、さて真珠婚式ですが。普通、結婚して30年経てば富も出来、健康が気になる時期なんでしょうが。あっしは富もなく、給料は下り坂。健康は、一度害している人です。海の宝石に例えようもない存在だけど・・・ まあ、30年間。尽くしていただいたヨメに、感謝を申し上げないといけませんですね。結婚記念日は五月になってからですが。ってことで、それなら。楽天のお店の中から、選んで。海の宝石とやらを、買い求めましょうかね。って、思っている。今日、この頃であります。
2009年02月21日
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四字熟語データバンクってサイトがあります。ここのアクセスランキング、第一位は「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」だそうです。この言葉の解説の前に、第二位は「初志貫徹(しょしかんてつ)」。第三位は「心機一転(しんきいってん)」。第四位は「泰然自若(たいぜんじじゃく)」。第五位は「明鏡止水(めいきょうしすい)」、だそうです。さて、鶏口牛後ですが。このサイトによるとまず意味としては、大きな組織に付き従って軽んぜられるよりも、小さな組織の長となって重んぜられるほうがよいということ。 解説は、「むしろ鶏口と為るも牛後と為る勿れ」の略。「鶏口」は鶏のくちばしのことで、弱小なものの頭のたとえ。「牛後」は牛の尻で、強大なものの末端を指す。 出典は「史記」だそうです。用例としては、 鶏口牛後の志を持って社会に巣立つ。だそうです。 もう暫くすると、この言葉をいだいて社会に巣立つ人々が出てくるのでしょうね。なかなか、いい言葉です。
2009年02月21日
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この寒い時期、横浜の風物詩でした。国際女子駅伝です。わが家から、少し歩いた国道16号線を行き来します。うちの子ども達が小さい頃から、続いていました。駅伝を見に、チビを二人連れて出かけました。子ども達との懐かしい思い出です。今年が最後だそうです。記事は、横浜経済新聞からです。横浜赤レンガ倉庫を発着地点に2月22日、「横浜国際女子駅伝 FINAL」が開催される。大会は海外から6チーム、日本ナショナルチーム、神奈川選抜、国内6地域からの選抜の合計14チームが参加。赤レンガ倉庫を発着点とし、八景島シーパラダイスまでを往復する市内42.195キロメートルの駅伝コースで競われる。日本ナショナルチームには、1,500メートルの日本記録保持者の小林祐梨子さん(千葉・豊田自動織機)、2009年大阪国際女子マラソン優勝の渋井陽子さん(東京・三井住友海上)ら7人が参加する。スタートは12時10分。大会のサブイベントとして、市民参加による「ミニ駅伝」も開催。市内の小学生5人1組のチーム20チームが、横浜赤レンガ倉庫を発着地点に新港地区を周回する5kmのコースで競う。スターターは、人気キャラクターのアンパンマン&ばいきんまんが務める。そのほか、ヨコハマ大道芸も披露され、ストリートダンスとアクロバットを融合させたパフォーマンス集団「POWER BOOMD」、コメディ・ジャグリングなどを展開するニューヨーク出身の「デビット・ラムゼイ」が登場するほか、現役陸上選手4名による指導のもとで陸上の基礎について学べる「キッズアスレチック」も予定されている。世界の女子長距離・マラソン選手育成と国際親善を目的にスタートした横浜国際女子駅伝は27回目を迎える今年で幕を閉じる。同駅伝は1983年に始まり、過去に高橋尚子さん(積水化学)や野口みずきさん(グロ-バリー)などのオリンピックや世界大会のメダリスト46人を輩出したという。今年11月横浜市で「横浜国際女子マラソン」が開設されることなどから、今大会で終了することとなった。今年の大会イメージソングは、FUNKY MONKEY BABYSによる「桜」。横浜国際女子駅伝事務局の担当者は「横浜国際女子駅伝は、今年で27年の歴史に幕を閉じます。北京五輪女子マラソン金メダリストのディタ選手と大阪国際女子マラソン優勝の渋井陽子をはじめとする日本と世界の女子トップアスリートが競い合う場面は必見です。当日は、赤レンガ倉庫でも大道芸や横浜市消防音楽隊などのさまざまなイベントもありますので、ぜひ応援しに遊びに来てください」と話している。 日曜日は、予定はないのですが・・・ 駅伝とか、マラソンとかって。実際に見にいくと、えらい待たされて、目の前を通過するのはほんの一瞬なのです。スタートからゴールまで、ずっと、レースそのものを見ていることの出来る。テレビ放送の方が、いいかな・・・
2009年02月20日
