全2件 (2件中 1-2件目)
1
日記書き込みの余裕が出来たんで、何かつれづれに書こうと思います。通訳・翻訳業務強化と、日々成長して行く1歳3ヶ月の娘…異国の地でストレスをためながら頑張ってくれている外国人の妻。結構チャレンジングな要素が一杯ですが、年末になってようやくちょっと落ち着いて来ましたね。気がつけば今年も終わりです。特に妻のストレスは相当なもので、週末に寿司を食べに連れて行くぐらいでは到底晴らすことの出来ない手ごわい問題です。それで、僕も自分がアメリカに着いたばかりのころを回想して妻の気持ちを理解するように努めることもしばしばです。僕の方がストレスためてるかもしれませんね。よく、「文化の違い」等とよく言いますが、まったく見たこともない食べ物、ぜんぜん違う祝日と、そこで行われる行事は大変興味深く、知的好奇心を存分に満足させてくれます。異国の地で過ごす上では「生活習慣の違い」のストレスの方がより深刻な問題であることに気づきます。スーパーで買ったハーフガロン(2リットル)の牛乳が飲みきらないうちに腐ってしまってもったいないし、冷蔵庫が臭くなる、とか、ちょうどいいサイズの紙を探してもレターかリーガルしかない、とか。考え方の違い、発想の違い、というのもストレスの原因となりうるとは思いますが、これはあくまでも「理屈」であって、論理だって出来ている以上、同じ人間として理解の及ばない部分ではありません。それが「好き」か「嫌い」かではストレスとなりうる部分も出てくるとは思いますが…過去にアメリカ政府は3兆ドルという誤算による黒字税収があることが発覚し、それをどうするか、ということで議会が盛り上がったことがありました。ある国会議員はそこで「超光速ロケットの開発費用に当てたらどうか」と提案しました。ロケットの開発費用はちょうど3兆ドルということでした。が、納税者としては「集めすぎたなら返して欲しい」と思うのが普通ですよね。現金で返さないまでも、アメリカで大問題となっている教育事情を改善するためにもっと多くの学校を作るとか。結局、還付することになったと記憶していますが、まじめな顔して超光速ロケットの開発費用を議論しようとする議員がいること自体、僕には信じられないことでした。しかし、支持を得られるかどうかは別として、3兆ドルの黒字で、6兆ドルのプロジェクトをやろう、といっているわけではなく、議論をする事自体に何ら間違いはありませんよね。まあ、結果は見えていますが。しかし、スペースシャトルにしても、アポロ計画にしても、こうした莫大な予算が実際に下りて初めて実現しているわけですから、そうした余剰金額がポケットにあったら「チャンス!!」と思うのも無理はないでしょう。逆にいえば、当時の世論で言うと「ばかげたこと」と思われるようなことを言い出す人が居なかったら、スペースシャトルも、日本人宇宙飛行士も居なかったかもしれない、というわけです。しかし、当時3兆ドルといったら、日本の一年分の国家予算の総額をはるかに上回っていました。話は戻りますが、牛乳をハーフガロンや、ガロンで売る、というのはその国の「やり方」であって、日本の一リットル牛乳と同じ値段でも中身は二倍で大助かりですが、それを賞味期限内に使い切らなければならないとしたら、日本で一リットルの牛乳を使うのと同じ感覚では使い切らないので、そこにストレスが生じる、というわけです。逆に今までレターとリーガルで慣れてしまっていたら、A4とかB5とか言われていちいちファイリングがめんどくさくなったり。バラエティーがあって一番都合の良いサイズが選べる、というのが「苦痛」となってしまいます。しかし、よく考えると、どこの国の人でも、大体において生活する上で必要なことは同じであることに気付きます。以前もこのブログに書いたとおり、「アメリカ人は腹が減らない」というような事は、普通に考えたらありません。週末になれば普段と違うことをしてみたくなるし、商売を始めたら、繁盛させようと思わない人はいないですよね。違うのは、そうした必要事項を満足させる「手段」なんです。同じ結果を求めていたとしても国が違うと、方法を変えないと求めている結果にたどり着かないから、ストレスがたまる。つまり、「文化」というよりも、「文明」に近い部分でストレスがたまるわけです。歩くだけでは到底たどり着けないところに連れて行ってくれる「自動車」「電車」はどちらも「文明の利器」ではありますが、どちらを使うかでストレスも変わってきますよね。「電気掃除機」と「ほうき」でも同じです。よく、アメリカは車社会、日本は電車社会、などと言いますが、これは「みんなで使えるものをお金を出し合って作る」というソシアリズム的な発想が嫌いなアメリカ社会では当然の結果で、「少なくとも自分だけは移動出来る手段を考える」結果であると思います。日本にはそうした「公益」を考える発想が根強く支持されていると思われますし、旧社会主義国家では言うまでもありません。しかしそれぞれに異なったストレスと付き合わなければならないのも当然のことです。「渋滞や事故、運転の疲労、駐車場探し」か、「満員電車、終電、大きい荷物が運べない」か。アメリカの道路はでこぼこで、「危険だなあ」と思うことがしばしばです。自動車税は日本よりはるかに安かったし、高速道路もタダだから、舗装にかける予算も少ないかと思いきや、所得税は30%。みんなでそれだけ収めたらもうちょっとマシになると思うんだけれど…しかしアメリカの全人口が日本の2倍程度であるのに対して、国土面積は27倍。単純に考えても同じ面積あたりに投資できる金額は日本の5分の1程度であることを考えると、まあ納得できるクオリティーですね。そうであったとしても、ソシアリズム的な発想が嫌いなアメリカ社会では、道路の舗装を改善してみんなで安全に通行できる道を作るのではなく、自分の車に投資して改造し「少なくとも自分だけは大丈夫」にするという発想になります。しかし、「大丈夫」という結果が得られれば、「間違い」ではないわけで、個人でアメリカの国家予算を切り盛りして、舗装を改善できない以上は「郷に入れば郷に従え」。自分の車をいじり始めるしかありません。それを「仕方がないからやる」のか、「楽しんでやる」のかで、ストレスをどう克服するかの違いが出てくるのだと思います。料理も同じ。世界中から食材が集まってくる今時分、手に入らないもののほうが少ないですが、やはり「輸入もの」は高価で、そればかりに頼っていると家計のそのほかの部分を圧迫します。つまり「旨い」物を食べるのが目的であれば、その土地で手に入るものを使って上手に料理するのが一番であることは言うまでもありません。そうすると自然とその土地に伝わるレシピから学ぶことが多くなります。どうしても味噌カツが食べたくなって、はるばる日本人街の和食レストランで大枚はたいて味噌カツを食べても、何か「違う」感じに打ちひしがれるだけでした。僕の場合、その事実に気がつくまでに2年という月日がかかりました。妻も日本に来て2年、少しは彼女にとっても楽になってゆく事を切望しています。ただ、そういう結果が分かっていても、「味噌カツ」が食べたくなるときがあるんですよねぇ…
Dec 17, 2005
コメント(0)
いや、忙しくって...また書きま~す。
Dec 6, 2005
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1

![]()
