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(前回から続く)「富める者の方が苦しみが大きい」というのは、本当のところは、年収300万円の人よりも3,000万円の人の方が苦しいかどうか、というレベルではなく、先ほどご説明したCapitalismの意味合いから、「持てる者」と「持たざる者」のレベルなのではないでしょうかと申し上げました。それは、最近頻繁に読まされている 「金持とラザロ」 という聖書のエピソードから考えることです。Luke 16:19-31There was a certain rich man, which was clothed in purple and fine linen, and fared sumptuously every day:And there was a certain beggar named Lazarus, which was laid at his gate, full of sores,And desiring to be fed with the crumbs which fell from the rich man’s table: moreover the dogs came and licked his sores.And it came to pass, that the beggar died, and was carried by the angels into Abraham’s bosom: the rich man also died, and was buried;And in hell he lift up his eyes, being in torments, and seeth Abraham afar off, and Lazarus in his bosom.And he cried and said, Father Abraham, have mercy on me, and send Lazarus, that he may dip the tip of his finger in water, and cool my tongue; for I am tormented in this flame.But Abraham said, Son, remember that thou in thy lifetime receivedst thy good things, and likewise Lazarus evil things: but now he is comforted, and thou art tormented.And beside all this, between us and you there is a great gulf fixed: so that they which would pass from hence to you cannot; neither can they pass to us, that would come from thence.Then he said, I pray thee therefore, father, that thou wouldest send him to my father’s house:For I have five brethren; that he may testify unto them, lest they also come into this place of torment.Abraham saith unto him, They have Moses and the prophets; let them hear them.And he said, Nay, father Abraham: but if one went unto them from the dead, they will repent.And he said unto him, If they hear not Moses and the prophets, neither will they be persuaded, though one rose from the dead. ルカ16:19-31ある金持がいた。彼は紫の衣や細布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮していた。 ところが、ラザロという貧しい人が全身でき物でおおわれて、この金持の玄関の前にすわり、 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた。その上、犬がきて彼のでき物をなめていた。 この貧しい人がついに死に、御使たちに連れられてアブラハムのふところに送られた。金持も死んで葬られた。 そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげると、アブラハムとそのふところにいるラザロとが、はるかに見えた。 そこで声をあげて言った、『父、アブラハムよ、わたしをあわれんでください。ラザロをおつかわしになって、その指先を水でぬらし、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの火炎の中で苦しみもだえています』。 アブラハムが言った、『子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。 そればかりか、わたしたちとあなたがたとの間には大きな淵がおいてあって、こちらからあなたがたの方へ渡ろうと思ってもできないし、そちらからわたしたちの方へ越えて来ることもできない』。 そこで金持が言った、『父よ、ではお願いします。わたしの父の家へラザロをつかわしてください。 わたしに五人の兄弟がいますので、こんな苦しい所へ来ることがないように、彼らに警告していただきたいのです』。 アブラハムは言った、『彼らにはモーセと預言者とがある。それに聞くがよかろう』。 持が言った、『いえいえ、父アブラハムよ、もし死人の中からだれかが兄弟たちのところへ行ってくれましたら、彼らは悔い改めるでしょう』。 アブラハムは言った、『もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら、死人の中からよみがえってくる者があっても、彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう』」。 このエピソードの中で、金持は「毎日ぜいたくに遊び暮し」ている、と言うことなので、働かんでも何とかなる人たちかな、と思いますね。その一方で、ラザロは「金持の玄関の前にすわり、 その食卓から落ちるもので飢えをしのごうと望んでいた」と言われると、うーん、自分の姿を重ね合わせざるを得ない…けど、いくら年収があったとしても、雇われて働いてたら、やっぱラザロなんじゃないだろうか?とかんがえてしまう。違うかなあ…この辺、聖職者の方だったら、スパッと「いいえ」なり「その通り」なりの答えを頂けるところなんですが…まあ、金持ってる奴の方が苦しい、というのは、閾値があって「苦しい」「苦しくない」に2分されるとしても、あるいは「苦しい」から「苦しくない」に徐々に変わってく場合でもそれほど変わらんので、このまま行きます…地獄、というのはやぶさかじゃない…ちょっと極端かな…とも思うけど。しかし、重要なのは、「大きな淵があって」渡れない、ということ。つまり、「手遅れ」が存在する、ということですよね。「持てる者」として「持たざる者」を搾取して、40代、50代と生きてくる。そこで「自分は間違ってたんじゃないか?」