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おはようございます。 2月20日、横浜の朝は雨が降っています。なんか、久しぶりの雨のような気がします。ここ二週間ばかり、花粉症は激しいし。仕事は忙しいわ、でまともな更新が出来ずに日々が過ぎています。でも、明日はもう土曜日です。何とか、土日に辿り着くべく。今日も一日、仕事がんばります。花粉症に、雨はあり難いもんです。そんな2月20日 横浜の天気予報です発達中の前線を伴った低気圧が本州南岸を東北東進して、昼頃には関東南岸 を通過し、夜には北海道付近に達する見込みです。横浜では、明け方から 昼頃にかけて雨脚が強まるでしょう。 強風注意報が発表されています。 横浜市では今後24時間に52mmの降水が予想されます。
2009年02月20日
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「横浜ツアーズ」の食サイトで、現在、No1となっているお店です。横浜は関内のバンコーネ・ヨハチマルですね小皿料理からドルチェまでカウンターで本格イタリアン。週代わりのお薦めメニューのために、年に一度、シェフが現地へ赴き、習得してくるという正に本格派。合わせるドリンクはグラスワインが豊富。大人味のドルチェもオススメ。横浜ベイサイドマップ 厳選一押し店。 関内にも、いくつかイタリアンのお店はありますが。本格派イタリアンって感じですね。場所は、関内・桜通りと関内大通りの間。尾上町から二つ目の通り、ってところですかね。当然、あっしはまだ行っていません。でもね、厳選一押しっていうんですから・・・ ご紹介まで
2009年02月19日
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鎌倉は若宮大路に建つ白い建物。旧ラルフローレン鎌倉店が、ラルフローレンの撤退後、ずっと空き家だったのですが。なんと、銀行に生まれ変わるという記事です。記事は、湘南経済新聞からです。鎌倉「若宮大路」沿いのビルに2月16日、三井住友銀行「鎌倉支店」(鎌倉市雪ノ下1)がオープンした。JR鎌倉駅東口から北東へ約500メートルの場所に位置する。出店はコンサルティングネットワーク強化策の一環。店内にはATM3台のほか、落ち着いた雰囲気で相談できる個室型のコンサルティングブースや各種セミナーが実施できるスペースなどを備える。同店が出店したビルは、そのレトロ感漂う外観が特徴で、2007年10月の「ポロ・ラルフローレン」閉店後、新たなテナントの動向に注目が集まっていた。同行広報担当者は「お客様の資産運用・ローンの借り入れ等の相談ニーズに対して、質の高いコンサルティングサービスを提供していく」と話している。 まあ、なんとかなりますかね。CM『鎌倉の、白い館・・・』が懐かしいですね。しかし、銀行になるとは思いませんでした。銀行の支店ができる・・・ って書き方が経済新聞っぽいですが。あっしにして見れば、鎌倉の白い館が銀行になってしまう です。
2009年02月18日
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うーむ、カッコイイですね。メルセデスのE型といえば、メルセデスの中でも上級車に位置します。そのE型にクーペが登場です。記事は、レスポンスからですダイムラーは17日、メルセデスベンツの新型『Eクラスクーペ』を発表した。現行『CLK』の後継車種に当たるエレガントな2ドアクーペだ。Eクラスのクーペは、1985‐95年の「C124」型を最後に、メルセデスのラインナップから消滅していた。代わって97年に投入されたのが『Cクラス』ベースの2ドアクーペ、CLK(C208型)。2002年にはモデルチェンジを受けて「C209」型となるが、CLKはセールス的には成功したとはいえない。そこで、ダイムラーは再びEクラスにクーペを投入。1月のデトロイトモーターショーで発表した新型『Eクラスセダン』のシャシーをベースに、伸びやかなフォルムを持つ2ドアクーペを開発した。空気抵抗係数を示すCd値は0.24と、新型Eクラスセダンや新型トヨタ『プリウス』の0.25を上回る、世界トップレベルを達成している。フロントマスクはスリーポインテッドスターがセダンとは異なり、グリルに配置されるのが特徴。サイドビューはBピラーレスのデザインで、窓を開けた際には抜群の開放感が得られる。ボリュームたっぷりのリアフェンダーは1955年式「S220」の“ポントゥーン”フェンダーがモチーフ。ヘッドランプやテールランプはEクラスセダンと共通イメージだが、実はボディは専用設計されている。新型のボディが専用設計という事実は、ボディサイズを見るとよくわかる。Eクラスクーペのボディサイズは、全長4696×全幅1786×全高1392mm、ホイールベース2758mm。Eクラスセダンと比較すると、172mm短く、68mm狭く、78mm低い。