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2007.05.17
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教育再生会議:徳育の「正式教科」方針、取り下げへ 毎日新聞 2007年5月16日 1時16分
以下、↑の記事からの引用。


 政府の教育再生会議は15日、5月末に予定される第2次報告で、小中学校での道徳教育(徳育)を「正式な教科」と位置付ける方針について、取り下げる方向で検討に入った。

 東京都内で同日開かれた再生会議の第1分科会(学校教育)が、正式教科化の前提となる(1)児童・生徒への数値評価(2)教科ごとの免許(3)文部科学省が検定を行った教科書の使用--について協議したところ、評価を行わない方針を確認。徳育を専門にする教員免許を設けないことでも一致した。ただ、検定教科書の使用については賛否両論が出され、結論が出なかった。【平元英治】




 とりあえず、教育再生会議の第二次報告には、「徳育」を特別教科として位置づける、というところで落ち着いたようです。

 昨夜、「教育再生会議」のHPをのぞいてみましたが、まだ議事要旨はアップされていませんでした。どのような議論が展開されたのか、興味津々です。議事要旨、議事録のUPが楽しみです。

 また、 朝日新聞の報道 によれば、政府・与党内にも、異論があったとか。
 そりゃそうですよね。
 「道徳を正式教科に」と、教育再生会議に強く進言している「日本教育再生機構」と関係の深い団体には、宗教団体がたくさん名前を連ねていますから、公明党はそうそう素直に賛同できないでしょうし・・・

 さて、本日のテーマです。
 「私がなぜ道徳の教科化に反対するか」




 まずは、もともと構想されていたらしい(そして、「日本教育再生機構」が強く求めていた)「正式教科としての『徳育』構想」にあった、「記述式などの方法を工夫した、成績評価をともなう」教科化について。

 現在の内申書重視の受験体制の中では、どのような形の評価であろうと、
「成績評価」が加えられるとなれば、ちょっと見通しをたてるのが上手な子たちは、
「よりよい成績」がとれるように(数値評価でなくとも!)、
「徳育」の教科の時間に何が求められているのかを先読みし、
「期待された(と、子どもたち自身が考えた)発言や答え」や
「期待された(と、子どもたち自身が考えた)振る舞い」をすることでしょう。

 表面上は、ね・・・

実は、すでに、私たち、親世代がそういう思考と行動のパターンを
ある程度、身につけてしまっています。
親も教師もね。


 「正式教科」となれば、「先生方が教えなければならない内容」が、「学習指導要領」に、現在よりも細かく明記されることになります。
 かくて、「教えるべき徳目」が確定し先生方の授業運営は制約を受けます。そして、「成績評価がある」ということは、「内申書に響く」と考えられるわけで、子どもたちは、「教えられるべき徳目」を、場合によっては保護者も巻き込んで、予習するなどして、「期待される答え、行動」を繰り返していくわけです。

 このようなことは、自分でしっかりと考えて、自分の言動に責任をとれるようにしていく、という「自立した大人」になる上では、あまりプラスにならないと考えます。

プラスにならないどころか・・・・・

「しっかりと物事をとらえ、自分で考えること」には
害になる!とさえ思うのです。



これは、それこそ「道徳」の荒廃をまねくものです。

「正しい答えはこれのはずだから、こう答えておく・・・けど、実際の行動は別」

「正しい道徳の答えを知っている私」
「正しい道徳を知っているから道徳的な私」
「正しい道徳を知っているから道徳的な私は道徳的な行動ができる」
「正しい道徳を知っているから道徳的な私は道徳的な行動ができるはずだけれど、
 今日は正しいことをしていない、でも本当の私はできる」
「だって、ちゃんと評価されているから」
「必要とされる時にはちゃんとできるから」

・・・もちろん、誰だって常に「道徳的」に行動できるわけじゃないです。
だから、ちょっとズルしたり、こっそり悪さをしたり、
そういう自分を正当化してみたり、
それで、また「そんな自分」に嫌気がさして落ち込んでみたり、
「良心」がちくちく痛んでみたり、
反省して、またちゃんとやろうと思ってみたり、
それで当たり前だとは思いますし、
そうする中で、人の世で様々な人と一緒に生きていく力も、
それぞれが獲得していく「道徳性」も
育っていくのだと、思うのですが・・・

でも、「道徳」を教育しようという時に、
「成績評価」されるものが良し、ということになってしまうのは、
どう考えても自己矛盾だと思うんですよね。


こんなことを認めてしまったら、
それは、ジョージ・オーウェルの「1984年」という小説にでてくる、
「ダブルシンク(二重思考)」 を育てていくことになってしまいます。


では、「正式教科でない道徳ならいいのか」というと、
それだったら、何も新しく教科として設定する必要はないだろう!と考えます。
現行の「道徳の時間」すらいらない。

優れた文学作品をしっかりと読み、他者への想像力を養うこと。
自分の感情や考え方を他者に伝えられるように、言葉を鍛えること。
インターネットを含むメディアの玉石混合の情報から、
まやかしの理屈を排して、必要な情報を読み取ること。
自分が、そして「人類」でさえも、「世界」の中心ではないことを知ること。
「不都合な事実」もしっかりと受け止めること。
自らを当事者として、社会の問題を見つめること。

これは、国語や社会科、理科、そして論理的思考の元になる数学(算数)を
しっかり学ぶことで養うことができます。
「社会的活動」や「自然体験」だって、
社会科や理科と連動させた「総合的な学習の時間」を使うことができるし、
児童会、生徒会や各種委員会活動による生活指導は、
まさに、学校教育内の「道徳」実践の場になりうるはずなのです。

先生方に、教材研究の十分な時間と
一人一人の児童・生徒を見ることができるゆとりがあれば!




だから、私は、「道徳の教科化」に
反対します。


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Last updated  2007.05.18 02:06:25
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