と思ったところで、人生をやり直すことは出来ない。聖書では「死後」の話がたくさん出て来ます。ウェブとかでチェックすると「ああでもない、こうでもない」といった、専門家の方々による様々な意見がありますが、個人的には、これは聖書が、肉体をもって現実世界に生きることとは違う次元の、スピリチュアルな話である、ということなんじゃないか、と勝手に解釈してますハイ。これは、mfa の美術史の先生がおっしゃっていたことで、たとえば、イースター(キリストが死から復活した日)が春なのは、春になって芽吹く草花や活動を始める動物たちを見て、スピリチュアルな部分で、つまりイマジネーションで、キリストの復活を重ね合わせて考えたからだろう、みたいな考え方です。平たく言えば、現実の世界はこの通りではないかもしれないけれど、みんなスピリチュアルな部分では「こうあるべきだ」と納得する話だから、聖書に残っている、ということだろう、と僕は考えてます。つまり、この時代の人たちは、「金持はかえって辛い思いをする」と考えてたってことですよね。それから2000年後の現在も、人間は当時と同じことで悩んだり、苦しんだりしている、というのは驚きです。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)さて、「一日一善」ならぬ、「一日可能であればちょっとゲージュツ」というコミットメント・レベルで実現できることというのは、やっぱりゲージュツです。それが、たとえ誰かの作品をひとひねりしただけのものであっても、市場価格や為替変動リスクのない、動かぬ価値です。少なくとも、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしたギターを持っている、と言うだけのことで、何ら創造したわけでもありませんので、これは明らかにゲージュツではありません。そんじゃあ、その「動かぬ価値」とやらで何ができるのか、というと、それを未来へと伝えてゆくことができます。そうした時間的なディメンジョンだけではなく、リアルタイムで他の誰かに伝えることも出来ます。そうして創作した作品は、家族に、あるいは生徒に、はたまた世界中のオーディエンスに対する存在価値となります。つまり、誰かに何かを伝える力があります。それは「へー、おじいちゃんって、そういうギタリストだったんだー」とか、「へえーその時代にこんなことやってる人がいたんだ」などとそれ自体が何かを伝える力を持ち続けます。「そんなキレイ事言って...」などと言われるかもしれませんが、何を隠そう、みんなそうやって誰かに影響されてギターを始めたり、音楽を聴くようになったりしてるはず。程度の差こそあれ、創作された作品には、何らかのインスピレーションを与える力を持っており、それは未来永劫朽ちることがありません。それどころか、あわよくばその作品から得たインスピレーションで新たな曲が生まれ、それがまたあらたなインスピレーションを産み、そうやって未来へと続いてゆくんですねー。おじいちゃんのギター演奏を聴いて、孫がダンスを始めたとしても、それだって立派なインスピレーションです。Why not? という感じ。これで、経済的な価値観以外の領域で、所期の目的「素晴らしいものを次の世代に残す」がまっとうされます。めでたしめでたし。しつこいようですが、その一方で、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしたギターを持ってるだけです。つまり、このギターを代々伝えていこうと思ったとしたら、この人は現時点ですでに6000万円ぐらいは目減りしたギターを後世に伝えることになります。この人は、所期の目的を達成した、と言えるのでしょうか?ちょっとこの人にはカワイソーだけど、失敗ですよね?まあ、また値段が上がるかもしれないけど...でも、下がる可能性だってある。この人のそもそもの間違いは、金銭的な尺度で物事を計ってしまう、ということにあると思います。そりゃ、イイ物はイイですが、イイ物は決して高額ではありません。最高品質のギターが最高価格で売られているかというと、そんなことありません。そんなん分かってる。それではなんでそうした価値観にとらわれてしまうのか?それはひとえに、金銭的な尺度が分かりやすい、ということにあると思います。みんなそこで騙されてしまう。つまり、たとえば車を購入する時、燃費や性能、品質なんかが良く分かんないから、とりあえず「高いもんがイイもんだろう」と「信用して」同じ車種でもグレードの高いものを購入する、とか。車ならまだいい方。下手すっと結婚相手を「年収」で選んだりする。「高い方がイイだろう」。まあ、ある程度それでイイこともいっぱいありますが、その辺ちょっと慎重にならなきゃならないこともあります。実は、これが先日、聖句をご紹介した意図だったのですが...聖書では、金銭に対する執着を忌避するように、と教えられている節がたくさんあります。基本的には、日本でもよく言われるように「貯金を墓までは持ってけない」のであるから、金銭に執着するのはやめなさい、ということ。そりゃ、遺産をしこたま遺すことは出来ますが、子孫が使っちゃったら、やっぱりゼロですからねえ。そんじゃあ、私達が未来に残せるホントに確かな価値あるものって何でしょう?って聞かれて、その中には「ゲージュツ」や清らかな心をもつ(またはぶっちゃけ「人様に迷惑かけずに生きていける」)「子孫」を残す、ということがあると思うのですが...すくなくとも、除外されてはいないでしょう。つまり、金銭とは関係ない価値観の方が、よっぽど大切だ、と言っている気がします。まあ、僕は敬虔なクリスチャンでもなんでもありませんが、客観的にそんな気がしました。先日の日記では、James 5:1-3Go to now, ye rich men, weep and howl for your miseries that shall come upon you.Your riches are corrupted, and your garments are motheaten.Your gold and silver is cankered; and the rust of them shall be a witness against you, and shall eat your flesh as it were fire. Ye have heaped treasure together for the last days.ヤコブ5:1-3富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。クリスチャンは「宵越しの銭は持たねぇ!!」ってことは、江戸っ子と通じるものがありませんでしょうか。。。なんて言ったら、罰当たるかな。。。まあ、どんなに金持でも、貯金を墓までは持ってけない、ってことですよね。「富める者の方が苦しみが大きい」というのが、まさにぴったり当てはまっている、と思う今日この頃。。。と書きました。つまり、ここでは、、クラプトンのギターを2004年に260万ドルで落札した人は、既に日本円で6000万円ぐらいは目減りしてしまったので、苦しんでいるだろう、ということです。飽くまでも「例」のレベルですが。「富める者の方が苦しみが大きい」というのは、本当のところは、年収300万円の人よりも3,000万円の人の方が苦しいかどうか、というレベルではなく、先ほどご説明したCapitalismの意味合いから、「持てる者」と「持たざる者」のレベルなのではないでしょうか...つまり、経済的な部分に、価値基準のすべてを置いてしまっているから、それを失うと非常に苦しい、ということだと思います。 そもそも、昨今の不況みたいなことで、一瞬にして失われてしまうようなものが「価値」なのか、という疑問も生じます。