ホイールベースは112mm短い。現行CLKとの比較では、新型Eクラスクーペは46mmロング&ワイドで、15mm低く、ホイールベースは43mm長くなった。つまり、新型Eクラスクーペのボディサイズは、現行CLKと新型Eクラスセダンの中間に位置しているわけだ。エンジンはEクラスセダンと共通で、V8ガソリンを除いてすべて直噴となる。ガソリンは「E250CDI」が1.8リットル直4ターボ(204ps、31.6kgm)、「E350CGI」が3.5リットルV6(292ps、37.2kgm)、「E500」が5.5リットルV8(387ps、54kgm)。ディーゼルは「E250CDI」が2.2リットル直4ツインターボ(204ps、51kgm)、「E350CDI」が3.0リットルV6ターボ(231ps、55.1kgm)となる。ガソリンV8のE500を除いて、燃費性能を追求した「ブルーエフィシエンシィパッケージ」が標準装備。とくに2.2リットル直4ツインターボディーゼルのE250CDIは、欧州複合モード燃費18.9km/リットルの低燃費と、CO2排出量139g/kmという環境性能が売りとなる。また、ディーゼルはすべてEU5規制をクリアしている。安全装備もEクラスセダンと同様で、「スピードリミットアシスト」、「レーンキーピングアシスト」、「アダプティブメインビームアシスト」、「アテンションアシスト」、「ブラインドスポットアシスト」などの先進装備が導入される。足回りは走行状況に応じてダンパーの減衰力を自動調整する「アジリティコントロール」を標準装備。オプションの「ダイナミックハンドリングパッケージ」を装着すると、ボタン操作によりコンフォート、スポーツの2モードが切り替えでき、サスペンションの硬さ、アクセルレスポンス、ATのシフトプログラムなどが変化する。インテリアはATシフトの位置が、セダンとの大きな違いになる。セダンのシフトは新型からステアリングコラムに移動したが、クーペはフロアシフトのままだ。また、前席にスポーツシートが装備されるのもセダンとの違い。4段階のランバーサポートを始め、すべてパワー調整となる。インパネもクーペ専用設計だ。後席が独立2名がけとなるのもセダンとの相違点。現行CLKと比較して、前後シートバック間の距離は+10mmの789mm、前席ひじ回りの空間は49mm拡大するなど、室内のゆとりが向上している。また、セダンと同様に「アバンギャルド」、「エレガンス」の2トリムが用意され、「AMGスポーツパッケージ」も設定される。新型Eクラスクーペは、3月3日に開幕するジュネーブモーターショーで正式発表された後、欧州では5月に販売開始。価格はジュネーブで明らかになるが、Eクラスセダンよりもやや高めになる見込み。アウディ『A5』やBMW『3シリーズクーペ』などのライバルに対して、車格をワンランク引き上げた点は、新型Eクラスクーペのアドバンテージとなりそうだ。 価格は、(まだ発表されていないのでしょう)書いてありませんが。現行のEクラスは650万円~1095万円ですので。まあ、そのあたりでしょう。ちなみに、EクラスのAMGは1458万円~1498万円です。
2009年02月17日
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あーあ、横浜・三渓園ですが。梅の季節が、終わっちゃいます。早く行かなきゃ。忙しくて、梅見に行けないなと思って過ごしているのですが。そんな三渓園のニュースが出ていました。記事は、神奈川新聞です国の名勝「三渓園」(横浜市中区)の隣接地でマンション建設計画が持ち上がり、町内会や横浜本牧観光協会が「景観が害される」と反対している。両組織や地元住民の代表が十六日、市に計画の撤回指導を要請した。デベロッパー(東京都中野区)が配布した説明書によると、予定地は同園北側に隣接する民有地(約六百七十平方メートル)。一戸建て住宅を取り払い、二階建ての賃貸マンション(1K十六戸)を建設する。建築主は土地所有者となっている。両組織と地元住民の代表は「蓮池の真正面にマンションが姿を現し、三渓園の景観が著しく害される」などとして先月二十日、中田宏市長あてに建設反対を申し入れた。同園を管理する財団法人三渓園保勝会も同日付で「景観阻害につながる可能性が極めて高く、受け入れられない」とデベロッパーに申し入れ書を送った。デベロッパー側は(1)建築基準法などの法令を順守している(2)園内からの眺望や景観を損なわない配慮をする―などと断ったうえで、「建築主との工事請負契約にのっとり計画を遂行させていただく」と先月三十日付で同財団に回答した。十六日に金田孝之副市長に面会した代表十数人は「法令をクリアすればいいのであれば、横浜の宝である三渓園の周りがマンションだらけになってしまう」などと指摘。市側は「地元の意向を受け止めて、デベロッパーに直接計画を確認したい」と答えた。市側によれば、建設予定地は風致地区と都市計画公園地区に指定されているが、基準を満たせば建築許可を出さざるを得ないという。デベロッパーの横浜支店は「担当者が外出しているので(地元との交渉経過などについて)答えられない」としている。 とまあ、こんなことですが。横浜は、緑が少なすぎます。守れるのなら景観を守るべきだと思いますね。