少なくともこうして苦しむ人々のよりどころであった「価値」は、こんなにいとも簡単に失われてしまう程度のものであった、ということですよね。「本当に価値のあるもの」は、その価値が変わんないから「本当に価値がある」わけですよねえ? それじゃあ、経済的価値を「本当の価値」と言ったら、ハッタリじゃないですか。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)と言うわけで、「資金が回ってくるところにゲージュツあり」みたいな話になってしまいましたが、そしたら、やっぱり不景気はマズイことになってしまいます。しかし、初めに「ゲージュツというのが、創作活動のみならず、興行等それに係る一切の活動を含む広義の意味において」と申し上げた通り、資金面が関係してくるのは、創作活動以外の部分においてです。一言で言うならば、音楽が売れなくなってしまう、と言うことです。Patronが不況のあおりを受けてスポンサーをやめる→資金がなくなるので、コンサートその他のパブリシティが得られない→音楽が消費者たるリスナーまで届かない→ますます音楽がリスナーから遠ざかって行き、宣伝効果面で見ると、スポンサーシップの魅力が益々劣ってゆくというスパイラルに陥ってしまう。僕が考えるに、不況になったら、仕事が暇になったりして、リスナーは、ますます音楽を求めるのではないでしょうか。しかし、僕が問題にしているのは、創作活動としての音楽であって、商業活動としての音楽ではありません。つまり、僕の中では、ゲージュツとはライフスタイルであり、売れるか、売れないか、ウマいか、下手かなど、相対的に定規を当てて計測するものではありません。世界のどこへ行っても音楽業界の競争は激しく、うまく立ち回らないと、おまんま食いあげですが、特に日本は市場が小さいです。日本のCDの総売上高も、恥ずかしいほど低いものです。まあ売れていればいい、というわけではなく、その質も問題ですが、ね。とはいうものの、正直言って、やせ我慢して音楽だけで頑張っている友人を何人も見ると、日本の社会の音楽に対する冷酷さに立腹することもあります。かとおもうと、Patronを見つけてうまいこと御まんま食わしてもらいながらプロでやってるひとたちも居ますが、こと自分がそうして生活することになったら、それをよしと出来ない、釈然としないと思われます。心のどこかで「自分は情けない」という考えに取りつかれて、それが音楽に出ると思います。その一方で、ゲージュツ全般がそうであろうと思われますが、一般的に、自分が表現したい「理想」というか、作品の「イメージ」は、自分がそれを実現する数倍のスピードで進化してゆきます。「ああ、あれもできる、これもできる、それだって可能だ...」などといろんなアイディアが思い浮かびますが、それが実現するスピードは、それほど速くはありません。従って、ひとたびゲージュツをライフスタイルとすると、どんなに頑張っても100%の達成感は得られることがない、ということです。その前に寿命で死んでしまうであろう、ということです。従って、やせ我慢しても、タニマチ見つけても、100%達成できないもんは、100%達成できない、ということです。実現するスピードは速くなるかもしれませんが、ね。初めから達成できないと分かっているのに、無理したり、他人におんぶや抱っこで必要以上に依存しながら、敢えてスピードを上げてゆくことには、あまり意味を見出せないです。つまり、ダイヤモンドの目をもつイルカのオブジェは、ダイヤモンドを購入する資金がないからパトロンを探すか、それとも当座なんとか購入できるからスワロフスキイで作っとくか、の違いです。スワロフスキイでは、自分の頭のイメージは100%実現しません。しかし、こつこつお金を貯めれば、10年後にはダイヤモンドで造り直すことができるかもしれない、と言うことですが、いずれにしても、それが実現する頃には、「ようし、こうなったら水族館にいる動物全部のオブジェを作ってしまおう!!」などと、ドンドン自分のクリエイティビティが飛躍して行ってしまうので、追いつくことはできません。エリック、クラプトンは、当座スワロフスキイで作っとく方のオプションを取り、特売品のギターを使って、自分のサウンドを追求しました。てなワケで、僕の中のゲージュツは、非常に down-to-earth なものとなります。毎日少しずつ創作活動をする。忙しかったら、その日は創作活動を休んでもいい。けど、長期的に見て、音楽が根底に流れているようにする。そして、一生涯をそれに捧げるならば、おそらくそこで、「ああ、Toni はミュージシャンだったね」ということになる。そうなんですよ、ひと言で言うと、シュミ。でもちょっと違うのは、明確な目標・目的を持ち、それを追求すること。だから、ゲージュツなんて、実はカンタン。誰でも出来ます。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)と、いうわけで、ゲージュツ的価値観が、市場的・経済的価値観とは無関係である、というお話でした。「そんなの当たり前だ」というムキもあるかもしれませんが、当り前のことこそ見失われがち。「赤信号は止まれだよ」と言われて、ちゃんと止まってたら亡くならずに済んだ方々は今年は何名居たのでしょうか...つまり、楽器屋に行った時、「高かろう、良かろう」という論理は成立しません。コンサートチケットも「高かろう、良かろう」ということは、ありません。騙されないように、自分がどの部分に対してお金を払ってるか、ちゃんと理解した上で購入しましょー。ベンツを買う人は、その半分がおそらく「輸送費、税金、ステータス」に、お金払ってる。はっきり言って費用対効果で日本車にかなう車は、日本国内には無い。んが、しかし当然ですが、「だって好きなんだもん」と言って、ここであえて性能は悪いが高額なアメ車を選んでしまう、というのも、当然アリです。こうした思考の方が、よりゲージュツに近いかも。しかし、自動車など、実用目的かつ基本性能スペックで比較できるものは、より分かりやすいです。ちなみに、自動車も基本スペックが高い=速い、というのはウソです。音楽でも、当然基本性能の表示はありますが、それは必ずしも音の良し悪しを示すものではないので、注意が必要です。つまり、ゲージュツにおける良し悪しは極めて「主観的」なものなのです。しかし、「ゲージュツ」というのが、創作活動のみならず、興行等それに係る一切の活動を含む広義の意味においては、おそらく経済的価値観もかかわってくるものと考えられます。しかし、その関係を考えると、資本主義とゲージュツは、あんまり関係ないんじゃないだろか、というハナシになってしまいます。資本主義Capitalismとは、ラテン語の「所有する」Capitasを語源としています。資本主義は「持てる」人たち主導の制度です。「持っていない」人たちは、大損した気分にさせられます。労働契約なんて、すべて雇用者側の論理ですし、持ってる人がエライ制度。「社保」とか「有給」なんて甘い「だまし文句」だと思わされることもしばしば。マックス・ウェーバーなどを語るつもりはありませんが、しかしオランダやイギリス・アメリカで資本主義が進んだことと、プロテスタントとの関係は否定できません。しかるに、ヨーロッパで歴史的に価値の高いものとされる音楽・ファインアートや建築は、どこにあるでしょうか?ダビンチ、ミケランジェロ、ルチアーノ・パバロッティ、シャネル、フェラガモ、アルマーニ(ちょっと違うか...)、全部イタリア。聖家族教会はスペインにあります。ピカソはスペイン人です。ギターもスペインがふるさと。モネ、ルノワール、ドビュッシーはフランス。こう考えてくると、ゲージュツは、圧倒的にローマ・カトリック圏に集中しているように見えるのは、僕だけでしょうか。「あれ、バッハはドイツだよ」(ちなみにバッハの教会は、カトリックの教会でした。)ベートベン、ブラームス...シェーンベルクまあ一概には言えないとは思いますが...しかし、絶対に言えることは、Patronageがその鍵を握っている、ということです。当然ですが、ゲージュツは実用性も合理性もありませんので、カルヴィニズムに密接に関連する合理的な資本主義とは相いれないものですから、僕がこう感じるのも、Patronageがローマ・カトリック圏に集中しているということが原因ではないでしょうか。ちなみに、ジャズにもPatronが多数居ります。一番有名なのは、おそらくアル・カポネ、続いてトム・ペンターガースト、そしてNica's Dream のNica婦人(ビバップ期のPatron)でしょうか。そして、現在の日本のジャズでもPatronageなしではあり得ません...これには、ちょっと内緒な話も結構あります...ソビエトでは、国がPatronでしたので強力ですね。概して、一部に富裕層が居て、有り余る資金があり、ゲージュツがその庇護を得て発展してきた部分は否めない、と言うことです。しかるに、資本主義では、同様に「有り余る資金」がありましたが、これがゲージュツにではなく「資本」に回された、とこーゆーわけです。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)もちょっとわかりやすく、料理の例をひとつ。先日、中華料理店で北京ダックを頂きました。コースメニューに含まれていたのですが、なぜか付け合わせにオバケせんべい(!!)が出て来ました。しかもたったの1枚。思わず、「なんでオバケせんべいが付いてくるの?」なんて聞いてしまいました。だって、材料価格が違いすぎる...ダックの皮だけ取って、身は捨ててしまうという北京ダックは、1口分だけで数千円、オバケせんべいはせいぜい5円ぐらい。。。しかし、食べて納得。口直しにはばっちりでした。しかし、オバケせんべいがなければ、この時のシェフが表現したかった「味」は実現不可能だったわけですよね。その意味で、オバケせんべいと北京ダックは同価値と言うことになります。安価なスナック菓子であるオバケせんべいと、高価な北京ダックを組み合わせるという発想は、経済的な側面に捉われてしまったら出来ない発想かもしれません。しかし、このシェフはそうした経済的な側面にとらわれることなく、自分が求める味を自由に追求し、実現したと言えるでしょう。ゲージュツ的価値観の例をもいっちょ。この例は、ギター弾く人でないと分からんかもしれません...エレキギターのあのジージーしたサウンド、ディストーションと言いますが、このディストーションとは、本来アンプの音を割れるまでデッカクして歪ませることにより出すものでした。が、現在ではそうした「高級なギターアンプをでかい音で歪ませた音」をシミュレートする機械(その名もズバリ、「ディストーション」というエフェクター。「ディストーション・ペダル」という)で歪ませることもできるようになっています。(って、もう何十年も前からそうだが...)特に、真空管アンプのディストーションは温かみがあり、好んで用いられますが、ディストーション・サウンドを得られるように設計された真空管アンプは、現在少なくとも20万円ぐらいからです。有名ブランドであるメサ・ブギーとか、あこがれました。私が中学生のころは、マークIIIが100万円近くしてましたので、現在ではお求め易くなりましたね。しかし、当然だがディストーション・エフェクターの方が断然安い。ハードオフなら3千円ぐらいで買える。この当時は、みんなカルロス・サンタナとかに憧れて大枚はたいてブギー買ってきて使っておられたわけですよ。しっかし、もとマイルス・デイビスのバンドのギター、ジョン・スコフィールドと言う人、このメサ・ブギーというアンプに、RATというディストーション・ペダルをつなぐ。つまり、少なくとも20万円を要するクオリティの音色を出すことができる真空管アンプを持っていながら、そうしたクオリティの音色をシミュレートした、安価な「偽物」をわざわざ繋いで、そちらでディストーションの音を得ている、ということなのです。やはり、もとマイルス・デイビスのバンドのギター、マイク・スターンも、高額なギターアンプ(真空管ではないが、やはり20万ぐらいする)を使用しながら、安価なディストーション・ペダルで歪ませています。高価な「本物」を持ってるのに、なぜわざわざ安価な「偽物」を使うのかは、経済的な観点からは理解できません。なぜって、それが「本人が求める音」だったのだから、仕方ありませんよね。もうしつこいかもしれませんが、価格の「高い」「安い」は、彼らにとって無意味なのです。目的は、自分が思い描く「イメージ」を実現することであり、それ以外のことは邪魔でしかありません。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)それでは、「芸術という価値観」とは、どのようなものか?ゲージュツなんて言うと、すぐに「金かかる」とか、「金持の趣味だ」なんて言われるかもしれませんけど、僕の中での解釈は違います。一言でいうならば、「金銭的な価値観とは、全く別の価値観である」ということです。金とは何の関係もありません。もう何度もこうして説明してますが...たとえば、あるゲージュツ家がインスピレーションを得て、イルカのオブジェを作ろうと決めたとする。頭の中であれこれとイメージを膨らませてゆくうちに、胴体はクレイ、目玉はダイヤモンドにしよう、ということになったとする。この場合、このゲージュツ家のイメージは、ダイヤモンドが手に入らなかったら、実現しません。しかし、クレイが手に入らなかったとしたら、やはりこのゲージュツ家のイメージは実現しません。この意味において、このゲージュツ家の中では、クレイとダイヤモンドが同価値なのです。市場価格では、ダイヤモンドの方がはるかに高額かもしれませんが、ダイヤモンドの方が価値が高いということは、決してありません。要するに、イメージを具現化する事のみを念頭に考えなければならないのです。それ以外の雑念は、極言すれば自由な「芸術的・創造的」活動を阻害するものになってしまいます。そうしたことにとらわれるということは、「芸術ではない」ということです。これが「ゲージュツはわけわからん」と言われるゆえんになってるかもしれませんね...より具体的な例として、たとえばエリック・クラプトンのギター「ブラッキー」を考えてみまーす。ちょっとウィキペディアから拝借ブラッキー(ギター):「クラプトンはナッシュビルにあるショー-バッドの楽器店に入り、ここで6本のヴィンテージ・ストラトキャスターをそれぞれ100ドルで購入した。6本のうち3本をジョージ・ハリスン、ピート・タウンゼント、スティーヴ・ウィンウッドに譲り、残された3本を分解して最良のパーツを選び出して(1956年~1957年のものだった)、このブラッキーを組み上げた。」なるほど、そんじゃあ、中古車でいうところの「6コ1」ってわけか...「クラプトンが設立したドラッグとアルコールのリハビリ施設、クロスロード・センターを支援するために、ブラッキーをクリスティーズの競売に出品。これを楽器チェーン店を経営するギター・センターが95万9500ドルで競り落とし、史上最も高価なギターとなった(これは2004年に260万ドルで競り落とされるまで続いた記録)。」うげ、95万9500ドルってことは、1億円!!そのあとがすごい。2億6千万円。文字通り「2足3文」6万円で6本買ったギターが、1本で1億円になってしまった、と言うことです。それだけではありません。このギターをクラプトンが使用したことにより、この時代(1956年~1957年)のストラトキャスター全般が、200万、300万円で取引されるようになりました。