2009年02月17日
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作家の村上春樹。同じ世代でもありますが、その動きはずっと注目しています。今回は、激動するイスラエル・エルサレムへの旅ですが。やはり注目を集めましたね。一連の報道を、アサヒの記事を横断的に掲載してみます。まず、1月24日から。イスラエル最高の文学賞、エルサレム賞の09年受賞者に作家の村上春樹さんが決まった。受賞選定委員長が編集長を務めるイスラエルの有力紙ハアレツは21日付で、受賞理由について「日本文化と現代西欧文化とのユニークなつながりを描くなど、西側で最も人気がある日本人作家。読むのはやさしいが、理解するのはむずかしい」と伝えた。イスラエル各紙は、村上さんが来月の授賞式に出席すると報じている。 続いて、2月10日。イスラエル最高の文学賞、エルサレム賞の受賞者に決まった作家、村上春樹さんに対して、大阪の民間団体「パレスチナの平和を考える会」がホームページに公開書簡を掲載し、受賞の辞退を求めている。欧米などから集まった賛同者約800人の署名を、村上さんに渡したいという。同会はホームページ上に、村上さんへの公開書簡として、同賞は「社会における個人の自由」への貢献を讃(たた)えるものとしているが、イスラエルがガザで行った虐殺などは賞の趣旨に反する、などとした文書を掲載している。同会の役重善洋(やくしげ・よしひろ)事務局長は「国際的に有名な村上さんの受賞は、イスラエルの戦争犯罪を隠し、免罪することにつながる」と懸念している。 同じ2月10日の記事では作家村上春樹さん(60)がイスラエル最高の文学賞・エルサレム賞に決まった。63年に始まった隔年の賞は、エルサレムの国際ブックフェアで「社会における個人の自由」に貢献した文学者に贈られる。受賞者には、バートランド・ラッセルやボルヘス、オクタビオ・パス、J・M・クッツェー、アーサー・ミラーら著名な名前が連なる。日本の作家として初めての受賞は、めでたいはずだが、思い浮かんだのは「壁」である。村上さんの長編小説「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」には、「高さは七メートル、街のぐるりをとり囲んでいる」壁が出てくる。越せるのは鳥だけで、門しか出入り口がなく、外の世界へ行く自由がない。いま、イスラエルは、パレスチナ自治区の周囲に、もっと高い、それこそ鳥しか越せない壁を築いている。今回のガザ攻撃では、逃げ場のない多くの子どもを巻き込んで、1300人以上の死者が出た。15日の授与式ではエルサレム市長から賞は贈られる。エルサレムにも壁がある。ユダヤ人の苦難を象徴する「嘆きの壁」だけではない。67年の第3次中東戦争でイスラエルが占領・併合した東エルサレム地域の周囲にも、高い壁が築かれているのだ。自由をはばむ「壁」と「個人の自由」という言葉の落差に目がくらむ。最近の村上さんは、共同体の記憶、社会の闇をみつめる大事さを強調し、日本のナショナリズムの高まりを警戒していた。世界のムラカミとしてどんな受賞講演をするのか気になるが、関係者によれば「現地の政情の問題もあり、最終的には参加できるかどうか未定」という。 そして、本日2月16日の記事です。イスラエルのメディアは、15日に作家の村上春樹さんがエルサレム賞の授賞式で行った講演について、批判的には伝えず、授賞式に出席したことに力点を置いた。16日付の有力紙ハアレツは講演を「詩的」と表現し、村上さんが「ガザで多くの無実の人が殺された」と述べた、と客観的に伝えた。また「イスラエルに行くなと言われたが、自分の目で見ようと決意した」との内容を引用した。英字紙エルサレム・ポスト(電子版)は「得意の難解さで受賞理由を説明」の見出しで、講演は「真にムラカミ・スタイルの、あいまいともいえるもの」としたうえで「時差と政治的反対を押し切ってエルサレムで受賞した」などと報じた。 授賞式での様子は、毎日の記事がよいので村上さんは、英語で演説し、ガザ攻撃について「1000人以上が死亡し、その多くは非武装の子供やお年寄りだった」と言及し、事実上イスラエル軍の過剰攻撃を批判した。日本国内で受賞拒否を求める声が上がったと説明するとともに、「私は、沈黙するのではなく(現地に来て)話すことを選んだ」と述べた。