べた塗りだと1000万円近くになることも。「ホレ見ろ、ゲージュツは金かかるじゃないか!!」と言われるかもしれませんが、それは違います。この時代のギターを200万円、300万円、あるいは1億円出して買うことがゲージュツなのではなく、売れ残りのギター6本を買ってきて分解し、「イメージ通りの音を求めて、一つ一つのパーツを組み合わせてブラッキーを組み上げること」がゲージュツなのです!!(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)そうやって、世代世代ごとの問題がありますが、問題が毎回同じであるということは、あり得ません。世代毎に問題は異なります。従って、それに対して以前の問題と同様に対処しても、効果はありません、って当り前か...そんで今回の問題は、ズバリ 「景気が悪い」 です。うん、わかった。でもさ、それと、「素晴らしいものを次の世代に残す」という人生の目的と、どう関係あるのでしょうか...というと、おそらくは、「いやあ、世の中先立つモノは金だよ金!!」なんて言われそうです。しかし、 「景気が悪い」 と、それはすなわち 「素晴らしいものを次の世代に残す」 ことが出来ない、と言うことなのか?いんや、目下 「素晴らしいものを次の世代に残す」 ことが出来なかった、というレベルの問題は起こっていないでしょう。そんじゃあさ、どっしり構えてればいいんじゃないの?僕は同時多発テロと前後してアメリカに居ました。テロの前後では全く世相が変わっていました。景気も一瞬ストーンと落ちて、それまで夏の風物誌だった野外のフリーコンサートもなくなり、ソニーロリンズをタダ見出来なくなりました。ちょっと悲しかった...当時、不動産屋で働いてましたが、日本人は大挙して帰国。買い控えやなんかもあって、死ぬほど働いても、あんま稼げなかったなー...そんなこんなで、世間にグモーンとした空気が立ち込めてはいました。車が故障しても、修理代を捻出出来なくて、不動産屋を続行するには自分で直すしかなかったり。そうですねえ、そいった経験を踏まえていうと、ちょっと大変かも。野外コンサートは、どっちにしたってスポンサーの宣伝目的みたいな部分があるし、まあいいか、ですよね。ソニーロリンズ見たかったら、昼飯何回か抜けば見れないこともない。第一、これは音楽が死に絶えているということでは、決してない。少なくとも音楽等、芸術という観点からすると、これは全く問題にはならないことが分かっていますハイ。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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(前回から続く)それでは、こうした日本の「貧しさ」とは、どのようなものでしょうか。ふつーに生活していると、そんなことぜーんぜん感じられません。これはひとえに、メディアのに騙されている部分も多いと思います。メディアは決して悪くはありませんが、ただ単にそうした問題を大々的に扱う機会が限られている、ということだと思います。日本でメディアに期待されることは、エンターテイメントとしての要素の方が圧倒的に大きく、そうした問題を草の根的に考える基盤を与えるレベルのものではないと思います。つまり、「毎日つかれるなぁ~全く...」といって帰宅するや否や、テレビをポチっとつけて...正直言ってそんな小難しい話はいいから、ゆっくりさせてよ!っていうのがオチになってしまうのです。日本人の奥さんは、これを「然り」としてしまいます。休憩は必要だし。まあ、ここでメディアの功罪を云々する気はありませーん。このぐらいでいいでしょう。言わんとすることは、おおっぴらにそうした日本の「貧しさ」がクローズアップされる機会は、すくなくともメディアには存在しないし、他にそういうコンセンサスを構築する基盤もない、ということです。もう一つ言えることは、日本ではこうした「貧しさ」が制度化されてしまっている、ということもあります。つまり、「とーちゃんも、じーちゃんも、みーんなイッパシに頑張って来た。おまえはXX歳にもなって、何やってるんだ!!」という語り草。これはお茶の間だけでなく、世間一般でも同様です。普段は意識しないかもしれませんが、たとえば携帯電話の申し込みに行って、住所、氏名、年齢、職業...と記入されたプロファイリングを見て、「あー、この人はそういう人なんだー...」なんて、絶対思われているはずです。あまつさえ、目の前には当の本人ロン毛のオジサンが居る...そうした制度という観点から見れば、逸脱甚だしいこと請け合いです。つまり、「いや、オイラは欧米並み目指してるからさ、残業しないし、土日は休むよ、言っとくけど...」なーんてかっこつけてみても、これは非常に難しい。「いや、オイラ、アメリカでは右側通行で走ってきたからさ、日本でも右側走るよ、悪いけど...」と言っているようなもの。実際に、みーんな左側はしってるのに、右側なんて走れっこない。しかしですよ、ここで疑問なのは、「じゃあさ、じーちゃんはイッパシに頑張って頑張って、過労死したけどさ、それはとーちゃんにも同じようにイッパシに頑張って頑張って、過労死してほしかったからなのかなぁ?」ということです。前回の日記で、「人生の目標は、誰が何と言おうと、素晴らしいものを後世に残してゆくことだと思います。」と申し上げましたが、これがホントであれば、この制度化してしまった「貧しさ」は、世代を追うごとに向上しなきゃ、ウソですよねえ。それで、そうやってご先祖様がつらい思いをして、やっと少し「豊かさ」が出来てきたところで、ギターなんかポロポロ弾いてると、それを見て喜ぶ人がいない。「何やってるんだ!!」となるのは、何故なんでしょうか?それって、「向上するな!!」ってことですよね?私達の世代になって、大恐慌が起こる。「運が悪いなー...」と仰る人はたくさんいるでしょう。「時代が悪い!!」と時代のせいにする。んが、今までだって、世代毎に様々な問題があったはず。今よりかぜーんぜん大きな問題があった世代も当然あるはず。終戦直後の混乱なんて、想像することも出来ないですよねー。(最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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いやー、やっと仕事が一段落といった感じになりました。本当は29日ぐらいで仕事おさめにしたかったのですが、立て続けに仕事が入って結局31日です。まあ、世の中不況の津波にのみ込まれているようなので、一自営業者として仕事があるのは非常に良いことかもしれません。ニュースでは就職難や減産、レイオフの話題で持ちっきり。。。平成不況の真っただ中で帰国して、2年ちょっとで独立・自営を余儀なくされた僕としては、「何を今さら・・・」という感じですが、今後は分かりません。ただ、感じとして、景気の良かった昨年・一昨年に比べて、忙しいです。おそらくは、企業がベネフィット削減のために人員を削減→出来る仕事の量が限られる→外注という流れではないか、と考えられます。そうだとすると、今後も忙しくなることが予想されますが、正直言って今年は忙しすぎたので、少しマイペースで仕事をしたい感じ。「稼げるときに稼いどけよ」なんて言われますが、世の中お金が全てではありません。むしろ、本当に大切なものはお金では買えないと思うのですが、どうでしょうか?金で買えるものなんて、ろくなもんありません。(あくまでも庶民レベルでの話だけど…)まあ、そんなこんなで、日本で大学生やってた20歳前後から、「金なんて、メシが食えれば上等上等!」という考えが根付いて来ました。しかし、これだけ物価が高い日本では、その「メシが食えれば」が大変だったりしますが、ね。