そのうえで村上さんは、人間を殻のもろい「卵」に例える一方、イスラエル軍の戦車や白リン弾、イスラム原理主義組織ハマスのロケット弾など双方の武器や、それらを使う体制を「壁」と表現。「私たちは皆、壁に直面した卵だ。しかし、壁は私たちが作り出したのであり、制御しなければならない」と述べて命の尊さを訴えた。イスラエルでは「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」など村上さんの作品11冊がヘブライ語に翻訳されており、抜群の人気と知名度がある。しかし、演説を聴いたイスラエル人男性からは「エルサレムまで来て賞を受けながらイスラエル批判をするのは納得いかない」との不満の声も漏れた。 文学と政治そして戦争は、往々にして桎梏しあいます。しかし、そんな状況を敢えて選んだムラカミにあっしは拍手を送りたいと思います・・・
2009年02月16日
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横浜・元町って響きは、やはり。ハマっ子にとっては、いつの時代も特別な響きがあるじゃん。その元町で、春のチャーミングセールがあるってPRが入ってきました。恒例のチャーミングセールの季節がやってきました!通常はセールを行っていないお店も、期間中はスペシャルプライスで販売を行います。元町オリジナルブランドの商品がこの時期だけ、お得にお買い求めいただける見逃せないイベントです! 会場:横浜元町ショッピングストリート 問合せ:協同組合元町SS会 実のところ、ここ十数年行っていません。あっしの実の姉さんが、たいそう愉しみにしていた時期があって。松本へ引越したあとも、横浜へ行くのはチャーミングセールがあるときだけ。なんて言っていたことを思い出します。昔、行ったのは、スミノMen'sとかKENTとかメンズの店ばかり。後は、ナンパっぽい動きでアヤシマレた思い出ばかり・・・ 行って見ないと、それほどの期待感は持てません。横浜の他の大きなショッピング街やショッピングモールでも、バーゲンセールはやりますし。ユニクロなど、一年中バーゲンみたいなもの・・・でも、やはり。元町の一軒一軒のお店は違うのです。やはり、元町のお店なのです。チャーミングセール。この名称になったのは1961年だそうです。もう48年も続いているのですね。毎年2回、この時期と九月の末に開かれます。あっしも、行って見ようと思います。いかがでしょうか。
2009年02月16日
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昨日(2月13日)の横浜は、午後からどんどん雲行きが悪くなる。風は、激しくなり。雨混じりの空。この一週間は、仕事が忙しく。帰宅もままならない日が続く。金曜日は、その頂点に達して。遂に、時計の針は土曜日になり。午前一時過ぎに会社を出る。もう電車はありませんからタクシーに乗って、帰宅。お腹も空いているので、何となく食べて寝たのは午前二時。わが神奈川新聞の記事によると気象庁によると十三日、関東や北陸、中国・四国、九州で「春一番」が吹いたと発表した。日本海上にある低気圧の影響で南寄りの風が強まったためで、九州南部以外は過去十年で最も早い観測で、関東地方では昨年より十日早かった。横浜地方気象台によると、十三日は横浜で午後七時五分ごろに最大瞬間風速二〇メートルを記録。 なん、何と・・・ 去年より十日早い「春一番」。寒い、寒いと思って過ごして来た。今年の冬。実は暖冬だったのです・・・ 東京では、最低温度が0℃以下の日が一日もなかったとか。暖冬だったんだ・・・それにしても、(仕事の話)今回のわがチームは素晴らしかった。仕事に立ち向かうモチベーションが抜群だった。とりわけS嬢は抜きん出ていた。何か、引っ張られっぱなしの一週間。充実感を感じていました。昨夜は、お菓子だか飲み物だかの入った紙袋をいただきましたし(そう、バレンタインの贈りもの・・・ ありがとうございました)。そう、そう。あっし自身、花粉症を発症した・・・ これが、ヒドイ。目の奥、鼻の奥、咽喉の奥がカユイ・・・ 加えて、クシャミと鼻水・・・ 風邪にそっくり。そんな、こんな。2月14日を迎えました
2009年02月14日