常に仕事優先で、家族との休日よりも仕事を優先する。仕事のためなら徹夜も辞さない。そうした覚悟がないと、日本ではやっていけません。しかし私の知る限りでは、これだけ仕事の優先度が高い国は、他に類がありません。家族の誕生日に休暇が取れたり、子供の発表会は当然のように仕事を休むことができる、というのがあるべき姿ではないでしょうか。なぜなら、私達は働くために生まれてきたのではないし、仕事自体が人生の目標ではないからです。人生の目標は、誰が何と言おうと、素晴らしいものを後世に残してゆくことだと思います。これは太古の昔から変わらないと思います。川に橋をかけたり、科学技術上の発明をしたり、また素晴らしい芸術作品を作り出したりして、家族の遺産として、自分の住むコミュニティの遺産として、あるいはちょっと大袈裟だけど人類の遺産として後世に伝えることなどがあると思いますが、もっと身近で、しかも永遠不滅な目標は、子供を育てることであることに異論はないでしょう。保健体育の授業では、「人間のあらゆる営みは、種の保存を目的としている」と教えられました。保健体育なんてドキドキワクワクしてた当時は「はぁ?」と拍子ぬけしましたが、今となっては理解できる気がします。まあ、そのために世のお父さんたちは頑張っているわけですが、頑張りすぎて、その目的たる「子供」の成長ぶりを見守ることが出来ないとしたら、それは本末転倒ではないでしょうか。しかし、日本で実際に家族生活を送るとしたら、そうした事態も覚悟が必要となってしまいます。はっきり言って、そんな日本のどこが豊かだというのでしょうか?実際に、OECD諸国においても、日本人の余暇(もうこうした呼び方をする時点で嫌気がさします...)は途上国の水準です。日本人のお父さんが子供と過ごす時間は、欧米(こういう比較対象もあまり好きではないが。)と比べて50%以下で、これは国際的な体裁が悪いから、というあくまでも表面上の理由で、所轄官庁では大問題ということになっています。これはとりもなおさず、そうした日本の「貧しさ」が、国際社会では、データで明らかに分かってしまう、ということです。 (最初から全部読みたい方はこちら)
Dec 31, 2008
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クリスマスクリスマスというと、12月25日と決まっているような風潮がありますが、何を隠そう、ウチの教会、正教会のクリスマスは1月7日でーす。とまあ、キリスト教と一口に言ってもかなりの相違がありますねー。僕は、何を隠そう、妻と結婚するために正教会信者になりました。そういう方、結構多いと思うし、決して「にわか」ではありませんハイ。まあ、アメリカでは、Church of God Seventh Day という教会のゴスペルバンドでギターを弾いてましたので、何となくキリスト教には馴染みがあるのですが。。。いや、すごいですよ。聖書の1節1節に「素晴らしー!!」と言って喜びを歌いあげる。中には失神する人もいて、何台もの救急車が。。。。いや、実際聖書は素晴らしいのですが。。。Seventh Day Churches が他の教会と違うところは、土曜日に集会を開く、ということ。これ、Seventh Day Sabbath という史実(「事実」とは言ってませんよ。。。)に基づいているといいます。あんまり詳しくないけど。あまり知られてないけど、日曜日の安息日とは、キリストの復活後のことで、それまでは、いわゆるユダイズム、土曜を安息日としていました。まあ、そんなこんなで、いろんな宗派ごとに細かい違いがあります。正教会ライフが他の教派と一番違うのは、おそらく断食?。。年に2回あります。洗礼(バプテスマ)すらない、という教派もあり、「洗礼を受けなさい」と言われた時は、「はい、そうですか、」と素直に受けました。なんで、僕の見方は、もしかしたらすごく客観的かもしれませんね。ま、あんまりこだわらないってことですね。。。決して敬虔ではありません。。。無理のない範囲で。。。そんなわけで、非常に客観的な目から見ても、聖書は「読み物」として面白いと思います。最近、仕事がら良く読むようになりましたが、そのChurch of God Seventh Day 時代から好きなのは、ヨブ記 The book of Job です。なんて言うか、不屈の信仰というか、信ずる者は救われるというか。。。聖書全体がパワーありますけど、ヨブ記はひときわパワフルだと思います。最近、不景気で大変みたいですが。。。本当に大変なのは誰でしょう。。。。。James 5:1-3Go to now, ye rich men, weep and howl for your miseries that shall come upon you.Your riches are corrupted, and your garments are motheaten.Your gold and silver is cankered; and the rust of them shall be a witness against you, and shall eat your flesh as it were fire. Ye have heaped treasure together for the last days.ヤコブ5:1-3富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終わりの時にいるのに、なお宝をたくわえている。クリスチャンは「宵越しの銭は持たねぇ!!」ってことは、江戸っ子と通じるものがありませんでしょうか。。。なんて言ったら、罰当たるかな。。。まあ、どんなに金持でも、貯金を墓までは持ってけない、ってことですよね。「富める者の方が苦しみが大きい」というのが、まさにぴったり当てはまっている、と思う今日この頃。。。
Dec 28, 2008
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いやー、また机で寝てしまった。気がつけば朝10時。年末になると毎年忙しい。。。忙しいのに別のことしたくなるのは、何故でしょう。。。というわけで、今日もそんな欲求を満たすべく、新プロジェクトのご紹介です。自動車を録音ブースに利用しよう!という計画。これ、結構やってる人いるかも。何を隠そう、日本で大学時代、ジャズ研でトランペットやサックスの学生は皆、親の車で河原まで走ってって、車内で練習する、というのが流行ってました。実は音が漏れてて、それを聞いてたご近所から「いつも大変ねぇ。。頑張ってください!!」と夕飯の差し入れをもらった奴もいた。。。。しかし、ロードノイズ、エンジン音など、すぐ近くにあるノイズ発生源からのノイズを削減するため、設計上通常の室内よりも音の遮断性が高いことは確実。さらに、窓を除いた車内の大部分が皮革や布地など、吸音性の高い素材で出来てる。「天井が布」というのは、普通の家屋の室内ではあり得ないでしょう。。。これを、レコーディングに利用しない手はない!!というわけです。1時間録音するたびに、スタジオ代1時間10,000円¥¥¥が浮きます。しかし、問題はマイク。当然車内にマイクスタンド持って入るわけにはいきません。僕は最初ブームだけを取り外して利用してましたが、これもセッティングに制約がある。。。そこで考えたのが、カメラの三脚をスタンド代わりに利用すること。同じようなつくりではあるものの、市販のカメラ三脚の規格は、ネジ部がマイク規格とは異なります。僕のはほぼ全てAKG(ドイツ)規格というのがミソ。じつはAKG規格、一部のドイツ製カメラにも採用されてるんですねー!!なので、アダプターが売ってます。さっそくビックカメラで購入。200円ぐらい。 さらに後で判明したのは、AKG以外にも、結構アダプター売ってるので、おそらくはどの規格でも大丈夫だということ。。。三脚は、オーソドックスなのでも良かったが、せっかくなので大型カメラ用GorillaPodにした。楽天で購入。 床置き。さすがに1インチダイヤフラムは重そうだが、大丈夫。だっこちゃん。これを車のどこかに付けるんですが、結構簡単!!便利です。写真はXLRケーブルなしですが、付けたとしても、その重さが問題となることはありませんでした。問題となるようだったら、取り回しを工夫すべし、という感じです。バイザーに。ハンドルにも。これで、ノートパソコンを車内に持ち込んで録りますが、あとは電源ですね。。。良くあるシガーソケットのAC電源は汚いのでノイズが乗る。一応持ってるので試しましたが、全然使えません。まさか整流器(パワーコンディショナー)入れるわけにもいきませんし。。。しかも、冷却ファンが付いてる。。。仕方がないので、ガレージから延長タップで電源引っ張ってきてつなぎます。案外キレイに撮れます。窓ガラスからのER(初期反射)が気になるようであれば、バスタオル等を利用すべし。初期反射は中低域が少々。しかし室内よりもはるかに少ないので、音が回ることはありません。デッドで加工しやすいです。次なる課題は、パソコンのファン音をどうするか、ですね。。。一番いいのは、おそらく電源ごとトランクに入れてしまい、そこからUSBとVGAケーブルを引っ張ってくることかな。。。でも、それって全然「お手軽感」がない。。。何か工夫しないと、だめですね。。。今後の課題: 1) 電源 2) パソコンの冷却ファン 3) ご近所からの怪訝そうな視線。
Dec 27, 2008
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なあーんだ、ハネムーンだったのかぁ!そうかそうかそれで何度聞いても何で日本に居るのか言わなかったんだなー。。。とりあえず、「We」と主語が複数だったので「またBFと来てるんだろう」と合点してましたが、泊ってるホテルが「XXイン」じゃなかったから、どうもおかしいと思ったが。。。ダンナさん、新品の結婚指輪がキラリ。。。 2年ぶりの再会でしたが、うーん、やっぱ似てると言えば似てるか、な?でもこうして見ると、「日本人」って言っても、バレない可能性あるかも、ってそんな風に思うのは僕だけでしょうか。ゲームの開発でローカライズのチームの通訳をさせていただいた時、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語という欧州主要4言語がいて、イタリア語が彼女だった。僕の役割は、彼らが発見したストリングのバグを英語で説明するのを日本語で伝える等の役割でしたが、2週間のデバグで、僕が専ら作業したのはドイツ語。彼女と作業をしたのは3時間ぐらい。それがどういう拍子かもう忘れたが、メルアド交換してから、頻繁に連絡くれるようになった。そんで、実は彼女の本職がデザイナーだってことが分かり、翻訳ウェブサイト作った時にロゴをデザインしてくれました。しかも友情価格0円。。。いやーいつか御礼がしたい、と思ってたら今回連絡が来たんで、ついにチャンス到来!!と思いきや、どうも様子が変だ。。。。電話番号知ってるのに、メールだけ。待ち合わせの調整だけで10本以上メールやりとりしました。電話1本くれれば10分で終わるのに。。。それで、今日はちょっと早めに出たのに、前を走るダンプから、強風のためかベニヤ板が飛んで来て直撃!!!走ってって窓から「止まれおら!!」と叫んだにもかかわらず、逃げられた。。。。なんてハプニングもありました。そんなこんなで、着いてみたら、一緒に知らないヒトがいる。。。こういう「ヒ・ミ・ツ」系の女の子の挙動に国境はないとおもいますはい。何を隠そう、ウチの(ウクライナ代表)もそうです。。。しかし、ハネムーンで行き先に日本が選ばれる、というのは、何か「光栄」ですよね。。。一緒に中華街を散策。いやー実に幸せそうだった。。。はっきり言ってオイラ邪魔?ちょっと古いが「お呼びでない」という感じ。そのあと東天紅でメシ食ったが、改装して小さくなってた。「透明のピアノ、どうしました?」って聞いたら、ひと言「もうありません。。。」しかし、貴重なハネムーンの1日を割いてもらって、光栄でした。なのに、心なしか、ちょっと浮かない顔してるオイラ。。。男心も複雑です、と言ったら正直過ぎるか。。。
Dec 25, 2008
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メリークリスマス!!今日はプラグイン番外でース。フルーティ VSTではないけど、「あらまほしき」プラグインということで、非常に素晴らしいのでご紹介します。当然フリーです。何といっても、XYメーターでしょう!!これは有難い!!オシロスコープ買って持ってる奴、居ましたよね昔!!ギターアンプの上かなんかに、これ見よがしに。。。普段、WindowsMediaPlayerで何気なく聞き飛ばしている音楽、たまにミックス気に入ったのがあったりすると、「この曲、位相見てみたいな。。。」なんてこと、ありませんかね?僕は結構ある方で、お城スコープ欲しかったですはい。フェイズスコープ以外にも、デジタルリニアVU、デジタルピーク、アナログピーク、ウェーブ、そして、スペクトログラムまで!!!その上、ユーザー設定で組み合わせることもできます!すげー!!もう二度とWindowsMediaPlayerのハッタリスペクトログラムを見る必要はありません。欠点は、一時停止すると、たまにグラフがスゴイことになってしまう。。。。あと、消えるスピードが速すぎるので、チェック仕様と思ったら気が抜けない、32ビット対応してないぐらいでしょうか。。。
Dec 25, 2008
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を飾る暇なかったですねー、今年は。。。まあ、妻と2人の娘はウクライナですので、飾っても誰も見る人いなさそうだし。それじゃご近所が迷惑なだけですし。。。今年は何年かぶりで独りのクリスマスになりそうですが、せめてネットにクリスマスツリーを飾ります。先日出張で行った、名古屋駅ビル高島屋のツリーです: 新幹線から降りて、名鉄乗り換えの途中で撮りました。ケータイなので、また画像が。。。。しかし、高島屋のフードコート、妙な回転寿司屋があった。。。。むっちゃウマかったけど、コンベヤの上がガラガラで、すしが回ってない。。。寿司嘉文という鮨屋。へたに寿司をガンガン回してると、鮮度も落ちるし、注文が来てから新鮮なのを回してくれるっていいうのは、すごくグッドアイデア!!!なんですが、同行してたドイツ人の方々は、いろんなネタがわんさか回っている回転寿司を想像していたらしく、あまりウケが良くなかったなぁ。。。しかし、店を出ると、そこには大行列。味は確かです。この日は朝7時待ち合わせで、まず小田原それから名古屋、そして大阪2か所と、5時までに4か所を監査と不動産査定で回った。はっきり言って、普段机に糊づけされてるおじさんには、きつい。しかし通訳で出張っていうと、かなり強行軍が多いです。これなんかイイ方。ひどい時は前日の夜に電話かかって来て、朝一番のヒコーキで朝9時に福岡で待ち合わせて、いろんなところを回りながら一日で東京まで戻ってくる、なんてのもあります。。。しかし、オイシイとこもあります。基本的にお客さんと一緒に行動するんで、どこへ行ってもホテルは一流、食事は高級レストラン、駅からは送迎付き。ホテルは、下手すると「会員制ホテル」なんて場合もあります。いやー日本人は律儀にもてなしますよー。