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雑誌「横濱」特集、『郊外の隠れ名店』にも載っていた、戸塚区下倉田にあるイタリアン・サルーテへ行ってきました。用事があってクルマで出かけていて、近くを走っていると、ヨメが急にサルーテへ行こうって言い出した。環状3号線から一本中へ入った通りというか路地。これが店の外観です。ホントに住宅街の中にあるお店です。このお店は電車の駅からは、はっきり言って遠いのですから。サルーテとは、イタリア語で「健康、幸福、乾杯」といった意味を持つそうです。こんな可愛らしいインテリアが微笑ましいです。 店内の厨房あたりを写しています。やはり活気のあるお店で、6人くらいの方が働いていました。店に入ったときは、まだ12:00直前だったこともあって。二組だけが先に居ましたが。あっしたちが食べ終わる頃には、別にもう4組入っていました。とにかく小さな店ですが、メニューが豊富です。パスタ中心に、サラダやピッザがとにかく種類が多いのです。迷いに迷った挙句、あっしが注文したのは一番安いぺペロンチーノです。これで930円だったかな。 昼飯だから、軽くて・・・ プラス100円で大盛りにもできるそうです。予想よりは太いパスタです。1.7ミリくらいかな・・・ ガーリック・スライスが沢山のっています。ヨメが注文したのはモッツアレラチーズとアンチョビ風味とやらだったのですが。何か似たものに見えてしまいました。これが1000円也かな・・・思いがけずに入ったこともあり、美味しかったです。ここは、コース料理がウリのようですよ。
2009年02月08日
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朝日のドラクに連載されている「甲虫日記~この日のビートルズ」は、実によく調べ、解かりやすく丁寧に書いているところが好感がもてる記事です。最新記事が、これまた実に良いので。本題のところだけ、ジョン・レノン作になるビートルズの曲「Across The Universe」部分について引用します。「あの曲では、ビートルズはいいレコードを作っていない」68年2月3日に始まったオリジナル録音の出来について、作曲者のジョンは死の直前までこだわりを見せていた。この曲の素晴らしさは、超越瞑想の雰囲気を優美に伝える詞の美しさにある。「あの歌詞はまったくのインスピレーションとして出てきたんだ、与えられたものだよ」 屈折した光のイメージが/何億もの瞳のように/私の前で踊りを踊る/そして手招きをする/あの宇宙の果てへと……/郵便箱の中の落ちつかなげな風のように/私の思考は当てもなく曲がりくねる/そして盲人のように手探りをしながら/宇宙の果てへの道を求める(訳・山本安見「アンソロジー2」より) 「ベッドで前の妻の隣に寝ている時だった。妻はどうでもいいことを延々としゃべり続けていた。そのうち彼女は眠ってしまったけれど、僕の頭の中で、尽きることのない流れのように言葉が次から次へと聞こえてくる。ベッドを出て階下へ降りていった。そしたらイライラの歌から宇宙的な歌に変わったんだ」ジョンは自信を持って書き上げた。シングルA面に組まれる予定だった。ところが、ジョンは録音の出来上がりに満足せず、代わりにポールの「レディ・マドンナ」がA面に起用された。B面はジョージの「ジ・インナー・ライト」。最終日には、映画イエロー・サブマリン用の挿入歌「ヘイ・ブルドッグ」の録音と「レディ・マドンナ」のプロモ・フィルムの撮影も精力的にこなしたのに……。「あの歌がちゃんと演奏されたことなんてないんだ」ジョンは死の直前にあったインタビューで、ギターのキーが合っていなかったり、精神的に不安定だったために声の調子が外れていたりしたことを明かしたうえで、「潜在意識的なサボタージュだった」「僕の傑作をぶちこわそうとしていた」など激しい言葉でポールを批判している。「ポールの曲の時は時間をかけて実に細かいところまできれいにしていったのに、僕の曲になると……ルーズで、いい加減で、実験的な雰囲気になってしまうんだ」「Nothing's gonna change my world」というラインのコーラスは、スタジオの前に集まってくるファンの女の子2人をポールが連れてきて、歌わせた。「歌ったのはいいが、ずっと音をはずしていた」とジョン。しかし、2人の間で発せられる、こうした批判や賞賛の言葉を額面通りに受け取るべきではない。固い絆で結ばれた2人は、強力なライバルでもあった。その濃密な関係のなかで交わされる言葉には、2人だけの間に許されるものもあるし、2人しか理解できないものもあるはずだ。ジョンはこうも言い残している。「ポールを批判できるのは、ポールを発掘した俺だけに許されることだ」結局、「アクロス……」は、コメディアンのスパイク・ミリガンが67年12月に設立した世界野生動物保護基金のためのチャリティー・アルバム用に提供された。悪名高い69年1月のゲット・バック・セッションの際、リメイクの兆しもあったが、リハーサルだけで終わっている。初出バージョンは、69年12月、歌詞にちなんだLP「NO ONE'S GONNA CHANGE OUR WORLD」が発売されてようやく日の目を見た。ザ・ビー・ジーズやクリフ・リチャードら他のアーティストの曲も収められたオムニバス・アルバムだった。オリジナル録音の「第8テイク」をもとに、最終リミックスで鳥の羽ばたく音などが重ねられ、テープ速度も速められた。