こんな調子で一緒になって一泊十何万の部屋に泊まって、5000円のランチセットなんて食べてたら、感覚が狂いますし、思わず、「いや、僕はその2000円ので。。。」なんて言ってしまいますが、向こうはあくまで「経費だから食っとけ」と。。。まあ、多くても月に2,3件なんで、そんなに心配ないですけど、ね。通訳で名古屋ブルーノートに行くと、リハ後に買出しで、かなり走って「天むす」まで行きたいところ。ト中には、僕の大好きブランド、NAUTICAがある。。。が、日本じゃ高くて買う気がしない。。。。忘れもしない、去年の名古屋通訳の時は大変だった。車で行って、名古屋港の駐車場で車中一泊した。この時は、終わってから名古屋の結婚した先輩に会おうと思っていたので、車で行ったが、やっぱ遠いですね。それで車中で一泊して、仕事してからまた走る、というのは、いくらドライブ好きでもちょっと。。。やっぱり新幹線にしとけばよかったかな、とか思ってしまったのでした。そんでもって、今回は大阪からその「新幹線」だったのですが。。。。帰途に就こうと思ったら、新幹線が満席、というハプニングがあった。この日はケツが決まってなかったからチケット取らなかったが、いざ終わってみたら、自由席も指定席もぜーんぶ満席。新幹線は山手線の次ぐらいに本数多いと思ってたのに、「こんなのあり得るのか」という感じ。ばちが当たるかと思ったが、次の日の仕事もあったので、グリーン車で帰って来ました。しかし決断まで2時間を要しました。。。。貧乏症です。。。。。んが、これが結構良かった!!非常に快適!!!ヒコーキでビジネス・クラス以上には一生涯絶対に乗れんとは思うが、新幹線のグリーン席は庶民の手の届く範囲内。価格に対して格段に良くなります。内装も変わったようで、落ち着いてました。調子に乗って普段飲み慣れないチューハイを何本か飲んだら、ストンと寝てしまいましたとさ。もっと嬉しいのは、行く先々で数えきれない数の人々と出会い、世界中に友達が出来る、ということ!!先日は、イタリアのお得意さんが来日。これまたしこたま御馳走になった。渋谷の35段屋。以前働いてたオフィスのすぐ近くだった。そして、これまた偶然だが、以前一緒に仕事をしたイタリア人の女の子が再来日と連絡くれた。ト書くと、おそらく妙なイマジネーションがムラムラと。。。。言っとくが、おそらくボーイフレンドと一緒です。。。この子、ぺネロぺ・クルーズそっくりさんと業界では呼び声高い(ホントか)。。。今回は写真撮ってうPしましょう。
Dec 23, 2008
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今日も日が暮れた。。。風が強くて、ベランダに出るのがちょっとやな感じ。手前のオレンジのライトの線が、いわゆる「マボ直」。ひときわ明るいのが漁港。向い側が米軍。はっきり言って、あんまり明るくない。しかし、携帯の「夜景モード」で撮ると何でこういうななめの線が出るんだ?
Dec 21, 2008
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今日は何て天気がいいのでしょうか。。。家から見える海が、今日の空気感のせいでしょうか、いつになくイイ感じです。。。仕事してる場合だろうか。。。世のオジサン(オバサンもといお姉さんも。。。)達は窓もないオフィスで頑張っていることを思うと、家からでも少しだけこの陽気を楽しめるのが、せめてもの救いですね。。。
Dec 21, 2008
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新しく購入したIbanez S540BMAVバール・マホガニーを「家具調」と申し上げましたが。。。。「マホガニーと言えば、チッペンデール」?「チッペンデールといえば、マホ。」と、いうことらしいのだが。。。うーん、いいんだけど、あまり趣味じゃないかも それが、ロン毛のオジサンのギターになる。。。うんうん、こっちのがいいんじゃん?これも、マホガニーだが、バールではない。たての杢だ。。。これはオジサンには厳しいか。。。でも、マホだ。ま、何でもいいかも。カメラ2台とも妻が国に持って帰ってて ケータイで撮ったんでちょっと写真が見づらい。
Dec 19, 2008
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ちょっと納得できない締切明けの今日は、ちょっと休憩。Gkenさんにインスパイアされて、今日は旧車の話です。。。LADA VAZ2101 旧ソビエトの国産車です。未だに新車を発表してますが、イギリスでも結構走ってるそうで、ちょっとFinancially Challenging なYouthの代名詞になっているとか。。。。確か、2000CCぐらいで35馬力ぐらいだったと思う。諸元忘れました。今調べたら64HPもありました!!失敬しかもフィアットのライセンス生産らしいです!!ちなみに後ろの銀色の車、SKODAも、VWのライセンス生産トルコチェコ製。どっちも日本では走ってないですね。。。しかし、カッコ良すぎだろ、日本でこれ乗ってたら。。。「車なんて、動けばいい」という方々もいらっしゃるかもしれませんが。。。僕は「この車だったら 動かなくても全然イイ!!」ですね。。。。 いやー、旧車、好きなんですよねー。そりゃ、ピカピカの新車で、燃費も最高、荷物もしこたま積めて、安全、おまけにカーナビやテレビまで付いてる車と比べると、本当に小さくて、つつましやかに見えてしまいますが。。。自動車は、よく擬人化されますけど、ホント、これが「馬」だったら、「いやー良く頑張ってくれた」という話になるはず。そうやって変わってゆく世相のなかを数十年走り続けて、へたすっと私よりかいろんなことを見て、知っているはずですよね。そのことを考えると、その旧車の遠大さを感じずにはいられません。
Dec 19, 2008
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オーバータイムの案件抱えてるせいか、眠れん。。。そういや、最近中古のSで程度がいいの見つけた。買っちゃった。 S540BM家具調。バール・マホガニー。後ろがコーラの缶とおまけ灰皿。マホガニーもワシントン条約で取引制限になってから、どんどん高くなってる。Ibanez Sが国産で20万とはね。。。しかも材料代が上がっただけだでしょう。どう見ても。今、ギターは中古が買いでしょう。ところで、現在のSシリーズは、J-Custom以外は、あの定価なのにインドネシアで作ってます。「どうしてそんなん分かるんじゃ!!」というむきもあると思いますんで、説明しまーす。フェンダーやギブソンのシリアルが年号の下2けたから始まるのは有名。セレッションも、シリアルで工場が分かる。実は、アイバニーズも分かります。シリアルの先頭のローマ字。F-日本製(富士弦楽器)W-韓国製(World) C-韓国製(Cort) S-韓国製(Samick)などなど。族でいえば、「ネタ車」を仕入れた、ってとこでしょうか。しっかし、このS、ハードウェアのさびが全くない。これから改造です。さ、やっぱ眠くなってきた。。。。
Dec 15, 2008
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やっぱまずかったかもしれんので、書きなおしです。もう仕事おさめにしたいよー!そうだ!!でも希望を捨てずに頑張ろう!!!写真代わりと言っては何ですが、わずか数分の間に、こんな素晴らしい訪問者の方がおられました。http://plaza.rakuten.co.jp/dosoukoku/ いやー、サイコー!! 寝よ。
Dec 15, 2008
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