しかし、LPは英国限定発売のうえ、2~3年で廃盤になり、長い間、真のレアリティとなっていた。誰もがよく知るバージョンは、70年5月発売のアルバム「レット・イット・ビー」に収録された「第9テイク」だ。独特の多重録音システムで有名な「音の壁」を開発した、プロデューサーのフィル・スペクターが「第8テイク」を大改造した。テープ速度を落とし、余計な音を削除し、オーケストラや女声コーラスを加えた。「すごくうまく仕上げてくれた」とジョンは讃(たた)える一方で、「フィル・スペクターが『レット・イット・ビー』のために掘り起こしてきた」と客観的にみてもいる。 この曲、ご存知の方も多いと思いますが。実に良く出来た曲です。しかし、その裏にジョン自身とポールとの間で、こうした葛藤があったとは。ジョンとポールの作品は、例えば「ガール」と「ミッシェル」、「ディジー・ミス・レイジー」と「ロックンロール・ミュージック」、そしてこの「アクロス・ザ・ユニバース」と「レット・イット・ビー」というように、同じ傾向の曲を同じ時期にぶつけあっているように思ってきました。ジョンとポール、固い絆で結ばれたライバル同士という言葉がピッタリ来る二人なのです。
2009年02月08日
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まだ、うちの子が小さい頃(80年代後半)。その頃は、ホンダがF1第二期で頂点を迎える頃です。ホントに、鈴鹿へは行けない分。家族で、多摩テックへ出かけました。そんな多摩テックもクローズになるのですね。記事は、レスポンスからです。鈴鹿サーキットやツインリンクもてぎを運営するホンダの子会社モビリティランドは、同じく同社が経営する遊園地、「多摩テック」(東京都日野市)の営業を、2009年9月30日をもって終了すると発表した。多摩テックは、1961年の開業以来、48年間にわたり営業してきた“のりもの遊園地”。オートバイが自由に走れる「オートゲレンデ」として開園し、モビリティランドはその運営会社として発足している。多摩テック敷地内にある温浴施設「天然温泉クア・ガーデン」についても営業を終了する。9月末の終了までは平常どおりに営業を行うと共に、利用客や地域住民に向けた感謝イベント等を予定している。また、営業終了後については別途活用を検討するとしている。 ホンダ全体の勢いからすれば、まあ仕方ないことですかね。しかし、48年間営業していたのですか。やはり、これだけ長いと時代の流れには追いつけなくなりますかね。
2009年02月07日
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東京・浜松町の日の出へちょっと用事があって出かけました。歩道の正面、階段をのぼった右側が東京臨海新交通ゆりかもめ・日の出駅になります。このあたりは、土曜日の午後はほとんど人通りがありません。そして、これは芝浦ふ頭あたりからベイブリッジを見上げています。ベイブリッジは、お台場方向へ進んでいきます。そのあたりから海を眺めると、遥か先に東京港へ入ってくる船が見えました。左岸はお台場ですね。東京湾トンネルが見えます。そこから田町駅方向に進み、駅を迂回して、赤羽橋方向へ進むと。東京タワーがきれいに下の方まで見えました。赤羽橋から、一の橋へ向います。一の橋です。このあたりは、学生の頃。よく歩きました。金はないし、暇はある。歩くことが大好きな学生でした。よくあちこち歩きました。右側は、麻布十番の街になります。古川橋から、白金台の大学のそばを通り。高輪の街に入ります。この建物は、消防署(現在は高輪消防署二本榎出張所)なのです。なんかレトロで、最近、新聞にも載っていました。そんな、土曜日の昼下がりのお散歩でした。
2009年02月07日
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こういう企画商品は、共感できますね。冬の鎌倉の愉しみ方だと思います。記事は湘南経済新聞からです。マウンテンバイクの販売・レンタルを行う「GROVE(グローブ)鎌倉」(鎌倉市由比ケ浜2、TEL 0467-23-6667)は1月31日、マウンテンバイクによるランニングイベントを今年初めて開催する。毎月1~2回開催しているイベントで、多いときには20~30人が近隣はもとより山梨などから参加する。参加者の年代は10~60代と幅広く、約3割が女性。リピーターの割合も多いという。 イベントに使用するマウンテンバイク(MTB)は、サスペンションという衝撃を吸収し、デコボコ道での操作性を向上させるバネ状のパーツが前輪だけに付く「フロントサスペンション」(2,310円)、前輪・後輪両方に付く「ダブルサスペンション」(2,835円)ほか、「ヘルメット」(525円)のレンタルが可能。グローブは持参する。「どのコースを走るかは当日のお楽しみ。初心者から上級者まで皆で楽しめるイベント」と同店店長の池田祐輔さん。 由比ガ浜や七里ガ浜の海岸沿いもいいですし、山の尾根道を走破するのも面白そう。さてさて、カラダを使って鎌倉周りができる。いい企画ですよね。
2009年02月03日
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いま、湘南経済新聞のアクセス・ランキング一位はこの記事です。そう、湘南経済新聞からです。逗子銀座通り商店街に1月19日、玄米おにぎり専門店「美味しいげんまい」(逗子市逗子1、TEL 080-3349-4958)がオープンした。同店は、グローバル産業(三浦郡葉山町)が開発・販売を行なう玄米「美味しいげんまい」を使った総菜などを販売する「リヴ葉山デリ」のフランチャイズ1号店として開店。「こんぶ」「鮭」「とうがらし」「ちりめんじゃこ」「まぜおむすび」などのオーソドックスな具の玄米のおにぎり(各150円)のほか、「玄米キッシュ」(250円)も販売する。今後は、炊きたての玄米の販売も行なう予定。玄米「美味しいげんまい」は、白米を無洗米化する機会を開発していたグローバル産業が、白米だけでなく玄米も、と挑戦して完成した玄米には珍しい無洗米。柳田康博さんと家族がその味にほれ込み、「皆に食べてもらいたい」(柳田さん)と今回一家での開店に至ったという。「不景気で人々は元気がなくなっており、また単身や夫婦だけという家庭も多い。近々販売を始める同店の炊きたての玄米に商店街で売っている総菜という組み合わせなど、自宅で気軽に玄米を楽しむ方法が提案できれば」とオーナーの柳田さん。営業時間は10時30分~13時30分、15時~19時(18時30分以降は売り切れ次第終了)。水曜定休だが毎週水曜7時~15時には、長男で「リヴ葉山デリ」コーディネーターの涼太さんが、JR逗子駅前で自動車による販売を行う。 逗子のことです。もし機会があれば、行って見たいと思います。
2009年02月02日
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新作映画のご紹介です。クリント・ イーストウッド主演・監督の映画作品の紹介が、レスポンスに載っていました。レスポンスですから、当然、クルマものです。 クリント・イーストウッドがオスカー受賞作『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)以来の映画出演となる。監督も兼ねる作品は『グラン・トリノ』、そしてもうひとつのメインキャストが題名のフォード車の『グラン・トリノ』だ。イーストウッドの役どころは朝鮮戦争の帰還兵ウォルト・コワルスキー。偏屈で頑固なコワルスキーが隣人との交流を通じて、自らの先入観や偏見を改めていく。ウォルトの唯一の楽しみはグラン・トリノの手入れだ。この72年製の愛車にシルクのシートをかけ、自宅のガレージに大切にしまいこんできた。フォードの自動車工場で、この車にハンドルを取りつけたのはほかならぬウォルトである。「あのグラン・トリノは自慢の息子なんだ」とイーストウッド。「というより、ウォルト自身だね。運転するわけでもなく、ただガレージに置いているんだが、ときどき外に出してワックスをかけてやる。ビール片手に愛車を眺めるのが老後のいちばんの楽しみなんだ」グラン・トリノはスタッフがユタ州バーナルで見つけた実物だ。車両部のラリー・ステリングが説明する。「我々はのっけからツイていた。ちゃんと動く1台に出会えたから」。「あのグラン・トリノはメンテナンスが行き届いていて、クリントも大いに気に入った。多少は手を入れたが、バンパーを交換した程度で、少々ツヤも出した。色味もいいし、車内もきれい、おまけによく走る」ミシガン州のロケ現場で無事に出番を終えたグラン・トリノだったが、そこで話は終わらない。「下取りに出すつもりだったが、時間が経つにつれて愛着がわいてきてしまった」と製作のロバート・ローレンツは明かす。「クリントに相談したら、手放すのはやめようと言われたよ。我々のためにがんばってくれた車だから、しばらくは手元に置こうと思う」『グラン・トリノ』は09年4月ゴールデンウィークに全国ロードショー。 クリント・イーストウッドは、1930年5月生まれですから78歳ですかね。日本だったら、後期高齢者・・・ ですよね。どれもカッコよかったですね。最初の「ダーティ・ハリー」が1971年ですね。「荒野の用心棒」は1964年です。白黒テレビ時代の「ローハイド」は1959年から1965年まで放映されています。驚くなかれ、半世紀前のことです。
2009年02月01日
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